2024/09/16 - 2024/09/16
37位(同エリア1061件中)
くわさん
デリーからバスに乗って5時間、ようやくアグラの街に入ってきました。目指すは世界遺産アグラ城。ししし、しかしバスが渋滞にはまって動けません。
なんでもこの日9月16日はイスラム教の教祖「ムハンマド」の生誕祭だそうで、街中イスラム教徒がパレードをしているのだそうです。行けるのか? アグラ城。食べられるのか?、インド中華。
□9月13日(金) 成田空港から空路、デリーへ。デリー着後、現地添乗員と専用車でホテルへ デリー泊
□9月14日(土) ホテルからバスで空港へ、デリーから空路バラナシへ サルナート観光、ガンジス河で夕べのお祈り その後ホテルで食事 バラナシ泊
□9月15日(日) ガンジスの沐浴見学、バラナシ観光、バラナシから空路デリーへ、デリー観光後ホテルへ デリー泊
■9月16日(月) 陸路アグラへ、アグラ城、タージマハル観光、アグラ泊
□9月17日(火) 早朝のタージマハル見学、陸路でデリーへ、フマユーン廟、レッドフォート観光 夕食後デリー空港へ
□9月18日(水) 深夜空路で帰国の途へ 成田着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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アグラの街中に入ってきました。
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旗を振りながら走るバイク。暴走族かと思いましたが・・・
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この日、9月16日はイスラム教の教祖「ムハンマド」の誕生日で、イスラム教徒のお祝いの日なんだそうです。
この交差点、ラウンドアバウトですが教祖の生誕を祝って交差点の真ん中を人が旗を持って歩いています。
この祝賀パレード、この後何度も目にすることになります。 -
デモ行進をやり過ごし少し走ると赤い壁が見えてきました。アグラ城です。
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11:35、ようやくアグラ城に到着しました。
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赤い城。レンガではなく赤砂岩でできているそう。
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ムガール帝国の皇帝が、1565年に建てたそう。日本では信長がそろそろ台頭してこようという時期ですね。
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門を潜りましょう。
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高さは20メートル以上あるそう。
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メインゲートのアマル・スイン門を潜ります。
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中に入るともう一つの門。
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門の先には・・・
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日本の城とはもちろん、ヨーロッパの城とも違っています。
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また門があります。こりゃ攻めるのは難しそうだわ。
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その門の先は通路になっています。
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このような切通の通路を歩きます。ここも攻めるのが難しそう。
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この切通通路の壁はレンガ積みでした。
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切通の通路の先にはまたまた門が見えてきました。
ここから見学ルートは周回コースになっていてこの門は出口になります。 -
この門はくぐらずに右を見ると・・・
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この「ジャハーンギール宮殿」が見えてきます。
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サルマンさんに引きつられてお城へ
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中央アジアの建築様式だそうです。
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見張り台でしょうか。
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ここでサルマンさんから説明。
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1610年建築。秀吉から家康あたりの時代ですね。
秀吉さん、もし朝鮮を攻略したら次の次の次くらいにはインドのこの城主と戦わないといけなかったのですよ。朝鮮出兵が失敗してよかったですね。 -
この巨大茶碗、なんだと思いますか?
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城主のバスタブだそう。巨大な石をくりぬいて作ったそう。
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こちらに見えているのは出口の門。帰りにくぐります。
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左側の見張り台。その下の模様がインドインドしています。
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お城に入ります。
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重厚な門ですが・・・
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気になったのはコレ、なぜかダビデの星。ヒンズー教、イスラム教、仏教の国なのになぜユダヤ教?
この疑問は中に入ってから解明されます。 -
では中に入りましょう。
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中に入りました。建物の中ではなく、このように壁に囲まれた広場になっています。
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それにしても凄い建築美です。
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そしてここは音楽ホールになっていたそう。
舞台に立つのは各国から集めた女性。ハーレム状態だったらしい。 -
彼女らはこの舞台に立ち歌を歌ったんだそう。
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しかし、なんといっても当時の王が重要視したのは彼女らの信仰。
ヒンズー教、仏教、イスラム教、そしてユダヤ教。入口にあったダビデの星は信仰の自由を表したものだったのです。 -
まあ、ちょっと男と女の・・そういった面もあるようですが・・・
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全て赤砂岩で作られています。
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砂岩だから柔らかいのでしょうか。
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まるで建物全体が彫刻のようです。素晴らしい。
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この曲線美。インドインドしています。
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この建物、暑いインドに対抗して、ちょっとした工夫がなされています。
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それは後で説明されます。
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インドっぽい。
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この写真、左が入ってきた入口。
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これは見張り台でしょうか。
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右側を見るとなにやら覗き込んでいます。
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何が見えるの???
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おお~、あれに見えるはタージマハールではありませんか!
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鉄格子越しに。
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こんな川沿いにあったのですね。この後昼食を食べてから行くことになります。遠くから見てもきれいです。
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お約束の記念撮影。
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次に行きましょう。この部屋にはちょっとした工夫が。
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暑いインド。ここに涼しくする工夫がなされていました。
この出入口の上の窓。開口部がナナメになっていて、外からの風が床に流れ落ちるように設計されています。 -
ここからもタージマハルが見えます。
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窓からタージマハル。
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ここから建物の色が赤から白に
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カースマハル(子供たちの寝殿)
今は展望テラスになっています。 -
床も大理石
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こちらは通り抜けてきた通路。
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ここも回廊になっています。
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中庭には噴水
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固い大理石に施された彫刻。
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これだけでも美術品です。
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シーシュ・マハル
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ハーレムだったそう。
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ドーム内は涼しい風が通り抜けます。
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固い大理石なのに精巧な彫刻が施されています。
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これはなかなか複雑な。
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アグラって元首都だったのですね。
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サルマンさんの説明を聞いたのですが、ほとんど忘れてしまいました。動画を取ればよかった。
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ここからもタージマハルが望めます。
ちなみにアグラ城の大理石の建物は、タージマハルを造った人と同一人物、シャージャハーンの建築。 -
そしてこの奥、貴賓謁見の間。
更にその奥がムサンマン・ブルジュ。 -
立ち入ることはできませんでしたがテラスにはダイヤモンドが埋め込まれ、テラスの形もダイヤモンドに合わせて八角形になっているそうです。
その八角形は塔になっていて(囚われの塔)、タージマハルを造った皇帝・シャー・ジャハーンはここに捕らわれ、亡き妻のために建てたタージマハルを毎日ここから見て、亡き妻を想っていたそうです。 -
そしてここにはなんと・・・
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宝石が埋め込まれています。
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きらびやかな部分は宝石なんだそうです。
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盗むやつはおらんのでしょうか? これだけしっかり埋め込まれたら取り出せないか。
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中庭にはフランスのヴェルサイユ宮殿のような幾何学模様が。
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シーシュ・マハル全景
サルマンさん一番のおすすめスポットでした。 -
サルマンさんに引きつられて回廊を進みます。
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頑丈な柱に支えられています。
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回廊を半分周ると外に出ます。
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カースマハル(Khas Mahal)を回廊から。
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回廊の外に出てきました。
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これはディワーニ・アーム(一般謁見の間)
こちらには行かず。この奥にもいろいろと見どころはあるようです。 -
今度は赤い回廊
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アグラ城は半分くらいは現役の軍の施設。
この先に見えている白いモスク(モーティ・マスジド(真珠のモスク))は軍の施設で入ることはできないそうです。 -
謁見の間を斜めから。
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先ほど入らなかった門に到着
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これでぐるっと半周したことになります。
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12:30、メインゲートのアマル・スィン門から退出します。
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インド国旗が見送ってくれました。
その後昼食会場へ向かいます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ひでじいさんさん 2024/10/09 15:15:24
- 今日は沢山見ましたね。
- アグラはイスラムなんですね。タジマハルの屋根の形がイスラムですね。
インドは昔、ヒンズウ教とイスラム教と仏教が共存し、長いこと争いをしてたんですね。歴史を調べるのは至難で頭がおかしくなりそうです。
- くわさん からの返信 2024/10/09 17:16:23
- Re: 今日は沢山見ましたね。
- アグラを統治していた王様がもともとイスラム教だったのでイスラムの影響が強いですが、アグラ城に抱えていた女性たちはいろいろな宗教の女性を迎え入れ、イスラム、ヒンドゥ、仏教、そしてユダヤ教の信者もいたそうです。なのでアグラ城の入り口には大きなダビデの星が描かれていました。
争いどころか、仲良くハーレムを形成していたようです。うらやましい。
どこかの国も見習ってほしいですね。
(あっちは宗教問題ではなく領土問題か)
- ひでじいさんさん からの返信 2024/10/10 08:02:30
- RE: Re: 今日は沢山見ましたね。
- イスラム教は東へ東へ勢力を拡大しインドネシアまで行きました、タイだけ通り越した感じで布教かなあ。
日本まで来たら今頃どうなっていたやら。(笑)
> アグラを統治していた王様がもともとイスラム教だったのでイスラムの影響が強いですが、アグラ城に抱えていた女性たちはいろいろな宗教の女性を迎え入れ、イスラム、ヒンドゥ、仏教、そしてユダヤ教の信者もいたそうです。なのでアグラ城の入り口には大きなダビデの星が描かれていました。
> 争いどころか、仲良くハーレムを形成していたようです。うらやましい。
>
> どこかの国も見習ってほしいですね。
> (あっちは宗教問題ではなく領土問題か)
- ひでじいさんさん からの返信 2024/10/10 08:05:31
- RE: RE: Re: 今日は沢山見ましたね。
- 中東は宗教で戦争ですね。
あそこにアメリカがイスラエルを建国したのも失敗ですね。
> イスラム教は東へ東へ勢力を拡大しインドネシアまで行きました、タイだけ通り越した感じで布教かなあ。
> 日本まで来たら今頃どうなっていたやら。(笑)
>
>
>
> > アグラを統治していた王様がもともとイスラム教だったのでイスラムの影響が強いですが、アグラ城に抱えていた女性たちはいろいろな宗教の女性を迎え入れ、イスラム、ヒンドゥ、仏教、そしてユダヤ教の信者もいたそうです。なのでアグラ城の入り口には大きなダビデの星が描かれていました。
> > 争いどころか、仲良くハーレムを形成していたようです。うらやましい。
> >
> > どこかの国も見習ってほしいですね。
> > (あっちは宗教問題ではなく領土問題か)
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