2017/04/02 - 2017/04/27
814位(同エリア3042件中)
さわ子さん
2017年春、羽田から全日本空輸でババはロンドンへ、ジジはミュンヘンへ別々に出発し、3日後にフランクフルトで合流しポルトガル、スペイン、ドイツと周り、フランクフルトから羽田に帰国しました。
全体の旅程の概略です。
★ 4月 2~3日 ミュンヘン泊
★ 4日 ハイデルベルク泊
★ 5日 フランクフルト泊
★ 6~10日 リスボン泊
★ 10~12泊 ポルト泊
★ 13~17日 マドリッド泊
★ 18~19日 コルドヴァ泊
★ 20~21日 セヴィリャ泊
★ 22~23日 バルセロナ伯
★ 24~26日 フランクフルト泊
★ 27日 フランクフルトから羽田へ
第2回目の旅行記は、ジジがミュンヘンにあるドイツ博物館分館の航空機部門と陸上交通部門の博物館を見学した記録です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ヨーロッパの初日は、どうしても時差の関係で早起きになってしまいます。朝食も済ませ8時にホテルを出ました。ホテル.マルク.ミュンヘンがあるゼーネフェルト通りを北に歩いて150m、中央駅の駅舎南側に出ました。
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こちらは駅舎の正面です。19世紀中頃に建設され、その後増築されていった初代の駅舎は第2次大戦で全壊し、戦後にこの味気ない建物で再建されました。
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郊外も含む1日乗車券を8.80Euroで購入し、中央駅地下からSバーン1号線でオーバーシュライスハイム迄行きます。ババが伴っていないドイツでの3日間は、ジジだけが興味を持つ博物館巡りをします。最初の訪問先はドイツ博物館の航空機部門の分館です。
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月曜日の午前8時10分ですが、車内はこのように空いています。座席は近郊線用の電車なのでシンプルです。座席の手摺りもありません。吊り輪もありません。
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電車は地下から直ぐに地上に出ます。ミュンヘン中央駅は大変大きな駅なので、何本もの線路が駅に向かっています。写真の左側、線路の南側には車両の待機場所が設けられています。ドイツ鉄道で、赤い客車や電車、ディーゼル列車などは近距離のローカル線の車両の色です。
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ドイツ鉄道の線路を走る区間限定の鉄道会社"alex"の車両も待機しています。
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中央駅から20分程でオーバーシュライスハイム駅に着きました。このSバーン1号線は空港まで行く路線です。
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博物館まで駅から南へミッテンハイマー通りを1.4Km歩いて行きます。
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道路に設置された鏡で街並みを写しました。
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通りにあった航空機部門の博物館とシュライスハイム城の案内板です。
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通りはこのような閑静な地域にあります。ミッテンハイマー通りは途中からエフナー通りに名前を変えます。
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突然飛び出す子供を注意喚起する看板です。
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シュライスハイム城が博物館に行く途中にあります。これは城の案内図ですが、何故か南北が逆になっています。ジジは赤い矢印の方向に歩いて行きます。
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これは上の案内図で星印の場所から左の方向を望んだ写真です。
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シュライスハイム城の中庭を抜けて更に南に歩いて行きます。
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「ドイツ博物館航空機部門の入り口は右へ」の標識です。この博物館は、バイエルン王立空軍の1912年に開設された空港の施設を利用しています。
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これはバイエルン王立空軍時代の空港本館です。この建物の後方に当時の格納庫があり展示場になっています。丁度この博物館の開館時刻の9時になりました。入館します。この分館には、飛行機本体と搭載エンジンが展示されています。
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ごく初期の航空機用エンジンで空冷式のものは、回転式エンジンと呼ばれる形が主流でした。このエンジンは、エンジン本体を固定せず、クランク.シャフトを機体に固定し、75Kgのエンジン本体が取り付けられたプロペラと共に回転していました。この形のエンジンで有名だったのが、フランス製のノーム.エンジンでした。これは、7気筒のノーム.オメガ、50馬力のエンジンです。
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こちらは上掲のノーム.オメガを2列に並べて14気筒にしたノーム.ダブル.オメガです。こちらもプロペラと共にエンジンが回転し100馬力でした。
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この飛行機は第1次対戦後期に活躍したドイツ戦闘機フォッカー D VIIです。エンジンは直列6気筒水冷式のダイムラーIII型でした。
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展示場2階の回廊からフォッカー機を見下ろしています。
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前方からの写真です。
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フォッカー機のエンジン部分を拡大しました。
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これは、ダイムラーが製造した直列6気筒SOHCバルブの水冷式航空機エンジンのメルセデスD.IIIaで、第一次世界大戦中に、前掲のフォッカー機を含めさまざまなドイツの航空機で使用されました。このエンジンは、170馬力を出力できました。
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これは1930年代にアメリカで開発された軽輸送機のフェアチャイルド24です。4座席のパラソル翼の単葉機で、その頑丈さからアメリカ陸軍やイギリス空軍でも採用されました。右側の翼が取り去られ、胴体をカットして空中に展示してあります。
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下から見上げています。ブレーキや開閉式のウインドウ等多くの部品が自動車の部品から流用されていました。
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展示場の2階の回廊から操縦室を覗いています。エンジンは125から200馬力まで幅広く選ぶ事ができました。
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この飛行機は、1930年代に複座複葉の練習機として生産されたドイツのフォッケウルフFw 44型です。展示の機は、最後の量産モデルであるFw 44Jで、7気筒のジーメンス=ハルスケ Sh 14エンジンを装着していました。このエンジンは、1920年代と1930年代にドイツで製造された航空機用の7気筒空冷星型エンジンでした。 1928年に最初に実行され、定格は125馬力でした。
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これはウーデット U 12フラミンゴです。この機は、1920年代半ばにドイツで開発された曲技飛行のスポーツ飛行機および飛行練習機でした。こちらも上掲の飛行機と同じジーメンス=ハルスケ Sh 14エンジンを搭載していました。
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旧格納庫を利用した展示場の情景です。前掲の3機の飛行機が見えています。
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これは、ポルシェ911の自動車用エンジンから開発された航空機用の空冷水平対向6気筒エンジンです。排気量が3,164 cc で、209馬力を発揮できました。
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展示場の2階の回廊から眺めた様子です。こちら側には多くのグライダーが展示してありました。写真中央で地上に展示してある黄土色の飛行機は、第2次世界大戦で連絡機等で活躍したフィーゼラーFi 156 です。この機は短距離で離陸、着陸ができました。
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これはドイツで初めて1910年に製作された水冷式V形8気筒のルンプラー.アエロルスです。フランスの同型のエンジンを参考に製作されました。
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これは第2次世界大戦中にドイツで大量生産されたダイムラー.ベンツDB601型エンジンです。水冷式逆V形12気筒で1,100馬力を出力しました。日本の陸海軍がライセンス生産して日本機に同じ型のエンジンを搭載しています。
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このエンジンは片側をカット.モデルとして展示してあります。
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上掲のダイムラー.ベンツDB601型エンジンを搭載したメッサーシュミットBf109型機です。
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同じメッサーシュミットBf109を前方から眺めています。戦闘機では珍しい引っ込み脚です。イギリスの有名なスピットファイヤー戦闘機も同じような引っ込み脚を持っていますが、日本機には見られません。
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こちらは世界で初めて実戦に参加したジェット戦闘機でメッサーシュミットMe262です。
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メッサーシュミットMe262が2基搭載するユンカースJumo 004ジェット.エンジンです。世界で初めて約8,000基もの大量生産が行われています。
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同じような迷彩塗装のメッサーシュミットBf109手前と、メッサーシュミットMe262です。
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これはアメリカのパッカード社が、イギリスのロールス.ロイス.マーリン社のエンジンをライセンス製造したパッカード.マーリンV-1650エンジンです。水冷式のV形12気筒エンジンですが、ドイツの水冷式逆V形エンジンと異なり正V形の気筒配置です。
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このBMW-132エンジンは、ドイツのBMWで1933年から製造されていた航空機用9シリンダー空冷星型エンジンであるアメリカのプラット.アンド.ホイットニーからライセンスを買い取って製造したR-1690 ホーネット.エンジンの発展型として開発されました。
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このユンカース L5エンジンは、ドイツの1920年代に生産された直列6気筒水冷式航空機エンジンです。前掲の1910年代のメルセデスD.IIIaエンジンの排気量14,778ccで出力170馬力から排気量22,911ccに拡大され350馬力に向上しています。
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この展示エンジンも反対側がカット.モデルになっています。
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アメリカの有名なプラット.アンド.ホイットニー社製の空冷星形エンジンも展示してありました。これは同社が開発製造した最初の航空機エンジンで1925年に生産開始された単列9気筒、総排気量22リッターで600馬力のR-1340 ワスプ.エンジンです。約35,000基のエンジンが製造されました。
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こちらは R-1830-90 D ツイン.ワスプ.エンジンで2列14気筒空冷星形エンジンです。総排気量30リッターで1,200馬力の出力でした。全生産量が174,000基に迫るほどで、歴史上最大の生産量を誇ります。
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これはダイムラー.ベンツ社が開発し生産されたDB610異形高出力航空機エンジンです。このエンジンは、高実績を誇る水冷逆V型12気筒のDB601エンジンを横に二つ並べ、一つのプロペラ軸に合計2,700馬力を出力する形式のエンジンです。比較的簡単に大馬力のエンジンが得られる形にしたわけですが当然問題は多く、エンジン加熱による火災が頻発しています。
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展示場の2階回廊から眺めたDB610エンジンです。2台のDB601エンジンを逆V形に繋いでいるのが良く分かります。
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これはBMW社が大量生産した空冷星形のエンジン、BMW 801です。2列14気筒で総排気量41.8リッターになり1,600馬力を出力しました。
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これはドイツの試作エンジンの一つBMW 803です。 このエンジンは、BMW社が開発を目指した4000馬力級の高出力航空機エンジンです。2基のBMW801星型空冷エンジンを背中合わせにして水冷化し、それぞれが2重反転プロペラを駆動します。結果として28気筒4列の星型エンジンになりました。開発は1939年半ばに始まり、何台かの試作エンジンの試験が行われましたが、1944年に開発中止になりました。
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展示場の2階回廊から眺めた BMW 803 試作エンジンです。形態として2台のエンジンを縦に繋げた格好ですが、それぞれは回転が独立していて、互いは逆回転します。日本でも第2次対戦中に太平洋を超えて米国本土を直接空爆できる大型爆撃機の構想があり、そのエンジンとして空冷星型18気筒のエンジン2台を前後に繋げて5,000馬力を目標に開発を始めましたが、試作エンジンでさえ完成しませんでした。
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展示場は旧空港の格納庫の他に、この大きな展示場が造られています。
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このドイツ博物館の航空機部門の分館には、全く日本の航空機やエンジンに関する展示はありませんでした。それで思い出したのが2005年に訪れたロンドン郊外ヘンドンにあるイギリス空軍博物館です。これは日本陸軍の5式戦闘機です。イギリスの技術者によって完璧に復元された川崎航空機社製の戦闘機です。飛行は出来ませんが、1989年にエンジンがオーバーホールを受け発動されています。
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1時間半ほど博物館に滞在し帰路に就きます。シュライスハイム城の堀を渡ります。
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駅までの途中にあったバス停でバスが8分後に来る事を知り、バスに乗ります。購入した交通1日券が使えます。
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オーバーシュライスハイム駅に着きました。駅のホームにあった頑丈そうな駅の自販機です。
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S-バーン1号線で中央駅に戻り、そこから地下鉄4号線で2駅目のシュヴァンターラーヘーエ駅(Schwanthalerhöhe)に向かいます。
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シュヴァンターラーヘーエ駅で下車しました。駅のホームにあった珍しい装置?ですが、大きな鏡がホーム前方に設置してあります。電車の運転手がホームの後方をしっかり確認するためにあるようです。短い電車列車だと折り畳み式のバックミラーを自動車のように車体に付けているのは良く見ますが。
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地下鉄駅から地上に出ると「ドイツ博物館陸上交通部門分館は左の方向」との標識を見つけました。
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案内どおりに南の方向に歩くとドイツ博物館の分館らしき建物を見つけました。
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ドイツ博物館陸上交通部門分館の正面玄関前に着きました。この分館は、1908年に建設されたミュンヘン見本市センターの3つのホールを使って2011年に開館しました。
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ドイツ博物館陸上交通部門分館の南側にはバーヴァリア公園があり、ドイツ博物館の分館前の広場との境にこの大きなカタツムリの像があります。カタツムリの後方で公園の入り口には、2頭の野生の馬の像が見えます。
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博物館に入りました。これはニュルンベルクとその北西郊外にあるフュルト間の路線で使われていた1926年製造の路面電車です。
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こちらはミュンヘンで使われていた市電です。車体の色がチューリッヒの市電によく似た色になっています。
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デュッセルドルフの市電だった車両です。ベルリンの市電に似たクリーム色の塗装です。
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ドイツ博物館で目玉の展示品の一つがこの蒸気機関車です。王立バイエルン邦有鉄道で急行旅客列車を牽引するために製造されたS3/6型です。1920年に統一されたドイツ帝国鉄道になってからは塗装も変わり、呼称がBR18.4-6型に変わりました。
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S3/6型の前面です。この機関車は、車輪の外側に1基づつ、内側に2基、合計4基のシリンダーを持つ高速用の動力車でした。ドイツの蒸気機関車には、このような4基や3基のシリンダーを持つ形式が造られています。日本の高速旅客列車用の機関車は、車輪の外側に1基づつ、合計2基のシリンダーが殆どでした。
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このS3/6型は3組の動輪を持ち、その直径は2,000mmです。日本で最大の動輪は1,750mmです。ドイツで最大の動輪の直径は2,300mmでした。この展示機関車の動輪は動きます。中央の動輪が、レールではなくモーターで回転する車輪に載っています。両側の動輪は空の車輪に載っていますが、動輪全部が連結棒で繋がっているので全てが動くようになっています。
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S3/6型蒸気機関車の運転室です。
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展示場の2階回廊から眺めています。緑色のS3/6型蒸気機関車、右にICE高速列車の電気機関車が見えています。
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広く展示場を写しました。機関車以外に客車等の車両も展示してあります。
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展示物には。信号機も含まれています。
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S3/6型蒸気機関車に連結された戦前型の郵便車です。
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これはスイスの東部で世界遺産にもなっているレーティッシュ鉄道の"RhB Ge 6/6 I"型電気機関車です。
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展示されているこれも戦前型の車両で、左はドイツ帝国鉄道時代に製造された食堂車、右はレーティッシュ鉄道の客車です。
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正面から見たICEの電気機関車とS3/6型蒸気機関車です。
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スイスのルチェルン近く、ピラトゥス山の急峻な山を登る鉄道には、当初このような蒸気機関が付いた車両が活躍していました。
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こちらはスイスのルチェルン交通博物館に展示してある同じ型の車両です。
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この博物館には精密な鉄道模型も展示してありました。
これは王立バイエルン邦有鉄道の蒸気機関車です。1889年から14機製造された急行旅客列車用の機関車で、1924年迄活躍していました。動輪の直径は1,870mmで最高速度が毎時90Kmでした。 -
これはバイエルン王国領であったドイツの西部地区で鉄道網を持ったプファルツ鉄道の蒸気機関車です。1905年から11機の機関車が製造された急行旅客列車用の機関車で、1925年迄活躍していました。4基のシリンダーを持ち、動輪の直径は2,010mm、最高速度は毎時100Kmが発揮できました。プファルツ鉄道は1907年に王立バイエルン邦有鉄道に吸収合併されています。
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これは王立バイエルン邦有鉄道の重貨物列車用の"Gt. 2x4/4"型の蒸気機関車です。1913年から25機製造されました。この模型は1922年に製造された後期型の機関車です。マレー形と言われる構造で、2基のシリンダーが4組の動輪を動かす動力部分を縦に2ユニット並べています。曲線を円滑に走れるように、二つの動力ユニットは独立して曲線に合わせて回転します。
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日本でも、第2次大戦中に兵器用に大量に製造された小型エンジンを、戦後に自転車に取り付け、いわゆる原動付自転車として製造していましたが、これのドイツ版の製品のようです。日本では、このような原動付自転車に飽き足らず、本格的なモーターサイクルを開発し、本田宗一郎が主導して世界のレースを席巻し欧州のメーカー車を打ち負かしました。それが現在のホンダ、スズキ、カワサキになっています。
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これはポルシェの元従業員カール.ラーベが設計したアウストロ.ダイムラーADRで、1927年にADMモデルの後継車として発表された高級車です。直列6気筒、排気量3リッターエンジンを搭載していました。
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この車は1928年製造のブガッティ.クーペ.フィアクル.タイプ40です。フィアクルは、フランスの小型四輪馬車を意味しますが、この車のキャビンの外観が馬車のキャビンと似せて造られている事を示しているようです。タイプ40型は1926年から製造され、直列8気筒で排気量1.5リッターのエンジンを搭載していました。自動車会社のブガッティは、 1909年にイタリア出身の自動車技術者エットーレ.ブガッティによりフランスのアルザスに設立されました。1940年代初頭まで主に高性能スポーツカーやレースカーを製造していました。
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これは1939年に製造されたアウト.ウニオン.ホルヒ853Aのスポーツ.カブリオレです。エンジンは、直列8気筒で排気量4.9リッターの120馬力です。
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正面から見たアウト.ウニオン.ホルヒ853Aのスポーツ.カブリオレです。ブランドのホルヒは、ベンツ社の工場長であったアウグスト.ホルヒが1898年に設立した会社で、ホルヒの生産する自動車は、アルミ製エンジンの採用など先進的な設計しており、高品質で性能も優れていました。1932年にホルヒ社はアウディ、DKW、ヴァンダラーと合併しアウト.ウニオンの最高級車ブランドになりました。現在のアウディのマークの四つの輪は、この合併した4社を表しています。
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こちらは1928年から1934年の間に生産されたメルセデス.ベンツ.タイプSSシリーズの車です。エンジンは直列6気筒でシングル.オヴァーヘッド.カムのスーパー.チャージャー付きで排気量7.1リッターでした。スーパー.チャージャーが稼働すると200馬力を発揮しました。次世代のスポーツ.カーであるSSKシリーズに繋がって行きます。
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メルセデス.ベンツSSのエンジンフードです。エンジンの2気筒毎に1本の排気管が付いています。
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メルセデス.ベンツSSの運転席です。
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これはドイツのアウト.ウニオン社のレーシングカーで、1936年のタイプCです。エンジンは、スーパー.チャージャー付V型16気筒エンジンで排気量6リッター、520馬力の強力マシーンでした。1936年のグランプリ.レーシングでメルセデスを破りアウト.ウニオンを優勝に導いた車両です。アウト.ウニオンのレーシング.カーは全てホルヒが開発を担当しました。
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この車は、イタリアのアルファ.ロメオ社の1931年型のスポーツカーです。エンジンは、直列6気筒でドュアル.オヴァー.ヘッド.カムやスーパー.チャージャーを持つ排気量1,752ccです。
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展示場2階の回廊から見下ろしたアルファ.ロメオのスポーツカーです。
1時間程ドイツ博物館陸上交通部門分館に滞在し、同じ地下鉄で中央駅に戻ります。
意外と早く二つの博物館の見学が終了したのでこれから少し街歩きをします。 -
先ず中央駅の北側から100番のバスに乗り、イーザル川を渡りマキシミリアネウム(Maximilianeum)を目指します。バスはプリールマイヤー通りを東に走ります。正面前方にはミュンヘン上級地方裁判所の建物が通りの左手に見えています。
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北の方向からルートヴィッヒ通りを南に走っています。この通りはオデオン広場に繋がり中央遠くに見えるフェルトヘルンハレが広場の南側にあります。フェルトヘルンハレの右手にテアティナー教会の鐘楼が見えています。
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ルートヴィッヒ通りの北の方向です。通りの奥遠くに小さく勝利の門が見えます。通りの右側で勝利の門の手前に聖ルートヴィヒ教会の鐘楼が見えます。
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バスはルートヴィッヒ通りの途中から東にフォン.デア.タン通り、プリンツ.レゲンテン通りと走り、イーザル川を渡った先の正面に、この摂政皇太子ルイトポルトのテラスがあり、その中に金色に輝く平和の天使の像が立塔の頂部にあります。ここでバスを降りました。
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平和の天使の像を拡大しました。
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バスを降りてイーザル川に架かるルイトポルト橋を渡り戻って行きます。橋の上から南の方向を望んでいます。遠くにイーザル川東岸にある1901年に完成したアール.ヌーボー様式の公共水泳プールの建物の塔が見えています。その左側の黄土色の細い塔は、イベント会場になっているアムペレの建物の塔です。
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橋を渡りイーザル川の西岸を南に歩いて行きます。西岸で見かけた洒落たデザインの建物です。
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イーザル川の中州が見えてきました。その中州に生える林の向こうにマクシミリアネウムの建物が見えています。
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イーザル川の西岸からマクシミリアンシュ橋を渡り中州の手前でイーザル川の北側を望んでいます。
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車がこのように殆ど走っていなかったので、マクシミリアンシュ橋の中央からマクシミリアネウムを写しました。宮殿のようなマクシミリアネウムの建物は、才能のある学生のための財団本拠地としてマクシミリアン2世(1811-1864)により1857年から1874年にかけて建てられ、彼に因んでこの名前が付けられました。建物はアーチ、柱、モザイク画、胸像で満たされた壁龕で飾られた準ルネサンス様式の外観です。1949年からバイエルン州議会が使っています。
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建物の中央部を拡大しました。
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イーザル川の南側では、遠くにドイツ博物館の建物が見えています。マクシミリアンシュ橋は道路幅より狭い姿で1863年に完成しましたが、1905年に現在の幅に拡幅されています。
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マクシミリアンシュ橋の北側欄干に立っている橋で唯一の石像です。この像の反対側には街灯が立っています。この石像は、1906年に発表されたニーダーバイエルンの彫刻家フランツド.レクスラーが製作したパラス.アテネの像です。
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マクシミリアンシュ橋からマクシミリアン通りを西の方向に歩いて行きます。橋から直ぐの通りの中央部が広くなっていて、その中央にこの1875年に建てられたマクシミリアン2世の記念碑があります。像の王は、戴冠式のレガリアで描かれ、西を向いて右手に憲法を持っており、左手は剣に寄りかかっています。台座の下部に座っている4人の人物は、支配者の美徳を寓話的に表しています。正面は、椰子の枝と食べ物と豊かさの象徴のコルヌコピアの角を持った若い男性で平和への愛を象徴しています。
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マクシミリアン通りは、ブリエンナー通り、ルートヴィヒ通り、プリンツレーゲンテン通りに隣接する市内の4つの王道の1つです。この通りには綺麗な建物が多く並んでいます。これは通りの南側にある5大陸博物館の建物です。
まだ午後3時ですが、今日は早起きで疲れたので市電19番に乗り駅前まで乗車してホテルに戻ります。
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