2024/12/30 - 2024/12/30
42位(同エリア202件中)
赤い彗星さん
この旅行記スケジュールを元に
和歌山で育ったのに熊野三山は那智大社しか行った事がなく、
次帰省した際には熊野三山を巡らなければと考えていました。
ハードスケジュールではありますが、調べてみると日帰りで三山巡りが出来そうなので、田辺駅発の早朝バスで熊野本宮大社に向かいます。
但し、記憶に間違いがあったらしく、
私「本宮行ったことないから、ちょっと行ってくるわ。」
親「子供の頃、何回も連れて行ったで。」
私「えっ!」
というのが、どうやら事実のようです。
それでも全く記憶が蘇らないので、初めての熊野本宮大社参拝に出発します。
- 旅行の満足度
- 5.0
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湯浅から田辺に戻り、駅近くの闘鶏神社に立ち寄りました。
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神社横に案内所が出来ていたり、子供の頃から慣れ親しんだ場所が、今では世界遺産になっています。
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道路に面していた一の鳥居を真っ直ぐに進むと、二の鳥居が建っています。
周辺では、初詣の準備に勤しんでいました。 -
二の鳥居前の左右に伸びる長い直線は馬場です。
毎年夏に行われる田辺まつりでは、左右に屋台が立ち並んで大勢の市民で賑わいます。子供の頃は、家族や東京から遊びに来る従兄弟たちと夜店に繰り出すのが、夏休みの楽しみの一つでした。
田辺祭が、紀州三大祭の一つとは知らんかった。 -
初詣用の準備も終わり、正月を静かに待っている重要文化財の拝殿。
いつでも来れる場所ながら、初詣や田辺まつりなど基本的に参拝客の多いタイミングでしか来ることが無かったため、人のいない境内が新鮮でした。
馬場は、結構自転車で通り抜けていたのですが。源平合戦で熊野水軍が源氏に味方するきっかけとなった闘鶏が行われた世界遺産の神社 by 赤い彗星さん闘鶏神社 寺・神社・教会
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闘鶏神社の本殿。
改めてきちんと本殿を見るのは、初めてな気がする。
寺社にそれほど興味がなかった年頃というのもあるけど、身近過ぎて丁寧に見て回るということをした記憶がない。 -
左右非対称で不安定そうな石の積み方に見える石灯籠。
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武蔵坊弁慶とその父と伝わる熊野三山別当の湛増の像。
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拝殿前の鶏の像。記憶にないけど、昔からあったのかなあ。
熊野水軍が、源氏と平氏のどちらに味方するか、神託を得るために鶏を戦わせた故事が、闘鶏神社の名に繋がっています。
熊野三山別当の湛増は、源氏を現す白い布と平氏を現す赤い布を結び付けた鶏同士を戦わせ、源氏側がことごとく勝利したことから、源氏側での参戦を決めました。
最初から、源氏側として参戦することを決めた上で、源氏側が勝つように鶏に工作していたという話も聞いたことがありますが、当時は神からの御神託が何よりも万人を納得させる力を持っていた時代なので、効果はてきめんだったでしょうね。 -
闘鶏神社境内に祀られている藤巌神社。
江戸時代の田辺の領主で、城下町を整備して現在の田辺市の礎を築いた安藤直次を祀っています。 -
安藤直次は徳川家康の側近で、家康の10番目の子であった徳川頼宣の傳役となり、頼信が紀州藩主となった際に紀州藩家老として田辺の領主となりました。
直次が梅の栽培を奨励したことが、現在も田辺市周辺が梅の産地であることに繋がっています。 -
境内末社の弁慶社。名前の通り、御祭神として弁慶を祀っています。
武蔵坊弁慶の平泉での戦死を伝え聞いた田辺の人々が、松を植えてその死を悼んだそうですが、弁慶松と名付けられた松の根元に設けられた社がこの場所に移築されたものです。 -
七五三も初詣も闘鶏神社でした。
社伝では、古墳時代の419年に熊野権現を勧請し、田辺の宮として祀ったのが神社の始まりとされています。他の古文書には、飛鳥時代の684年に初めて社殿が創建されたという記録も残っているそうです。
どちらにしてもとんでもなく古い時代に創建された神社です。 -
拝殿の奥には、熊野十二社造と呼ばれる配置で西殿、本殿、上殿、中殿、下殿、八百萬殿が並んでいます。この並びは、熊野本宮大社と同じ配置です。
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一晩明けて、紀伊田辺駅6:16分発の路線バスに2時間乗って、熊野本宮大社にやってきました。早朝出発でバスで爆睡と思っていたけど、写真は全く撮っていないもののバスからの景色が本当に見ていて飽きなかった。
個人的に懐かしい場所も沢山ありましたが、河原から湧き出る温泉を川を堰き止めて巨大な湯船を造り上げる川湯温泉や、つぼ湯で有名な湯の峰温泉なども経由するので車窓から眺める事が出来ます。熊野本宮大社 寺・神社・教会
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「熊野へまゐるには 紀路と伊勢路のどれ近し どれ遠し 広大慈悲の道なれば 紀路も伊勢路も遠からず。」は、後白河法皇が編纂したと云われる梁塵秘抄に載せられた今様の一節です。
熊野へ行くのに紀伊路と伊勢路のどちらが近くどちらが遠いのだろうという疑問に、熊野の神々による広大慈悲の道なので、どちらも遠くないと解釈している一節です。 -
熊野大権現の幟が立ち並んだ参道を進んで行きます。
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真冬の午前8時台にかなり奥まった山地にやってきたので、芯から底冷えする強烈な寒さ。それが却って凛とした神聖な空気に包まれているように感じました。
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八咫烏のおみくじ。
大吉~凶などの吉凶を占うのではなく、おみくじを引いた人を現す漢字と解釈が書かれています。私もチャレンジしてみましたが、自分自身や親の贔屓目視点レベルですが、自己イメージに近い漢字を引いたと思います。 -
写真撮影が許されているのは、社殿前の神門まで。正確には神門内の写真撮影は参拝記念のみ許可されており、SNSやブログへの掲載は禁止です。
熊野本宮大社は、全国4,700社の熊野神社の総本宮です。
主祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同一視されている家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)。
上四社には、各社殿に祀られている神々と神仏習合の名残で同一視される本地仏が掲載されていました。
第一殿・西御前:熊野牟須美大神、事解之男神 本地仏:千手観音
第二殿・中御前:速玉之男神 本地仏:薬師如来
第三殿・証誠殿:家都御子大神 本地仏:阿弥陀如来
第四殿・若宮:天照大神 本地仏:十一面観音 -
神門前には、往時の熊野本宮の全景図が描かれています。
明治22年(1898)の大水害で社殿の多くが流され、残された四社が現在地に遷座されました。かなり大きな中州ではありますが、山間部のこのような地形だと鉄砲水が出るとひとたまりもなかっただろうなと思います。 -
令和7年(2025)の一文字として、”思”の大文字が飾られていました。
参拝した時期が2024年年末だったので、翌年2025年用の漢字です。 -
境内にひっそりと佇んでいる旧社号評。
当時の首相:近衛文麿の揮毫により、「官幣大社 熊野坐神社」と刻まれています。
現在の社号は熊野本宮大社ですが、平安時代に編纂された延喜式神明帳には、熊野坐神社と記載されており、明治時代に正式社号として、「熊野坐神社」として登録されていました。 -
境内に設置されているヤタポスト。
世界平和を願い、地球の自然を支えるというメッセージを発信しているそうです。
ゲゲゲの鬼太郎に出てきそうなポストですね。
記念物ではなく、現役のポストです。 -
大斎原に向かう路地の入口には、「是日本第一本宮大斎原」と刻まれた道標が建てられています。時宗の開祖である一遍上人が、熊野で神勅を得て、南無阿弥陀仏を唱えれば救われるという教えを開顕した場所です。
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日本一の大鳥居は、遠目に見ても巨大さが分かるほど、規格外の大きさです。
周辺は田んぼなので、より大きさが際だちます。旧社地 (大斎原) 名所・史跡
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枠に入りきるギリギリまで近づき撮影。完全に空を見上げています。
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手水の中央には八咫烏。社寺の多くは、龍がいる位置ですね。
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旧社地 (大斎原)にも世界遺産を示す石碑が建てられています。
大斎原に社殿が並んでいた時代は、神楽殿や能舞台なども備わっており、現在の数倍規模のお宮だったそうです。
中州に渡るための橋は敢えて架けられず、参拝者は自分の足で川を渡ることで身を清めていたそうです。寒い時期に参拝する人は、足の感覚なんか無くなりそうな気がするけど、そんなことは些事でしかないくらい、信仰への思いは強かったんでしょうね。
ここから奥は、神域になるので撮影禁止です。 -
鳥居の裏で羽ばたいている八咫烏を見つけました。
八咫烏には、神武天皇を熊野から大和まで道案内したという伝説が残されています。三本の足は、天・地・人をあらわしているそうです。 -
鳥居の中央にも三本足の八咫烏。
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熊野川の広い河原に面した堤防の上を歩いて戻ります。
大斎原に社殿が鎮座している時代に現在のような頑丈な堤防が備わっていたら、今でもこの場所で社殿を見ることが出来たかもしれませんね。 -
堤防の上から見た大鳥居。
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バス停に面して、世界遺産熊野本宮館が建てられています。
荷物持ちの人足を従えた南方熊楠さんが、観光客を出迎えてくれます。
この写真は、千鳥の大悟さんのような風体ですが、若い頃の写真は、本木雅弘さんのようなイケメンです。田辺の三偉人の一人で、超人的な逸話を数多く残す知の巨人ですね。18ヵ国語を話し、博物学・生物学・民俗学などに精通し、自ら観察や研究を重ねて、多くの新種なども発見した学者です。
地元だったので子供の頃から知ってはいましたが、世間に知られ始めたのは最近で、昔は知名度は低かったように思います。世界遺産熊野本宮館 美術館・博物館
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頭には頭襟を被り、法螺貝を首から吊るして錫杖を手にしたイメージ通りの山伏の像。
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八咫烏さん、目が怖いよ。。
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日本とスペインの誇る聖地同士の交流を記念した碑。
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者は、ホタテの殻を身に付けるので、互いに象徴となっている八咫烏とホタテが共演しています。 -
熊野本宮大社の鳥居前に掲げられていた大きな幟。
日の丸の中央に八咫烏が描かれていました。
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