2021/06/29 - 2021/06/29
545位(同エリア4353件中)
愛猫シロネコさん
- 愛猫シロネコさんTOP
- 旅行記1017冊
- クチコミ0件
- Q&A回答6件
- 589,399アクセス
- フォロワー111人
約45年前、私の旅の原点である京都の第2回目で妻と行きました。(阪急阪神電車の株主優待券を使い、第二の故郷・関西より訪れます。)
京都御苑 京都仙洞御所(予約) 京都迎賓館(予約) 京都御所 元離宮二条城と昔は季節公開・非公開等で訪問した事が無く、今回、初めて訪れました。
{経費}
地下鉄一日券600円 京都迎賓館2000円 二条城930円(100円割引) 京都御苑(無料) 京都仙洞御所(無料) 食事代(昼・夜)です。
{旅程}
①2021年6月29日(火)
1)関西7:14(阪急)7:42十三7:50(阪急)8:33(西改札)烏丸・四条(北改札)8:41 (地下鉄)8:46丸太町に着きます。
2)京都御苑散策(無料)(京都御所の周辺で公家の邸宅等があります。)
旧閑院宮邸 宗像神社 花山院邸跡 拾翠邸(旧九条家の数寄屋風書院造りの茶室) 厳島神社 九条邸跡 黒木の梅 鷹栖邸跡を見て、
3)京都仙洞御所(ガイドの説明を無料でして頂けます。)(要予約9:30-10:30)
大宮御所1630年後水尾上皇の御殿跡)大宮御所 御常御殿 御車寄 南庭 御庭口 北池 北池の船着 阿古瀬淵・六枚橋 紀氏遺跡の石碑 土橋 束橋 雌滝 紅葉橋 紅葉山 蘇鉄山 南池 土佐橋・雄滝 八つ橋 中島 霞島 醒花亭 柿本社 州浜 又新亭の外腰掛 又新亭と詳しく説明を聴き、
仙洞御所見学終了後、京都御苑を散策します。(学習院跡 桜松 猿ケ辻 祐ノ井(明治天皇生誕の地)を見て、
4)京都迎賓館(2005年海外からの賓客をもてなす場所として建築。)(2000円ガイド有りで要予約。写真は自由ですが、メモは禁止です。)(11:10-12:20)西門 正面玄関 聚楽の間 夕映の間(大臣会合等の会議 東「比叡月映」西「愛宕夕映」) 藤の間(晩餐会・式典 麗花 床の段通) 桐の間(和の晩餐室 12mの座卓 五七の桐) 廊橋(庭園 舟遊び 鯉のエサヤリ) 西門と周り、
京都迎賓館見学終了後、京都御苑散策します。(健礼門 蛤御門 清水谷家ノ椋 車還櫻 縣井等)を見て、
5)(昼食)日本料理「中立売休憩所」内のR(7月より開店)が休業中の為、売店の幕ノ内弁当 寿司盛合を予約して戴きました。(12:40-13:25)
6)京都御所(無料予約不要)(13:30-14:40)(天皇の南北朝~江戸時代までの住居) 清所門 宣秋門 御車寄 清涼殿 諸大夫の間 新御車寄 月華門 承明門 南庭(左近の桜 右近の橘) 回廊 紫宸殿(歴代天皇の即位礼) 建礼門 日華門 宣陽殿 建春門 春興殿 小御殿(諸種の儀式) 御池庭 蹴鞠の庭 御学問所(学芸関係) 御三間(上中下の間) 御常御殿(天皇の日常生活) 御内庭 参内殿を見学し、
大雨となり休憩所(14:20-14:35)で休みます。
その後、京都御苑散策します。( 一条邸跡 乾御門 近衛邸跡(枝垂桜 糸桜) 旧桂宮邸跡(勅使門 表門 築地))今出川門より出て、同志社大学を通り、
今出川駅⑥(後)15:12(地下鉄)15:15烏丸御池(後)15:17(地下鉄)15:20二条城前駅①に着き、
8)二条城(予約不要930円(地下鉄一日券で100円引)(15:35-16:45)(徳川将軍の京都の宿所)(二の丸御殿内は撮影禁止です。)
外堀 東大手門 唐門(四脚門 牡丹唐獅子の彫刻) 二の丸御殿(車寄 遠侍 式台 大広間(将軍との公式対面の場)(一ノ間48畳 二重折上格天井 障壁画) 蘇鉄の間 黒書院(将軍と公家・僧侶・親藩との私的な対面の部屋) 白書院(将軍の住居・居間・寝室・障壁画) 鴬張りの廊下) 二の丸庭園(書院造り) 東橋 内堀 本丸櫓門 本丸御殿 本丸庭園 天守閣跡 西門 加茂七石 清流園(香雲亭 醍醐の桜) 枝垂れ延寿 土蔵 収蔵庫 台所 御清所 東大手門と外に出ます。
①二条城前16:50(地下鉄)烏丸御池(地下鉄)17:10四条駅で降り、
9)(夕食)京菜味ノムラ(烏丸)雅御膳(オバンザイセット)1620円(17:10-18:10)を戴きます。
四条・烏丸18:19(阪急)19:04大阪梅田19:20(阪急)19:55関西と戻ります。
今回も歩き回り疲れた一日でした。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「十三駅」で京都線に乗り換えます。
十三駅 駅
-
「阪急河原町」行に乗ります。
-
四条駅で地下鉄に乗り換えます。
-
地下鉄「丸太町駅」で降り、京都御苑に向います。
-
京都御苑案内図(京都御苑内を見学しながら、京都仙洞御所に行きます。)
京都御苑 公園・植物園
-
旧閑院宮邸(管理事務所)(宮家は伏見宮 有栖川宮 閑院宮 桂宮と四親王とあり、安土時代より続く宮家で明治以後は断絶しました。)
-
旧閑院宮邸(庭園)
-
花山院邸跡(ここに後醍醐天皇が幽閉されましたが、女装して脱出して吉野に行き、それが南朝の始まりでした。)
-
宗像神社
-
拾翠亭(江戸時代後期の建立、九條家の茶室で茶会や歌会が行われた。今は、修理中でした。)
-
九條池
-
厳島神社(左の石の鳥居は笠木が唐破風で京都三珍鳥居の一つです。)
-
黒木の梅(紅梅)
-
鷹司邸跡(蛤御門の変で長州軍と幕府軍とが争った時に、長州軍の久坂玄瑞がここに逃げ、鷹司公暁に嘆願したが公暁はにげてしまいここで自害をしました。蛤御門もこの近くにあり、歴史を感じる所です。)
-
京都御所の健礼門を遠くに見ます。
-
仙洞御所の宜秋門(外側)(公家の出入り)
-
仙洞御所の清所門(外側)(天皇・外国の国賓が通る門)
-
京都仙洞御所を見学します。(ガイドの浅井さんに案内をして頂きました。)(仙洞御所は上皇が住む場所ですが、「仙」の意味は仙人に近くなるからだそうです。)
ここ大宮御所は後水尾天王の皇后(徳川秀忠の娘)和子の御所として建てられ、以後、女院御所として使われました。何度かの火災で消失し、現在の建物は孝明天皇の皇后の為に建てられた。なお、仙洞御所は1630年、後水尾天皇の御所(51年間住む)として、作られた。その後、7度の火災にあい、1854年、人が住んでいなかった為、再建されなかった。庭園はそのまま、残されました。
大宮御所(皇太后の御所)の御車寄せ(三層の屋根で緑の銅版)京都仙洞御所 名所・史跡
-
清所門(内側)(天皇・国賓が通る門で2004年、迎賓館が出来るまで国賓はここに宿泊しました。ここから、赤い絨毯が敷かれ3列に並んで向い入れ、昔は牛車、今は車で入ります。2019年以来、コロナで天皇陛下は来ていないそうです。
-
大宮御所の御車寄せ
-
大宮御所の御常御殿(左が紅梅 右が橘)(昭和50年にエリザベス女王 又、ダイアナ妃も宿泊をしました。大正時代に内装を洋風にしました。元は和風でしたが外国人の賓客の為、洋風に変え英国製のベッドやトイレや風呂も変えました。正面もレースのカーテンが見えます。)
-
南庭(御常御殿前の庭で、「松竹梅の庭」と言われます。)ここでは様々な行事が行われた。)
-
南庭(クロマツ)
-
南庭
-
南庭より御庭口を出た所の北池(庭園は小堀遠州が1636年に作庭、後ろに東山を借景としていた回遊式の庭園です。今はビル群が見える為に、樹木を伸ばしています。中央後ろに微かに東山が見えます。1664年、後水尾天皇(桂離宮を作庭)が手を加えた。)
-
北池(正面に中島(鷺島)と左に土橋
-
六枚橋
-
阿古瀬淵(「あこくそ」より付けた名前です。)
-
紀貫之邸跡の石碑(紀貫之の幼少時の名前は「あこくそ」といい、わざと汚い名前を付けました。理由は悪いものが付かなくして、長生きをする為だそうです。)
-
丘の上の祠
-
丘の上の祠
-
丘の上の祠
-
北池(船着き場の方角)
-
土橋を渡り、鷺島に行きます。
-
鷺島の石組み(自然の石の組み合わせで護岸をしています。)
-
北池(右に又新亭 左に船着き場)
-
北池の御庭口の方角
-
鷺島から石橋(御影石)(くい違い石)を渡ります。
-
丘の祠
-
紅葉山
-
北池と南池を繋ぐ部分(北池と南池は本来、繋がっていないが、1747年、間の紅葉山を切り開き、繋げました。北池の方が水位が高かったそうです。)北池は4800平方メートル 南池は4600平方メートルです。)
-
南池の八つ橋
-
南池の八つ橋
-
紅葉山
-
蘇鉄山
-
南池(左に雄滝 右に出島)雄滝は2.3mで一枚岩で水が布状に落ちています。)
-
左が雄滝 右が草紙洗いの石
-
南池(中央に出島と左に雄滝)
-
出島は自然石(出っ張りがある)と切り石(平らになっている)との組み合わせで出来ています。
-
雄滝の右の切り石(草紙洗いの石と言われ、ここで小野小町が草紙を洗って和歌の盗作を見破ったという伝説があります。)
-
八つ橋よりの紅葉橋(北池と南池を繋ぐ)
-
八つ橋を渡ります。
-
藤の実(今年は藤が沢山、咲きました。)
-
南池の中島(ここには昔、「釣り殿」「滝殿」という建物がありましたが、今は水戸家より贈られた寒水石灯篭(雪見灯篭)があります。)
-
出島の奥の土佐橋(後水尾天皇が大規模に改修をしましたが、ここの直線的な石組みは小堀遠州当時の面影が残っています。)(小堀遠州は庭園と建物を作庭しましたが、哲学的な庭園で丸的要素にこのような直線的な要素を取り入れました。後水尾天皇は宮廷的要素として丸っぽい要素を好んだようです。)
-
南池(左は出島 中央に土佐橋)(池の水は昔は鴨川の水を引き、その後は琵琶湖疎
水より引き御所水道と言われていましたが、30年前に水漏れがあり水が赤くなりましたが、直すにも家々が多く無理な為、今は水道を使用しています。) -
南池(遠くの左に 醒花亭 右は州浜)
-
船着き場
-
手前は蓬莱島
-
醒花亭前よりの南池
-
醒花亭(茶室)(手前では国賓に野立て等をします。)ここからは庭全体が見え、名前は李白の詩よりとった。茶の文化は抹茶は「わび」「さび」を取り入れ、煎茶は町民より生まれた。)
-
醒花亭(右の雨戸を取ると土間です。)(屋根はこけら落としで飾りがあります。)
-
醒花亭(内部)付け書院でイナズマ形の障子と違い棚)
-
醒花(内部)(付け書院でイナズマ形の障子と違い棚)
-
醒花亭(台所)
-
醒花亭前にある織部灯篭(キリシタンとの関連性があります。)
-
仙洞御所跡(今は松林になっています。)仙洞御所は1630年、後水尾天皇の御所(51年間住む)として、作られた。その後、7度の火災にあい、1854年、人が住んでいなかった為、再建されなかった。庭園はそのまま、残されました。(以前は、ここで大嘗祭が行われてた事もあるそうです。)
-
柿本社(火災除けで冷厳上皇が作った。安産祈願もあります。)
-
州浜(粒のそろった小石で砂浜をイメージしました。100mで石は11100個程あり、小田原藩主が湯河原から石を持ってきました。石一個で米一升と交換しました。「一升石」とも言います。
-
州浜(「一升石」)
-
州浜
-
北池に生きたサギが居ました。
-
北池の船着き場
-
又新亭(外腰掛)
-
又新亭(ここから先には入るべからずのサインです。))
-
又新亭(茅葺きの門)
-
又新亭(茶室で茅葺とこけら葺き屋根で「わび」「さび」の精神を取り入れ、周囲に大木があり、簡素で景色をあまり見れない作りになっています。)
-
又新亭(竹垣の上に角があり、又、結んでいる紐にもひねりがある等凝った作りです。)
-
又新亭(明治17年、近衛家より寄進された茶室で丸窓で明かりを入れる江戸末期のスタイルで、庭が見えないように質素な造りとなっています。
(茅葺きとこけら葺きの屋根の2つになっています。)(2つのせっちん(トイレ)があります。) -
又新亭(明治17年、近衛家より寄進された茶室で丸窓で明かりを入れる江戸末期のスタイルで、庭が見えないように質素な造りとなっています。
(茅葺きとこけら葺きの屋根の2つになっています。)(2つのせっちん(トイレ)があります。)国賓に茶を振舞います。 -
又新亭(竹の雨樋)
-
京都仙洞御所を見学後、京都御苑を見学しながら、京都迎賓館に向かいます。
京都御所の建春門(京都御所は11万平方メートルで築地に囲まれており、6つの門があり、格式と用途があります。) -
桜松(説明)
-
桜松(倒れた松に桜が樹成しています。)
-
桜松(倒れた松に桜が樹成しています。)
-
学習院発祥の地
-
見事な松の実
-
「猿ヶ辻」の言われ
-
京都御所の鬼門(北東)にあたり、鬼門除けで築地塀の角が欠いています。(幽閉された猿がいますが、中々、見つけられませんでした。)
-
鬼門に猿を祀りましたが、夜な夜な出て、悪さをするので金網で蓋をしました。白いのは烏帽子帽だそうです。
-
鬼門に猿を祀りましたが、夜な夜な出て、悪さをするので金網で蓋をしました。
-
鬼門に猿を祀りましたが、夜な夜な出て、悪さをするので金網で蓋をしました。白いのは烏帽子帽だそうです。小さくてやっと見つけました。
-
中山邸跡(明治天皇の母の家で明治天皇はここで生誕しました。)
-
中山邸跡(明治天皇の母の家で明治天皇はここで生誕しました。)
-
祐の井(明治天皇の母の家で明治天皇はここで生誕しました。)
-
祐の井(さちのい)(祐宮は明治天皇の幼少時の名前です。)明治天皇の母の家で明治天皇はここで生誕しました。)
-
石薬師御門
-
西門(京都迎賓館入口)(この後、地下に行き入場料2000円を払い、荷物検査と荷物を預けます。写真は地下以外はどこも撮影可能ですが、メモを取る事は禁止されており脳軟化の私には覚えきれませんのでコメントは少ないです。)
京都迎賓館 名所・史跡
-
迎賓館入口の門(賓客はここから車で入ります。)
-
迎賓館正面玄関(国賓はここに車で着きます。)(入母屋造りの屋根)
-
迎賓館正面玄関(国賓はここに車で着きます。)(入母屋造りの屋根)
-
「五七の桐」(入口の建物に至る所に「五七の桐」の紋があります。)
-
「五七の桐」(入口の建物に至る所に「五七の桐」の紋があります。)
-
迎賓館正面玄関(樹齢700年のケヤキの一枚板を使用し、正面に屏風を敷きその前に生け花をしつらえます。)
-
迎賓館入口の戸を開けます。
-
正面玄関を入った左方向の廊下(絨毯以外は歩かないでくださいとの事)
-
「聚楽の間」(ロビーで随行員の待合室の役割)(「聚楽」は16Cに京都の邸宅「聚楽第」に因んでつけられた。)(正面玄関を入って右の間です。)
-
「京指物」の技能と有識織物を用いた「安楽椅子」
-
花籠の作者
-
上の花籠は人間国宝「早川尚古斎」の作です。下は飾り台(漆、螺鈿、竹工芸)
-
「安楽椅子」
-
天井の照明
-
戴金(きりかね)(建設に当たり、11種類の伝統技能者の技(大工(数寄屋) 左官 建具 畳 金物 漆 戴金(きりかねー写真の装飾) 庭園 石造工芸 竹垣)を活用しています。又、14種類の伝統技能(漆 蒔絵 螺鈿 金物 鋳金 竹工芸
京指物 木象嵌 西陣織 羅織物 京縫 京組紐 七宝)を活用した多くの調度品を配置しています。 -
日本画の作者
-
日本画が掛けられます。
-
「夕映の間」(大臣会合などの会議や立礼式の茶のもてなし、晩餐会の待合として使用される。(壁面装飾はで東西2つあり、日本画家「箱崎睦昌」の下絵を元に綴織りの技法を用いて制作された織物で縦2.3m 横8.6m これは東方向の比叡山を月が照らす「比叡月映」です。柱は赤松を使用しています。
-
「夕映の間」(西方向は京都の西に連なる愛宕山に夕日が沈む様を描いた「愛宕夕照」です。)(「夕映」は「比叡月映」愛宕夕照」の2つからとり付けられた。)
東西の壁面は可動式で3つの間に分けられます。 -
「夕映の間」(飾り台の説明)
-
「夕映の間」(飾り台)
-
「夕映の間」の置物の装飾
-
「夕映の間」より見る田園風景の池(左の円柱形の石や石の台など昔の話より取った題材ですが忘れました。)(右が「藤の間」)
-
「夕映の間」より見る田園風景の池(左の円柱形の石や石の台など昔の話より取った題材ですが忘れました。)(左が「聚楽の間」)
-
中心の「藤の間」
「藤の間」全景(一番大きな部屋で洋食の晩餐会や歓迎式典の場です。)(テーブルでは60名 円卓では120名が入ります。
正面を飾る「麗花」日本画家「鹿見喜みち」の下絵を元に綴織りの技法を用いて制作された織物(西陣降り)で縦3.1m 横16.6mです。藤や牡丹、菊など39種類の日本の草花が描かれ、床の段通にも藤の花が舞い散った様子が描かれています。) -
日本画家「鹿見喜みち」の下絵を元に綴織りの技法を用いて制作された織物(西陣降り)で縦3.1m 横16.6mです。藤や牡丹、菊など39種類の日本の草花が描かれ、床の段通にも藤の花が舞い散った様子が描かれています。(絵の中心部分です。)
-
日本画家「鹿見喜みち」の下絵を元に綴織りの技法を用いて制作された織物(西陣降り)で縦3.1m 横16.6mです。藤や牡丹、菊など39種類の日本の草花が描かれ、床の段通にも藤の花が舞い散った様子が描かれています。
-
日本画家「鹿見喜みち」の下絵を元に綴織りの技法を用いて制作された織物(西陣降り)で縦3.1m 横16.6mです。藤や牡丹、菊など39種類の日本の草花が描かれ、床の段通にも藤の花が舞い散った様子が描かれています。)
-
「藤の間」(テーブルを並べた宮中晩餐会方式のモデル)
-
晩餐会の椅子の装飾
-
天井の装飾の作り方(説明)
-
天井の照明の装飾(1つ1つの照明が上下に動き、3連まで可能で150種類の組み合わせがあります。)
-
有職織(舞台の幕)の説明
-
舞台(舞・能や琴の演奏、雅楽等を行う。)(舞台扉(載金)は人間国宝「江里佐代子」作)
-
戴金(きりがね)の作り方の説明
-
柱の金具(説明がありましたが、忘れました。)11種類の伝統技能者の技(大工(数寄屋) 左官 建具 畳 金物 漆 戴金(きりかねー写真の装飾) 庭園 石造工芸 竹垣)を活用しています。又、14種類の伝統技能(漆 蒔絵 螺鈿 金物 鋳金 竹工芸
京指物 木象嵌 西陣織 羅織物 京縫 京組紐 七宝)を活用した多くの調度品を配置しています。 -
「藤の間」よりの庭園(田園の風景)
-
「藤の間」の廊下(左に廊橋が見えます。)
-
「藤の間」より「桐の間」まで畳を歩きます。(ジグザグに歩き雰囲気があります。)
-
「藤の間」より「桐の間」まで畳を歩きます。
-
和食を提供する「桐の間」「桐の間」という名は日本国政府の紋章で迎賓館の紋章でる「五七の桐」が至る所に使われている事に由来しています。
-
「桐の間」(24人まで可能な和の晩餐室で京料理を出します。)
畳は特殊加工で中央部分に色彩が濃くなっています。年数が経つと取り替え、廊下部分の畳に使います。外国人の為、掘りコタツになっています。) -
「桐の間」(24人まで可能な和の晩餐室で京料理を出します。)
-
「桐の間」(全長12mの漆の一枚仕上げの座卓が鏡のようになっています。)
-
「桐の間」(正面)
-
奥が舞台で舞妓さんや芸妓さんの舞や琴の演奏が行われます。(上部より照明も当てられます。)
-
欄間
-
座椅子の「五七の桐」の紋(全部の椅子で配色等に違いがあります。)(蒔絵の仕上げです。)14種類の伝統技能(漆 蒔絵 螺鈿 金物 鋳金 竹工芸
京指物 木象嵌 西陣織 羅織物 京縫 京組紐 七宝)を活用した多くの調度品を配置しています。 -
柱の「五七の桐」(釘隠しや襖の唐紙などの各所に「五七の桐」が見られます。
-
至る所の「五七の桐」
-
座った位置より見やすいような庭園(海を表す池が見えます。)
-
廊橋(東西の建物を繋ぐ)を渡ります。
-
蝶々(天井に遊び心として4つの昆虫が掘ってあります。)(建物の出入口の近くにあります。)
-
コオロギ
-
廊橋(左が田園風景((水深が浅い) 右が海の景色(水深が深い)を表します。)
-
廊橋より(左の水深が浅い田園風景)(正面が「夕映えの間」 右隅が「聚楽の間」)
-
廊橋より(左の田園風景)(左が「夕映えの間」 右が「聚楽の間」)
-
廊橋より水深が深い海の景色の池(錦鯉がいました。鯉の餌やりをします。)
-
廊橋よりの「桐の間」の方向
-
池の水連の花
-
スズムシ
-
トンボ
-
和舟(賓客に日本の文化の「舟遊び」を楽しんでもらいます。)
-
和舟(賓客に日本の文化の「舟遊び」を楽しんでもらいます。)
-
和舟(賓客に日本の文化の「舟遊び」を楽しんでもらいます。)(右に廊橋 正面は「桐の間」)
-
京都迎賓館を見学後、京都御苑を見学しながら、中立売休憩所に向かいます。
健礼門(天皇や国賓だけの入口) -
健礼門より南の方角を見ます。
-
清水谷家の椋(長州藩の大将の来島又兵衛がここで討死をしました。)
-
蛤御門(「蛤御門の変」(長州藩と幕府(薩摩藩を含む。)がここで戦った。応仁の乱以後の大きな戦いだそうです。尊王攘夷等、思想や敵味方など入れ替わり歴史を知らないと訳が分らなくなります。)
-
清水谷家の椋
-
宜秋門(外側)(公家の出入口)
-
御車返しの桜(後水尾天皇が桜で綺麗なのでここで車を返されたという事です。)
-
御車返しの桜
-
中立売御門
-
縣井(説明)
-
縣井(官使が身を清めた井戸)
-
中立売休憩所
-
中立売休憩所(内部)
-
昼食の弁当を戴きます。(「幕ノ内弁当」と「寿司盛り合わせ」です。ここにはRがありますが、コロナで休業中の為、前もって弁当を予約しました。)近くの京都御所に向かいます。
-
京都御所案内図
-
京都御所入口(清所門)(ここには天皇が南北朝から東京に移るまでの間、過ごしました。大きく3つに分かれており、北側は皇后・若宮・姫宮の過ごす所 真ん中が天皇の日常生活の住まいの御殿 南側は儀式や祭事の行う所に分かれています。)
京都御所 名所・史跡
-
宜秋門(内側)(公家の出入口)
-
御車寄
-
諸大夫の間(正式参拝の控えの間)
-
諸大夫の間は3つに分かれており、桜・鶴・虎の間(諸大夫・殿上人・公暁の間)となります。
-
諸大夫の間(桜の間)
-
諸大夫の間(鶴の間)
-
諸大夫の間(虎の間)
-
新御車寄(大正時代に作られた。)
-
月華門
-
月華門より南庭を見ます。
-
健礼門
-
承明門(朱色の柱と白壁と瓦屋根)
-
承明門より見た紫宸殿
-
承明門より見た紫宸殿
-
承明門より見た紫宸殿
-
承明門
-
紫宸殿(1855年、造営。御所内で一番格式の高い建物で明治・大正・昭和天皇の即位式はここで行われた。白砂を敷いた南庭に立つ事より南殿とも言います。
奈良時代以後の天皇の即位式に使い桧皮葺の屋根で純和風の寝殿造りが基本です。築地塀が囲んでいます。)紫宸殿や清涼殿の内裏は宮廷文化の発信地で「枕草子」「源氏物語」はここから誕生しました。) -
紫宸殿(右近の桜)
-
紫宸殿(左近の橘)
-
紫宸殿の額
-
紫宸殿の額
-
紫宸殿(手前が高御座(天皇の座) 奥が御帳台(皇后の座))(今の天皇の即位式にここから分解して運ばれました。)
-
清涼殿(修復中)(昔は天皇の日常の御殿で、その後、天皇の休憩室で風が入るように東向きに立っています。寝殿造りです。)
-
建春門
-
日華門
-
春興殿(大正天皇の即位式で作られ、ひのき造りで銅拭き屋根で反りがない屋根です。中は板敷で3つの部屋に分かれています。)
-
宣興殿
-
清涼殿(修復中の為、入れません。)入口
-
御池庭(回遊式)
-
御池庭(回遊式)
-
小御所(天皇が将軍や諸侯と対面する所で諸種の儀式も行われました。南から下・中・上の間で寝殿造りから書院造に移行する建物で居住性が良い。皇太子の即位や将軍と諸大名の謁見の場です。)
-
小御所のふすま絵
-
蹴鞠の庭
-
御学問所(学芸関係の他、天皇が臣下と対面し行事等を行う所)
-
御学問所(王政復古の大号令がここで出された。和歌会などを行います。)
-
御学問所(内部の障壁画)(非公開)
-
御常御殿
-
御常御殿(天皇の日常生活の場で室町時代より大小15室あり、孝明天皇・明治天皇が使いました。)
-
御常御殿(下・中・上の間のふすま絵)(非公開)
-
御常御殿(杉戸の絵)
-
御常御殿(曲水図)
-
御常御殿(杉戸の絵)
-
御常御殿(陵王納曽利図)
-
御常御殿(杉戸の絵)
-
御常御殿(蹴鞠図)
-
御常御殿(南側)
-
御内庭
-
御内庭
-
左が迎春 右が清涼所
-
清涼所奥の渡り廊下(これ以上は行けません。)
-
御三間(上・中・下の間で七夕・裏盆・涅槃儀式の時などの年中行事に使います。障子には平安時代の儀式(祭礼の風俗)等が描かれておりますが、中は今は非公開です。)
-
「御三間」の3つの障子画
-
「御三間」の廊下の引き戸の絵画
-
御三間
-
御三間
-
参内殿(この後、夕立に会い休憩所で15分程、休みました。)
-
京都御所を見学後、京都御苑を見学しながら、地下鉄に乗り、二条城に向かいます。
乾御門 -
一条邸跡
-
京都御所の北部の皇后・若宮・姫宮が過ごす所(非公開)(左が飛香舎 右が姫宮御殿)
-
塑平門(皇后の出入りの門)
-
塑平門(皇后の出入りの門)
-
近衛邸跡(五摂家の一つで明治維新後、東京に行き貴族となる。ここは桜の名所です。)
-
近衛邸の枝垂桜
-
旧桂宮邸跡(勅使門)(残っているのは勅使門と表門、築地)御殿は二条城本丸御殿として現存しています。)
-
旧桂宮邸跡(表門と築地)
-
同志社大学
-
地下鉄「今出川駅」(ここから烏丸御池で乗換、「二条城前駅」まで行きます。)
-
二条城(案内図)を見学します。
元離宮二条城 名所・史跡
-
外堀と中央は東南隅櫓(重文)
-
二条城東大手門
-
番所
-
唐門(重文)(切妻造り、桧皮の四脚門で、唐破風が付いています。)
-
唐門(長寿を意味する「松竹梅に鶴」の彫刻)
-
唐門(聖域を守護する「唐獅子」の彫刻)
-
唐門(内側)
-
二の丸御殿入口(国宝)(内部は撮影禁止です。)
-
二の丸御殿車寄せ入口(国宝)(内部は撮影禁止です。)
1603年に家康が京都の宿所として築城。家康の時は二の丸までの規模 家光は本丸まで拡張をし、「遠侍」「式台」「大広間」「蘇鉄の間」「黒書院」「白書院」に分かれています。(鴈行形に広がっています。)各部屋に豪華な障壁画が見事です。)撮影が出来ない為、細かい説明は省きます。とにかく、見る価値は十分にありました。 -
二の丸御殿車寄せ入口(内部は撮影禁止です。)
-
二の丸御殿車寄せ入口(欄間の鶴や牡丹の彫刻が表と裏で異なる彫刻があります。)
-
二の丸御殿車寄せ入口(欄間の鶴や牡丹の彫刻)
-
二の丸御殿車寄せ入口(菊の御門)
-
二の丸御殿正面に「柳の間」(遠侍)が見えます。
-
釣鐘
-
京都所司代にあった釣鐘
-
「大広間」(将軍が諸大名と対面する所で、一番格式が高い所です。1867年10月ここで慶喜が諸藩の重臣を集めて大政奉還を発表した所です。)
-
右が「遠侍」(待合室で大名と死者がここで待つ所) 中央が「式台」(将軍への用件・献上品の取次ぎをする所) 左隅が「大広間」
-
右が「大広間」 左が「黒書院」
-
黒書院((小広間)(将軍と親藩・譜代大名の内輪の体面所)
-
白書院(将軍の居間と寝室「御座の間」)(障壁画は水墨画です。)
-
二の丸庭園
-
二の丸御殿(1626年 小堀遠州作の書院造り庭園です。)
-
二の丸御殿(中央に蓬莱島 左右に鶴亀の島があります。)
-
二の丸御殿の蘇鉄(中央は「大広間」)
-
二の丸御殿の蘇鉄と中央は「蘇鉄の間」 左は黒書院
-
東橋と本丸櫓門
-
内堀と遠くに桃山門
-
本丸庭園を見ます。(明治天皇が行幸した時に、枯山水庭園より大改造した庭園です。)
-
本丸庭園
-
本丸庭園(灯篭)
-
本丸庭園よりの天守閣跡
-
天守閣跡(1750年、焼失)
-
天守閣跡(1750年焼失)
-
本丸御殿(重文)(修理中)(1893年、京都御苑で見た桂宮御殿を移築しました。)
-
天守閣跡より見た比叡山
-
天守閣跡より見た東山
-
天守閣跡より見た内堀と西橋
-
天守閣跡より見た東南隅櫓(重文)
-
西橋よりの本丸入口
-
西橋よりの天守閣跡
-
旧二条城石垣
-
土蔵(説明)
-
土蔵(米蔵)
-
西門(説明)
-
西門出口
-
北中仕切門(説明)
-
北中仕切門
-
賀茂七石(説明)
-
賀茂七石
-
清流園(説明)(京都の門倉家屋敷跡から1965年に作庭)
-
清流園(和楽庵)
-
清流園(香雲亭)
-
清流園(醍醐の桜)
-
清流園(香雲亭)
-
北大手門
-
展示収蔵館
-
台所
-
御清所
-
二条城前駅より地下鉄に乗ります。
-
烏丸御池駅で乗換、烏丸駅に向かいます。
-
烏丸の京菜味のむら(本店)で夕食を戴きます。
京菜味のむら 烏丸本店 グルメ・レストラン
-
京菜味のむら(店内)
-
京菜味のむら(メニュー)
-
京菜味のむら(雅ご膳(1650円)を頼みました。(「古都百年」 冷酒800円で安かったです。)
-
四条烏丸駅より阪急で帰途に着きます。
-
淀川に架かる阪急電鉄の三複線の橋
-
淀川で夕日が沈みます。
-
阪急「大阪梅田駅」ホームの数の多さに驚きました。
大阪梅田駅 駅
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
私の旅の原点となる京都・奈良(過去形より現在進行形まで)
-
前の旅行記
2021年6月京都(1)祇園 東・西本願寺 東寺 東福寺 東山散策(清水寺ー永観堂) 南禅寺 哲学の道 清涼...
2021/06/21~
東山・祇園・北白川
-
次の旅行記
2021年7月京都(3)洛北(上賀茂神社 今宮神社 大徳寺 平野神社 北野天満宮 大報恩寺 清明神社 下鴨神...
2021/07/02~
今出川・北大路・北野
-
1975年(昭和50年)6月一人旅の原点となる京都・滋賀6日間の旅(1)
1975/06/06~
京都市
-
1975年(昭和50年)6月一人旅の原点となる京都・滋賀6日間の旅(2)
1975/06/10~
石山寺周辺
-
1978年(昭和53年)4月 奈良の旅(義仲寺 宇治神社 興聖寺 長谷寺 談山神社 山の辺の道)
1978/04/08~
桜井・三輪・山の辺の道
-
1978年(昭和53年)5月 奈良の旅(興福寺 浄瑠璃寺 岩船寺 法起寺 法輪寺 柳生街道散策 柳生の里)
1978/05/26~
奈良市
-
1978年(昭和53年)9月 京都市電さようならの旅
1978/09/16~
京都市
-
2007年(平成19年)11月京都(2)仁和寺で座禅 太秦映画村でコスプレ体験 三尾の紅葉等(平成12年9...
2007/11/21~
山科
-
2018年(平成30年)1月淡路島(潮崎温泉) 神戸 40年ぶりの奈良訪問(興福寺 東大寺 春日大社 平城宮...
2018/01/03~
奈良市
-
2021年6月京都(1)祇園 東・西本願寺 東寺 東福寺 東山散策(清水寺ー永観堂) 南禅寺 哲学の道 清涼...
2021/06/21~
東山・祇園・北白川
-
2021年6月京都(2)京都仙洞御所 京都迎賓館 京都御苑 京都御所 元離宮二条城
2021/06/29~
二条・烏丸・河原町
-
2021年7月京都(3)洛北(上賀茂神社 今宮神社 大徳寺 平野神社 北野天満宮 大報恩寺 清明神社 下鴨神...
2021/07/02~
今出川・北大路・北野
-
2021年7月京都(4)桂離宮 梅宮大社 松尾大社 月読神社 鈴虫寺 嵯峨野散策 湯豆腐「竹むら」で夕食
2021/07/06~
嵐山・嵯峨野・太秦・桂
-
2021年9月京都(5)平安神宮 光明寺 真如堂 吉田神社 知恩院 安井金比羅宮 六道珍皇寺 六波羅蜜寺 方...
2021/09/07~
伏見
-
2021年10月京都(6)醍醐(勧修寺 隋心寺 醍醐寺)宇治(興聖寺 宇治上神社 萬福寺)伏見(寺田屋 酒蔵...
2021/10/29~
山科
-
2021年11月京都(7)紅葉少し前の三尾(高山寺 西明寺 神護寺) 仁和寺 妙心寺(各塔頭) 広隆寺 嵐山...
2021/11/02~
嵐山・嵯峨野・太秦・桂
-
2021年11月京都(8)比叡山延暦寺(東塔(根本中堂 文珠楼 大講堂 東塔)西塔(釈迦堂 にない堂 浄土院...
2021/11/10~
大津・石山・雄琴
-
2022年9月京都(9)修学院離宮(下・中・上離宮) 大原(三千院(宸殿 庭園 往生極楽院) 寂光院(本堂 ...
2022/09/07~
八瀬・大原・貴船・鞍馬
-
2022年12月京都(10)西山(長岡天満宮 光明寺(法然上人御本廟) 善峯寺(遊龍の松) 勝持寺(仏像) ...
2022/12/27~
長岡京・向日
-
2023年10月京都(11)京都御苑で時代祭(平安神宮の大祭で各時代の風俗行列見学)・鞍馬の火祭(大松明や小...
2023/10/22~
八瀬・大原・貴船・鞍馬
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 私の旅の原点となる京都・奈良(過去形より現在進行形まで)
0
316