2004/07/06 - 2004/07/28
68位(同エリア191件中)
コロコロパッカーさん
- コロコロパッカーさんTOP
- 旅行記449冊
- クチコミ44件
- Q&A回答2件
- 605,512アクセス
- フォロワー172人
えーもう20年前!?なラダックを思い出してみました。
その9年後に行ったスピティ・キナウルはこちら https://4travel.jp/travelogue/11631318
ヒマラヤが好きです。
今回はマナーリーからキーロン経由でレーと、レーの街の思い出を。
行った場所
デリー
アラハバード(友人宅)
ダラムサラ
マナーリー
キーロン
レー
ラマユル
アルチ
ダー
ハヌー
ツォモリリ
-
ダラムサラからマナーリーまでは夜行バスで移動。
デラックスバスを横目に指定されたのは州営のローカルバス。
ノーリクライニング長椅子バスで、長距離を走るにもかかわらず通勤通学の人たちが次から次へと出たり入ったり。
これはまるで路線バス(>_<)
雨で窓は開けられず、通路までぎゅうぎゅう。おっさんたちの熱気がムンムン充満してくる笑
荷物を置く場所はないので、自分たちの席の足を置く場所にバックパックを置いて、間に片足を押し込み、もう一方をバックパックの上に乗せる。
前が出口だからバックパックに足のっけて伸ばせるよ。超ラッキー(?)
荷台にも乗った。座席がお尻の半分ぐらいしかない車にも乗った。
席がなくて運転手の真横に体育座りしていたこともあった。
それから比べれば・・・
隣の欧米人のおねぇさんたちの荷物は通路に置かざるを得ず、次から次へと乗っては降りる人々に散々踏みつけられていた。
やがて雨が激さを増し、今度はそこら中から雨漏りしだす。
気にせず寝てたら起きた時全身びっしょり!
車内でカッパを着るカオス。
そんな私の横にいたはずの友人が突然消えた!
イスに手すりがないため、気を緩めると振り落とされてゴロリンと転がっていってしまうらしい。
その後も友人は何度か突然消えていた。
あとで聞いたら、欧米人のおねぇちゃんも尼さんも、通路側の人は皆一通りぴょーんと飛んできたそうな。
たいへんっちゃぁ大変なんですが、外は星空かと思うほどひたすら続く蛍の群れ!
最初はずっと家並みがあるのかと思ったほど。
まるでクリスマスツリー。
なんだかとっても貧乏旅行している実感が沸く道中でした。
まー、もう二度と嫌ですけど。→のちにレコンピオンに行くときも大体似たようなバスでした。
写真はダラムサラ。
ダライラマ様とニアミス!イベントがあったのですがご病気でご臨席されませんでした。 -
マナーリーで休息日を設け、いよいよラダックへ向けて出発。
多くのツーリストはマナーリーからレーまで一気に行ってしまうが、ヨレヨレな私は体の事を考え、途中のキーロン(3400m) で高地順応することにした。
私、本当に百発百中高山病になるのでね。
キーロンまでは約7時間113Kmの短い移動。
途中4000m弱のロータン・ラ(峠)も待ち構えている。
この日の移動は、ヒマラヤ前面からヒマラヤ山脈に入る素晴らしく変化に富んだ移動で、どれだけ目に焼き付けてもまだ足りないぐらい素晴らしい景色が望めました。
マナーリーからキーロンへはヒマーチャルプラデシュ州営のローカルバス(!)で向かうことにする。
あの、ダラムサラからマナーリーにやってきたときに乗った路線バス再びですよ・・・・
キーロンからレーへはどうやって行けばいいのかはあまりよく分かっていないが、なんとかなるさ。
最悪ローカルバスもあるさ。
ところで昨日から高山病予防の薬を飲み始めた。
大して水分はとっていないのに、夜中に何度も目が覚めてトイレに行く羽目に。
こうやって新陳代謝を活発にしておくことが必要らしいが、寝不足もまた高山病の敵。
ついでに水分補給をしないと脱水状態になってしまうので注意。
がしかし、移動中はトイレ休憩も1、2時間に1回のみ。
(ここの移動はそれでも休憩が多かった。インドのバスのトイレ休憩は恐ろしく少ない。3~4時間走りつづけることは当たり前。)
予防のためにも水分は取りたいが、仕方なく朝は薬飲まず。
ついでに胃腸の調子も悪いので断食。
日に日に疲れがたまって体調はあまり良くない。
峠越えに不安が募る。
大した高さではないものの、体調が悪いと高山病にかかりやすくなるのです・・・
悪循環に悩まされつつ、ともかく今日は恐怖のバス移動。
隣でポテトチップやらビスケットをむしゃむしゃ喰らう相方に若干嫉妬の炎を燃やしつつ、断食を決め込む今日の私の意志は強い。
バスがやって来ると、降りる客が降りきる前から我先にとインド人らがバスに乗り込む。
欧米人のねぇちゃんもドカンドカンと突き進む。
かよわい私たちがバスに乗り込んだ時にはすでに満席。 。
途方に暮れる私たちをみて、英語の全く話せないくるくるパーマの後ろ髪だけ長い昔のやっくんみたいな腕出しジージャンを着ていたインド人青年が席を譲ってくれた。
親切にも相方の分まで席をくれて、となりの少年はお父ちゃんだか知らんおっさんだかの膝の上に抱えられていることになった。
20年前はどこの国でもこういうあたりまえの親切があった。
今?こういう旅をほとんどしていないから分からないけど、タイの若い男の子が席を譲らなくなったな、とは思うよ。
というわけで、こうしてムーンランドへの旅は始まった。
写真はマナーリーからロータン・ラ
2013年のスピティの旅の最後でも通った(というか諸事情で歩いた。) -
ロータン・ラまでは緑の濃い山道をドライブ。
わずか 50Kmで標高は2000m上がるため、ひたすら九十九折の道が続く。
ロータン・ラはマナーリーに滞在するインド人にとっても人気の観光地のため、この道は交通量は激しい。
バスのくせに果敢に追い越しを繰り返す我がドライバー。
こんなときだけなぜ急ぐ。
追記
2013年時点では、インド青春映画の影響で金持がツーリングするスポットになってて大渋滞だった。
今はもうトンネルができてて、だいぶ時間の節約ができるらしい。
写真のバスが我らが路線バス。ノンリクライニングの長いすなのです。 -
眺めは素晴らしく美しく、緑の中に石垣や谷間の渓流、放牧されている馬や牛などを見ることができる。
防寒具を売る掘っ立て小屋がひたすら続くのも楽しい。遠くに見えた万年雪がどんどん迫ってくるのもおもしろい。
インドにこんなに美しい山があったなんて、信じられない。
インドはでかい。 -
ラフール・チャンドラ谷にて
ロータン・ラを越えるとバスは再び標高を下げ、一つ目のチェックポイント・コクサルがあるラフール・チャンドラ谷に向かう。
道は再び延々つづく九十九道。しかし素晴らしいことに、霧が晴れるにつれ現れたのは見事に雪化粧をほどこした山脈!!
いつか飛行機の上から見たことはあるけれど、地上に立って山の付け根からてっぺんまでを眺めているなんて、夢だか現実だか分かんなくなるぐらい感激した。 -
このあたりは高山植物の宝庫でもあり、赤や青・黄色・白の花々が咲き誇る。派手さはないが、その小ささがなんともはかなげで可憐で、高山植物に目覚めてしまった。
コクサルや前方の山脈には畑も現れる。
いくつか平屋造りの集落も見られ、いよいよラダック文化圏に近づいてきたことを感じずには入られない。
よく見ると山の斜面に畑が耕されている。
畑の作物を見ながら、相方はジャガイモと玉葱があれば生きていけるなんて言っていた。
んなこと言うと、ここに置いてっちゃうぞ。 -
チャンドラ川の先にはまだ見ぬ秘境スピディが。
スピディ
あの時に知って以来、スピディとラダックの分かれ道の光景を今でも忘れられずにいる。確か、スペイン人だったかな。お姉さんがスピティってところがあるんだと教えてくれた。
いつか、あの分かれ道の反対側に行ってみたいという思いは、今だに消えていない。
→追記 スピティも行ってきたよ
バスはスピディを背に西へ西へ。
谷に入り最初の村、コクサルで休憩兼パスポートチェックを受ける。
恐い顔した軍人さんだったが、「アリガト!サヨナラ!」と言われた。
チェックポイントに便乗して、コクサルは数件のダバ(食堂)がある。
しかしトイレには鍵。なぜだ!!!
周囲を見回すも、民家がちらほら、繁みは無しという野トイレには最悪の設定。
絶対誰かに見られるよ。
と、そこへ困った顔の相方登場。
「さっき欧米人のおねぇちゃんの半ケツ見ちゃったよ~」
ここに見た人がいた。
峠を越えて間もないため、薬丸も私も相方も軽く頭痛気味。 酸欠がはじまったらしい。 -
コクサルを過ぎるとバスは谷を左手に西へ西へ。右側に座っていた私の横はひたすら崖側。反対側はまたしても雪を被った雄大な山脈。
インド人は日本人ほど他人の体に触れることに敏感ではないので、バスの中だと重量に従いあっちこっちに寄りかかるのは当たり前。
席を譲ってくれたヤッくん、私があげた飴のお返しにと、わざわざコクサルであめを買っていたのだ。
この区間はというと、何キロ置きかにコクサルよりも大きめな村が点在しており、ラダック風に家並みがあるかと思えば、パキスタンの山奥を思わせる花柄のショールを巻いた女の人がいたり。
ラダックの象徴(個人的に)、ポプラの若い木が見られるようになるのもこのあたりから。
こんな山奥ではあるが、毎日マナーリーからのローカルバスが行き来しているせいか、それほど秘境な雰囲気はない。
それでもGONDHLAの村で絵本に出てきそうなぐらいかわいい「村の郵便屋さん」を見た時、相方が一言。
「ここで葉書出したら、うちらとどっちが先に日本にたどり着くだろう。」
本当に、一体何をどうやったら、この村から日本にモノが届けられるのだろう??
やがてBHAGA川に沿い道が大きく北へ北へと反れていくと、いよいよ草木の姿が消え岩肌があらわになる。
ここまで来ればキーロンはすぐそこ。
地図を見て安堵していると、旅の道づれ薬丸が、キーロンの手前の村でもなんでもない工事現場のようなところで降りていった。
てっきりキーロンまで行くのだとばかり思っていたのに。
もしかしたら彼はマナーリーからこの山奥まで出稼ぎにきたのかもしれない。
マナーリーのバス停で、友人と何度も何度も手を握りあっていた彼の姿が思い出される。
その光景たるや、相方が「一体何年ぶりの再会だったんだろうね」とつぶやいたほど。
もしかしたら、数ヶ月に及ぶ別れと過酷な労働への不安が彼の気持ちをあそこまで高ぶらせたのかもしれない。
村も店も木々もない。
あるのは茶色く流れる川だけ。
小さな荷物を一つ持った彼は、色のない谷の中に消えていった。
まだまだこれが続くのかとうんざりしだした頃、仔牛が一匹ふらふらっと歩いてきた。
人の住むにおいを感じたその時、雪を被った山のふもとに大きな集落が現れた。
キーロンだ!
マナーリー以来の街らしい街だが、バスターミナルなるものは無く、バスは路上で停車。 -
キーロンは、マナーリー・レーロードにあって、緑豊かな谷間にある小さな町。
目が覚めてベランダに出れば、目の前に広がる雄大な雪山!!
ほとんどの旅行者が通り過ぎてしまう町だが、インド平原ともラダックとも違う、独特の雰囲気と自然に囲まれた静かな街。すごく気に入った。
キーロンでは二泊して高地順応を。
初日は大変だったけど、二日目は散歩もできた。
ただ、高地の影響で胃腸の調子は悪かった。
レーまであと362キロ。
レー行きのジープの待ち合わせは夜中の3時。
食あたり&断食でやや衰弱気味の私たちは、荷造りもせずいつの間にか寝入ってしまったらしい。
気付いたら時間直前!慌てて荷造りしたのが悪かった。
5000メートルの峠を何度も越えるために必要な十分な装備を揃えられずに、ちょっとそこまで行く格好で部屋を飛び出してしまった。
まだ暗い中、宿の前にやってきたドライバーに、昨日宿の前にいたおっさんだった。
私は全く気付かなかったけど、相方はおやじを見てすぐに危機センサーが反応したらしい。
というのも、私たちが頼んだ車はマナーリーから来る車で、マナーリー発と同じ料金を前払いしていたのだ。
むむむ~キーロンの旅行代理店のハンサムガイめ!だましたな!
料金騙されただけならまだいいけど、本当にレーまで行くのかさえ疑わしくなってきた。
外は真っ暗、どうにかされたらたまったもんじゃない。
とそこへ、宿を探すときにも絡まれたごろつきが現る。
呼んでもいないのに勝手に会話に参加してきて、「お前らジープが嫌ならバスで行けよブース!!」と、言っていたとかいないとか。お前がいると話がややこしくなるわ。
相方は、なんとかして「お前キーロン人だろう!マナーリーから来たわけじゃないんだから料金安くしろ!」と言いたかったらしいが、当時は2人で力を合わせても、「オマエココイタキノウココイタ」以上の主張はできず・・・無念。
まじでインド行くと超悔しいことばかりで絶対英語がんばる気になるよ。
そこへ他のバックパッカーが一人連れられてきたので、多分この車はレーまで行くだろうとひとまず納得。
人を疑うことがあまりなさそうなアイルランド人の彼に事の次第を説明するも、文句はないらしい。
そうこうしているうちにジープは出発し、高級ホテルから現れた3人の裕福そうなインド人トリオを乗せる。皆1000Rp払っているが文句はないらしい。
そして強制的に出発。 -
噂のおやじとTATA SUMO
首に銀のチョーカーをしていたので、二人ともよく覚えていたのだ。
キーロンから最初のチェックポイント・ダルチャまでは、緑の多い渓谷を川に沿って進む。
当然片側は崖で、真っ暗な中どんどんトラックを追い越し、いつ死んでもおかしくないような状況!が、アイルランド人はTシャツ一枚でも十分らしい。
しかも太陽が現れるまでの魔の数時間は寒いのなんの!!フリース一枚じゃ到底耐えられない!それにしても寒かった。あの時の車内の寒さ、今も思い出す。。。
ドアの隙間から冷たい風と砂埃が入ってくるんです。
そして、おっさん飛ばしすぎなんです。
外は真っ暗なのに・・・・!
多分右側は崖なのに・・・・・!!!!
頼むからこっちに寄りかからないで!!
ドアが開いたらわし、崖落ちる。(→このあいだマレーシアでドア開いたよ。まじでドア開くから。) -
ダルチャには食堂もあり、後ろをぴったりくっついて来たローカルバス(どれだけ恐怖運転してるだか)ともども、元気な人々は朝食タイム。
確かトイレは無く、青空トイレをきめる。
ダルチャを過ぎると、いよいよ一つ目の峠、バララチャ・ラへ。
峠を越える頃、東の空がだんだんと明るくなり、やがて朝日が山々を幻想的なまでに照らし出す。あまりの神々しさに、寒さも忘れて見入ってしまった。
写真集で見たような景色が、目の前に広がった瞬間 -
バラートのテントダバ
朝日でほんのり右の肩があたたまり出した頃、バラートプルに到着。宿と食堂を兼ねたテントがいくつか並ぶ夏だけの集落。
チベタンらしき顔つきの女性が気だるそうに現れチャイをすすめるが、この寒さでお茶を飲んだらすぐトイレに行きたくなるのでお断りする。
トイレといえば、もちろんトイレはないくせに、隠れる場所もない。なんとかショールで隠して、かなりの平地で用を足す。
くそー、せめて大麦畑でもあれば・・・ -
セルチュはマナーリー発のツーリストバス用のテントホテルが集まる地域。供給過剰な雰囲気が漂う。
若干標高が低いため、緑があるのと小川が流れていることから、ミーアキャットみたいな小動物も見られる。以外とでかくてかわいくない。
小さいのは、トイレテント -
わしとさっきゲロった子。
-
その後カッパドキアを思わせる奇岩の谷と二つの峠へ。
ガイドブックには一切ふれられていないのがなんとももったいない。
こんな珍しい光景もムーンランドのめまぐるしく変わる景色にかき消されていまうのだろうか。
ところどころにある橋の側には必ず砦や見張り小屋があり、軍人が銃をかまえていた。
軍の駐屯地もそこら中にあり、レーロードを舗装するインド人(ビハールの人々だという。)のキャンプもいたるところで見られる。
彼らは私たち観光客のためだけに道を舗装しているのではない。この道は、軍用道路でもあるのだ。
いかにこの土地がインドにとって重要なのかが垣間見られる。
※2年前の2022年だったかな、印中でドンパチがあって、旅行をキャンセルした。 -
峠を二つ越えると、すぐにパンのテント集落へ。この先しばらくはテント集落もない。最後のパスポートチェックを済ませ、いよいよ幹線道路世界第二の峠、タグラン・ラへ!
-
パンを出発すると、ドライバー的絶景ポイント(写真)から、平原へ。
同じヒマラヤ山脈といえど、ネパール~チベットへの道と比べるとこちらの道は随分と山がちで雰囲気は全く異なる。唯一この辺りだけがチベットを思わせる低くゆるやかに連なる山と平原が望める場所。
平原を抜けると再び山の斜面を削り取った細い細い道へ。
雹が降る道の向こうに広がるのは猿の惑星もしくはスターウォーズの世界そのもの。
ムーンランドとは、うまいこと言ったもんだ。 -
そして5317mのタグラン・ラへ。
ほんとかどうか忘れたけど、幹線道路の峠としては世界第2位の高さなのだとか。
頭痛と動悸息切れで完全にダウン。この日のために仕入れた「食べる酸素」も全く意味ない・
インド人トリオだけが元気いっぱい記念撮影している。
それを車中より苦しげに写真におさめるのが精一杯。
ああ、一刻も早く、1センチでいいから標高を下げてくれ・・・・ -
この旅最大の難関を越えると、憧れのラダック文化圏へ!!
道を舗装するためにやってきた女性たちに水を分けたり、身一つで何もない山肌で羊を放牧させる人とすれ違いながら、九十九の道を一気に降りていく。
と、そこへ、ママチャリに乗ったジャージ姿のインド人が。
いや、その場所は峠に続く坂道の途中で、人が容易にやってくるようなところでは到底ないのだ。
そんなところでママチャリ!?
おっちゃんの荷物はかごに入ったビニール袋だけ。まさかのママチャリダー??? -
どんどんと標高が下がり、緑が増えて行くと、やがて現れる美しすぎるラダックの村!!
濃い緑の麦畑と、ところどころに広がる黄色い花畑、小さなポプラの木と透き通った小川、チベット式の四角い家とマニ車、どうやらやっとラダックにたどり着いたらしい。
この後いくつもの村を見たが、この辺りの村ほど美しい村はなかった。
道が舗装され、勢いづいたドライバーの無謀運転で、スピンして崖の数センチ手前で停止&カーブで正面衝突直前危機一髪体験があったものの、一行は無事ジャンクションの町、ウプシへ。
ここまで来ればレーはもうすぐそこ!
そこで相方、標識を見て一言。
「マナーリーまで300キロだって、またこの道を帰るんだよ・・・」 -
マナーリー発の「ツーリストバス」の場合、一泊二日もかかるレーロード。でもキーロン発の私たちは、明るいうちにレーに到着することができた。すぐ高山病になる私にはナイスチョイスだった。
裏通りの商店にて。 -
レーの第一印象は「都会」。
ダラムサラより賑やかで、マナーリーより外国人観光客が多い。
土産物屋は露店も含めこれでもかという程乱立し、お年を召したヨーロピアン観光客が高そうな絨毯を品定めしている。
はぁ、これが秘境か~・・・。。。 -
散歩マニアにとって、レーの大きさはまさにベストサイズ!!
メインバザールへの角を曲がった途端、現れたのがレー王宮!!散々写真で眺めたレーのシンボルです。
影になってしまったけど、道端には籠をかついだおばちゃんたちが野菜を売っています。その種類がとっても多くてびっくり。
それにしても、メインバザールは想像以上にカラフル!通りを飾る色とりどりのお土産屋さんやホテル、王宮の真下には、真っ白なかわいいモスクとポプラの木。
そして目の前に広がる真っ青な高地の空!
レーって、ほんとにうに色鮮やか。
多分、私のイメージするくぐもった土色のレーは、真冬のレーの姿なのだろう。
なんでも、この辺りで商売している人は他の地方からやって来たよそ者で、冬にはレーを去ってしまうため、ほとんどの店がクローズしてしまうのだとか。
街は「つまんない」ほど閑散としてしまうらしいが、でも、それが本当のレーの姿なら、ぜひともそんなレーの姿も見てみたい。 -
メインストリートは立派なおうちが並んでいる。
-
メインバザールの突き当たりにあるモスク。レーにはカシミーリーが多いので、ムスリムも多い。ここを左に曲がったところに銀行がありました。
そういえばレーではコンニチハ!といわれることより、アニョハセヨ!と言われることが多かったな。
アンニョンハセヨ!って言われて、「ジャパニだよ!アニョハセヨ!」って言ったら、混乱してた。 -
昨日マナーリーロードでママチャリこいでたひとだ!!無事着いたのねぇ。
彼のママチャリのかごには○×トラベルのプレート、
どうやらおっちゃんはチャリダーのガイドらしい。
いくらその道に慣れたガイドといえど、ちょっと3丁目の風呂屋に行くような格好で走られた日にゃ、この日のためにわざわざ重装備してきた欧米人はやりきりないよね。 -
どこかの交差点。よく店の軒下に座って休憩してた場所。
-
ジョカン前の交差点は、王宮がよく見渡せるポイント。店の軒下でのんびりウォッチングしていたら、どいつもこいつもうろうろうろうろ行ったり来たり。みんなほんとにすることがないんだね。私たちが言えたセリフではないけれど。
レー1日目は、半径300M程度のお散歩だけで終わってしまった。 -
レー二日目も休養。
散々休憩しておいて、さらに懲りずにルーフトップレストランでお茶タイム。
インドと言えば、ルーフトップ。ルーフトップでチャイが大好きなのです。
夜は冷えるので上着をお忘れなく -
夜になって、ぐっと気温が下がった。春夏秋冬を一日で味わっているよう。
昨日の夜と同じレストランジェスモに行き、おいしいスープをいただく。
チャイを飲みつつ従業員とお話ししつつ数時間。
こんなにのんびり旅行できるなんて、なんて幸せ。 -
レー3日目 2004/07/15
いきなり昼なのに朝ごはんではじまった3日目。
そろそろなんかしなよ、とジェスモの従業員もあきれ顔。世の中1週間しか休みとれないでレーまで来る人だっているのにね。
王宮の麓はオールド・レーと呼ばれる地域。
昔ながらの土壁の家が迷路のように連なっている。
染物屋さんや放牧帰りの羊の群れなどとすれ違いながら王宮へ -
近くでみると今にも崩れそうだが、かの有名なチベットのポタラ宮のモデルになったとも伝えられる、由緒ある宮殿なのだとか。
ずっと憧れていた王宮を目の前に、胸がいっぱいで苦しいです!酸素足りてません!! -
旧市街を上から見る。
旧市街はジェスモのある地区とは違い、土地の人々が暮らす地区なので、おばぁさんが井戸端会議をしていたり、角を曲がると羊の放牧に出くわしたり、染物屋さんや仕立て屋さん、地元の人用の食堂などいろいろな発見があり、散歩がとても楽しい。 -
目指すはレーを見下ろす丘のてっぺん!
ここから風にたなびくタルチョを見たい!
誰も彼もが、のろのろ歩いているのがおかしかった。
でもみんな必死なんです!空気足りてないから。
こんなことなら普段からもっと体鍛えておくんだった・・・ -
標高3500mの登山!
めちゃくちゃ苦しいけれども、登り終えた時の達成感は保障します -
レーに舞う人。
岩の先端で仁王立ちして一体なんだろうと思っていたら、風を読んでいたらしい。
突然崖を駆け下り、ふわりと舞った。 -
私たちの目的地はまだ少し上。目指すは右端の細長い塔。さぁがんばるぞ!
-
あと少し!
-
覆い重なるタルチョの下は、なんだか妙に居心地がいい。
-
-
無理やりくっつけてみましたてっぺんから見たレーのパノラマ写真。
-
丘の裏に広がるサンカル チャンスパ地区。この眺めが気にいったので、帰りは裏の登山道から降りることにする。登り口は民家の庭だったが、チャンスパ地区は静かでのどかでとてもよい場所。あとで一周してみようかな。
-
-
フォートロードは裏メイン通り。この通りに面し、ホテルや旅行会社・レストラン・土産屋が軒を連ねている。初めてここに降り立ったとき、あまりの観光客の多さに驚いた。
-
メインバザールにある郵便局。とっても古めかしい。
-
バザールのモスクの横から裏通りへ。メインバザールの裏通りは下町的でとても雰囲気がいい。このあたりには、タンドリーパンを売る店が多く、モスクの裏手だけに、カシミーリーが多いらしい。
-
-
赤レンガと緑の木立が清々しい。インドの山奥とはとても思えない。
-
遠くに見えるのはパノラマ写真を撮った山。
裏通りを抜けると、すぐにのどかな畑風景に。
いつも夕方町ですれ違うロバさんが放牧されていた。ここが職場なのね。
このあたりには宿も多く、広い庭付きの新しい宿もあった。立地的には不便なので日本人はあまり好まないが、欧米人には人気らしい。 -
当時レーには高層ホテルは無かった。
今はどうかな。
1日何便もデリーからフライトが飛んでるんだから、この時より圧倒的に変わっているんだろうな。 -
サンカル地区にある静かなゴンパ。観光客もほとんどいないのでのんびりできる。
ラダックのお寺には、まだまだ遊びたいざかりの小坊主がたくさんいて、写真撮ったりして遊んでもらった。
ちなみに彼ら、一応身に付けているのは赤だけど、キャップやタンクトップと実はとっても現代っこ。
町では袈裟なのに革靴とサングラスでびしっときめてバイクで疾走する坊さんを何度も見た。 -
ラダックの一般的な家。屋根のタルチョがラダッキーの証。
-
こんな高地に林が出現。あの林の下に水路が流れているからだろうか。
ここだけ見ていると、とてもここが3000mを越す高地とは思えない。 -
こんな小道、大好き。
チャンスパ地区はレーの北西部のことらしい。
ストックゴンパを少し行き、林の中の迷路のような小道を行くと、どこかの有名なお坊さんの邸宅がある。
レー中心部からその邸宅までは、石畳のきれいな歩道ができていて、景色を眺めながらのんびりすすむ。石垣の向こうにはじゃがいもがうまっていて、その中で犬のしっぽらしきものがぴょこんと飛び出ていた。 -
向こうには、レーの西に建つ日本寺のストゥーパが見える。あそこまで登る意欲も体力もないけれど。。。
石畳を進むと、レーの中心部の一角にある池にぶつかった。
その脇の林の中に、テーブルが並ぶレストラン(?)があったので、小休憩を。
綿のようなふわふわな何かが雪のように降ってくる不思議な林の下では、ネパールからの出稼ぎ従業員がサッカーの日本対オマーン戦を見ていた。日本チームは人気があるらしく、従業員がやってきては、「日本が一点とったよ」と教えてくれた。
池の脇を進むと、見慣れた景色、いつもの旅行会社が集まる広場前へ出てしまった。散歩の波に乗っていたので、帰りも未開拓の裏道を行くことにした。
インダスゲストハウスの先のあたりの小道には、予想外にゲストハウスがたくさんあった。どこもみな庭に花が植えてあり、静かそう。 -
おばちゃんの笑顔に一目ぼれしてずっと泊まりたかった宿。でもずっと満室で、最後の2日だけ滞在したビムラ。インダスゲストハウスなどに行く小道の脇にあり、家族経営で安心なお宿。
ツイン・バス付で350Rp。もちろん庭もあります。少し古いけど、最後に家族の住む部屋に案内してもらったりもしました。 -
今は知らないけど当時のレーは水が使える時間が限られている宿があって、特にホットシャワーは、ソーラーが生きる時間帯しか稼動しないらしい。
タンクが空になることもあるらしく、「洗濯禁止」などの張り紙もある。
早いもん勝ちなのです。
(でもだからと言ってランドリーサービスなんて出すと、ビムラの脇の汚い川で洗われてしまうんだもん。それを見たら出せないよね。)
ちなみに停電も多く、得に昼頃はよく停電していた。
ネット屋やレストランは発電機があるのでそれほど不便は感じないが、何度も真っ暗な部屋でろうそく立ててシャワーを浴びた。
ということで、今夜は顔を洗えず無念。 -
レー最後の日。
パンがおいしいジャルマンベーカリーでスペシャルサンドを食す。
そしてマナーリー行きの乗合ジープのチケットを取りにテクテクバスターミナルに向かう。
が、ジープ代がめちゃくちゃ高かったので、再び町に戻り旅行社で値段を聞いたらさらにコミッション取られるらしく、泣く泣くもう一度バス停へ(涙)
そんなわけで、ヒッチハイクをしてみたら、親切にバス停の横まで乗せてくれた。味を占めて帰りもバイクを止めてみた。
かっこいいおにいさんは文句も言わず2人を乗せて3人乗りをしてくれたので、お礼にあんずをあげた。
レーの一般の人々、とても親切。
そういえば四川でも坊さんのバイクに乗せてもらってお礼に桃差し上げたことがあったな
昼も同じジャルマンベーカリーでカレーを食べる。カレーなら下界に戻っても食べられるのだけど、レーのカレーはツーリスト仕様でマイルドなのでとってもお気に入り。
午後は、東側のオールドレー地区をのんびり散歩し、レーを堪能しつくすことに。
王宮を望む小道。
オールドレー地区は、私たちの泊まる地区とは違い、昔ながらの土壁の家が並ぶとても静かな地区。
王宮に登って上から見ると色がないように見えるが、家の窓には花が飾られているし、土壁の上にはびっくりするほど青い空が広がり、たなびくタルチョがとっても鮮やか!これぞラダック!という光景に出会えるはず。 -
-
バスターミナルから南に続く道。まっすぐ行くと空港やストックゴンパ。
バスターミナルから町へはだらだらと階段が続いていて、高地ではけっこうきつい。両脇に連なるお店をひやかしながら、のんびり行く。
マニ車のあるロータリーの先は、地元の人のバザール。 -
カラフルな八百屋。
-
レーはとにかく観光の町。お土産屋さんもたくさんあります。
町を歩いていてうるさいくらい客引きしてくるのはカシミーリーのお店。
ショールや絨毯などちょっと値の張るお土産を売っています。
その分値切り交渉もやりがいがあります。
同じくらい多いチベタンの店は、客引くこともなくひっそりとしている所が多い気がします。
誇り高きチベット民族の皆さんは、あまり値下げしてくれません。
商売上手な人が多い?
私がのぞいた店のおばちゃんによると、夏の間はレー、冬の間はゴアで商売をしているため、シムラの自宅に戻るのは年に数回だけなのだとか。
チベット難民に金持ちが多いのはこの土産物のおかげだと聞いたことがありますが、まさにおばさんはインドを駆け巡り生計を立てているのですね。 -
あんず売りのおばちゃん。 7月はあんずとお祭りのシーズン
-
毎日通ったレストラン・ジェスモ。安くておいしいくて、のんびりできる。
ジェスモもじゃるまんべーかりーも、従業員の男の子たちはみんなネパールからの出稼ぎ労働者で、冬はゴアに出稼いだりしているそう。 -
メインバザールの一歩東を走る裏メインバザールは私のお気に入りの道。
ここには生地屋や羊肉屋、床屋や金物屋など、地元の人が使う店が並んでいて、一昔もふた昔も前のポスターなんかが貼ってあったりする。
いろいろなところでお土産をしこたま買い込み、通いつめたお店に別れを告げる。ヤンニョムさんやジャルマンベーカリーのネパリーのおにいさんたち、毎回おかしを買っていた雑貨屋の悪そうなおじさん、木立の下のケーキ屋さんのミヤサコです!のおにいさん、そしてジェスモの面々。ちょっとした顔見知りになれたことがうれしかった。
通りかかる度にくだらないことを話し掛けてきた道端のおじさんおにいさん一人一人にもさよならを言いたい気分。
ここで出会った人々のほとんどはこの町の人ではないから、また再び会うことはないかもしれない。それでもまたこんな何気ない出会いを求めてきっとレーに戻ってくると思う。
いい町だったよ、レー。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
インド
-
20年前の話ですがラダックに行きました マナーリーレーロードとレー
2004/07/06~
レー
-
CITY OF JOY カルカッタの街角詰め合わせ
2011/12/21~
コルカタ (カルカッタ)
-
インド一人旅 マザーハウスとカルカッタ
2011/12/21~
コルカタ (カルカッタ)
-
シェカワティ壁画の旅
2011/12/22~
その他の都市
-
インド スピティ 過去一いい旅してきた
2013/08/08~
カザ
-
そうだ、インドに行こう!デリー2泊3日でどこまでやれるか!?リーマンパッカーの弾丸女子旅
2018/05/05~
デリー
-
夫氏、初めてのインド出張(ver.行きたくない)アフマダバード出張記録
2023/06/29~
アーメダバード
-
インドの秘境ラダック 女一人旅 まとめ
2024/08/09~
レー
-
(インド女一人旅)どこまでやれるか!?1泊2日でデリーを遊び尽くす!
2024/08/09~
デリー
-
インド・ラダック一人旅1日目 絶景マウンテンフライトと高山病の話
2024/08/09~
レー
-
インド・ラダック一人旅2日目 スピトク散歩とストック村ショートトリップ
2024/08/09~
レー
-
インド ラダック一人旅3日目① ナムギャルツェモでお手軽3650mハイキング
2024/08/09~
レー
-
インド一人旅3日目② インダス川を渡りたい
2024/08/09~
その他の都市
-
インド・ラダック4日目① 上ラダック 小さく美しい村巡り
2024/08/09~
その他の都市
-
インド・ラダック一人旅4日目② シャンティストゥーパでサンセット(徒歩)
2024/08/09~
レー
-
インド ラダック いろいろなホテル巡り
2024/08/09~
レー
-
【インド ラダック】一人旅5日目① 隅から隅までレーを探検
2024/08/09~
レー
-
インド ラダック一人旅6日目 下ラダック シャムトレック並走路
2024/08/09~
レー
-
ラダック レー一人旅5日目② チャンスパ散歩
2024/08/09~
レー
-
インドの秘境ラダック一人旅 最終日
2024/08/09~
レー
-
【弾丸インド】【デリー トランジット】便利帳
2024/09/15~
デリー
-
【インド】デリートランジット6時間 アゴダ詐欺に狙われた話も。
2024/09/22~
デリー
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ インド
0
65