静御前とはここで最後の別れ
- 5.0
- 旅行時期:2011/09(約14年前)
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by たびたびさん(男性)
吉野 クチコミ:64件
もとは吉水院(きっすいいん)という金峯山寺の僧坊だったようですが、明治維新の神仏分離により、神社となりました。後醍醐天皇を主祭神とし、南朝方の忠臣であった楠木正成も祀っているのですが、一番の目玉は、後醍醐天皇の玉間と源義経が潜居したと伝えられる間。写真は、源義経潜居の間の方ですが、静御前や弁慶など頼朝の追っ手を逃れてここで潜伏しました。静御前とはここで最後の別れ。義経一行は吉野落を余儀なくされ、奥州へ落延びていったのですが、静御前は当時女人禁制であった吉野大峰山に入ることを許されず、泣く泣く山を降りることに。その後、蔵王堂で捕らわれ、頼朝の待つ鎌倉に移されることになるのでうが・・。
それにしても、その際に匿われた部屋がそのまま残っているとは。けっこう磨きこまれた木の床もしっかりしていて、そんなに長い年月がたったような感じはしませんでしたが。なお、奥には義経の鎧もありました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2012/04/10
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