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山手は横浜を代表する観光名所のひとつですが、元々は横浜開港期に外国人居留地として生まれた街です。外国人たちは、初めは港に近い場所にオフィスと住居を構え、いわば職住近接で暮らしを営みましたが、やがて港が見下ろせる緑の丘の上に住みたいとの願望が高まりました。山手から見下ろす風景に遠く離れた故郷の風景を重ね合わせたのかもしれません。エキゾチックな山手のイメージは、今なお外国人居住者が多いことにも起因しますが、当初は外国人専用の区画であり、街の基盤を抜群の環境アメニティ・センスを持った外国人が創ったため、公園だけでなく教会や学校、外人墓地までもが街並みを整える脇役を演じています。普通なら墓地はマイナスイメージですが、ここではその方程式は当て嵌らず、むしろロマンチックな景観を盛り立てています。<br />因みに、当方の横浜山手のイメージは、松任谷由実さんの『海を見ていた午後』に代表される詩情的な風景です。実際は海の見える丘の反対側にある「根岸旭台」での情景を詠っているのですが、山手の情景もそれに近い雰囲気があります。<br />開港当時を偲ばせる建物は関東大震災で失われましたが、大正末期~昭和初期に新たに建てられた洋館が移築復元されて往時を偲ばせます。東の「港の見える丘公園」から西の「山手イタリア山庭園」まで、街そのものの佇まいにも情緒があり、ワクワク・ドキドキの散策が愉しめます。<br />現在それらの洋館は、公園の附帯設備として管理され、観光客をやさしく迎えて入れています。建築に造詣の深い方には著名建築家が手がけた作品は見逃せませんが、建築に興味がなくてもそれぞれに趣の異なる洋館のひとつひとつを見て歩くのは愉しく、「洋館巡り」は横浜山手観光の定番コースのひとつになっています。<br />今回活用させていただいた山手西洋館マップです。<br />http://www2.hama-midorinokyokai.or.jp/download/pdf/seiyoukan-map.pdf

問柳尋花 横浜逍遥③山手西洋館<前編>

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2015/05/21 - 2015/05/22

4位(同エリア5628件中)

    86

    montsaintmichel

    montsaintmichelさん

    山手は横浜を代表する観光名所のひとつですが、元々は横浜開港期に外国人居留地として生まれた街です。外国人たちは、初めは港に近い場所にオフィスと住居を構え、いわば職住近接で暮らしを営みましたが、やがて港が見下ろせる緑の丘の上に住みたいとの願望が高まりました。山手から見下ろす風景に遠く離れた故郷の風景を重ね合わせたのかもしれません。エキゾチックな山手のイメージは、今なお外国人居住者が多いことにも起因しますが、当初は外国人専用の区画であり、街の基盤を抜群の環境アメニティ・センスを持った外国人が創ったため、公園だけでなく教会や学校、外人墓地までもが街並みを整える脇役を演じています。普通なら墓地はマイナスイメージですが、ここではその方程式は当て嵌らず、むしろロマンチックな景観を盛り立てています。
    因みに、当方の横浜山手のイメージは、松任谷由実さんの『海を見ていた午後』に代表される詩情的な風景です。実際は海の見える丘の反対側にある「根岸旭台」での情景を詠っているのですが、山手の情景もそれに近い雰囲気があります。
    開港当時を偲ばせる建物は関東大震災で失われましたが、大正末期~昭和初期に新たに建てられた洋館が移築復元されて往時を偲ばせます。東の「港の見える丘公園」から西の「山手イタリア山庭園」まで、街そのものの佇まいにも情緒があり、ワクワク・ドキドキの散策が愉しめます。
    現在それらの洋館は、公園の附帯設備として管理され、観光客をやさしく迎えて入れています。建築に造詣の深い方には著名建築家が手がけた作品は見逃せませんが、建築に興味がなくてもそれぞれに趣の異なる洋館のひとつひとつを見て歩くのは愉しく、「洋館巡り」は横浜山手観光の定番コースのひとつになっています。
    今回活用させていただいた山手西洋館マップです。
    http://www2.hama-midorinokyokai.or.jp/download/pdf/seiyoukan-map.pdf

    同行者
    カップル・夫婦
    交通手段
    新幹線 JRローカル 徒歩
    旅行の満足度
    5.0
    観光
    5.0

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    • 横浜公園<br />海岸通り周辺で近代建築を堪能した後は、山手西洋館を巡ります。<br />道中に宿泊する「スーパーホテル」があるので手荷物を預かってもらいます。<br />場所は、横浜スタジアムの近所です。横浜公園の先、樹木の間にちらりと見えるのがスタジアムです。<br />本日は甲子園球場での試合なので、静かな夜が迎えられそうです。

      横浜公園
      海岸通り周辺で近代建築を堪能した後は、山手西洋館を巡ります。
      道中に宿泊する「スーパーホテル」があるので手荷物を預かってもらいます。
      場所は、横浜スタジアムの近所です。横浜公園の先、樹木の間にちらりと見えるのがスタジアムです。
      本日は甲子園球場での試合なので、静かな夜が迎えられそうです。

    • ブラフ18番館<br />中華街の横を通り、中村川に架かる西の橋を渡ってJR石川町駅手前から大丸谷坂をあえぎながら山手イタリア山庭園へと登ります。一段と急勾配になる手前右側に「ブラフ18番館」と書かれたプレートがあるのでその階段を登ります。<br /><br />かつてイタリア領事館やホテルがあったという山手イタリア山庭園には、現在2つの洋館が移築復元されています。そのうちのひとつが、ブラフ18番館です。<br />幾何学的なデザインが美しい洋風庭園の東側、一段下がったところに佇むオレンジ色のフランス瓦の寄棟屋根とモルタル吹き付け仕上げの白壁とのコントラストが美しい洋館です。また、胴廻りや窓廻り、鎧戸の緑色がよいアクセントとなり、景観を引き締めています。

      ブラフ18番館
      中華街の横を通り、中村川に架かる西の橋を渡ってJR石川町駅手前から大丸谷坂をあえぎながら山手イタリア山庭園へと登ります。一段と急勾配になる手前右側に「ブラフ18番館」と書かれたプレートがあるのでその階段を登ります。

      かつてイタリア領事館やホテルがあったという山手イタリア山庭園には、現在2つの洋館が移築復元されています。そのうちのひとつが、ブラフ18番館です。
      幾何学的なデザインが美しい洋風庭園の東側、一段下がったところに佇むオレンジ色のフランス瓦の寄棟屋根とモルタル吹き付け仕上げの白壁とのコントラストが美しい洋館です。また、胴廻りや窓廻り、鎧戸の緑色がよいアクセントとなり、景観を引き締めています。

    • ブラフ18番館<br />関東大震災後の大正末期に外国人邸宅として建てられ、戦後はカトリック山手教会の司祭館として1991年まで使用されていました。司祭館の新築に伴い、横浜市が現在地へ移築復元しています。元は山手町45番地に建つ館でしたが、現在地が旧山手居留地18番地であることが名の由来です。また、ブラフは、外人居留地だった頃、この地区をブラフ(The Bluff=「切り立った岬」)と呼んだことに因みます。設計者や竣工年の詳細は不明ですが、建主については、1921(大正10)年から震災翌年まで貿易商V・R・バウデン氏が土地を所有していたことから、恐らく彼が震災後に建てたものと考えられています。<br />白い壁や柱に緑のドアや窓という爽やかなコントラストに、玄関ポーチへと誘うオレンジ系の敷石が暖かみを添えています。洋館と言う言葉からイメージするような大きな建物ではなく、コンパクトにまとめられ、緑濃い穏やかな庭園の中に佇む風情と相俟って、妖精の暮らす家を思わせる、愛らしいおとぎの国の家のようです。

      ブラフ18番館
      関東大震災後の大正末期に外国人邸宅として建てられ、戦後はカトリック山手教会の司祭館として1991年まで使用されていました。司祭館の新築に伴い、横浜市が現在地へ移築復元しています。元は山手町45番地に建つ館でしたが、現在地が旧山手居留地18番地であることが名の由来です。また、ブラフは、外人居留地だった頃、この地区をブラフ(The Bluff=「切り立った岬」)と呼んだことに因みます。設計者や竣工年の詳細は不明ですが、建主については、1921(大正10)年から震災翌年まで貿易商V・R・バウデン氏が土地を所有していたことから、恐らく彼が震災後に建てたものと考えられています。
      白い壁や柱に緑のドアや窓という爽やかなコントラストに、玄関ポーチへと誘うオレンジ系の敷石が暖かみを添えています。洋館と言う言葉からイメージするような大きな建物ではなく、コンパクトにまとめられ、緑濃い穏やかな庭園の中に佇む風情と相俟って、妖精の暮らす家を思わせる、愛らしいおとぎの国の家のようです。

    • ブラフ18番館<br />関東大震災後の建築ながら、木造2階建の南側にサンルームとバルコニーを配し、ベイウィンドウ(張出し窓)や上げ下げ窓、鎧戸、暖炉の煙突を設けた造りは、震災前の外国人住宅の特徴を色濃く残したものだそうです。<br />外壁は、震災経験を生かし、防災を考慮したモルタル吹付け仕上げになっています。白いドイツ壁と緑色に塗られた鎧戸の対比が美しく、オレンジ色のフランス瓦や窓辺に置かれた赤い花がコントラストを一層引き立てています。<br />ドイツ壁とはヨーロッパの伝統的な技法で、鍾乳洞の壁のように凸凹した風合いが特徴です。

      ブラフ18番館
      関東大震災後の建築ながら、木造2階建の南側にサンルームとバルコニーを配し、ベイウィンドウ(張出し窓)や上げ下げ窓、鎧戸、暖炉の煙突を設けた造りは、震災前の外国人住宅の特徴を色濃く残したものだそうです。
      外壁は、震災経験を生かし、防災を考慮したモルタル吹付け仕上げになっています。白いドイツ壁と緑色に塗られた鎧戸の対比が美しく、オレンジ色のフランス瓦や窓辺に置かれた赤い花がコントラストを一層引き立てています。
      ドイツ壁とはヨーロッパの伝統的な技法で、鍾乳洞の壁のように凸凹した風合いが特徴です。

    • ブラフ18番館 正門<br />解体時の調査により、震災前に山手45番地にあった邸宅の一部が震災による倒壊や火災を免れ、その建物の部材をリサイクルして建てられていたことが判ったそうです。不幸にも関東大震災で壊れた洋館ですが、こうして別の洋館に姿を変えて今も人々に愛され続けていることに感慨を覚えます。

      ブラフ18番館 正門
      解体時の調査により、震災前に山手45番地にあった邸宅の一部が震災による倒壊や火災を免れ、その建物の部材をリサイクルして建てられていたことが判ったそうです。不幸にも関東大震災で壊れた洋館ですが、こうして別の洋館に姿を変えて今も人々に愛され続けていることに感慨を覚えます。

    • ブラフ18番館 サンルーム<br />この部屋は、東側になりますがサンルームとなっています。<br />往時は大きなガラスが高価だったため、このような小振りのガラスを使う桟のデザインが発達したそうです。

      ブラフ18番館 サンルーム
      この部屋は、東側になりますがサンルームとなっています。
      往時は大きなガラスが高価だったため、このような小振りのガラスを使う桟のデザインが発達したそうです。

    • ブラフ18番館<br />白い壁によく映えるガス灯スタイルの玄関灯。<br />館内では往時を偲ばせる家具や調度品が迎え入れてくれます。かつて元町で製作されていた横浜家具を復元し、震災前の暮らしぶりを再現し、1993年から一般公開されています。<br />

      ブラフ18番館
      白い壁によく映えるガス灯スタイルの玄関灯。
      館内では往時を偲ばせる家具や調度品が迎え入れてくれます。かつて元町で製作されていた横浜家具を復元し、震災前の暮らしぶりを再現し、1993年から一般公開されています。

    • ブラフ18番館 入口ホール<br />木造2階建で、1・2階共に中央に廊下を配し、その両側に部屋がある中廊下型をしています。<br />廊下の上にあるラティスのような斜め格子が雰囲気を醸しています。格子から透ける灯りが和の世界へと誘います。<br />インテリアも白とグリーンをテーマカラーとしています。

      ブラフ18番館 入口ホール
      木造2階建で、1・2階共に中央に廊下を配し、その両側に部屋がある中廊下型をしています。
      廊下の上にあるラティスのような斜め格子が雰囲気を醸しています。格子から透ける灯りが和の世界へと誘います。
      インテリアも白とグリーンをテーマカラーとしています。

    • ブラフ18番館 ダイニング<br />入口ホールを入ってすぐ左手にある部屋がダイニングです。<br />こちらの窓は台形状に外へ迫り出したベイウィンドウになっており、光彩を広く集めて明るい印象です。窓の開閉は、昔の列車のような上げ下げ方式です。<br />テーブルや椅子は、本牧にある洋館「バーナード邸」からの寄贈品だそうです。因みに、バーナード邸は、山手カトリック教会と同じくJ・J・スワガー氏の設計作品です。バーナード邸は、惜しくも現在はファッション誌等の撮影スタジオとして活用され、一般公開されていないようです。ともあれ、古い横浜家具などを廃棄することなく、別の西洋館で再利用するという西洋館コミュニティがとられていることに感心しました。

      ブラフ18番館 ダイニング
      入口ホールを入ってすぐ左手にある部屋がダイニングです。
      こちらの窓は台形状に外へ迫り出したベイウィンドウになっており、光彩を広く集めて明るい印象です。窓の開閉は、昔の列車のような上げ下げ方式です。
      テーブルや椅子は、本牧にある洋館「バーナード邸」からの寄贈品だそうです。因みに、バーナード邸は、山手カトリック教会と同じくJ・J・スワガー氏の設計作品です。バーナード邸は、惜しくも現在はファッション誌等の撮影スタジオとして活用され、一般公開されていないようです。ともあれ、古い横浜家具などを廃棄することなく、別の西洋館で再利用するという西洋館コミュニティがとられていることに感心しました。

    • ブラフ18番館 リビングルーム<br />廊下を挟んでダイニングの向かいにあるのはビングルームです。<br />サロンとの間の壁には暖炉が設けられ、庭に面したサンルームはサロンまで伸びています。ソファーやテーブル、キャビネット等の家具や調度品は復元された横浜家具です。

      ブラフ18番館 リビングルーム
      廊下を挟んでダイニングの向かいにあるのはビングルームです。
      サロンとの間の壁には暖炉が設けられ、庭に面したサンルームはサロンまで伸びています。ソファーやテーブル、キャビネット等の家具や調度品は復元された横浜家具です。

    • ブラフ18番館 リビングルーム<br />リビングのランプシェードは、スズランがモチーフでしょうか?<br />

      ブラフ18番館 リビングルーム
      リビングのランプシェードは、スズランがモチーフでしょうか?

    • ブラフ18番館 サンルーム<br />壁の白と窓枠の薄緑、新緑の緑、籐工芸家具の薄緑の饗宴は、息を呑むほどの美しさです。ゆったりと寛げる空間が構成され、潤沢な光彩で満たされています。<br />また、ブラフと言うだけあり、高台の端に面しているため空がとても広く見え、開放感に浸れます。

      ブラフ18番館 サンルーム
      壁の白と窓枠の薄緑、新緑の緑、籐工芸家具の薄緑の饗宴は、息を呑むほどの美しさです。ゆったりと寛げる空間が構成され、潤沢な光彩で満たされています。
      また、ブラフと言うだけあり、高台の端に面しているため空がとても広く見え、開放感に浸れます。

    • ブラフ18番館 サロン(応接間)<br />丸テーブルは、復元されたカードテーブルだそうです。トランプを楽しむのに使われたそうです。<br />これらは横浜家具と呼ばれるもので、ブラフ18番館が建物だけの資料館ではなく、震災復興期の居留地の暮らしぶりを伝える展示を行っていることが判ります。横浜家具とは、横浜で作られる西欧風の木製家具です。1858(安政5)年に横浜港が開港し、外国貿易の拠点となった横浜では、幕末の頃には多くの欧米人が来日し、日本国内に住居を構えて居留するようになりました。そして、彼らの生活様式に相応しい洋式家具が東洋の島国 日本でも必要となりました。初めは海外から持ち込まれた家具の修理を木工職人が請け負いましたが、やがて修理を通して西欧風の家具の特徴を学び、それを元に独自の作り方で西欧風の家具を製造するようになったのです。また、中には、外国の建築家と手を取り合って技術を高めていく者も現れたそうです。<br />横浜家具の特徴は、<br />①合板をなるべく使わず、無垢の木を主体として作る。<br />②釘は補助的に使い、木と木の接合には「ほぞ接ぎ」という日本古来の手加工の技術を使う。<br />③分業を行なわず、木の選択から仕上げまで1人の職人が全てを担当する。そのため傷が付けば削り、壊れても分解してその部分だけを取り替えて補修することができます。また木の伸縮や木目の繋ぎ、歪みの微妙な調整など全体のバランスや細部にまで目が行き届き、丈夫で美しいものができます。

      ブラフ18番館 サロン(応接間)
      丸テーブルは、復元されたカードテーブルだそうです。トランプを楽しむのに使われたそうです。
      これらは横浜家具と呼ばれるもので、ブラフ18番館が建物だけの資料館ではなく、震災復興期の居留地の暮らしぶりを伝える展示を行っていることが判ります。横浜家具とは、横浜で作られる西欧風の木製家具です。1858(安政5)年に横浜港が開港し、外国貿易の拠点となった横浜では、幕末の頃には多くの欧米人が来日し、日本国内に住居を構えて居留するようになりました。そして、彼らの生活様式に相応しい洋式家具が東洋の島国 日本でも必要となりました。初めは海外から持ち込まれた家具の修理を木工職人が請け負いましたが、やがて修理を通して西欧風の家具の特徴を学び、それを元に独自の作り方で西欧風の家具を製造するようになったのです。また、中には、外国の建築家と手を取り合って技術を高めていく者も現れたそうです。
      横浜家具の特徴は、
      ①合板をなるべく使わず、無垢の木を主体として作る。
      ②釘は補助的に使い、木と木の接合には「ほぞ接ぎ」という日本古来の手加工の技術を使う。
      ③分業を行なわず、木の選択から仕上げまで1人の職人が全てを担当する。そのため傷が付けば削り、壊れても分解してその部分だけを取り替えて補修することができます。また木の伸縮や木目の繋ぎ、歪みの微妙な調整など全体のバランスや細部にまで目が行き届き、丈夫で美しいものができます。

    • ブラフ18番館 サロン<br />100年前に製作された純国産「松本ピアノ」が置かれています。<br />製造会社は、1904(明治37)年に東京で創業した「松本楽器合資会社」。横浜市港北区師岡町の村上邸で使用されていたものだそうです。「松本ピアノ」は、「西川」や「山葉」と並ぶ、国産ピアノ製造の先駆のひとつで、創業者は松本新吉氏です。1900(明治33)年に単身渡米し、ニューヨークのブラッドベリーピアノ工場の研究生となりました。帰国後に開業した松本ピアノは米国修行の成果もあって品質には定評があり、往時は「見栄えの山葉、音質の松本」とまで評されていたそうです。「山葉」は、現在の「ヤマハ楽器」です。<br />今もその音色のファンは多く、このピアノを使ったサロンコンサートが毎週土曜日に行われ、盛況を博しているそうです。

      ブラフ18番館 サロン
      100年前に製作された純国産「松本ピアノ」が置かれています。
      製造会社は、1904(明治37)年に東京で創業した「松本楽器合資会社」。横浜市港北区師岡町の村上邸で使用されていたものだそうです。「松本ピアノ」は、「西川」や「山葉」と並ぶ、国産ピアノ製造の先駆のひとつで、創業者は松本新吉氏です。1900(明治33)年に単身渡米し、ニューヨークのブラッドベリーピアノ工場の研究生となりました。帰国後に開業した松本ピアノは米国修行の成果もあって品質には定評があり、往時は「見栄えの山葉、音質の松本」とまで評されていたそうです。「山葉」は、現在の「ヤマハ楽器」です。
      今もその音色のファンは多く、このピアノを使ったサロンコンサートが毎週土曜日に行われ、盛況を博しているそうです。

    • ブラフ18番館 サロン<br />天井に吊り下げられたランプシェードもそれぞれ違う凝ったデザインのものが使われています。<br />サロンのランプシェードは、アールヌーボー風で、植物をモチーフにした可憐なデザインです。

      ブラフ18番館 サロン
      天井に吊り下げられたランプシェードもそれぞれ違う凝ったデザインのものが使われています。
      サロンのランプシェードは、アールヌーボー風で、植物をモチーフにした可憐なデザインです。

    • ブラフ18番館<br />こちらのランプシェードは、スカート部の襞が繊細で魅力的です。

      ブラフ18番館
      こちらのランプシェードは、スカート部の襞が繊細で魅力的です。

    • ブラフ18番館<br />サロンやリビングには暖炉が壁を間にして背中合わせに据えられています。これは煙突をひとつに集約するという合理的な設計です。<br />木製のマントルピースには草花を描いた彫刻が施され、シックな雰囲気です。こうした木製の暖炉はとても珍しいそうです。暖炉の部材には。震災前に建てられた邸宅のものがリサイクルされているそうです。<br />古い邸宅の部材をリサイクルしたり、他の西洋館で不要になったものを再利用するなど地域全体で西洋館を大切に保存されているのが伝わってきます。

      ブラフ18番館
      サロンやリビングには暖炉が壁を間にして背中合わせに据えられています。これは煙突をひとつに集約するという合理的な設計です。
      木製のマントルピースには草花を描いた彫刻が施され、シックな雰囲気です。こうした木製の暖炉はとても珍しいそうです。暖炉の部材には。震災前に建てられた邸宅のものがリサイクルされているそうです。
      古い邸宅の部材をリサイクルしたり、他の西洋館で不要になったものを再利用するなど地域全体で西洋館を大切に保存されているのが伝わってきます。

    • ブラフ18番館 階段<br />階段の踏板はとても厚く、手摺りも堅牢な造りですが、シンプルですっきりした印象でにまとめられています。階段の途中の踏板の端にはさりげなく可愛い花瓶が置かれ、よいアクセントになっています。

      ブラフ18番館 階段
      階段の踏板はとても厚く、手摺りも堅牢な造りですが、シンプルですっきりした印象でにまとめられています。階段の途中の踏板の端にはさりげなく可愛い花瓶が置かれ、よいアクセントになっています。

    • ブラフ18番館 2階寝室<br />1階ダイニングルームの上は、寝室になっています。<br />微風にレースのカーテンが揺らめくと、今にもロッキングチェアが音もなく揺れだしそうな雰囲気です。

      ブラフ18番館 2階寝室
      1階ダイニングルームの上は、寝室になっています。
      微風にレースのカーテンが揺らめくと、今にもロッキングチェアが音もなく揺れだしそうな雰囲気です。

    • ブラフ18番館 2階閲覧室<br />廊下を挟んで東側、1階リビングルームの上の部屋は、現在閲覧室になっています。<br />右の地図は明治期の横浜の地図です。『MAP OF YOKOHAMA 地理局測量課』と書いてあります。地図の中心辺りに「象の鼻」があります。(象の鼻=横浜港初期の防波堤の形が象の鼻の形に見えたため)<br /><br />親しみ深く温かい建物自体の魅力に加え、スタッフさんやボランティアの方々の気持や心配りが、眩いほどの陽光と共にブラフ18番館の中に溢れていました。<br />無料なのにこれだけ整備が行き届いた、また見所も多彩な運営をされているのには正直驚かされました。神戸北野異人館も見習っていただきたいくらいです。<br />後ろ髪を引かれる思いで、ブラフ18番館を後にしました。

      ブラフ18番館 2階閲覧室
      廊下を挟んで東側、1階リビングルームの上の部屋は、現在閲覧室になっています。
      右の地図は明治期の横浜の地図です。『MAP OF YOKOHAMA 地理局測量課』と書いてあります。地図の中心辺りに「象の鼻」があります。(象の鼻=横浜港初期の防波堤の形が象の鼻の形に見えたため)

      親しみ深く温かい建物自体の魅力に加え、スタッフさんやボランティアの方々の気持や心配りが、眩いほどの陽光と共にブラフ18番館の中に溢れていました。
      無料なのにこれだけ整備が行き届いた、また見所も多彩な運営をされているのには正直驚かされました。神戸北野異人館も見習っていただきたいくらいです。
      後ろ髪を引かれる思いで、ブラフ18番館を後にしました。

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