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偶然ですが、数十年に一度しか御開帳されない湖東三山の<br />秘仏が、今年は「湖東三山IC開設 交通安全祈願」を記念して、<br />同時期に一斉特別公開されていたそうです。<br /><br />これはぜひとも訪問しなければということで、<br />GW期間中に運行されていたシャトルバスを利用して、<br />三つのお寺を訪れました。<br /><br />普段は車がないと、とても来ることの出来ないような<br />場所にあるので、時期的にも絶好のタイミングでした。<br />(まあレンタカー使えば、いいんでしょうが。。。)

滋賀訪問2014④(湖東三山:西明寺・金剛輪寺・百済寺)

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2014/04/26 - 2014/04/29

337位(同エリア650件中)

旅行記グループ 滋賀訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

偶然ですが、数十年に一度しか御開帳されない湖東三山の
秘仏が、今年は「湖東三山IC開設 交通安全祈願」を記念して、
同時期に一斉特別公開されていたそうです。

これはぜひとも訪問しなければということで、
GW期間中に運行されていたシャトルバスを利用して、
三つのお寺を訪れました。

普段は車がないと、とても来ることの出来ないような
場所にあるので、時期的にも絶好のタイミングでした。
(まあレンタカー使えば、いいんでしょうが。。。)

旅行の満足度
5.0
  • シャトルバスが、西明寺の駐車場に着きました。<br />次のバスが1時間後なので、1時間後にまたここに戻ってきます。

    シャトルバスが、西明寺の駐車場に着きました。
    次のバスが1時間後なので、1時間後にまたここに戻ってきます。

    西明寺(池寺) 寺・神社・教会

  • 駐車場から、歩いて1分ぐらいで麓の惣門が見えてきます。

    駐車場から、歩いて1分ぐらいで麓の惣門が見えてきます。

  • 平安時代の承和元年(834)に仁明天皇の勅願により、三修上人(慈勝上人)が開山したお寺です。<br />薬師如来が放った光が、京の都の方角である西を照らした事から、「西明寺」と名付けられたそうです。<br />源頼朝が、戦勝祈願をしたと伝わっています。

    平安時代の承和元年(834)に仁明天皇の勅願により、三修上人(慈勝上人)が開山したお寺です。
    薬師如来が放った光が、京の都の方角である西を照らした事から、「西明寺」と名付けられたそうです。
    源頼朝が、戦勝祈願をしたと伝わっています。

    西明寺(池寺) 寺・神社・教会

  • 本堂のある境内まで緩やかな長い坂を登って行きますが、参道の両側には、段々畑のようなスペースが広がっています。<br />元々多くの塔頭や僧坊、道場等が建っていたそうですが、織田信長の比叡山焼き討ちの際に、同じ天台宗の寺院という事で焼き打ちにあい、焼失してしまったそうです。

    本堂のある境内まで緩やかな長い坂を登って行きますが、参道の両側には、段々畑のようなスペースが広がっています。
    元々多くの塔頭や僧坊、道場等が建っていたそうですが、織田信長の比叡山焼き討ちの際に、同じ天台宗の寺院という事で焼き打ちにあい、焼失してしまったそうです。

  • 参道は、荘厳な雰囲気が漂っています。

    参道は、荘厳な雰囲気が漂っています。

  • 参道の両側が、石垣で整地されているのがわかりますね。

    参道の両側が、石垣で整地されているのがわかりますね。

  • 室町時代に建てられた、重要文化財の二天門が見えてきました。<br /><br />本堂、三重塔、二天門は、山門近くの坊舎を激しく燃やし、全山が焼失するかのように見せかけた機転によって、焼き打ちの難を逃れる事が出来たそうです。

    室町時代に建てられた、重要文化財の二天門が見えてきました。

    本堂、三重塔、二天門は、山門近くの坊舎を激しく燃やし、全山が焼失するかのように見せかけた機転によって、焼き打ちの難を逃れる事が出来たそうです。

  • 二天門の前には、夫婦杉が仲良く林立しています。

    二天門の前には、夫婦杉が仲良く林立しています。

  • どっちがどっちかは分りませんが、二天門には持国天と増長天が、安置されています。

    どっちがどっちかは分りませんが、二天門には持国天と増長天が、安置されています。

  • 二体の仏像は、1429年に院尋という仏師が作成した事が分っているそうです。

    二体の仏像は、1429年に院尋という仏師が作成した事が分っているそうです。

  • 鎌倉時代初期に建立された国宝の本堂です。釘を使用せずに建てられています。<br />国宝第一号ということで、一番初期に国宝に選ばれたものの中の一つです。<br /><br />本堂内部は撮影禁止ですが、秘仏の薬師瑠璃光如来が安置されています。<br />住職一代に一度の御開帳ということで、ご住職が、「私もこの秘仏を見るのは、最初で最後だ。」とおっしゃっていました。<br /><br />西明寺は、十二神将のお寺とも言われているそうで、頭に干支を乗せた十二神将が安置されています。<br />自分の干支の十二神将にお願い事をする事で、如来に願い事を伝えてくれるそうです。違う干支の神将にお願いしても、伝えてもらえないと住職が説明されていました。

    鎌倉時代初期に建立された国宝の本堂です。釘を使用せずに建てられています。
    国宝第一号ということで、一番初期に国宝に選ばれたものの中の一つです。

    本堂内部は撮影禁止ですが、秘仏の薬師瑠璃光如来が安置されています。
    住職一代に一度の御開帳ということで、ご住職が、「私もこの秘仏を見るのは、最初で最後だ。」とおっしゃっていました。

    西明寺は、十二神将のお寺とも言われているそうで、頭に干支を乗せた十二神将が安置されています。
    自分の干支の十二神将にお願い事をする事で、如来に願い事を伝えてくれるそうです。違う干支の神将にお願いしても、伝えてもらえないと住職が説明されていました。

    西明寺(池寺) 寺・神社・教会

  • こちらも国宝の三重塔です。今回は三重塔内部も特別公開していました。<br />鎌倉時代に作成されたとは思えないほど、色鮮やかな極彩色の仏画が残されていました。<br /><br />本来は、別のタイミングでの公開を予定していたらしいのですが、関西のおば様方に「せっかく来たのに、何で同時に公開せえへんの。」とやんややんやと言われて、急遽公開する事になったと言って、笑いを誘っていました。

    こちらも国宝の三重塔です。今回は三重塔内部も特別公開していました。
    鎌倉時代に作成されたとは思えないほど、色鮮やかな極彩色の仏画が残されていました。

    本来は、別のタイミングでの公開を予定していたらしいのですが、関西のおば様方に「せっかく来たのに、何で同時に公開せえへんの。」とやんややんやと言われて、急遽公開する事になったと言って、笑いを誘っていました。

  • 参道の中腹には、庭園に至る門があります。

    参道の中腹には、庭園に至る門があります。

  • 江戸時代に造園された「蓬萊庭」です。

    江戸時代に造園された「蓬萊庭」です。

  • 二つ目のお寺、金剛輪寺にやってきました。<br />江戸時代に建てられた黒門から、寺内に入ります。

    二つ目のお寺、金剛輪寺にやってきました。
    江戸時代に建てられた黒門から、寺内に入ります。

    金剛輪寺 寺・神社・教会

  • 参道を歩いて行くと正面に、江戸時代に建てられた西谷堂が見えてきます。

    参道を歩いて行くと正面に、江戸時代に建てられた西谷堂が見えてきます。

  • 西谷堂を左折すると、正面に赤門が建っています。

    西谷堂を左折すると、正面に赤門が建っています。

  • 赤門前を右折し、本堂の方に歩きだすと左側に白門が見えてきます。<br />この奥に庭園があるのですが、まずは本堂に参拝するため、<br />そのまま進んでいきます。

    赤門前を右折し、本堂の方に歩きだすと左側に白門が見えてきます。
    この奥に庭園があるのですが、まずは本堂に参拝するため、
    そのまま進んでいきます。

  • 本堂までの参道両側には、千体の地蔵が安置されており、風車がお供えされています。

    本堂までの参道両側には、千体の地蔵が安置されており、風車がお供えされています。

  • 千体地蔵には、信徒の家の名前が書かれているそうです。<br />灯篭や鳥居の寄贈と同じようなものなのでしょうか?<br />見慣れない光景で、少し異様な雰囲気に呑まれました。

    千体地蔵には、信徒の家の名前が書かれているそうです。
    灯篭や鳥居の寄贈と同じようなものなのでしょうか?
    見慣れない光景で、少し異様な雰囲気に呑まれました。

  • 室町時代に建てられた、重要文化財の二天門が見えてきました。<br />こちらも西明寺と同様、持国天と増長天が、門を護っています。

    室町時代に建てられた、重要文化財の二天門が見えてきました。
    こちらも西明寺と同様、持国天と増長天が、門を護っています。

  • 二天門には、巨大なわらじが飾られています。

    二天門には、巨大なわらじが飾られています。

  • 向かって左の持国天。

    向かって左の持国天。

  • 向かって右の増長天。

    向かって右の増長天。

  • 鎌倉時代に建てられた国宝の本堂です。<br />金剛輪寺は、奈良時代に聖武天皇の勅願により、行基が開山しました。<br />

    鎌倉時代に建てられた国宝の本堂です。
    金剛輪寺は、奈良時代に聖武天皇の勅願により、行基が開山しました。

    金剛輪寺 寺・神社・教会

  • この時は、生身の観音さまと呼ばれている「聖観世音菩薩」が、御開帳されていました。<br />行基が一刀三礼で観音さまを彫っていた時、木肌から一筋の血が流れ落ちたため、粗彫りのまま本尊として安置したそうです。

    この時は、生身の観音さまと呼ばれている「聖観世音菩薩」が、御開帳されていました。
    行基が一刀三礼で観音さまを彫っていた時、木肌から一筋の血が流れ落ちたため、粗彫りのまま本尊として安置したそうです。

  • 鎌倉時代に建立された、重要文化財の三重塔です。

    鎌倉時代に建立された、重要文化財の三重塔です。

  • 先ほど通過した白門の奥にある明寿院です。<br />金剛輪寺の本坊にあたります。

    先ほど通過した白門の奥にある明寿院です。
    金剛輪寺の本坊にあたります。

    明寿院 公園・植物園

  • この門をくぐって、名勝庭園に向かいます。

    この門をくぐって、名勝庭園に向かいます。

  • 門をくぐるとすぐに、桃山期に作庭された庭が目の前に現れます。

    門をくぐるとすぐに、桃山期に作庭された庭が目の前に現れます。

  • 桃山期から奥に向かって行くと、次に江戸時代初期に作庭された庭と茶室が現れます。

    桃山期から奥に向かって行くと、次に江戸時代初期に作庭された庭と茶室が現れます。

  • 江戸時代中期に作庭された庭は、一番奥に位置しています。<br />3つの時代に徐々に造園されていった庭のようです。

    江戸時代中期に作庭された庭は、一番奥に位置しています。
    3つの時代に徐々に造園されていった庭のようです。

  • 江戸時代初期の庭には、水雲閣と呼ばれる茶室が設置されています。

    江戸時代初期の庭には、水雲閣と呼ばれる茶室が設置されています。

  • 庭園に面した建物は、襖も開け放たれて涼しそうな趣でした。

    庭園に面した建物は、襖も開け放たれて涼しそうな趣でした。

  • 3つめのお寺、百済寺の赤門です。<br />西明寺と金剛輪寺は割と近いのですが、百済寺は金剛輪寺から結構離れています。<br />推古天皇の時代に聖徳太子の発願で創建されたと言われています。

    3つめのお寺、百済寺の赤門です。
    西明寺と金剛輪寺は割と近いのですが、百済寺は金剛輪寺から結構離れています。
    推古天皇の時代に聖徳太子の発願で創建されたと言われています。

    百済寺 寺・神社・教会

    近江最古のお寺 by 赤い彗星さん
  • 赤門をくぐって極楽橋を渡り、緩やかな参道を登って行きます。

    赤門をくぐって極楽橋を渡り、緩やかな参道を登って行きます。

  • 前の2寺も参道の上りは、それなりの距離がありましたが、<br />百済寺の参道も長〜〜〜い!

    前の2寺も参道の上りは、それなりの距離がありましたが、
    百済寺の参道も長〜〜〜い!

    百済寺 寺・神社・教会

    近江最古のお寺 by 赤い彗星さん
  • 案内版を見ると、本堂までやっと半分という所です。

    案内版を見ると、本堂までやっと半分という所です。

  • 山門をくぐって、やっと境内にはいります。<br />本堂までは、まだまだ登りが続きそうです。

    山門をくぐって、やっと境内にはいります。
    本堂までは、まだまだ登りが続きそうです。

  • 門をくぐると大きな広場に出ました。

    門をくぐると大きな広場に出ました。

  • 平安時代の能書家、小野道風の直筆と言われている石碑だそうです。<br />現世と地獄を行き来し、閻魔大王の元で働いていたという伝説の残る、小野篁の孫にあたる人なんですね。

    平安時代の能書家、小野道風の直筆と言われている石碑だそうです。
    現世と地獄を行き来し、閻魔大王の元で働いていたという伝説の残る、小野篁の孫にあたる人なんですね。

  • 喜見院の脇を通って、本坊庭園に向かいます。

    喜見院の脇を通って、本坊庭園に向かいます。

  • 大きな池と岩や石を配置した、池泉廻遊式の美しい庭園です。

    大きな池と岩や石を配置した、池泉廻遊式の美しい庭園です。

  • 喜見院です。元々は、仁王門そばに建っていたものを、昭和15年に現在の場所に移転改築したそうです。

    喜見院です。元々は、仁王門そばに建っていたものを、昭和15年に現在の場所に移転改築したそうです。

  • 山の斜面を利用した庭園なので、高台に出ると遠くまで見渡す事が出来ます。

    山の斜面を利用した庭園なので、高台に出ると遠くまで見渡す事が出来ます。

  • 百済寺の略歴と風景の説明版が、設置されていました。<br />聖徳太子は、湖東の地に住んでいた渡来人(百済人)と出会い、毎日故郷を偲んでいるだろうからと、寺名を百済寺と名付けたそうです。

    百済寺の略歴と風景の説明版が、設置されていました。
    聖徳太子は、湖東の地に住んでいた渡来人(百済人)と出会い、毎日故郷を偲んでいるだろうからと、寺名を百済寺と名付けたそうです。

    百済寺 寺・神社・教会

    近江最古のお寺 by 赤い彗星さん
  • さらに参道を登っていくと、仁王門が見えてきました。

    さらに参道を登っていくと、仁王門が見えてきました。

  • 百済寺の仁王門にも、大きな草履が掛けられています。<br />草鞋を触ると、身体健康・無病長寿のご利益があると言われています。

    百済寺の仁王門にも、大きな草履が掛けられています。
    草鞋を触ると、身体健康・無病長寿のご利益があると言われています。

    百済寺 寺・神社・教会

    近江最古のお寺 by 赤い彗星さん
  • 仁王門同様、江戸時代に再建された本堂が見えてきました。<br />百済寺は創建後、室町時代に火災と兵火に遭い、戦国時代にも六角氏を支援したことから、織田信長に全山を焼かれてしまいました。<br />平安時代から室町時代にかけて最盛期には、300を超える僧坊が建っており、「湖東の小叡山」と呼ばれていたそうです。

    仁王門同様、江戸時代に再建された本堂が見えてきました。
    百済寺は創建後、室町時代に火災と兵火に遭い、戦国時代にも六角氏を支援したことから、織田信長に全山を焼かれてしまいました。
    平安時代から室町時代にかけて最盛期には、300を超える僧坊が建っており、「湖東の小叡山」と呼ばれていたそうです。

    百済寺 寺・神社・教会

    近江最古のお寺 by 赤い彗星さん
  • 重要文化財の本堂です。<br />「植木観音」と呼ばれる秘仏の十一面観世音菩薩が、御開帳されていました。<br />聖徳太子が、霊木の杉を立木のまま、彫刻したものと伝わります。

    重要文化財の本堂です。
    「植木観音」と呼ばれる秘仏の十一面観世音菩薩が、御開帳されていました。
    聖徳太子が、霊木の杉を立木のまま、彫刻したものと伝わります。

  • 百済寺の梵鐘は、余韻の長さと音色の美しさから、昭和の名鐘と言われているそうです。<br />せっかくなので鐘を突かせて頂きましたが、本当に余韻が長く美しい鐘の音でした。

    百済寺の梵鐘は、余韻の長さと音色の美しさから、昭和の名鐘と言われているそうです。
    せっかくなので鐘を突かせて頂きましたが、本当に余韻が長く美しい鐘の音でした。

    百済寺 寺・神社・教会

    近江最古のお寺 by 赤い彗星さん
  • 湖東三山の参拝も終わり、本坊前の広場に戻ってきました。

    湖東三山の参拝も終わり、本坊前の広場に戻ってきました。

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