唐津・虹の松原旅行記(ブログ) 一覧に戻る
秀吉の家臣・寺沢広高は、慶長7年(1602)から約7年間かけ唐津城を築き、東唐津側と地続きだった満島山を切り離して松浦川が唐津湾に注ぐよう流路を変更し、唐津の基盤を作りました。但し、近年の発掘調査で古い時代の石垣や金箔瓦が出土。本格的な唐津城築城以前から、豊臣政権側の拠点が置かれていた可能性が指摘されています。<br />また、天守台は当時のものですが天守が存在した明確な記録はなく、現在建っているのは昭和41年(1966)に慶長様式で造られた模擬天守です。<br />

唐津城天守

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2026/05/19 - 2026/05/22

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chemire

chemireさん

秀吉の家臣・寺沢広高は、慶長7年(1602)から約7年間かけ唐津城を築き、東唐津側と地続きだった満島山を切り離して松浦川が唐津湾に注ぐよう流路を変更し、唐津の基盤を作りました。但し、近年の発掘調査で古い時代の石垣や金箔瓦が出土。本格的な唐津城築城以前から、豊臣政権側の拠点が置かれていた可能性が指摘されています。
また、天守台は当時のものですが天守が存在した明確な記録はなく、現在建っているのは昭和41年(1966)に慶長様式で造られた模擬天守です。

  • 5月20日<br />本丸(上段広場)へ。<br />唐津城趾と書かれた石碑の文字が分かりにくいですが、大正15年(1926)に建立されたもので、最後の唐津藩主・長国の養嗣子である小笠原長生の書。これは「元お殿様だから」という理由だけではなく、東郷平八郎の私設副官だった方だからという人選のよう。軍の要人に揮毫を依頼し、地域の格を上げたり事業をスムーズに進める忖度が絡んでいるそうで、大正から昭和期の政治的配慮の様子を知ることとなりました(現代でも忖度はあるけど)。

    5月20日
    本丸(上段広場)へ。
    唐津城趾と書かれた石碑の文字が分かりにくいですが、大正15年(1926)に建立されたもので、最後の唐津藩主・長国の養嗣子である小笠原長生の書。これは「元お殿様だから」という理由だけではなく、東郷平八郎の私設副官だった方だからという人選のよう。軍の要人に揮毫を依頼し、地域の格を上げたり事業をスムーズに進める忖度が絡んでいるそうで、大正から昭和期の政治的配慮の様子を知ることとなりました(現代でも忖度はあるけど)。

  • 天守に向かって左にある休憩処は、藤棚の脇にある階段から上がるのが最短ルート。自販機・ベンチがあります。

    天守に向かって左にある休憩処は、藤棚の脇にある階段から上がるのが最短ルート。自販機・ベンチがあります。

  • 休憩処内に展示されていた大老の松。虹の松原に植えられていた老木ですが、松食い虫(マツノザイセンチュウ)の被害により2009年に伐採。根回り4.1m・高さ23m、樹齢293年(推定)だったそう。<br /><br />松食い虫の被害は、日本の各地で抱える問題。

    休憩処内に展示されていた大老の松。虹の松原に植えられていた老木ですが、松食い虫(マツノザイセンチュウ)の被害により2009年に伐採。根回り4.1m・高さ23m、樹齢293年(推定)だったそう。

    松食い虫の被害は、日本の各地で抱える問題。

  • では、天守内へ。

    では、天守内へ。

  • 天守は5階建て 。<br />1階は、おみやげ処や観光案内のフロアになっていて、休憩処でも見た大老の松が置いてありました。

    天守は5階建て 。
    1階は、おみやげ処や観光案内のフロアになっていて、休憩処でも見た大老の松が置いてありました。

  • 虹の松原の七不思議のひとつ「太閤睨みの松」。松に視線を遮られた秀吉が「頭が高い!」と怒鳴ると、恐れをなした松は一斉に頭を下げ、そのひれ伏した姿が今日に伝わるというもの。<br />他にも秀吉に由来する伝承があって、セミの鳴き声に「うるさい」と怒鳴ったから、松原の中ではセミが鳴かなくなったそうです。ホトトギスは鳴かせるのに、セミの声は嫌いだったのね。

    虹の松原の七不思議のひとつ「太閤睨みの松」。松に視線を遮られた秀吉が「頭が高い!」と怒鳴ると、恐れをなした松は一斉に頭を下げ、そのひれ伏した姿が今日に伝わるというもの。
    他にも秀吉に由来する伝承があって、セミの鳴き声に「うるさい」と怒鳴ったから、松原の中ではセミが鳴かなくなったそうです。ホトトギスは鳴かせるのに、セミの声は嫌いだったのね。

  • リーフレット

    リーフレット

  • 2階・3階は撮影禁止。

    2階・3階は撮影禁止。

  • 5階展望エリア。

    5階展望エリア。

  • 唐津城と虹の松原を結ぶ舞鶴橋。<br />雲が多いけど、天守展望フロアから見える景色は、どの方角も素晴らしい。

    唐津城と虹の松原を結ぶ舞鶴橋。
    雲が多いけど、天守展望フロアから見える景色は、どの方角も素晴らしい。

  • 鏡山と虹の松原方面。寺沢広高が防風林として植えたクロマツが海岸線に沿って広がり、城下町を守っている様子がよくわかります。

    鏡山と虹の松原方面。寺沢広高が防風林として植えたクロマツが海岸線に沿って広がり、城下町を守っている様子がよくわかります。

  • 唐津湾、高島方面。

    唐津湾、高島方面。

  • 玄界灘、唐津湾、松浦川、城下町、そして虹の松原。<br />天守はなかったとされるから、歴代藩主たちが眺めた様子より、良い景色を眺めたことになったのかなと思いながら階下へ。

    玄界灘、唐津湾、松浦川、城下町、そして虹の松原。
    天守はなかったとされるから、歴代藩主たちが眺めた様子より、良い景色を眺めたことになったのかなと思いながら階下へ。

  • 天守入口にあった旗竿石は、もともと名護屋城にあったものが唐津城へと運ばれたと伝わるもの。石の上面の穴は水穴で手水鉢(石)と考えられ、名護屋陣での茶会の様子を示す貴重な資料だそうです。

    天守入口にあった旗竿石は、もともと名護屋城にあったものが唐津城へと運ばれたと伝わるもの。石の上面の穴は水穴で手水鉢(石)と考えられ、名護屋陣での茶会の様子を示す貴重な資料だそうです。

  • 櫓門の石垣を観察。

    櫓門の石垣を観察。

  • 天守の周りや登城路には、歴代藩主の幟がありました。

    天守の周りや登城路には、歴代藩主の幟がありました。

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