2013/04/21 - 2013/04/22
8288位(同エリア10405件中)
まりも母さん
横浜・ヘリテージング街歩きの4です。
見ごたえのある、”横浜市開港記念会館・ジャックの塔”を見学して、
次は、日本大通り界隈の、レトロなビルディング見物歩きです。
地下鉄みなとみらい線、”日本大通り”駅周辺は、見どころのある、近代建築が多く見られる場所です。
そんな、レトロで素敵な建物を見て廻ります。
ほとんどの建物は、今も現役で使われていますが、
カフェや結婚式場に用途の変わっている所もあり、
建物を生かしつつ、今の時代にあった使われ方になってるのは、
古いものを上手に残すうれしい方法です。
新しい建物が接続されていたり、耐震補強がされていたり、
古い建物の残され方は様々ですが、
壊されずに、残していく事が重要だと思います。
そんな、色々な使われ方・・・を見ながら、
沢山の建物を見て、山下公園に向かいました。
画像撮影の順番は、建物ごとに入れ替えてあります。
ここまでの、建物見物の街歩きは別の旅行記に記載しています。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
-
”横浜地方・簡易裁判所”(旧横浜地方裁判所)
昭和5年(1930)大蔵省営繕管財局設計
老朽化により、昭和53年から改修工事が行われ、一旦全てが解体され 日本大通りに面した低層部を復元。
装飾や工作物、石材など再利用できる部材を可能な限り保存・活用したそうです。
平成13年(2001)に新庁舎が竣工。後ろの新庁舎部分は13階建てです。 -
車寄せの部分が印象的です。
旧建物にあった、特号法廷は、戦前に施行された陪審制度、BC級戦犯裁判を始めとした裁判の歴史を伝える場所で、現在 桐蔭横浜大学に移築し、復元されているそうです。 -
”三井物産横浜ビル” 遠藤於莵設計
明治44年(1911)昭和2年(1927)増築
戦前を代表するオフィスビル。
いちょうの木が新芽を伸ばしだして、良く見えないのですが、
実はこのビル、大変貴重なビルでもあったのです。
と、言うのは、
この日本大通りに面した、正面入り口の左側 明治44年(1911)に建てられましたが、
日本最初の鉄筋コンクリートビルなんだそうです。
しかし、大正12年(1923)に関東大震災で被災しているのです。
震災で倒壊はしなかったものの、多少の傷みはあったようです。
その修復工事と増築工事として昭和2年(1927)に右側の建物が造られました。それが2号ビルです。
しかし、左右、一緒に建てられた1つのビルと思わせるような似た意匠になっているのです。
設計者は1.2号共同じ、遠藤於菟
日本最初のRC造のビルであり、関東大震災を生き延びた貴重な建物でありながら、
なぜか、国登録有形文化財はおろか、横浜市の認定歴史的建造物にも指定されていない不思議さ・・・。
飾りの無い、シンプルな意匠から目立つ建物ではないのですが、
実に貴重な建物だったのです。 -
入り口もなかなか堂々としています。
この周辺、ほとんど建物内には入らずに外からの見学に留めたのですが、(時間が無かった、氷川丸に行きたかったので)
1階の左側、「GALERIE PARIS」って書いてありますので、中に入ってみる事もできたみたいですね。
どうやら、ギャラースペースの他に窓際のディスプレイに見える、
ブティックスペースにはフランス直輸入のウェアやアクセサリーが販売されえいたようです。 -
1号ビルの角部分。
タイル張りですが、これ、もう100年経ってるって!?
全然痛んでいないのでは?
昔のお仕事、立派だったのですね。
高度成長時代の鉄筋コンクリートの建物のほうが劣化激しいのでは???
アメリカにもそういう古い建物あると思いますが、
日本最初の鉄筋コンクリート造、100年ビルなんて〜!
この建物、その価値をちょっと見直しした方がいいかも -
これは1号ビルの角を曲がった所のある入り口。
建物の窓の中に耐震用の補強梁が見えますね。
そりゃ〜100年前の建物だもん、
でも、こんなもんで、大丈夫なんだ、という驚き。 -
”三井物産横浜ビル 日東倉庫”
1号の奥には倉庫があります。
倉庫も明治43年(1910)建築だそうです。
輸出用の生糸を保管する倉庫だったそうです。
倉庫部分は 2015年取り壊し -
”横浜情報文化センター”(旧横浜商工奨励館)
昭和4年(1929)建築
平成12年(2000)に高層塔を増築し”横浜情報文化センター”となりました。
日本最初の日刊新聞が発行され電信電話事業発祥の地であり、「日本新聞博物館」と「放送ライブラリー」やオフィス、ホールがあります。 -
1階には”Alte Liebe(アルテリーベ)”
音楽の生演奏があるレストラン
ランチコース3990円〜
ディナーコース8400円〜で、ございます。
店内も美しそうだが、それを見学するにはお金も時間もかかりますな・・・。
今日は無理。 -
同じレストランのもうひとつの入口。
螺旋にカットされたコニファーのトピアリーがオサレ。 -
アールデコ様式のデザインが感じられるエントランス。
旧館の設計は、横浜市建築課だそうです。 -
りっぱな入口ですね。
文化センターなので、一般の人も出入りしていますので、私も入ってみます。 -
旧建物は窓の見える4階までです。地下も1階分ありました。
現在は奥に12階の建物があり、地下も3階まであります。 -
石のエントランスを入ると中にドアがありました。
床のタイルがきれいです。 -
中に大きな円柱と階段がありました。
ちょっと、空間の大きさからすると、スケールオーバーではないかと思われる位の存在感ある柱です。 -
柱の上部のレリーフが素敵です。
-
床のモザイクタイルもいいですね。
実際古いものなのか・・・は判りませんが。 -
ここでも結婚式の撮影が行われていました。
ホテルニューグランドでも花嫁さんの写真撮影を見たので、今日は二度目。
突然、沢山の人が、レストランの方から出てきて、皆さん楽器を持っていました。
これからここで、二人の為のプチ演奏会が行われるみたいでした。
レストランでウエディングパーティーをするカップルへのサプライズ、とかなのかもしれません。 -
高層階のある建物に進むと、大きな機械が置いてあります。
ここは、”情文プラザ”
機会は初期の新聞オフセット輪転機です。
5階までが”日本新聞博物館”になっています。
今日は見ている時間も無いので、寄りません。 -
”LUNCHAN AVENUE(ランチャンアベニュー)”も1階にあるレストラン。
こちらの方が”Alte Liebe”よりややカジュアルらしいが、やっぱ、フレンチ。 -
”旧横浜市外電話局”(横浜都市発展記念館・横浜ユーラシア文化館)
昭和4年(1929)逓信省営繕課設計
タイル張りの建物です。 -
みなとみらい線の日本大通り駅が入口がこの建物になっています。
窓も同じアーチ型ですが、アーチのトップに色の違う石がキーストーンとして置かれ、アクセントになっています。 -
”旧露亜銀行横浜支店”(ラ・バンク・ド・ロア)
大正10年(1921)
イギリス人バーナード・M・ウォード設計
元はロシアとフランス資本の銀行支店。
日本大通りあたりに昔あった、外国人居留地には外国資本の銀行がいくつもあったものの、今では唯一の遺構。
その後ドイツ領事館、法務省横浜入国管理事務所を経て警友病院別館となり、2011年からは、結婚式場 la banque du LoA -
関東大震災では内部を焼失したが、建物は震災を耐えて残ったそうです。
その後、昭和20年(1945)には横浜大空襲にも見舞われるが奇跡的に被害を逃れ、進駐軍に接収されていた昭和20〜30年はアメリカ銀行としても利用、
などなど、数多くの災難にあった上、用途も様々に変わり、もうすぐ100年。
今は、結婚式場となり、
建物も幸せに暮らしました・・・という事でしょうか。 -
イオニア式の柱。
初期の鉄筋コンクリート造としても貴重な建物です。
中には大理石の階段があるそうですが、結婚式にお呼ばれしないと見られないのか・・・いや、フレンチ無料試食のブライダルフェアがあるじゃないか!
まりも母、ダンナとニセ結婚式考えてますカップルになって行くか???
と思ったら、一応、文化財見学会のようなもののあるようにパンフレットに書かれていました。
とりあえず、電話でもしてきけばいいのかもしれません。
webサイト
http://www.yokohama-loa.com/ -
”横浜開港資料館”
看板のまわりに植物が張り付いて、いい感じになってます。 -
”横浜開港資料館旧館”(旧横浜英国総領事館)
昭和6年(1931)
英国工務省設計
昭和47年まで、領事館として使われていた建物です。
住宅のような建物は18世紀のジョージアンスタイル(古典的なスタイルです) -
新館と旧館があります。新館の方は資料館としての展示があります。
(有料)
旧館に入ってみます。
建物自体があまり大きくはないので、廊下は狭いです。 -
「記念ホール」
旧英国総領事館時代には待合室だったところだそうです。 -
中庭に出る扉です。
-
中庭には「玉楠の木(たまくすのき)」
ペリーが来航して日米和親条約が結ばれたのはこの木の下だという事です。
当時の木は震災で焼けてしまったそうですが、根元から生えた木が生長して、今の姿になったという事です。
だから、幹が何本もある、株立ちの姿なのかも。 -
イギリスにありそうなクラシックなスタイルの建物です。
-
中庭の煉瓦敷きは新しいもののようで、最近整備されたのかもしれません。
-
入口にはコリント式の柱。
今日はコリント式、イオニア式と、古典的スタイルの柱を沢山見ました。
もっと、ゆっくり見たい所でしたが、
氷川丸見学の時間が少なくなってしまうので、先を急ぎます。 -
”横浜貿易会館”
昭和4年(1929)
戦後、アメリカ軍に接収されていた事もあったそうですが、
昭和27年に返還され、その10年後昭和38年(1963)には現在入居しているレストラン”SCANDIA”が営業を始めています。
スクラッチタイルの外観はとレストランのオーニング、
看板文字が良い雰囲気を出しています。
海岸通りから山下公園通りへのカーブした場所にあり、
目立つ場所でもあるので、私の横浜の景色としては、しっかり刷り込まれた風景の1枚です。
夜、灯りのついた景色もとてもいいのです。 -
山下公園通りはイチョウの若葉が伸び始めて新緑の美しい色に染まっていました。
-
やっと山下公園まで戻って来ました。
”インド水塔”
昭和14年(1939)
関東大震災の時に、横浜市が、インド人をはじめとする、外国人商人の救済措置を積極的に行ったお礼としてインド商組合から寄贈されたものです。
イスラム風のドームに、モザイクタイルが美しいのです。 -
天井のモザイクが大変美しくびっくりです。
-
水は出してみませんでしたが、これは、水飲み場なんですよね。
ゴージャス過ぎる気もするが、だからこそ、
70年過ぎた今でも、ちゃんと残されている、と言えるのかもしれません。 -
床のモザイクタイルもきれい!!
-
氷川丸目指して歩きます。
雨も上がって、よかったです。
大桟橋が見えます。 -
山下公園では、お花のイベントが開催されているようでした。
氷川丸を見て、時間があったら見てみよう。 -
”赤い靴はいていた女の子像”
野口雨情作詞・本居長世作曲の童謡ですね。
野口雨情は北茨城出身ですから、茨城には縁が深いです。
ダンナの小学校の校歌の作詞も雨情の作詞なんだなぁ。 -
今日泊まる、ホテルニューグランドが見えます。
氷川丸を見学したら、一旦ホテルに戻って、チェックインして、
その後夕食に中華街へ行くつもりです。
氷川丸の見学はこの後
横浜・ヘリテージング街歩き。5 氷川丸じっくり見学
に続きます。
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