2025/03/25 - 2025/03/25
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2025/03/25
この旅行記スケジュールを元に
翌朝も夜明け前に目が覚めてしまい、最上階のデッキに出てみます。船はまだ航行中で気持ちの良い涼しい風で目が覚めます。昔、妻と2人で蘇州の南の埠頭から船に乗って杭州まで「京杭運河」の一部をクルーズの旅をしたことがありました。現在はこのルートは無くなってしまいましたが、素晴らしい経験でした。そんな旅のことも思い出しました。「夔門大橋」の橋脚の下を通過すると間もなく「奉節港」に停泊しました。橋の名前の夔は牛に似た一本足の怪物の名前ですが、夔峡はこれから進む瞿塘峡(くとうきょう)の別名でもあります。朝食を食べた後はまた下船口に集合し、ツアーのガイドの陳さんと地元のガイドさんと一緒にバスに乗り込みます。川沿いの道をしばらく進むと「白帝城瞿塘峡遊客中心」に着き、ここでバスを降ります。昔は山城だった「白帝城」は長江の水位が上がったことで完全に島になっています。ここへは「風雨廊橋」を渡ります。風雨橋は元々トン族の伝統的な屋根付きの橋で、以前旅した貴州省ではいくゆも見ることが出来ました。橋を渡りきると山道の階段が延々と続くので籠屋の人がたくさんいます。過去に行った桂林の龍背棚田や黄山では妻を見た「滑竿(かつかん)」という籠屋が「大姉!大姉!」と近づいてきたのですが、ここでは誰も声を掛けてくることはありませんでした。息を切らしながらなんとか山頂にある「白帝廟大門」までたどり着きます。ここは三国時代の蜀(蜀漢)の建国者である劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのがこの「白帝城」でした。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没したと言われます。そんな情景を表した人形も置かれています。「碑林」にも素晴らしいものがたくさんありますが、詳しくは見ていけないのが残念です。三峡には「懸棺」という岩壁に棺桶を吊るす伝統があり、その博物館も興味深く見学しました。「白帝城」の観光のもう1つのポイントが10元札の裏側の夔門の風景を見るというものです。ガイドの陳さんが「みなさん、10元札を用意してください。」と声を掛けると大阪から参加されたご夫婦の奥さんが「それでは二人分。」と言って20元札を財布から出したのには笑ってしまいました。島を一周して「白帝城」の観光も終わり、再びバスに乗って港に戻ります。いよいよここから「三峡下り」の絶景が始まります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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翌朝も夜明け前に目が覚めてしまい、最上階のデッキに出てみます。ホテルのような廊下には人の気配は感じられません。
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デッキへの出入り口はすでに開けられています。
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船はまだ航行中で気持ちの良い涼しい風で目が覚めていきます。太陽が顔を出す前の空が一番赤い時間帯です。
ホリディ イン エクスプレス 重慶 忠県 by IHG (重慶忠県智選假日酒店) ホテル
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こんな景色を一人で眺めるのは勿体ない気もしますが、妻をだ沿っても起きてこなくなって久しいです。
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外洋を航行する貨物船と遜色ない大きさの船が航行していきます。よく見る黄色いMSCのコンテナも積まれています。
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「奉節港」の文字が読み取れますが、このクルーズ船が停泊できるような大きさではありません。港はいくつもあるようですが、停泊地が近いことは感じられます。
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「夔門大橋」の下を通過します。水面からの高さは30.1メートルのようです。横浜のベイブリッジが約55メートルなので6階建てのクルーズ船では迫力ある通過シーンを感じることは出来ません。
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橋の名前の「夔」は牛に似た一本足の怪物の名前ですが、夔峡はこれから進む瞿塘峡(くとうきょう)の別名でもあります。
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クルーズ船の停泊する「奉節港」に着いたようで船は減速し始めます。
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後方から近づいて来る船は昨日の午後に「忠県港」でこの船の後に停泊したものと同じクルーズ船です。
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運航会社は違いますが、入港の順など決まりがあるのだと思います。数多くのクルーズ船が航行していますが、特にトラブルもなく粛々と入港して出港していきます。
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長江にはいったい誰だけの船が航行しているのでしょうか。通り過ぎるいくつもの港には大小たくさんの船が停泊していたり航行しています。それだけの船を造る造船所も近くにはあるということです。
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午前7時から朝食です。今日は洋風のメニューにしてみましたが、相変わらず茶色い料理が多いです。それでもお粥は外せません。
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三峡下りのクルーズ船ではかなり厳密に食事時間が決められているので、ほぼ全員が一斉に集まります。中国の橋脚は列に並ばない人が多いですが、これはお国柄なので気にしないようにしています。
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朝食が終わると山間からようやく太陽が上がってきました。
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「奉節港」の脇には白い塔と寺院があり、今までの港より風情を感じます。
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小船がやってきたので積み荷を見てみるとシーツや枕カバーやタオルのようです。ここで新しいものを積み込んで、使用したものを洗濯に出すようです。
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入れる袋に色違いがあるのは別の船会社なのだと思います。クルーズ船を周って戻っていきました。
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全員集合したところで午後8時30分に「奉節港」に上陸です。
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この日も船のオプションのツアーに参加しているという形になるので、現地のガイドさんと一緒に行動します。この日は中国のツアーとは一緒ではないようです。
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三峡ダム文物企画組の専門家たちは実地視察を行った後、大昌古城が水没する地域の重慶地区の中では最もよく保存されている古建築群で、地方建築の代表だと判断してそれを「全体移転復元」に認定しました。そして30棟の古民家と3つの城門、2つの廟宇が移転の対象となりました。この「依斗門」もその中の1つです。
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その横には現代の「奉節港」があります。ここにはエスカレーターが設けてあるので昇りも下りも楽することが出来ました。
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ようやく一番上まで登り切って、鋼鉄製の浮き埠頭を見下ろしてみます。
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「依斗門」は風格のある建物です。この門の名前は杜甫の七言絶句「秋興其二」から来ていると気が付きました。
夔府孤城落日斜 夔府の孤城落日斜めなり
毎依北斗望京華 毎(つね)に北斗に依りて京華を望む
聽猿實下三聲涙 猿を聽いて實に下す三聲の涙
奉使虚隨八月査 使を奉じて虚しく隨ふ八月の槎
書省香爐違伏枕 書省の香爐違ひて枕に伏し
山樓粉蝶隱悲笳 山樓の粉蝶悲笳に隱る
請看石上藤蘿月 請ふ看よ石上藤蘿の月
已映洲前蘆荻花 已に映ず洲前蘆荻の花 -
煉瓦造りの七重塔も寺院と共にここへ移築された建物でしょうか?新しい町と古い移築された建物が混在しているので分かりにくいところもあります。
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しばらく歩いた先にある駐車場からバスに乗り込みます。奉節のバスは電気バスではなく普通のディーゼル燃料を使ったバスでした。
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港からはバスに乗って30分ほどの移動がありました。
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到着した「白帝城瞿塘峡遊客中心」には古い町並みを模した商店街があり、観光客棟の食べ物やお土産が売っています。ついつい歩くスピードが遅くなってしまいます。
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これは「烏梨」というもので、皮の部分は本当に墨で塗ったように真っ黒です。店先で試食させてくれるので帰りに買ってみようと思います。
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多くの店では炭火の上に砂を入れた鍋を置いてピーナッツを炒っています。それ以外にも魚介やエビの天婦羅や揚げ物を造っている店が多かったです。
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ようやく入口に到着しました。中国の観光地では身分証明書かパスポートの提示が必須となっています。ここでもガイドさんが全員分回収して事務所へ持っていきました。
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入口のゲートをくぐるとその先には「風雨廊橋」が現れます。これは「白帝城」の島までつながっているのでかなりの長さがあります貴州省を旅するとこのタイプの橋はトン族の村の入り口に架かっています。
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地元のガイドさんの黄色い旗の後について先へ進みます。中国のツアーの参加者のようにツアー会社の色付きの帽子をくれないかなと思ってしまいます。
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中国の観光客人たちはドナルド・トランプが被っている中国製の「Make America Great Again」と書かれた帽子と同じような物を皆さん被っています。中国の人が共和党支持者のように見えて面白いです。
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「風雨廊橋」の途中からはフローティングの巨大な劇場が見えました。ガイドさんによると夜間開演されるとのことでした。帰国してから「帰来三国」で検索してみると、チャン・イーモウ(張 芸謀)がプロデュースしていると分かりました。そうなると観てみたくなります。
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橋を渡り切った先には巨大な諸葛亮孔明の像がありましたが、ガイドの陳さんから「帰りもここをとおりますから。」と先へ促されます。
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現在は島になっている「白帝城」の奥からは「瞿塘峡」を通過してきたクルーズ船が姿を現します。
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我々のクルーズ船が停泊しているのは白い「新橋溝大橋」の向こう側の「奉節港」のになります。
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「滑竿(かつかん)」という籠屋の姿が見えてくると坂を上るのだということが分かります。この商売に初めて出会ったのは桂林を旅した際の「龍脊棚田」の登り口でした。妻を見た担ぎ屋から「大姉!大姉!」と声が掛かります。妻は叔父さんたちゅから声を掛けられてまんざらでもない様子です。多分人生で一番モテた瞬間です。
白帝城 城・宮殿
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目の前にこんな急坂が現れると妻が登れるか心配になってしまいます。お金も持っていないのに「籠に乗ろうかなぁ。」なんて言い出します。
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黄山へ行った際にも声を掛けられていましたが、同じツアーのおじいさんが1人で「滑竿」で先へ行ってしまいました。先に着いたまでは良いのですが1人にさせられて既定の料金以外に法外なチップを要求されたと嘆いていました。その時のことを覚えているので必死に歩いています。
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後から後から人が登って来るのでなかなか休憩するのも難しいです。その横を5歳くらいの子供が「滑竿」で担がれているのを見ると将来が心配に思えてきます。
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それにしてもすごい人の数です。全てのクルーズ船の乗客がここを目指しているのだと思います。そうすると船の到着時間も決まって来るので、混雑する時間も集中しているのでしょう。
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もう話しかけても言葉が返ってこないほど弱り切っています。
白帝城 城・宮殿
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「白帝城」という扁額の掛かった入り口の門まで到達しました。これより先には坂を上るようなことはありません。
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「白帝廟」の入り口にはこのような分かりやすい地図がありました。
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「白帝城」は紫色をした白帝山上に位置し、四川省奉節県からは4キロの距離のところにあります。元の名前は「紫陽城」といい、悠久の歴史を持つ古城です。地形が非常に険しく、古来から軍事の要衝でした。前漢末期に公孫述がこの地で蜀の王として君臨していました。城の中で時々白い雲が沸き起こり、龍が昇るようであったことと、王が自ら白帝と名乗っていたことから「白帝城」と改名されたと言われています。
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三国時代に劉備軍は戦で敗退し「白帝城」に逃れ家臣たちにあわせる顔がなく、そこで白帝城に永安宮を建造し隠居して暮らしていました。 「白帝城」の東には夒門、西には八陣図と三方を水に面し、水陸両方の要地であるためかつて歴代の軍事家が必ずこの地で戦ってきました。
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歴代上の有名な詩人である李白、杜甫、白居易、劉禹錫、蘇軾、黄庭堅、陸遊などは「白帝城」に登り、夒門を巡って数多くの詩を残したため白帝城は「詩城」とも称されています。
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その中でも三峡を下る際に歌われたという李白の七言絶句の詩「早発白帝城」が思い出されます。
早発白帝城 早に白帝城を発す
朝辞白帝彩雲間 朝に辞す白帝彩雲の間
千里江陵一日還 里の江陵一日にして還る
両岸猿声啼不住 両岸の猿声啼いて尽きず
軽舟已過万重山 軽舟已すでに過ぐ万重の山 -
杜甫は登高という七言律詩を東に白帝城を望み、諸葛亮の伝説の八陣図の遺跡近くで詠んでいます。
風急天高猿嘯哀 風急に天高くして猿嘯哀し
渚清沙白鳥飛廻 渚清く沙白くして鳥飛び廻る
無辺落木蕭蕭下 無辺の落木蕭蕭として下り
不盡長江滾滾来 不盡の長江滾滾として来たる
万里悲秋常作客 万里悲秋常に客と作なり
百年多病独登台 百年多病独り台に登る
艱難苦恨繁霜髪 艱難苦恨む繁霜の髪
潦倒新停濁酒杯 潦倒新たに停む濁酒の杯 -
門の右脇には周恩来の揮毫による李白の「早発白帝城」の碑がありました。これらの碑のいくつかは日本の会社が建立したものだとガイドの陳さんが教えてくれました。裏側に会社名が彫られてあるそうですが、読めないように壁ギリギリに建てられています。横には江沢民の揮毫による同じ詩の碑があります。
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毛沢東の揮毫による碑もありました。中国では毛沢東の筆蹟は特に毛体と呼び臨書もさかんなようです。
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門をくぐった正面にある「托孤堂」が混雑していたので先に脇にある龍の像を見ることにします。「白帝城」の名前の由来である城の中で時々白い雲が沸き起こり、龍が昇るようであったというものを表現したのでしょう。龍の像の足元からは時折ドライアイスの霧のようなものが噴出しています。
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公孫述が帝位についた時に各地は戦乱が激しかったのですが「白帝城」の一帯は比較的に穏やかでした。地元の人々は公孫述を記念するために白帝城に「白帝廟」を建設し、塑像を造って供えました。明の時代になると公孫述の塑像は劉備の塑像に取って代わりました。廟の中に関羽や張飛、諸葛亮の塑像もありますが「白帝廟」の名は変わることなくそのまま使われています。
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「托孤堂」の塑像を見学します。 221年に三国蜀漢の皇帝であった劉備は関羽の復讐のために兵を挙げて呉を討ちました。222年8月に劉備は夷陵の戦いの時に呉の将軍であった陸遜によって夒門の外である白帝城まで退いた時には家臣たちに合わせる顔がなくそこに「永安宮」を建造して隠居しました。それ以降の劉備は病気でずっと寝たきりになり死に至りました。
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この世を去る前に「白帝城」近くの「永安城」の永安宮で息子を諸葛亮と李厳に託しました。この様子は「白帝城託孤」という三国史上では悲壮な場面として描かれています。昨夜の「烽煙三国」では描かれなかった場面です。
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章武3年4月24日(223年6月10日)に劉備は丞相の諸葛亮と劉永と劉理ら諸子を呼び寄せました。諸葛亮には「そなたの才能は魏の曹丕の10倍はある。必ずや国に安定をもたらしてくれる事であろう。我が子の劉禅が皇帝としての素質を備えているようならば補佐して欲しい。もし我が子が補佐するに足りない暗愚であったならば迷わずそなたが皇帝となり国を治めるのだ」「馬謖は自分の実力以上の事を口にする故に彼に重要な仕事を任せてはいけない。そなたはそれを忘れずに」と言い遺し、息子たちに対しては「悪事はどのような小さな事でも行ってはいけない。善事はどのような小さな事でも行うように。と伝えます。
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「これより丞相を父と思って仕えよ。いささかも怠ったらばお前達は不孝の子であるぞ」と言い遺し、間もなく崩御しました。享年63歳でした。陵墓は成都市南西郊外の恵陵で、現在は諸葛亮をまつる武侯祠の区内にあります。前面には乾隆53年建立と刻された「漢昭烈皇帝之陵」の碑があります。ここへは以前の旅で参拝したことがありました。
成都武候祠:https://4travel.jp/travelogue/11130087 -
続いて「東碑林」に移動してガイドさんの説明が続きます。内容は知っている事ばかりだったので、興味は居並ぶ碑に移ってしまいます。
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東西2か所にある碑林には石碑70余基があり、そのうち隋代のものから1300年から1400年の歴史があります。東碑林にある「鳳凰碑」と「竹葉碑」は最も有名です。「竹葉碑」は遠くから見ると3本の竹のように見えますが、よく見ると五言詩になっています。
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もっとも「竹葉碑」が有名だということは「白帝城」を出る時にあった掛軸の売店でガイドさんが教えてくれたことなので、肝心な碑は見落としていました。
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「蜀漢堂」
中央のテーブルには諸葛亮孔明と劉備が対峙して話し合いをしている様子がうかがえます。壁には「隆中対」とあるので、「三顧の礼」で諸葛亮を訪問した劉備に対して諸葛亮が説いた戦略について話していると分かります。日本では天下三分の計として知られます。 -
「三顧の礼」については昨夜の「烽煙三国」のショーでも触れられていませんでした。中国語の故事成語「三顧草廬」(草庵を三回訪ねる)を日本風に直したもので、目上の人が格下の者の許に出向き、礼を尽くしてお願いをすることです。
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黄巾の乱の鎮圧で関羽と張飛とともに天下に名を揚げていた劉備に対して諸葛亮は司馬徽など一部の人にのみ名前を知られた存在でした。しかも劉備が40代に対し、諸葛亮は20代でした。諸葛亮は劉備に堅実な策略「既に強大な勢力を築いている勢力に対抗するためには統一を捨て、新たな領地を入手する事によって新たに天下を三分割し、守りの堅い新勢力として既存勢力に立ち向かい、隙や好機があれば神速を以て奇襲する」という堅守的策略を説きます。
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明良殿」
成都にもあった「明良千古」の扁額を思い出します。ここでは「漢代明良」と扁額にあります。多分この額が出来たのは清時代のことだと思います。清は明王朝を滅ぼした後の王朝ですから明王朝が素晴らしいと読み取れるのでここでも明の文字の偏が日では無くて目になっています。 -
「武侯祠
「武侯」とは「忠武侯」と諡号された諸葛亮を指し、彼を祀る霊廟のことを指します。 -
「伯仲伊呂」の扁額は杜甫の七言絶句「詠懐其五」に由来するのだと思います。
諸葛大名垂宇宙 諸葛の大名宇宙に垂れ
宗臣遺像肅清高 宗臣の遺像肅として清高
三分割據紆簾策 三分割據簾策を紆(めぐ)らせ
萬古雲霄一羽毛 萬古雲霄一羽毛
伯仲之間見伊呂 伯仲之間に伊呂を見る
指揮若定失蕭曹 指揮若し定まらば蕭曹を失せん
福移漢祚難恢復 福移りて漢祚恢復し難し
志決身殲軍務勞 志決するも身は殲ぶ軍務の勞に
諸葛孔明の名は宇宙に垂れ、宗臣の遺像は肅として清高だ、三分割據の策を弄して、その姿は雲霄に鳳凰の羽を見るが如く崇高だという意味です。 -
「観星亭」
諸葛亮孔明は夜空を見上げ占星術を読むことで戦争の勝敗を予知できたという伝説があり、「赤壁の戦い」も予知していたとの説もあります。 -
「白帝城」の中には博物館があり、三峡のエリアで見られる「懸棺」についての展示が興味深かったです。
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崖から棺を吊り下げる様式は主に中国南部のボウ人などいくつかの少数民族が行ってきた古代の葬式習慣によるものです。様々な形の棺はそのほとんどが1本の丸太をくり抜いて作られています。棺は崖の鉛直面に刺した2本の杭の上に乗せるか、崖の途中にある洞穴に置かれるか、または崖の表面から突き出した自然の岩の上に置かれました。
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崖に吊り下げることによって遺体が獣に荒らされることを防ぎ、さらには魂を永遠に祝福することができるとも言われています。
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「懸棺」は二次葬懸棺で、人が亡くなった後は先に地下に浅く埋葬して、若干年の後に遺骨を納棺したあとに断崖の上に置くことです。ここに展示されている棺の中には合葬の形式で2人の遺骨が納められたものもあったようです。
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「木杭穴式」は棺を断崖上の洞窟あるいは岩の裂け目に打ち込まれ木杭の上に置かれました。この置き方は福建武夷山、湖南省、四川省の地区でも見られますが、湘西沅水両岸と長江三峡で多く見られます。
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「崖洞式」は川に沿う絶壁上の天然の洞窟や岩の裂け目を利用して、少し手入れをして棺を上に置きました。
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「横穴式」は川に沿う断崖に長方形の横型龕を掘って、長さ2メートル奥行き50センチの棺を置きました。棺の半分は外にはみ出た形になります。この置き方は川南や長江三峡で見られました。
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「方穴式」は川沿いの断崖に幅1.5メートル程度の正方形の穴を掘って棺を中に置きました。この置き方は川南、湘西で見られました。
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「崖縁式」は海辺の険しい断崖に突き出る狭窄な隙間に棺を置きました。このスタイルは台湾や東南アジアの島々で見ることが出来ます。
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「懸崖木杭式」は川に沿う絶壁の上に正方形の穴を掘り、木杭を打ち込み、その上に棺を置きました。この置き方は川南、湘西で見られました。
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展示されている木棺の入ったガラスケースの隙間からは中国元の札がたくさん入れられていました。
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「懸棺」はこれから航行する三峡の断崖でも見られるようなので、船上からも目を凝らしましたが、見つけることは出来ませんでした。
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この諸葛亮孔明が持つ「羽扇」は何となく欲しくなったのですが、パリピでもないので止めました。向井理演じる「パリピ孔明」は意外に面白いので観てしまいました。
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先ほどまで混雑していた「白帝城」でしたが、最後の方になると空いてきました。ガイドさんが掛軸屋さんで拓本の掛け軸を紹介してくれて、値段も安かったので「竹葉碑」を買ってしまおうと思ったのですが祖父の描いた絵の掛け軸さえなかなか掛けないので諦めました。
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「竹枝園」のガジュマルの樹は願い事を書いた人たちの札で溢れていました。「三生縁」と呼び、出会いから老いるまでを「縁」として、石を「堅」、木を「媒」、橋を「線」として二人の心を結び三世で縁が定められて永遠に同心を結ぶということのようです。
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「劉禹錫(りゅう うしゃく)」の像がありました。なるほど「竹枝園」の名前の意味が分かりました。
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「白帝城」の見学が終わり、いよいよ「夔門観景台」に向かいます。10元札の裏側の景色を眺めるためです。ここまで何度も中国を旅していて、1元札の杭州の西湖の十景の1つ「三潭印月」、5元札は山東省の「泰山」、20元札は桂林近くの陽朔からバスで行った興坪から見た「漓江」、100元は「人民大会堂」です。これまで10元と50元がまだ見ぬ土地でしたが、残りはチベットの「ポタラ宮」だけになりました。
1元:https://4travel.jp/travelogue/10353812
5元:https://4travel.jp/travelogue/10358042
20元:https://4travel.jp/travelogue/10350067
100元:https://4travel.jp/travelogue/10359201 -
ガイドの陳さんが「皆さん10元札を用意してください。」と声を掛けると大阪からのご夫婦の中国人の奥さんが「じゃあ、2人だから20元ね。」と20元札を財布から出されたときは笑ってしまいました。
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李白の詠んだ七言絶句の詩「早発白帝城」の「朝に辞す 白帝彩雲の間 千里の江陵 一日にして還る 両岸の猿声 啼いて住まざるに 軽舟已に過ぐ 萬重の山」が頭に浮かんできます。
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10元札を手に持ちながら記念写真を撮ってもらいました。肝心な「夔門」が写っていないのはご愛敬です。何しろ中国の人たちが割り込んでくるのでこれでも精一杯でした。
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この後ここを通過するのかと思うと感慨深いものがあります。「瞿塘峡」は三峡のもっとも上流にあり、全長は8キロと三峡の他の峡谷に比べると際立って短く、その川幅も三峡の中で最も狭く、長江の幅は広い所で150メートルを超えず、狭いところでは100メートルにも満たないそうです。
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三峡を下っているとこのような灯台を数多く見ることが出来ました。この灯台には「白帝城」と書かれてありましたので、それぞれに名前があるようです。
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「忠義渡口」の港からは対岸の「江峡渡口」へと渡れるようです。クルーズ船に乗ってきている観光客には必要のないルートです。船の形が太湖の「三国城」で乗った船によく似ています。
太湖遊覧:https://4travel.jp/travelogue/10847190 -
ようやく税所の「忠義広場」まで戻ってきました。巨大な諸葛亮孔明の像を見上げました。
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その後ろには諸葛亮孔明の「前出師表」の巨大な碑があります。「出師表」とは臣下が出陣する際に君主に奉る文書のことです。「出師」とは文字通り軍隊(師)を出すことで、表とは公開される上奏文を指します。歴史上は三国時代蜀漢の丞相だった諸葛亮が皇帝である劉禅に奏上した「前出師表」が極めて著名です。
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その裏面には「後出師表」の全文があります。成都の「武候祠」には岳飛の書いた見事な「前出師表」がありました。岳飛を訪ねて杭州の「岳飛廟」にも行っていたので感激したことを覚えています。
成都武候祠:https://4travel.jp/travelogue/11130087
杭州岳飛廟:https://4travel.jp/travelogue/10353812 -
「白帝城」の観光を終え、「風雨廊橋」を渡って駐車場に向かいます。長年の夢だった劉備玄徳終焉の地を訪ねることが出来て感無量です。
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李白の七言絶句の詩「早発白帝城」の一文「軽舟已過万重山(軽舟已すでに過ぐ万重の山)」はこんなだろうかと思いながら、サルがいないか探します。
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「烏梨」も忘れずに買い求めます。1斤18元だったので大きなものを選んだら24元でした。ここで剥くか聞かれましたが、時間が無いので「不要」と言うとナイフを付けてくれました。郵便局があったので絵葉書と切手も買いました。英語が通じたのだと思っていましたが、後になって見た切手は国内用の0.8元の物でした。
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バスに乗って「依斗門」まで戻ってきました。ここでも柑橘類がたくさん売っていてお手軽な値段です。
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もう少し時間があったら周辺を散策して見たかったのですが、クルーズ船に乗り遅れたら大変なので止めておきます。
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クルーズ船のターミナルにも屋台みたいな店がありましたが、外国人観光客には縁の無さそうなものばかりです。船で水も貰えるので買うものはありません。
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いよいよ三峡下りです。ここからは歩かなくてもいいので妻も幾分元気になったようです。
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鋼鉄製の浮桟橋は機能以外の何も施されていない武骨さが気持ちいいです。
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部屋に戻ってゆっくりする間もなく船は出港します。ガイドさんの案内で屋上のデッキへ急ぎます。
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武漢
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旅行記グループ 2025三峡下りクルーズ
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