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トリニダーのマヨール広場(Plaza Mayor)とその周りに建つ建物についてまとめる。この広場は旧市街の中心となる広場で、独立の英雄の名を冠してホセ・マルティ広場(Parque Jose Marti)とも呼ばれる。広場は全体がフェンスで囲まれ、さらに中にもフェンスで囲まれた4つの庭園があり、テラコッタ(terra cotta=素焼き)のファイニアル(finial=褄端飾り)で飾られた柱が何本も建ち、イングリッシュ・グレイハウンド(English Greyhound=犬の種類)の像が公園を守っている。<br /><br />公園の上に建つのはネオクラシカル・ファサードのサンティシマ・トリニダ大聖堂(Iglesia Parroquial de la Santisima Trinidad)。サイクロンによって破壊された17世紀以前の教会の跡地に、1892年に再建されたもの。<br /><br />教会の左手はロマン主義博物館(Museo Romantico)。1階は1740年に建てられ、2階が1808年に追加された。地元の資産家ボレル(Borrell)家によって建てられたもので、邸宅を相続した娘の夫の名前からブルネ宮殿(Palacio Brunet)と呼ばれていた。74年から博物館となり、主にボレル家の持っていた19世紀の家具や磁器などが展示されている。<br /><br />ロマン主義博物館の左手、広場の南西側は建築博物館(Museo de Arquitectura Colonial)。トリニダーの建築史や植民地時代の建築の歴史が展示されている。元々は午前中に行ってきたマナカ・イスナーガ(Manaca Iznaga)の持ち主だった砂糖貴族サンチェス・イズナガ家の邸宅(Casa de los Sanchez Iznaga)だった。18世紀に2軒建てられたの家を19世紀に1軒にまとめたもので、玄関前のポーチは細い柱で支えられ、繊細な錬鉄製の欄干で囲まれている。窓はグリル(grill=鉄柵)で守られ、シャッターも備えられている。<br /><br />建築博物館の反対側はグアムアヤ考古学博物館(Museo de Arqueologia Guamuhaya)。向かいの建築博物館とは対照的に柱と鉄の欄干は重々しい。グアムアヤとはキューバ先住民族が付けた土地の名前で、シエンフエゴス(Cienfuegos)とトリニダーの間にある山々はグアムアヤ山地と呼ばれている。この博物館ではプレコロンビア時代からスペイン征服時代のものを展示している。建物は元々誰が建てたかは分かっていないが18世紀に建てられ、その後地元の有力者のアントニオ・パドロンの邸宅(Casa Pardon)だったもの。<br /><br />残る南東側には、富裕な農園主オルティスの邸宅(Casa Ortiz)だった建物がある。1800年から1809年に建てられたもの。現在はアート・ギャラリーとして使われている。<br /><br />その少し先(南西)には、市立歴史博物館(Museo Historico Municipal)。広場を囲む建物の中で一番大きいもの。1827年にロマン主義博物館同様ボレル(Borrell)家によって建てられたが、その後19世紀後半まで砂糖王と呼ばれたカンテロ家の邸(Casa Cantero)であった。中には入らなかったが、中庭から登れるタワーからの景色は入場料を払う価値があるとのこと。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2391313317605345&amp;type=1&amp;l=7b45947b92<br /><br /><br />以上

トリニダー マヨール広場 (Plaza Mayor, Trinidad)

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2018/09/18 - 2018/09/18

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ちふゆ

ちふゆさん

トリニダーのマヨール広場(Plaza Mayor)とその周りに建つ建物についてまとめる。この広場は旧市街の中心となる広場で、独立の英雄の名を冠してホセ・マルティ広場(Parque Jose Marti)とも呼ばれる。広場は全体がフェンスで囲まれ、さらに中にもフェンスで囲まれた4つの庭園があり、テラコッタ(terra cotta=素焼き)のファイニアル(finial=褄端飾り)で飾られた柱が何本も建ち、イングリッシュ・グレイハウンド(English Greyhound=犬の種類)の像が公園を守っている。

公園の上に建つのはネオクラシカル・ファサードのサンティシマ・トリニダ大聖堂(Iglesia Parroquial de la Santisima Trinidad)。サイクロンによって破壊された17世紀以前の教会の跡地に、1892年に再建されたもの。

教会の左手はロマン主義博物館(Museo Romantico)。1階は1740年に建てられ、2階が1808年に追加された。地元の資産家ボレル(Borrell)家によって建てられたもので、邸宅を相続した娘の夫の名前からブルネ宮殿(Palacio Brunet)と呼ばれていた。74年から博物館となり、主にボレル家の持っていた19世紀の家具や磁器などが展示されている。

ロマン主義博物館の左手、広場の南西側は建築博物館(Museo de Arquitectura Colonial)。トリニダーの建築史や植民地時代の建築の歴史が展示されている。元々は午前中に行ってきたマナカ・イスナーガ(Manaca Iznaga)の持ち主だった砂糖貴族サンチェス・イズナガ家の邸宅(Casa de los Sanchez Iznaga)だった。18世紀に2軒建てられたの家を19世紀に1軒にまとめたもので、玄関前のポーチは細い柱で支えられ、繊細な錬鉄製の欄干で囲まれている。窓はグリル(grill=鉄柵)で守られ、シャッターも備えられている。

建築博物館の反対側はグアムアヤ考古学博物館(Museo de Arqueologia Guamuhaya)。向かいの建築博物館とは対照的に柱と鉄の欄干は重々しい。グアムアヤとはキューバ先住民族が付けた土地の名前で、シエンフエゴス(Cienfuegos)とトリニダーの間にある山々はグアムアヤ山地と呼ばれている。この博物館ではプレコロンビア時代からスペイン征服時代のものを展示している。建物は元々誰が建てたかは分かっていないが18世紀に建てられ、その後地元の有力者のアントニオ・パドロンの邸宅(Casa Pardon)だったもの。

残る南東側には、富裕な農園主オルティスの邸宅(Casa Ortiz)だった建物がある。1800年から1809年に建てられたもの。現在はアート・ギャラリーとして使われている。

その少し先(南西)には、市立歴史博物館(Museo Historico Municipal)。広場を囲む建物の中で一番大きいもの。1827年にロマン主義博物館同様ボレル(Borrell)家によって建てられたが、その後19世紀後半まで砂糖王と呼ばれたカンテロ家の邸(Casa Cantero)であった。中には入らなかったが、中庭から登れるタワーからの景色は入場料を払う価値があるとのこと。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2391313317605345&type=1&l=7b45947b92


以上

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