2021/10/28 - 2021/10/30
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worldspanさん
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弘前城の三ノ丸から本丸を散策した後は、弘前城周辺を中心に散策した。江戸時代の建物が残るエリアや、弘前市内の明治から大正時代に建てられた建物をメインに観光。銀行や教会など当時のままのこされているので、弘前城以外にも見応えがあり、楽しく街歩きをすることができた。
自分が育った広島市内は原爆の影響で昭和初期までの建物がほとんど残っていないので、弘前市が羨ましくも感じた。
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弘前城から北に向かい城下町を散策する
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弘前城から一陽橋を出て次に訪れたのは仲町伝統的建造物群保存地区を散策した。この保存地区には藩士の家々が並ぶ昔ながらの通りの雰囲気が残る場所だ。
仲町伝統的建造物群保存地区 名所・史跡
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多くの家々は現代的な建築だが一部は武家屋敷を見ることができる。
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旧伊東家住宅は元藩医の住宅。1800年代に作られたと言われる邸宅だが、もともとは旧東奥義塾外人教師館などがある元長町にあったが、昭和53年に弘前市が伊東家から譲り受け、現在のこの地に移築・復原されることになり現在に至ることとなった。庭園もなかなか見どころある
旧伊東家住宅 名所・史跡
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邸宅の様子
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こちらは旧梅田家の邸宅で、旧伊東家の裏手に位置する。江戸時代後期(1850年代頃)に作られたと言われる。旧梅田家は茅葺きの伝統的な日本家屋の作りをしており、津軽藩の士族たちの生活を垣間見ることができる。新型コロナウイルスの影響で入館できなかったのが残念だ。
旧梅田家住宅 名所・史跡
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旧笹森家は弘前市の仲町伝統的建造物群保存地区内にある武家屋敷の一つ。旧伊東家同様にこの場所に平成24年には移築された日本家屋の一つだ。少なくとも1756年にはこの建物が存在していたと言われる古い家屋でもある。今回残念ながら門は固く閉ざされており、外観のみを楽しむだけとなった。
旧笹森家住宅 名所・史跡
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亀甲門につながる亀甲橋はかつて架け橋だった。
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亀甲門は北門とも呼ばれ1611年に建設された城門だ
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亀甲門から亀甲橋を渡った正面に建てられている日本家屋が石場家住宅がある。国指定重要文化財にもなっている家屋で、江戸時代中期に建てられたと言われている。津軽藩内のわら工品や荒物を扱っていた豪商の邸宅なのだとか。
石場家住宅 名所・史跡
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国指定重要文化財となっている石場家住宅の現在、今もなお江戸時代からつづく家屋のまま石場屋酒店として営まれているのだからすごい。江戸時代中期に建てられた建築物で今もなお商人が店を守っているなんて!
石場屋酒店 専門店
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次に訪れたのは津軽天然藍染 川?染工場。石場屋酒店と同じ筋にある。ここのたてものもなかなか見ごたえがある。建物は1800年頃に建てられており歴史がある。弘前市はこの建物を弘前市歴史的風致形成建造物として指定しているほど。訪れたときには残念ながら営業していなかったが、素敵な藍染を販売しているようなので、是非足を運んで見てほしいお店だ。
津軽天然藍染 川?染工場 専門店
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仲町伝統的建造物群保存地区で最後に訪れた場所がこの旧岩田家住宅だ。寛政10年 (1798) から文化5年 (1808)に建設されたと言われる建物だ。
旧岩田家住宅 名所・史跡
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この建物の美しさはなんと言っても茅葺きの屋根だろう。家屋が建てられて200年も過ぎるにもかかわらずこうしていまもなお残されていることがすごい。
岩田家住宅は残念ながら営業していなかったので、垣根から眺めるだけとなり、市役所のある南方面に足を向けた。旧岩田家住宅 名所・史跡
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弘前城の城北の城下町を見た後、南下がり市役所方面へ
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外濠と弘前城を繋ぐ三の丸東門。1611年に建設された。この門から更に進み、中濠と二の丸をつなぐ場所に東内門が残されている。
弘前公園 (弘前城) 公園・植物園
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仲町伝統的建造物群保存地区と弘前市役所の間に位置する高谷家別邸は昭和9年に現在の青森銀行、第五十九銀行2代目頭取の高谷英城が別邸として建築された建物だ。現在登録有形文化財にも指定されており、翠明荘と呼ばれる割烹料理屋としても活用されている建物だ。
奥膳懐石 翠明荘 グルメ・レストラン
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弘前へのカトリックの布教は明治11年頃から活発になり、現在の弘前カトリック教会堂は1910年にオージェ新婦の設計をもとに日本人が建設された教会だ。ゴシック様式的な尖塔やロマネスク様式の半円アーチなどが取り入れられた複合様式として作られている。
弘前カトリック教会 寺・神社・教会
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教会の内部はゴシック様式の祭壇がある。
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続いて訪れたのは弘前教会。こちらは先ほど紹介した教会と異なり、プロテスタント系のキリスト教会だ。1875年(明治8年)10月3日に建設され、東北最古のプロテスタント教会でもある。双塔形式の建物は外観がとても美しい。
弘前教会 寺・神社・教会
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弘前の桜大通りまで戻ってきた。中心部には弘前市民中央広場がありのんびりした雰囲気になっている。その広場の正面には現在の青森銀行、かつて旧第五十九銀行と呼ばれた本店本館が残されている。1904年(明治37年)に建設され、国の重要文化財に指定され青森銀行記念館として保存された。元の場所から50メートルほど移動しているのだという。
青森銀行記念館 美術館・博物館
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旧第五十九銀行本店本館の前に広がる弘前市民中央広場。元々弘前市庁舎や警察署があった場所を大きな広場として開放している。大きく二面に分かれており、芝生が植えられた「憩いの広場」ともう一つ「賑わいの広場」となっている。公衆トイレはとても清潔感があり、利用しやすい。
弘前市民中央広場 公園・植物園
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弘前の街歩きをしているときに街のパン屋さんを探して行き着いたのがこのマタニ。
マタニ グルメ・レストラン
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ケーキや手作りパンが売られている。店内はおしゃれでもなければなんの変哲もない。しかしケーキは見てからに美味しそうで、パンも同様。
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今回購入したのはメンチカツバーガーを購入したが、これが美味しい。パンもさることなく挟まれたメンチカツも口にあった。おすすめのパン屋さん
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弘前簡易裁判所の横を通り過ぎていく
追手門広場 公園・植物園
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旧東奥義塾外人教師館
その名のとおり、福澤諭吉が創設した慶応義塾にならい、文明開化を学ぶため外人教師を招へいし、明治5年(1872年)に私学校として東奥義塾外が開校した。その外国人教師のために明治23年(1890年)に建築されたのがこの旧東奥義塾外人教師館。1932年(1899年)に焼失し、現在の建物は1901年に再建されたもの。レンガ積みの基礎とした木造2階建として建設された。旧東奥義塾外人教師館 美術館・博物館
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旧弘前市立図書館
旧東奥義塾外人教師館のすぐ横には側面から見ると教会を彷彿させる美しいたてものがある。それが旧弘前市立図書館で、1906年(明治39年)に建設された。木造3階建てではあるが、八角形双塔がとても特徴的だ。
1931年(昭和6年)まで市立図書館として利用された。設計は日本人の堀江佐吉という人物であるという。旧弘前市立図書館 名所・史跡
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正面から見ると洋館のようにも見える。
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現在の弘前市立弘前図書館は、旧図書館の横に建設され近代的な姿となっている。この弘前図書館には郷土文学館が併設されている。郷土文学館では明治以降に活躍した太宰治などの地元にゆかりのある文学者を紹介した博物館だ。残念ながら新型コロナウイルスの影響で営業をしていなかった。
弘前市立郷土文学館 美術館・博物館
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弘前市庁舎
庁舎の紹介に「水平線を協調してモダニズム建築の特徴を示しつつ、目の前に立つ弘前城追手門と呼応するように、二層の深い軒を出し、柱や梁をあらわして意匠的な協調を図ろうとしている」とあったが・・・。ん~よくわからん -
目の前には弘前城の二ノ丸が見える
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旧第八師団長官舎(弘前市長公舎)
ここのスターバックスは店の建物に注目してほしい。1917年(大正6年)、第八師団長官舎として建設された玄関部に切妻破風をもつハーフティンバー風洋館として建てられ、登録有形文化財にも指定されている建物だ。大正時代の高級な趣を残す建物は秀逸だ。昭和26年(1951)には市長公舎として利用されたこともある。スターバックスの店舗の中でも屈指だろう。旧第八師団長官舎 (弘前市長公舎) 名所・史跡
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弘前城エリアを観光後、長勝寺や中央弘前方面を観光する。
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市役所の駐車場に置いたレンタカーを運転し、1.5キロ離れた長勝寺へ
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長勝寺三門
長勝寺と言えばこの三門であろう。寛永6年(1629)に弘前2代藩主の津軽信枚によって建立された楼門で、高さが16.2mもあるのは圧巻だ。
文化6年(1809)に大修理が行われ、花頭窓のほかに仁王像を置いたのだそうだ。
長勝寺 寺・神社・教会
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長勝寺庫裏
長勝寺庫裏は慶長代(1596~1614)に移設と言われている。庫裏は、もともと大浦城の台所として建てられたいたが、このその時代にここに移したものと伝えている。
長勝寺嘉元鐘
1306年、嘉元4年に作られたとされているので嘉元鐘と言われている。重要文化財に指定されており、長勝寺よりも古いものである。 -
太平山長勝寺本堂
慶長十五年(1610)に二代藩主津軽信枚により建立された。
領内の曹洞宗寺院を集めて現在の33ヶ寺院の禅林街の中心ともなる寺院だ -
長勝寺蒼龍窟(元禅堂)
額には堂の名前、「蒼龍窟」と刻まれている。堂の中には五百羅漢が鎮座している。 -
嶺応山 梅林寺
曹洞宗の寺院で山号は嶺応山嶺応山 梅林寺 寺・神社・教会
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栄螺堂(さざえどう)
弘前藩2代藩主の津軽信枚が禅林街(禅林三十三ヶ寺)を作り曹洞宗の寺院を集めたが、栄螺堂もその一つ。栄螺堂は日本にはいくつかあるが、禅林街のこの栄螺堂が日本最北の栄螺堂として知られている。禅林街の寺院の中には17世紀に創建された寺院もあるが、栄螺堂は天保10年(1839年)頃、弘前の豪商中田嘉兵衛の寄進により創建された。八角になった建物は朱色で塗られており、禅林街ではとてもインパクトのある建物だ。栄螺堂(蘭庭院) 名所・史跡
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禅林街(禅林三十三ヶ寺)は弘前藩2代藩主・津軽信枚が、弘前城の西南の抑えとして領内の寺院を集めたのが起源だが、禅林街には別名通り、三十三の寺院があり何れも曹洞宗の寺院が並んでいる。禅林街の一番有名な寺院は太平山長勝寺本堂だろう。
慶長十五年(1610)に二代藩主津軽信枚により建立された寺院でもある。ぜひ長勝寺に入ってみたい場所だ。
禅林街 名所・史跡
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金華山 泉光院は栄螺堂の横にある寺院
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最勝院 新仁王門
昭和五十八年(一九八三)に作られたらしい。最勝院 寺・神社・教会
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最勝院の注目すべきのは五重塔だ。
五重塔は重要文化財に指定されているものでは日本最北に位置する。 -
最勝院の紅葉もきれいに紅葉をみせている
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最勝院五重塔は津軽藩3代藩主津軽信義、4代津軽信政により、10年以上をかけて建設が進められ、寛文7年(1667年)に建立され、高31.2メートルある。
最勝院五重塔 寺・神社・教会
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五重塔が紅葉の木々に色鮮やかに彩られている。
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こちらは最勝院の本堂。真言宗の寺院だ。この地に移ったのは天文元年(1611)だといわれている。開山当時は堀越城の城下にあったが、慶長14年(1609)に弘前藩初代藩主津軽為信が弘前城築城時に、現在の地に移設された。
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最勝院の横には神社があり八坂神社という。現在の地に作られたのは正保4年(1647)と言われている。最勝院と一体となったような場所にあり、社殿は控えめな大きさであるが、由緒正しい神社でもある。その昔はあの坂上田村麻呂が創建したと言われる大円寺の守護神社として作られていたというのだから、その歴史はそうとうだ。
八坂神社 寺・神社・教会
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最勝院の次に訪れたのは弘前れんが倉庫美術館。
明治から大正時代の「記憶の継承」をコンセプトにされて建築家、田根剛氏による設計された美術館だ。
館内には、展示室、やスタジオ、市民ギャラリーのほか、無料で利用できるライブラリースペースがある。弘前れんが倉庫美術館 美術館・博物館
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弘前レンガ倉庫美術館は旧吉井酒造煉瓦倉庫を再利用した美術館でもある。建物は1907年(明治40年)から1923年(大正12年)頃にかけて日本酒の醸造・貯蔵のために作ったものである。
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工場と倉庫が一緒になった建物なので規模は大きい。
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工場の近くには弘南鉄道の大鰐線が走っている。
大鰐線は弘南鉄道に編入された路線だ。元々1952年(昭和27年)に 弘前電気鉄道として開業したが経営難により1970年10月1日に経営権が弘南鉄道に譲渡された。そのため弘前駅を起点に路線をのばすオリジナルの弘南鉄道の弘南線とは交わることがない。弘南鉄道 弘南線 乗り物
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弘南鉄道大鰐線の中心駅は中央弘前駅だ。この駅はJR弘前駅から離れた場所にある駅だ。なぜ開業時に弘前まで延ばさなかったのか不思議で仕方ない。中央弘前駅は面白い作りになっており、レンガ美術館から弘前中央駅方面に向かうときにはホームに自由通路が設けられており、駅の入場券を買うことなくホームを縦断することができる。ただこの自由通路は試行的なもので、2021年12月25日に終わったようだ。
中央弘前駅 駅
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まっすぐ向いて、ホームの作の右側が自由通路だ
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ホームから見た中央弘前駅。かなり年季が入っている。
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中央弘前駅から美術館に戻ってきた。
美術館の横は緑地になっているが、土淵川吉野町緑地と呼ばれる。芝生が植えられ弘前市民の憩いの場のような公園でもある。ベンチもあるので旅の途中でゆっくり休むこともできる。
初夏にラベンダーが咲き、冬は一面雪に覆われるのだそうだ。また他に巨大な犬の立体もあるのでみていこう!土淵川吉野町緑地 自然・景勝地
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れんが美術館のすぐ前にある住吉神社、松尾神社
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弘前れんが倉庫美術館の近くにはもう一つ見ておきたいたてものがある。それは日本聖公会の弘前昇天教会 。
日本聖公会という言葉に馴染みを持たない人も多いかもしれないが、英国国教会の流れをくむ。立教大学や桃山学院大学、聖路加国際病院は聖公会系といえば親近感も少しは湧くのではないだろうか。
弘前昇天教会は1920年(大正9年)に建設され、1993年(平成5年)県重宝に指定された建物だ。平屋建の教会堂は、赤レンガがとても印象的な建物で、近くのれんが倉庫美術館とはまた違ったイギリス風の外観がとても印象的な建物だった。ちなみに教会のレンガの積み方はイギリス積と呼ばれるのだそうだ。弘前昇天教会 寺・神社・教会
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正面から見た昇天教会
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車を移動させ、弘前で最後に訪れたのが旧弘前偕行社。この場所には元々弘前藩主の津軽氏の別邸があったが、明治40年(1907)に陸軍の第八師団に勤務する将校の親睦・互助・研究のための施設としてに建てられたのだそうだ。後の大正天皇になられる嘉仁親王はこの地にご宿泊されたほど由緒ある場所でもある。
旧弘前偕行社 公園・植物園
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大正天皇が称賛した庭園は今は残っていないのかな。。見当たらなかった。
旧弘前偕行社
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