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4時過ぎ、無事問題なくホステルに到着し、チェックイン。ホステルと云うとユースホステルをイメージし、2段ベッドのドミトリーを思い浮かべる人が多いように思うが、私が泊まったのはバス、トイレ付きの個室で、フロントとかはないのでホテルじゃないけど、CASA(カサ)と云う民泊でもない。プライバシー度は高い。日本で云うと民宿に近いのかな? 旧市街の北にあり、エントラーダ運河(Canal de Entrada)沿いのセスペデス公園(Parque Cespedes)に近く絶好のロケーションだった。1泊朝食付きで40US$は、朝食もたっぷりだったし、満足の価格だった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2351011448302199&amp;type=1&amp;l=b83b156bb4<br /><br />ざっと荷物を整理して市内観光に出掛ける。ハバナ(Havana)、スペイン語ではラ・アバーナ(La Habana)は、キューバの首都。キューバ島北西沿岸のフロリダ海峡に接する地点に位置し、カリブ海地域における最大の都市。人口は約200万人。1519年に征服者であるスペイン人が南岸にある現在のスルヒエドロ・デ・バタバノ(Surgidero de Batabano)の近くから居住地をこの地に移し、先住のハバナ族にちなみサン・クリストーバル・デ・ラ・アバーナ(San Cristobal de la Habana)と命名した。サン・クリストーバルはハバナの守護聖人。1553年にはサンティアゴ・デ・クーバ(Santiago de Cuba)に代わってキューバ総督領の首府となり、スペインの新大陸における植民地経営の中心地として、また貿易の主要な中継地として発展していったが、フランス、イギリス、オランダの海賊の攻撃を受けるようになり数々の要塞が築かれた。1902年の独立と共に首都となり、アメリカ資本化が進んだが、キューバ革命後は国営化された。年間の平均気温は25℃で、亜熱帯気候に属する。旧市街は全盛期のスペイン・コロニアル様式が完全に保存されており、82年に世界遺産に登録された。文豪アーネスト・ヘミングウェイがこよなく愛した街としてもよく知られる。<br /><br />まずはハバナ・バス・ツアー(Havana Bus Tour)のT1コースに乗って、市内を回る。出発場所の中央公園(Parque Central)へ行くと、すぐにオープンデッキの2階建てバスが見つかった。事前に調べて来たのだが、発車時間が変更されていたようで、さっそく出発。もう出ると云われてそそくさと乗り込み5時に出発したが、あとでバス停の時刻表見ると5時発ってないんだけど・・・。事前チェックでは10CUCで1日乗り降り自由とあったんだけど、料金はそうだけど、何もチケットとかくれない。システム変わった?<br /><br />バスはまずマルティ通り(Paseo de Marti)を海岸まで北上。道の真ん中に広い遊歩道を持つこの通りは1772年に設計されたもので、1830年代半ばに完成した。遊歩道を守る青銅獅子は1928年に追加されたもの。キューバの上流階級と関わりの深い通りで、裕福な一族が住んでいた19世紀の優美な邸宅が残っている。地元の人々は以前の名前であるプラド(Prado)と呼んでいる。現在の名前は空港の名前にも使われているホセ・マルティ(Jose Julian Marti Perez)に由来している。<br /><br />海岸沿いに出るとしばらくは有名なマレコン通り(Malecon)。新市街と旧市街を結ぶ海岸沿いの通りで、海岸沿いを走るカラフルなクラシックカー、カリブの透き通った青い海、そして時代を感じさせるスペイン風の建物がキューバらしい雰囲気を醸し出す道路。1901年に建設が開始され、52年に完成している。マレコンとはスペイン語で突堤とか防波堤を意味する。<br /><br />この通り沿いには数多くのスポットが点在している。アントニオ・マセオ公園(Parque Antonio Maceo)はホセ・マルティらと共に第2次独立戦争を戦った革命家の名を抱き、彼の騎馬像がある。ホテル・ナショナル・デ・キューバ(Hotel Nacional de Cuba)については後日。USSメイン犠牲者記念碑(Monumento a las victimas del Maine)は1898年にハバナ湾で原因不明の大爆発を起こし沈んだアメリカ戦艦の犠牲者を弔う記念碑で、この事故(事件?)は米西戦争(Spanish-American War)の切っ掛けとなった。亡くなった方の中には日本人のボーイやコックが8人おられたそうだ。その隣には旗の壁(Monte de las Banderas)。国交正常化前の2006年にアメリカ政府が大使館ビル(当時はU.S. Interest Section building)の5階にメッセージを流すティッカーを設置したのに対抗して、138本の掲揚旗ポールを立て、旗を上げることによりメッセージを見えなくさせたもの。メッセージは09年に停止された。ホテルアトランティック(Hotel Atlantic)は付け根が細くなった、まるで今にもポキリと折れそうなデザインの3つ星ホテルで04年オープン。私は絶対に泊まりたくない。ホセ・マルティ・パルケ・スタジアム(Parque Jose Marti Stadium)は元々はバティスタ政権下の1940年に造られたもので、キューバ革命後にメインスタンドが建てられた。しかし、71年にエスタディオ・ラティーノアメリカーノ(Estadio Latinoamericano)が改修され、それ以降は荒廃するままになっている。<br /><br />マレコンを離れ、アベニーダ・デ・ロス・プレジデンテス(Avenida de los Presidentes)を南に下るとホセ・ミゲル・ゴメス記念碑(Monumento a Jose Miguel Gomez)。独立戦争の指導者で初代大統領の記念碑。そして革命広場到着。元々はここで降りて、次のバスで戻ろうと思ってたのだが、どうもコースが変わってるようだし、誰も降りないし、そのまま乗り続けることにする。後で確認したら帰りには通らないように変わってたので正解だったかな。ホセ・マルティ・メモリアル(Memorial Jose Marti)の横を過ぎるが、ここについても後日。続いてコロンブス(Christopher Columbus)から名付けられたコロン墓地(Necropolis Cristobal Colon)。横を通るだけでもかなり時間が掛かる57ヘクタールある広大な墓地。1876年に完成し、世界的にも有名で、数々の有名な政治家・文化人・スポーツ選手などが眠っているそうだ。64年に建てられたキューバ日系人慰霊堂もある。<br /><br />この後は、新市街のホテルを次々と回るだけで、退屈。Parque Diversionesと云うサーカスもある公園で折り返す。ここまで1時間。帰りは、革命広場は通らなかったので、少し短い。6時半過ぎ、モロ要塞、プンタ要塞(これらの要塞についても後日)を見ながら中央公園に戻る。1時間40分掛かった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2351015331635144&amp;type=1&amp;l=dd91fbda26<br /><br /><br />ハバナ 中央公園付近へ続く

ハバナ バスツアー(Havana Bus Tour, La Havana)

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2018/09/14 - 2018/09/14

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旅行記グループ キューバ

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ちふゆ

ちふゆさん

4時過ぎ、無事問題なくホステルに到着し、チェックイン。ホステルと云うとユースホステルをイメージし、2段ベッドのドミトリーを思い浮かべる人が多いように思うが、私が泊まったのはバス、トイレ付きの個室で、フロントとかはないのでホテルじゃないけど、CASA(カサ)と云う民泊でもない。プライバシー度は高い。日本で云うと民宿に近いのかな? 旧市街の北にあり、エントラーダ運河(Canal de Entrada)沿いのセスペデス公園(Parque Cespedes)に近く絶好のロケーションだった。1泊朝食付きで40US$は、朝食もたっぷりだったし、満足の価格だった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2351011448302199&type=1&l=b83b156bb4

ざっと荷物を整理して市内観光に出掛ける。ハバナ(Havana)、スペイン語ではラ・アバーナ(La Habana)は、キューバの首都。キューバ島北西沿岸のフロリダ海峡に接する地点に位置し、カリブ海地域における最大の都市。人口は約200万人。1519年に征服者であるスペイン人が南岸にある現在のスルヒエドロ・デ・バタバノ(Surgidero de Batabano)の近くから居住地をこの地に移し、先住のハバナ族にちなみサン・クリストーバル・デ・ラ・アバーナ(San Cristobal de la Habana)と命名した。サン・クリストーバルはハバナの守護聖人。1553年にはサンティアゴ・デ・クーバ(Santiago de Cuba)に代わってキューバ総督領の首府となり、スペインの新大陸における植民地経営の中心地として、また貿易の主要な中継地として発展していったが、フランス、イギリス、オランダの海賊の攻撃を受けるようになり数々の要塞が築かれた。1902年の独立と共に首都となり、アメリカ資本化が進んだが、キューバ革命後は国営化された。年間の平均気温は25℃で、亜熱帯気候に属する。旧市街は全盛期のスペイン・コロニアル様式が完全に保存されており、82年に世界遺産に登録された。文豪アーネスト・ヘミングウェイがこよなく愛した街としてもよく知られる。

まずはハバナ・バス・ツアー(Havana Bus Tour)のT1コースに乗って、市内を回る。出発場所の中央公園(Parque Central)へ行くと、すぐにオープンデッキの2階建てバスが見つかった。事前に調べて来たのだが、発車時間が変更されていたようで、さっそく出発。もう出ると云われてそそくさと乗り込み5時に出発したが、あとでバス停の時刻表見ると5時発ってないんだけど・・・。事前チェックでは10CUCで1日乗り降り自由とあったんだけど、料金はそうだけど、何もチケットとかくれない。システム変わった?

バスはまずマルティ通り(Paseo de Marti)を海岸まで北上。道の真ん中に広い遊歩道を持つこの通りは1772年に設計されたもので、1830年代半ばに完成した。遊歩道を守る青銅獅子は1928年に追加されたもの。キューバの上流階級と関わりの深い通りで、裕福な一族が住んでいた19世紀の優美な邸宅が残っている。地元の人々は以前の名前であるプラド(Prado)と呼んでいる。現在の名前は空港の名前にも使われているホセ・マルティ(Jose Julian Marti Perez)に由来している。

海岸沿いに出るとしばらくは有名なマレコン通り(Malecon)。新市街と旧市街を結ぶ海岸沿いの通りで、海岸沿いを走るカラフルなクラシックカー、カリブの透き通った青い海、そして時代を感じさせるスペイン風の建物がキューバらしい雰囲気を醸し出す道路。1901年に建設が開始され、52年に完成している。マレコンとはスペイン語で突堤とか防波堤を意味する。

この通り沿いには数多くのスポットが点在している。アントニオ・マセオ公園(Parque Antonio Maceo)はホセ・マルティらと共に第2次独立戦争を戦った革命家の名を抱き、彼の騎馬像がある。ホテル・ナショナル・デ・キューバ(Hotel Nacional de Cuba)については後日。USSメイン犠牲者記念碑(Monumento a las victimas del Maine)は1898年にハバナ湾で原因不明の大爆発を起こし沈んだアメリカ戦艦の犠牲者を弔う記念碑で、この事故(事件?)は米西戦争(Spanish-American War)の切っ掛けとなった。亡くなった方の中には日本人のボーイやコックが8人おられたそうだ。その隣には旗の壁(Monte de las Banderas)。国交正常化前の2006年にアメリカ政府が大使館ビル(当時はU.S. Interest Section building)の5階にメッセージを流すティッカーを設置したのに対抗して、138本の掲揚旗ポールを立て、旗を上げることによりメッセージを見えなくさせたもの。メッセージは09年に停止された。ホテルアトランティック(Hotel Atlantic)は付け根が細くなった、まるで今にもポキリと折れそうなデザインの3つ星ホテルで04年オープン。私は絶対に泊まりたくない。ホセ・マルティ・パルケ・スタジアム(Parque Jose Marti Stadium)は元々はバティスタ政権下の1940年に造られたもので、キューバ革命後にメインスタンドが建てられた。しかし、71年にエスタディオ・ラティーノアメリカーノ(Estadio Latinoamericano)が改修され、それ以降は荒廃するままになっている。

マレコンを離れ、アベニーダ・デ・ロス・プレジデンテス(Avenida de los Presidentes)を南に下るとホセ・ミゲル・ゴメス記念碑(Monumento a Jose Miguel Gomez)。独立戦争の指導者で初代大統領の記念碑。そして革命広場到着。元々はここで降りて、次のバスで戻ろうと思ってたのだが、どうもコースが変わってるようだし、誰も降りないし、そのまま乗り続けることにする。後で確認したら帰りには通らないように変わってたので正解だったかな。ホセ・マルティ・メモリアル(Memorial Jose Marti)の横を過ぎるが、ここについても後日。続いてコロンブス(Christopher Columbus)から名付けられたコロン墓地(Necropolis Cristobal Colon)。横を通るだけでもかなり時間が掛かる57ヘクタールある広大な墓地。1876年に完成し、世界的にも有名で、数々の有名な政治家・文化人・スポーツ選手などが眠っているそうだ。64年に建てられたキューバ日系人慰霊堂もある。

この後は、新市街のホテルを次々と回るだけで、退屈。Parque Diversionesと云うサーカスもある公園で折り返す。ここまで1時間。帰りは、革命広場は通らなかったので、少し短い。6時半過ぎ、モロ要塞、プンタ要塞(これらの要塞についても後日)を見ながら中央公園に戻る。1時間40分掛かった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2351015331635144&type=1&l=dd91fbda26


ハバナ 中央公園付近へ続く

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