2013/08/08 - 2013/08/18
1位(同エリア3件中)
コロコロパッカーさん
- コロコロパッカーさんTOP
- 旅行記446冊
- クチコミ44件
- Q&A回答2件
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世界一周思い出日記中にちょっとブレイク。
ラダックに行った時に、ラダックと反対方向に「月の谷」と言われるスピティという場所があると聞きました。
どうやらシムラーからマナーリーまでサーキットしながらスピティをまわるルートがあるらしい、なんとかヒマーチャルプラデーシュ州立バスで行けるらしい、というわけで、世界一周が終わったあと、早くも2回目のインドです(笑)世界一周が終わった時のあの感傷すげー無駄だった。
10日目チャンディーガル観光、デリーへ
9日目マナーリー
8日目カザからマナーリーへ
7日目カザ・キッベル・キーゴンパ、ダンカルゴンパ
6日目ナコからカザへ
5日目スピテイ・ナコ
4日目レコンピオからナコまでバスの旅
3日目カルパ村散歩
2日目カルパ村散歩
2日目レコンピオからカルパへ。
1日目チャンティガルから、シムラー、シムラーからリコンピオまで、ローカルバスの旅
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2013年8月8日18:30ANA東京発(10万円)→8月9日0時頃デリー
リュック&スニーカーで出社しますよ!!
お昼に早退して成田へ。さすがにバックパックははじめて成田に送りましたが、高!!!3000円ぐらい??おかげで電車は節約(涙)マハラジャパッカーへの道は遠い。
インド到着後は、翌朝早い便でチャンティガルへ移動。
国内線の待合室は、出口出て右、エレベータを上がったところ。
そこにたどり着くまで警備のインド軍?の皆さんはとてもジェントルメンでした。
待合室にある長いすは満席でした(涙)朝までエアコンで冷え冷えの椅子で過ごす。
今考えてみると、ここがこの旅で一番寒かった!!!
8月9日 JET CONNECTという小さな飛行機7:30デリーを出発。
→8:30チャンディガル着→セクター22のマナーリー行きバスターミナルへ。
さぁ、インドの旅が始まります。
今回はマナーリーから時計周りでスピティ・キナウルを一周コルラしようとしていたので、まずはマナーリーに入らなければ!!そしてここでチケットを取るのです!!!
マナーリー行きのチケット(HP州立オーディナリーバス)の発売は、出発の30分前から。30分この人ごみの中を待ち、さぁチケット戦争始まったー!!!と思ったら速攻はじきだされたー!!!
横からカウンターに進入し、無理やり500RP札を出し、「マナーリー!!」
おっちゃんは表を一瞥し、一言。「・・・没有了。」
はぅ。
次のバスじゃマナーリー着が遅くなるし、多分今のバスにも乗れるだろうけど10時間近く席がないのも困る。
ボルボとかのいいバスもあるそうですが、乗り場も違うので今から探すと遅くなる。同じくチケットが取れなかった地元の男の子たちも困り顔でした。
そんな時聞こえたのが「シムラー・シムラー!」の呼び込みの声。
シムラーに行くと、今回のルートが間逆になってしまう。それでも順調に行けたほうがいい。
今から思うと、反対にしておけばなー!!!!ってことがこの後山盛り起こるのですが、このときはもう心はシムラー!チケットを買うと、運よくすぐに出発。
(え?マナーリーからコルラする予定だったの!?と旅行記読んで思いました。この短い間でこんな大幅なルート変更を決行するなんて、なんて向こう見ずだったんだ・・・)チャンディガル空港 (IXC) 空港
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そしてこれがヒマーチャルプラデシュ州立オーディナリーバス。こいつがダラムサラやマナーリーなど、HP州の各地を結んでいるローカル線。デリー行きなど長距離になると、州立でもデラックスバスがありますが、マイナーな所を結ぶ線は、たとえ10時間かかるルートだとしてもこのボロバスになるのです。
10:00頃バスは出発。一番後ろの席に乗り込む。
足元にはすでに多数の荷物。その中に私のバックパックも無理やり押し込むと、もう足の置き場無し。
ああ。マハラジャパッカーなのに、ノーチョイスでこれっす。
走り出して1時間もすると、山道に突入。デリーからだとわずか6時間の距離です。
これから先はずーっと山道!HP州は州のほぼ全土が山なのです。
途中デイリーストアなる売店で休憩。すでに山の中で眺めがいい。
となりのお母さんが、見ず知らずの女子学生にお金を渡し、子どもを連れていってこれで何か買ってきてくれないかとお願いしている。代わりに女の子は自分のバックを見てくれるように頼んで、小さな子どもの手を引っ張っていった。インドのこういう光景が好きです。
ちなみにその子どもは後半ずっと私の手腕の上に頭を乗せて寝ていました・・・
バスはどんどん標高を上げ。予定通り2時半ごろシムラー着。 -
チャンティーガルから走ること4時間半、14時ごろシムラー着。
バスターミナルで問い合わせたところ、次のレコンピオまでのバスが夜3便あるとのこと。
真ん中の20:30のバスに乗ることに。どうやら予約は3便中1本しかできないそう。
あと2本は確か18:00ごろと、22:00ごろ。レコンピオまでは10時間ということなので、20:30のバスでも到着が早すぎるほど。
そしてどのバスも普通バス・・・そう、あの、さっきのバス。
バスまでの時間、シムラーを散策。まずはローカルバスに乗り換えて、シムラーの中心へ。 -
シムラーはHP州の州都なので、けっこうな大きい。インド人観光客にも人気なので泊まるとしたら宿探しが大変そう。旅の計画中も、ここでの宿泊は避けたいと思っていた。とはいえ昔から名前を聞いている町だし、いい機会でした。
インド映画を見ていると、シムラーの上の繁華街なんかがよく出てくるんですよね、インド人にとってはまさに軽井沢みたいな土地。
ドイツ風のかわいい家もあるんです。シムラ ザ モール 市場
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今回のメインはスピティなどで、シムラーは端折ります。
このレトロなカフェが良かったです。給仕さんがターバンして、昔のコスプレしていて、外国人向けでなくて普通にインドの奥さんたちがやってくるカフェ。 -
シムラーのバスターミナルです。
シムラーからレコンピオン行きのバス(ボロ)に乗り、網棚にバックパックを押し込みます。
インドのオーディナリーバスは、客室の下に荷物入れるスペースが無く、網棚or屋根の上に荷物を置く仕組み。
以前バックパックを置く場所が無くて通路に置いて、ずっと踏まれ続けたりして学びました。
なので今回はできるだけ荷物を減らし、ぺっちゃんこにして来たのです。やったー、網棚に入った!
で、座席はというと、2席・3席の3席側。隣にはインド人婦人と子ども2人。子どもだから楽ショー!と思ったら、出発直前にでっかいおっさんがやってきて、自分もここに座るんだと。3人席に5人かよ。
子ども分のチケットを買っていないインド婦人に、おっちゃんも不快感を顕にしていました。2人は無いよな~(あきらめのため息。)
走り出すと、窓際に座っている息子さんと婦人と、婦人に抱えられた娘がうとうと・・・
婦人の肘は突き刺さってくるわ、娘の頭が垂れてくるわで、もう大変でした。
ちょっと横にずれてもらおうとすると、婦人と窓に挟まれた息子がつぶれそうになって『うっ!!』とうなり、ごめんなさい!!!
でも、ずれてもらわないと、反対側のおっちゃんが落ちちゃうよー。(手すりないから)
前回の旅でHP州のバスに乗ったとき、夜間に乗客が椅子からごろんごろん落ちていました。
だから私はおっちゃんを守ってやりたかったのです。
しかしおっちゃん、何がすごいって、どんなに落ちそうになっても、実際落ちても、ぜんぜん私たちの方にプレッシャーをかけてこないんです!できた人だぜ。
走り出して3時間ほどのドライブインで、婦人が焼きとうもろこしを買って、その30分後ゲロってました。インドあるある。
深夜1時ごろになると、隣の親子をはじめ、半分以上の乗客が降りていきました。
寂しい車内・・・
バスは途中一瞬平地っぽいところを走っていたような気がしますが、深夜2時ごろをすぎて目が覚めると、そこは絶壁を切り崩した悪路!!!舗装も終わっていて、やがて浮かび上がる要塞のように巨大な発電所!!!
オレンジのライトに浮かびだされ、めちゃくちゃ怖かった。要塞も怖いし、すごい断崖絶壁にいる今も怖い!!
(どうやら、シムラーからレコンピオまでの道中で、巨大な発電施設が2個あるんだそう。巨大ダムも見ました。)
暗がりでよく見えないけど、緑の山並みが、目が覚めたら裸の岩山に変わっていたのです。いよいよヒマラヤ!?スピティ!?
4時頃になると、バスに残る乗客もあとわずか。
右側すぐに川があり、軍事施設らしきものも多かったような・・・
何がすごいって、地元民。
真っ暗な道で、一体何を目印に下車していくんだろう!?
時間??
建物の前で下車するならまだ分かるが、本当に何にもない場所で降りていったり、何にもないところを走り出して15分ぐらいして、『○○すぎちゃったの!?まじで!?』みたいな感じであわてて降りていく人とかいて、こんな夜中に歩いて戻るの!?謎すぎるインド。
5:00頃、外が明るくなってきて、バスは最後の登りに入ります。
そこからやっと舗装で、家の光りも見え出しすごく安心しました。
なんせ、ここ数時間、道沿いの軍事施設か発電所以外、家っぽいのがほとんど無かったから・・・山の奥のほうまで漏れる明かりを見て、やっと町らしいところに来たのだと実感。
九十九折の山道の反対側に、うっすら見えてきたキナウルの山並み。どうやら雪も残っているみたい!
やったー!!ヒマラヤエリアに突入!
最後まで残った乗客は3人でした。
ほぼ定刻の5:30着。おっちゃんとインド婦人に左右をがっちり挟まれていたせいか、結構よく寝ました。
ノンリクライニングなのに。
レコンピオのバス停はすごく小さいので何もない!この時間のバスにして良かったー・・・
ひんやりとした空気の中、外が明るくなるのを待って中心地へ。
中心地へは、バス停の横のショートカットを行けばいいのですが、シムラーに戻る民間バスのご好意で、ただで乗せてもらっちゃいました。山の人親切。
日本を出て、かれこれ40時間。まさかのルート変更と連続移動で、とりあえず無事スピティまでの道のりの半分までは来られました。
この先どこまで行けるかとても心配です・・・ -
8月9日
レコンピオの町に来ました。写真で見たときからこのあたりはいいところだろうと思っていた場所。
道沿いのゲストハウスの人がすごいいい人で、ロードパミットの取り方を丁寧に教えてくれた。
やっぱり第2土曜である今日は休みの上、今日は祝日ということもあり、どちらにしても休みだったそう。
バス停と違うほうに向かっていく私をわざわざ追いかけてきて、正しい道を教えてもらった。山の人いい人。
朝7時、まだどこのレストランもやっていないかなぁと思ってうろうろしてたら、鍵の開いているレストラン発見。
中に入ると2人の若い男の子が開店準備中でした。英語がほとんど話せないけど、せっせと仕事してるところが好印象。山の人、働き者。
とりあえず、お約束の一杯。この旅最初のチャイ。
この一杯のために仕事してる。観光案内所 (レコン ピオ) 散歩・街歩き
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こんな場所で頂きました!うまい!
雲の切れ間に出てきた高い山、これはきっと、うわさのキナウルカイラス!!標高は6000m以上らしい。
見えている部分はキナウルカイラスの北斜面だということなので、雪が残ってます。 -
ヒマラヤエリアに入ったら、まずはモモ。手作り蒸餃子。
チベット文化圏といえば、これなのです。山とチャイとモモがあればほかに何もいらないわー。
この先の通行許可(インナーパーミット)を取得できる月曜日まで、のんびりした山の中の村、カルパに行くことにした。
カルパへはローカルバスでも行けるということだが、泊まりたいホテルアップルパイが山の上のややわかりにくい場所にあるということで、タクシーで行くことに。
日本円で言うとタクシーの初乗りぐらいで、乗車時間は20分程度だったかと思う。
レコンピオのバス停の上をさらにさらに登っていくと、さっき見えていたキナウルカイラス連峰がどんどん近づいていく。一番近く!と感じるのは、カルパまでの道のややレコンピオ寄りのあたりで、松林に囲まれた静かなエリア。標高もカルパほど高くないので、一番近くで山を見上げる感じ。
さらに登って山が目線の高さになってくると、そこはもうカルパ。
ホテルの場所が分かりにくく、タクシーのドライバーさんが何回も人に道を聞いてくれてやっと到着。
けっこうがんばってくれたこの好青年、万が一次のナコ行きのバスに乗れなかったときのために、一応名刺をもらっておいた。ナコまで4000ルピー・・・ -
レコンピオには滞在せず、カルパに行ったのはApple Pie Hotelに滞在するため。
インターネットで見て居心地いいらしいと聞いたためです。
なんせカルパには月曜まで2泊もしなくちゃいけないんだから、いごこちのいいホテルがいい!カルパ 散歩・街歩き
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どーーーん!!!
絶景付きのマハラジャルームなのです!
このホテル、HPで見たときは三ツ星のシェフがいるとのことでしたが、食べた限り退職されていました。 -
朝8時、もう寝たい。でも身の回りのものを買わねば。
ということで、散歩に出かけました。
宿を出たとたん、どこかの家のワンコさんに出会い、一緒に行くというのでついて来てもらいました。
ワンコさんとの散歩道はこちら。
ここに来るまで岩山だったのに、ここは緑の楽園。
ここは2900mほどの場所なのに、こんなに豊かな緑があります。
たぶん村中を流れる雪解け水のおかげかな。
ユーカリの木の合間に、りんごやアンズ、すももの木。うわー、桃源郷みたい。
ワンコさん、さっき会ったばかりだけど、もう呼べば来ます。 -
下に見えるのがカルパの中心。ヒンドゥ寺院とチベット寺があります。
ショートカットと呼ばれる川沿いの道を降りて行ったら、下の町まで出ました。
足場がちょっと悪かったから、ワンコさんが先頭に立って様子を見ながら進んでいってくれました。
ワンコさんは、これより先は立ち寄り禁止。
多分テリトリー外みたい。ここまでありがとう。 -
水汲み場で会ったおじいちゃんと孫。すごいフレンドリー。山のふもとで一緒にビスケット食べた。
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村の人が使うショートカットから、宿に戻る。
瓦と屋根の形が特徴的なカルパのお屋敷。あんずいっぱい。
本日は移動疲れもあり、早めに帰って就寝。 -
8月10日
カルパ2日目の朝が来たー!ご来光ご来光。カメラ持ってベランダへ!
キナウルカイラスもくっきり見えました! -
アップルパイホテルと同じ道沿いに、ロンプラに乗ってたホテルキナウルヴィラを発見しました。
カルパではかなりいいホテルということで、せっかくなのでお部屋を見せてもらいました。
2階の角にすてきなサンルームがあって、秋や春に、ここでのんびり紅茶が飲みたい!
写真は雇われマネージャーのアミール氏。
家族をデリーに残し、毎年春から秋までここカルパで出稼ぎ中。
デリーから、チャンディーガル・シムラーを経由しここまで毎年往復しているそう。
私の使ったぼろバスではなく、シムラーあたりから乗り合いタクシーで来るのが地元ビジネスマンのスマートな移動方法なんだそう。
今年は雨のため、7月にシムラーからレコンピオまでの道が寸断され、日本人団体客ら数十部屋分の予約がキャンセルになったんだそう。とてもがっかりしていました。
後ろの松の木がこのホテルの目印。
実りの秋には、ここカルパで大きなお祭りがあるそうで、インド各地から観光客が押し寄せるんだそう。
小一時間あれこれと話を伺い、この先の道路情報をバス停に問い合わせてくれたり(カザまでの道は無事だそう!)タクシーチャーターの場合の値段など、あれこれ親切に教えてくれた上、オーダーしたチャイをおごってくれました。
そんなカルパの出稼ぎお父さん・アミールさんより、「カルパにお越しの際はぜひ当ホテルキナウルビラへ。」 -
石壁や木の家は、ヒマラヤらしい光景。どこかでありそうで、でも、独特のキナウルスタイル。
路上で作業している女の人たちに呼ばれて話してみたら、どうやら彼女たちは遠くネパールからやってきた出稼ぎ労働者で、石組みの家は彼女たちの住まいなんだそう。
頭にかけたたすきの先に石を乗せ、丘の上に運ぶ仕事。トラックがあったら一瞬で終わってしまうだろうに。。。 -
散歩途中にあった3兄弟のお兄ちゃんと、また会った。
『また会ったね』と日本語で声をかけたら、その響きが覚えやすかったのか、友達とずーっと『マタアッタ・マタアッタ』とリピートしていました^^;
私の名前をマタアッタさんだと思っているのかもしれない。。。。
兄弟といるときより、気の合う友達と一緒にいる時のほうが楽しそう^^ -
インド4日目。8月21日月曜日。5時半起床。
洗濯物乾かず、山は真っ白。
7時チェックアウト。
今日は午前中にロードパーミッション(インナーパーミット)を取得し、12時のナコ行きのバスに乗りたいのです。
バックパックを担いでカルパのバス停へ。すごく早く起きたのに、バスがなかなか来ず、タクシーもいないし村人がまた適当なことを言う。1時間だとか、9時にはとか・・・ちょっと困った。ブルールータスの子(昨日おとといと世話になった)に、どうしようか相談。8時半には来るよっていうけど、ほんまかいな。時間まではあてにならないけど、来ないという地元民情報は案外当たるので、そのままブルールータスで朝ごはん。
トースト4枚は移動前に重いから2枚にしてと言ったらだめだった。どうしてかというと、注文があってからパン1斤を購入するから。パンにはバターが塗られていて、卵焼きを載せるとそれだけでとてもおいしかった。
取り合えず言われた通りバス停に行ったら、本当に8時半に来た!村人スゲー。
待っている間に町の子どもたちの通学風景を見た。
みんな両親に手を引かれ、温かそうなチョッキを着てリュックを背負って、髪の毛もきっちり整えられていた。
学校は色々あるみたいで、みんなそれぞれスクールバスに乗り込んでいく。
この村のインド人は比較的豊かな生活なのかな?と思った。
バスでレコンピオに行く道はまさに絶景!キナウルカイラス連峰にギリギリまで近づく感じがたまらない。
特に松林の中のINNER TUKPAという宿のあたりが一番山が近くに見える。
レコンピオに戻り、バス停横にあるホテルの人にパーミットの申請場所を聞く。
ホテルの人は旅行者が知りたいことを何でも知っているからすごい。
そして最近、いい情報を教えてもらっているところをかかってきた携帯に遮られてイラっとすることが多い!
どこの国も携帯が大普及してるからねぇ・・・しかしアジアの人はよくしゃべるな。
なんでそんな話すことあるのってぐらい年中携帯使ってるし。。。
バス停とそのホテルの間にショートカットがあって、松林の中を下ると町に出る。
道中学校があり、通学途中の学生とすれ違う。みんなショートカットを上りながら通学しているらしい。
その先が軍の施設で、そこを超えればレコンピオの町。
町の人に聞けば、目的のSDCオフィスの場所を教えてくれる。 -
役所の隣の広場の、さらに先にある旅行会社(ツーリストINFOと言うが、実際は民間の旅行会社っぽい。)でインナーパーミットの申請用紙を記入。
私のほかに欧米人のサイクリスト・ライダー・団体旅行者・それにイスラエル人の若者グループなど総勢20名程度。
私とサイクリストは10時前に1番乗りで申請書を記入。でも全員分の申請書が揃うまではオフィスにいけない。
全員が揃ったら、隣の市役所的な場所に行って、旅行会社にいたおじさんがカウンターの中に入って手続きを行う。ここでは一人づつ呼ばれて写真を撮り、情報を入力するのがメイン。
旅行会社の人に乗りたいバスの時間を伝えていたため、私は1番乗りで手続きをしてもらえた。
が、これで終わりではなく、またまた全員分の手続きが終わるまで待たされ、さらに11時に全員がオフィスに呼ばれ、偉い人にサインをもらったら終わり。これで済むならバスには間に合う。
おじさん、おばさんたちがかぶっている帽子がキナウル人の証、キナウル帽。 -
11時半、ギリギリにバス停到着。んで、これが今日5時間お世話になるバス。またしても普通バス(涙)。
チケットナンバーを見ると3番。ぶつかったら死ぬな。
荷物棚はなく、運転手のおじさんのシュラフとか、みなさんのぼろぼろの荷物とともに私のバックパックもエンジンの上に。中に入っている半乾きの洗濯物が蒸しあがっちゃうよ。
レコンピオからナコまでのバスは日に2便あって、1つは朝一便。このバスはさらに先のカザまで一日で走りきる長距離バス。そしてもう一つが今日乗る12時発、ナコ止まり。
まずはキナウルの谷沿いにレコンピオの山を降り、シムラーからの分岐点まで戻る。ここまでは森の中の舗装された道なのでまずまず快適。 -
恐ろしいのが山を降りて未舗装路に入ってから。スピティキナウル1周の旅の中でも一番怖かった、
未舗装・断崖絶壁・ボコボコ・埃まみれ・がけ崩れの5拍子揃った完全なる悪路!
右の谷には濁流、前方はダイナマイトでぶっこわして作った道。こんなの、パキスタンの秘境カラーシュ谷以来。
前にトラックがいると砂埃がすごいんだこれが。スピードも出ないし。埃すごいから窓を閉めるんだけど、それでも埃が舞う車内。エンジンの熱が車内を熱くするし、山のようにいるハエが逃げ場を失って大騒ぎするし(笑)
不快っちゃ不快だけど、まれに見る悪路すぎてなんだか笑っちゃう。
一つ谷を走りぬくと、やがて舗装路に。舗装路に入るとすぐに長い橋があり、その先にチェックポスト。
ここでさっき取ったインナーパーミットのチェック。
さっきオフィスで申請した人たちもみんなここでチェック中だった。ほかの人はジープをチャーターしているんだけど、悪路のせいで進むスピードはバスと同じだったみたい。
年配の欧米人夫婦は、アップルパイホテルで隣だった人たち。ジープチャーターするぐらいの余裕があっても、宿は1500円ぐらいの宿。しかしその宿は絶景!こういうバランス感覚が遊び上手だと思う。
さすがに私の乗っているぼろバスには絶句してましたが(笑)若いから(?)大丈夫ですと答えて別れる。 -
ナウシカが飛んできそうだな。
このあたりが、カザまで100キロ、タボまで60キロの地点。
レコンピオからカザまでいく人にとっては、まだ半分も来ていない。
木がぜんぜんない。高山植物がちらほら見られるだけ。一体何メートルだろう?
3000メートルは超えているはず。
プーのあたりは中国との国境まで10キロもないみたい。。
川沿いの舗装路もすぐに終わり、再び崖の道へ。
POHぐらいまでは緑も多いけど、その先はまた崖に囲まれた悪路。
スピティ川に沿ってバスは進み、ナコに近づく1時間ほど前あたりからバスが標高を上げていきます。
このあたりで初めてチベット顔の親子がバスに乗り込んできた。
木のない山に作られた九十九折の道を上がっていく。
いろは坂のように数百メートルで折れるんじゃなくて、一辺が1キロぐらいある九十九折。
なんかとっても悠長な感じ。 -
やがて荒地に現れたのは斜面を利用した段々畑。
8月中旬というのに、もう晩秋のような畑。厳しい気候を物語っています。
チベットは基本高原の中の平地に村があったけど、ここもラダックと同じく、山ばかりの地形。
この厳しい環境でも人々は工夫してなんとか暮らしている。早くも感動。
畑や谷の景色に見とれていたら、突然バスが止まって『ナコだ』と声をかけられる。
レオのような場所を想像していただけに、『???』という感じ。
気付いたら乗客は5人ぐらいだし、日もくれかけているし、不安な気持ちで外に出る。 -
レコンピオから5時間、ナコの村まで歩きだします。
バスの運転手と車掌はここでひっそりと夜を越すらしい。発車前に積み込んでいたシュラフはそういうことだったのか。
運転手さんと車掌さんは、明日はナコで人を拾ってレコンピオに帰るのかな。
いつも思うけど、車掌と運転手の人間関係が悪いと結構最悪だな。
くっちゃべるのはいいけど断崖絶壁で話しかけないでほしいわ。しかも返事がないと回答を求める車掌。
ヒマーチャルプラデシュと書かれたバスと、何台かのトラックが停車しているが、売店の一つもなくとても寂しい。
ナコの村自体はチベット風でも、場所としてはキナウルのはずれ。
幹線道路上にあるとはいえ、スピティ一周の旅の中では辺境の村。
スピティの入り口となる場所。
風の音さえ聞こえないほどの静けさ。
多分空気もとても薄い。本によると標高2900メートルとのことだけど、木々がなく緑も少ないので、息が切れてしまう。
時折畑の中で村人が枯れ草を束ねる音が聞こえるくらい。
村の周りは広く開墾されていた。道の左右、どちらもかなり向こうのほうまで畑にされていた。
もとはあの荒涼とした山肌だったかと思うとすごい。 -
ナコについてから軽く高山病になったらしく、頭痛がした。
新陳代謝をよくすべく、しょうがと砂糖を入れたマサラチャイを2杯ガブ飲みして水分チャージ。。
チャージするかとおもいきや、朝から何も飲んでいないので全部体が吸収していった。
水分の未摂取は高山病の原因だけども、トイレ休憩ないから。。。
夕暮れまで時間があったので、ちょっと村を散策。
日本語を話すおじさんのところにいた少年。かっこいいねー。
翌日、この格好のまま車で畑に出勤していって、夕方藁をたくさん背負って歩いているところを見た。
こんなに小さくても、家族の中では一人前の働き手。 -
村の裏を走る車道を歩くと、さっき通ってきた巨大な谷が見渡せる。
木がひとつもない不思議な光景。 -
人懐っこい女の子。お花くれるの??
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さっき会った女の子と子どもたち。元気!
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やがて日が暮れ、畑に出ていた村人が家路に急ぎます。
あのどんよりした天気にかかわらず、夕焼けはとてもきれいだった。 -
泊まったお宿はこちら。シンプルだけど、ちゃんとお掃除されていて快適でした。布団もたくさんあるし。
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インド5日目 8月13日 6時起床、チベットブレットをオーダー。
今日は、昼にナコを通過するバスに乗ってカザに向かう予定。
ご飯を食べていたら、宿の人から道路が壊れたという情報を聞いた。 -
バスが通るとか、通らないとか、復旧するとかしないとか、情報は錯綜するばかり。。。とりあえず何もできないので散策に出掛ける事にした。
写真はチベット風のナコの家並み。村は土壁や石垣、枝や枯れ草で作られていて本当に素朴。
途中で通りかかったホテルのスタッフに道路状況を聞くと、13:00には開くとのこと。一体何情報だか分からないけど。
簡易ソーラーが立っているので、電力はある。 -
ストーキングされてます。
どうやら私のカメラのストラップをオカンと勘違いしているようで、めっちゃ近くですんすかされました。
こんなに牛が接近してきたのははじめてだ。ぜんぜん逃げないし、人を怖がっていなかった。 -
ナコを見渡す展望スポットにも登りました。
-
崖崩れはどうなったか。
バスの時間は12時だか13時で、マウンテンをクライミングすれば対岸にバスが来ているよ、という宿情報。
宿の人に頼み、車を持っている人を探してもらってそこまで連れていってもらうことにした。
この村にはタクシーなんてないし、たとえ次の村でもそこに向かう車を見つけるのは難しい。。。今知った。
崖崩れの現場はナコから5キロほどの場所。
あとで聞いたらここは今年になって慢性的に崩れているところらしい。
カルパのアミールさんも、まだここが崩れたままだと思って「カザには行けない」と言っていたみたい。
やっと直ったと思ったら運悪く昨日再度崖崩れが起きてしまった。
以前から継続して工事していたから、待機していた重機がすぐ対応できたのが不幸中の幸い。 -
工事現場の労働者の様子を見ていると、渡れないのはほんの数十メートル。
あとちょっと待ったらなんとかなりそうな気がする。
カザでの滞在日数を1日減らせば、もう1日は待てる。
そんなことを考えながら、これまた先に進めず困っているおっさんたちと、ぼーっと工事の様子を見物。
轟音を立て、豪快に瓦礫を谷底に落としていく。二次災害という観念がこの場所にはないのだろうか。。。
ちょうどそこへ宿の女の子がやってきた。
明日どうしてもダボに行かなければならず、様子を見にきたらしい。
地元民の彼女は、明日も復旧はしないだろうと言っている。
明日もダメなら彼女とお母さんも山を登るらしい。
とりあえず、今日は彼女の乗ってきた車に乗せてもらいナコまで戻ってもう1泊することにした。
宿の女の子いわく、『マイアンクル』の軽自動車に乗せてもらい、一路ナコへ戻る。
このあたりではタクシーがないので、持ってる人が助ける慣わしのよう。
帰り際にリコンピオからやってきたバスとすれ違った。今日は来ないって言ったのに。村人の言うことはみんな主観すぎて困る。
きっとあのバスの人たちはあの現場まで行って山を登って、さらに対岸で待つバスに乗るんだろうな。 -
村に戻ると、チェックアウトした部屋にもう一度チェックイン。もう掃除が済んでいてちょっと申し訳ない。
お昼ご飯を食べに、ちょっと高そうなホテルに行ってみた。欧米からの団体客が皆レコンピオに引き返してしまったので、宿の人たちはとても暇そうだった。
お花がすごくきれいで褒めたら、春にスタッフがこの地に戻ってきたら、真っ先にお花を植えるんだと教えてくれた。素敵。 -
宿の人たちによると、みんな出稼ぎだそう。
そのうち一人の若者は、ある日地元のダラムサラにオーナーがやってきて、そこでオファーを受けたんだそう。
ダラムサラにも宿がいっぱいあるけど、こことは給料がだいぶ違うんだそう。
へーへーへー。こんな山奥だけど、宿の単価は確かにダラムサラの5倍ぐらいあるからかなー。
ダラムサラしか知らない青年が、はるばるバスを乗り継いでここまで来るって、どんな気持ちなんだろう?
『特に何も思わなかった』と言うけれど、すごいことよ??
ダラムサラからマナーリーまで一晩、マナーリーからシムラーまで一日、シムラーからレコンピオまで一晩、レコンピオからここまで半日。景色はダラムサラとは180度違う月の世界だし、標高は上がるし、民家はないし。
携帯が繋がるから問題ないらしい。平成生まれは強いなー。
秋には故郷に帰り、ここに来るのは今シーズンで2年目なんだそう。
カシミーリーのようなエキゾチックな目の色だったけど生粋のインド人だそうで、兄弟はたった3人!インドの方は兄弟が多いと思ったと言ったら、10人兄弟なんて信じられないと言っていた。 -
イチオシ
なんの画像処理もしていない状態。これがヒマラヤの空。この空が見たくて、ヒマラヤに通い続けている。
さ、明日はもしかしたら登山かも。いらないものをぜんぶ捨ててお休みなさい。 -
朝になっても道が通れるという情報はなく、仕方がないので登山覚悟で宿の女の子やイスラエリーたちと現場まで向かう。
現場に向かうと、すでにやってきた村人たちが昨日の作業現場のすぐそばで待機している様子。
運がいいことに、少し待てばなんとか通行ができそうなくらい道は回復している。
登り口の前にある祠にお参り。無事渡れますように。
まずは、とりあえず現場へ。
重機の場所はすでに通行可。インド軍、住民、ダンボールに入った鶏さんたちと、30分ほどこの場に待機。 -
いよいよ現場です。
渡れるようになったとはいえ、横を向いてじゃないと通れないほどぎりぎりの広さ。
てか、ほぼ斜めですね。 -
まずは対岸のインド軍の大きな荷物をバケツリレーで渡す。
その後やっと人が通過。こちら側のインド軍と握手を交わしていた。
次はいよいよ私たちだ。 -
みんながひょいひょい渡ってくるので平気かと思っていたけど、実際の足場は〔ポロポロ〕。
足の半分ぐらいしか乗らないほどのスペースで、体をがけにくっつけてそろりと左足を出す。
あまりにもがけにくっつくきすぎて頭ががんがんぶつかるけど気にしてられない。
最後の一歩の足場がほぼ無いような状態で、生まれて初めて足がすくんでしまった。
だめかも!!!!
と、その時に差し出されたのはいかついインド軍のおっさんの手!!
「カモン!!!」
おっちゃんの手を思いっきり掴んで、ぐぐぐと力をかけて最後の一歩を踏み出した。
軍人さんはまったく動じず逆に私を反対側まで引っ張ってくれた。、
命を懸けて人民を守るインド軍、軍人のかがみだ。 -
続く宿の子やイスラエリーたちはみんな荷物をバケツリレーしてもらい、こちらもインド軍の助けを借りて無事渡りきった。
渡りきった先になぜか「THANK YOU」と書かれた標識があり、この時ほど心からサンキューと思えたことはなかった。ラエリーも手を合わせて、こちらこそサンキューのポーズで写真撮影。
思わず対岸の祠に向かって手を合わせたら、宿の女の子に笑われてしまった。
そういう彼女も渡りきるや否や母親に電話して、無事渡りきったことを報告していた。 -
こうして無事に対岸に渡りきったのは12時。
対岸のバスが来る時間ですがバスはいずこへ?
「3時まで来ないよ。」
まーじーでー。標高3900mで3時間ですか。
日差しも強いし、座る場所もろくにないし。
しかし待つしかないのです。
こうして旅人は忍耐強さを学ぶ。もう十分てほど学んだ!
めったに旅をしないであろうインド人は切れて大金払って次の町まで移動していった(ものの、結局その町から私たちのバスに合流。)
ここからが地獄だった。昨日あまり寝ていないせいか、高山病のような症状が出てきた。
水を飲みたいけど、カザまでは5時間の道のり、そうそう水分が取れないし、そもそも登山に備えて最低限の水しか持っていない。
朝から何も口にしていないし。
途方に暮れていたら、デンマークからお越しのデイビットさんに話しかけれら、雑談をして過ごす。
デイビットさんはイギリス人とのハーフで、苦手のイギリスネイティブスピーカーだったけど、とても物腰が柔らかく分かりやすい言葉で話してくれたおかげで気楽に話すことができた。
ちなみにバスの出発が遅れたのは、レコンピオからのバスが遅れていたかららしい。
宿の子がお母さんからの電話で確認をとってくれた。
ついでに「前の席は空いているからそこに移動したほうがいい」というアドバイスも。
シムラーから思っていたのだが、こちらの人はバスの座席に妙に神経質。
女の子にもらったチョコレートクッキーがとってもとってもおいしくて、2個も食べてしまった。
それがこの日食べた唯一のもの。
レコンピオからのバスが来て、乗客が渡りきったところでやっとバスはカザに向けて出発。
しばらくは上がりきった標高を下げていくつづら道。
スピティ渓谷を見下ろしながらの旅。
緑の木々が美しいチャンゴの村を越えると、バスはスピティ川沿いの崖の道を進む。
ナコに行く途中のような道。
このあたりからだいぶグロッキー。
ゲロゲロの身をおして向かったチェックポストはお留守中。。。チェックポストの意味ないやん。
途中何もない小さな村で休憩。
宿の女の子とデイビットさんはよっぽどおなかがすいていたらしく、超ぼろくて汚い食堂でご飯を食べていた。
ハエだらけで薄暗くて、若者たちはみなマージャンみたいなゲームをしていて、なんだかとても陰気くさい村だった。チャンゴのようなさわやかなところで止まってほしかったな。
バスは再び動き出し、スピティ川に沿って北上。やがて進路が西に変わると、タボはもうすぐ。
崖沿いの道もだいぶきれいに舗装されていて、このあたりの道が崩れることは稀なのだそう。
ナコまでは大変だったけど、確かにナコからここまでの道はあまり危険な場所が無い。
だから冬でもこちら回りならカザに入れるのだそう。
川から離れてまっすぐな道に入ったころ、タボに到着。
宿の女の子のお父さんがバス停まで迎えにきていて、それはそれはうれしそうに飛びついていた。 -
スピティ川の両側は山で囲まれている。このわずかな土地に人々が住み着いて、カザやタボがある。
タボから数時間で植樹をしている地区に入り、そうかと思ったらカザ到着。
カザのバスターミナル。バスが4台ほど止まれそう。
バススタンドの周りがすぐにマーケットになっていて、久しぶりにたくさんの人や色々な商品を見た気分になった。ここは都会だ。
がしかし、なんか暗い。商店は電気じゃなくろうそくを灯している。
宿の人によるとここ2週間来てないんだそう。ナコのほうがぜんぜんインフラ整ってる!?
すごい疲れていて激しい頭痛に襲われていたので、大してチェックもしないで汚い宿にチェックイン。
あとで記帳しに行くからと宿のお兄ちゃんに言い残し、そのまま倒れこむようにベットに横になり寝てしまった。
こうして憎きダニにやられること30箇所・・・毎晩欠かさず使っていた虫除け、昨日捨てちゃったんだよね・・・
11月の今もあいつの跡が消えません(涙) -
7日目です。
グッドモーニング スピディ!!!
・・・かゆい。
体調はまだ万全ではないものの、カザ滞在はこの1日のみなので、観光をして、明日の移動の手配をして、やることはいっぱい。
何より早くこの薄暗くてダニだらけのホテルを出たい!!!
服は昨日のまま、顔も洗わず(洗いたくても水が出ない!!)とりあえず朝ごはんと宿を探しに外に出た。
最初はまだ高地に体が慣れず息苦しくてたまらなかったけど、軽度の高山病には多少の運動が必要なので、ゆっくり1時間ほど散歩。歩くうちに体はずいぶん慣れたて、カザの見物も終わった。カザは、レーと比べるとお土産屋さんもホテルも全然少ない。 -
残念ながら天気は写真のような曇天模様。
太陽のラダック、月のスピティといわれるゆえんはこれか。
カザの旧市街を進むと新市街に入る。
新市街は実に人工的。レーの裏手に広がるおとぎ話のような集落はない。
朝ごはんがおいしいという、郊外のホテルでまず顔と手を洗う。最後に洗ったのは昨日のいつ???
出してもらった紅茶に思いっきり砂糖入れて一気飲み。最後に食べたのは昨日のいつ??
まだかすかに頭も痛く、体に水分を入れたくて一気に2杯も飲んでしまった。
出てきた食事は普通なのに、2日ぶりの食事なのでとにかくおいしかった。
食べてる時、FB上でスピティについて問い合わせていた旅行会社のララさんに会った。
たまたま話しかけられ、『私はララだ』と自己紹介をされたので気付いたけど、そうでもしなかったら絶対気付かなかったなー。すごい偶然。(あとでもう1回FB見たら、顔もばっちりララさんだった!)
偶然の出会いを記念して、朝ごはん代をおごってくれた。
ララさんはスピティに関する某ブログにも登場していて、FB上で何度か道路状況やパーミットなど質問を受け付けてくれた人。レスが早くてとても助かった。
現在は旅行会社のマネージャーのようなポジションで、ガイドには出ていないようですが、日本にいるときに色々助けてくれたし、FB上で世界中の旅人と交流していることから信用もおけたので、今日のスピティ観光用のジープの手配を依頼することにした。
相場とちょっとだけ高いようだったけど、数百円なので信用料。
手配したジープが旧市街の宿まで運んでくれた。ラッキー。
ジープを待たせて宿チャンジ。 -
宿替えしたのは、こちら。結局バス停から一番近いマンダラにした。
まぁまぁきれいで明るくて値段も悪くない。ホテルの人が実にテンポよく話てくれるのも良かった。なんというか・・・質問に対し的確かつ率直で、無駄のない話し方というか。
ララさんも、『あそこならまぁ問題ないだろう』とのご意見。
何がいいって、水が出る。
ちなみに今夜も電気はない。
マナーリーまでの車は、宿にたむろしていた人たちが『テンジンだ、テンジンがいい!』とお勧めしてくれたので、テンジンさんにお願いすることにした。
たぶんチベットエリアの何十パーセントかがテンジンさんだと思うけど、一応ご紹介しておきます。テンジンさんです。
翌日の日記で紹介しますが、間違いなく凄腕ドライバー。 -
イチオシ
まず向かったのはダンカルゴンパ。
九十九折の道を何度も行ったりきたりしながら登りきったところにある。
下の幹線道路からは全然見えなかった。。。。
だからこそ今でもその姿が残っているのかもしれない。
いつまででも見ていたい美しさ
ゴンパの周りはとても広い耕地になっていて、段々畑はずっと下の川岸まで続いていた。
ナウシカが飛んできそうだね!ダンカル ゴンパ 建造物
-
ゴンパが見えてきた。
ゴンパは誰でも立ち入り可能。
ここのお坊さんは山ファッションで、NORTH FACEのベストとトレッキングハットを愛用しているようだった。
久しぶりのチベットゴンパ、狭い部屋に怖い顔の仏様が鎮座しており迫力満点。
チベット仏教はあまりよく分からないが、同じ仏教でもミャンマーのお寺の雰囲気とは間逆。
厳しい自然環境と、チベットが置かれている状況がこのように神妙な空気をもたらすのかもしれない。 -
スピティ川と分かれて流れている川の方にいくと、スピディの行き止まり、ムドがあるんだそう。
ここから見ていると、この先に村があるなんて本当に信じられないんだけど、そもそもスピティ自体がそういう山の奥の奥にあるのだから、全くスピティ人はすごい。
なんでもムドから西に向け抜けるトレッキングルートもあるんだとか。
何年か前まではきちんとした道がなかったらしい。
道が出来てから急激に観光客が 増えたらしいけど、ひとたび道が崩れれば観光客の往来も途絶え、観光で一旗上げようとしていた住民の収入も途絶えてしまうのだとか・・・
ここからムドまでは3時間程度。1日1本のバスがあるのだそう。 -
私の好きな夏のラダックの景色、スピティにもありました。
短い夏、静かな山間で農民が畑仕事にいそしむ。秋はもうすぐそこ。
冬はここから見える緑が全て枯れ果てて、茶色だけの世界になる。
夏のヒマラヤの景色がとても好きで短い夏を選んで旅をしてきたけれど、1年の3分の2は茶色で覆われた世界で、多分それが本当のヒマラヤなんだと思う。
いつか冬のヒマラヤにもいかなければね。 -
カザとタボを結ぶ幹線道路の対岸には時々写真のような村がある。どうやって行くんだろう??
ダンカルの近くには、川をわたる渡しロープ(?)のようなものがあり、本気で人が使っていたのを見た。。。
スピティ川もこれだけ広いと橋を作るのも難儀なんだろうなぁ。 -
来た道を戻り、続いてカザの西にあるキー&キッペルに向かう。
バスのときは気付かなかったが、道はボコボコ。
スプリングの効いていないジープより、州立バスのほうが乗り心地がいいことが分かった。 -
通行人に注意。家畜も夏の間にフレッシュな草をたくさん食べておかないといけません。
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キーの村のふもと。緑の畑が広がっている。対岸にも村がある。
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要塞のようなキーゴンパ。数年前にダライラマもやってきた由緒正しきゴンパ。
ここでスピティで初めて一人旅の日本人女性に会った。彼女によると中でお茶とお茶菓子を振舞ってもらったとのこと。
そのお茶はバター茶ではなくてとてもおいしかったと言っていたので、私も呼ばれてみた。
お坊さんに案内されたのは、ゴンパの台所らしき場所。
大きな鍋などがたくさんかかっていて、天井はとても広く薄暗いが、たくさんのお坊さんがその中でカタを切り分けて小さなこよりを作っている途中だった。
ちょうど明日からこの地区の大きなお祭りで、その供物だと思われるお貸しの山を参拝者に振舞っていた。
大きなお盆に山盛りのビスケットやキャンディ、インド風の金平糖など・・・
外国人の観光客も土地の人もみんな両手にいっぱいのお菓子を受け取っていた。
みんな最初は困惑するけど、すぐにとてもうれしそうな顔をする。
小さい頃山盛りのお菓子をもらってうれしかった記憶を思い出したかのよう。キー ゴンパ 建造物
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お茶はインドのハーバルティ(チャイのミルク無しのようなもの)。
チベットと言えばバター茶のじゃないの??
なくなるとどんどん継ぎ足してくれる。
そして供物のツァンパも(出た!)
ツァンパとはチベット文化圏の主食のようなもので、きなこに砂糖を入れて練りこんだような食べ物。
(正しくは裸麦にヤクミルク、ヤクバターなどを加えて練りこんだもの)
ケーキのように大きな型に入れて作られた山盛りツァンパを突き出され、思いっきり手のひらでがばっと取れ、というジャスチャーをされる。
参った、ツァンパ苦手なのだ。。。ご好意は無駄にすまいと、ありがたそうに頂きました。
小僧さんにダライラマがお説教をしたというお部屋と、ダライラマのための椅子を見せてもらった。
彼もマナーリーから御車でやって来たのだろうか??素朴な疑問を尋ねてみたら、「ヘリコプター」とのこと。
お寺の裏手では小僧さんがバレーボール中。カルパ村でもバレーの猛練習してたな、州大会でもあるのか!?
車に戻って、もらったキャンディはあとでドラバーにあげたら、すぐに食べていた。
あげたものをすぐ食べてもらえるって、意外とうれしい。 -
次はキーゴンパから車で20分ほど奥にあるのはキッベル村。世界で一番高い場所にある村と言われているけど本当のところは定かではない。
見事にチベット風の家並み。
今も新しい家が作られ続けていて、ぜんぶこのスタイル。
カザからマナーリーに向かうこの区間が一番チベット風の家が多かったように思う。 -
古いストゥーパ
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カザに4時ごろ戻って晩御飯。
小さな食堂で手作りのモモを頂く。
待っている間に同じ並びにあったジャーマンベーカリーで翌日のパンを買っておいた。
欧米人がいるところならどこでもあるジャーマンベーカリー。
焼きっぱなしの素朴なケーキが旅行者の疲れを癒してくれる。
地元産のリンゴとたっぷりのシナモンで作ったアップルケーキを、食堂の小さな女の子に分けてあげた。
夕方に販売が開始されるというマナーリー行きのバスは、発売開始とともに完売していた。
日が暮れる前に身支度を整えて、明日の準備も終わらせておいた。なんせ電気無いんでね。
でもたまにはろうそくで過ごすのも悪くない。
シャワーも2日浴びていない。まさかカザでこんな目に遭うとは、全く想定外だった。
そういえば、この日もやはり外は曇りで星が見えなかった。結局今回は一度も星空を見ていない。
いや、晴れたとしても正直それを見に行く余裕も無かった。
今回は本当にハードな日々だった・・・
今日は早く寝たかったのに、この宿の下が何かの道場になっていて、夜の9時まで気合の声が途絶えず(笑)
明日はもうスピティとお別れ。
大変だったけど、でももうちょっとヒマラヤにいたかったです。 -
8日目、いよいよ山を降りる日がやってきた。
4時半にテンジンさんが宿に向かえにやってきた。まだ暗い中、お客を次々に拾っていく。乗れる限りの人々を乗せてジープは出発。
昨日行ったキーゴンパの手前でスピティ川を渡り、キーゴンパを対岸に見ながら谷をマナーリー方面へ入っていく。
しばらくは谷間の川に沿って崖の道を進み、やがてジープは川から離れて峠を目指す。
山の中に入っていくと、そこは下界と隔絶されたようなチベットの里。
ヤクを放牧している人々にすれ違い、チベット式の家屋が並ぶ村をいくつか超えていく。
写真は7時頃、休憩で止まった村。きれいな村だな。
チベットの家並みもまたしばらくお別れ。また会いましょう。 -
マナーリーとカザを結ぶ幹線道路の中で一番高い峠。
たくさんのタルチョで飾られている。
ドライバーのテンジンさんも車を降りてタルチョを一つくくりつけていた。毎日のことだと思うんだけど、峠はそれだけチベット人にとって大切ってことなのね。
写真は今日のジープ。
テンジンさんのハンドルさばきは安定して、スピードを出すわけではないのに先行しているバスやジープをぐんぐん追い越していく。
危ない!と目を覆うこともない。 -
一体どこをどうやって走ってきたのか。そしてこんなところでも平気で遊牧する地元民。。。
ここの自然を信頼しているってことだよね。ここを歩いても問題ないよって。 -
昼ごはん休憩のテントにて。カザ発のバスはじめ数台がここで休憩。
どうやらこの先少し道が崩れているらしい。ここまで何も無かったのが奇跡的なくらいだよ。。。
小さなテントの中が食堂になってて、地元の人たちがすするマギーから温かそうな湯気が部屋に充満していた。
このあたりのテントといえば、マギー。10年のラダックの旅で、マギーを食べすぎて気持ち悪くなったことをまだ体が覚えていた。。。恐るべしマギー。 -
巨大な氷河が迫ってきた!
テントの主は、こんなところでひと夏を過ごし、通行者を迎えるのか。すごいなー。
夜はどんな気分なんだろう。
時にはここで宿を取るライダーなんかもいるのかもしれないし、軍関係の施設もあった。 -
遊牧中のおじさん。
遊牧民は何頭かの馬に荷物を載せて、たくさんの羊を器用に追いながら谷やら山やらを進んでいく。
九十九の山はどんどんショートカットして、巨大な庭を歩いているようだった。
ヒマラヤに生きる人の底力。 -
途中川の水が増して道路まで染み出し、前を行く若いドライバーたちは足を取られて苦戦している。
われ等がテンジンさんはそんな悪路もなんのその、安定したドライビングテクニックでぐんぐん前に進んでいく。
時に故障した軍用車に出会えば修理を買って出たりと、なんとも頼もしい。
この調子なら予定通りマナーリーにたどり着けるはず!がんばれーテンジンのおやっさん! -
ぐんぐん進んで周囲に緑が増えてきた。
どうやら無事チャンドラ谷まで降りてきたらしい。ラダックに向かう時にも通った、高山植物で溢れる緑豊かな谷。
時刻は1時で、ここでお昼休憩。
働いているのはもうインド人顔。ご飯を食べているのはチャンドラ谷まで観光に来たであろうインド人。
ああ、山を降りたんだなー。 -
テントの中で、豆のカレーのターリーを食べた。とても素朴な味付けだったけど、山の中だし、疲れていたからおかわりまでしてしまった。
周りの人々も山盛りおかわりしてむしゃむしゃ食べてる。こういう辺境でも、ターリーは食べ放題。
店の人がこまめにやってきてはみんなのお皿をチェックして、足りない皿にどんどんマサラを盛っていく。
客の入りはドライバー次第だから、ドライバーが気に入ればお客をごっそり連れてきてくれる。
気が付けばテンジンの兄貴も、サングラスとスキニー姿の若手ドライバーたちもみんな一列に並んでターリーをかき込んでいた。
ふと見るとレコンピオで一緒にパーミットを取ったチャリダーがやってきた。
自転車なのに私と同じペースだったの!? -
さぁ、ロータンラまではあと一息!
再び全員がジープに乗り込んだかと思ったら、ものの5分で渋滞の最後尾に、そしてついにジープが停まってしまった。どうやらここががけ崩れ現場らしい。
ジープを降りて、グリーンピースを積んだ大型トラックの隊列を超えていく。
あー、一見行けそうな感じもするけど、段差があるので車では不可能。 -
テンジンの兄貴が率先して道の修復を試みる。
なんとか一筋の道ができた。ここを使って欧米人ライダーが数名川を渡っていった。
この非常事態に、ヘルメットにカメラつけて、対岸からやってきた旅行者にもカメラ持たせて、バイクにくくりつけたロープをみんなに引いてもらって見事に対岸への橋渡し成功!
ほかの人たちもなんとかここを渡ろうと、石を投げ入れて道を作ろうとする。
私めも微力ながら小石を投げ込む。
しかし、対岸から歩いてきた人からの情報によると、この先も2、3箇所で同じような崖くずれがあって、ここを通過したとしても、この先のがけ崩れとの間で車が立ち往生するだけだと教えてくれた。
たまたまここで情報をくれた日本人のバックパッカーによると、がけ崩れはこの先10キロほどの場所に3つ、最後のが一番ひどく、運がよければ真ん中に取り残されているジープで最後のがけ崩れまで運んでもらえるかもしれないとのこと。
そうこうしているうちに同じ車にいた地元民は車を降りてどんどん川を渡っていく。
約10キロ先にバスが通る場所があり、そこからバスを乗り継ぐんだそう。
10キロか・・・2時間くらいかな。徒歩なら進めるのはラッキーなことなのかもしれない。
幸いバックパックは軽くなっている。このまま待っていたっていつ通れるか分からないし、第一飛行機までもう時間もない。
カザからのバスがここで停まり、乗客が歩きだしたということは、きっと反対方面からも同じようにバスがやってきてスタックしているはず。
意を決してジープの屋根から荷物を降ろす。
白人女性とわがままそうなインド人女性に『まじか』と言われたが、まじだ。
さっきテンジン兄貴と一緒に道の修復を試みていたおじさんが一緒に歩くという。
だいたいの人はもう出発していたので、これは心強い。
それにおじさんはタボの人で、この道はもう何度も歩いていてとても詳しいそう。
おじさんによると、バスが待っているだろうという読みは正しいそうだけど、どうやら時間はかなりギリギリらしい。
『すこし急ぐぞ』と言われ、標高3000mで競歩ペース!バックパックは軽いといえども、坂道はきっつい!
極めつけに、目的地までの間に峠があり、おじさんの指示で急なショートカットを登る羽目に。
ひーーーー!心臓破れる!
バスの時間が気になるおじさんは、大きなバックパックを抱えたオランダ人風のカップルにもショートカットを行くように指示していた。しかしカップルのバックはオランダ人らしく、シャンプーポンプが50本は入りそうな巨大さ!
当然へばってしまって車が通るなだらかな九十九道を行くと脱落していった。
峠へのショートカットはすごくつらくて、マラソン大会終盤のような極限状態だったのに、足元に広がる草花がきれいだなー!!ってことだけはよく分かった。
つらくてもきれいだなって思えるほどきれいだった。
『たまには歩くのもいいだろう!』とおっちゃんに言われ、『いいや!二度とごめんです!』と叫んでいたけど、今はまたぜひあの道を歩きたいと思う。 -
タボからやってきたおじさんと、2時間歩いたチャンドラの谷。
ぜんぜん余裕がなく、これはこの時撮った唯一の写真。
右の山肌からはいくつもの細い滝があって、足元には色とりどりの草花が咲き乱れていた。
あとで絶対に後悔すると思い、力を振り絞って撮った渾身の一枚。
見かねたおじさん、実は私の荷物を少し持ってくれています・・・
山の人本当に親切。困ったときに助け合うことが山で生きる人々の無言のルールであるかのよう。
約1時間半一生懸命足を前に出して進んだところに、教えてもらった通り2つのがけ崩れ現場が!
やったー!!!!
聞いていた通り2つ目のがけ崩れは本当にひどく、かなり激しい流れの間にぽんぽつんと残る岩をジャンプして超えなければいけない。水の勢いがすごく、岩がぬれていて滑りそう。それにいくつかの岩は不安定で、こんなところで風雲たけし城を思い出した!
そんな中でも地元の男たちが率先して手を差し伸べてくれ、身を挺して外国人や女性たちを渡してくれた。
身長が低い尼僧などは、岩の間を飛ぶのも命がけ。無理だ!とためらうも、若者が『だいじょうぶだ!とべ!』と手を差し伸べ、まるで命を預けるかのように尼さんジャンプ!
あの時の尼さんの必死な顔、今も忘れられない、あの小さな尼さんにとっては、本当に命がけだったんだと思う。
こうしておじさんや尼さん、数名の外国人ともども無事最後のがけ崩れを渡りきると、そこで待っていたのは遊牧中の馬の群れと、われらがヒマーチャルプラデシュ州立バス!やっぱり最後はこれだ!!
バスは私たちを待っていたかのように、すぐに出発。
同じジープに乗っていたタボの人に『お前も来たのか!』とちょっと驚かれた。
来ましたとも。これもそれもおじさんのおかげです。
そう思っておじさんを見ると、何ごともなかったかのようにバスの座席に収まっていた。
ヒマラヤの男、かっこよすぎだ!
ショートカットを登れなかったオランダ人たちはバスには間に合わなかった。
でもきっと、がけ崩れの間の道を往復して荒稼ぎしているジープに拾われることだろう。
バスまであと5キロぐらいの間でいくら取るのか聞いたところ、200ルピーだった。
私はおじさんの分まで払ってでもいいから乗りたかったけど、おじさんが『ばかもの!高いんじゃい』と言って交渉さえしようとしなかったので、えーーーーとは思いつつも、ここまで来たら意地だ!歩くぞ!と思って歩き続けた。
それでよかったと思う。死ぬほど苦しかったけど、間違いなくこの旅のハイライトだった。
横を見ると、さっきの小さな尼さんたちが2人折り重なるように眠っていた。
体の小さな尼さんたちにとっては、この道は私が感じたよりももっと長い旅だったんだろうな。
起きたらこんどは窓に向かってゲーゲー。まさに修行ですね・・・
こうして無事コクサルのチェックポストへ。
ここは前にレーに行った際にも通った場所。
ここから見た山は一面雪をかぶっていてそれがとてもすばらしく、今回もそれを見るのを楽しみにしていたのだけど、この日は全ての雪が溶けてしまっていた。
おじさんによると、今年はチャンドラ谷も異常気象なんだそう。
そんなわけで川の水量も増え、土砂崩れが相次いでいるんだとか。。。
同じジープにいた若者はここでキーロン行きのバスに乗るそう。
キーロンはその昔一泊した場所で、それはきれいな谷の向こう側にある小さな町。
あとちょっと時間があったら寄り道したかったな。
彼はこれからキーロンで働くらしい。お元気で。
コクサルのチェックポストを超えると、バスはいよいよ最後の峠であるロータンラに向かって登っていく。
高山植物の可憐な花が咲き乱れる中、バスはどんどん標高を上げる。
この山の向こうはもうインド世界!
前に来たときと比べると、インド人ライダーの数がものすごく増えていた。
交通量も非常に多く、一部渋滞するほどだった。
幸いロータンラからはがけ崩れも無く、スムーズに山を降りることができた。
記憶だと峠からマナーリーまでは1時間程度だったような気がしたが、ところがどっこいそこからマナーリーまでが長かった!
峠から2時間ほどたち、ずっと見ていなかった樹木にあたりが覆われるごろ、バス休憩!!!
えええ!ここで休憩するってことは、まだあと2時間ぐらいはあるってことよね!?
そんなに遠かったっけ!!
もうバスの中の人はみんなグロッキーです。
朝4時に起きて、2時間も歩いているんだから!
マナーリーからの観光客がどんどん増えて、冬服をレンタルする店なんかも見えてきた。
これまたみんな金持ちばかりで、のんきにスマホで写真撮るあいつらが恨めしい。
このバスの中にいる人の半分以上はチベット族で、考えてみたらインド人にとっては移民バスみたいに見えるのかもしれないね。
日本に突然ロシア人をたくさん乗せたバスが来たような。
今や一つの国となり、バスで行き来はできるものの、そもそもインドとラダック・スピティが一つの国なんて、無理があるんだよね。ヒマラヤの中とインド平原は、人も文化も全く違う。
こうして無事夕暮れごろバスはマナーリーに到着。
最後におじさんにお礼を言いたかったけど、お釣りをもらっている間にすーっとマナーリーの人ごみの中に消えていってしまった。
山の中で出会って一瞬助けあうことなんて、あの人たちにとっては本当に日常的なことなんだろう。
特別じゃないから、わざわざありがとうとか、どういたしましてとか、そういうやり取りを必要としないのかもしれない。
考えてみたら、山にいる間にいつも色々な人のちょっとした親切に助けられてきた。
こうして大都会(?)のマナーリーに来てみると、みんな自分のことしか考えていない、誰も困った人を助けない冷たい町にぽいっと放り出されたような気分になった。
山を降りたことがこんなに寂しく心細いと感じるのだとしたら、今回の旅はきっとすごい経験ができたんだろう。
ここ数年の旅の中では間違いなくナンバーワンの素晴らしい旅だった。 -
雨の中、何件目かに入ったホテルで荷物を降ろし、夕食を食べに行った。
マナーリーはだいぶ変わっていたけど、見つけたレストランはおそらくレーに行ったときに入ったところじゃないかと思う。
ちょっとだけスピティのホームシックではあったが、インド人のウェイターのおじさんがあれこれ親切にサーブしてくれ、インドだっていい国だってことを思い出した。
くったくたの身で食べたバターチキンも最高においしかった。
そして極めつけに3日目ぶりのホットシャワー!!
ラダックでもスピティでも、山を降りてマナーリーにたどり着いたときはいつも髪がぎっしぎしでバサバサ。
温かいシャワーはマスト!
ここまで来ると軽く禊です。
なんやかんやトラブルが多かったけど、お疲れさん!
明日はまた移動、日本まであと一息。 -
インド9日目。
前回行かなかったオールドマナーリーに行ってみた。道を間違えてトトロの小道みたいなところから歩いて20分ぐらい。
そしたらこんなすてきな町があったのでびっくり。川の水もきれいで、なんだか日本みたい。オールド マナーリー 散歩・街歩き
-
オールドマナーリーは外国人バックパッカーの町。
おしゃれなレストランや、ちょっとなんちゃってのジャーマンベーカリー、サイケなアジア服やさんなど、完成された安宿街でした。居心地は良さそう。
インド最後の朝ごはんはオールドマナーリーをまっすぐ上がった一番上のホテルにて。パロータ。
やっぱりこういうところで横柄な白人相手にしているところの店員はイチマイチだったりするのよね。
案外ニューマナーリーのメインロードのカフェの店員のほうが親切だったりするほど。 -
マナーリーのチベット寺にも行ってみた。
チベット族のおばあちゃんたちがお参りに来ていた。
チベット寺の近くにある僧房では、小さな小僧さんたちがたくさん学んでいた。 -
僧房の掲示板には、本国チベットで自由を訴え焼身自殺を図った人々の事件がたくさん掲示されていた。
そして、この僧房の近くには、チベット亡命50年の看板。
私の好きなチベットは、本当はヒマラヤの遥か彼方にある。
かの地を追われた人々がいつかチベットに戻れますように。
チベット寺に行った時は、必ずそうお祈りをしている。 -
夕方、チャンティガル行きのバスに乗る。
マナーリーを1時間遅れで出発したバスの中に無賃乗車の人がいて、道の途中で引き摺り下ろされていた。スゲーインド。
走り出したバスは一路チャンディガルに向けて山道を下る。夜行なのですごいスピードでセンターラインも無視してぶっ飛ばす。カーブでもなんでも!
クルでりんご集積所を見て、マンディの立派なバスターミナルで止まって、夜半にドライブインで止まったころにはすっかり気温も上がっていた。
今回はトイレ休憩もあった。インドエアコンバスはやっぱりめちゃくちゃ寒くて、寝袋引っ張り出した。
で、目が覚めたらもうチャンディガルバス停。早!
確か8時半ごろ出発して、夜明けちょっと前に到着。 -
インド10日目。
飛行機の時間までチャンディーガル観光。
チャンディガルの町は1区画がけっこう大きく、地図で見るよりも移動は大変。
バスかリキシャーを探すのが一番。
まずは町外れの遠距離バスターミナルから、町の中心の近距離バス停へ。
リキシャーのおじさんを見つけてオープンハンドへ。
オープンハンドは行政区の一角なので、ちょっとしたチェックポイントがある。
私は許可証も何もないけど、おじさんの知っている裏ルートからちょろっと潜入。
おじさんが軍の人に『コイツはオープンハンドだけ見る』と説明してくれた。 -
こちらはロックガーデンと言われる謎の公園。
スペインのグエル公園そっくりなアーチのアーケードや、タイル装飾もある。ネック チャンド ロック ガーデン 広場・公園
-
シュールで奇妙な公園!
世界のおもしろ公園に入れる!
チャンディーガルの観光が終わったら、バス停に預けてある荷物をピックアップし一路リキシャーでチャンディガル空港へ。
ここからデリーまではほんの1時間のフライト。 -
再びデリーに戻ったら、今度はデリー空港の荷物預けサービスを利用。(エアポートエクスプレスの駅が入っているビルにある。)
エアポートエクスプレスに乗ってコンノートプレイスへ。
駅がちょうどカディの近くだったけど、カディはお休み。
SOMAで買い物して、南インド料理店でランチのあとは、再び電車でカーンマーケットへ。
ぎりぎりまでお土産屋さんをめぐって8時ごろ空港に帰る。ITC-WELCOM GROUP GREEN LOUNGE (インディラ ガンディー国際空港) 空港ラウンジ
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ファブインディアで買ったお茶など。
今回はお土産をゆっくり買う時間も無かったので、空港に着いてからもショッピング。
デリーの空港は免税店やお土産やさん、フードコートが充実しているので深夜のフライトでもぜんぜん退屈しない。
高級なブランドは少ないものの薬局やMANGOまであるのでけっこう好きな空港。
深夜初のフライトでシャールクカーンの映画を見る。名残惜しいなー。 -
スピティエリアで買ったチベットグッズ。
今回は久々の秘境で色々と大変だったけど、でもとてもいい旅ができた。
財布にはたっぷりルピーを残して無事日本に帰国。
今度はどこに行こうかな。今から次の旅が楽しみ
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