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南丸(二の丸南郭)ある多聞櫓は、江戸時代から城内に残っている数少ない建物のひとつで、福岡城にある47櫓のうち現在位置を保っているのはこの櫓のみ。<br /><br />以前、福岡城を訪ねた時はサラッと歩いてしまったけど、今回は興味深く観察しながら歩きました。<br />2020/09<br />福岡城跡<br />https://4travel.jp/travelogue/11647333<br />

久しぶりに見上げた福岡城多聞櫓 

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2026/05/19 - 2026/05/22

2194位(同エリア16259件中)

chemire

chemireさん

南丸(二の丸南郭)ある多聞櫓は、江戸時代から城内に残っている数少ない建物のひとつで、福岡城にある47櫓のうち現在位置を保っているのはこの櫓のみ。

以前、福岡城を訪ねた時はサラッと歩いてしまったけど、今回は興味深く観察しながら歩きました。
2020/09
福岡城跡
https://4travel.jp/travelogue/11647333

  • 5月22日(金)<br />裏御門<br />表御門と並び二の丸から本丸へ入るもうひとつの門で、本丸の西側に位置。

    5月22日(金)
    裏御門
    表御門と並び二の丸から本丸へ入るもうひとつの門で、本丸の西側に位置。

  • かつては本丸御殿に近い出入口で、現在も本丸から多聞櫓へ移動するにはこの裏御門跡を通ることになります。<br />門の西側の石垣上には太鼓櫓(古時打櫓)が建っていました。

    かつては本丸御殿に近い出入口で、現在も本丸から多聞櫓へ移動するにはこの裏御門跡を通ることになります。
    門の西側の石垣上には太鼓櫓(古時打櫓)が建っていました。

  • 保存を確実にするため、大正5年に裏御門、武具櫓、太鼓櫓が黒田別邸(現・福岡市中央区舞鶴)に移設されましたが、戦災によってそれらの多くは焼失してしまったそうです。

    保存を確実にするため、大正5年に裏御門、武具櫓、太鼓櫓が黒田別邸(現・福岡市中央区舞鶴)に移設されましたが、戦災によってそれらの多くは焼失してしまったそうです。

  • 桐の木坂の説明板を過ぎて多聞櫓へ。<br />

    桐の木坂の説明板を過ぎて多聞櫓へ。

  • 多聞櫓がある南丸は二の丸南郭とも呼ばれた場所で、二の丸の南側に張り出す形になっていて、裏御門跡を背にして回り込むと古井戸があり、その先に南丸の入り口が見えました。

    多聞櫓がある南丸は二の丸南郭とも呼ばれた場所で、二の丸の南側に張り出す形になっていて、裏御門跡を背にして回り込むと古井戸があり、その先に南丸の入り口が見えました。

  • 冠木門をくぐると南丸で、右手に多聞櫓が建っています。

    冠木門をくぐると南丸で、右手に多聞櫓が建っています。

  • 多聞櫓<br />南丸(二の丸南郭)にある、江戸時代から現在の位置に存在する唯一の櫓。国指定重要文化財。<br />切妻造の2重2階の隅櫓と長さ三十間(54m)におよぶ平櫓で、1853年(嘉永6)から翌1854年(嘉永7)にかけて大改修され現在の姿に至りました。

    多聞櫓
    南丸(二の丸南郭)にある、江戸時代から現在の位置に存在する唯一の櫓。国指定重要文化財。
    切妻造の2重2階の隅櫓と長さ三十間(54m)におよぶ平櫓で、1853年(嘉永6)から翌1854年(嘉永7)にかけて大改修され現在の姿に至りました。

  • 特別公開時には中に入れるそうです。

    特別公開時には中に入れるそうです。

  • 城内から見て、多聞櫓の右手にあるのが北隅櫓。1972年(昭和47)から2年半の歳月をかけて解体と復元が行われています。

    城内から見て、多聞櫓の右手にあるのが北隅櫓。1972年(昭和47)から2年半の歳月をかけて解体と復元が行われています。

  • 多聞櫓の内部は通常、突き抜けの状態とされていますが、福岡城の多聞櫓は16の小部屋に分かれているそうです。

    多聞櫓の内部は通常、突き抜けの状態とされていますが、福岡城の多聞櫓は16の小部屋に分かれているそうです。

  • 北隅櫓の反対側の櫓が南隅櫓ですが、木に隠れて全景を写すことはできませんでした。

    北隅櫓の反対側の櫓が南隅櫓ですが、木に隠れて全景を写すことはできませんでした。

  • 冠木門を出て、

    冠木門を出て、

  • 桐の木坂に戻ります。

    桐の木坂に戻ります。

  • 三の丸から西二の丸へ上がる2つの坂のうちのひとつ。

    三の丸から西二の丸へ上がる2つの坂のうちのひとつ。

  • 桐木坂御門<br />城の南西側にあった三の丸から二の丸へ入るための門で通用門として使用されていました。野面積みの石垣があり、勾配の急な坂に建つ一層の門であったことは分かっているそうですが、どのような意匠かは明らかになっていないようです。

    桐木坂御門
    城の南西側にあった三の丸から二の丸へ入るための門で通用門として使用されていました。野面積みの石垣があり、勾配の急な坂に建つ一層の門であったことは分かっているそうですが、どのような意匠かは明らかになっていないようです。

  • 福岡城は石垣が立派で「石城」と呼ばれ、総延長は3kmを超えるそう。石垣に沿って歩きたくなっちゃったけど、時間がないので説明板通りのルートに進みます。

    福岡城は石垣が立派で「石城」と呼ばれ、総延長は3kmを超えるそう。石垣に沿って歩きたくなっちゃったけど、時間がないので説明板通りのルートに進みます。

  • 多聞櫓の下にあった樹木所。<br />追廻口を構成する曲輪のひとつで、侵入する敵軍へ弓や鉄砲を射かけ続けられる防御拠点だったようです。<br />寛永頃には、樹木所に置かれた鉄物櫓の下に枳殻(カラタチ)が植えられていて、この木には3㎝~6㎝の鋭いトゲがあるため外敵の侵入を防ぐ役目を果たしていたと考えられるそう。

    多聞櫓の下にあった樹木所。
    追廻口を構成する曲輪のひとつで、侵入する敵軍へ弓や鉄砲を射かけ続けられる防御拠点だったようです。
    寛永頃には、樹木所に置かれた鉄物櫓の下に枳殻(カラタチ)が植えられていて、この木には3㎝~6㎝の鋭いトゲがあるため外敵の侵入を防ぐ役目を果たしていたと考えられるそう。

  • 西側の石垣下より見上げて。櫓の真下から、石垣ギリギリに建っている姿が素晴らしい。

    西側の石垣下より見上げて。櫓の真下から、石垣ギリギリに建っている姿が素晴らしい。

  • 多聞櫓から東御門へは整備されたルートもあったようだけど、土塁や石垣を真近に見て歩くのが楽しい。

    多聞櫓から東御門へは整備されたルートもあったようだけど、土塁や石垣を真近に見て歩くのが楽しい。

  • 東御門<br />大手門から三の丸を抜けて二の丸に入る際に使われた主要な門。当時、門の東側石垣上には2重の炭櫓(高矢倉)、西側には革櫓と呼ばれる櫓が設けられていたそうです。

    東御門
    大手門から三の丸を抜けて二の丸に入る際に使われた主要な門。当時、門の東側石垣上には2重の炭櫓(高矢倉)、西側には革櫓と呼ばれる櫓が設けられていたそうです。

  • 坂を上ったところが二の丸(東二の丸)で、二の丸御殿が建てられていました。

    坂を上ったところが二の丸(東二の丸)で、二の丸御殿が建てられていました。

  • 革櫓のあった石垣に嵌められた鏡石。

    革櫓のあった石垣に嵌められた鏡石。

  • 東御門の奥に建つ鴻臚館へ。

    東御門の奥に建つ鴻臚館へ。

  • あちこち整備工事中。以前なら見られなくて残念と思うだけだったけど、今は復元されることが楽しみになりました。工事してくださる方々に感謝です。

    あちこち整備工事中。以前なら見られなくて残念と思うだけだったけど、今は復元されることが楽しみになりました。工事してくださる方々に感謝です。

  • 鴻臚館跡展示館<br />鴻臚館の前身である筑紫館は、7世紀後半(飛鳥時代)に外交の拠点として造られました。

    鴻臚館跡展示館
    鴻臚館の前身である筑紫館は、7世紀後半(飛鳥時代)に外交の拠点として造られました。

  • 展示館内には「館」の一部が復元され、当時の堀や門の遺構と陶磁器など出土品が展示されていますが、

    展示館内には「館」の一部が復元され、当時の堀や門の遺構と陶磁器など出土品が展示されていますが、

  • タイムアウトになりそうなので、サッと一周して館外へ。

    タイムアウトになりそうなので、サッと一周して館外へ。

  • それでは駅に戻ります。

    それでは駅に戻ります。

  • もう時間がないので、上之橋御門跡付近の石垣や塀を歩きながら撮影。<br /><br />上之橋御門は、3ヶ所あった城内への入り口のひとつで、かつては二層の門が建てられていたそうです。ほかの2ヶ所は西側の下之橋御門と西南側の追廻御門ですが、追廻御門は現存しません。

    もう時間がないので、上之橋御門跡付近の石垣や塀を歩きながら撮影。

    上之橋御門は、3ヶ所あった城内への入り口のひとつで、かつては二層の門が建てられていたそうです。ほかの2ヶ所は西側の下之橋御門と西南側の追廻御門ですが、追廻御門は現存しません。

  • この折れ曲がる感じが良くて、立ち止まったりたくなる気持ちを抑えながら進みます。でも、つい振り返っちゃう。

    この折れ曲がる感じが良くて、立ち止まったりたくなる気持ちを抑えながら進みます。でも、つい振り返っちゃう。

  • お堀は番号がついていて、1~5号堀がお城北側、6号堀が南側にあります。ハスやスイレンの見頃の時期に訪ねてみたいなぁ。

    お堀は番号がついていて、1~5号堀がお城北側、6号堀が南側にあります。ハスやスイレンの見頃の時期に訪ねてみたいなぁ。

  • 次は赤坂駅で下車して、上之橋を渡って城内に入るルートにしてみようかな。

    次は赤坂駅で下車して、上之橋を渡って城内に入るルートにしてみようかな。

  • ここを12:00に出発して、戻ったのは15:20。<br />当初は2時間程度の見学で、どんなに遅くても14時半には戻れると思っていたのに、予定時間を大幅に超過。読みが甘かった。<br />次に来る時には、もっとちゃんと予定を立てなくちゃと思いながら、コインロッカーから荷物を取り出して空港へ。

    ここを12:00に出発して、戻ったのは15:20。
    当初は2時間程度の見学で、どんなに遅くても14時半には戻れると思っていたのに、予定時間を大幅に超過。読みが甘かった。
    次に来る時には、もっとちゃんと予定を立てなくちゃと思いながら、コインロッカーから荷物を取り出して空港へ。

    大濠公園駅 駅

  • 城内の建物や石垣は、火災にや自然災害による修復が行われたほか、江戸期を通じて若干の改変がありましたが、築城当初の縄張に大きな変化はなかったようです。<br />内城部分で41万平方メートル、城下の武家屋敷まで含めると246万平方メートルもの広大な城だったそう。<br /><br />築城時からの石垣も広く綺麗に残っているし、再訪してもっと丁寧に歩こうと思ったお城のリスト入りとなりました。

    城内の建物や石垣は、火災にや自然災害による修復が行われたほか、江戸期を通じて若干の改変がありましたが、築城当初の縄張に大きな変化はなかったようです。
    内城部分で41万平方メートル、城下の武家屋敷まで含めると246万平方メートルもの広大な城だったそう。

    築城時からの石垣も広く綺麗に残っているし、再訪してもっと丁寧に歩こうと思ったお城のリスト入りとなりました。

  • 4日間の記録。

    4日間の記録。

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