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2019年以来の欧州の旅。<br />今回は、相方の住むベルリンを起点に、チェコをメインに旅をしてきました。<br />画像は、ベルリンの壁@イーストサイドギャラリーにてです。<br /><br />1日目…ちょい旅~2025 フィンランド・ヴァンター編~その1<br />2日目…ちょい旅~2025 ドイツ・シェーネフェルト編~その1→ドイツ旅行記~2025 ベルリン編~その1→ベルリン散策(泊)<br />3日目…ベルリン散策(泊)<br />4日目…ベルリン中央駅→チェコ/プラハ中央駅→プラハ散策(泊)<br />5日目…プラハ散策(泊)<br />6日目…プラハ中央駅→チェスキークルムロフ駅→チェスキークルムロフ散策(泊)<br />7日目…チェスキークルムロフバスターミナル→オーストリア/リンツ→リンツ散策→リンツ駅→ウィーン国際空港駅→ウィーン国際空港→ドイツ/ベルリン・ブランデンブルク国際空港→ベルリン(泊)<br />8日目…ベルリン散策<br />9日目…ベルリン・ブランデンブルク国際空港→フィンランド/ヘルシンキ・ヴァンター国際空港→<br />10日目…→成田国際空港

ドイツ旅行記~2025 ベルリン編~その2

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2025/05/14 - 2025/05/23

79位(同エリア2526件中)

ろくお

ろくおさん

この旅行記のスケジュール

2025/05/15

この旅行記スケジュールを元に

2019年以来の欧州の旅。
今回は、相方の住むベルリンを起点に、チェコをメインに旅をしてきました。
画像は、ベルリンの壁@イーストサイドギャラリーにてです。

1日目…ちょい旅~2025 フィンランド・ヴァンター編~その1
2日目…ちょい旅~2025 ドイツ・シェーネフェルト編~その1→ドイツ旅行記~2025 ベルリン編~その1→ベルリン散策(泊)
3日目…ベルリン散策(泊)
4日目…ベルリン中央駅→チェコ/プラハ中央駅→プラハ散策(泊)
5日目…プラハ散策(泊)
6日目…プラハ中央駅→チェスキークルムロフ駅→チェスキークルムロフ散策(泊)
7日目…チェスキークルムロフバスターミナル→オーストリア/リンツ→リンツ散策→リンツ駅→ウィーン国際空港駅→ウィーン国際空港→ドイツ/ベルリン・ブランデンブルク国際空港→ベルリン(泊)
8日目…ベルリン散策
9日目…ベルリン・ブランデンブルク国際空港→フィンランド/ヘルシンキ・ヴァンター国際空港→
10日目…→成田国際空港

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
交通
3.0
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
鉄道 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • ●Westend駅<br /><br />再び、ベルリンの観光へ向かいます。<br />SバーンのWestend駅にやってきました。

    ●Westend駅

    再び、ベルリンの観光へ向かいます。
    SバーンのWestend駅にやってきました。

  • ●Westend駅<br /><br />出発案内板には、「Ring」「Ring」「Ring」<br />環状線です。<br />実は、山手線は、ベルリンの環状線を参考に作られたのだとか…。<br />便数も頻繁にありますが、相方曰く、「しょっちゅう遅れるよ…」と。

    ●Westend駅

    出発案内板には、「Ring」「Ring」「Ring」
    環状線です。
    実は、山手線は、ベルリンの環状線を参考に作られたのだとか…。
    便数も頻繁にありますが、相方曰く、「しょっちゅう遅れるよ…」と。

  • ●Westkreuz駅<br /><br />Westkreuz駅にやって来ました。<br />この「kreuz」とは、十字路という意味で、西の十字路駅になります。<br />逆は、「Ostkreuz」東の十字路駅です。<br />要は、乗換駅ということです。

    ●Westkreuz駅

    Westkreuz駅にやって来ました。
    この「kreuz」とは、十字路という意味で、西の十字路駅になります。
    逆は、「Ostkreuz」東の十字路駅です。
    要は、乗換駅ということです。

  • ●Westkreuz駅<br /><br />色的に、京阪電車みたいだな…と思っていました(笑)。<br />空いていてラッキー。<br />座って移動出来ました。

    ●Westkreuz駅

    色的に、京阪電車みたいだな…と思っていました(笑)。
    空いていてラッキー。
    座って移動出来ました。

  • ●Berlin Ostbahnhof駅<br /><br />Berlin Ostbahnhof駅へやって来ました。<br />訳すると、「ベルリン東駅」です。<br />

    ●Berlin Ostbahnhof駅

    Berlin Ostbahnhof駅へやって来ました。
    訳すると、「ベルリン東駅」です。

    ベルリン東駅

  • ●Berlin Ostbahnhof駅<br /><br />2006年の中央駅開業まで、ベルリンのメインとなった駅です。<br />今でも、ICEなどが停車する大きな駅です。

    ●Berlin Ostbahnhof駅

    2006年の中央駅開業まで、ベルリンのメインとなった駅です。
    今でも、ICEなどが停車する大きな駅です。

  • ●Berlin Ostbahnhof駅<br /><br />駅前に、警察の車が停まっています。<br />白ベースの青いライン。<br />何か、爽やかですね(笑)。

    ●Berlin Ostbahnhof駅

    駅前に、警察の車が停まっています。
    白ベースの青いライン。
    何か、爽やかですね(笑)。

  • ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー<br /><br />ベルリンに来たからには、これはマストでしょ!<br />という事で、「ベルリンの壁」に連れて来てもらいました。<br />約1kmに渡り、壁が残っています。

    ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー

    ベルリンに来たからには、これはマストでしょ!
    という事で、「ベルリンの壁」に連れて来てもらいました。
    約1kmに渡り、壁が残っています。

  • ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー<br /><br />Ostbahnhof駅から徒歩圏内です。<br />ベルリンの壁の現在は、世界中のアーティストによってアートが描かれています。

    ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー

    Ostbahnhof駅から徒歩圏内です。
    ベルリンの壁の現在は、世界中のアーティストによってアートが描かれています。

  • ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー<br /><br />第二次世界大戦後、戦勝国である、イギリス、アメリカ、フランス、ソ連により分割占領されていたベルリン。<br />1961年8月、一夜にしてソ連によって全長155kmの壁が造られてしまいます。<br />それまで比較的、自由に出来ていた東西の行き来が、急に出来なくなり、市民たちは分断されることとなります。<br />何だか、この絵は、その分断による怒りや悲しみのように見えます。<br />

    イチオシ

    ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー

    第二次世界大戦後、戦勝国である、イギリス、アメリカ、フランス、ソ連により分割占領されていたベルリン。
    1961年8月、一夜にしてソ連によって全長155kmの壁が造られてしまいます。
    それまで比較的、自由に出来ていた東西の行き来が、急に出来なくなり、市民たちは分断されることとなります。
    何だか、この絵は、その分断による怒りや悲しみのように見えます。

  • ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー<br /><br />ベルリンの壁が出来た理由は、東側から西側への人口の流出を防ぐためだったようです。社会主義の政府の圧迫から自由を制限されていた東側の人たち。西側との経済格差も広がり、西側へ移動する人たちが増えていきます。それに危機感を覚えた東側の政府が壁を造ってしまいました。

    ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー

    ベルリンの壁が出来た理由は、東側から西側への人口の流出を防ぐためだったようです。社会主義の政府の圧迫から自由を制限されていた東側の人たち。西側との経済格差も広がり、西側へ移動する人たちが増えていきます。それに危機感を覚えた東側の政府が壁を造ってしまいました。

  • ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー<br /><br />今、僕たちは、西側から壁を見ています。<br />今見ると、何のこっちゃない普通の壁なのですが、分断の頃は、この壁を乗り越えようとした人が、東側の国境警備隊に射殺されるなど、命を落とした人が多数いるようです。

    ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー

    今、僕たちは、西側から壁を見ています。
    今見ると、何のこっちゃない普通の壁なのですが、分断の頃は、この壁を乗り越えようとした人が、東側の国境警備隊に射殺されるなど、命を落とした人が多数いるようです。

  • ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー<br /><br />それが、1989年、ベルリンの壁が市民により崩壊されてしまいます。<br />それは、東側のスポークスマンによる「すべての東ドイツ国民に、東ドイツからの出国を認める」という発言から。<br />東側の政府の意図とは全く違う「勘違い」の発言を発端に、市民たちが動き、壁が壊され、ドイツ統一の流れになっていきます。<br />この出来事は、「歴史上最も素晴らしい勘違い」と言われ、当時のスポークスマンのシャボウスキーは、「歴史を変えた男」と称されました。

    ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー

    それが、1989年、ベルリンの壁が市民により崩壊されてしまいます。
    それは、東側のスポークスマンによる「すべての東ドイツ国民に、東ドイツからの出国を認める」という発言から。
    東側の政府の意図とは全く違う「勘違い」の発言を発端に、市民たちが動き、壁が壊され、ドイツ統一の流れになっていきます。
    この出来事は、「歴史上最も素晴らしい勘違い」と言われ、当時のスポークスマンのシャボウスキーは、「歴史を変えた男」と称されました。

  • ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー<br /><br />当時、中学生だった僕も、テレビで崩壊のニュースを見ていた記憶があります。<br />当時は、あまりなにも思ってなかったのですが、今思うと、歴史が動いたものすごい貴重な瞬間を見れたのだな…と感じています。<br />ベルリンの壁で一番有名な絵がありました。<br />「旧ソ連書記長ブレジネフと、旧東ドイツ国家評議会議長ホーネッカー(右)のキス」の絵です。旧ソ連の芸術家ドミトリー ヴルベル氏にによって、描かれました。

    ●ベルリンの壁@イーストサイドギャラリー

    当時、中学生だった僕も、テレビで崩壊のニュースを見ていた記憶があります。
    当時は、あまりなにも思ってなかったのですが、今思うと、歴史が動いたものすごい貴重な瞬間を見れたのだな…と感じています。
    ベルリンの壁で一番有名な絵がありました。
    「旧ソ連書記長ブレジネフと、旧東ドイツ国家評議会議長ホーネッカー(右)のキス」の絵です。旧ソ連の芸術家ドミトリー ヴルベル氏にによって、描かれました。

    イーストサイドギャラリー 博物館・美術館・ギャラリー

  • ●オーバーバウム橋@シュプレー川<br /><br />シュプレー川にかかるオーバーバウム橋。<br />ベルリンのシンボルの一つだと思います。<br />ベルリンが紹介されてある記事によく出てくるスポットです。

    ●オーバーバウム橋@シュプレー川

    シュプレー川にかかるオーバーバウム橋。
    ベルリンのシンボルの一つだと思います。
    ベルリンが紹介されてある記事によく出てくるスポットです。

  • ●シュプレー川<br /><br />シュプレー川沿いをオーバーバウム橋へ向かって歩いてみます。

    ●シュプレー川

    シュプレー川沿いをオーバーバウム橋へ向かって歩いてみます。

  • ●シュプレー川<br /><br />遊覧船らしき船が停泊してますね。<br />シュプレー川をクルーズってのもいいですね。

    ●シュプレー川

    遊覧船らしき船が停泊してますね。
    シュプレー川をクルーズってのもいいですね。

  • ●オーバーバウム橋@シュプレー川<br /><br />橋まで来ました。<br />丁度、Uバーンが走って来ました。<br />下層は道路、上層は鉄道となっています。<br />ベルリンが分断されてた時代は、東西を隔てる橋でした。

    イチオシ

    地図を見る

    ●オーバーバウム橋@シュプレー川

    橋まで来ました。
    丁度、Uバーンが走って来ました。
    下層は道路、上層は鉄道となっています。
    ベルリンが分断されてた時代は、東西を隔てる橋でした。

    オーバーバウム橋 建造物

  • ●オーバーバウム橋から@シュプレー川<br /><br />川幅、結構ありますね。<br />右側が、ベルリンの壁が残っていたイーストサイドギャラリー側です。<br />奥にテレビ塔も見えています。

    ●オーバーバウム橋から@シュプレー川

    川幅、結構ありますね。
    右側が、ベルリンの壁が残っていたイーストサイドギャラリー側です。
    奥にテレビ塔も見えています。

  • ●オーバーバウム橋<br /><br />何だか、水門のような、お城のような建物ですね。<br />青空が出て来て良かった!

    ●オーバーバウム橋

    何だか、水門のような、お城のような建物ですね。
    青空が出て来て良かった!

  • ●オーバーバウム橋から@シュプレー川<br /><br />橋も真ん中を過ぎると、テレビ塔がちゃんと見えてきました!<br />それにしても、今日は、天気の移りが早いです。

    ●オーバーバウム橋から@シュプレー川

    橋も真ん中を過ぎると、テレビ塔がちゃんと見えてきました!
    それにしても、今日は、天気の移りが早いです。

  • ●Schlesisches Tor駅界隈<br /><br />オーバーバウム橋から一番近い駅、「Schlesisches Tor駅」界隈へやって来ました。<br />Uバーンでも地上を走っています。<br />何か、この界隈の雰囲気、とっても好きだな…。<br />

    イチオシ

    地図を見る

    ●Schlesisches Tor駅界隈

    オーバーバウム橋から一番近い駅、「Schlesisches Tor駅」界隈へやって来ました。
    Uバーンでも地上を走っています。
    何か、この界隈の雰囲気、とっても好きだな…。

  • ●Hallesches Tor駅<br /><br />Schlesisches Tor駅からUバーンに乗って、Hallesches Tor駅までやって来ました。

    ●Hallesches Tor駅

    Schlesisches Tor駅からUバーンに乗って、Hallesches Tor駅までやって来ました。

  • ●Hallesches Tor駅<br /><br />まるでおもちゃの箱のような黄色い電車でした。<br />陽も射してきました!

    ●Hallesches Tor駅

    まるでおもちゃの箱のような黄色い電車でした。
    陽も射してきました!

  • ●Hallesches Tor駅<br /><br />何だか、アトラクション感覚で乗っていました。<br />少し目線が高い場所から街を見下ろせたので、良かったです!<br />やっぱり緑が多いな!と感じました。

    ●Hallesches Tor駅

    何だか、アトラクション感覚で乗っていました。
    少し目線が高い場所から街を見下ろせたので、良かったです!
    やっぱり緑が多いな!と感じました。

  • ●フリードリッヒ通り<br /><br />Hallesches Tor駅から、一直線の道「フリードリッヒ通り」です。<br />すぐ真下にUバーンが走っています。

    ●フリードリッヒ通り

    Hallesches Tor駅から、一直線の道「フリードリッヒ通り」です。
    すぐ真下にUバーンが走っています。

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />フリードリッヒ通りを真っすぐ歩いて、ベルリンを代表するスポットにやって来ました。「チェックポイント・チャーリー」です。

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    フリードリッヒ通りを真っすぐ歩いて、ベルリンを代表するスポットにやって来ました。「チェックポイント・チャーリー」です。

    チェックポイントチャーリー 散歩・街歩き

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />ここは、東西ベルリンの境界に建てられていた検問所です。<br />この検問所を利用して、人が東西を行き来していました。<br />今は、壁はなく、周囲は普通に建物が建っているだけなので、そんな特別だった場所だとは、想像しにくいです。<br />看板には、「アメリカ地区から離れます」と書かれています。逆には、「アメリカ地区に入ります」になっています。

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    ここは、東西ベルリンの境界に建てられていた検問所です。
    この検問所を利用して、人が東西を行き来していました。
    今は、壁はなく、周囲は普通に建物が建っているだけなので、そんな特別だった場所だとは、想像しにくいです。
    看板には、「アメリカ地区から離れます」と書かれています。逆には、「アメリカ地区に入ります」になっています。

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />冷戦時代の写真が展示されていました。

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    冷戦時代の写真が展示されていました。

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />ケネディ大統領がここを訪れた写真が展示されていました。

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    ケネディ大統領がここを訪れた写真が展示されていました。

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />奥が西側、アメリカ側。白い建物は、60年代に使用されたアメリカ側の検問所の小屋。そして、アメリカの兵士が、東側を見ています。写真の反対側は、ソビエトの兵士の写真で、西側を見ています。

    イチオシ

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    奥が西側、アメリカ側。白い建物は、60年代に使用されたアメリカ側の検問所の小屋。そして、アメリカの兵士が、東側を見ています。写真の反対側は、ソビエトの兵士の写真で、西側を見ています。

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />1961年の10月。<br />このチェックポイントで、ソビエトとアメリカの戦車のにらみ合いが起こりました。その時の画像です。緊張感ありますね。<br />と同時に、この辺りの当時の様子がわかりますね。

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    1961年の10月。
    このチェックポイントで、ソビエトとアメリカの戦車のにらみ合いが起こりました。その時の画像です。緊張感ありますね。
    と同時に、この辺りの当時の様子がわかりますね。

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />1980年頃のチェックポイント・チャーリー。<br />上が西側です。

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    1980年頃のチェックポイント・チャーリー。
    上が西側です。

  • ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り<br /><br />「ここに壁がありました」と地面に刻まれていました。

    ●チェックポイント・チャーリー@フリードリッヒ通り

    「ここに壁がありました」と地面に刻まれていました。

  • ●チェックポイント・チャーリー界隈@フリードリッヒ通り<br /><br />チェックポイント・チャーリー界隈には、お土産を売っているお店もありました。

    ●チェックポイント・チャーリー界隈@フリードリッヒ通り

    チェックポイント・チャーリー界隈には、お土産を売っているお店もありました。

  • ●チェックポイント・チャーリー界隈@フリードリッヒ通り<br /><br />ここの目玉は、これかな?<br />実際の「ベルリンの壁」<br />記念にどうでしょう…???

    ●チェックポイント・チャーリー界隈@フリードリッヒ通り

    ここの目玉は、これかな?
    実際の「ベルリンの壁」
    記念にどうでしょう…???

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