2025/03/20 - 2025/03/23
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takkeyurianさん
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推しのチームを見守る旅をしてみたい、といわゆるアウェイツーリズムに夫は憧れていました。ここ2~3年、旅する理由を推しチームに擦りつけて、日本のあの街この街を訪れています。なお、転校の多かった夫にとってゆかりのある町はたくさんあるけど、推しのチームは雪国をホームタウンとするフットボールクラブです。自分たちの思い出を忘れないようにメモのような構成で、写真多めでこの場をお借りします。すみません。
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前回までのあらすじ~八戸で推しチームの試合を見守り、市場で魚介の朝飯に舌鼓を打ち、蕪嶋神社でウミネコたちの糞と格闘したあと、星野リゾート青森屋のトロトロの泉質で体を癒やして、県都・青森市へ移動して青函連絡船→ワ・ラッセ→県立美術館のミュージアムのハシゴをするのであった。
ドーミーイン青森をチェックアウトして、青森県立美術館にてアート鑑賞後、新青森駅へとバス移動して、奥羽本線の在来線特急に乗り込みました。まだまだ青森を堪能するぞ。 -
北東北はまだ雪景色なので、日本って広いなあ、としみじみ。
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進行方向の右側に座ったのは、岩木山を車窓から眺めることが出来るというので。見えてきた、見えてきた。
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林檎の木々の向こうに岩木山を望む。別名「津軽富士」を名乗る資格のあるシルエット!頂上を少し覆った雲がなければ・・・前月の富士山を見る旅でも雲の存在にヤキモキしたことを思い出す。
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スーパー津軽という名称の特急にて弘前駅に到着しました。お顔がやや怖い。※鉄道を勝手に擬人化して、かつ個人の意見です。
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初めて訪れる街です。
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駅構内の壁面が津軽こぎん刺しをテーマにラッピングされていました。
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りんごの品種別ジュースの自販機だ。
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こけし。
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お、誰だよ?こいつは「つがにゃん」。津軽の海岸で気ままに生活する猫の女の子、とJR東日本秋田支社が生んだキャラとのこと。
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改札を出るとコンコースに、巨大りんごと、弘前ねぷたが出迎えてくれました。弘前は、ね「ぷ」た、なんだよね。
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駅前のHIROSAKIモニュメントの「O」がりんごです。こういうのツーリストには嬉しい。
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さて、街歩きを始めます。
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ここにも、りんごのオブジェ。齧られている。
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駅から徒歩20分ほどで辿り着いたのは、ここ。左は1907年(明治40年)、右が1923年頃(大正12年)の建設だとパンフにて説明されています。
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弘前れんが倉庫美術館である。
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入るとすぐに奈良美智氏の犬が再び。さっき青森県立美術館で見たやつは「あおもり犬」、そして、ここ弘前のやつは「A to Z Memorial Dog」という。
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古いレンガと新しいレンガが組み合わさっています。犬の後ろは古くて、エントランス側は新しめ。
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外光の入り方もアートのよう。
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ライブラリフロアへの階段下に、ジャン=ミシェル・オトニエル作「エデンの結び目」が常設されていました。
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ここも光の差し込み加減が素敵で、階段から見下ろしたアングルです。
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れんが倉庫美術館前に広がる緑地公園は、まだ白い。
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でも散策路は除雪されていて、向こうに電車がいる。弘南鉄道大鰐線の駅らしい。
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フェンスぎりぎりまで近づいて見学させてもらおう、と近寄ると・・・
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えっ、ここから先に進める!?中央弘前駅自由通路だって。
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本当だ。ホームとはフェンスで区切られているけど、駅舎のほうへ繋がっているみたい。
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ホームにはこけし。もちろん、乗客のほうを向いているので表情は分かりません。
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停車中の車両を自由通路からも拝むことができました。かつては首都圏を走っていたやつだけど、津軽こぎん刺しの模様がラッピングされて、ご当地仕様に。
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駅舎まで来ました。味のある駅名フォントだね、と夫婦ともどもスマホを向ける。
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しかし、ここで自由通路とホームを隔てるフェンスは途切れて、地面には白い矢印が斜めへとペイントされていることに気づく。右の引き戸は「改札口」・・・矢印の先にある左の引き戸は「自由通路口」・・・動線がクロスしている。
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ホームの柱には、ここから先は有料ゾーンだよ、と。
※ちなみに、車両の後方に建つビルに隠れつつ、最勝院五重塔がちらりと見えています。 -
自由通路口から駅舎へ入り、振り返ると、かつてはこっちも改札だったのでしょう。
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「◎ホーム(右側)に入る際には入場券(150円)が必要です。※入場券で電車内に入れません。※自由通路(左側)をご利用の際は間違えてホームに入らないようお願い致します。」と貼り紙あります。駅自体は存じ上げていましたが、れんが倉庫からの「自由」というか、「秘密」の抜け道は知らんかった。
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駅舎にデカデカとりんごがペイントされていて、「りんご畑鉄道」との愛称!ちなみに、駅名が弘前中央、じゃなくて、中央弘前なのは何でだろう。
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レトロだなあ。でも、この路線は2028年3月をもって運行休止することを、旅を終えてから思い出したのです。レトロ、レトロって言うだけで、申し訳ない・・・
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駅前ロータリーに隣接して教会がありました。
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1920年(大正9年)に建てられた弘前昇天教会である。平たい鐘塔がかわいい。
旅を終えて復習がてらウィキペディアをチェックすると、内部のチューダーアーチの意匠やコントラストが印象的だという。外見だけで満足しちゃった。旅にはある程度の予習が必要だな・・・ -
教会を背にして路地に入ると、メルヘンなカタチとカラーリングの建物が!
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旧一戸時計店時計台です。1897年(明治30年)に建てられたという。
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青空に映える。ここに小人の妖精が住んでいても疑わない。
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時計台のある土手町には、各店舗が何を扱っているかイラストで示していて、デザインが秀逸でした。
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おっ、でっかい商業施設だけど活気がない。昨年8月に力尽きた中三弘前店でした。閉店セールもなかったという。アウェイツーリズムに出かけて、ご当地デパートが終止符を打つ事例もちらほら。
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商店街を抜けると、1927年(昭和2年)築の旧弘前無尽社屋(三上ビル)が見送ってくれました。
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市民中央広場へ差し掛かると、両脇に女性を侍らせたモテモテの貴族がいる。
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雪が残っているので近くに寄ることが出来ず、何者か分からない。→即、グーグルマップで検索すると安寿と厨子王と、そのお母さまでした。・・・家族愛の像をいやらしく見た自分たちがダメなんでしょうか。でも、この造作だよ。
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その像と道を挟んで、旧第五十九銀行本店本館(青森みちのく銀行記念館)が建つ。1904年(明治37年)完成の建物です。
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営業室から、出入口と客溜まり(つまりは窓口ロビー)を眺める。カウンターは青森県産けやきだという。
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設計と施工は堀江佐吉さん。大工の棟梁で、建築デザイナーという、もうオールマイティじゃん。そして、彼の子供たちも多くの建物をプロデュースしたと紹介するパネルです。
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それでは、この階段で2階へ。
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会議室の格天井に施されている壁紙は金唐革紙で、「明治から昭和初期にかけて多くの建物で使われました」とパンフレットに紹介されていますが、現在、残る建物はわずかだという。
そして弘前市内には、この銀行建築のように、歴史的建造物が点在していることを紹介するパネルが並びます。可能な限り、それらをこの午後の散策で見て回りたい。 -
ちなみに、現代では左側に「青森みちのく銀行親方町支店」が営業していますが、もともと、このレトロ建築はあそこに位置していたという。それを90度ぐるりと回して、さらにこっちへと曳家して、こんな位置関係になりました。
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次のレトロ建築への道中、八戸でも見かけた明治天皇の巡幸を記念する碑だ。
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さあ、つづいて旧東奥義塾外人教師館です。招聘された外国人宣教師の住居でした。初代は1890年は建てられて、ここに残るのは1900年(明治33年)に再建されたもの。
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さっきは銀行としての建築でしたが、今度は住居としての建築を堪能しよう。
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壁紙が可愛らしいこと。
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このうさぎの置物が欲しい。
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世界名作劇場(TVアニメ)で目にしたような古き良き外国のおうち。
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でも「和」テイストもあり。これ、襖と押入れだよね。
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驚いたのは室内にブランコがある。あの梁は構造的に大丈夫かしら。
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この部屋には歴代の外国人教師の写真が飾ってあるのだけど、フォレット先生だけ上半身裸なのよ。
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旧東奥義塾外人教師館の裏手にはこんなコーナーがありました。
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弘前市内に実存した建造物がミニチュアで展示されています。冬季以外はアウトドアで展示されているらしい。ずいぶんとしっかりした雪囲いです。
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旧弘前郵便局だって。これは残っていて欲しかったな。
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ミニチュア群を抜けると、つづいてのレトロ建築です。双塔の八角ドームが美しい。これは先ほどの銀行建築を手がけた大工兼建築デザイナー、堀江佐吉の作品で、1906年(明治39年)に建てられた、旧弘前市立図書館である。
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おじゃまします。八角形のカクカク。
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普通閲覧室、特別閲覧室、評議室があり、この部屋は婦人閲覧室だって。
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旧弘前市立図書館からは岩木山が見えます。新青森駅から移動中の車窓では雲が覆っていたけど、完全体のお出ましだ。
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明るいうちに先を急ぎたいところだけど、旧図書館の横に弘前市観光館なる施設がある。入ってみる?
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入って正解でした。1階にはねぷたが展示されていました。昨日訪れた青森市のワ・ラッセように、弘前市にも「ねぷた村」があるけど、今日は行けない。だから、ここで見れて嬉しい。
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そして2階には津軽の民芸や工芸品が並ぶ。ジャンボ鳩笛だ!さっき、れんが倉庫美術館に併設されたカフェ兼ショップで、こいつを入手してあります。
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ほら、これ。小さいほうがかわいい。今回の青森旅八戸編でも記しましたが、民芸玩具は巨大化しちゃだめ。
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やっぱり東北はこけしだよな。
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この施設は入場料が要りません。でも、展示が充実していました。
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そして、自分たちの購買意欲をくすぐる品揃えの土産屋もありました。おしゃれなスーベニアショップも良いけど、こちらはザ・土産屋!旅先で妻はキーホルダー、夫はマグネットを集めていますが、もちろんモチーフはりんご、でしょう。
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さて、さらに建築ウォッチングへ。前川國男氏の設計した市役所の前には、りんごポスト!
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もうちょい歩くとスタバ。コーヒー飲むぞ。
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このスタバは1917年(大正6年)築の旧第八師団長官舎で、その後は弘前市長公舎として活用された建物でした。佐吉棟梁の六男、堀江金蔵作である。
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雪国で育った夫婦としては、ひんやりした外と、少し暑いくらいぽかぽかの店内の差が、何か懐かしい。
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スタバから200m先にある旧藤田家別邸洋館(1921年(大正10年))も堀江一族の仕事です。佐吉棟梁の長男、六男、七男、八男、そして孫(長男の子)が手がけたという。ちょうど16時半の閉館を迎えたので庭から眺めるだけ。惜しい・・・あのとんがりと、その赤がアクセントになっています。
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どんどん行くぞ。つづいて旧藤田家から弘前城外濠の端っこを渡り、弘前公園へと入り、時代はいよいよ現代の建築物を見学します。1964年(昭和39年)竣工の弘前市民会館である。
ちなみに、弘前市には前川國男氏の手がけた建築物がたくさん。でも、あれもこれも訪れるのは難しいので、ここ一択です。 -
まずは、大ホール棟のホワイエを拝見しましょう。
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前川國男氏の建築物を意識して見学したのは、宮城県立美術館が初めてだけど、その時もカラフルなスツールが印象的でした。弘前も同じ。
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シャンデリアにもうっとり。
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ホール自体は明日の大学卒業式の準備中につき、じゃまにならぬよう見学はせず、管理棟へ移動しました。青いステンドグラスと照明の配置が美しい。
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ステンドグラス「青の時間」は弘前市出身の洋画家・佐野ぬい氏による。「佐野ブルー」「青の画家」と称されるそうな。隣の弘前市立博物館では、一昨年亡くなった彼女の追悼展も開催されているけど、閉館時刻をすぎてしまった。今回の弘前散策は弾丸だからね・・・
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ちなみに管理棟ロビーのロングシートもカラフル。前川國男氏の内装の特徴だと、勝手に思っています。
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大雪で木が折れたの?
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弘前城二の丸南門が登場すると、いよいよ弘前公園が城址としての様相を見せてきた。この門は築城当初の1610年(慶長15年)頃の建築だという。
さっきは昭和後半にさしかかる建物を見たというのに、一気に江戸時代初期へと遡ったぞ。 -
見づらい写真だけど、びよーんと枝垂れ桜が垂れています。1914年(大正3年)に植栽されたけど、2011年の大雪で根元から倒れてしまい、現在は治療中とあります。かんばれ。
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弘前城は石垣の大修復工事中なので、天守にはちょっと退いてもらっている、と聞いていました。手前の石垣角っこが本来の居場所だけど・・・向こうに天守がちらりと。
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貴重な現存天守の1つ。やや小ぶりなのは、幕府への配慮かららしい。「天守なんて大したものじゃなくて、ちょっとした櫓ですから、何も徳川さまに逆らうような、やましい事ないっす。」
こんなふうに本丸の内側に曳家されています。石垣の上ではない「地べた」に建つのも、今だからこそ。 -
天守前から、本来の居場所を振り返ってみました。工事が終わったら、あそこに戻るのね。
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赤ライン下の角っこから、ピンクの位置まで曳家したのか。技術ってすごい。
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そして本丸から西濠を見下ろすと、向こうに完全体の岩木山が!絶景かな絶景かな。
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さて、弘前城址を後にするかね。まだまだ雪が多いけど、1カ月後あたりは桜の花で華やかなことでしょう。
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三の丸東門から公園外に出ると、サムライ像あり。津軽藩の藩祖、津軽為信公が弘前文化センター前に立っておりました。ここからの徒歩圏内で建築ウォッチングのラストスパートです。
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翠明荘(旧高谷家別邸)は佐吉棟梁の六男と八男の仕事だという。
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フランク・ロイド・ライトみたいじゃね?と夫婦は少ない知識をもとに喜ぶ。帝国ホテルが1923年(大正12年)築で、こちらは1934年(昭和9年)築だから、その10年のあいだにヒントを得たのかな。
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ちなみに翠明荘の後方は「和」そのもの。敷地外には屋根だけ置いてあるけど、どうしたのだろう。
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翠明荘と同じストリートにある1906年(明治39年)築の日本基督教団弘前教会です。
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さらに教会建築のハシゴ、そして、こちらで〆となります。このカトリック弘前教会は明治43年築で、佐吉棟梁の弟さんが施工したとのこと。
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もう17時30分だけど、まだ内部を見学できるみたい。この十字架も津軽こぎん刺しかな?
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美しい。祭壇はアムステルダムにある聖トマス教会から譲り受けたものだという。
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1984年(昭和59年)に設置されたステンドグラスも1枚1枚見応えがあるけど、これは、妻が「弘前の町じゃない?」と気づいたやつ。本当だ。
矢継ぎ早な建物ウォッチングでしたが、堪能しました。さて、帰るとします。 -
電車に乗る前に、早いディナーとしよう。駅に向かう途中にあるショッピングモール、「ヒロロ」のフードコートへ。
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弘前市民のソウルフードをオーダーしました。
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この旅のご当地麺その4→「中みそ」こと「中三の味噌ラーメン」です。さっき土手町を散策中に、閉鎖されたご当地デパート「中三」を見かけましたが、そこの人気メニューだったという。デパートは閉業したものの、このショッピングモールにて復活した、というストーリーにありがたく啜る1杯でした。
ショウガとニンニクの効いた甘めのスープで、野菜どっさり。あれ?中細麺なの?スープに負けちゃうのでは?という見た目は杞憂に終わりました。ご当地麺の青森シリーズを総括すると、この1杯がいちばん美味しかった、と妻は言います。 -
この街にもドーミーインがあるから泊まりたかったな。この旅にて本八戸、青森に泊まったので、青森県に存在するドーミーイン全制覇できたのに。
津軽そば、カレー中華、カジュアルに頂けるフランス料理文化も味わいたい。弘前にはまた来たい。 -
帰宅の交通機関は、弘前駅→(奥羽本線)→新青森駅→(東北新幹線)→首都圏、です。弘前駅からは臨時快速列車リゾートしらかみ号に乗ります。
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半個室ボックスシート、つまりはコンパートメントを指定していました。往路の特急つがるよりも、座席もテーブルも広々なのに特急券は不要で、乗車券と座席指定券のみでOK。
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弘前から新青森までの30分の旅路ですが、こんなに買い込んで乗り込みました(笑)八戸名物の珍味「なかよし」が弘前でも入手できた。
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駅構内のりんごジュース専用自販機からは「つがる」と「ふじ」をチョイスしてあります。
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2号車以外の設備も見たいけど、たった30分の乗車だから車内ツアーは止めとこう。
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でも、隣の車両だけ覗いてみた。お、売店のようなカウンターがある。終点ぎ近いから営業終了したのかな。いや、以前は「ORAHO」カウンターとして、対面で販売していたのに、今はハコだけ。
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そのかわり無人レジが備わった無人のショップあり。せっかくだから、このシステムを利用してみたい。
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入手したのは、このリゾートしらかみ号は秋田を起点にしているので、いぶりがっこです。
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推しチームのスポンサーさまの商品は、今やご当地テイストが展開されているので、なるべくアウェイツーリズムでも売上に貢献しています。これをバラマキみやげで配ったら評判でした。
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さて、新青森駅です。土偶ねぶた!旅の終わりまで青森は楽しませてくれる。
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JR東日本の新幹線たちと金魚をミックスさせたねぶたたち。東北新幹線で一気に帰ります。
これにて3泊4日の青森旅は終わりました。夫は痛飲が祟ってあんなに具合がよろしくなかったのに、毎日、温泉三昧で回復できたし、仕事のストレスも癒されました。そして、青森のポテンシャルも期待どおりでした。県内には他にも訪れたい土地があります。青森県を好きになった旅路でした。
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