岐阜旅行記(ブログ) 一覧に戻る
JR東海道本線関ヶ原駅下車。<br />駅付近に設けられたパネルで、関ヶ原の戦いを学びます。

関ヶ原の戦いを学ぶ/ 七武将のパネル

10いいね!

2026/04/01 - 2026/04/06

13283位(同エリア13702件中)

chemire

chemireさん

JR東海道本線関ヶ原駅下車。
駅付近に設けられたパネルで、関ヶ原の戦いを学びます。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通手段
徒歩
  • 関ヶ原駅を出て北西へ向かうと、すぐにある7人の武将のパネル。ここから、関ヶ原の戦いを学び始めます。<br /><br />各武将の肖像画と家紋を一緒に取ろうと思ったら、家康だけ違う形になっちゃった。

    関ヶ原駅を出て北西へ向かうと、すぐにある7人の武将のパネル。ここから、関ヶ原の戦いを学び始めます。

    各武将の肖像画と家紋を一緒に取ろうと思ったら、家康だけ違う形になっちゃった。

  • 徳川家康/東軍総大将<br />関ケ原の勝利後、江戸幕府を開き約260年続く平和の基盤を築く。

    徳川家康/東軍総大将
    関ケ原の勝利後、江戸幕府を開き約260年続く平和の基盤を築く。

  • 石田三成/西軍の核<br />豊臣家への忠義を尽くし、大義のために家康に対抗。笹尾山に陣を敷いて奮戦したが、味方の裏切りにより敗北。関ヶ原の戦いから2週間後、家康に捕縛され京都六条河原で処刑される。

    石田三成/西軍の核
    豊臣家への忠義を尽くし、大義のために家康に対抗。笹尾山に陣を敷いて奮戦したが、味方の裏切りにより敗北。関ヶ原の戦いから2週間後、家康に捕縛され京都六条河原で処刑される。

  • 大谷吉継/西軍<br />三成の盟友。病身ながらも西軍の主要戦力として奮闘。病に侵されながらも前線で激闘を繰り広げるが、配下の東軍寝返りにより大谷勢は壊滅し吉継は自刃。

    大谷吉継/西軍
    三成の盟友。病身ながらも西軍の主要戦力として奮闘。病に侵されながらも前線で激闘を繰り広げるが、配下の東軍寝返りにより大谷勢は壊滅し吉継は自刃。

  • 黒田長政/東軍<br />軍師・黒田官兵衛の息子。西軍の小早川秀秋らを東軍に寝返らせるため調略をおこなったり、情報戦などで暗躍。

    黒田長政/東軍
    軍師・黒田官兵衛の息子。西軍の小早川秀秋らを東軍に寝返らせるため調略をおこなったり、情報戦などで暗躍。

  • 福島正則/東軍<br />豊臣恩顧の武将ながら、三成への憎しみから東軍に加わり合戦の先鋒を務めた。

    福島正則/東軍
    豊臣恩顧の武将ながら、三成への憎しみから東軍に加わり合戦の先鋒を務めた。

  • 小早川秀秋/西軍一東軍<br />松尾山に1万5千もの大軍を率いて布陣しながら傍観を続け、最後は家康の催促に押されて西軍を急襲し勝敗を決定づけた。

    小早川秀秋/西軍一東軍
    松尾山に1万5千もの大軍を率いて布陣しながら傍観を続け、最後は家康の催促に押されて西軍を急襲し勝敗を決定づけた。

  • 島津義弘/西軍<br />敵陣を突破する島津の退き口で生還。

    島津義弘/西軍
    敵陣を突破する島津の退き口で生還。

  • 陣形図と説明文で、戦いの様子を時系列で把握。<br /><br />

    陣形図と説明文で、戦いの様子を時系列で把握。

  • 慶長5年(1600年)9月15日<br /> 天下の覇権を狙う徳川家康率いる東軍と、これを阻止するために挙兵した石田三成ら西軍が、関ヶ原を舞台に、天下分け目の決戦を繰り広げた。<br />両軍布陣後も前夜からの深い霧で見通しがきかない。薄暗い霧が、これからここで起こる激戦を予知するかのような空気さえ醸し出していた。<br /><br /> 緊張感の漂う中、無言の睨み合いは続く。霧が少し晴れた辰の刻頃、東軍の井伊・松平隊が西軍宇喜田隊に発砲し、決戦の火蓋が切られた。<br /><br /> 総勢82,000人余りの西軍が必勝の陣形で東軍を迎え撃つ。<br />一方、東軍は74,000余。東軍の総大将である徳川家康は当初、桃配山に本陣を置くも、その後、最前線近くまで本陣を前進させ、東軍の士気を高める。<br /><br /> 午の刻頃、家康からの圧力もあり、小早川隊は反旗をひるがえし、同調した他の隊とともに大谷隊を衝く。大谷隊の敗走後、小西、宇喜多も敗走。さらに石田隊も勇猛果敢に応戦するが、挽回の余地なく敗走した。<br /><br /> 天下分け目の決戦は、開始からわずか半日あまりで勝敗が決まった。

    慶長5年(1600年)9月15日
     天下の覇権を狙う徳川家康率いる東軍と、これを阻止するために挙兵した石田三成ら西軍が、関ヶ原を舞台に、天下分け目の決戦を繰り広げた。
    両軍布陣後も前夜からの深い霧で見通しがきかない。薄暗い霧が、これからここで起こる激戦を予知するかのような空気さえ醸し出していた。

     緊張感の漂う中、無言の睨み合いは続く。霧が少し晴れた辰の刻頃、東軍の井伊・松平隊が西軍宇喜田隊に発砲し、決戦の火蓋が切られた。

     総勢82,000人余りの西軍が必勝の陣形で東軍を迎え撃つ。
    一方、東軍は74,000余。東軍の総大将である徳川家康は当初、桃配山に本陣を置くも、その後、最前線近くまで本陣を前進させ、東軍の士気を高める。

     午の刻頃、家康からの圧力もあり、小早川隊は反旗をひるがえし、同調した他の隊とともに大谷隊を衝く。大谷隊の敗走後、小西、宇喜多も敗走。さらに石田隊も勇猛果敢に応戦するが、挽回の余地なく敗走した。

     天下分け目の決戦は、開始からわずか半日あまりで勝敗が決まった。

10いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP