2019/06/05 - 2019/06/15
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「『あれは明らかに拷問された死体だった。とにかくひどい臭いだったよ』
自分の目で見ることはかなわなかったが,地元新聞の記者が写真に収めているという。それを見せてもらうためにひとりで新聞社に行ってみることにした。地元記者に聞けば,紛争の経緯を手早く把握することもできるだろう。
サラエボでもとくに徹底的に破壊された地域に,地元唯一の新聞『オスロボジェニエ』の本社があった。激しく焼け落ちたビルの地下で,彼らは砲火の下での発行を続けていたのだ。ガラスの破片が散乱している部屋で話を聞く。」
「例の虐殺死体の写真を見せてもらった。これはひどい。中年の男が全裸にされ,体中引き裂かれている。ロイター通信を通じて海外にも配信したというが,これだけ醜悪なものはさすがに新聞紙上では使えないだろう。この男は何者だろうか。写真説明では『セルビア人支配地区から川を流れてきた身元不明の死体』となっていた。しかしどうも話ができ過ぎている気がする。撮影したカメラマンに問いただすと,あっさりと白状した。
『彼は敵に市内の情報を伝えるセルビア側のスパイ容疑者として,モスレム側に処刑されたようだ。モスレムにも確かに荒っぽい連中がいるからね。だがそんなことを世界に知らせるわけにもいかないだろ。だからセルビア人地区から流されてきた死体ということにしてあるんだ』
この種の情報操作はモスレム・クロアチア側が得意としている。幼稚なプロパガンダ工作ではあるが,かなり功を奏していて,情報源を一方的にモスレム・クロアチア側に頼っている欧米マスメディアは,すでに露骨に反セルビアの報道姿勢を取っていた。『取材』には一種の洗脳作用があって,偏向した取材は必ず偏向した報道を呼ぶ。だが,こうした偏向報道の効果は侮れない。国際世論はすでに『残虐なのはセルビア側だけ』というムードで統一されており,現実に国際社会の経済制裁も一方的にセルビア側に発動されていた。モスレム・クロアチア側にも問題がある,と国際報道が伝えはじめるのは,両者が仲たがいを始めたもっと後のことだ。
ところで,戦争記事において死体の次にショッキングなものは何か。それは最も死に近い人,すなわち重傷者である。翌朝,市内の病院へ負傷者の取材に行くことになった。英ロイター通信の記者やカナダの女性記者などが中心となって,負傷者取材ツアーを企画したのだ。総勢十五人。四台の乗用車に分乗して病院へ行った。
病院には,体の一部を失った兵士や全身に火傷を負った市民などが溢れていた。僕たちは二班に分かれて見学してまわる。
全身に包帯を巻いた幼児の前で列ができた。彼が最も『絵』になる存在だったからだ。まるで商品見本を撮影するかのようにカメラマンたちが順番に接写していった。」
「『私はやっぱりセルビア人を取材しようとは思わないわ』
フランスの若い女性テレビ記者がキッパリと言い切った。
いつも夕食時は戦場特派員たちの議論の場になるのだが,そのときは,僕がセルビア人部隊の取材をしたということが話題となっていた。米国人カメラマンが『サラエボでは戦闘写真が撮れない』とこぼすので『セルビア人側では従軍取材ができたぜ』と僕が言ったからだ。その場にいた記者たちのほとんどはクロアチアかベオグラードから直接サラエボ入りしており,セルビア人部隊を取材した人は他にいなかった。
『だってあんな殺人鬼のような連中と会うのも嫌だもの』
『でもそれじゃ一方的だろ』
僕は反論する。
『いい悪いを決めるのは僕らの仕事じゃない。僕らは誰かの広報官じゃないんだから。彼らにだって言い分はあるだろうし』
『殺人鬼だってインチキの理屈ぐらい言うさ。ヒトラーやサダム・フセインだってそうだったろう』
と,スペイン紙記者も加わる。
『それにセルビア人は外国人を嫌っていて,取材はできないと聞いていたぜ。君は日本人だったから特別だったんじゃないか』
『そうそう。だって連中は外国人記者を殺すと賞金が出るっていう話じゃないか』
『誰から聞いた話だい。誰かその話を直接確認した人はいるのか』
『でも現実にセルビア人はひどいことやってるじゃない』
と,これは病院で涙を見せた例のカナダ人女性記者だ。
『モスレムはひどいことをまったくやっていないとでも言うのかい』
欧米のジャーナリストにはナイーブな人が多い。確かにモスレム側だけに留まっていれば,そんなふうにも見えるだろう。『ニューズウィーク』誌の記者は『残虐な攻撃にさらされる友好的なモスレム兵士の話によると……』という記事をサラエボから書いていた。世界の大マスコミの人間といってもそんなものだ。」
小磯文雄著「戦争見物―世界紛争地帯を歩く」(飛鳥新社1995)より
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ポチテリPočiteljからブラガイBlagaiへ向かう。
-
途中,ブナBunaという集落から,ネレトヴァ川の支流であるブナ川に沿う道へ進路を変える。
ここから道路が一気に狭くなり,対向の難しい区間も出てきた。
ブナ川は美しい小川で,この辺りは養鱒(川マスの養殖)が有名だ。
この川の源流部に,目指すテキヤ・ブラガイTekija Blagaj(またはデルヴィシュカ・テキヤDerviška Tekija=英語Dervish House)がある。 -
源流付近に到着。駐車場に車を停めて(駐車料金は後払い,ユーロ払いで1EUR),川沿いの参道を歩く。(1EUR=124円)
「源流付近」というわりに川幅が広いのでは?と疑問に思う向きもあると思うが,それは後ほど説明する。 -
テキヤ・ブラガイTekija Blagajはスーフィズム(イスラーム神秘主義)の修道院である。
モスタル観光のついでに訪れる場所として知られていると思うが,イスラム教の聖地なので,参拝に訪れるムスリムの家族連れの姿が目立つ。
スーフィズムの修行者をダルヴィーシュという。彼らは清貧の共同生活をおくり,托鉢(たくはつ)を行う。厳しい修行に没頭することで神を感得しようとする。
上座仏教の僧と似ているような気もするのだが,イスラム教には「僧侶(聖職者)」とか「出家」という概念がないので,同じにすることはできない。 -
正午を過ぎて,かなり暑くなってきた。すぐにのどがカラカラになる。
参道の道沿いには土産物を売る露店が軒を並べている。中には毛皮を売る店もあり,見ているだけで暑苦しい。 -
やがてテキヤ・ブラガイの建物が見えてきた。
建物の背後に大きな岩の裂け目があるが,その先は洞窟になっている。
その洞窟から清水が滔々(とうとう)と湧き出して,このブナ川の流れを生み出しているのだ。 -
テキヤ・ブラガイの入場口。
-
拝観料ひとり2.5EUR也。(1EUR=約124円)
中に入れば,洞窟から湧き出てくる水を手ですくって飲むことができるらしいが… -
まあ,ここは外から拝むだけでよしとしよう。
-
源流近くの川べりには,数軒のレストランがある。
本当に水面がすぐそばにあり,見た瞬間に「あっ,貴船(京都)の川床やん」と思った。
大きく違うのは,京都の川床は実は暑いのだが(少なくとも涼しくはない),ここでは洞窟内の冷えびえとした空気が水流と一緒に下流方向へ吹き出していて,天然のエアコンになっている。心地よいことこの上ない。 -
さっきから暑さにやられていたので,気持ちとしてはこの天然エアコンレストランで昼食をとりたかった。しかし,メニューを見ると最低20EURは取られそうなこと(名物の川マスを注文したりすればもっと),客は外国人観光客ばかりで地元民は一人もいなさそうなことから断念。
ちなみに,レストランは参道の対岸にあるので,↑のような橋を渡っていかなければならない。
橋の途中からの眺めはなかなかのものだが,通行妨害にならないようにご注意あれ。
結局,テキヤ・ブラガイの入場口のところでオレンジのジェラート(1EUR)だけ食べて引き返すことにした。
(1EUR=約124円) -
そして駐車場の近くで地元民が入っているカフェを探し,
-
きりっとした塩味がうれしいアイリャンでのどを潤し,サンドウィッチを頂いた。
一人4BAM。(1BAM=約62円) -
遅い昼食のあと,モスタルMostarを目指して走る。
-
モスタルは,思っていたよりずっと大きな街だった。
これまでのボスニア・ヘルツェゴヴィナの街とは人の密度がまるで違う。
どこかに車を停めようと物色するが全然見つからない。
街を二周くらいしたところで駐車をあきらめた。 -
モスタルをほぼ素通りしたことで時間の余裕を取り戻し,これは結果的に悪いことではなかった。
モスタルからサラエヴォ方面へ向かうには,ネレトヴァ川に沿ってE73号線を北上する。次の大きな街はコニツKonjicというところだが,このモスタル-コニツ間のネレトヴァ峡谷が絶景ロードだったのだ。 -
こういう雄大な景色が,間断なく続く。
-
車を停められるところでストップしては,ただ阿呆のように仰ぎ見ていた。
圧倒された。 -
道路に平行して,連邦鉄道も走っている。
車窓からの眺めはさぞかし素晴らしいことだろう。 -
道路沿いに一軒のカフェを見つけた。
道路脇に駐車場があり,そこから階段で下りていくと,そこはそれなりに席数を持つカフェレストランになっていた。河上に張り出すテラスもある。
ここでエスプレッソをもらい,ネレトヴァ峡谷の眺めをゆっくりと楽しんだ。
もちろん絶景である。観光バスなんかがトイレ休憩で停車しそうな店だが,エスプレッソは2BAMちょっとで,ぼったくり価格ではない。おすすめ。
(1BAM=約62円)
「Komadinovo vrelo」(Google座標:43.616351,17.740022) -
やがてコニツ(コニーツ)Konjicに到着。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの中で,このあたりが「ボスニア」と「ヘルツェゴビナ」の境界になると思う。
美しい石橋(Stara Ćuprija)がネレトヴァ川にかかる街である。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの石橋といえば,もっとも有名なのはヴィシェグラードВишегрaдにあるソコルル・メフメト・パシャ橋(「ドリナの橋」)だ。1577年にオスマン帝国が完成させた。
ここコニツの石橋は,それから約1世紀後に同じくオスマン帝国によって造られたものだ。第二次大戦時,ドイツ軍が敗走する際に爆破したが,堅牢だったため土台は残り,今世紀になってきれいに再建されたらしい。 -
コニツの街並みは,オスマン帝国時代を偲ばせるような雰囲気に整備されている。
もともとムスリムが多数を占める街なのだろう。 -
さて,時間が押してきた。サラエヴォ方面へ急ぐ。
今夜はサラエヴォ近郊の村で民泊だ。日が暮れてしまったら家を探し当てる自信がない。
燃料が少なくなってきたので,スタンドで50BAM分を給油。
(1BAM=約62円) -
サラエヴォに近づくと,やはり交通渋滞に巻き込まれた。
村に入ったあとも,地番表示がきわめて分かりにくく,右往左往する破目になる。 -
小一時間探して,何とか見つけた。
ホストはムスリムの素朴な一家で,着くなり自家製のお菓子とチャイで歓待してくれた。うれしい。
お菓子の名前を尋ねたいのだが,意思疎通がうまくいかない。
「コノオカシ,ナマエ,ナニ?」
「ああ,いくつでも食べていいよ。」
「‥‥アリガトウ。」
砕いたクルミと砂糖と油を練った餡を薄い生地の上に延ばし,筒状にクルクルと巻いている。重厚激甘でいかにもトルコ系のスイーツだ。
あとで調べてみたが,たぶんRužice sa orasimaといわれるものだと思う。
切った断面をバラの花に見立てているのだろう。 -
今日は相客がおらず,2階の客間を独占できるそうだ。ありがたい。
-
近くの商店まで歩いて行って,夕食のワインとパンを買った。
ワインは容量1リットルで栓は王冠。その風体からてっきり地元のテーブルワインだと思って買ったら,セルビアのワインだった。1本5.5BAM。
(1BAM=約62円)
明日はサラエヴォを歩いてから,スルプスカ→セルビア国境→ウジツェという行程になる。
(つづく)
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