陽朔旅行記(ブログ) 一覧に戻る
陽朔の3日目は興坪(シンピン)と漁村(ユックン)へ行きました。<br />ホテルをチェックアウトして、荷物は夜まで預かってもらいました。今晩の夜行バスで広州に戻るのでと強調してから「夕方興坪から戻ってきたら汗をかいているだろうし、プールのシャワーを使わせてくれない?」と言うと「ホテルのカードを持っていれば大丈夫よ。」と嬉しいお言葉でした。まずは裏のバスターミナルからミニバスで1時間程で興坪の村に到着しました。鄙びた村の中を進むと小奇麗なカフェがあったので入ってみました。伝統家屋をリテールしたカフェで、オーナーは別にいるようですが美人姉妹が切り盛りしていました。ビール20元なんて地元の人からしたら途方もない値段(300円位)ですが気持ち良い空間です。お姉さんは英語が堪能で、「この村に住んでいる日本人の人を紹介するわ。」と言い、村の中を案内しつつ川沿いの旅館に連れて行ってくれました。途中どらえもんの話で盛り上がりました。ここのご主人は林さんという方で、老寨山旅館 (ラオジャイ山旅館)を営んでいらっしゃいました。最初は奥さんのビンビンさんが出てこられ、<br />お茶を御馳走になって漁村へ行く船をチャーターしてもらいました。まだ小さい息子さんの喜多郎君もいました。帰国後にある洋書を購入して、写真を眺めていたら、林さんご家族が掲載されていてびっくりしました。と、同時にご本人の元にこの本は渡っているのだろうかと長年思い続けています。興平から漁村へのスピードボートは迫力があり、桂林から下ってきた同じ漓江でも違った雰囲気が楽しめて面白かったです。漁村は周囲から隔絶されたような村で、こここそが桃源郷なのではないかと思えました。20元札の裏側の景色も眺めて満足な旅でした。この当時は高鐵の計画すら聞かない頃で、興平鎮も全く開発されておらず、鄙びた風景が残るところでした。バスで陽朔へ戻り、ホテルのプールでクールダウンして、着替えてからマッサージを2時間受けて、食事をしていたら予約していた夜行バスに乗り遅れました!!結局夜中にホテルの人にタクシーを呼んでもらって、桂林まで100キロ近く飛ばして、旅行社の人に手配してもらったホテルで仮眠をとって、真っ暗な駐車場で寝ているタクシーの運転手を起して空港まで戻りました。カウンターが開くまで30分待って、正規料金で航空券を購入して何とか広州発成田行きの飛行機に間に合いました。翌日に大切な打合せが無ければゆっくりできたのですが。最後のドタバタも含めて最高に面白い旅でした。

広州・桂林・陽朔之旅(10)陽朔からバスに乗って「興坪」で老寨山旅館を訪ね、船をチャーターして「漁村」を訪ねる。

7いいね!

2006/10/11 - 2006/10/20

38位(同エリア108件中)

kojikoji

kojikojiさん

陽朔の3日目は興坪(シンピン)と漁村(ユックン)へ行きました。
ホテルをチェックアウトして、荷物は夜まで預かってもらいました。今晩の夜行バスで広州に戻るのでと強調してから「夕方興坪から戻ってきたら汗をかいているだろうし、プールのシャワーを使わせてくれない?」と言うと「ホテルのカードを持っていれば大丈夫よ。」と嬉しいお言葉でした。まずは裏のバスターミナルからミニバスで1時間程で興坪の村に到着しました。鄙びた村の中を進むと小奇麗なカフェがあったので入ってみました。伝統家屋をリテールしたカフェで、オーナーは別にいるようですが美人姉妹が切り盛りしていました。ビール20元なんて地元の人からしたら途方もない値段(300円位)ですが気持ち良い空間です。お姉さんは英語が堪能で、「この村に住んでいる日本人の人を紹介するわ。」と言い、村の中を案内しつつ川沿いの旅館に連れて行ってくれました。途中どらえもんの話で盛り上がりました。ここのご主人は林さんという方で、老寨山旅館 (ラオジャイ山旅館)を営んでいらっしゃいました。最初は奥さんのビンビンさんが出てこられ、
お茶を御馳走になって漁村へ行く船をチャーターしてもらいました。まだ小さい息子さんの喜多郎君もいました。帰国後にある洋書を購入して、写真を眺めていたら、林さんご家族が掲載されていてびっくりしました。と、同時にご本人の元にこの本は渡っているのだろうかと長年思い続けています。興平から漁村へのスピードボートは迫力があり、桂林から下ってきた同じ漓江でも違った雰囲気が楽しめて面白かったです。漁村は周囲から隔絶されたような村で、こここそが桃源郷なのではないかと思えました。20元札の裏側の景色も眺めて満足な旅でした。この当時は高鐵の計画すら聞かない頃で、興平鎮も全く開発されておらず、鄙びた風景が残るところでした。バスで陽朔へ戻り、ホテルのプールでクールダウンして、着替えてからマッサージを2時間受けて、食事をしていたら予約していた夜行バスに乗り遅れました!!結局夜中にホテルの人にタクシーを呼んでもらって、桂林まで100キロ近く飛ばして、旅行社の人に手配してもらったホテルで仮眠をとって、真っ暗な駐車場で寝ているタクシーの運転手を起して空港まで戻りました。カウンターが開くまで30分待って、正規料金で航空券を購入して何とか広州発成田行きの飛行機に間に合いました。翌日に大切な打合せが無ければゆっくりできたのですが。最後のドタバタも含めて最高に面白い旅でした。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
4.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス 自転車 タクシー 徒歩 飛行機
航空会社
ANA
旅行の手配内容
個別手配
  • 楽しかった西街とも今日でお別れです。出掛ける前に陽朔の町を散歩しました。<br />「丁丁客桟」とは丁丁(ティンティン)すなわちカリジェのアニメ、タンタンの事です。中国が舞台になった「ロータスブルー」から旅館の名前をとったのでしょう。

    楽しかった西街とも今日でお別れです。出掛ける前に陽朔の町を散歩しました。
    「丁丁客桟」とは丁丁(ティンティン)すなわちカリジェのアニメ、タンタンの事です。中国が舞台になった「ロータスブルー」から旅館の名前をとったのでしょう。

  • 早朝の陽朔は午後の漓江下りの船が到着する辺りから夜遅くまでは、観光客も多くて混雑していますが、午前中は驚くほど静かでした。

    早朝の陽朔は午後の漓江下りの船が到着する辺りから夜遅くまでは、観光客も多くて混雑していますが、午前中は驚くほど静かでした。

  • 対岸の川岸では水牛が朝ご飯を食べています。

    対岸の川岸では水牛が朝ご飯を食べています。

  • 朝霧の中に川で遊ぶ水牛は「十牛図」のようです。

    朝霧の中に川で遊ぶ水牛は「十牛図」のようです。

  • 朝から鵜で漁を行ったのでしょうか。それとも夜中にずっと漁をした後でしょうか。

    朝から鵜で漁を行ったのでしょうか。それとも夜中にずっと漁をした後でしょうか。

  • 日本の鵜飼のように夜間だけの漁というわけでは無いようです。

    日本の鵜飼のように夜間だけの漁というわけでは無いようです。

  • 陽朔埠頭からの眺めです。この時間は洗濯をするおばさんばかりですが、午後になると川下りの船のラッシュアワーになります。

    陽朔埠頭からの眺めです。この時間は洗濯をするおばさんばかりですが、午後になると川下りの船のラッシュアワーになります。

  • 珍しく妻が早起きしてついてきました。多分これが初めてで最後だったと思います。

    珍しく妻が早起きしてついてきました。多分これが初めてで最後だったと思います。

  • この頃の中国はどこを旅しても安さを感じる良い時代でした。

    この頃の中国はどこを旅しても安さを感じる良い時代でした。

  • ホテルをチェックアウトして、荷物を預かってもらいました。そして歩いてすぐのバスターミナルで興平行きのバスに乗ります。夜中にこのバスターミナルから夜行バスで広州まで戻る予定でした。

    ホテルをチェックアウトして、荷物を預かってもらいました。そして歩いてすぐのバスターミナルで興平行きのバスに乗ります。夜中にこのバスターミナルから夜行バスで広州まで戻る予定でした。

  • 興坪の村に着きました。バスの停まる辺りの新しい町は人や車の往来もありますが、旧市街に入ってしまうとひと気が感じられません。

    興坪の村に着きました。バスの停まる辺りの新しい町は人や車の往来もありますが、旧市街に入ってしまうとひと気が感じられません。

  • 100年くらいは手を入れてないだろう街並みが続きます。それ以上かもしれません。

    100年くらいは手を入れてないだろう街並みが続きます。それ以上かもしれません。

  • 人は住んでいるようで放し飼いのヒヨコがいました。猫がいたら一発で食べられてしまいそうで心配になります。

    人は住んでいるようで放し飼いのヒヨコがいました。猫がいたら一発で食べられてしまいそうで心配になります。

  • まずは興平の埠頭に向かい、川沿いの道を少し歩きました。かなり竹林の中を歩くと視界が広がりました。

    まずは興平の埠頭に向かい、川沿いの道を少し歩きました。かなり竹林の中を歩くと視界が広がりました。

  • 観たかった風景はこれです。もちろん桂林から漓江下りをしてきたので、船の上からも見ることは出来ました。

    観たかった風景はこれです。もちろん桂林から漓江下りをしてきたので、船の上からも見ることは出来ました。

  • ここからの景色が中国元の20元札の裏側に描かれた風景です。杭州の西湖は旅しているので、1元札の裏側の「三譚印月」に続いて2つ目です。少し横には展望台があるのですが、5元なんて大金は出せません。

    ここからの景色が中国元の20元札の裏側に描かれた風景です。杭州の西湖は旅しているので、1元札の裏側の「三譚印月」に続いて2つ目です。少し横には展望台があるのですが、5元なんて大金は出せません。

  • 誰もがやることですが、記念に写真に撮っておきます。

    誰もがやることですが、記念に写真に撮っておきます。

  • 板戸が締め切られた興平の旧市街です。この後に高速鉄道網が整備され、陽朔駅がこの村の近くに出来たために景色はだいぶ変わったようです。

    板戸が締め切られた興平の旧市街です。この後に高速鉄道網が整備され、陽朔駅がこの村の近くに出来たために景色はだいぶ変わったようです。

  • この当時はたった1軒のカフェがあるだけでした。リノベートされた店の中に入ると、100年くらい時代が進んだような錯覚を感じます。これからこんな店が増えていくのだろうなと感じました。

    この当時はたった1軒のカフェがあるだけでした。リノベートされた店の中に入ると、100年くらい時代が進んだような錯覚を感じます。これからこんな店が増えていくのだろうなと感じました。

  • この日も暑かったので、まずはビールを飲んで喉の渇きをいやします。表で買ったら3元のビールもこんなおしゃれな店だと20元と強気の値段設定です。それでも300円しないのですが。

    この日も暑かったので、まずはビールを飲んで喉の渇きをいやします。表で買ったら3元のビールもこんなおしゃれな店だと20元と強気の値段設定です。それでも300円しないのですが。

  • ついでにお昼もいただいてしまいました。料理は田舎料理をアレンジして見た目もきれいでした。経営者は別にいるような感じでしたが、美人姉妹が店を取り仕切っていました。他にお客などいないので、お姉さんの案内で日本人の方が経営する旅館に連れて行ってもらいました。

    ついでにお昼もいただいてしまいました。料理は田舎料理をアレンジして見た目もきれいでした。経営者は別にいるような感じでしたが、美人姉妹が店を取り仕切っていました。他にお客などいないので、お姉さんの案内で日本人の方が経営する旅館に連れて行ってもらいました。

  • 興平埠頭の脇に建つ「老寨山旅館 (ラオジャイ山旅館)」という旅館で、林さんご夫婦が経営されていました。初めに奥さんのビンビンさんがお茶を出してくださいました。お子さんは喜多郎君でまだ3歳くらいでした。

    興平埠頭の脇に建つ「老寨山旅館 (ラオジャイ山旅館)」という旅館で、林さんご夫婦が経営されていました。初めに奥さんのビンビンさんがお茶を出してくださいました。お子さんは喜多郎君でまだ3歳くらいでした。

  • 暫らくするとご主人の林さんも戻られました。しばらくお話しさせていただきましたが、興平にある「友好亭」という展望台もこの方が個人で造られたそうです。その功績もあって旅館を経営されていたそうですが、2016年には手放して日本に帰国されているようです。

    暫らくするとご主人の林さんも戻られました。しばらくお話しさせていただきましたが、興平にある「友好亭」という展望台もこの方が個人で造られたそうです。その功績もあって旅館を経営されていたそうですが、2016年には手放して日本に帰国されているようです。

  • 日本に帰国してしばらくして、アジアの美しい景色と老子や孔子の言葉を英語で紹介した本を買い求めたら、ご家族の写真が何枚か掲載されていて驚きました。まさに旅行して出会った時と同じ姿でした。

    日本に帰国してしばらくして、アジアの美しい景色と老子や孔子の言葉を英語で紹介した本を買い求めたら、ご家族の写真が何枚か掲載されていて驚きました。まさに旅行して出会った時と同じ姿でした。

  • 興平の港まで奥さんに案内してもらい、漁村までの往復の料金の交渉までしてもらいました。一度対岸に移って、船を乗り換えました。

    興平の港まで奥さんに案内してもらい、漁村までの往復の料金の交渉までしてもらいました。一度対岸に移って、船を乗り換えました。

  • 陽朔興平001号の隣の船をチャーターしました。

    陽朔興平001号の隣の船をチャーターしました。

  • こんな大きな船を2人で貸し切りです。

    こんな大きな船を2人で貸し切りです。

  • ボートはすごいスピードで水面を切り裂き、漓江を走り抜けます。先日の川下りとは全く違う印象です。漁村へは道らしい道はないので、船で行くのが普通らしいです。

    ボートはすごいスピードで水面を切り裂き、漓江を走り抜けます。先日の川下りとは全く違う印象です。漁村へは道らしい道はないので、船で行くのが普通らしいです。

  • 遊覧船の屋上デッキの上から眺める景色とは違った水面ぎりぎりの景色です。

    遊覧船の屋上デッキの上から眺める景色とは違った水面ぎりぎりの景色です。

  • 行き交う船も無いので漓江までもが貸し切り状態です。

    行き交う船も無いので漓江までもが貸し切り状態です。

  • 漁村の川辺に着きました。ただの河原で船着場のようなものはありませんでした。

    漁村の川辺に着きました。ただの河原で船着場のようなものはありませんでした。

  • 船頭さんとは帰りの時間も特に決めずに村巡りに出掛けました。逃げる道は無いので船頭さんも安心です。

    船頭さんとは帰りの時間も特に決めずに村巡りに出掛けました。逃げる道は無いので船頭さんも安心です。

  • 近くにいたお爺さんに入村料を払いました。指差された方に進むと村らしい感じがしてきました。この村はアメリカのクリントン大統領が訪問して有名になったらしいです。日本の人にはこの当時あまり馴染みがないようで、ガイドブックにもあまり紹介されていませんでした。

    近くにいたお爺さんに入村料を払いました。指差された方に進むと村らしい感じがしてきました。この村はアメリカのクリントン大統領が訪問して有名になったらしいです。日本の人にはこの当時あまり馴染みがないようで、ガイドブックにもあまり紹介されていませんでした。

  • 周囲から隔離された村ですが建物は立派です。興坪漁村は古い村で明朝万歴年間に造られて以来の歴史があります。明朝と清朝間の戦争や日中戦争や解放戦争、さらに文化大革命を経て美しさと古くからの文化を無傷で現在に残した非常に貴重な村です。多くの遺跡が残る古鎮には、周恩来や?眷小平、楊尚昆や江沢民、李鵬や喬石といった歴代の共産党指導者も訪れています。<br />

    周囲から隔離された村ですが建物は立派です。興坪漁村は古い村で明朝万歴年間に造られて以来の歴史があります。明朝と清朝間の戦争や日中戦争や解放戦争、さらに文化大革命を経て美しさと古くからの文化を無傷で現在に残した非常に貴重な村です。多くの遺跡が残る古鎮には、周恩来や?眷小平、楊尚昆や江沢民、李鵬や喬石といった歴代の共産党指導者も訪れています。

  • 興坪漁村は漓江の岸近くにあり、土地の豊かさから興坪?群の貴族が移り住みました。青い煉瓦と黒い瓦が使われていています。馬頭壁や飛軒や画棟など、明清の北方の夏季住宅の特徴が見られます。建物は500年以上の歴史を持ちながら非常に良い状態で残されています。

    興坪漁村は漓江の岸近くにあり、土地の豊かさから興坪?群の貴族が移り住みました。青い煉瓦と黒い瓦が使われていています。馬頭壁や飛軒や画棟など、明清の北方の夏季住宅の特徴が見られます。建物は500年以上の歴史を持ちながら非常に良い状態で残されています。

  • 小学校らしいですが、廃校になっているのでしょう。北京からスケッチしに来たという学生に出会い、少し話をしました。

    小学校らしいですが、廃校になっているのでしょう。北京からスケッチしに来たという学生に出会い、少し話をしました。

  • 小学校の前で写真を撮るのは30年ぶりのことです。

    小学校の前で写真を撮るのは30年ぶりのことです。

  • 村の裏側には独特な山がたくさんあります。五指山がそびえ馬頸山が高く険しく連なります。天水寨は五指山と馬頸山の間の平らな土地に建てられました。東と南には門がなく、周囲は崖で、辿り着くには1本の険しい小道しかありません。天水寨は清文宗年間に漁村に住んでいた貴族たちが、戦争や盗賊から守るために建てたものです。

    村の裏側には独特な山がたくさんあります。五指山がそびえ馬頸山が高く険しく連なります。天水寨は五指山と馬頸山の間の平らな土地に建てられました。東と南には門がなく、周囲は崖で、辿り着くには1本の険しい小道しかありません。天水寨は清文宗年間に漁村に住んでいた貴族たちが、戦争や盗賊から守るために建てたものです。

  • しばらく村の散策をしましたが、北京の学生以外は観光客に出会う事はありませんでした。

    しばらく村の散策をしましたが、北京の学生以外は観光客に出会う事はありませんでした。

  • どこの路地を歩いても村の奥にそびえる山々が見えます。

    どこの路地を歩いても村の奥にそびえる山々が見えます。

  • 村のいたるところに大きなザボンのような果物がなっています。「沙田柚」という桂林市陽朔県の特産品でもあります。

    村のいたるところに大きなザボンのような果物がなっています。「沙田柚」という桂林市陽朔県の特産品でもあります。

  • ようやく4人のおばさんに出会いました。と思ったら1人は妻でした。あまりに和みすぎてしまっています。

    ようやく4人のおばさんに出会いました。と思ったら1人は妻でした。あまりに和みすぎてしまっています。

  • この瓦は葺かれてから何百年経っているのでしょうか。

    この瓦は葺かれてから何百年経っているのでしょうか。

  • 別料金で1元だったか2元を払って、住宅の上にあげてもらいました。そこからの眺めはあまりに美しく、陶淵明の「桃花源記」を思い出さずにはいられませんでした。最も前々日に陽朔郊外の「世外桃源」に行っていたこともあります。

    別料金で1元だったか2元を払って、住宅の上にあげてもらいました。そこからの眺めはあまりに美しく、陶淵明の「桃花源記」を思い出さずにはいられませんでした。最も前々日に陽朔郊外の「世外桃源」に行っていたこともあります。

  • この「うだつ」と「うだつ」の間の通りが1番の大通りですが、道幅は1間くらいしかありません。

    この「うだつ」と「うだつ」の間の通りが1番の大通りですが、道幅は1間くらいしかありません。

  • 防火対策が完璧に出来ている建物なので戦火以外の火事で燃えることも無かったのだと思います。

    防火対策が完璧に出来ている建物なので戦火以外の火事で燃えることも無かったのだと思います。

  • 甍の波というのはこういうものだと思わせる屋根の連続です。

    甍の波というのはこういうものだと思わせる屋根の連続です。

  • この後も中国各地の数々の古鎮を訪ねましたが、ここを越える雰囲気の村は無いと思います。

    この後も中国各地の数々の古鎮を訪ねましたが、ここを越える雰囲気の村は無いと思います。

  • 興坪漁村の住民は代々鵜飼い漁を営んでいるそうです。舟ではなく筏を用いるところなど中国でも稀な特徴を持っています。桂林と漓江下りというと中国有数の観光地のような気がしますが、まだまだ開発されずに残っているところがあるのだと感心しました。

    興坪漁村の住民は代々鵜飼い漁を営んでいるそうです。舟ではなく筏を用いるところなど中国でも稀な特徴を持っています。桂林と漓江下りというと中国有数の観光地のような気がしますが、まだまだ開発されずに残っているところがあるのだと感心しました。

  • 観光を終えて河岸に出ると、陽朔から桂林へ戻る観光船が船団を組んで遡っていきます。こんな景色は毎日みられるのでしょうね。

    観光を終えて河岸に出ると、陽朔から桂林へ戻る観光船が船団を組んで遡っていきます。こんな景色は毎日みられるのでしょうね。

  • 興平へ戻る前に船頭さん井写真を1枚撮ってもらいました。

    興平へ戻る前に船頭さん井写真を1枚撮ってもらいました。

  • 同じルートで興平の港に戻りました。老寨山旅館 によってお礼を言ってからバス乗り場へ戻ります。

    同じルートで興平の港に戻りました。老寨山旅館 によってお礼を言ってからバス乗り場へ戻ります。

  • 古き良き興平の街並みです。現在は陽朔の西街のようになりつつあると聞きました。

    古き良き興平の街並みです。現在は陽朔の西街のようになりつつあると聞きました。

  • 子供がウルトラマンゴッコをしていたので、一緒になってスペシウム光線ごっこっをしました。言葉が通じなくても子どもと遊ぶのは簡単です。

    子供がウルトラマンゴッコをしていたので、一緒になってスペシウム光線ごっこっをしました。言葉が通じなくても子どもと遊ぶのは簡単です。

  • 竈に火が入り晩御飯の準備が始まっていました。

    竈に火が入り晩御飯の準備が始まっていました。

  • バスで陽朔に戻って、ホテルのプールで泳いで体を冷やしました。サッパリしたので晩ご飯を食べた後にホテル前の按摩店に行きました。脚1時間と全身1時間みっちり揉んでもらって、今晩の夜行バスに備えました。バスターミナルにj感の少し前に行ったのですが、桂林発の広州行きのバスが来ません。もっと早く来ていればよかったのですが、後の祭りで出発した後でした。

    バスで陽朔に戻って、ホテルのプールで泳いで体を冷やしました。サッパリしたので晩ご飯を食べた後にホテル前の按摩店に行きました。脚1時間と全身1時間みっちり揉んでもらって、今晩の夜行バスに備えました。バスターミナルにj感の少し前に行ったのですが、桂林発の広州行きのバスが来ません。もっと早く来ていればよかったのですが、後の祭りで出発した後でした。

  • ホテルに戻って旅行社の担当者に電話して話した結果、今晩中に桂林に戻るのが良いと言うことになり、桂林の駅前のホテルを予約してもらいました。夜中の12時過ぎに陽朔の村の中にタクシーがいる訳もなく、ホテルのスタッフに助けてもらって、桂林まで100キロほどの道程を時速120キロくらいでぶっ飛ばしてもらいました。走っているのは大型トラックばかりでスリルがありました。駅前のホテルで300元で押えてもらっていたのでチェックインしました。午前2時に駅前の「桂林新凱悦酒店」にチェックインして午前5時にはチェックアウトです。ホテルではタクシーを頼めませんでした。写真のような暗闇の中、駐車場で寝ている運転手を起して空港へ向かいました。相手の顔も見えないのに金額交渉するのも面白かったです。

    ホテルに戻って旅行社の担当者に電話して話した結果、今晩中に桂林に戻るのが良いと言うことになり、桂林の駅前のホテルを予約してもらいました。夜中の12時過ぎに陽朔の村の中にタクシーがいる訳もなく、ホテルのスタッフに助けてもらって、桂林まで100キロほどの道程を時速120キロくらいでぶっ飛ばしてもらいました。走っているのは大型トラックばかりでスリルがありました。駅前のホテルで300元で押えてもらっていたのでチェックインしました。午前2時に駅前の「桂林新凱悦酒店」にチェックインして午前5時にはチェックアウトです。ホテルではタクシーを頼めませんでした。写真のような暗闇の中、駐車場で寝ている運転手を起して空港へ向かいました。相手の顔も見えないのに金額交渉するのも面白かったです。

  • 到着した桂林空港も真っ暗でしたが30分程で電気がついて、更に待っているとカウンターが開いたので、朝1番の飛行機を予約しました。近距離なので大した金額ではありませんでしたが、昨晩のタクシー代2,500円にホテル代4,500円に飛行機代がさらに2人で30,000円近い追加出費でした。現地旅行社に手配を頼みすぎて物足りなかった旅が最後に締まった気がしました。到着した杭州白雲国際空港でも無事にANAの便に乗り継げ、予定通り成田に帰れました。

    到着した桂林空港も真っ暗でしたが30分程で電気がついて、更に待っているとカウンターが開いたので、朝1番の飛行機を予約しました。近距離なので大した金額ではありませんでしたが、昨晩のタクシー代2,500円にホテル代4,500円に飛行機代がさらに2人で30,000円近い追加出費でした。現地旅行社に手配を頼みすぎて物足りなかった旅が最後に締まった気がしました。到着した杭州白雲国際空港でも無事にANAの便に乗り継げ、予定通り成田に帰れました。

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