2011/09/24 - 2011/09/24
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たびたびさん
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近鉄線の旅の後半二日は、吉野と奈良市と大和郡山です。桜の季節ではありませんが、その分、ゆっくり回れるだろうと期待した吉野は、改めて、歴史の重みを感じさせてくれました。
ならまちも、一つ一つは小ぶりながら、街としての落ち着きは古都の雰囲気が色濃く残って、これもさすが。ついでに、般若寺の小さな秋と大和郡山の金魚の鑑賞会で、締めました。
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近鉄吉野線は、吉野駅まで。ここからは、吉野山ロープーウェイに乗り換えです。
ロープーウェイの駅まで向かう道も緑がきれいです。 -
全長349m、高低差103mと比較的短いロープーウェイですが、千本口までは歩くと30分近くかかりますし、上ってからでもかなり歩くことを考えれば、やはりロープーウェイがお勧め。片道350円、往復600円の料金設定は微妙なものがありますが、ただ、帰りは歩きでしょう。つづら折の下り道沿いには、見事なもみじの林があって、紅葉の時期だけでなく、それ以外の季節でも緑がとてもきれいです。また、自動車道路のほかに、人が歩ける近道もあって、これも楽しいですから。
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黒門は、ロープウェイ吉野山駅を下りて金峯山寺に向かうとすぐ。ここから吉野の市街に入るという辺り。この門は、金峯山寺の総門であり、吉野野山全体の総門にもあたります。木造の門で、黒く塗られていることからこの名がつきましたが、様式は高麗門。現在の門は、昭和60年に改修されています。四本の柱に切り妻の屋根が乗っかるという簡素な形式ですが。昔であれば、公家大名でも槍を伏せ、馬を下りて通ったという格式の高い門であったそうです。さて、ここからが、いよいよ吉野です。
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吉野の総門である黒門を過ぎて、次に見えてくるのがこの銅鳥居(かねのとりい)。名前の通り、銅製の鳥居で高さは約8m。この写真は、裏から撮ったので見えませんが、額には「発心門」と書かれています。修験者は、この鳥居に手を触れて、「吉野なる銅の鳥居に手をかけて弥陀の浄土に入るぞうれしき」と唱えて入山するのだそうです。いろいろ決まりがあるものです。なお、この銅は、東大寺大仏鋳造の余った銅という説もあるようです。つまりは、銅製の鳥居としては日本最古のものだと思われますが、それにしても堂々とした構えです。
東大寺 寺・神社・教会
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吉野は葛の名産地。市街にはいくつもの葛を扱うお店があるのですが、この八十吉は、そんな中にあって老舗中の老舗。朝9時から開いていたこともあって、山歩きの前に葛切りで腹ごしらえに、立ち寄りました。
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あとを継いだ若い夫婦でやっているようでしたが、注文を受けてから丁寧に作り始めます。待つことしばしで出されたのが写真の一品。盛り付けの見事さもありますが、この葛切りは、弾力があって、さすが本場の葛きりです。京都にも名店がありますが、一枚違う味わいです。先代が試行錯誤で、鮮度を失わない製法を工夫したのだとか。しかし、葛切り自体がメジャーじゃないので、この葛切りが普通じゃないのを分かってくれる人がどれだけいるかなあとか、私としては少し心配になりましたが、いかがでしょうか。これからの研鑽にも期待したいと思います。
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金峯山寺の仁王門は、自動車道路からすぐ。短いのですが、かなり急な石段を登らなければなりません。
銅製の鳥居としては日本最古のもの by たびたびさん金峯山寺蔵王堂(国宝) 寺・神社・教会
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そこに棟の高さ20m。三間一戸、重層入母屋造り、本瓦葺の堂々たる楼門が構えます。
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1456年の再建で、両脇には総高5.28m、あうんの形相の仁王様。この仁王は鎌倉末期の作。写真のとおり、力強い形相は迫力があって、もちろん国宝。ちょっと見とれてしまいます。ちなみに、足の先のほうまで、筋肉隆々。少し、重心を移した姿をしっかり踏みしめた両足の迫力もすばらしいです。
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すぐ先に、国宝蔵王堂。これは、金峯山寺(きんぷせんじ)の本堂で、本尊である蔵王権現を祀ります。
銅製の鳥居としては日本最古のもの by たびたびさん金峯山寺蔵王堂(国宝) 寺・神社・教会
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ちなみに、吉野・大峯は古代から山岳信仰の聖地。また、金峯山とは、吉野山と、その南方20数キロの大峯山系に位置する山上ヶ岳を含む山岳霊場を包括した総称です。
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イチオシ
しかし、やはりその中心はこの蔵王堂を有する金峯山寺。役小角(えんのおづぬ)によって開かれました。蔵王堂は、構造的には「一重裳階付き」。豊臣家の寄進で再興されたもので、1592年の建立。高さ34メートル、奥行、幅ともに36メートル。木造の古建築としては東大寺大仏殿に次ぐ規模と言われます。さて、内部の拝観は有料。逗子から半身を乗り出したような聖徳太子の像が印象に残りました。
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さて、ここを後にして、金峯神社へ向かいますが、竹林院前からバスに乗るんですが、ちょうどいい時間になっています。
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なお、バスは1時間に1本、バスでも曲がりくねった山道を30分はかかったと思います。バス停からは、整備された坂道を10分くらい登ります。途中からは、吉野の山々がはるかに見渡せていい感じです。
やっと、金峯神社に到着。藤原道長が埋めた経筒 by たびたびさん金峯神社 寺・神社・教会
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これは、「きんぷじんじゃ」と読みます。吉野の最奥にあって、社殿は、やや荒れた感じなのですが、天井を見ると小組格天井。何気に格式高く作られています。
なお、ここで有名なのは国宝「千本金銅藤原道長経筒」。藤原道長が埋めた経筒で、年代の明らかな経塚遺物としては最古のもの。現物は京都国立博物館にあって、企画展で二回見たことがあります。まあ、タイムカプセルといったところでしょう。5万7千年後に願いを掛けた壮大なものです。。 -
義経隠れ塔は、金峯神社の脇から、小道を少し下った場所。周囲が杉の大木に囲まれる中、ひっそりと建っていました。ここは、文治元年(1185)11月、源義経が弁慶や佐藤忠信らとともに頼朝の命を受けた追っ手から逃れるために隠れた塔。また、その際、義経は屋根を蹴破って外へ出たので、「蹴抜けの塔」とも云われるのだそうです。塔というより、小さなお堂といった感じですが、この塔に入って扉を閉じると中は真っ暗になる山岳修行の場。修行の行者は、『吉野なる 深山の奥のかくれ塔 本来空のすみかなりけり』と唱えながら塔内を巡り、俗気を抜くのだそうです。
藤原道長が埋めた経筒 by たびたびさん金峯神社 寺・神社・教会
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少し下って高城山展望台。ここからは蔵王堂ほか吉野の町が見えるとありましたが、周囲の木が成長してしまって、それは無理。もっと遠くの山並みを眺める感じです。それはさておき、ここは太平記で有名な大塔宮護良親王(後醍醐天皇の息子)が吉野で挙兵された際、奥の詰城になったところ。親王は、城の地の利を活かし、迫る幕府の大軍を散々に翻弄しました。ただ、最期は敗れて、落ち延びることになりましたが、その後は鎌倉幕府の崩壊につながっていく。歴史の舞台となった場所なのです。
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吉野水分神社は、「よしのみくまりじんじゃ」と読みます。水分神社は、奈良に四つあるようですが、その一つ。
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吉野山上千本にあって、金峯神社からの帰り道にここに寄るのが、モデルコースになっています。「みくまり」は「みこもり」となって、子守明神。子授けの神として信仰を集めてもいたようで、豊臣秀吉もこの地を訪れ、秀頼を授かったといわれます。
藤原道長が埋めた経筒 by たびたびさん金峯神社 寺・神社・教会
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現在の社殿も、その秀頼によって創建されたもの。しかし、跳ね上げの窓など、形式はどう見ても平安時代以前の形式。
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イチオシ
今回は工事中でしたが、中央に春日造、左右に流造の三殿を横に繋げた、珍しい形式の本殿が見所。ただ、巫女さんに聞いたら、古さで言うと拝殿の方が古いということでした。楼門から入って、本殿、拝殿に囲まれた一角。歴史を感じる雰囲気はここならではだと思います。
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イチオシ
さらに下って、上千本花矢倉から見た蔵王堂方面の景色。ここは、桜の吉野を代表する絶景スポットです。ちなみに、花矢倉は、義経源義経を落ち延びさせるため、佐藤忠信が源義経の身代りとなって僧兵らを切り防いだ古戦場です。佐藤忠信は、奥州にいた義経が挙兵した源頼朝の陣に赴く際、藤原秀衡の命により兄・継信とともに義経に随行した人物。義経四天王の1人でもあります。また、歌舞伎や人形浄瑠璃の「義経千本桜」の舞台にも。演目では、そのほか、忠信兄弟の妻たちが息子2人を失い嘆き悲しむ母を慰めようとそれぞれの夫の甲冑を身にまとい、その雄姿を装って見せたという話など。涙を誘う場面です。美しい眺めとこの物語。吉野を2倍楽しめる場所だと思います。
吉野を2倍楽しめる場所 by たびたびさん花矢倉 名所・史跡
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花錦は、上千本から下りてきまして、もうすぐ竹林院という場所にあります。庭の手入れをしていた女将さんと目が合って、ここが花錦であることを確認しましたが、どこかのお家に上がらせてもらうような感じです。
大和三庭園の一つ by たびたびさん竹林院 寺・神社・教会
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しかし、ここのくず切りのうまさは半端ではありません。注文してから作るのですが、プヨプヨっとした弾力がものすごい。ここまでの感触はほかではないものです。私は、それに夢中になっていたのですが、女将さんは黒蜜も自慢のものだとか。黒蜜は、通常の甘いだけのタイプとしょうがをアレンジしたタイプがあって。このしょうがのタイプがすっきりとした深い味わい。確かに、これもすばらしいですね。
総じて、この女将さんの舌は天才的なところがあるのかも。佃煮の付け合せもありましたが、これも光ってました。吉野は、ここを目当てにくるだけでも価値があるかもしれません。 -
如意輪寺は、金峯山寺、吉水神社などがある市街からは谷ひとつ挟んだ山の中腹。市街からしばらく車道を歩いて訪ねました。
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実は、ここは今回が初めて。遠かったですが、期待が高まります。
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イチオシ
楠木正行辞世の扉があって、宝物殿で公開されています。楠木正行は、楠木正成の長男。四條畷の戦いで敗れ、戦死するのですが、出陣するに際し、一族郎党とともにこの寺にある後醍醐天皇陵に詣で、辞世の歌「かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる」を詠みます。これは、辞世の歌を本堂の扉に矢じりで刻んだものです。なお、写真は、宝物館前にある楠木正成と楠木正行の別れの場面の像。楠木正成は湊川の戦で最期を遂げますが、その際の別れの場面です。
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なお、楠木氏側は、湊川の戦では敗れますが、戦いは互角。これに対し、四條畷の戦いは一方的なものだったということ。様子を描いた絵画もあって、しっかり思いに浸れる場所でした。
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気分を変えて多宝塔へ。
しだれ桜を前にしていい感じです。 -
吉野の如意輪寺の境内続きには、後醍醐天皇陵もあります。後醍醐天皇は、建武の中興を実現した偉大な天皇ですが、現実とはあまりに遊離していたため、足利尊氏の離反により、あっけなく瓦解します。足利尊氏の後ろ盾で、北朝の光明天皇が即位すると、間もなくこの吉野の地で南朝を建てます。しかし、室町幕府が誕生。帝は、京都を回復することはなく、後村上天皇に譲位した翌日崩御します。無念の最期であったかと思いますが、ここは中千本の真ん中。桜の吉野で安らかに眠られていると思います。なお、写真は、如意輪寺の境内にある廟です。
楠木正行辞世の扉 by たびたびさん如意輪寺 寺・神社・教会
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さて、今度は竹林院へ。
吉野の市街の一番奥の方ですが、ここは、聖徳太子の創建。その後、空海が入ったともされる名刹で、有名なのは群芳園という庭です。 -
建物の奥が庭。
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大和三庭園の一つとされ、千利休の作。細川幽斎の改修もされたとのことですが、多分、その名残は、池の周囲をめぐる石組みだと思います。
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石を立てて、池の際を固め、池の中には、小島を思わせるこれも立石。庭全体に、中国の桂林を似せて作るという中国から伝わった当初の思想が残っているように感じました。今では、中央に枝垂れ桜の大木もあって、花を添えていますが、鑑賞のポイントはそういうところだと思います。
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近くの桜本坊へ。ここも初めてですが、歴史がすごいですね。
歴史がすごい by たびたびさん櫻本坊 寺・神社・教会
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壬申の乱で、吉野に一時逃れていた大海人皇子は、「桜本坊」の地にいたそうで、ある冬の日に桜が咲き誇っている夢を見ます。これを吉として、その後、壬申の乱に勝利し,天武天皇になったとも。また、豊臣秀吉の花見の際、関白・秀次の宿舎となったのもここだそうで。山伏文化にかかる多くの文化財が残されている寺でもあり、お勧めは役行者の坐像。鎌倉時代の玉眼の入ったものでしたが、何か斜視のような。聞くと片方が損傷していたので、直してもらったのだとか。それでこうなりましたとの説明でしたが、その分、何か、迫力のようなものが宿った像になったのではないかと感じました。
歴史がすごい by たびたびさん櫻本坊 寺・神社・教会
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ここは、今回最も楽しみにしていた枳殻屋。吉野の市街の一角にあるお寿司屋さんです。
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日本海の鯖は京都に流れて姿寿司。これに対して奈良では柿の葉寿司になったのですが、ここの寿司は奈良にあっても姿寿司系。写真は焼き鮎ですが、緑の器に盛り付けてとても美しいですね。これに寿司飯を詰めて一本の姿寿司に仕上げます。うなぎの蒲焼のような濃厚なたれを付けていただきましたが、香ばしい鮎の味わいとやさしい酸味の寿司飯の組み合わせがなんともいえない複雑な味でした。持ち帰りで、吉野駅で食べましたが、もっときちんとしたお座敷で食べたほうが似合うかも。それに、繊細な味わいが分かるには一回食べただけでは無理かもしれません。
駅前には、ちょっとした茶店におみやげ物の店もありますので、帰りの電車の待ち合わせには便利 by たびたびさん吉野駅 駅
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吉水神社は、吉野では外せない場所。もとは吉水院(きっすいいん)という金峯山寺の僧坊だったようですが、明治維新の神仏分離により、神社となりました。
静御前とはここで最後の別れ by たびたびさん吉水神社 寺・神社・教会
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後醍醐天皇を主祭神とし、南朝方の忠臣であった楠木正成も祀っているのですが、一番の目玉は、後醍醐天皇の玉間と源義経が潜居したと伝えられる間。
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写真は、源義経潜居の間の方ですが、静御前や弁慶など頼朝の追っ手を逃れてここで潜伏しました。静御前とはここで最後の別れ。義経一行は吉野落を余儀なくされ、奥州へ落延びていったのですが、静御前は当時女人禁制であった吉野大峰山に入ることを許されず、泣く泣く山を降りることに。その後、蔵王堂で捕らわれ、頼朝の待つ鎌倉に移されることになるのでうが・・。
それにしても、その際に匿われた部屋がそのまま残っているとは。けっこう磨きこまれた木の床もしっかりしていて、そんなに長い年月がたったような感じはしませんでしたが。なお、奥には義経の鎧もありました。大峰山 自然・景勝地
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萬松堂は、金峯山寺仁王門の傍らにある和菓子屋さん。創業100年を超える老舗だそうですが、お店で伺うと現在のご主人が4代目だとか。「草餅」「さくら餅」「きな粉餅」とかありますが、目に付いたのはやはり「草餅」(120円)。
銅製の鳥居としては日本最古のもの by たびたびさん金峯山寺蔵王堂(国宝) 寺・神社・教会
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1個だけ注文して、お店でいただきました。吉野のように山を歩く場所ではこうした甘いお菓子は必要です。ただ、草もちは、生ものだし、一日で売り切ってしまわないといけないので、扱いがとても難しいようで。なので、吉野でも草もちのお店は以前はたくさんあったのですが、今ではここだけになってしまったのだそうです。
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最後にもう一軒。
ひょうたろうは、吉野の入り口、銅の鳥居のそばにある柿の葉寿司のお店。サバとサケの2種類があって、おいしいと評判のお店です。買って、お店で食べようと思ったら、ここは持ち帰りのみだとか。さらには「ここで食べてもおいしくありませんよ。今は作りたて。時間を置かないとおいしくないので、帰ってから食べるか明日食べるかくらいが一番おいしいです。」とのこと。へー、そんなの初めて聞きました。ということで、翌日いただきましたが、これはおいしい。全体のうまみ、こくのようなものがアップしていて、これまで食べた柿の葉寿司の中でもダントツにうまい。すごいです。ただ、ほかでもそうなのか、今後確かめてみたいと思います。これまで食べた柿の葉寿司の中でもダントツにうまい by たびたびさん柿の葉すし ひょうたろう グルメ・レストラン
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さて、帰りは予定通り、つづら折れの道を歩いて降りてきました。
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近鉄で、今夜の宿、奈良市に向かいます。
電車で一本なので、楽チンです。 -
翌朝は、ならまちから。
ホテルの前にあった奈良市総合観光案内所は、JR奈良駅旧駅舎をリニューアルしたもの。平成21年7月にオープンしました。内部は、けっこう巨大な空間。中央の吹き抜けには、大極殿と同じというりっぱな柱がそびえていました。
なお、開館は無休なのですが、朝9時から。もう少し早くてもいいかもしれません。 -
まずは福智院。呼び鈴を鳴らして、お寺の人に拝観をお願いします。
話によると。かつての大寺院、大乗寺に関係した寺院だそうですが、住職がいない時代も長く、けっこう荒れ放題の時代もあったようです。 -
で、私の目当ては、本尊の木造地蔵菩薩坐像。本堂を開けてもらって中に入ると、見上げるような巨大な地蔵菩薩。台座に座った地蔵菩薩坐像は、鎌倉時代の作で、地蔵菩薩で、坐像というのは珍しいと思いますが、高さは2.7メートル。台座も合わせると6.7メートルです。光背に配された560体の地蔵菩薩の小像も見事です。係りの人が私一人のために、ずいぶん長い時間解説してくれました。
なお、写真は、本堂の裏にある無縁仏の墓石。大乗寺に関係する高貴な人物、一族のものに加えて、3分の1くらいが無縁仏だそうです。ただ、長い年月を経ると同じことになってますと笑って話してくれました。なるほど、そうかもしれません。 -
十輪院は、元興寺から歩いて10分。元は元興寺の別院だったそうです。奈良時代の右大臣・吉備真備の長男が創建。または、弘法大師の創建とも。
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9時からの拝観だったのですが、早めに到着。朝のお勤めの最中で、檀家の人でしょうか、一般の人も本堂に上がってお勤めをしていました。それにしても、鎌倉時代の住宅風仏堂とされる国宝の本堂は、美しい姿。建物全体の立ちが低くて、気軽にちょっとあがれる感じ。なお、ここのもう一つの見所は、背後の覆堂内に安置された石仏龕。鎌倉時代に作られた大規模なもの。重要文化財です。
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ならまちで一番のメジャーは、この元興寺でしょう。
この寺は、蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院。飛鳥では法興寺といったのですが、飛鳥から平城京に都が移るとこちらに移動しました。南都七大寺の1つに数えられる寺院なのですが、東大寺や興福寺と並ぶ大寺院 -
イチオシ
だったようです。今は、奈良町にあって、ひっそりした感じ。
まだ早かったのですが、これからの時期は萩の美しさで有名。本堂の周囲に大きな萩の株がいくつもあって、初秋の奈良を彩ります。内部の文化財では、五重小塔。奈良時代のもので、高さ5.5m。国宝です。あとは、瓦の説明も面白いです。建立当時の瓦がいくつかは残っていて、これも日本最古。まだらまだらに色の違う瓦があって、少しずつ、新しい瓦に変わっているのだそうです。 -
少し歩いて、旧大乗院庭園へ。ここは、ならまちと高畑の境といった場所に位置します。
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入り口を入ると、そこは休憩所。室内でゆっくりしながら、大きな窓越しに庭園を眺めることが出来ます。この庭は、15世紀の半ばに作られた南都随一の名園といわれた庭園で、銀閣寺の庭を造った善阿弥の作だそうですが、趣はぜんぜん違います。西大池、東大池と池を大きくとった配置を芝生のスペースが囲んで、松の植え込みがなければ西洋風にも感じます。なお、園内には、別途、入場料100円を払えば入れますので、芝生の庭園をくまなく散策できます。写真の赤い橋なども渡れますが、ただ、結局、眺めはこの休憩所からが一番いいかもしれません。
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これは、庚申堂。「こうじんどう」と読みます。ならまちの中心にあり、「庚申さん」と呼ばれる魔除けの神様。このあたりの家々でも軒先に吊るされている「身代わり猿」で有名です。
「身代わり猿」で有名 by たびたびさん庚申堂 名所・史跡
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イチオシ
庚申信仰は、中国の道教の教えに由来するようですが、人の体の中に三尸(さんし)の虫がいて、庚申の日の夜に人が寝ているあいだに体から抜けだし、天帝にその人の悪事を告げにいく。その報告により寿命が決まるというので、人々は六十日に一度回ってくる庚申の日は、寝ずに「庚申さん」を供養したというのです。そして、猿は仲間と毛づくろいをしている姿が、まるで「三尸の虫」を取って喰べているような格好に見えるので、この三尸の虫は大嫌い。「三尸の虫」封じになるのだそうです。
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あちこち回って、今度は今西家書院。ここも、ならまちの真ん中です。
今西家住宅 名所・史跡
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元は、興福寺大乗院家の坊官を努めた福智院家の居宅で、室町時代書院造の貴重な遺構として、重要文化財に指定されています。なお、名前の今西家は、大正期にこれを譲り受けた醸造元のこと。この日は私一人でしたが、係りの人がちゃんとついて、内部の説明をしてくれました。室町の書院造りの特徴として、上段・中段・下段と部屋毎に段差が設けられて、身分の違いの扱いを強調していること。これは、室町の特徴ではないと思いますが、障子の戸が一つのレールになっていて、戸の境がなく、美しく見えるのだそうです。
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ほか、火事が起きたときに消せるようにということで、天井裏に砂が積まれている部屋や季節の和菓子とお抹茶などが楽しめるスペースもありました。
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奈良ホテルは、元は興福寺の塔頭である大乗院があったという小高い丘の上。奈良町からあるいてすぐです。
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イチオシ
開業は、1909年10月。いわゆる日本を代表するクラシックホテルですが、歴史的には関西における国賓・皇族の宿泊する迎賓館に準ずる施設としての役割があり、「西の迎賓館」とも呼ばれます。写真は本館内部。玄関を入ったところです。吹き抜けに豪華な格天井が見えて、威風堂々。桃山風の豪奢・華麗な意匠とドイツ風の重厚な意匠が混在する和洋折衷様式だそうです。この日は、結婚式の人でにぎわっていましたが、フロントでホテルのことを聞いたりすると、丁寧な受け答え。さすが歴史のあるホテルは違います。一見の価値ありです。
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般若寺へは、バスで行くのですが、ふと前を見ると葛の店。時間もあるし、よってみました。
この天極堂奈良本店は、奈良県庁のそば。賑やかなエリアからは少し距離があって、東大寺の西大門跡地にある葛の専門店です。大通りに面して、奥に深く延びる店内は、お菓子の販売コーナーとその先は食事・喫茶のコーナーもあって、ゆったりとした感じ。 -
私は写真の葛饅頭を購入。奈良は吉野葛の本場だし、期待して買いました。
結果は、グッド。本葛のプリプリした感触が甘い餡子とマッチして、すごくおいしいです。東京にもくずもちはあって、これもおいしいのですが、やっぱり本物の葛は違います。関西では、贅沢な味を手軽に味わえる幸せがこんなに身近にあるんですね。大事にしてほしい味だと思いました。 -
般若寺に到着。
ところで、奈良の初秋は、萩の花とコスモス。で、コスモスならこの般若寺で決まりでしょう。国宝の楼門をチェックして、中へ。白鳳阿弥陀仏が特別公開 by たびたびさん般若寺 寺・神社・教会
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まだ、コスモスは盛り前のようでしたが、コスモスに埋もれるように佇む石仏の風情は、むしろこれくらいで十分。
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イチオシ
こうした小さな秋のシーンは奈良だからこその美しさだと思います。
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重要文化財の十三重石塔は境内真ん中。
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イチオシ
これは、一種のタイムカプセルのようなもので、十三重石塔内納置品が有名。
解体修理の際に塔内から取り出されたもので、うち白鳳阿弥陀仏が特別公開されていました。懐中電灯で照らしながらま近かで拝観できました。(別料金) -
近鉄奈良駅に帰ってきました。改めて、近くをぶらぶら。
この萬々堂道則は、東向商店街から、もちいどのセンター街に入ってすぐ。商店街の一角にある老舗の和菓子屋さんです。近鉄奈良駅 駅
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写真は、ここの「ぶと饅頭」。これは和菓子というより、餡ドーナッツでしょうか。ただ、「ぶと」は、奈良時代、遣唐使が中国から伝えたとされる「唐菓子」の一種。神社や寺院の神饌菓子だそうで、春日大社では、毎月3回のお祭りでも「ぶと」が供えられているそうで。長い歴史を持っています。
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米粉を水で捏ねて蒸し、臼で搗いてから形にして、胡麻油で揚げるのですが、餡を包んで、砂糖をまぶしてあるので餡ドーナッツのようなのです。包装は丁寧で、高級感のあるお菓子。上品な甘さが広がりました。
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これは、中谷堂。テレビでもよく紹介されるのですが、よもぎ餅で有名な店。特に、そのよもぎ餅を作る時の高速餅つきのパーフォーマンスが人気の秘密。二人一組で、よく怪我をしないなあと思うくらいのスピードでお持ちをついていきます。この時はお店の周りは見物のお客さんで人の山。出来立てのお持ちをすぐに販売してくれるのですが、売り切れを心配して競って買ってしまいます。なので、お持ちの味より、こんなふうに餅つきの印象が強すぎて、食べてしまってから、さてどんな味だったっけなあと思ってしまいました。
中谷堂 グルメ・レストラン
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時代かご「やじきた屋」です。近鉄奈良駅を出たところで、出くわしました。奈良の新しい観光名物だそうで、運がよければ会えるかもと思っていたのですが、こんな風にばったり出会えるとは。襲撃パフォーマンスというのがあって、辻斬りにあったり、客を置いて逃げ出したりの面白い仕掛けもあるようですが、いや、この雰囲気だけで十分楽しめます。もちろん、本業はかごでの観光案内。料金は、猿沢池周遊1,500円、猿沢池〜ならまち(元興寺)2,000円、猿沢池〜JR奈良駅3,000円
ならまち周遊(1時間貸切)4,000円。営業日は、土・日曜日です。 -
大仏プリンは、東向き商店街の中。東向き商店街を近鉄奈良駅から奈良町と反対方向に向かうと歩いて10分くらいで、建物の二階に入った本店があります。ただ、日曜はお休み。ということで、また近鉄奈良駅まで帰って、構内にある支店で試しに1個買いました。プリンは家で作ってもおいしくて、あまり外で食べるのがおししいとは思っていないのですが、ここのプリンはなるほどかなりうまいです。「できるだけ添加物を使わずに、優しいお母さんの味をイメージして作っている」というとおり、癖のない素直な味わいで、これがまた濃厚。ビンの底まで舐めてしまいたくなるようなおいしさでした。
ここから、郡山に移動します。 -
郡山城址は、近鉄の列車から見えたので、郡山の駅から歩いたのですが、西側を歩いたら、高校の敷地にぶつかって、かなり遠回り。東側から、北に向かう道が本道です。
郡山駅 駅
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さて、城址は、戦国末期は筒井順慶の居城。しかし、豊臣政権となると、筒井家は豊臣秀吉の命により伊賀上野城へ転封。秀吉の実弟羽柴秀長の居城となり、その領国であった大和・紀伊・和泉100万石の中心となります。しかし、これが最盛期。豊臣五奉行の一人増田長盛が22万石で入城しますが、関ヶ原後には、高野山に追放され、往時の勢いは戻ることはなかったようです。写真は城門に櫓ですが、ここからさらに上っても寂しい感じ。お堀の周囲の桜を見るくらいがいいようです。
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近鉄大和郡山駅から歩いて10分くらい。住宅地の真ん中に、金魚すくい道場の看板があって、たくさんの人が集まっていました。これは、テレビでも見たことがあります。日本一の金魚すくいの栄誉を目指して、互いに競争している夫婦の話とかありましたね。見ていると、子供から大人まで、結構真剣です。「おみやげ処こちくや」というお店が運営しているようで、聞くと、市内でもここだけだとか。腕によって、段の認定もあるようで、壁には、段を取得した人の名前が張り出されていました。なお、こちくやにはやはり金魚にちなんだ品々。こちらも盛況でした。
郡山駅 駅
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で、ここを経営しているのが、こちくやさん。おみやげ物のお店が本業です。
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さらに歩いて箱本館紺屋へ。豊臣秀長の時代に成立したといわれる箱本13町の中にあります。
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染物屋は全国どこにでもあったわけですが、箱本館紺屋の前には道の真ん中に小川が流れていまして、藍染の水洗いをしていた当時の姿がそのままに残っています。写真は、入り口を入ったところ。金魚の大きな飾りがぶら下がっています。
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奥の座敷には金魚に関する装飾品や工芸品等のコレクションがあって、結構見ごたえがあります。
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庭の先には藍染体験ができる工房も。何かこんにゃくのような臭い。
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藍の栽培もしていまして、これも見せてもらいました。初体験。家族で行っても、楽しい場所だと思います。
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最後は、郡山金魚資料館へ。近鉄郡山駅まで戻って、そこ改めて歩いて20分くらい。街外れの田んぼの中にありました。大和郡山は金魚の町。やはりここにきたら、この郡山金魚資料館は外せません。いくつかの区切られた池には養殖の金魚がたくさんいましたが、建物中央に水槽を並べたスペースがあり、各種の金魚が展示されています。
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泳ぐ図鑑という表現がありましたが、
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まさにそのとおり。
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種類も豊富だし、
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一つ一つの豪華さ、
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優雅さが
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たまりません。
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金魚ってこんなにきれいで、
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かわいかったんですね。
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しばし、
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時間を忘れて
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楽しみました。
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本当は、
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それぞれの水槽に、種類名が書いてあったのですが、
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後で撮ろうと思ったら、
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メモリーがいっぱいになってしまいまして。
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いつか、図鑑で再確認したいと思います。
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イチオシ
なお、入場は無料。
お客さんは少ないので、周囲を気にする必要もありません。
ただ、ちょっと蚊が多いような。失礼。これはご愛嬌です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (3)
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- ハリーママさん 2021/03/21 16:58:35
- はじめまして!
- フォローいただきありがとうございます!たくさんの興味深い旅行記、これからゆっくりお邪魔させていただきたいと思います。
私の地元、奈良を効率よく回られていて、さすがだなぁと思いました。大和郡山、近いですがしばらく行けていません。また行きたくなりました。これからもよろしくお願いいたします。
- たびたびさん からの返信 2021/03/21 22:04:59
- RE: はじめまして!
- 10年前の旅行記にいいねをいただき、ありがとうございます。
私も改めて読み返してみましたが、今のスタイルに比べると、かなり強行スケジュールですが、ちゃんとメジャーなスポットをそれなりに厳選して回っていて、この頃の方がまともだったなあと思った次第。もちろん、知識や経験はまだまだ恥ずかしいレベルでしたが、それでも諦めずにチャレンジし続けて今があるといった感じでしょうか。
ちょうど今日は、奈良仏教の本を読んでいました。因果応報、原因と結果を説く華厳経、必ずしもそのような確定的なものではないと空性を説く三論宗、空性を前提に諸存在は主観的な存在であると説く唯識の法相宗など。なかなかストンとは落ちませんが、奈良はやっぱり楽しいなあと思っていたところです。
今の状況が落ち着けば、また奈良は行ってみないといけないですね。
たびたび
-
- MechaGodzillaⅢ&703さん 2012/07/14 10:58:18
- 郡山金魚資料館
- たびたびさん こんにちはー。
郡山金魚資料館わたくしも訪ねたことがあります。車では行きにくいところでした。農道?手前の待避スペースへ停めた記憶があります。懐かしかったです。ありがとうございました。
Mecha Godzilla?.T&N
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