2024/06/02 - 2024/06/02
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kirinbxxさん
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6月2日、ブルゴス滞在の最大の目的である大聖堂見学に出かけました。
スペイン語での正式名がCatedral Basílica Metropolitana de Santa María という非常に長い名前であるため、一般的にはブルゴス大聖堂で知られています。(日本語のブログでは「正式名はサンタ マリア大聖堂」と書かれていることもありますが、それもまた略称なんですね)
ブルゴスは1200年代、ムーア人から南スペインの大部分を奪還したレコンキスタの時代、また半島がさまざまな同盟を通じてナバラ、アラゴン、カタルーニャを併合して単一の君主制に統合される前の時代に、カスティーリャ レオン州の首都でした。 フェルディナンド王は1221年、キリスト教信仰の優位性を示すべきゴシック様式の礼拝堂の建設にゴーサインを出しました。
長い間、中断も挟みつつ時の司教やブルゴスの有力者達が「当時の世界」で著名な芸術家を連れてきては改装したり、自分のための礼拝堂を追加したりしたため、多くの様式を一ヶ所で見る事ができる建築物になっています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
でかっ!
これが第一印象。もちろん、世界で一番大きいわけではなく、スペインでも3番目だそうですが、それでも世界遺産登録の面積が1ヘクタールもあり、84×59メートルの大きさのラテン十字型をしています。
この建物は、ほとんどが13世紀に建てられたもので、スペインで最も美しい建物と主張する人もいます。約300年間に及ぶ大聖堂建築に携わった建築家や彫刻家、職人は、ヨーロッパ各地から集まっており、各時代や各地域におけるゴシック様式が混在しているとのこと。シャルトル、ケルン、ランス、ブルージュ、それらの大聖堂の影響も強く見る事ができます。 -
サルメンタルのファサードの上部、フランスの大聖堂ととても似通っています。
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北交差廊の入り口は、12使徒像の並ぶ「ポルタダ・デ・ラ・コロネリア」の名前で知られています。これはキリストの最後の審判を彫刻で表したもので、中央にはイエスキリスト、左には聖母マリア、右側には洗礼者ヨハネが並んでいます。下にはキリストの使途が12人、福音書を手に並んでいる像がありますが、ゴシック様式独特の細かい装飾が美しいです。
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さて、入場時間が来たので内部へ。レコンキスタの英雄エル・シッドと妻のヒメナが埋葬されている真上にこの八角形の星があります。この大聖堂では「8」が重要な数で、二つの尖塔は八角形、西側のファサードのバラ窓の上にはカスティーリャの最初の8人の王が描かれています。
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オーディオガイドもあるし、順路板もちゃんと用意されています。
チケットは多種多様、一般でも僅か10ユーロですが、証明書を持つちゃんとした巡礼者なら半額の5ユーロ、身体障害者や失業者、学生も5ユーロです。そして火曜の午後は無料。個人の予約制度はありません。一応15分につき300名までという入場制限が設定されています。 -
ブルゴスが重要な街でありつづけ、多くの有力者が関わったため、やたらと沢山の礼拝堂を持つ大聖堂になりました。
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入り口上部のバラ窓。1235年に設置された、キリスト受難を描いた見事なステンドグラスです。
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スペインの教会の多くは、中央に聖歌隊席が配置されています。
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イングランド出身のブルゴス司教マウリシオ。カスティーリャ王フェルナンドを動かし、この大聖堂の建設に着手した人です。聖歌隊席のところに碑が置かれていました。(この中に遺骸があるわけではありません)大聖堂の最初の建築時にはここは聖歌隊席ではなく、のちに他のスペインの教会の多くと同様「中央部」に聖歌隊席がもってこられたそうです。
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ここで聖歌隊の演奏を聴くというのは、信徒にとってはとても厳かな儀式の一つなのでしょう。
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立派なパイプオルガンです。
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豪華絢爛という言葉がぴったりの祭壇がどの礼拝堂にもあります。まぁ、礼拝堂を寄進するのは司教、元帥、植民地総督を務める商人などですから当然ですが。
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19の礼拝堂の一つ、Capilla de la Presentación。これはこの礼拝堂の建設を命じたGonzalo de Lerma Polancoという司教の墓です。Lerma Polanco家はインド諸島の採掘活動や貿易で巨万の富を築いたブルゴスで最も裕福な商人貴族の家系でした。当時最高峰の彫刻家だったフェリペ・ビガルニによるアラバスター製彫刻で、教皇シクストゥス四世の墓に似せて作られました。
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礼拝堂の屋根です。もちろん、8がここにも。
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非常に凝った装飾が施されていました。
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こちらの祭壇画は、セバスティアーノ・デル・ピオンボ(Sebastiano del Piombo)によるものです。ルネサンス期からマニエリスム期に主にローマで活躍した画家で、ベリーニやジョルジヨーネに絵を学びました。彼は後に肖像画家として名声を博し、今も世界中の美術館でその作品を見ることができます。
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こういうステンドグラスはちょっと珍しい。
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ずらっと礼拝堂がならぶ回廊。
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サンタ・アナ礼拝堂、1456-95年に在位したルイス・デ・アクーニャ司教によって、彼自身の墓所として建設が命じられました。ドイツ出身のファン・デ・コロニアとその子シモンによって作られた壮大な礼拝堂です。私の地元にある教会より大きい。この祭壇画はディエゴ・デ・シロエによる後期ゴシック様式の傑作です。
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ルイス・デ・アクーニャ司教の墓碑です。アラバスター製の見事な彫刻はディエゴ・デ・シロエの傑作の一つ、イタリア・ルネサンス彫刻の影響を強く受けたスペインでは革新的なものでした。
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この礼拝堂には、こういうシンプルな窓もありました。
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基本的にどの場所でも、フラッシュと三脚は禁止でした。
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黄金の階段、ディエゴ・デ・シロエが制作したこの階段は特別な日にしか使用されません。この階段を使い、王はメインフロアよりも高い場所に位置する西側の玄関から大聖堂に入りました。階段の上にはパパモスカスという鉄板でできた像があり、鐘が鳴ると口が開きます。パパモスカスとは「ハエを捕まえる」という意味です。
イタリアルネサンス、スペインゴシック、そしてスペインのアラブ建築の影響を -
メインの祭壇へ。なんという巨大さ。まぁ、国土を異教徒から取り戻した祈念碑ですから、当時のありったけの財を注ぎ込んだのでしょう。おまけに、すでにお隣フランスには見事な大聖堂が複数あり、それを見てきたのですから・・・
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中央身廊の横にある彫刻。ちょっと不気味ですがキリスト教社会では特に珍しいものでもないようです。
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至る所、こういう精緻な彫刻が施されていました。
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Capilla de los Condestables、「元帥」の礼拝堂です。後部礼拝堂があった場所に、その外にあった住宅地を合わせて作られた巨大で豪華な礼拝堂です。第二代ハロ伯爵ペドロ・フェルナンデス・デ・ベラスコ元帥。ウベダ、バエサ攻略から、レコンキスタ最終局面のグラナダ攻略まで貢献した軍人貴族とその妻のための礼拝堂で、彼らの遺骨は横たわった彫像の下にある地下室にあります。礼拝堂、祭壇画、彫刻、すべてにわたって当時最高と言われた芸術家達が結集し、この大聖堂の数多い礼拝堂の中でもひときわ豪華で優れた芸術作品になっています。
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夫妻の墓碑の上にある八角形の星。日の出から日没まで光が入り続けるように窓が設計されました。
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祭壇のてっぺんはお約束の絵柄ですね。
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主要聖具室、大聖堂の最も重要な儀式の前に聖職者が着替えを行う部屋は、18世紀に改装されています。バロック・ロココ様式のきらびやかな装飾がびっしり施されました。
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壁面上部には小さな超国語びっしりと施してあります。「Horror vacui」によるものだそうです。ラテン語で「空白(空虚)をおそれる」ということで、ゴシック様式やバロック様式ではごく一般的な概念です。
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装束も展示してありました。
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これはグレゴリオ聖歌の楽譜でしょう。
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歴代の司教や後の枢機卿達の肖像画です。創建からカトリック全盛期にかけての人達は巨万の富を築き権力を持ち、中には堂々と子を持ったりした人達も。
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多くの大聖堂と同じように、ここにも博物館が併設されています。
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かって新大陸の富をもって王侯貴族や高位聖職者が購った数々の宝物は、今では地方都市ブルゴスに多くの観光客を惹きつける観光資源の一つとなっています。
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英雄エル・シッドのチェストもありました。
中世から近世にかけて、異教徒と闘い続けてカトリック世界を広げ、守ったスペインの大聖堂は想像を遙かに超える規模でした。イタリアやフランスよりずっと豪華絢爛、おまけにカミーノの中継地として栄えたブルゴスの大聖堂、見応えはたっぷりでした。巨大なので上を見上げている時間も長く、ちょっと疲れました。
「150年かけてもこの程度の建築しか作ることができない」なんて馬鹿にする日本人もいますが、とんでもない。当時のヨーロッパの事情を考えれば、中断しつつもこれを作り上げたことを評価すべきです。
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