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2時過ぎ、プンタ要塞がなくなったので、最後のスポットになった革命博物館(Museo de la Revolucion)に到着。宿の近くなので、いつも横を通っており、飛行機や戦車が展示されている部分が博物館と思ってたら、そこは別棟の展示場で、メインは北隣の立派な建物だった。しばらく入口を探して彷徨う。北側が入口でその前には旧ソ連製のSU-100と云う自走砲が展示されている。その横で崩れかけてるのが昔の街を囲んでいた岩壁の一部。入場料8CUCを支払い、荷物は持ち込みダメとのことでロッカーに預ける(カメラはOK)。ネオ・クラシカルの要素を持ち、ニューヨークのティファニーにより内部装飾されたこの建物は1920年に落成した。州政府ビルとして1909年に建築が始められたが、完成前に当時の大統領マリオ・ガルシア・メノカル(Mario Garcia Menocal)の夫人がこのビルを気に入り、大統領官邸(Presidential Palace)となった。革命後は政府や共産党関係のビルとして使われたが、74年に博物館となった。展示は3階(現地表示では2階)がコロンブス以前から植民地時代、そして第一次独立戦争、第二次独立戦争までで、2階がキューバ革命とそれ以降、そして1階が現在となっている。<br /><br />内部展示を見た後は、南側の別棟の展示場へ。76年12月に追加されたもの。メインはガラスケースに入れられたグランマ号。56年12月、カストロやゲバラがメキシコからこのヨットでキューバに上陸した。これがキューバ革命の始まり。イメージしてたよりでかいけど定員12人だそうで、よく82人も乗ったもんだ。それを囲む最初はキューバ革命時に革命軍が使ったもので、農業用トラクターを改造した装甲車が2台、1台はドラゴン1(Dragon 1)と名付けられているものがある。弾痕が残ってる。なかなかすごい。そして、隣りの大統領官邸襲撃に使用したトラック、カミオン・ファーゴ(Camion Fargo)。鉄板で補強されている。その外にはキューバ空軍の戦闘機、アメリカ製のOS2U キングフィッシャー(Kingfisher)とイギリス製のホーカー・シーフューリー(Hawker Sea Fury)。いずれも第二次世界大戦で使われたもの。さらに第二次世界大戦から冷戦時代にかけてソ連を中心に使用された中戦車T-34。ぐるっと回り込むと、62年のキューバ危機の際に撃墜されたアメリカ軍の偵察機U2のエンジンと、それを撃墜したソ連製の地対空ミサイルS-75。最後は89年に点灯された英雄記念碑。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2379796872090323&amp;type=1&amp;l=7faa26ed48<br /><br />これで行きたいところはすべて終了。夕方にツアーを予約してるがまだしばらく時間があるので、いったんホテルに引き上げようとしたが、途中にあったオープンカフェについふらふらと。Chacon 162と云う宿に近い店。ハバナ・スペシャル(Havana Special)と云うハバナクラブとパイナップル・ジュースをシェークして、クラッシュド・アイスが入ったグラスに注ぎ、パイナップルで飾ったカクテル。5CUC。疲れた体に堪らない~! <br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2377391918997485&amp;type=1&amp;l=64630cfa87<br /><br /><br />ハバナ観光その6に続く。

ハバナ観光その5 (Museo de la Revolucion, Havana)

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2018/09/16 - 2018/09/16

737位(同エリア830件中)

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ちふゆ

ちふゆさん

2時過ぎ、プンタ要塞がなくなったので、最後のスポットになった革命博物館(Museo de la Revolucion)に到着。宿の近くなので、いつも横を通っており、飛行機や戦車が展示されている部分が博物館と思ってたら、そこは別棟の展示場で、メインは北隣の立派な建物だった。しばらく入口を探して彷徨う。北側が入口でその前には旧ソ連製のSU-100と云う自走砲が展示されている。その横で崩れかけてるのが昔の街を囲んでいた岩壁の一部。入場料8CUCを支払い、荷物は持ち込みダメとのことでロッカーに預ける(カメラはOK)。ネオ・クラシカルの要素を持ち、ニューヨークのティファニーにより内部装飾されたこの建物は1920年に落成した。州政府ビルとして1909年に建築が始められたが、完成前に当時の大統領マリオ・ガルシア・メノカル(Mario Garcia Menocal)の夫人がこのビルを気に入り、大統領官邸(Presidential Palace)となった。革命後は政府や共産党関係のビルとして使われたが、74年に博物館となった。展示は3階(現地表示では2階)がコロンブス以前から植民地時代、そして第一次独立戦争、第二次独立戦争までで、2階がキューバ革命とそれ以降、そして1階が現在となっている。

内部展示を見た後は、南側の別棟の展示場へ。76年12月に追加されたもの。メインはガラスケースに入れられたグランマ号。56年12月、カストロやゲバラがメキシコからこのヨットでキューバに上陸した。これがキューバ革命の始まり。イメージしてたよりでかいけど定員12人だそうで、よく82人も乗ったもんだ。それを囲む最初はキューバ革命時に革命軍が使ったもので、農業用トラクターを改造した装甲車が2台、1台はドラゴン1(Dragon 1)と名付けられているものがある。弾痕が残ってる。なかなかすごい。そして、隣りの大統領官邸襲撃に使用したトラック、カミオン・ファーゴ(Camion Fargo)。鉄板で補強されている。その外にはキューバ空軍の戦闘機、アメリカ製のOS2U キングフィッシャー(Kingfisher)とイギリス製のホーカー・シーフューリー(Hawker Sea Fury)。いずれも第二次世界大戦で使われたもの。さらに第二次世界大戦から冷戦時代にかけてソ連を中心に使用された中戦車T-34。ぐるっと回り込むと、62年のキューバ危機の際に撃墜されたアメリカ軍の偵察機U2のエンジンと、それを撃墜したソ連製の地対空ミサイルS-75。最後は89年に点灯された英雄記念碑。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2379796872090323&type=1&l=7faa26ed48

これで行きたいところはすべて終了。夕方にツアーを予約してるがまだしばらく時間があるので、いったんホテルに引き上げようとしたが、途中にあったオープンカフェについふらふらと。Chacon 162と云う宿に近い店。ハバナ・スペシャル(Havana Special)と云うハバナクラブとパイナップル・ジュースをシェークして、クラッシュド・アイスが入ったグラスに注ぎ、パイナップルで飾ったカクテル。5CUC。疲れた体に堪らない~!
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2377391918997485&type=1&l=64630cfa87


ハバナ観光その6に続く。

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