2013/07/19 - 2013/07/22
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旅人のくまさんさん
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ヴィクトリア湾のディナークルーズに続いて、次はヴィクトリア・ピークからの夜景観賞です。ヴィクトリア湾を一望できる夜景は、『100万ドルの夜景』とも称されています。
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ヴィクトリア・ピークからの夜景です。元は大平山と呼ばれていましたが、アヘン戦争後のイギリス統治下では、英女王のヴィクトリアに因む名前となりました。ヴィクトリア女王は、英国ハノーヴァー朝の第6代女王(在位:1837~1901年)として60年余に亘って君臨しました。植民地時代の大英帝国の象徴する女王で、世界各地にその名を残しました。
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眼下の香港島側のビル街のズームアップ光景です。ヴィクトリア女王治世中の63年7か月が、ヴィクトリア朝と呼ばれます。植民地支配で、ヴィクトリア島(カナダ)、ヴィクトリア湖(ケニア・ウガンダ・タンザニア)、ヴィクトリア滝(ジンバブエ・ザンビア)、ヴィクトリアランド(南極大陸)、ヴィクトリア(世界各地の都市)、ヴィクトリア・パーク(世界各地の公園)の名を残しました。
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イチオシ
手前側に見えるビル群は、ヴィクトリア・ピークがある香港島、ヴィクトリア湾を挟んだ対岸が九龍(カオルーン)地区になります。ヴィクトリア女王の子女が欧州各国の王室・皇室と婚姻を結んだ結果、『ヨーロッパの祖母』と呼ばれるに至りました。かつての、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、ロシア皇后アレクサンドラ(ロシア皇帝ニコライ2世妃)は孫に当たります。
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同じく、ヴィクトリア湾を挟んだ、手前の香港島と奥の九龍地区の夜景の光景です。写真中央の上部に、ヴィクトリア湾に浮かぶ3艘の電飾船の姿がありました。
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写真の中央付近にひときわ明るいピンク色の照明がありました。最初は、ヴィクトリア湾に浮かぶ船の明かりかと思いましたが、香港島側の高層ビルの屋上の照明でした。周りに比較しますと、少しアンバランスな照明のようにも見えました。
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中央付近のヴィクトリア湾を挟んだ、両岸のビルの夜景です。写真右側のイルミネーションが、少し乏しい光景です。
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イチオシ
中央付近のヴィクトリア湾を挟んだ、両岸のビルの夜景です。100万ドルの夜景の中心部分の一つになりそうです。先ほどより、少し左にカメラを振った光景です。
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少しずつ撮影場所を替えながら、100万ドルの夜景の紹介が続きます。香港ドルで表現すれば、『1億ドルの夜景』と表現してもよさそうな相場になりました。
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中央に見える超高層ビルは、イギリス統治時代の1992年に建設された『セントラル・プラザ(中環廣場)』ビルです。完成から1996年までは、アジアで最も高い、374メートルの超高層ビルでした。
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今度は、『セントラル・プラザ(中環廣場)』ビルが右寄りに見えています。先ほどの緑色から、黄色主体のネオンサインに変わりました。
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香港島のライトアップされた高層ビルを主体にした光景です。『100万ドルの夜景』の呼び名の起源は、昭和28年(1953年)、関西電力の副社長が広報誌に書いたコラムのタイトル、『百万弗の夜景』に由来するという有力な説があります。六甲山の山頂から見下ろした神戸市の一日の電気代が100万ドルと言いうものです。1ドルが360円の固定相場制の時代です。
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日本発との説が有力な、『100万ドルの夜景』の話題の続きです。1944年から続いた固定相場制度の時代は『ブレトンウッズ体制』と呼ばれていますが、1971年8月に米ドルと金の交換が停止された、いわゆるニクソンショックにより大きく揺らぎました。固定相場制は続きましたが、日本の場合、1971年12月に1ドルは308円の円高為替相場に変わりました。
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イチオシ
ヴィクトリア湾を挟んだ『100万ドルの夜景』の光景が続きます。対岸の九龍地区の夜景も見えています。ところで、ニクソンショック後も固定相場制は維持されましたが、長くは続きませんでした。『ブレトンウッズ体制』を終わらせたのが、1971年12月のスミソニアン協定です。1973年までの体制が、『スミソニアン体制』と呼ばれます。スミソニアン博物館でのG10会議でした。
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固定相場制の『スミソニアン体制』を終わらせたのが、1976年1月ジャマイカのキングストンで開催されたIMF暫定委員会で決定された変動相場制の承認です。これが、『キングストン体制』と呼ばれる変動相場制です。話が横道に逸れましたが、『100万ドルの夜景』の話に戻ります。六甲の100万ドルの夜景が、1000万ドルに変わったのは、1ドル260円の時代とされます。
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展望台から眺めたヴィクトリア・ピークの上部のライトアップされた展望台の光景です。『100万ドルの夜景』の話題の締め括りです。平成17年(2005年)に六甲の展望台から見える『28市町村・350万世帯』の一日の電気代を計算したところ、約700万ドル(7億7千万)とはじき出されたようです。オフィスなどの約300万ドルを加算して、約1000万ドルです。もちろん数字合わせの余興です。
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中華風の屋根を持った吹き抜け構造の東屋の光景です。夜は100万ドルの夜景を見るための展望台になっていました。その建物自体もライトアップされていました。
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ヴィクトリア・ピークの展望台には、『スカイテラス』、『獅子亭展望台(ライオンズパビリオン)』、『スタッブスロード展望台』や『スカイ100』など、いくつもの有料や無料の展望台があるようです。
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上から見下ろした展望台の光景です。通路のような場所でしたが、あとで立ち寄ってみました。『獅子亭展望台(ライオンズパビリオン)』でした。1976年に完成した展望台です。
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海浜道路の街路灯の光景です。画面上部に二筋の外灯列が見えています。
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これで、ヴィクトリア・ピークからの香港や形の紹介はおしまいです。『セントラル・プラザ(中環廣場)』ビルのイルミネーションは青色に変わっていました。
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再集合の時間まで、少し余裕がありましたので、ヴィクトリア・ピークの参照駅付近のお店の散策です。買物の予定などはありませんからビル内の散策だけです。
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エスカレーターで上階に登りながら店内を散策しましたが、百貨店の様なビルでした。カジュアルな女性用のバッグを扱っているお店、『ムース(MOUSSE)』のようです。
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煌々と明かりの灯った店内の中央にあった、エスカレーターの光景です。
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店内の散策を終えて、再集合場所のピークトラムの山頂駅の入口付近に向かう途中の光景です。ビル内のエスカレーターです。ピークトラムの花園道駅~山頂駅の間の距離は1.4キロ、標高差363メートルを約10分で結びます。単線の往復運転です。
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19世紀半ばに香港がイギリスの植民地となって以来、山頂に邸宅を建てて住むようになりました。これには山頂からの眺めが素晴らしかったという理由のほか、香港市街(ヴィクトリア市)の蒸し暑さに比べますと、山頂は幾分涼しく過ごしやすかったという理由もあります。
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前方に見える三日月のような建物は、ピークトラムの山頂駅があるピーク・タワーです。展望台、レジャーセンター、ショッピングセンターの複合施設である初代のピーク・タワーは、1972年に建設されました。現在の建物は、1992年に完成した二代目です。
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ヴィクトリア・ピークからの下りのトラムを待つ人たちの行列です。乗車するまでには、相当待ち時間がありそうな行列ができていました。
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同じく、ヴィクトリア・ピークからの下りのトラムを待つ人たちの行列です。再集合場所がこの近くになりましたが、夜景観光の帰りには、バスが用意されていました。
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ヴィクトリア・ピークの山頂付近の夜景です。ヴィクトリア・ピークが、避暑地や邸宅街としての開発が本格化したのは1888年にピークトラムが敷設されてからのことです。1904年から1930年の間は、山頂部一帯にヨーロッパ人と各国政府関係者以外の居住を認めない『山頂区保留条例』が施行されていました。中国人が居住できるようになったのは1947年以降のことです。
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これでこの日の観光はすべておしまいです。ヴィクトリア・ピークからは、現地旅行会社が用意してくれたバスで山を下りました。複数のホテルへの送迎がありますから、その方が合理的でした。明日は、日帰りでのマカオ観光です。
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