旅行記グループ
2026/05 半年ぶりの九州北部2県(福岡・佐賀)の旅で城跡めぐり
全18冊
2026/05/19 - 2026/05/22
- 福岡市
- 福岡
- 唐津・虹の松原
- 呼子・玄海
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小早川秀秋に興味を持って名島城を訪ねたけど、詳しい事はわからなくて。なので、過去の旅を振り返りながら秀秋のこ...
2026/05/19~
福岡市(福岡)
全国にはいろんな城址があって、一度は耳にしたこともある武将もたくさん。これまでは、行ったことのない土地の城を見学しようと旅を計画していましたが、関ヶ原古戦場を訪れてから...
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神功皇后ゆかりの名島海岸
2026/05/19~
福岡
神功皇后日本武尊の第2子・14代仲哀天皇の皇后で、15代応神天皇の母とされる3~4世紀頃に活躍した伝説上の人物。三韓出兵(三韓征伐)では、『日本書紀』や『古事記』の伝承...
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唐津城を目指して松浦橋から舞鶴橋へ
2026/05/19~
唐津・虹の松原(佐賀)
松浦川に架かる2つの大きな橋を渡って、唐津城へ。5月だと言うのに夏日一歩手前まで気温が上がったので、日陰を求めて唐津曳山地下通路ギャラリーに寄り道するまでの様子です。
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唐津城天守台を眺めてみた
2026/05/19~
唐津・虹の松原(佐賀)
慶長7年(1602)から慶長13年(1608)にかけて築城したと伝わる唐津城は、近年の調査により本丸天守台付近で古い石垣が発見され、築城年に異論が出ているのだとか。また...
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唐津城天守
2026/05/19~
唐津・虹の松原(佐賀)
秀吉の家臣・寺沢広高は、慶長7年(1602)から約7年間かけ唐津城を築き、東唐津側と地続きだった満島山を切り離して松浦川が唐津湾に注ぐよう流路を変更し、唐津の基盤を作り...
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唐津 東城内を歩く
2026/05/19~
唐津・虹の松原(佐賀)
かつて御殿や学問所が置かれた二の丸跡に、現在は学校が建ち、校舎の周囲や敷地北側には当時からの歴史的な石垣がそのまま残されています。
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唐津 北城内から南城内を散策して、唐津駅から和多田駅・ホテルまで歩いて戻りました。
2026/05/19~
唐津・虹の松原(佐賀)
東城内を出てから、旧大島邸・旧高取邸を外観だけ見学。唐津神社に参拝して、唐津駅から松浦橋の近くにあるホテルまで歩いて戻りました。
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佐賀県立名護屋城博物館常設展(1)発掘調査の成果と茶室
2026/05/19~
呼子・玄海(佐賀)
常設展示は、原始・古代から近現代にいたる日本列島と朝鮮半島との交流の歴史を主体に、4つのテーマに分けたコーナーが設けられていました。 1. 特別史跡名護屋城跡並陣跡 2...
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佐賀県立名護屋城博物館常設展(2)文禄・慶長の役(壬辰・丁酉倭乱)
2026/05/19~
呼子・玄海(佐賀)
文禄・慶長の役は、豊臣秀吉が明(中国)の征服を目指して朝鮮に侵略した文禄の役(1592~93年)と慶長の役(1597~98年)の2度の戦い。秀吉が朝鮮出兵を行った動機に...
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木下延俊陣跡
2026/05/19~
呼子・玄海(佐賀)
名護屋城博物館の裏手にある木下延俊の陣跡を見学。延俊は、秀吉の正室おね(北政所/高台院)の甥にあたり、名護屋城の大手口を守る重要な場所に陣を構えていました。
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陣城だけど城域が広大で、どこを見ているのか分からなくなっちゃった名護屋城/大手口・三ノ丸・ニノ丸編
2026/05/19~
呼子・玄海(佐賀)
名護屋城跡を見学した記録。どこを見てるのか分からなくなっちゃったのは、方向音痴とルートの選択ミスなので、ちゃんとマップを確かめれば見落としなく回れると思います。・・・・...
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肥前名護屋城本丸
2026/05/19~
呼子・玄海(佐賀)
名護屋城本丸跡を見学。かつては金箔瓦が輝く五層七階の天守や豪華な本丸御殿が存在。天守を含め6基の2階建て以上の櫓が配され、それらを多門櫓・土塀で囲んだ守りを厳重に固めた...
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発掘調査・整備中のためブルーシートで覆われた所も多かった前田利家陣跡を見学
2026/05/19~
呼子・玄海(佐賀)
前田利家陣跡丘陵北側麓を削平した陣所と、丘陵頂部を削平した連郭式の陣所の2つから構成。今回は、バスの時間に合わせて麓側だけサラッと見学しました。文禄・慶長の役では、戦況...
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健腸長寿。ヤクルトの碑を見に行く。
2026/05/19~
福岡
旅費節約で、博多から少し離れた唐人町駅の周辺に宿泊。ヤクルト発祥の碑や、旧唐津街道を貫く形で作られたアーケードを見ながら歩いてみました。
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潮見櫓と(伝)潮見櫓。調査・研究で、福岡城の歴史がまたひとつ明らかになっていました。
2026/05/19~
福岡市(福岡)
2025年に復元された潮見櫓と、(伝)潮見櫓。近年の調査・研究で、これまで潮見櫓と呼ばれていたものとは別の櫓が本来の潮見櫓だということが判明。従来の櫓は「(伝)潮見櫓」...
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福岡城跡に移築された黒田24騎ゆかりの建造物を見る
2026/05/19~
福岡市(福岡)
関ヶ原の戦いで功績を挙げた黒田長政は、筑前国52万石へと移封し福岡城を築城。すでに家督を長政に譲って隠居していた官兵衛も、長政とともに筑前国に入り晩年を過ごしています。...
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福岡城を歩く/松の木坂から天守台へ
2026/05/19~
福岡市(福岡)
(福岡城公式HPより引用)福岡城には大・中・小と3つの天守台があります。1646年(正保3年)に描かれた福岡城の絵図「福博惣絵図」には天守閣はなく、官兵衛・長政親子は幕...
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久しぶりに見上げた福岡城多聞櫓
2026/05/19~
福岡市(福岡)
南丸(二の丸南郭)ある多聞櫓は、江戸時代から城内に残っている数少ない建物のひとつで、福岡城にある47櫓のうち現在位置を保っているのはこの櫓のみ。以前、福岡城を訪ねた時は...