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2025年に復元された潮見櫓と、(伝)潮見櫓。<br />近年の調査・研究で、これまで潮見櫓と呼ばれていたものとは別の櫓が本来の潮見櫓だということが判明。従来の櫓は「(伝)潮見櫓」と名付けられ、その姿を残しています。<br />潮見櫓として伝わって来たんだもの。名前は無理に変えないよ。と言ったかどうかは分かりませんが、櫓に対する愛情が感じられて良いなと思いながら、ふたつの潮見櫓を見学しました。

潮見櫓と(伝)潮見櫓。調査・研究で、福岡城の歴史がまたひとつ明らかになっていました。

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2026/05/19 - 2026/05/22

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chemire

chemireさん

2025年に復元された潮見櫓と、(伝)潮見櫓。
近年の調査・研究で、これまで潮見櫓と呼ばれていたものとは別の櫓が本来の潮見櫓だということが判明。従来の櫓は「(伝)潮見櫓」と名付けられ、その姿を残しています。
潮見櫓として伝わって来たんだもの。名前は無理に変えないよ。と言ったかどうかは分かりませんが、櫓に対する愛情が感じられて良いなと思いながら、ふたつの潮見櫓を見学しました。

  • 5月22日(金)<br />久しぶりに、大濠公園・福岡城跡へ。<br />

    5月22日(金)
    久しぶりに、大濠公園・福岡城跡へ。

  • 大濠公園は、昭和2年(1927)に開催された東亜勧業博覧会の会場として福岡城の外堀だった沼地を埋め立て・造成されました。

    大濠公園は、昭和2年(1927)に開催された東亜勧業博覧会の会場として福岡城の外堀だった沼地を埋め立て・造成されました。

  • 園内の随所にある博覧会当時の名残りを見ながら、このまま園内に進みたかったけど、

    園内の随所にある博覧会当時の名残りを見ながら、このまま園内に進みたかったけど、

  • 園内にコインロッカーが無かったので、一旦、大通りに出て大濠公園駅(福岡市地下鉄空港線)へ。ここで荷物をロッカーへ入れ身軽になり再出発。

    園内にコインロッカーが無かったので、一旦、大通りに出て大濠公園駅(福岡市地下鉄空港線)へ。ここで荷物をロッカーへ入れ身軽になり再出発。

  • 12:07<br />城跡へ戻って潮見櫓を目指します。<br /><br />大濠公園には何度か訪れていますが、福岡城跡を歩いたのは1回だけで潮見櫓が復元される前のこと。<br />あの頃は石垣をサラッと見るくらいだけだったけど、時が経ってお城への興味が深くなりました。<br />2020/09 福岡の旅<br />https://4travel.jp/travelogue/11647333

    12:07
    城跡へ戻って潮見櫓を目指します。

    大濠公園には何度か訪れていますが、福岡城跡を歩いたのは1回だけで潮見櫓が復元される前のこと。
    あの頃は石垣をサラッと見るくらいだけだったけど、時が経ってお城への興味が深くなりました。
    2020/09 福岡の旅
    https://4travel.jp/travelogue/11647333

  • 公園の北西側(黒門川側)にかかる舞鶴橋の旧たもとに造られた水門・護岸の遺構。これも博覧会に合わせて造られた名残りらしい。

    公園の北西側(黒門川側)にかかる舞鶴橋の旧たもとに造られた水門・護岸の遺構。これも博覧会に合わせて造られた名残りらしい。

  • 公園内は、とても広い。<br />奥に小さく見える建物が南東にある(伝)潮見櫓。だけど先に、北西にある潮見櫓に向かいます。

    公園内は、とても広い。
    奥に小さく見える建物が南東にある(伝)潮見櫓。だけど先に、北西にある潮見櫓に向かいます。

  • 駅から歩いて4~5分で、三の丸広場の北西に復元された潮見櫓に到着。

    駅から歩いて4~5分で、三の丸広場の北西に復元された潮見櫓に到着。

  • 見学無料。建物内は土足禁止です。

    見学無料。建物内は土足禁止です。

  • 入口すぐの所に机が置かれ係りの女性がいらしたので、櫓内の写真を撮っても良いのか訊ねたらOKの返答。その口調がとても優しかったので、「以前に来た時はこの櫓は建っていなくて、今回見学できて嬉しい」とお伝えしたら、そのまま話が続いて資料やPC内の写真を見せて頂いたりしながら説明を受け、展示物はパネルだけでしたが20分の滞在となりました。<br /><br />通常公開は1階のみ(後方に、この写真と同じくらいのスペースと階段がある程度のコンパクトな櫓です)。復元建物に使われている柱・梁のうち、茶色のものが江戸時代当時の櫓本来の古材で、白木はすべて新材だそう。

    入口すぐの所に机が置かれ係りの女性がいらしたので、櫓内の写真を撮っても良いのか訊ねたらOKの返答。その口調がとても優しかったので、「以前に来た時はこの櫓は建っていなくて、今回見学できて嬉しい」とお伝えしたら、そのまま話が続いて資料やPC内の写真を見せて頂いたりしながら説明を受け、展示物はパネルだけでしたが20分の滞在となりました。

    通常公開は1階のみ(後方に、この写真と同じくらいのスペースと階段がある程度のコンパクトな櫓です)。復元建物に使われている柱・梁のうち、茶色のものが江戸時代当時の櫓本来の古材で、白木はすべて新材だそう。

  • この写真では分かりにくいけど、窓から見えたであろう江戸時代の風景の様子。

    この写真では分かりにくいけど、窓から見えたであろう江戸時代の風景の様子。

  • 目前に広がる博多湾を見渡すことができたため、潮見櫓の名が付いたようです。

    目前に広がる博多湾を見渡すことができたため、潮見櫓の名が付いたようです。

  • かつて城内には複数の建物がありましたが、現在では唯一の江戸時代から現存する多聞櫓(南丸多聞櫓)と、復元建物である(伝)潮見櫓・下之橋御門・潮見櫓のみが残っています。

    かつて城内には複数の建物がありましたが、現在では唯一の江戸時代から現存する多聞櫓(南丸多聞櫓)と、復元建物である(伝)潮見櫓・下之橋御門・潮見櫓のみが残っています。

  • 令和7年(2025)3月より復元された潮見櫓の公開が始まりました。

    令和7年(2025)3月より復元された潮見櫓の公開が始まりました。

  • 廃城後の明治41年(1908)に、崇福寺(博多区)への払い下げが認められ仏殿として使用されていましたが、平成3年(1991)から始まった調査で、棟札(写真右側)が小屋裏から見つかり潮見櫓だということが分かったそうです。<br /><br />天井部分に正式な潮見櫓を示す棟札が正しい位置に復元されたそうですが、1階からは見ることはできません。

    廃城後の明治41年(1908)に、崇福寺(博多区)への払い下げが認められ仏殿として使用されていましたが、平成3年(1991)から始まった調査で、棟札(写真右側)が小屋裏から見つかり潮見櫓だということが分かったそうです。

    天井部分に正式な潮見櫓を示す棟札が正しい位置に復元されたそうですが、1階からは見ることはできません。

  • 説明を聞きながら撮ったので、うまく接写できなかったけれど、黄色枠で囲まれた中には確かに福岡城潮見櫓と書かれています。<br />この発見で従来の潮見櫓が「(伝)潮見櫓」と呼ばれるようになったとの説明は、静かな口調でしたが熱量をすごく感じました。歴史やお城が好きだからこそ案内係をされているんだろうな(正式な職員の方なのかな?)。<br /><br />櫓内を見学に来られた方が3~4名いらしたけど、みなさんパネルをサラッと見て1~2分で出ていかれました。もったいないなぁ。お時間があるなら、係の方に説明していただいた方がいいと思います(常駐されているかは分かりません)。

    説明を聞きながら撮ったので、うまく接写できなかったけれど、黄色枠で囲まれた中には確かに福岡城潮見櫓と書かれています。
    この発見で従来の潮見櫓が「(伝)潮見櫓」と呼ばれるようになったとの説明は、静かな口調でしたが熱量をすごく感じました。歴史やお城が好きだからこそ案内係をされているんだろうな(正式な職員の方なのかな?)。

    櫓内を見学に来られた方が3~4名いらしたけど、みなさんパネルをサラッと見て1~2分で出ていかれました。もったいないなぁ。お時間があるなら、係の方に説明していただいた方がいいと思います(常駐されているかは分かりません)。

  • 潮見櫓でもっと説明を聞きたかったけど、お仕事の邪魔をしてはいけないと思って退出して、三ノ丸を南東に進みます。

    潮見櫓でもっと説明を聞きたかったけど、お仕事の邪魔をしてはいけないと思って退出して、三ノ丸を南東に進みます。

  • 広い道が整備され、城外に出ちゃったのかなと思いながら3~4分歩くと、

    広い道が整備され、城外に出ちゃったのかなと思いながら3~4分歩くと、

  • (伝)潮見櫓が現れました。良かったぁ、ルートを間違ったわけじゃなかった。

    (伝)潮見櫓が現れました。良かったぁ、ルートを間違ったわけじゃなかった。

  • 石段を上って見たけど柵があって、周囲を巡ることはできませんでした。特別公開日とかあるのかな?

    石段を上って見たけど柵があって、周囲を巡ることはできませんでした。特別公開日とかあるのかな?

  • (伝)潮見櫓<br />下之橋御門の南に建つ櫓で、当初は旧城内三ノ丸西隅に建てられたものと考えられていました。<br />大正期に浜の町(現在の福岡市中央区)の旧黒田家別邸へ移築された櫓が潮見櫓として伝わり、その後、昭和31年(1956)現在の位置に再移築されましたが、近年の調査で別の建物が潮見櫓であることが明らかになったため、(伝)を付けて呼ばれるようになっています。

    (伝)潮見櫓
    下之橋御門の南に建つ櫓で、当初は旧城内三ノ丸西隅に建てられたものと考えられていました。
    大正期に浜の町(現在の福岡市中央区)の旧黒田家別邸へ移築された櫓が潮見櫓として伝わり、その後、昭和31年(1956)現在の位置に再移築されましたが、近年の調査で別の建物が潮見櫓であることが明らかになったため、(伝)を付けて呼ばれるようになっています。

  • 瓦には、黒田藤巴。

    瓦には、黒田藤巴。

  • 石段を下り、進んで来た道を振り返って。<br /><br />現在は(伝)潮見櫓と呼ばれていますが、本丸裏御門の西にあった太鼓櫓が黒田家別邸に移されたという記録から、太鼓櫓である可能性が高いとされているそうです。

    石段を下り、進んで来た道を振り返って。

    現在は(伝)潮見櫓と呼ばれていますが、本丸裏御門の西にあった太鼓櫓が黒田家別邸に移されたという記録から、太鼓櫓である可能性が高いとされているそうです。

  • (伝)潮見櫓と下之橋御門。

    (伝)潮見櫓と下之橋御門。

  • 下之橋御門<br />福岡城の主要な出入り口のひとつで、福岡城の門のうち現在も本来の位置を保っているのは、この門のみ。<br /><br />外観だけの見学だったけれど、どなたかのブログで櫓門内を見学した様子を拝見したことがあるので、特別公開されることもあるようです。

    下之橋御門
    福岡城の主要な出入り口のひとつで、福岡城の門のうち現在も本来の位置を保っているのは、この門のみ。

    外観だけの見学だったけれど、どなたかのブログで櫓門内を見学した様子を拝見したことがあるので、特別公開されることもあるようです。

  • 文化2年(1805)二層櫓門として建てられましたが、昭和9年(1934)以前に単層の門に変更されています。<br />その後、平成12年(2000)不審火で焼失。焼け残った部材を再利用して江戸末期の姿である二層櫓門として復元されました。<br /><br />では、門をくぐります。

    文化2年(1805)二層櫓門として建てられましたが、昭和9年(1934)以前に単層の門に変更されています。
    その後、平成12年(2000)不審火で焼失。焼け残った部材を再利用して江戸末期の姿である二層櫓門として復元されました。

    では、門をくぐります。

  • 門を出てすぐ右にあった説明板。<br />福岡城は堀に囲まれ、上之橋御門・下之橋御門・追廻門の3つの橋からしか城内へ入ることが出来ませんでした。

    門を出てすぐ右にあった説明板。
    福岡城は堀に囲まれ、上之橋御門・下之橋御門・追廻門の3つの橋からしか城内へ入ることが出来ませんでした。

  • 振り返って枡形を確認。

    振り返って枡形を確認。

  • 再び振り返って。

    再び振り返って。

  • このまま進むと堀を渡って大通り(空港線)に出てしまうので、ここで折り返し。

    このまま進むと堀を渡って大通り(空港線)に出てしまうので、ここで折り返し。

  • 12:44<br />石垣を観察してから、三ノ丸へ戻りました。

    12:44
    石垣を観察してから、三ノ丸へ戻りました。

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