2011/04/30 - 2011/05/09
8位(同エリア589件中)
ちゅう。さん
1997年に猫撮りに目覚め、ひとり写真を見返して楽しんできましたが、一念発起して、撮りためた猫たちを、2019年から遡ってお披露目しています。
将来、回想法の手段に使えるんじゃないか、とも愚考しております。
第二十弾は2011年GWのウズベキスタン、いずれもシルクロードの要衝、ブハラ、サマルカンド、タシケントの三都市を鉄路でめぐりました。
10年余前だったので、ビザの手配、ホテルや鉄道の予約、出入国には少し手間がかかりましたが、とても思い出深い旅です。
なんとかスタンと言えば、アフガニスタン(実際お隣り)とか、中東の危ない国(実際テロの脅威もあり)という認識で、まさか観光で訪れるとは思ってもみませんでしたが、
2009年ポルトガル旅行で知り合った、とても謙虚な日本人トラベラーさんの旅行歴に感化され、トルコ、ウスベキスタン、モロッコぐらいなら、ちょっと背伸びをすれば行けるかも!?とゆるいイスラム圏への道を開拓しました。
▼2011ウズベキスタンの旅程
1日目 地元空港 9:35 ⇒ 仁川空港 11:35 ソウルでNanta鑑賞(雲西・仁川Airport Hotel Queen 泊)
2日目 信島観光 仁川空港 15:40 ⇒ タシケント 19:15(タシケント・Uzbekistan 泊)
3日目 タシケント 8:15 ⇒ カガン 14:50(列車)(ブハラ・Amelia 泊)
4日目 ブハラ観光(ブハラ・Sasha&Son PLUS 泊)
5日目 カガン 8:05 ⇒ サマルカンド 10:52(列車)(サマルカンド・Zarina 泊)
6日目 サマルカンド観光(サマルカンド・Zarina 泊)
7日目 サマルカンド観光(サマルカンド・Zarina 泊)
8日目 サマルカンド 11:11 ⇒ タシケント 14:46(列車)(タシケント・Le Grand Plaza 泊)
9日目 タシケント観光 タシケント 21:00 ⇒ 仁川空港 7:15(+1) 機中泊
10日目 仁川空港 12:35 ⇒ 地元空港 14:20
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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<旅の準備>
旅の参考書
2011年当時、ネットでの情報収集は今ほどできず、歩き方だけでは頼りないので、いくつか購入。情報は古いですが、旅行人ノートの地図はイメージがつきやすくありがたかった。
家族もなんとかスタンと聞いたら心配するかと思ったので、JTBの高級ツアーのパンフレットの「サマルカンドのレギスタン広場」の写真を見せて、こんな綺麗なところへ行くんだよ~っと、いつものように一週間前に通告! -
<旅の準備>
航空券は大韓航空のマイル利用。
当時、ウズベキスタン航空の国際線に国内線が含まれていたせいか、個人で、国内線の航空券を購入することができず早々に「ヒヴァ」行きは諦めました。
ヒヴァ~ブハラ間の鉄路は夜行列車、陸路の場合は「青空トイレ」になるというのも私にはハードルが高かったこともあります。
現在、日本人は必要ないそうですが、ビザが必要でした。
5月1日から8日までの滞在ですが、念のため4月28日から30日間のシングルビザで申請。
地方在住なので、ウズベキスタン大使館のHPから申請書のフォーマットを取得・記入、現金書留でパスポートと代金を郵送、手続き後、宅配便で返送という流れ。このとき大使館が同封してくれた、ホテルや飲食店リスト付きの小冊子がとても役に立ちました。
普段利用しているホテル予約サイトB社はまだ参入しておらず、E社もタシケントのホテルを少し扱っている程度だったので、ガイドブック等に載っているメールや予約サイトのあるホテルに一軒ずつメールなどで問い合わせしながら予約。満室も多く、直前までかかり苦労しました。
しかも、渡航直前に大韓航空からフライト時間の変更で、乗り換えができないと連絡があり、1日早く出発し韓国で1泊することに。 -
<タシケント到着日>
タシケント到着が19時台、翌朝の列車に乗る必要があったので、現地旅行代理店のAdvantourで切符を購入。切符の受け取りのため、到着日のホテルウズベキスタンのみ同時手配しました。ホテル代は代理店へクレカ払い、切符代は切符をフロントで受け取るときに、ホテルのフロント係に預けるという性善説の仕組み。
チェックイン時、フロント係に周知されておらず、ビジネスセンターからAdvantourに自分で問い合わせをし、Advantourが改めてフロントに電話をして、何とか切符を手にすることができました。
空港からホテルへの移動は、当初、最終バスに乗るつもりだったのに、空港で両替が見当たらず現地通貨が手に入らなかったので、タクシーになってしまいました。大韓航空の情報で相場は3USDとあったので、5USDと明記された小型タクシーと交渉し3USDにしてもらったものの、助手席に両替の人が乗ってきて、ホテルの支払いは現金が必要だよ~っと、ずっと闇両替のセールス(途中、札束から間引きしているのを見てしまいました!)、親切にもホテルのフロントまで付き添ってくれたのでした。
そこで、バウチャーを持っていることをようやく理解してくれて、手を振ってにこやかに去っていってくれたのは意外でした。空港の外も市街地も薄暗くて、居直られたらと思うととても怖かった~。
あとで会ったトラベラーさんに聞いたら、10USDから下がらなかったと言っていたので、怖い思いするくらいなら、 10USDで代理店のドライバーさんに送迎と切符の受け渡しを頼んだほうがよかったと反省しました。
(超円高たしか1USD≒84円 as of 2011)
※写真は帰国前に撮った「ホテルウズベキスタン」とティムール広場
ちなみにこのティムール像、最初は帝政ロシアの総督・カウフマン、レーニン、スターリン、マルクスと変わり、ティムールになったそうです。ホテル ウズベキスタン ホテル
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<ブハラ1日目>
タシケント からブハラ最寄り(といっても15km)のカガン駅までは特急シャルク号の2等車で6時間半。
指定席だけどお隣にお母さんと子供が座ってきたので、2人掛けに3人座ることになり、エアコン効いてなくて熱中症になるかと思うほどきつかったですが、言葉は通じなくても楽しく過ごすことができました。
カガン駅で、続く旅程のサマルカンド行きとタシケント行きの切符の購入を試みるも、永遠と思われるほど順番は抜かされるし、カウンター高過ぎで顔しか出せないし、ようやく駅員にメモを見せることができても英語通じないし、なんとか通訳してくれる人見つかっても、特等しかないと言われて購入せずに退散。(翌日、旧市街の外れの切符売場で1等車の切符を無事購入)
カガン駅からブハラの旧市街のラビハウズ近くへマルシュルートカで移動し、ホテルに荷物を置いて、まずはラビハウズの周りを散策です。
写真はラビ・ハウズの北側に建つ「クカリダシュ・メドレセ」
1568年築の160のフジュラ(学生寮の部屋)があるイスラム教の神学校クカリダシュ メドレセ 史跡・遺跡
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<ブハラ1日目>
ナディール・ディヴァンベキ・メドレセ
1622年築の神学校=メドレセ(マドラサ)
入り口正面に、不死鳥と人面の太陽のモザイクナディール ディヴァンベキ メドレセ 史跡・遺跡
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<ブハラ1日目>
ナディール・ディヴァンベキ・メドレセの中
ブハラは8世紀にアラビア人に制圧されイスラム化が進み、9~10世紀のサーマーン朝(イラン系)の時代、イスラム文化の中心地に、13世紀のチンギス・ハンの襲撃により壊滅、16世紀にティムール朝を滅ぼしたブハラ・ハン国の時代に再興、多くのイスラム建築が再建されたそうです。ナディール ディヴァンベキ メドレセ 史跡・遺跡
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<ブハラの宿1泊目>
アメリア・ブティック・ホテル
泊まった可愛い部屋。
宿のご主人も感じがよくてよかったです。アメリア ブティック ホテル ホテル
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<ブハラの宿1泊目>
アメリア・ブティック・ホテル
18世紀のユダヤ人の住居を改装したホテルだそうです。
(上と右下)朝食会場 基本お茶の国で、緑茶と紅茶があります
(左下)中庭アメリア ブティック ホテル ホテル
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<ブハラ2日目>
オアシス都市ゆえ、シルクロードの要衝、ブハラの中心、ラビ・ハウズ
タジク語で「池の周り」という意味で、17世紀に造られたハウズ(ため池)を中心とした広場のこと。
ブハラは、統計上はウズベク人であっても、タジク系の住民が大半なんだそうです。ラビハウズ その他の料理
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<ブハラ2日目>
ナディール・ディヴァンベギ・ハナカ
ラビ・ハウズの西に建てられた巡礼宿
1619年築ラビハウズ 滝・河川・湖
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<ブハラ2日目>
手作りはさみのお店 -
<ブハラ2日目>
ウルグベク・メドレセ
現存する中央アジアで最古の神学校
1418年創設、1585年修復
現在は内側(下)はお土産屋さんだったと思いますウルグベク メドレセ (ブハラ) 史跡・遺跡
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<ブハラ2日目>
ウルグベグ・メドラセの向かいに1657年から建てられた
アブドゥールアジス・ハン・メドレセアブドゥールアジス ハン メドレセ 史跡・遺跡
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<ブハラ2日目>
16世紀に造られたタキ(=十字路の上に建てられたドームに覆われたバザール)のお店。パンに焼印をつける道具かと。タキ (タキ ザルガラン、タキ サラファン、タキ テルパクフルシャン) 市場
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<ブハラ2日目>
真ん中の塔が、13世紀のチンギス・ハン率いるモンゴル軍の来襲で壊滅状態になった中で破壊免れた数少ない建築物、1127年築のカラーン・ミナレット
カラーン=偉大(タジク語)・ミナレット(ミナール)=光塔
地上部分の高さは47m、土台部分は地下10mまで潜っている頑丈な作り
ブハラはシルクロードの要衝で夜間には灯台の役目もあったそうですが、19世紀半ばまで罪人を投げ落とす公開処刑にも使われていたとか
写真右側がカラーン・モスクの入り口カラーン ミナレット 寺院・教会
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<ブハラ2日目>
カラーン・モスク
約1万人の信者を収容できる巨大な金曜モスク
795年にアラブ人により最初のモスクが建てられ、13世紀にチンギス・ハンのモンゴル軍に破壊され、現在のものは1514年に建立、1970年に修復されたものカラーン モスク 寺院・教会
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<ブハラ2日目>
カラーン・モスク
テカテカつるつるの派手なモザイクタイルカラーン モスク 寺院・教会
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<ブハラ2日目>
カラーン・モスク
可愛いモザイクタイルカラーン モスク 寺院・教会
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<ブハラ2日目>
ミル・アラブ・メドレセ
ミナレットを挟んでカラーン・モスクの反対側にあるメドレセ
1536年築、両脇の二つの青いドームが特徴ミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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<ブハラ2日目>
ミル・アラブ・メドレセ
他のメドレセがお土産屋さんなどになっている中、旧ソ連時代も認められていた、数少ない現役の神学校
そのためか中には入ることができませんでしたミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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<ブハラ2日目>
ミル・アラブ・メドレセのドーム
フランス人の旅行者に、現地の子供がフランス語でガイドをして、上手なフランス語に喜んだマダムがチップを弾んでいたのが印象的でした。ミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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<ブハラ2日目>
イスマイル・サマニ廟
905年ごろに完成、サーマーン朝の2代目の王、イスマイル・サマニが父親のために立てた廟(本人と彼の孫三人も埋葬)
中央アジアに現存する最古のイスラム建築。
サーマーン朝滅亡後は長い間、1934年に発掘されるまで、土の中に埋もれていてチンギス・ハンの襲撃を免れました。イスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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<ブハラ2日目>
イスマイル・サマニ廟
9m四方、壁の厚さ1.8m
レンガを組み合わせた模様は太陽や月の位置によって変化をしてゆくのが見どころだそうです。四隅の副ドームや側面の四つのアーチはゾロアスター教の神殿建築。
ハエがブンブン飛んでいて、速攻退散しました!イスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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<ブハラ2日目>
バラハウズ・モスク
1712年にアルク城の近くに建てられたハン専用のモスク
イスラム様式のテラス(アイヴァン建築)には20本のクルミの木柱が立っていて、中央アジア一の長さの12mだそうです。ボラハウズ モスク 寺院・教会
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<ブハラ2日目>
2日目の夕食で利用した カフェ「チャシマイ・ミロブ」の屋上から。
なんか贅沢な空間です。
左手からミル・アラブ・メドレセ、カラーン・ミナレット、カラーン・モスクカラーン ミナレット 寺院・教会
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<ブハラ2日目>
夕暮れ~
たぶん大きめのホテルがあったあたりブハラ歴史地区 旧市街・古い町並み
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<ブハラ2日目>
マゴキ・アッタリ・モスク
ブハラで現存する最古の元モスク、現在は絨毯博物館
12世紀の建築(16世紀に改築)、1934年に発掘されるまでほとんどの部分が地中に埋まっていて、モスクの下には6世紀のゾロアスター教神殿、さらにその下から仏教寺院の跡も見つかったそうです。マゴキ アッタリ モスク 寺院・教会
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<ブハラ2日目>
2泊目の宿の近く、ブハラ唯一の猫。
未舗装の路地と保護色!ブハラ歴史地区 旧市街・古い町並み
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<ブハラ2日目>
2泊目の宿の近く、すでに夜8過ぎ
昼間、旧市街の東側の鉄道の売り場に、切符を買いに行った帰り、医学部の女学生(ロシア語圏からの留学生)さんに英語で、「女性一人で旅行して怖くないのか?」と声をかけられたので、そんなに治安が悪いのかと思いましたが、子供たちが日が暮れた後も、ボール遊びをしていているのを見てホッとしますブハラ歴史地区 旧市街・古い町並み
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<ブハラ2泊目の宿>
連泊出来なかったので宿を変えます。
Sasha & Son の姉妹宿、Sasha & Son PLUS
いわゆる一戸建て。
夜8時過ぎに宿に戻ると世話係りのマダムがお出迎え、エリアの停電とのことで、中庭のテーブルにローソク立てて復旧を待ちます。
せめて水シャワーだけでも浴びられないかと身振り手振りでお願いしたら、携帯電話を渡され、片言の英語を話すお友達と話したところ、ポンプで水を上げるのでお水も出ないことが判明。諦めて部屋に撤退、2時間半後くらいに復旧しました。
右下は朝ごはん。このピンクのソーセージ、羊かな?残念ならが口に合いませんでした。電車に合わせ、早い時間に用意してもらえ感謝です。Sasha & Son Hotel ホテル
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<ブハラの食事>
(上 左右とも)初日の夕飯。ロールキャベツとスープ。@1日目の宿の近く、名も無い食堂
メニューもないし、英語も通じないので、キッチンまで連れていってもらい、お鍋の中を覗き込んで指差し注文。緑茶も有料と学びました。
(左下)おやつ。ジャガイモのムサカ。
(右下)2日目の夕食。冷えてないSarbast(タシケントのビール)とラグマン(中央アジアのおうどん)@チャシマイ・ミロブチャシマイ ミロブ カフェ
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<サマルカンド1日目>
ブハラ3日目の朝、電車でサマルカンドへ。
マルシュルートカかタクシーでカガン駅へ行こうとラビ・ハウズ脇の乗り場へ行くと、後から日本人トラベラーさんが来られたので、タクシーをシェアすることに。
サマルカンド駅到着後、路線バスでレギスタン広場へ、近くの予約していたホテルへ。
ホテルの入口で、タクシーをシェアしたトラベラーさんと再会。
その日は満室で、他の宿の情報を聞かれたので、大使館から頂いた冊子を差し上げ、無事近くの宿を確保されました。他にも複数の日本人のバックパッカーさんたちも続々と断れていました。
観光客の絶対数が少ないせいか、日本人トラベラー率、高かったです。
あれから10余年、ネットで簡単にホテルの予約ができるようになり、ウォーク・インで投宿する人も稀になったのでしょうか。
まずは、青の都「サマルカンド」観光のハイライト、レギスタン広場をさっと見
現在のサマルカンドは、14世紀英雄アミール・ティムールが建設。
彼はティムール朝を創始し、サマルカンドを都と定めました。「チンギス・ハンが破壊し、ティムールが建設した」と言われているそうです。レギスタン広場 広場・公園
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<サマルカンド1日目>
ビビハニム・モスク
中央アジア最大のモスク
1398年にインド外征から戻ったティムールが各地から著名な芸術家、建築家を集めて建造、1405年に完成。ビビハニム モスク 寺院・教会
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<サマルカンド1日目>
シヨブ・バザール
ビビハニム・モスクの近くにあります。シヨブ バザール 市場
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<サマルカンド1日目>
シヨブ・バザール
女性陣、野菜と一緒に、台の上でお姉さん座りしてる
お洋服の生地は「アトラス」と呼ばれる矢絣模様でしょうか。
(左下)いちご山盛り、(右下)名物「サマルカンドナン」シヨブ バザール 市場
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<サマルカンド1日目>
ビビハニム・モスク
市場を見学後、折り返し、再度モスクワ脇を通過。
大モスク一つと小モスク二つの構成。
ベンチに座って、お昼ご飯どうしようかな~とぼーっとしていたら、隣に座った現地女性が、ナンを見せて食べる?と勧めてくれたので、有難くいただきました!ビビハニム モスク 寺院・教会
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<サマルカンド1日目>
ビビ・ハニム廟
ティムールの愛妃ビビ・ハニムの霊廟ビビハニム廟 建造物
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<サマルカンドのご飯>
こちらの写真は1日目の夕食、ペリメニ(水餃子)@ラビゴール
宿に近かったので、3晩ともお世話になりました。ラビゴール 地元の料理
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<サマルカンド2日目>
アミール・ティムール (グリ・アミール)廟、1404年完成。
ティムールが最愛の孫ムハンマド・スルタンのために建てた霊廟。
ティムール自身も急死して1405年に葬られている。アミール ティムール (グリ アミール)廟 城・宮殿
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<サマルカンド2日目>
アミール・ティムール (グリ・アミール)廟
美しいムカルナス(鍾乳石飾り)天井アミール ティムール (グリ アミール)廟 城・宮殿
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<サマルカンド2日目>
アミール・ティムール (グリ・アミール)廟
星型の中に星型のモザイクの可愛いデザインアミール ティムール (グリ アミール)廟 城・宮殿
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<サマルカンド2日目>
アミール・ティムール (グリ・アミール)廟
ここは珍しく地味目~アミール ティムール (グリ アミール)廟 城・宮殿
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<サマルカンド2日目>
アミール・ティムール (グリ・アミール)廟
ドームの内側は金箔で覆われています!
下の写真、黒いのがお墓の位置を記したティムールの墓石。実際のお墓は地下3m下に。ティムールが崇拝したサイイド(預言者ムハンマドの子孫)・バラカやティムールの息子さんのお墓も。アミール ティムール (グリ アミール)廟 城・宮殿
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<サマルカンド2日目>
アミール・ティムール (グリ・アミール)廟
精緻なイスラムの幾何学模様アミール ティムール (グリ アミール)廟 城・宮殿
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<サマルカンド2日目>
普通にロバが活躍中。 -
<サマルカンド2日目>
シャーヒズィンダ廟群
旧サマルカンドのあったアフラシアブの丘の近くにある聖地
ティムールの孫、ウルグベクが1435年に建てた入口「ダルワザ・ハナ」は地味目シャーヒズィンダ廟群 建造物
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<サマルカンド2日目>
シャーヒズィンダ廟群
鍾乳石飾りの天井シャーヒズィンダ廟群 建造物
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<サマルカンド2日目>
シャーヒズィンダ廟群
どなたの霊廟が忘れましたが、ここが一番好みでしたシャーヒズィンダ廟群 建造物
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<サマルカンド2日目>
シャーヒズィンダ廟群
それぞれ個性がありますシャーヒズィンダ廟群 建造物
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<サマルカンド2日目>
シャーヒズィンダ廟群シャーヒズィンダ廟群 建造物
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<サマルカンド2日目>
シャーヒズィンダ廟群
ティムール一族、関係者の霊廟が並んでいますシャーヒズィンダ廟群 建造物
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<サマルカンド2日目>
頭上にナン!?
壁も素敵だな~ -
<サマルカンド2日目>
ウズベグおじさん
お土産のマグネットは現在も冷蔵庫で活躍中です。 -
<サマルカンド2日目>
レギスタン広場には三つのメドレセ(神学校)があります。
まずは西側「ウルグベク・メドレセ」ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
正面(北側)の「ティラカリ・メドレセ」
左のドームの下に礼拝所がありますティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
東側の「シェルドル・メドレセ」シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
ウルグベク・メドレセ
ティムールの孫、天文学者のウルグベクが1417~1420年にかけて建てたメドレセ
50あまりのフジュラ(小部屋)に学生100人が寄宿し、ウルグベク自身も講義をしたそうです。ウルグベク メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
ティムール朝崩壊後の1646~1660年、この地方のウズベク人領主バハッドゥルが建てたティラカリ・メドレセ。シェルドル・メドレセを建てたバハッドゥルがイスラム法学者たちの反感を買い、彼らを納得させるために建てたとも言われているそうです。ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
ティラカリ・メドレセ
メドレセ(神学校)とあるが実質はモスクとして利用されていた。
サマルカンドで必見!礼拝所の天井ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
ティラカリ・メドレセ
ティラカリは金箔。
礼拝所。金箔で飾られたミフラーブ(メッカの方向を示すくぼみ)ティラカリ メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
サマルカンドのシンボル、ライオン(シェール)が描かれたシェルドル・メドレセ。
1619~36年にかけて造られました。シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド2日目>
シェルドル・メドレセ
イスラム教では偶像崇拝が禁じられているけど
ライオンの中に人面、キモかわいい!シェルドル メドレセ 史跡・遺跡
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<サマルカンド3日目>
宿の近所のアパートの裏庭にいた、サマルカンドの第一猫(茶白さん四態)Hotel Zarina ホテル
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<サマルカンド3日目>
この日もまずはレギスタン広場から
天気が良いとより映えます。
こんな景色が日常に溶け込んでいるウズベキスタン、ポテンシャル高し。レギスタン広場 広場・公園
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<サマルカンド3日目>
今日は住宅街の路地を散歩します。
こんなにお天気なのに、突如、人生で初めての霰(あられ)に見舞われびっくり! -
<サマルカンド3日目>
かわいいお兄ちゃんと妹ちゃんに出会いました!
妹ちゃんは恥ずかしがっていましたが、お兄ちゃんはモデルになってくれました。
一所懸命、話しかけてくれて、何度も「〇〇〇〇、ダー?」と質問して来ました。写真送ってとか言ってるのかと思ったのだけど、最後まで分かりませんでした。
お家に遊びに来て~とか言っていたのかな。 -
<サマルカンド3日目>
ハズラティ・ヒズル・モスク
アフラシャブの丘の元々ゾロアスター教寺院があったところに、アラブ侵攻後の8世紀に最初のモスクが建てられ、1220年モンゴル軍に破壊され、19世紀に再建。ハズラティ ヒズル モスク 寺院・教会
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<サマルカンド3日目>
ハズラティ・ヒズル・モスクのテラスからの眺め
空が広くて雄壮な景色、時代も超越した感じ!
チンギス・ハン率いるモンゴル軍に、アフラシャブの丘にあった旧サマルカンドは壊滅状態にされ、ティムールが眼下に現在のサマルカンドを建設。ハズラティ ヒズル モスク 寺院・教会
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<サマルカンド3日目>
ハズラティ・ヒズル・モスク
テラスの天井ハズラティ ヒズル モスク 寺院・教会
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<サマルカンド3日目>
ハズラティ・ヒズル・モスク
美しいドーム。入口から覗き込んでいると、手招きしてくれたので、中に入って見学しましたハズラティ ヒズル モスク 寺院・教会
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<サマルカンド3日目>
ティムール像
いったん宿に戻り、お昼寝をしてから、歩いて新市街の方へ。
外国語大学の横を歩いていると、噂通り、日本語学部の学生さんに声をかけられました。常習の即席レッスン、あっと言う間に去っていきました。 -
<サマルカンド3日目>
またまた路地裏へ。
今度はイケメン君がポーズを決めてくれました。 -
<サマルカンド3日目>
宿の近く、茶白さんの近くにいたサマルカンド第二猫、絶賛警戒中。Hotel Zarina ホテル
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<タシケント・帰国前日>
サマルカンド4日目の朝、バスでサマルカンド駅に出て、鉄道でタシケント駅に。
歩き方の地図に載っていたトラムで、ホテルまで行こうと思ったのに、トラムが見つかりません。どうも廃線になっていた模様。
タクシーと思うものの、提灯をつけた流しのタクシーは走っておらず、近くにいた人に尋ねると、子供から大人までたくさんの人が集まってきました。英語を話す人もいない中、ただ片言の日本語を話してみたい人まで混じっていたり。
料金も交渉することもできず、なんとか白タクでホテルに到達!
唯一エクスペディアで予約したLe Grande Plaza Hotelにチェックイン
写真はホテル近くに国際会議場。見覚えのある顔が!Le Grande Plaza Hotel ホテル
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<タシケント・帰国前日>
表紙の猫さん。ティムール広場を挟み反対側の公園へ散歩に行くと、猫さん2匹に会えました。ブロードウェイ (サイールゴフ通り) 散歩・街歩き
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<タシケント・帰国前日>
黒ちゃんもいました。ブロードウェイ (サイールゴフ通り) 散歩・街歩き
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<タシケント・帰国前日>
四股踏んでる黒ちゃん、胸下に白いワンポイントブロードウェイ (サイールゴフ通り) 散歩・街歩き
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<タシケント・帰国前日>
野生の眼差しブロードウェイ (サイールゴフ通り) 散歩・街歩き
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<タシケント・帰国前日>
橋のかかった池があり、世話係りの男性がタモで鳥を池の中へ。ブロードウェイ (サイールゴフ通り) 散歩・街歩き
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<タシケント・帰国前日>
白鳥もいましたが、この子たちは黒鳥?ブロードウェイ (サイールゴフ通り) 散歩・街歩き
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<タシケント・帰国前日>
ウズベキスタン最後の夕食
ホテル近くのおしゃれレストランへ
ビールにストローが刺さってます!
日本並みのお値段 -
<タシケント・帰国日>
この日は確か日曜日、人気の余暇の過ごし方みたいで、みんな散歩しています。
男性2名、女性4名のグループに一緒に写真を撮らせてほしいと頼まれました。右側は唯一英語を話すモハンマド君。女性4人(家族)とも写真撮りました。
家族写真やグループの写真に入るのは、ウズベキスタンあるあるです!
ウズベキスタンには120を超える人種がいて、みんな顔立ちが違いますね。
背後の建物は、旧ソ連軍の捕虜の数百名の日本人が強制労働で建てたナヴォイ・オペラ・バレエ劇場。
ウズベキスタン共和国独立後、劇場の説明書きのプレートにあった「日本人捕虜が・・・」とあったのを、カリモフ大統領は、ウズベキスタンは日本人と戦ったこともないし、捕虜にしたこともないと言って「日本国民が・・・」と書き換えるように命じたそうです。ナヴォイ オペラ バレエ劇場 劇場・ホール・ショー
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<タシケント・帰国日>
地下鉄でチョルスー・バザールへ。
上の写真、現地では何か分からなかったのですが、帰国後、BSで「世界の空港」という番組を見ていて判明、なんとチーズでした。
海外の市場はどこへ行ってもディスプレイが独特だったりで楽しいですね。チョルスー バザール 市場
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<タシケント・帰国日>
強制移住の朝鮮民族(高麗人)は2017年現在、約18万人(うち約6万人がタシケント)いるらしく、Koreanのお惣菜も売られてました。右下はお砂糖⁈チョルスー バザール 市場
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<タシケント・帰国日>
タシケントはトルコ語で「石の街」という意味。
1865年に帝政ロシアに征服されて以降、ロシア風に作り変えられ、ソ連時代は中央アジア行政の中心地、1966年の地震で壊滅、再興後はさらにソ連風の街に。
写真は旧ソ連からの独立を記念した「独立記念広場」独立記念広場 広場・公園
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<タシケント・帰国日>
最後にもう一度猫に会いたくて、前日の公園に行きましたが、会えたのは黒鳥さんたちだけでした。
これでウズベキスタン滞在は終わりです。
ホテルで呼んでもらったタクシーで空港へ。
出国審査(税関申告)で引っかかりドキドキしましたが、2回目のチャレンジで合格!
夜の便で、開いている免税店も少なく時間をもて余しましたが、無事、ソウル経由で帰国しました。Le Grande Plaza Hotel ホテル
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<不本意なお土産>
その1 現地通貨、スム札数十枚。最後に空港で使おうと思ったら、現地通貨を使える唯一のお店(民芸品屋さん?)が閉まっていて使い残し。たいした金額ではない、というかもう使えない旧札なのに、お金は捨てられない。
その2 水虫。ず~と同じ靴を履いていたせいか、帰国後、就寝時に足が痒いなとかいたら、ズルズルと皮がめくれ、すぐに皮膚科で診てもらったら水虫でした。
サマルカンドの宿の初日の部屋のシャワー室にムカデがいたので、以降の旅行から、水虫予防、本物の虫対策に、ビーチサンダルを持参しています。
最後までご覧いただき、ありがとうございました(=^x^=)
すっかり4トラでもお馴染みになったウズベキスタン、行くなら今のうち!?
観光立国に化けてしまう予感がします!
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この旅行記へのコメント (23)
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- shushu tany さん 2024/08/26 10:22:07
- はじめまして、楽しく拝見しました
- ちゅう。さん
はじめまして。shushu tanuと申します。
楽しく旅行記を拝見しました。
ウズベキスタンは私も2002年に訪問したのですが、今はビザ等もいらないようですが、ちゅう。さんが旅行された当時はまだ必要だったのですね。
怪しい両替商とか、タクシーに同乗してくるとか、懐かしく拝見しました。(今は大分状況も変わっているのでしょうか)
私が訪問した時は、時間の関係でタシケントとサマルカンドのみになってしまったので、ブハラは次回は是非訪問したいと思っていたところです。巡礼宿や隊商の街の雰囲気を味わいたいと思っています。
また、少し路地に入っての撮影や交流なども良いですね。人なつこくて素敵な人々が多かった印象です。私の中でウズベキスタンは今まで訪問した外国の中でも一番印象に残っている国の一つなので、ちゅう。さんの旅行記を拝見してまた訪問したいという思いを強くしました。
ジョージアも私は2004年に訪問しており、こちらも懐かしい思いで拝見しました。
他にもじっくり読ませていただきたい旅行記も多数で、今後もちょこちょこお邪魔させていただくかもしれません。厳選されたきれいなお写真と、詳しい記述も、大変読みやすく、勉強にもなります。今後ともよろしくお願いいたします。
shushu tany
- ちゅう。さん からの返信 2024/08/26 22:26:35
- はじめまして、よろしくお願いします
- shushu tanyさん、こんばんは♪
コメントいただきありがとうございます!
文字も写真も多いのに丁寧にご覧いただき恐縮です。
〉人なつこくて素敵な人々が多かった印象です。
〉私の中でウズベキスタンは今まで訪問した
〉外国の中でも一番印象に残っている国の一つ
わたしもウズベキスタンは特に印象深い国です。
今はビザも不要、地下鉄の写真ok、闇両替もなく、切符はネット、タクシーはスマホで事足りるそうで別世界のようですが、可愛い子供たちに、擦れていない人懐こい人たちはいつまでも変わらないでいて欲しいなと思います。
今は海外は難しいので、国内の建物めぐりの旅行記が多いのですが、お時間のあるときにまたご覧いただければ幸いです。
台中の建物の旅行記、興味深く拝見しました。
わたしもフォローさせていただきますね(=^x^=)
ちゅう。
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- フィーコさん 2023/09/25 08:42:17
- タクシーカウンター
- ちゅう。さん、おはようございます♪
タクシーカウンターがあったという記載がある方の旅行記は、私の出発1日前に行かれた方でしたね。
タクシーカウンター、私も見つけられてよかったわー
でも、ツアーの駐車場方面行く出口近くだから通常の旅行者は違う出口へ行っちゃったら見つけ辛いかもですね。
フィーコ
- ちゅう。さん からの返信 2023/09/25 19:00:57
- Re: タクシーカウンター
- フィーコさん、早速、コメントありがとうございます!
tomomiさんの旅行記ですね!断りなくムギーさんにご紹介したのです‥
ウズベキスタンは、VISAや闇両替は無くなり、難関の税関の所持金アルファベットで申告も?無くなり、今はスマホで宿も電車もタクシーも予約できて、空港にはタクシーカウンターもあって、地下鉄の写真は取り放題と、別の国のようです^_^
しかもウズベキスタンだけのガイドブックもあるんですね!
でも、子どもたちはスレてなくて、家族写真や遠足写真に一緒に写ったり、パン恵んでくれたり、まだまだ素朴なウズベキスタンは健在でしたでしょうか。続編楽しみにしています!
ちゅう。
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- 尚美さん 2022/08/27 09:27:45
- 行くなら今のうち
- ちゅう。さん、遅ればせながら書き込みさせてもらいます。
私、Kayoさんの旅行記へのコメントでも書いたのですが、イスラム圏への旅行は避けてきました。若い頃インドに2ヶ月以上いて毎日アザーンを聞いていた経験はあるのですが。泊まる宿を予約しなかったのもその旅だけでした。観光案内所とかタクシー運転手に聞いたらなんとかなっていたなぁと懐かしい思いが込み上げてきました。Kayoさんにも「行けるよ」とおしえてもらい、ちゅう。さんも行くなら今!とのお言葉。刺さるというよりお尻がムズムズします。ご存知の通りアール・ヌーヴォー建築巡りとともに、タイルを見るのも大きな楽しみなので。
サマルカンドとブハラ、どちらも素敵です。外観はどの建物も素晴らしすぎて甲乙つけ難いですが、内部はシャーヒズィンダ廟群が美しいですね!泊まられたアメリア・ブティックも可愛いです。泊まってみたい。いろいろとウズベキスタンの旅の妄想してみます。
尚美
- ちゅう。さん からの返信 2022/08/27 18:34:25
- Re: 行くなら今のうち
- 尚美さん、こんにちは!
書き込みありがとうございます。
ウズベキスタンは、イスラム圏とは言え、欧州でもアラブでもアジアでもない、独特な感じです。
未知の国へ行くときは、犯罪率とか失業率とか確認するのですが、ウズベキスタンは比較的低いはずです。
中山さんの本によると、失業率は、マハラという地域社会?(長老を中心とした親戚?の集まり)に吸収されて表立たないらしく、例えば、職を失う人がいると、親戚の家事や家業を手伝ったりする伝統があり共同で生活を成り立たせているとのこと。
ウズベキスタンの前年にトルコ、翌年の2012年にモロッコに行き、いずれもイスラム建築にどっぷり浸かりましたが、ウズベキスタンは、何よりもまだまだ観光客に、お金に「スレてない感じ」がよかったです。親日ですし。見るべきものも、イスラム建築に集約されていて、おすすめです。
私もシャーヒズィンダ廟群の控え目な色合いの廟が一番よかったなあと思いました。Kayoさんも、私も行っていないヒヴァもなかなか良さそうです。
もうしばらくしたら、最新の旅行記がアップされてくると思います。
そうしたら行けそうかイメージ湧いてきそうですね。
ちゅう。
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- kayoさん 2022/08/22 16:25:33
- 懐かしいニャ~!
- ちゅうさん、こんにちニャ~(=^・^=)
私が行った8年前に行かれていたんですね。
同じ観光スポットを巡ったので懐かしく拝見させてもらいました。
それにしてもちゅうさん、小さいですね。
一緒に写ったウズベク男性がデカイから小さく見えたのかな?
同じイスラム圏でもトルコやモロッコ、チュニジアなどでは
猫であふれていた記憶がありますが、
私などウズベキスタンで猫と出会った記憶すらありません。
また自分の旅行記を振り返って思い出に浸るきっかけが出来ました。
2011年の当時はビザが要ったんですね。
私が行った時は日本人より韓国人や中国人が多かった記憶です。
やはり普通の日本人には今もハードルが高い国なのかな?
私もちゅうさんも普通じゃないってことですが…。
今はホテルも列車もネットで予約できる時代なので、
昔に比べて簡単になりましたよね。
昔は飛び込みでホテル探しが当たり前だったんですが、
あのネットのない時代に旅ができたことを今は幸運に思います。
kayo
- ちゅう。さん からの返信 2022/08/22 23:02:58
- Re: 懐かしいニャ~!
- Kayoさん、こんばんにゃ(=^ェ^=)
はい!小さいんです。
不便なことも多いですが、おばあちゃんになって、介護してもらうにはいいかも?と思っていま~す。
Kayoさんのウズベキスタン、復習してきました!
ブハラのハチワレ?黒白ちゃん、とっても可愛い猫さんが写ってましたよ。
ウズベキスタンの猫、多そうに見えますが(表紙の猫ちゃんに惚れてしまって、私も錯覚していました)、ブハラ1、サマルカンド2、タシケント3の計6匹にしか会えてませんでした。
(モロッコとトルコは、私もたくさん猫に会えました)
8年差とは言え、駅で列に並ばない人たち、停電、ウズベキスタンあるあるは健在でしたね(笑)
ブハラの同じカフェで、同じビール飲んで、同じ景色も見てますね!
ネットのない時代は、いま思うとハズレの宿も多かっただけど、前後も含め記憶に残っていることも多いかもですね。
今は国によっては予約がないと、警戒されてしまいそうです。
そうそう、アップされた当時から、Kayoさんのアルマトイ?の旅行記の男の子の写った表紙が、私の一番のお気に入りなんです!
ちゅう。
-
- Mugieさん 2022/08/22 12:34:36
- こんにちは!
- ウズベキスタンは前から行きたい国です。
コロナがなければ、行ってたと思うのですが、落ち着いたらぜひ実現したいです。
ちゅう。さんは予約されたそうですが、飛び込みでホテルを探すなんて懐かしいです。
そんな時代もありましたね。
ブハラのホテルはかわいいですね。
ウズベキスタンに行こうと思ってホテルもチェックしてたのですが、写真のせいなのか、薄暗くて古そうなホテルが多くて、覚悟がいるなと思ってましたが、素敵なホテルもあるんですね。
でも、シャワーの時のビーサンは必要なんですね。_φ(・_・
それにしてもモスクや霊廟のタイルがきれいですね!
猫ちゃんたちもかわいい!
意外だったのは他民族国家なんですね。
だいたいソウル経由の飛行機で不思議に思っていたら、朝鮮系の人も多いからなんですね。
勉強になりました。
ムギー
- ちゅう。さん からの返信 2022/08/22 22:36:15
- Re: こんにちは!
- ムギーさん、こんばんは!
書き込みありがとうございます。
ビザも免除になり、闇両替もなくなり、国内線、鉄道、宿もネットできるようになったので、ムギーさんなら楽勝だと思います!
ブハラのアメリアホテル、ベッドのエリアはあんな感じですが、シャワーとトイレで、縦長2畳みたいな感じの安宿でした。でもご主人は英語話すし、場所もベストだったので満足でした。
私が行ったのはもう10年以上前で、ブハラやサマルカンドは高いビルがなく、バッグパッカー向けの小さめの宿が点在してる感じでした。
いまは、旅行客も増えていると思うので、新しい宿もたくさん増えているんじゃないでしょうか。
安宿でなければ、きっとビーサンは不要ですよ(笑)
勉強不足ですが、高麗人(朝鮮系の人)が多いのは、元々旧ソ連の沿海州に移住していた人たちが、1920年代に中央アジアに強制移住させられて、その子孫が18万人とか残っているからだそうです。
(日ソの対立関係も影響をあたえたようです)
話は逸れましたが、ウズベキスンの魅力はイスラム建築とズバリ「人」だと思うので、観光客慣れして擦れてしまう前に、ぜひ行ってみてくださいね。
ちゅう。
- ちゅう。さん からの返信 2023/09/16 22:17:54
- これはムギーさんに届くのかな?
- ムギーさん、
ついに来月、ウズベキスタンに行かれるのですね!
ご存じの通り、私が行ったのは10年以上前なので回答は控えたのですが、お財布問題でひとつ。
わたしは飛行機の中でもらったジップロックみたいな袋に入れてました。
新品のお財布でなくても、ポーチでもいいし、適当なビニール袋で代用できるかと思いました。
ちなみに、2011年でも、外国人観光客狙いのタシケント空港のタクシーや旅行会社の送迎料金は10USDでした。ブハラのカガン駅からはマルシュルートカでたしか数十円、駅まではラビハウスからタクシーをシェアしました。昔過ぎて料金は参考にはなりませんが、カガン駅までは結構距離があると感じたので、10USDは高くはないなと思いました。
タクシーアプリで安く安全なタクシーがあれば何よりですが、4トラのトラベラーさんの2019年頃の旅行記で、タシケントの流し?のタクシーで、助手席に座ったらナイフ?で脅されて貴重品取られて即刻帰国されたかたがおられたと記憶します。
余分なことを書きましたが、気をつけて、楽しんで来てくださいね!
そうそう油にも気をつけて!
旅行記、楽しみにしています
ちゅう。
- Mugieさん からの返信 2023/09/17 18:27:24
- Re: こんにちは!
- ちゅうさん、いろいろありがとうございます。
市場でドライフルーツとかスパイスとか買いたいので、ジップロックはたくさん持っていく予定です。丸見えだけど、お金も入れられますね(笑)
ウズベキスタンは安全と聞いてますが、タクシー強盗もいるんですね…
食べ物が油っぽいみたいですね。胃もたれしやすいので心配ですが、胃薬たくさん持っていきます。もしかして、おなかにも来るのかな?( ;∀;)
ムギー
- ちゅう。さん からの返信 2023/09/17 21:34:56
- Re: こんにちは!
- わたしのは色つきのジップロックもどきでした!
日本人はウズベキスタンで使わせている綿実油を消化する酵素を持っていないことが多いそうで、下痢なりやすいようです。
ウズベキスタン×綿実油で検索すると体験談がヒットします!
わたしはプロフを食べる機会がなかったせいか大丈夫でした^_^
ではでは、行ってらっしゃいませ( ^_^)/~~~
- ちゅう。さん からの返信 2023/09/23 18:03:51
- 届くかな?
- ムギーさん
こちらのtomomiさんの旅行記は読まれましたか?
空港にタクシーカウンターができたそうです!
https://4travel.jp/travelogue/11854078
私が渡航した時と隔世の感がありますねー
今日は日帰りヒコーキで松山市です^_^
ちゅう。
- Mugieさん からの返信 2023/09/24 20:49:50
- Re: こんにちは!
- 日帰りで松山ですか?
弾丸ですね。
tomomiさんに質問したら親切に教えてくれました。
ありがとうございます!
ムギー
-
- のほりんさん 2022/08/22 10:09:58
- モデルネコちゃん❤
- すごくいいコに会えましたね。
もう、写り方わかっているみたいですね。
建物もすごくステキです。
- ちゅう。さん からの返信 2022/08/22 22:40:37
- Re: モデルネコちゃん❤
- のほりんさん、こんばんは!
猫さんに注目してくれて、ありがとうございます。
タシケントの公園の表紙の猫、あの子が可愛かったおかげで、ウズベキスタン、猫多かった~という印象だったのだけど、
よくよく考えたら、ブハラ1、サマルカンド2、タシケント3(うち1匹は良い写真がないのでアップせず)の全部で6匹しか会えませんでした。
ちゅう。
-
- sanaboさん 2022/08/22 00:03:30
- 美建築と美猫のウズベキスタン
- ちゅう。さん、こんばんは☆
ちゅう。さんはウズベキスタンにもいらしてたのですね~!
私もヨーロッパ以外で行きたくてたまらない国がウズベキなのです。
ウズベキスタンって中央アジアの国という認識ですけど
4トラの区分では(一般的にも?)ヨーロッパなのですね。
今から11年前のウズベキスタンへのご旅行は、ホテルの予約や
チケットの購入なども大変そうでしたけど、果敢にチャレンジしてらして
ちゅう。さん、凄いな~と思いながら旅行記を拝見しました。
街の食堂はもちろんのこと、駅でも英語なんて通じない世界なんですね。
イスラム建築やモザイクタイルが大好きなので、ちゅう。さんの
旅行記を拝見したら、しばらく治まっていた”ウズベキ行きたい病”が
再発してしまいました(笑)
sanabo
- ちゅう。さん からの返信 2022/08/22 22:12:28
- Re: 美建築と美猫のウズベキスタン
- sanaboさん、こんばんは!
書き込みありがとうございます。
ウズベキスタン、欧州分類は無理がありますね。旧ソ連だったからかな?地球の歩き方は、アジアに分類されてますね。
現在では、ビザも免除されて、闇両替もなくなり、国内線、鉄道、宿もみんなネットで可能となって、かなりハードル下がっていると思います。英語通じなくても、いまはスマホで、通訳やら翻訳できちゃうし。
グッと観光客も増えてくると思うし、ますます地球も温暖化することを考えると、行きどきかも!?
見たことのないモザイクタイルの世界が待っていますよ(=^ェ^=)
ちゅう。
-
- コロコロパッカーさん 2022/08/21 20:07:51
- 楽しませていただきました!
- 家族をびびらせないように、〇〇スタンを隠す、エアコンの効いていない列車、延々に買えないチケット、人懐っこい子供、突如現れる日本語を学ぶ若者、知らん家族と記念写真・・・ウズベキスタンあるあるすぎて懐かしくなりました、ウズベキスタンに行った旅行者はもれなく経験しているんですかね笑
カラーンミナレットの見えるカフェ、私も同じところに行っている気がします。あの景色がとても好きです。また必ず行かなければ・・・
ウズベキスタンのねこちゃんたちもかわいかったです、かわいい系の子が多い、癒されました^^
- ちゅう。さん からの返信 2022/08/22 21:58:13
- Re: 楽しませていただきました!
- コロコロパッカーさん、こんばんは!
書き込みありがとうございます。
コロコロさんのウズベキスタン、復習してきました。
ヒヴァもやっぱり良いですね。
子供達が生き生きとしていて、素敵な写真ばかり。
最初の空港からのタクシーのくだり、めっちゃ同じで笑いました!
空港出るとタクシードライバーがワラワラと、薄暗い空港、薄暗い道路、しつこい両替のセールス、まったく同じ。
唯一違うのは、コロコロさんのドライバーはイライラ系だったんですね。私の場合は多分英語が通じてなかったので、最後まで両替のチャンスがあると思ってて、終始ニコニコだったんですよ。
ブハラのカフェ、同じですね。
写真で見てもあの風景は唯一無二で最高ですよね~
最近は、ビザも免除になり、ネットで国内線も鉄道も宿も簡単に取れるようになりハードルがグッと下がりましたね。
けれど、いつまでのあの人懐こい子供達が擦れてこないように祈るばかりです。
ちゅう。
-
- Decoさん 2022/08/21 09:26:45
- 貴重な旅
- ちゅう。さん、おはようございます。
ウズベキスタン…なかなか日本人観光客が行かない国だと思いますが、それだけに貴重な旅ですね。
中央アジアのイスラムの国で旧ソ連圏…確かにちょっと心配な感もありますが、逆に旧ソ連圏の方が良いのかも…周囲の旧ソ連圏以外の国を考えると…
ウズベキスタンは美しい国ですね。伝統的なイスラムの建築と花々、街並みもエキゾチックさと共に清潔感のようなものも感じます。サマルカンドも他の街も、観光地としては超一級だと思います。メジャーな観光地になるのも時間の問題かも知れません(既になってる?)が、コロナやウクライナ情勢でどうなるのか…。
猫も可愛いし、東西交流の拠点でもあるから、民族的にもいろんな顔立ちの人が多いですね。
2011年のご旅行ということですが、写真の皆さん、どの方もにこやかで平和に暮らしていらっしゃる感じがしました。今も、これからも、どの国も平和で穏やかであってほしいですね。
Deco
- ちゅう。さん からの返信 2022/08/22 21:46:33
- Re: 貴重な旅
- Decoさん、こんばんは!
毎日、暑い日が続きますね!
書き込みありがとうございます。
なかなか気分が乗らない中、面白かったウズベキスタンなら、と順番抜かして旅行記にしてみました。
日本人の私たちからしたら、モスクもマドラサも素敵な観光資源になってしまうのですが、現地の人からしたら、生活に根ざした宗教施設なんですよね。大昔の奈良や京都みたいなもでしょうか。
10年以上前で面倒なことも多かったですが、そこが旅行の醍醐味でもありました。
ビザが免除になってグッと旅行者が増えていると思いますが、「人が魅力」のウズベキスタン、いつまでも擦れないでいてほしいものです。
ちゅう。
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