2024/05/21 - 2024/05/21
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/05/21
この旅行記スケジュールを元に
「ユーゲントシュティールセンター(Jugendstilsenteret og KUBE)」を見学した後は本格的に街歩きを始めます。ルートは旅行前に決めてありましたので、それに沿って小さい町を歩きます。「オーレスン教会(Alesund kirke)」はチューリップが満開でとてもきれいです。 「オースポイスクール(Aspoy school)」の先から坂道を下って島の反対側にある「モルジャ灯台(Molja Lighthouse)」に向かいます。途中に水産業博物館もありましたが、週末だけの営業だったので見ることは出来ませんでした。灯台からは東側の港が美しく望め、そちらにも足を延ばしてみようと思います。戻りかかった途中にも美しい町並みが残り、その外観の写真を撮りながら歩いているときれいなアンティーク店がありました。そこのショーウインドウには先ほど博物館で観てきたようなアクセサリーが並んでいます。店に入っていくつかの商品を見せてもらっていると、店の主人から博物館にある宝飾品の多くはこの店が納めたと教えてもらえました。気に入ったアクセサリーもネットから誰がデザインしたものでとか詳しく教えてくれます。ウエア側の刻印迄教えてもらって楽しいj感が須吾是ました。「ARTIFEX」という店で購入したのは1910年代にオスロのジュエリー・デザイナーのクレメット・べルグ(Clemet Berg)のものでした。さらにユーゲントシュティールを探しながら町を歩いているというと、東側の町の解けへ行けばよいか教えてくれました。この情報が無ければ片手落ちの観光になっていたと思います。まずは運河からフェリーターミナルに向かってみます。思った通りこちら側には観光案内所もあり、日本語の案内が買えたり、詳しい地図ももらえました。昼過ぎまで美しい建築巡りをした後は船に戻って遅いランチです。先日のピザが美味しかったので、この日も5階のピッツェリア「パミッド・オーロ(Pummid'Oro)」に入ります。この日も1枚のマルゲリータを半分づつ食べ、ジェラーテリアで美味しいデザートとコーヒーをいただきます。外のレストランでランチもいいなと思っていたのですが、入ってみたいようなレストランも無く、コスパの良い船のレストランにしました。ランチが終わって部屋で一休みしているとすぐに晩ご飯の時間になります。お腹空かないなと思いながらもしっかりフルコースをいただきました。食事の途中でダンスの時間があり、スタッフのリー・カメリアと1曲踊りました。妻がいるので遠慮気味でしたが、妻は面白がって写真を撮る始末です。帰りにバーでミネラルウォーターを貰いながら再びカクテルを2杯づつ飲んで部屋に帰りました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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「ユーゲントシュティールセンター(Jugendstilsenteret og KUBE)」を起点にオーレスンのアール・ヌーヴォー建築巡りを始めます。とくに有名な建物があるわけでもないので、グーグルのストリート・ビューで事前に散策をして、気に入った建物を地図上にプロットしてありました。
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隅きりのエントランスや窓の1つ1つには赤いリンゴの実と緑の葉がデザインされています。先ほど見てきた博物館のステンドグラスもオレンジ色の花だったので、厳しい冬へのささやかな抵抗のように思えます。
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「オーレスン中等学校」野エントランスのステンドグラスはフクロウでした。ここでも「ミネルヴァのフクロウ」としてデザインが取り入れられているのだと分かります。フクロウの特徴的な目には「万事を見通す」「不正を見逃さない」といったイメージがり、フクロウが法の番人や正義の象徴とされることもあります。このためフクロウのシンボルは知性・理性・公正性などの象徴とされ、学校や研究機関や法機関のロゴに用いられることがあります。
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「キルケガタ通り9番地(Kirkegata 9)」
1905年に建てられた建物はハロルド・クローグ・スタヘル(Harold Krogh Stabell)の設計です。1935年から1985年までハーズヴィク家の所有であったため、高齢者の間ではハーズヴィク・ハウスと呼ばれています。花やブドウの房や蔓で装飾されたファサードは典型的なアール・ヌーヴォーの優雅なデザインです。 -
建築的に重要な建物にはプレートが取り付けられていることが分かりました。「キルケガタ(Kirkegata)」の建物にも2つの窓の間にプレートがありました。ただ博物館にも地図らしき物は無かったので予定通りに通りを歩くことにします。
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元々がある程度の資産を持った一般の住宅なので、それほど豪華ではありませんが、通りに並ぶ建物のほぼすべてが1900年初頭のアール・ヌーヴォーの時代の建物なので素通りは出来ません。
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四つ辻に面した建物は必ずと言っていいほど隅切りの鳴って、そこがエントランスになっています。建物によっては取って付けたようなデザインになっています。
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こちらの建物は1階部分が岩を積み上げ、2階以上はレンガを積んでいます。サーモンピンクのファサードの漆喰の一部が剥がれ落ちていることから下地が分かりました。窓枠の一部と切妻のトップにだけに意匠が施されていますが、それだけでも1900年初頭のデザインが感じられます。
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こちらは全面石張りの建物です。アール・ヌーヴォーというよりもドイツ風のユーゲントシュティールの重厚さを感じさせます。
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坂を上る途中には「オーレスン教会(Alesund kirke)」の建物がありました。こちらも石積みの重厚な建物です。ノルウェーの5月はチューリップが満開でした。
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1904年の大火の後にオーレスンが再建されることになった際に石材はノルウェー北部のノールモアのアイデから運ばれました。建築家スヴェレ・クヌードセン(Sverre Knudsen)が作成した計画によって建築されました。教会の内陣はエネボルト・トムト(Enevold Thømt)のフレスコ画とステンドグラスで飾られているということですが、この時は扉が閉まっていて内部を見学できませんでした。
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教会から先の坂を上っても新しい町並みが続いているので北側に曲がり、「アスポイ学校(Aspøy skole)」に向かってみます。学校のサッカー場から柵を越えてボールが飛んできたので蹴り返してあげましたが、思ったように飛ばなくて自分の体の衰えを感じました。
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1918年にオーレスン市はアスポイに新しい学校を建設することを決定しました。北欧のネオバロック様式の建物はクリスティアニアのMorgenstierne & Eide社によって設計されました。
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オーレスンは1904年の大火以外にも1940年にドイツ軍の爆撃に遭い、この学校の塔と最上階が破壊されています。その後ドイツ軍に占領された際には接収されていたという歴史もあります。
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学校の先の細い道を下ることにします。小さい島なのでこの先には海が広がっています。
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細い道沿いには古い鋳物製のストーブを再利用した鉢植えが並んでいます。元々は上にカバーがあったのだと思いますが、脚と底の部分だけを使っています。
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この建物は「妻壁(つまかべ)」の1904の文字だけがアール・ヌーヴォーのデザインを感じさせます。
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こちらの建物も「妻壁(つまかべ)」デザインだけがその時代を感じさせます。
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古いフォルクスワーゲン・タイプ1が停まっていました。オーレスンの歴史的には爆撃されたり占領されたこともあるので、ドイツの象徴的な車が停まっているのには違和感を覚えました。
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坂を降り切って海岸線に出ると「モルヤ灯台(Molja Fyr)」が見えてきました。ここにも行ってみたかったので向かうことにします。
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「オーレスン水産業博物館(Fiskerimuseet i Alesund)」の横には古い帆船が停泊しています。
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「オーレスン水産業博物館」は週末だけの開館だということが分かりちょっと残念です。ここまで来たのでノルウェーの漁業についても学びたかったです。
オーレスン水産業博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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旅行中はこれは灯台だと思っていましたが、現在はその役目を終えて近くにある「ホテル・ブロスンデット(Hotel Brosundet)」の47号室になっています。
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帰国後にこの灯台がホテルの客室だと知ってびっくりしました。1人旅の男性が自撮りしようとしていたのですが、うまく灯台が入らないようだったのでシャッターを押してあげたら写真を撮ってくれました。灯台が切れていたのを見ると元々写真を撮るセンスは無さそうです。
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妻はうまい具合にボーダーのシャツを着ています。モン・サン・ミッシェルではセント・ジェームスのボーダーTシャツを買い、サンクトペテルブルグの軍用品放出ショップでは本物の潜水艦乗りのシャツを買ったのも良い思い出です。
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海岸ギリギリに建つ家の石垣や塀はカモメの休憩場所になっていました。ヒッチコックの映画「鳥」を思い出す光景です。
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灯台からは対岸まで幾らも距離がありませんが、向こう側まで歩くにはかなり時間がかかりそうです。
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対岸の方が賑わっているようなので元気があったら歩いてみることにします。
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ここからは最初に行った「アール・ヌーヴォーセンター(Jugendstilsenteret og KUBE)」まで戻ることにします。
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「O'Connor's Irish Pub」の入った建物はこれまで見てきた建物の中では一番豪華でアール・ヌーヴォーの雰囲気を残しています。
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フランスやベルギーの優雅なアール・ヌーヴォー建築とは違い、やはり質実剛健なドイツのユーゲントシュティールに近いものを感じます。この辺りの建物の1階は元々は魚のための倉庫でしたが、役目を終えた現在はレストランなどに転用されています。
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運河まで出てみると対岸の建物がよく見渡せました。対岸にもアール・ヌーヴォー様式の建物が並んでいるのを見ると行かなければならないと思えてきます。
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白い壁に緑のパイピングが美しい建物です。屋根裏の丸窓とその直下に長方形の窓が3つ並び、シンメトリーに窓が並んでいるだけなのにデザインが完結しています。
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扉とその枠周りも特にお金がかかっているわけではありませんが、奇麗にまとめられています。
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数時間歩いているだけでオーレスンのアール・ヌーヴォー建築のポイントが分かってきたような気がします。その1つがこのような建物のコーナー部分の処理方法だと思います。単純に隅切りにしてしまう方法とこのような円筒形の疑似塔を設ける方法です。
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もしくは通りに並ぶ建物の中に埋没しないように通りに面した切妻部分の「妻壁(つまかべ)」にデザインを施すということのようです。
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この建物はその両方を取り入れています。この建物の1階は漁具を扱っている店でした。時間があったら覗いてみたい雰囲気でした。
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こちらの建物も円筒形の塔と2面に「妻壁(つまかべ)」を設けています。
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3つ目の要素が窓枠廻りや「妻壁(つまかべ)」に施されたレリーフです。
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アカンサスのような葉と赤いイチゴのようなベリーがデザインされています。植物を多用するのはアール・ヌーヴォーの特徴の1つでもあり、寒い地域ということもあり、温かみを感じるデザインが多いです。
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この建物は建築的にはデザインを主張していません。バルコニーのアイアンワークと軒下のアカンサスの葉のレリーフがウィーンのマジョリカハウスやメダリオンハウスを思い出させます。
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この建物もお約束の円筒形の塔を持っています。1階の半分はワインバーになっていました。建物のレリーフがブドウなのでマッチしたデザインになっています。
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この建物の1階半分はアンティークショップ「Galleri Artifex」という店が入っていて、ウインドウに素敵なアクセサリーが並んでいるので入ってみることにします。店主と話していて博物館が素晴らしかったと話すと「あそこに並んでいるものの多くはこの店が納めたんだよ。」と教えてくれました。
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博物館で分からなかったことも尋ねると親切に教えてくれて勉強にもなりました。色々見た中で気に入ったのが昔のジョージ・ジェンセンみたいなデザインのブローチです。
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クレメット・べルグ(Clemet Berg)というオスロのジュエリー・デザイナーの作品で1930年代のものだと刻印まで説明してくれました。4,200クローネを少し負けてもらって5万円ちょっとでした。
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コペンハーゲンでは買い物する時間も無かったのでフラストレーションも溜まっていましたが、博物館を見た後に気に入ったアクセサリーも買えたので大満足です。後は妻にプレゼントして終わりです。
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最初の通りより繁華街や港に近いこの辺りの建物の方が豪華でデザインも面白かったです。「Galleri Artifex」の主人にアール・ヌーヴォー建築を見るにはどこが良いか尋ねると対岸の通りを何本か教えてくれました。
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ようやく最初の博物館まで戻ってきました。この建物も妻壁と塔の組み合わせになっていることに気が付きました。
アールヌーヴォー センター 博物館・美術館・ギャラリー
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妻壁にはフクロウが嵌め込まれていました。ヘルシンキの町にもこういった石造りの建物がいくつかあったことを思い出します。
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この建物では思い石造の塔を支えるために柱が設けてありました。この柱がシンボル的な役目を果たしています。このデザインはアール・ヌーヴォー様式ではなく、1800年代の終わり頃に登場した国民的なロマン主義を表すドラゲ様式のデザインが用いられています。
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金の白鳥を見ているとイソップ寓話の「ガチョウと黄金の卵」を思い出してしまいます。
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対峙している「漁師の少年」は金の白鳥を捕まえているように見えます。
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目の前を観光用のシティトレインが通過していきます。この電車に乗れば展望台まで行けるのですが、それだけで27ユーロは高いので諦めました。
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最初に渡った運河の橋を戻って、さらに運河沿いの道を進むことにします。
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海に繋がっている運河ですが波も風も全くないので写真を180度回転しても分からないほどの状態で写り込んでいます。
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手前には朝船のデッキから見たシーカヤックが並んでいます。シーカヤックのツアーはガイドがついて1人12,000円ほどだそうです。
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きっと100年前もこんな風景だったのだろうと思います。先ほど対岸を歩いたばかりなので地理的なものも頭に入ってきました。
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展望台までは歩いて30分ほどで行けるみたいですが、妻に話しても行くわけもなく、まだまだ建築巡りも残っているので諦めます。
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いつ櫛い運河沿いの景色を楽しみながら先へ進みます。
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この辺りにはいくつもの小型の遊覧船が並んでいます。何日か宿泊していたらそんな遊覧船にも乗ってみたいものです。
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対岸の美しいホテルを眺めていると日中だけで夕方には出港してしまうクルーズ船の旅も窮屈に思えてきます。
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昔トルコのメルスィンの港を歩いているとこれよりもう少し小型の漁船の船長に声を掛けられ、港を一周しないかと言われました。500円ほどだったので操舵させてくれたらいいよということでOKしました。ということで目指していた「エルトゥールル号慰霊碑」は海の上から参拝することになりました。
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先ほど記念写真を撮った灯台が見えてきました。ここに泊まるのはどんな気分なのでしょう。
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「イングランドへの航海者記念碑(Monument over Englandsfarerne)」というモニュメントがありました。第2次世界大戦中の占領下のノルウェーとイギリス(特にシェトランド、オークニー諸島、スコットランド)を船で移動した人を「イングランドフェアレ」(イングランドに旅行する人々)と呼びました。
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航海は1940年の春先に始まり、戦時中に約3,293人がイングランドとスコットランドに向かい、さまざまなサイズの約300隻のボートとさらには手漕ぎボートも参加しました。ドイツ帝国人民委員ヨーゼフ・テルボフェンの命令により1941年9月26日以降に占領下のノルウェーを無断で去ることは死刑に処せられることになりました。最終的に51人のノルウェー人が処刑され、さらに137人のノルウェー人が航海中に北海で亡くなっています。
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モニュメントの後ろにはツーリストインフォメーションがあり、そこでは無料の地図があり、周辺のアール・ヌーヴォー建築のマップももらえました。さらにオーレスンの歴史や見どころのガイドブックが30クローネで売っていました。それらの資料を持って「スカレガタ通り(Skaregata)」に向かい、「コンゲン通り(Kongens gate)」の建築を見て回ることにします。
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「ビョルクネス・スクール(Bjorknes Skole)」の建物は1階が「Restaurant HK聚満楼」という中華料理店になっていました。
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レリーフの雰囲気がラトビアのリガに残るエイゼンシュテインなどのユーゲントシュティール建築を連想させ、フィンランドのヘルシンキとスウェーデンのストックホルム、ストックホルムとリガをフェリーで巡った旅を思い出します。
リガのユーゲントシュティール:https://4travel.jp/travelogue/11498615 -
「コンゲンスゲート通り28番地(Kongems gate 28)」の「ビョルクネス・スクール(Bjorknes Skole)」は建築家のシグルド・ランズ(Sigurd Lunds)によって設計されました。元々はスカセルドロップスホテルとして1919年にオープンしています。その後1993年に建物は売却され内装は学校として改装されました。
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「コンゲンスゲート通り25番地(Kongems gate 25)」の建物はこれまでとは違った造りになっています。
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アール・ヌーヴォーとアール・デコの端境期のようなデザイン性を感じます。
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重厚なアーチのデザインが北欧のデザインを感じさせます。
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キーストン(keystone)が人の顔になっています。キリスト教では「建設者たちが拒否した石は隅の墓石となる」と訳されて、イエスを指していると見なされています。
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閉じられた扉から中を覗いてみると、奥にある階段までの通路には紫色のタイルとアール・ヌーヴォーらしいデザインが施されているのが見えました。
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赤いレンガ造りの建物は時代的には1900年初頭の建物ですが、アール・ヌーヴォーらしいデザインはバルコニーのアイアンワークの手摺りくらいです。
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反アーチの窓のガラスはオーレスンらしく帆船のステンドグラスになっています。その下のデザインは他のアール・ヌーヴォー建築と同じようなレリーフになっています。「BALS」の意味は分かりませんが、「天空の城ラピュタ」に出てくるラピュタ語の滅びの呪文を思い出しました。
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「ドラゲスティル(Dragestil)」はノルウェーで生まれたデザインと建築のスタイルで、主に1880年から1910年にかけて広く使用されました。これはナショナルロマンチックスタイルの変形であり、オーレスンのアール・ヌーヴォー建築のデザインモチーフに取り込まれていると感じます。
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美しいウグイス色に塗られた小さなファサードは要石を持ったの石のアーチとアール・ヌーヴォーの花のレリーフが美しいです。
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1階はテナントが退去した後でもぬけの殻ですが、外観の美しさはそのまま保たれています。レリーフは同じものを幾つも焼いて、連続させているのが良く分かります。
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コーナーを見るよりも平面的に見た方がこの建物の美しさを感じられます。
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レリーフのパターンがいくつもあることに気が付きます。建物ごとに違ったモチーフですが、その全てが草花だというのも面白いです。この建物はウィーンの町で見掛けそうなデザインです。
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円形のガラス張りの東屋は「Sentrumstoalett」というものでした。何かのパビリオンかと思いましたが、訳してみると公衆トイレでした。
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バロック風の詩リエットのタイル張りの建物です。バルコニーのデザインが印象的ですが、それ以外はシンプルな外観です。
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連続したヒマワリの花が印象的なデザインです。
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「コンゲンスゲート通り10B番地(Kongems gate 10B)」の建物は細長いファサードに重厚な石造りの設計になっています。この建物は294センチという建物の幅からもヨーロッパで一番狭い住宅として知られています。
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建築家のカール・ノルム(Karl Norum)はこの家を含め数軒の建物を設計しています。この建物は2004年から2006年にかけて建築当初の姿に戻されています。
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北欧らしい重厚なデザインの建物は入口上部の欄間の地番表示だけがアール・ヌーヴォーのデザイン要素が取り込まれています。「コンゲンスゲート通り11番地(Kongems gate 11)」と書かれてあります。
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ユーゲントシュティール的な建物の1階はスポーツ用品店で、ヘリー・ハンセンのロゴが見えます。このブランドはノルウェーのオスロの会社だったと改めて感じます。建物を見ながらショッピングもしていますが、この時期のレートを考えるととても手が出ませんでした。
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「新聞少年(Avisgutten)」の像が通りに建っていました。この像はアルネ・マーティン・ハンセン( Arne Martin Hansen)によって作成されました。これは1998年のオーレスン市の都市権付与150周年を記念して、Sunnmørsposten紙から市に贈られたものです。
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クルーズ船からの数千人の観光客が町に入っているのですが、建築巡りをしている酔狂な人はいなさそうです。
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妻壁の頂点には帆立貝、その下には竣工した1905年の表示が見えます。レリーフは疑似的な破風にとどまり、建物全体にはスグラフィット技法のような掻き落としのシンプルな装飾に留まっています。
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昼前になるにつれて陽気はさらに良くなり、上着が要らないほどになってきました。
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公園の脇にポツンと1軒で建つ大きな屋敷はこの日見た邸宅の中では1番豪華でした。
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同じ時期に大火に見舞われても復興に当たってはそれぞれの懐事情もあり、ファサードを見ているだけでも建築的なグレードの際は一目瞭然です。
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「ローベンヴォルドガータ通り11番地(Lovebvoldgata 11)」は「ローベンヴォルド映画館(Lovebvold Kino)」の建物がありました。1923年に建築家エヴィア・P・グリムネス(Olivia P. Grimnes)によって設計されました。
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1925年という時代ではアール・ヌーヴォーの時代も終わり、この映画館にその要素は感じられません。バロック時代の霊廟のようなものを感じます。
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映画館の入り口と出口は別々に設けられているのでしょうか。こちらの出入り口も気になります。
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こちらの扉もバロック風の意匠に漁船と魚のエスカッシャン(盾のような紋章)が乗っています。欄間には通りの名前の「Lovebvoldgata 11」がデザインされています。
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映画館の隣は「Husfliden」というノルウェーのアート&クラフトのショップでした。扱っている商品にマッチした建物の外観です。
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屋根裏のバルコニーとレリーフがとてもきれいです。
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映画館の近くからペデストリアン・トンネルがあったので中を歩いてみました。歩行者専用のトンネルは途中でショッピングセンターにアクセス出来たり、このように外灯があったり、街の歴史を説明する写真のコルトンボックスがあったり。
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カーブした内壁の仕上げが近未来的で面白かったです。きっと何かの映画のロケで使われているのではないでしょうか。
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ノルウェーの建設業界は1899年に住宅市場で史上最大の不動産暴落が発生した後、経済は停滞に陥っていました。そのため1904年のオーレスンの大火の後は全国から失業者が集まり仕事を求めました。
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不況であったために石材産業は建設予定の建物の装飾にノルウェーの天然石を供給する準備がすぐに整いました。屋根瓦はアルタのスレート採石場から、大理石はノールモアのアイデから、花崗岩はオストフォールドから、レンガはトロンデラーグとノルウェー東部から、そして全国から木材を調達しました。
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この建物も建物の隅にエントランスを設けています。これは冬の積雪期に家への出入りがしやすいように考えられているのではないかと思います。
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このエントランスのキーストーンも男の顔になっています。なにか魔除けのような意味があったのではないでしょうか。
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必要以上に太い3本の石柱が威圧感を感じさせます。
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そして柱の上段にはドラゲ様式のデザインが施されています。
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「ノートネスガタ通り10番地(Notenesgata10)」のこの建物は1906年に建築家のマティアス・ブレッケによって設計されました。家主は店舗併用住宅として建築し、熟練した旋盤工のフルミルは家の裏にも作業場を構えていました。
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1906年になると当初の優雅なアール・ヌーヴォー様式の建築から好みも変わっていったのでしょうか。疑似破風に据え付けられた緑色の顔がにらみを利かせています。
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いつ頃に建てられたのか分かりませんが、アール・デコのデザインの建物も残されていました。
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商店の前には不気味なトロールがたくさん置かれていました。トロールは基本的に丘や塚に住むため「丘の民(Haugfolk)」とも呼ばれます。彼らは地下に金銀財宝を蓄え、類縁である大地の精を繰り鉱石や宝石を集めるそうです。北欧の各国では太陽光あるいはライムギで出来たパンを食べると死ぬ、十字架またはその印には触れられない、ビールの醸造は得意、人間を食べると言った共通した特徴があるようです。
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2022年のNetflixの「トロール(原題:Krigsseileren)」が面白かったことを思い出します。
映画Troll:https://www.youtube.com/watch?v=AiohkY_XQYQ -
お昼に一度船に戻って午後に又出直そうと思いましたが、結局街歩きを続けてしまったので午後3時過ぎに港に戻りました。屋根の上のFreia (フレイア)はノルウェーのチョコレート会社の広告です。「AQUA」はノルウェーとデンマークのバンドなのですが、このライブ見たかったです。
Cartoon Heroes:https://www.youtube.com/watch?v=Q_LPJllaogU
Barbie Girl :https://www.youtube.com/watch?v=ZyhrYis509A -
町中でシーフードレストランにでも行こうと思っていたのですが、簡単な食事でもべらぼうに高いので船に戻ってから食べることにしました。
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この「VOLT HARVEST1」という船は革新的な魚の取り扱い機能を備えた養殖作業船で、養殖された魚はポンプで船上に運ばれ、魚は麻酔をかけられてから、船内のタンクに静かに積み込まれ、魚へのストレスが最小限に抑えられるそうです。
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また、この船には船内に持ち込まれたすべての魚の重量とサイズをカウントおよび測定する独自の種認識プログラムが装備されています。船の名前が分かると疑問に思ったことはネットで調べられる良い時代になりました。
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もうお腹ペコぺコなので急いで船に戻ります。
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一度部屋に戻ってビュッフェレストランに行こうかと思いましたが、5階の「パミッド・オーロ(Pummid'Oro)」に向かいました。まずは生ビールで乾杯です。ドリンク・パッケージはありがたいです。
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アンチョビとブラック・オリーブの入ったピッツア・シシリアーナはビールによく合います。
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食後は近くの「ジェラーテリア・アマリロ(Gellateria Amarillo)」で一息つきます。
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「カフェ ・ヴェルニャーノ(CAFFÈ VERGNANO)」は1882年にピエモンテ州創業の老舗ブランドです。銀座店で飲んだら500円のエスプレッソもここでは2ユーロほどです。
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オーレスンの港は午後6時に出港しました。しばらく部屋のバルコニーから景色を眺めます。
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こういった風景を眺められるとバルコニー付きの部屋は魅力的です。日本国内のクルーズの場合は沿岸から遠いところを航行するので内側の部屋で十分なのですが。
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午後6時15分からいつものように「フィオレンティーノ(Fiorentino restaurant)」で皆さんと再会です。前菜はサーモンのサラダです。
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パスタスープ(minestra in brodo)はプロボラチーズとポテトとリボン型のパスタのファルファッレが入っています。
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シアラティエッリ(sciliatielli)といううどんのようなカンパーニャ州のパスタです。手長エビとイカと海老とシーフードソースの絡まった濃厚な味で美味しかったです。
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今日も白ワインをいただきながらのディナーです。
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メインは2人ともコトレッタ・アッラ・ミラネーゼ(cotoletta alla milanese)です。イタリアには2人で何度も行っていますが、ミラノには行っていないので近いうちに行きたいと思います。12月にはANAがミラノ線を就航するのでマイレージを使ってみたいです。
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デザートはタンジェリン(tangerine explosion)という柑橘系のデザートです。マンダリンとタンジェリンは同一のオレンジで、成熟した果実の果皮の色が黄色からオレンジ色のものをマンダリン、オレンジ色から赤色のものをタンジェリンと呼びます。
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今日もフルコースでたくさん食べてしまいました。
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この日は食事の後にレストランのスタッフと乗客入り乱れてのジェンカを踊ったり、ダンスをしたり楽しかったです。ジェンカを踊ったのは1970年の大阪万博の「調和の広場」で外国人の人と踊って以来でした。ジェンカ(jenkka)はフィンランドのフォークダンスだったことを思い出しました。万博で踊ったのは坂本九が歌う通り「レットキス」でした。マネージャーのカメリアとダンスの後に記念写真。
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いつものようにバーに立ち寄ってミネラルウォーターを貰って、ピニャコラーダとモヒートをいただきました。
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シンガポールからバンコクまでマレー半島を3週間かけてエビとカニを食べながら北上する旅の途中マラッカのマジェスティックに泊まったときに近所のスーパーで1缶30円のパイナップルジュースを買って、日本から持ってきたバカルディのピニャコラーダの素に混ぜて飲んだことがありました。それ以降それよりおいしいピニャコラーダに出会っていません。
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同じようにモヒートの素も持って行っていましたが、こちらは炭酸で割るだけなので、特に印象は残っていません。いろいろなテーマを設けて旅をしていますが、やはりツアーよりは個人旅行の旅の方が印象が強く残ります。
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しばらく待っていましたが、人気のあるカウンターの席は空きません。
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「コスタディアデマ」は2014年の就航で最近の液晶モニターなどを使った目新しさはありませんが、この空間はお気に入りです。
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翌日は最後の寄港地の「スタヴァンゲル(Stavanger)」の観光が待っています。
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