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テレビで見た日吉大社に行ってみたくなったため、<br />滋賀を訪問することにしました。<br /><br />国宝数が京都に次ぐ2位だという事で、調べてみると<br />色々と見どころがありそうです。<br /><br />品川~米原~長浜と移動し、まずは長浜から観光です。

滋賀訪問2014①(長浜Ⅰ:長浜城・大通寺他)

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2014/04/26 - 2014/04/29

248位(同エリア904件中)

旅行記グループ 滋賀訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

テレビで見た日吉大社に行ってみたくなったため、
滋賀を訪問することにしました。

国宝数が京都に次ぐ2位だという事で、調べてみると
色々と見どころがありそうです。

品川~米原~長浜と移動し、まずは長浜から観光です。

旅行の満足度
4.5
  • 長浜駅から、徒歩5分の所にある長浜城です。<br />秀吉の出世城として、現在は模擬天守が立てられ、内部は歴史博物館になっています。<br />江戸時代に廃城となり、遺構は彦根城や大通寺に移築されたと伝わります。

    長浜駅から、徒歩5分の所にある長浜城です。
    秀吉の出世城として、現在は模擬天守が立てられ、内部は歴史博物館になっています。
    江戸時代に廃城となり、遺構は彦根城や大通寺に移築されたと伝わります。

  • 子供の頃に連れてきてもらって以来なので、何年振りなんだろう。<br />ちょうど大河ドラマで黒田官兵衛をやっているので、展示物も官兵衛にちなんだ物が特集されていました。

    子供の頃に連れてきてもらって以来なので、何年振りなんだろう。
    ちょうど大河ドラマで黒田官兵衛をやっているので、展示物も官兵衛にちなんだ物が特集されていました。

  • 湖畔に建つ天守の展望台からは、琵琶湖を眺める事が出来ます。

    湖畔に建つ天守の展望台からは、琵琶湖を眺める事が出来ます。

  • 長浜城から、街の方に歩いている途中に山内一豊屋敷跡の碑を見つけました。

    長浜城から、街の方に歩いている途中に山内一豊屋敷跡の碑を見つけました。

    一豊屋敷跡(山内伊右衛門屋敷跡) 名所・史跡

  • 碑のすぐ近くには、一豊・千代夫妻の像が建てられていました。<br />大河ドラマにもなっていますし、千代の内助の功の話は良く知られていますね。

    碑のすぐ近くには、一豊・千代夫妻の像が建てられていました。
    大河ドラマにもなっていますし、千代の内助の功の話は良く知られていますね。

  • 秀吉の馬印であった千成瓢箪にちなんだ瓢箪の置物が、架道橋に設置されていました。

    秀吉の馬印であった千成瓢箪にちなんだ瓢箪の置物が、架道橋に設置されていました。

  • 長浜駅駅前には、秀吉と佐吉少年(石田三成)の出会いを記念した銅像が建っていました。<br />寺小姓だった佐吉少年が、臨機応変な三献の茶の機転により、秀吉に召し抱えられた逸話は有名ですね。

    長浜駅駅前には、秀吉と佐吉少年(石田三成)の出会いを記念した銅像が建っていました。
    寺小姓だった佐吉少年が、臨機応変な三献の茶の機転により、秀吉に召し抱えられた逸話は有名ですね。

  • 豊国神社です。<br />豊臣秀吉、加藤清正、木村重成を祭神として、秀吉没後に遺徳を偲んで建てられたものだそうです。

    豊国神社です。
    豊臣秀吉、加藤清正、木村重成を祭神として、秀吉没後に遺徳を偲んで建てられたものだそうです。

    豊国神社 寺・神社・教会

  • 江戸時代には、徳川幕府の命令で秀吉を祀る事が禁じられ、神社も取り壊されましたが、町民は八幡宮の古堂を移築して、恵比須神を祀り、その奥に秀吉像を隠し続けていたそうです。<br />明治31年の秀吉300回忌に合わせ、社殿の再建と豊国神社の復活が行われました。

    江戸時代には、徳川幕府の命令で秀吉を祀る事が禁じられ、神社も取り壊されましたが、町民は八幡宮の古堂を移築して、恵比須神を祀り、その奥に秀吉像を隠し続けていたそうです。
    明治31年の秀吉300回忌に合わせ、社殿の再建と豊国神社の復活が行われました。

    豊国神社 寺・神社・教会

  • 境内には、祭神の一人である十文字槍を抱えた加藤清正の像が建てられています。

    境内には、祭神の一人である十文字槍を抱えた加藤清正の像が建てられています。

  • 黒壁スクエアにある黒壁ガラス館です。<br />中には入りませんでしたが、明治時代から残るおしゃれな建物です。<br />黒壁ガラス館を左折して、北国街道を歩いてみます。

    黒壁スクエアにある黒壁ガラス館です。
    中には入りませんでしたが、明治時代から残るおしゃれな建物です。
    黒壁ガラス館を左折して、北国街道を歩いてみます。

    黒壁ガラス館 名所・史跡

  • 北陸と近畿地方を結ぶ北国街道の宿駅として、長浜は栄えていたそうです。<br />今でも当時の古い町並みの面影が残っていますね。

    北陸と近畿地方を結ぶ北国街道の宿駅として、長浜は栄えていたそうです。
    今でも当時の古い町並みの面影が残っていますね。

  • 古い商屋の軒先に瓢箪が、ぶら下がっていました。<br />太閤瓢箪と書かれていますね。

    古い商屋の軒先に瓢箪が、ぶら下がっていました。
    太閤瓢箪と書かれていますね。

  • 道の所々に武者絵が置かれていました。<br />街道沿いの家々は、街道に向けて不規則に出たり入ったりしており、そこに武者が隠れられるようになっていた事から、通称「武者隠れ道」と言われていたそうです。

    道の所々に武者絵が置かれていました。
    街道沿いの家々は、街道に向けて不規則に出たり入ったりしており、そこに武者が隠れられるようになっていた事から、通称「武者隠れ道」と言われていたそうです。

  • マンホールの蓋も瓢箪一色になっています。

    マンホールの蓋も瓢箪一色になっています。

  • 大通寺の広間付玄関です。<br />屋根に唐破風がついている江戸時代初期の建物です。

    大通寺の広間付玄関です。
    屋根に唐破風がついている江戸時代初期の建物です。

    大通寺 寺・神社・教会

  • 本堂と大広間をつなぐ渡り廊下です。

    本堂と大広間をつなぐ渡り廊下です。

  • 重要文化財の本堂です。<br />大通寺は、真宗大谷派(東本願寺)の別院で、「長浜御坊」の名称で親しまれているそうです。<br />伏見桃山城の殿舎が、京都の東本願寺の御影堂として使用されていたものを、大通寺の本堂として移築したものだそうです。

    重要文化財の本堂です。
    大通寺は、真宗大谷派(東本願寺)の別院で、「長浜御坊」の名称で親しまれているそうです。
    伏見桃山城の殿舎が、京都の東本願寺の御影堂として使用されていたものを、大通寺の本堂として移築したものだそうです。

    大通寺 寺・神社・教会

  • こちらは太鼓櫓です。お城の櫓のような造りになっていますね。

    こちらは太鼓櫓です。お城の櫓のような造りになっていますね。

  • 手水舎の龍が、かなり大振りで立派ですね。

    手水舎の龍が、かなり大振りで立派ですね。

  • 先ほど外側から見た広間付玄関内部の広間です。<br />広間の側面には、群鶴が描かれています。

    先ほど外側から見た広間付玄関内部の広間です。
    広間の側面には、群鶴が描かれています。

  • 南北朝時代の銘が刻まれた梵鐘です。元々は若狭国多大寺のものだそうです。

    南北朝時代の銘が刻まれた梵鐘です。元々は若狭国多大寺のものだそうです。

  • 重要文化財の大広間です。<br />こちらも本堂同様、伏見城の遺構と言われています。

    重要文化財の大広間です。
    こちらも本堂同様、伏見城の遺構と言われています。

  • 大広間正面には、大きな障壁画が飾られています。狩野派でしょうか?

    大広間正面には、大きな障壁画が飾られています。狩野派でしょうか?

  • 正面左側には、花鳥図が飾られています。

    正面左側には、花鳥図が飾られています。

  • 正面右側には、人物画が飾られています。

    正面右側には、人物画が飾られています。

  • 廊下の長さを見ても、大きなお寺と言う事が判ります。

    廊下の長さを見ても、大きなお寺と言う事が判ります。

  • 蓮如上人の御影を運んだ輿です。<br />吉崎御坊と東本願寺間で御影を運ぶ際に、大通寺に立ち寄っていたようです。<br />御影は像か肖像画なのかは、説明に書かれていませんでした。

    蓮如上人の御影を運んだ輿です。
    吉崎御坊と東本願寺間で御影を運ぶ際に、大通寺に立ち寄っていたようです。
    御影は像か肖像画なのかは、説明に書かれていませんでした。

    大通寺 寺・神社・教会

  • 彦根藩から寄進された書院です。

    彦根藩から寄進された書院です。

  • 書院の襖絵は、江戸時代後期に岸派を立ち上げた岸駒の作品です。

    書院の襖絵は、江戸時代後期に岸派を立ち上げた岸駒の作品です。

  • 大老井伊直弼の7人目の娘で、大通寺の養女となった砂千代の駕籠だそうです。

    大老井伊直弼の7人目の娘で、大通寺の養女となった砂千代の駕籠だそうです。

    大通寺 寺・神社・教会

  • 書院上段の障壁画は、狩野永岳筆の「琴棋書画図」です。

    書院上段の障壁画は、狩野永岳筆の「琴棋書画図」です。

  • 狩野山楽の弟子にあたる、狩野山休の「山水花鳥押絵貼屏風」です。

    狩野山楽の弟子にあたる、狩野山休の「山水花鳥押絵貼屏風」です。

  • 含山軒庭園です。含山軒は、重要文化財に指定されています。<br />伊吹山を借景としている枯山水の庭園です。

    含山軒庭園です。含山軒は、重要文化財に指定されています。
    伊吹山を借景としている枯山水の庭園です。

  • 百人一首の屏風絵かな。色も鮮明に残っていますね。

    百人一首の屏風絵かな。色も鮮明に残っていますね。

  • 岸駒の描いた「鶏図」です。

    岸駒の描いた「鶏図」です。

  • 蘭亭の庭園です。蘭亭も重要文化財に指定されています。<br />蘭亭は、住職の居住空間だったそうです。

    蘭亭の庭園です。蘭亭も重要文化財に指定されています。
    蘭亭は、住職の居住空間だったそうです。

  • 作者不明の「牡丹唐獅子図」です。

    作者不明の「牡丹唐獅子図」です。

  • 「蔦に雉子図」です。他の板絵と比べても、木目が強いですね。

    「蔦に雉子図」です。他の板絵と比べても、木目が強いですね。

  • こちらの題材は、お猿さんですね。<br />大通寺には、色々な障壁画や屏風絵が残されています。<br />写真撮ってませんでしたが、狩野山楽や山雪、円山応挙の障壁画なども展示されています。

    こちらの題材は、お猿さんですね。
    大通寺には、色々な障壁画や屏風絵が残されています。
    写真撮ってませんでしたが、狩野山楽や山雪、円山応挙の障壁画なども展示されています。

    大通寺 寺・神社・教会

  • 大通寺の脇門です。長浜城の追手門が移築されたものだそうです。<br />大通寺には、かなり立派な山門が存在するのですが、修築中のため見る事が出来ませんでした。

    大通寺の脇門です。長浜城の追手門が移築されたものだそうです。
    大通寺には、かなり立派な山門が存在するのですが、修築中のため見る事が出来ませんでした。

    大通寺 寺・神社・教会

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