2026/04/01 - 2026/04/06
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chemireさん
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(近江八幡市公式観光サイトより一部引用)
1585年、18歳にして近江43万石の領主に任ぜられた豊臣秀次は、信長亡き後の安土城下の民を近江八幡に移し城下町を開きました。自由商業都市としての発展を目指して楽市楽座を施行、城の防御である八幡堀を琵琶湖とつなぎ、往来する船を寄港させるなど、秀次はわずか5年の八幡山城在城の間に、商いのまちとしての繁栄の基盤を築いたのでした。
近江兄弟社メンターム資料館~八幡堀沿い~伝統的建造物群保存地~西光寺
近江商人発祥の地を、短時間だけど散策しました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
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4月6日(月)
八幡山城跡を目指して行きはバスに乗ったけど、帰りは伝統的建造物群保存地区を歩きながらホテルまで戻りました。
・・・・・・・
鳥居の前にいた「とび太くん」が、古風な制服姿だったのは、 -
横断歩道の先に、明治10年(1877)に設立された八幡東学校があったからなのね。現在は、観光案内所が併設された市民ギャラリーとして利用されているそうですが、外観だけ拝見。
白雲館 名所・史跡
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1585年(天正13)豊臣秀次が八幡山城を築城する際に堀を築いたのが八幡堀の始まり。防御の目的もありましたが、町と琵琶湖を結ぶ交通路となり、いまは舟遊びができる人気スポットになっています。
八幡堀めぐり 名所・史跡
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マンホールにも、八幡堀と白壁の蔵。それと、市の木のサクラ。
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八幡堀沿いをしばらく歩いてからメンターム資料館に向かうと、
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ヴォーリズメモリアルポケットパークに設置されたヴォーリズと少女の像がありました。女の子が持っているのは本物の花で、これが素敵。
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ウィリアム・メレル・ヴォーリズ は、1905年(明治38)に英語教師として来日。建築、教育、医療、実業など多方面で活躍し、近江兄弟社を創業しています。
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本社1階ロビーにある「近江兄弟社メンターム資料館」。建物の前にいたとび太くんは、メンタームリップを抱えて走るメンタームキッド仕様です。
いつもはニベアリップ派なのに、今回の旅の直前に偶然にもメンタームリップを買っていて、これも何かのご縁だとひとりで盛り上がっちゃった。近江兄弟社メンターム資料館 美術館・博物館
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資料館は入場無料。
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メンタームキッドは、ギリシア神話の医術神アポロンがモデルだそうです。
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メンソレータムは1894年にアメリカで開発され、1920年から近江兄弟社(当時はヴォーリズ合名会社)が輸入・販売していましたが、1974年に近江兄弟社が経営破綻し、ロート製薬が日本での製造販売権を取得。その後、近江兄弟社は事業再建し、メンソレータムはロート製薬の製品、メンタームは近江兄弟社の製品として現在でも日本で発売されています。
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戦前のレトロな箱や説明書。
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かつて販売していたメンソレータムの類似品や、
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近江兄弟社が製造してきた歴代メンターム製品が展示されています。
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現在の製品も。
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資料館を出て、商家や蔵が現存する近江八幡市八幡伝統的建造物群保存地区へ。保存地区200戸のうち、4分の1が江戸から明治期にかけて建てられた建築物です。
これから先は館内を見学する時間が取れなかったので、外観だけ撮りながら進みました(一部は内部非公開)。 -
西川庄六邸(非公開)
西川庄六邸 名所・史跡
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1585年創業。現在も、食品やリビング素材を扱う商社として活躍中。
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森五郎兵衛邸(非公開)
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煙草や麻布を扱っていた商人で、一奉公人から豪商になった勤勉な方だったそうです。
1931年(昭和6)に日本橋に建てられたビルは、現在も近三商事として健在。← こういうのを読んじゃうと、東京に行きたくなっちゃうなぁ。また旅の予定リストが増えてしまいました。森五郎兵衛邸 名所・史跡
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左 京街道 右 町なみ新町通りと刻まれる標石。
京街道は城下町を東西に貫く古い街道で、かつては将軍が上洛の際に通行し、朝鮮通信使も通ったことから朝鮮人街道とも呼ばれます。 -
近江商人のふるさと
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郷土資料館。明治期に八幡警察署として建設され、昭和28年(1953)にヴォーリズの設計事務所によって大幅に改築された建物を利用。
国内にヴォーリズが手掛けた西洋建築約200軒が残り、近江八幡市には20軒以上現存しています。 -
旧伴家住宅。江戸時代に活躍した豪商 伴庄右衛門の本家で、当時としては珍しい3階建ての広大な商家建築。
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明治時代には学校や図書館としても利用され、現在は市指定文化財として一般公開されています。
旧伴家住宅 寺・神社・教会
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道の先には八幡山城趾。静かな町並みに歴史の深さを感じてワクワクしながら歩きました。
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住宅が密接して電線が多く巡らされてる様子も、なぜかワクワクしちゃう。
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でも、こちらは土壁の一部が剥がれ近寄ると危険だという表示があります。特定空き家は各地で抱える問題で、安全な生活と景観が守られることを願います。
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西光寺
天正7年(1579)信長より安土城大手前に寺院を与えられ、堂宇を建立したことが起源。天正14年(1586)に豊臣秀次が八幡山城を築城した際、安土城下から現在地へ移転。西光寺 寺・神社・教会
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信長との縁を示す五七の桐紋。
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享保7年(1722)に主要建物を焼失しますが、本堂は宝暦年中(1751~1764)に再建。境内には、京都阿弥陀寺から分骨された織田信長公供養塔が建っているそうです。
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旅を終える前にアル・プラザ近江八幡へ寄って追加のお土産を探したけど、限定品がなかったので一回りして外へ出ました。ここから駅までは徒歩約15分くらい。
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ホテルに戻り預かってもらっていた荷物を受け取って、近江八幡駅へ。近いうちに、安土城を訪ねる旅で再訪することになるかな。
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ここから三ノ宮へ移動して、
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ポートライナーに乗り換え、帰りは神戸空港を利用。楽しい6日間でした。
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6日間の歩数。
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おみやげ。ひこにゃんが可愛いってみんなが言ってくれたけど、彦根って滋賀県にあるんだねって言葉が続いたことに苦笑。
でも、実は私も以前はそんな感じでした。観光を楽しむだけじゃなく、歴史も地理もきちんと学ぶ旅を続けようと思います。
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