2024/10/12 - 2024/10/12
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kummingさん
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この旅行記のスケジュール
2024/10/12
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Nursretbey Hotel
この旅行記スケジュールを元に
初トルコ、初イスタンブール、なので、まず王道、定番からいってみよ~
と、昨夕下見したアヤソフィア、と、トプカプ宮殿、どっちを朝イチに攻めるべき?
とりあえず、現地ライヴ状況見極めて決めよ!
ってんで、てくてく歩いて向かいます。
イスラム圏の歴史、あまり知らないけど、ずっと前に、塩野七生さまの著作で、所謂ヴェネツィア3部作「コンスタンテイノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」、それと「ローマ亡き後の地中海世界」シリーズ、を読み、キリスト教世界とイスラム教世界の攻防、絡み合った歴史に触れた頃から、すごく惹かれていました。
他に読んだのは「世界の歴史」シリーズのイスラム圏編数冊、「イスラムからみた世界史」、あとは小説「シナン」くらい
映像的には「オスマン帝国外伝」シリーズのどれか1シーズン(陰謀に巻き込まれたスレイマン大帝が息子ムスタファの謀反を疑い、ムスタファを信じきれず、謀殺した後亡くなって、その後の後継争いまで描いてるやつ)、を見た。
なので、知らないながらも、征服王メフメト2世、スレイマンの息子ムスタファ、壮麗王スレイマン大帝、とか一部のスルタンへの思い入れだけで、ざっとトルコを廻ってみよ~♪
が今回の旅。
そして、やはり我らはキリスト教世界(西欧世界)からみた世界史にどっぷり浸かって生きているんだな~、と思うこの頃。
脱文字派、のはずが、やたら説明文、写真も多くなりm(__)m
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空 カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝食開始は7:30~
本日の出先は9:00~開場 -
まず朝ごはんをもりもり♪
わ、生野菜、朝から食べれてしやわせ~(トルコ滞在中、朝食ではほぼきゅうりとトマト) -
昨夕は、雨に濡れた石畳の坂道、が
今朝はお天気♪ -
https://youtu.be/LDATMJtz5J4
トプカプ宮殿前は厳戒態勢?
かっちょいーライダー警官?撮影にはカメラ目線
で、開場は9:00~でも、門をくぐってチケット売り場までは行けるよね?
「No!」まじ? ←がんばって8:30着したのに
という予想外の展開に、急遽予定変更→先にアヤソフィアのチケット列に並び、トプカプ宮殿の入口を見張りつつ、両睨みの構え
運良くアヤソフィアのチケットゲット→同時にトプカプ前の人だかりにも動きあり
団体さんの人混みをかき分け、チケット売り場へ -
で、この自動券売機、スタッフさんがいらしたので
「ここで買えるの?」
「どーぞー」
待ち時間0、カード払いで、オーデイオガイダンスはこの先にある事を確認
↓
こちらは有人チケット売り場、窓口前にはぎょうさん人いてま
しかし、この高額チケットはなに?物価高とはいえ、ありえんわ(*_*)
トプカプ宮殿 1500TL
アヤソフィア 25ユーロ
TL表記だったり、ユーロだったり、はトルコあるある(*_*) -
珍しくオーデイオガイダンスを借りる気、満!だったのに
↓
このために、自動車免許証(←パスポートを預けたくない)も、イヤフォンも持参したのに(;o;)
わたくしPixel6a愛用者、ジャックないの忘れてた!
他にもQRコード読み込んでBluetooth で聴く方法もあるらしい(←コレ、トルコでは結構な施設でデフォルト) -
ま、どーせ、耳と目と同時に情報入力NGなんで、ない方が良かった(負け惜しみ)
-
Second Courtyard
Council ーJustice Square 法廷ー正義の広場
オスマン帝国の行政の中心であり、儀式の場でもあったこの中庭は、宮殿の建設工事の一環として設計され、14世紀のスレイマン大帝の治世中に拡張、修復された。
四方を柱廊玄関で囲まれ、中庭の右側には宮殿のキッチン、後方に評議会ホール、宝物庫、ハレム、正義の塔、がある。
スルタンの即位式、軍の出征式、シャリフの降伏式、前夜祭、祝賀式典、ウッフェの儀式(イニエチェリに四半期毎に支払われる給与)、イニエチェリのレセプション、などがこの庭で開催された。
イニエチェリが中庭に並び、給料と食料が配られる間、大使も中に入ることが許された。盛大に執り行われるこれらの儀式には、国家の富と権力を諸外国の大使に誇示する意図があった。
週4回国政が議論された帝国評議会と正義の塔にちなんで、この中庭は「正義の塔」とも呼ばれる。 -
このMap見てるのに、
いつものように、全く意図しない方向へ進入(笑)
おかげで、観光客少ない内にハーレムを攻略!とゆー、思い描いていた戦略はどこへ?
正しい道は、正面向かって左、がハーレム -
門くぐってすぐの処
写真で見る方が、精巧さが際立つ感じ -
ね!この朝イチ時間帯でこの人、ひとヒト(°_°)
実は、本日日曜日(笑) -
まずジオラマに見惚れ
-
こーゆう通路に出て
-
宮廷キッチン?
-
どう見ても、ハーレムではない?
と
気づきはしたものの
なんかで読んだんは、オスマン帝国以前から、中国の磁器がとても重宝がられ、もてはやされていて、トプカプにはすごい量の中国磁器が保管されているらしい。
磁器に彩色する技法も中国伝来なんやて。 -
おかしのキッチン
キッチンだよね、どう見ても(ーー;) -
ふ~ん
-
調理実演中(こーゆーマネキン?系にめちゃ弱いわたくし)
わくわく♪ -
♪
-
野菜などの生鮮食品や、その他食料品はすべてイスタンブールから……以下省略
好きな方は読んでね↑ -
♪
こーゆう絵、もどあいすき^ ^ -
次、いってみよー
-
Gate of Felicity Gate of white Eunuchs アカチャラルゲート
幸福の門 白い宦官の門
この門は、宮殿の最も権威のある役人の管理下にあった。スルタンを象徴この門では、即位式、祝典、葬儀のための聖域評議会が開催され、稀なケースとして、大宰相や王位に就いた人物のための評議会など、非常に特別な機会に使用された。
門はスルタンの宮殿の象徴的な正門であり、常に閉ざされていた。 -
お出迎え、ごくろ~さん
-
どなたかの寝室、スルタンの、だと思われる
いや
位置的には謁見の間?なんだが……
だとすると、あの覗き窓、「王の目」、そこからスレイマンやヒュッテムが宰相や大臣らの会議の様子を覗いていた、あそこ!
え~っ、どこどこ???
↑
完全に「オスマン帝国外伝」のりうつっとるやん
訂正→「王の目」は、後ほど、ハレムのあと、正義の塔で登場♪ -
Enderun Courtyard
エンデルンの中庭
エンデルンは征服王スルタン メフメト1世(1451~1481)の治世中に形成され、デヴシルメ(血税制度)を通じて宮殿に採用された少年たちが教育を受ける寮、大理石のテラス、スルタンの邸宅があった空中庭園で構成されていた。
大セルジューク朝とアナトリアのセルジューク朝の組織を例として設立されたハーレムは、何世紀にもわたって高レベルの官僚、兵士、芸術家を訓練する学校として機能した。
15世紀前半~17世紀末まで続いたデヴシルメ法では、新兵隊に徴兵された少年 たちは、まずトルコ人の家庭に預けられ、その後エデイルネの習慣と言語を学んだ。
成功した者は、宮殿、ガラタ宮殿、イブラヒム・パシャ宮殿に送られ、それぞれの区で教育を受けた。文学、音楽、宗教教育、スポーツなど、区の機能に応じて奉仕する内部少年たちは、国家と軍隊の支配階級を形成し、大宰相の地位にまで昇りつめることもできた。 -
第3庭園
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1階には、オスマン帝国の王族の様々なメンバーが所有していた、儀式用の衣装や後期の制服などが展示。
中2階には、スルタンの衣装コレクションにふさわしい、スルタンの衣装や豪華なアクセサリーの最高のものが展示されている。オスマン帝国のスルタンや王子が男女ともに着用していたお守りのでシャツもの展示されている。
一般的に、また戦争中は、災難や不運を防ぐために、鎧の下に着用された。ほとんどの場合、祈りの言葉、コーランの詩、シンボル、様々な装飾で成功に飾られていた。
最上階には、オスマン帝国の王子や王女の衣服が展示されている。 -
スルタンの衣装部屋
ゴージャス♪ -
素敵な壁のイスラム模様、イズミックタイル
と
某スルタン肖像と装飾品
↓
地下の遺構が見える -
読みたい方用↑
Googleくんのおかげで、おばかへの道、坂道を転げ落ちるが如し(-。-; -
イエニチェリの制服だよね?
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お子ちゃま用
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2階もあるで~
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実物は、生地、ではなくて、ツルツルのなんか知らん素材、に見えたんやけど
写真はほんの一部です、さすがスルタン、膨大な展示(*_*) -
防寒着
毛皮の裏地がゴージャス♪ -
図書館
壁も窓も天井も、素敵にイスラム♪ -
次は宝物館
貴重な王室の遺品、国家儀式の品々(スルタンのシンボルを含む)、オスマン帝国の国際外交関係を象徴する、領事からの贈り物、戦争の戦利品、カリフとしてのスルタンの地位を反映する宗教的付属品などを展示。
スルタン=皇帝、国王、カリフ=宗教的権威、キリスト教世界の法王、みたいな意味かと -
-
通称「スプーン屋のダイヤモンド」
ダイヤの原石を拾った(こんなん、落ちとるんか?)漁師が、市場で3本のスプーンと交換した(カモられ話?)のが名前の由来、だとか
鴨ネギつながり、背後霊写ってしもうてm(._.)m -
金角湾?ですよね
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わお
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トプカプの短剣
世界最大のエメラルド、重さ3kg(°_°)
重すぎて実用性0、
権威の象徴ってことね -
他にも豪華絢爛な武器など
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コレは、なあに?
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豪華装填のコーラン
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Dormitory of the Treasury
宝物区 宝物殿(財務省の寮)
宝物殿は征服王メフメト(在位1451~1481)の統治時代に建てられ、1856年火災の後アブドルメジド(1839~1861)により修復された。
帝国宝物殿の警備担当がここに住んでいた。
Islamic Calligraphy
イスラム書道
宝物室には、国立宮殿コレクションの書道パネル、手書きの写本、筆記具など数多くの作品が展示。すべて書道家であったスルタン、宮廷書道家が制作、所有していたもので、勅令、コーラン、書道用具など、スルタン、有名書道家の作品も展示されている。 -
読めんけど
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泉水の間
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The Chamber of the Blessed Mantle
祝福されたマントの部屋
メフメト征服王の治世(1451~1481)に建てられ、謁見の間、sadirvanliソファ、Distimalの部屋、プライベートの間がある。
オスマン帝国のスルタンが居住し、一部は荘厳な仕事や祈りを捧げた場所だった。
セリム1世(在位1512~1520)は、エジプト遠征(1517)から帰還後、様々な聖遺物をイスタンブールに持ち帰り、ここに保管させた。
マフムド2世(在位1808~1839)による一連の法令により、最終的にこの部屋は聖遺物専用となった。
Holy Relics
聖遺物
部屋には、預言者ムハンマドが所有していたとされる数多くの重要性な品々が展示されている。聖なるマント、ヒゲの毛、預言者ムハンマドの歯、剣、弓、印章、足跡、さらにイスラム教と聖なる旗を受け入れるよう人々に勧める、預言者ムハンマドの手紙、などがある。
また、預言者ムハンマドの家族や仲間、メッカのアバ神殿や預言者のモスクの遺物、イスラムの重要人物、その他預言者の遺物も展示されている。 -
スルタンの私室
https://youtu.be/R-5ss5cS9CI -
↑
ハンカチ?
預言者のマントに注がれた油、マントのような心地よい香りがする、と書かれている?
↓
預言者ヤヒア(洗礼者ヨハネ?)の腕の骨 -
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預言者ムハンマドの足跡
西暦1878年、スルタンアプデイユルハミト2世の命により純金で作られた -
チューリップ?
なにか意味、あるんかな -
この時着用していた大判スカーフ↑
なくしてもうた(;o;)
激混みのハーレム見終わった後、なくなってたけど、置き忘れ、or 、どっかでスラれた?
「イスタンブールカード鴨葱物語」より高価スカーフ消失で撃沈T_T -
Fountain of the Holy Mantle
聖なるマントの泉
スルタンが亡くなると、遺体はこの大理石の噴水で清められた。この噴水は、スルタンマフムド2世の治世中に修復された。修復を讃える噴水の碑文先頭には、スルタンマフムドの王家の紋章が刻まれている。 -
Fountain of the Holly Mantle
聖なるマントの泉 -
Revanchist Pavilion
レヴァン
スルタン・ムラト4世によるレヴァン征服を記念し(1635~@636)建てられた。
スルタンの衣服とターバンが保管されていた為、「ターバンルーム」としても知られている。 -
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ごーじやす
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イズミックタイル、象嵌細工
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Baghdad Pavilion
バクダッドパビリオン
1638~1639年、スルタン・ムラト4世によるバクダット遠征を記念して建てられた。スルタンの休息場所であったが、その後公式会議や諮問会議を開催し、18世紀以降はプライベートルームの図書館として使用された。
19世紀には、スルタンがトプカプ宮殿に死去式や即位式のため訪れた際、再びこの場所を休息の場として選んだ。 -
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マラチャリ装飾、真珠貝、象牙、べっ甲を象嵌した木工品、色鮮やかな大理石、緑と青のイズミックタイル
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窓のステンドグラス
天井も♪ -
イフタリエ
ラマダン月に、1日の断食を終えて、夕刻の食事をする場所 -
金角湾、その向こうには新市街
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チューリップ庭?
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そして
ようやく、たどり着いた!
げげっ、激混みハーレムに来てもうたやん(;o;) -
消しゴムマジック、人々を消すとこうなる↑ 写真
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ココから
ぎょうさんの観光客、団体さまご一行をかき分け前へ進もうと試みるが、
のろのろ亀さん歩き -
実際、どこをどう廻って見たのか?
これまで以上に、わけわからん(*_*)ので、
写真だけ列挙しますm(._.)m
さらっとスクロールしてね♪ -
Harem
アラビア語で「ハーレム」という言葉は「誰も立ち入ることを許されない聖なる場所」を意味し、イスラム諸国における私的な家庭生活を指す。
オスマン帝国の宮殿では、ハーレムは王朝が居住する特別かつ禁断の場所で、一般人の立ち入りは禁止されていた。
トプカプ宮殿のハーレム部は、スルタン、スルタンの母、妻、子供、兄弟、メイド、敷地を護る黒人宦官の居住区だった。
エンデルンは宮殿や政府機関で働く男性のための教育機関で、同様に、ハーレムは宮殿の女性を訓練する機関でもあった。
第2の中庭に通じる入口門の上の碑文は1586年に遡り、スルタンムラト3世(1574~95)がハーレムを拡張した事を示している。この門は、ハーレムの高位の女性たちが使用していたため、少女の門とも呼ばれていた。
トプカプ宮殿のハレム部の最初の部分は、15世紀メフメト征服王の治世中に、黄金の道沿いに建設された。16世紀後半、スレイマン大帝の愛妾ヒュッレム・スルタンがベヤズットの旧宮殿から移ったため、ハレムの部屋の数が増えた。
ハレムが完全に制度化されたのは、ムタト2世(1574~1595)の治世で、この時期、以前は公開され舗装されていた小道は、徐々に閉鎖された中庭に変わった。
この時期の主な建築家は、ミマール・スイナンとダウド・アガだった。側室、スルタンの母の部屋、スルタンとスルタンの母の浴場、皇帝ホール、スルタンムラト3世の私室、王子の部屋は全てこの時期に建てられた。
スルタン・アフメト1世の私室、スルタン・アフメト3世の私室、スルタン・オスマン3世のパビリオン、スルタン・セリム3世の部屋、ミフリーマ・スルタンの部屋、ツインパビリオン、行政部門、寵臣の部屋は、1665年の火災後に建てられ、当時流行していたバロック様式とロココ様式で装飾されている。
ハーレムはその後のスルタンの統治下で何度も拡張され、現在では300室の部屋、9つの浴場、2つのモスク、1つの病院、1つの洗濯室、多数の寮がある。 -
The Dormitory
寮
長方形の建物の門には、スルタン・ムスタファ3世のサインが入っている。
建物は階層構造で、下層階には兵団の下級メンバー、上層階には上級メンバーが住んでいた。
上層階はギャラリーのようなデザインで、宮殿の他の寮と同様に木製の柱の上に建っている。 -
オスマン帝国外伝、の世界やねん♪
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通路歩くとさらに、気分は「オスマン帝国外伝」でテンションUp↑
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The Big Mount Gate
大型搭乗スロープ(ビッグマウントゲート)
カーテン門を通って噴水付きソフトにつながる馬用スロープは、メフメト征服王の時代のもので、スルタンたちはこのスロープを剣の行列、改宗、タイル張りのパビリオンへの移動に使用した。
スロープの片側には衛兵の区画があり、もう片側にはスレイマン1世時代に建てられた、宦官のハマム、音楽学校、スルタンの出入りを監視する門番の奴隷の庭があった。スロープの端には、ドーム型で曲がったショール門がある。 -
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The Tower of Justice
正義の塔
正義の塔は、スルタン・メフメト征服王(在位1451~1481)の統治時代に建てられ、スルタンマフマド2世の統治(1808~1839)の間に高くスルタンアブデイユルアズイーズの統治時代(1861~1876)に円錐形の屋根が建てられ、現在の形になった、宮殿で最も高い建物。
説明文の場所が?ここじゃなくない(-。-; -
Paved Courtyard of The Black Eunuchs
黒人宦官の舗装された中庭
黒宦官Harem Agalan 、ハレムのアガ、はオスマン帝国の中央アフリカ地域から選ばれ、そのほとんどはアビシニア人だった。任務に就く前に厳しい訓練を受け、宮殿のとハレムの規則を教えられたられ。
彼らの主な任務は、ハレムの門の警備、出入り口の管理、皇帝の馬車の護衛、ハレムのメンバー以外の宮殿への立ち入り禁止だった。
ハレムの首席宦官は黒宦官の長であり、宮殿の儀礼における彼の地位は、大宰相とシェイクフリスラムに次ぐハレムの最高位の役人だった。
彼らはスルタンやその家族との親密さから、特に17世紀には、宮殿や国政に影響力をもっていた。
また、イスラムの2つの聖なる都市のために設立された、帝国の慈善団体とハラナイン基金の監督を担当し、高い収入があったため、そのお金の一部をイスタンブール内外の様々な慈善事業に寄附し、モスク、学校、噴水の建設などに充てた。
ハレムの最初の石造りの中庭である黒宦官の石畳の中庭と周囲の建物は、ハレムの制度化に続いて16世紀半ばに建設され、宦官たちが住んでいたこれらの地区は、1665年の火災後に改装された。
左側柱廊の後ろには、訓練機関としても機能した黒宦官の寮、ハレムの首席宦官の住居、王子の学校があった。右側には廷臣の住居と歩哨所があった。
宿舎の正面にある碑文には、ハレムの宦官に割り当てられた収入を明らかにする寄付金が記されている。 -
Harem Portal
宮殿ハレムの正門、正面玄関
扉の上の碑文には、コーランのアザップ スーラの第53節「信ずるものよ、許可なく預言者の家に入ってはならない」と刻まれている。 -
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Apartment of Sultan’s Mother
スルタンの母の部屋
息子がスルタンとして王位に就いた女性は、ヴァリデスルタンの称号を得、盛大な儀式で祝われ、バヤジドの旧宮殿からトプカプ宮殿には移った。ハレムの最高位にある彼女は17世紀にさらに大きな権限を得た。スルタンが退位、または死亡すると、側近と共に旧宮殿に戻され、彼女の統治は終わる。
アパートメントはスルタンムラト3世の母のために、スルタンオスマン3世の時代に建てられた。アパートメントはハレムの真ん中に位置している。
ミマールシナンとダウドアガ1580年代に建てたが、その後1665年の火災後に改装、1789年にはスレイマン大帝の母のために2階が増築され、それ以来様々な改修、増築が行われ、現在まで残っている。 -
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Apartment of Sultan’s Mother
ヴァリデ スルタン アパートメント
スルタンの母の居室
椅子じゃなくて、床にクッション置いて座る、親近感覚えるよね~ -
ここ、ヒュッテムが娘のミルマーフとか筆頭宦官と、昼夜問わず、権謀術作、悪巧みに明け暮れていたあの部屋では?
と、オスマン帝国外伝の世界♪ -
バス、トイレ
イスラム様式トイレ
と
浴槽あるバスルーム
これも日本人がトルコに親しみ感じる理由かも? -
オスマン帝国外伝でも、通路はめちゃ狭かった
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さて、ここは
スルタンの私室? -
ドラマより綺麗
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近年かなりのリノベ、手を加えられたもよう
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象嵌細工
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Paved Courtyard of Mabeyn and the Apartment of Favorites
舗装された中庭とお気に入りのアパート
ハレム令は、オスマン帝国の存続を確保するという目的に基づいて施行された。
スルタンと関係をもった女性は、「お気に入り」「Goode(寵臣)」と呼ばれ、子供を産むと「ikbal イクバル」、または「kainefendi(妻)メスフェンデイ」の称号と権限が与えられた。オスマン3世(1754~57)の時代に、スルタンのためにマベインの執務室が建設された。マベインの舗装された中庭は、18世紀半ばに寵臣の部屋が建設された後、女性に解放された。
スルタンアブデイユルハミト(1774~1789)の治世中に、スルタンの妻たちのために、上階に部屋が追加され、木板と漆喰のホールが18世紀の新古典主義の柱廊玄関のプラットフォームの上に設置され、列になった部屋はテラスに面している。
愛妾の寝室は中2階にあり、格子を通して柱廊玄関のアーチに面している。
シェルター構造で浴室も備えたこの塔は、王子たちが使用していてもの。 -
ずっと気になっていることがあって、
例の「鳥かご」、スルタンになれなかった王子たちは、一生そこから出られずに過ごした、とかゆー、部屋、どこ?
オスマン帝国では、スルタンが亡くなると、1番先に首都に戻れた王子が跡継ぎ、とか、王位継承から外れたら待っているのは「死」だけ、とか、どの時代も王位継承に関しては相当厳しい掟があったらしい。
裏切り、謀略、騙し合い、権謀術作の限りを尽くす権力への道
身の安全を図るには、皆殺しするしかないとゆう、血生臭い世界(;o;) -
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愛妾のテラス
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プールだとかって、聞いた気がする
側室たちが、上から眺めて楽しんでいたらしい -
-
♪
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The Masjid of Harem
ハーレム モスク
黄金の道の回廊にあるモスクは、スルタンの母親、、娘たち、最初の妻、そしてハレムの上位の女性たちの祈祷所として17世紀に建てられた。
バロック様式の装飾が施された扉の翼には、古典様式の螺細とべっ甲が象嵌されている。エンデルン(内宮)の中庭にあるアガラールモスクに隣接しており、同じ軸上にあるバロック様式のミフラーブには格子窓がある。モスクの壁は、オスマン3世の治世中、18世紀半ばに建てられ、テクフル宮殿から運ばれたタイルが敷かれた。 -
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素敵なイズミックタイル
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黄金の道
スルタンはここを通って戦闘に向かい、終わると凱旋した道
宮殿の通路って、狭いんだ(と、オスマン帝国外伝見ながら、思ってた)
秘密の通路とかって、ほんとにあるん? -
ハレムを出て正義の塔へ
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-
評議会ホール
最初の評議会ホールは、メフメト征服王(1451~1481)の治世中に建設された木造の建物だった。現在のポーチ付き評議会ホールは、スレイマン大帝治世の1572~1529に再建され、さまざまな時期に修復され、スルタンセリム3世の治世中の1792年の修復工事の後に、現在の形になった。
国政が議論されるクッベアルトウは、帝国評議会、決定が記録される評議会事務局、、評議会の記録やその他の文書が保管されるデフテルハネの、3つの部門で構成されていた。
評議会は週に4回開催され、大宰相、クッペアルトウ宰相、アナトリアとるメリアの軍裁判官で構成されていた。彼らは集まって国政を議論し、決定をスルタンに提出した。評議会は裁判も行い、シャイフアルイスラムも招待され、重要な会議に出席、他にも書道家長、地方財務長官、評議会事務局長、宰相の秘書、書記官もメンバーだった。
これらの会議では、オスマン帝国の政治、行政、財政、慣習、及び国民に関する重要事項が話し合われた。さらにこのホールは、大宰相が大使を迎えたり、スルタンの娘たちの結婚式が行われるのに使用された。
*****スルタンは誰もクベアルトウの会議には直接参加せず、彼らは正義の塔の部屋の格子窓の後ろから会議を見守っていた。*****
間違った決定が下された場合、彼らは窓のカーテンを閉め、会議を終了、その後、大宰相と宰相たちはすぐに謁見室に移動し、スルタンの前に出て、当面の問題を解決した。
***建物の金メッキの格子細工は外側に面しており、ホールの様子がよく見えるようにし、評議会の決定が秘密にされる余地を残さなかった。***
*****また、スルタンが会議を見守っていた格子窓は、会議に出席していた政治家たちに権限を委譲したにも関わらず、国民に対して不正が行われないように、自ら監視するためにそこに居たことを示している。***** -
これだ!
正義の塔の部屋の格子窓♪♪♪
ここからスルタンは会議の様子を見ていたんだね -
オスマン帝国外伝で、大宰相や宰相たち、イスラム教の権威者、など集まって話し合うシーン、思い出す
-
-
ドラマより豪華♪
-
昔の時計
-
そろそろ終わりに近づいた?
-
トプカプ宮殿、堪能しました^ ^
予想を超える面白さ♪ -
コレがオーデイオガイダンス借りずに、QRコード読み込んでダウンロード、自分のスマフォでBluetooth 使うやつね
-
朝9~、今、午後1時
-
めちゃ人来てる!
-
では
次の王道、イスタンブールの定番へ
疲れ知らず(*_*)
文字も写真減らせず冗長なブログ、
ここまでお付き合い、ありがとうございますm(._.)m -
ん~
-
わっ、朝イチでチケット買っててラッキー♪
疲れたので(←ブログ書いてるわたし、が!)
急遽、続きは別途、Up することに(笑笑)
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この旅行記へのコメント (2)
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- ももであさん 2024/11/10 11:14:40
- 聖スカーフの泉: Fountain of the Holy Kumi’s Scarf
- 142枚ブッ込んできましたね!こりゃ近くて遠い。
こんにちは くみさま ご機嫌麗しゅう
>トルコ滞在中、朝食ではほぼきゅうりとトマト
それってアブラムシなら泣いて喜びそう!
きゃ~!円安をはるかに上回る超リラ安のトルコにあって、トプカプ宮殿1500TLってですか。それってあのIstanbul Travelcardを上回るじゃないですか(←すかさず傷口に軽く塩をまぶす)。
高校の世界史では、オスマン・トルコと習いました。ほぼ単一民族の日本人にはピンときにくいですが、オスマン帝国は多民族・多宗教の集団。中でもイェニチェリは、自分たちが国をつくったという強いエリート意識があったことでしょう。「トルコ人」と一くくりにするなと。オラも正義の広場で給料と食糧もらいたい。
トルコってイスラム教の戒律が緩く旅行しやすい国と感じます。オスマン帝国が多宗教だったことやキリスト教出身のイェニチェリが多かったことが関係しているのでしょうか。おまけに大の親日国。も~どんだけただチャイを勧められたことか。お腹ちゃっぽんちゃっぽん。
聖なるマントの泉には、スルタンのマントだけでなく様々な聖遺物が保管されているわけでしょ。くみさまの〇億円したスカーフも、きっとこの聖遺物の仲間入りですね。くみさまの来土を見計らったかのような殿堂入り。誠におめでとうございます♪… と考えると、ネギ分くらいは取り戻せました?(←傷口を癒すようで思い出させる)。
ハーレム 愛、嫉妬、陰謀、権力闘争。ホント、オスマン帝国外伝の世界ですね。
ローマ帝国、中国の三国時代、日本の戦国時代、フランスのブルボン王朝、どこぞの国の明日の首班指名選挙、そしてトランプ帝国… 権力って世界三大料理の一つトルコ料理みたく美味しいのですね。
そこでキーとなるのが、神の力が宿るとされる「失われたスカーフ」。 スカーフを巡って世界中で争奪戦が起こりそうですね!? インディ・ジョーンズか!
>疲れたので(←ブログ書いてるわたし、が!)
>急遽、続きは別途、Upすることに(笑笑)
疲れたので(←ブログ読んでるオラ、が!)
続きはもうご勘弁を(ww草笑笑草ww)
- kummingさん からの返信 2024/11/10 14:00:43
- 嗚呼、嬉し楽しや日曜日^o^
- あな嬉しや、日曜日の昼下がり♪
ももさまにおかれましては、貴重な日曜日のお時間を、私の拙著に長時間(かつ膨大なエネルギー)を費やさせまして、まっこと心苦しゅう罪深さを肝に銘じて? おりまするm(._.)m
その上コメントが長~くなる予感に、畏れ慄きつつ…
前回頂いたカキコとも関連する話で、誰も喜ばない「交通、通信系情報」と「説明文訳」を、なぜブログに入れるのか?
もとより、誰かに読んでもらう、より、自分の旅をもう一度なぞっている過程→ブログ、になっているので、それがそのまま反映されるのと、わたくしが必要としている情報だから。
4tr 旅の達人のみなさまは、しれっと着いて、さらっと通信なさるので、、それゆえにその手の情報が少なくて、4tr口コミには『SimCard』という項目さえない⁉︎ とゆう現実。
説明書き、写メってきても、そのまま放置しがちなので、ちゃんと読もう!とゆう試み。ぜーんぶ、自分用♪
2~3週間でも2~3泊でも同じ、2~3泊用キャリーと、リュック(セキュリティにかかるIPad、携帯充電器3個、ケーブル、プラグ、もう1台のスマフォなど)、ショルダーバッグ、の3点セットで移動するので、スマフォをPixelシリーズに変えて以来、デジカメ持たず、ルーターもSim に、とゆう軽量化に努めてまいりました。
写真をパソコンに取り込む手間もはしょって、もっぱらGoogle Pohto、Icloud依存が進み、旅1つ→15ギガの容量制限迫る→写真を消す、足りないと→アカウントを増やす(これは公にできない技ですが)、を繰り返す今日この頃(笑)
もとより、国際ライセンスでスルッと移動されるももさまには不要な話ばっかです。
あれ、なんの話してるんだ?
そうなんですよね、オスマン帝国=トルコ人、ではない!!
多民族、多宗教、ここは文明の十字路、コンスタンテイノープル♪
排他性、独善性、ではCatholicがうわまっているのに、世界はキリスト教西欧世界中心にまわっているので、イスラム憎し? イスラム教はCatholicよりはるかに寛容だったのに。この件につきましては長くなるので以下省略。
何度もふりかけ、すりこんで頂いた塩、明日への糧と致しますm(._.)m
失われしスカーフ、ですが、帰国翌日、新手の詐欺電話、取ってしまい、とっても危険な国日本(*_*) 詐欺もスリも潜り抜けたのに、1番危うかった「我が家」でした(笑)
それから、トルコはにゃん天国♪
予告)
今後、写真、文字多いのは、おそらくバヤジド2世複合施設医療博物館編、と、ブルサカラギョス博物館編、エフェス遺跡編、になろうかと(-。-;
できたら、それ以外に遊びにきてもらえたら、嬉しいです♪
P.S.
こうやって、ももさまが復帰して色んな人のモチべUpに多大な貢献してること、知ってますか?だから雲隠れはNG^o^
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