吐魯番旅行記(ブログ) 一覧に戻る
ベゼクリフ千仏洞と火焔山の紹介です。ベゼクリフ千仏洞の内部の撮影は禁止されていました。イギリス隊や日本の探検隊により剥ぎ取られた壁画が痛々しく残っていました。

2009夏、中国旅行記16(30/39:シルクロード):6月25日(4):トルファン、ベゼクリフ千仏洞、火焔山

7いいね!

2009/06/21 - 2009/06/27

97位(同エリア164件中)

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

ベゼクリフ千仏洞と火焔山の紹介です。ベゼクリフ千仏洞の内部の撮影は禁止されていました。イギリス隊や日本の探検隊により剥ぎ取られた壁画が痛々しく残っていました。

交通手段
観光バス
  • ベゼクリク千仏洞は、5世紀から14世紀にまで遡る仏教石窟です。かつてのシルクロードの要所、楼蘭とトゥルファンの中間ほどに位置します。火焔山の下にある峡谷の絶壁に造られました。

    ベゼクリク千仏洞は、5世紀から14世紀にまで遡る仏教石窟です。かつてのシルクロードの要所、楼蘭とトゥルファンの中間ほどに位置します。火焔山の下にある峡谷の絶壁に造られました。

  • ベゼクリク千仏洞付近の光景です。峡谷には水と緑の光景がありますが、周りの火焔山をはじめ、灼熱の世界にあります。

    ベゼクリク千仏洞付近の光景です。峡谷には水と緑の光景がありますが、周りの火焔山をはじめ、灼熱の世界にあります。

  • ベゼクリク千仏洞から見下ろした峡谷の光景です。背の高い針葉樹が並んでいました。峡谷を流れる水の恵みです。

    ベゼクリク千仏洞から見下ろした峡谷の光景です。背の高い針葉樹が並んでいました。峡谷を流れる水の恵みです。

  • 峡谷の上流方向の景観です。不毛の土地に、峡谷だけがオアシス世界を作っているようです。峡谷には、ベゼクリク千仏洞より古いトユク千仏洞等も残されています。

    峡谷の上流方向の景観です。不毛の土地に、峡谷だけがオアシス世界を作っているようです。峡谷には、ベゼクリク千仏洞より古いトユク千仏洞等も残されています。

  • ベゼクリク千仏洞の壁画の撮影は禁止されていますから、暫くはその周の光景の紹介です。

    ベゼクリク千仏洞の壁画の撮影は禁止されていますから、暫くはその周の光景の紹介です。

  • 谷の方から少し崖の方に目を向けますと、ベゼクリク千仏洞の入口が並んでいるのが見えます。険しい断崖ですが、火焔山付近の暑さを避け、渓谷の洪水からも身を避けられる場所かもしれません。

    谷の方から少し崖の方に目を向けますと、ベゼクリク千仏洞の入口が並んでいるのが見えます。険しい断崖ですが、火焔山付近の暑さを避け、渓谷の洪水からも身を避けられる場所かもしれません。

  • 渓谷の針葉樹のアップ光景です。ポプラ当たりでしょうか。建物や石碑の様なものも見えました。

    渓谷の針葉樹のアップ光景です。ポプラ当たりでしょうか。建物や石碑の様なものも見えました。

  • ダイナミックな火焔山の脇の峡谷の光景です。長年月をかけて、谷を流れる水流が造り出した光景のようです。

    ダイナミックな火焔山の脇の峡谷の光景です。長年月をかけて、谷を流れる水流が造り出した光景のようです。

  • 長方形やアーチ型の出入口が見える千仏洞の光景です。そのいくつかを見学することができました。主な題材は仏陀を描いたものです。中でも代表作は、釈迦牟尼の前世の『誓願』を描いたとされる20号窟の壁画です。

    長方形やアーチ型の出入口が見える千仏洞の光景です。そのいくつかを見学することができました。主な題材は仏陀を描いたものです。中でも代表作は、釈迦牟尼の前世の『誓願』を描いたとされる20号窟の壁画です。

  • 岩を穿ち、その表面には化粧壁が施されたベゼクリク千仏洞の入口付近の光景です。全部で77窟が確認されています。

    岩を穿ち、その表面には化粧壁が施されたベゼクリク千仏洞の入口付近の光景です。全部で77窟が確認されています。

  • 壁画の見学の中では、その昔イギリスや日本の探検隊が削り取ったとされる痕もありました。ドイツに運ばれた壁画は第2次大戦で焼失しましたが、他の壁画は、ロシアのエルミタージュ美術館、日本の東京国立博物館、イギリスの大英博物館、朝鮮やインドの国立博物館などに展示されています。

    壁画の見学の中では、その昔イギリスや日本の探検隊が削り取ったとされる痕もありました。ドイツに運ばれた壁画は第2次大戦で焼失しましたが、他の壁画は、ロシアのエルミタージュ美術館、日本の東京国立博物館、イギリスの大英博物館、朝鮮やインドの国立博物館などに展示されています。

  • 火焔山を見上げることが出来るビューポイントでの撮影です。壁画の損傷の中でも、特に目につくのが目と口の部分が削り取られたものです。これは偶像崇拝を禁じるムスリムとの関係が指摘されています。

    火焔山を見上げることが出来るビューポイントでの撮影です。壁画の損傷の中でも、特に目につくのが目と口の部分が削り取られたものです。これは偶像崇拝を禁じるムスリムとの関係が指摘されています。

  • 内部の撮影は出来ませんので、入口付近のアップ光景です。24窟と25窟の標識がありました。

    内部の撮影は出来ませんので、入口付近のアップ光景です。24窟と25窟の標識がありました。

  • 火焔山の看板の近くにいたラクダさんです。記念撮影待ちの顔のようでした。

    火焔山の看板の近くにいたラクダさんです。記念撮影待ちの顔のようでした。

  • ベゼクリク千仏洞の見学を終えて、次は火焔山の見学です。広場にあったトーテンポールの様な石柱です。全面にレリーフ像が刻んでありました。飛天図等です。

    ベゼクリク千仏洞の見学を終えて、次は火焔山の見学です。広場にあったトーテンポールの様な石柱です。全面にレリーフ像が刻んでありました。飛天図等です。

  • 火焔山景区の博物館と展望台の入口光景です。観光用の立派な施設が造られていました。

    火焔山景区の博物館と展望台の入口光景です。観光用の立派な施設が造られていました。

  • 西遊記を題材にしたレリーフのようでした。人間に転生するはずが、うっかり雌豚の胎内に入ってしまったため、容姿が豚になってしまった猪八戒(ちょ はっかい)のようです。

    西遊記を題材にしたレリーフのようでした。人間に転生するはずが、うっかり雌豚の胎内に入ってしまったため、容姿が豚になってしまった猪八戒(ちょ はっかい)のようです。

  • ベゼクリク第9号窟等の壁画によく似た構図のレリーフ像です。中央が仏陀のようです。

    ベゼクリク第9号窟等の壁画によく似た構図のレリーフ像です。中央が仏陀のようです。

  • ベゼクリク第9号窟や第4号窟等の壁画によく似た構図のレリーフ像です。

    ベゼクリク第9号窟や第4号窟等の壁画によく似た構図のレリーフ像です。

  • ベゼクリク第4号窟等の壁画によく似た構図のレリーフ像です。

    ベゼクリク第4号窟等の壁画によく似た構図のレリーフ像です。

  • 壁に陽刻された文様です。何段かの塔のような構図ですが、あまりはっきりしません。

    壁に陽刻された文様です。何段かの塔のような構図ですが、あまりはっきりしません。

  • 葡萄峡谷の葡萄のタイトルがあった説明看板です・トルファンの葡萄についての歴史と現状等の紹介でした。

    葡萄峡谷の葡萄のタイトルがあった説明看板です・トルファンの葡萄についての歴史と現状等の紹介でした。

  • おおらかな姿の仏陀像のようです。先ほどのレリーフ像と同様、ベゼクリク千仏洞の壁画が手本にされているようです。

    おおらかな姿の仏陀像のようです。先ほどのレリーフ像と同様、ベゼクリク千仏洞の壁画が手本にされているようです。

  • 続いての絵も、ベゼクリク千仏洞の壁画が手本にされているようです。王妃か王女のように見えます。

    続いての絵も、ベゼクリク千仏洞の壁画が手本にされているようです。王妃か王女のように見えます。

  • 原画が剥落した部分も忠実に再現されたような絵です。やはり、ベゼクリク千仏洞の壁画が手本のようです。

    原画が剥落した部分も忠実に再現されたような絵です。やはり、ベゼクリク千仏洞の壁画が手本のようです。

  • ベゼクリク千仏洞の仏陀像の中には、インド人、ペルシャ人、ヨーロッパ人などの様々な人物が仏陀を取り囲んだ構図の壁画もあります。

    ベゼクリク千仏洞の仏陀像の中には、インド人、ペルシャ人、ヨーロッパ人などの様々な人物が仏陀を取り囲んだ構図の壁画もあります。

  • ピントが合いませんでしたが、レプリカではなく、オリジナルの像のようでした。ガンダーラ芸術の影響が感じられました。ガンダーラは、紀元前6〜11世紀に現在のアフガニスタン東部からパキスタン北西部存在した王国です。1世紀〜5世紀に仏教を信奉したクシャーナ朝のもとで最盛期を迎えたとされます。昔習った世界史では、クシャーン朝と覚えていました。紀元前2世紀頃、匈奴に追われた遊牧民族が中央アジアのバクトリアに定住し、大月氏と呼ばればれ、クシャーナ朝の起源となったとする説もあるようです。ガンダーラ芸術は、ギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様々な美術様式を取り入れた仏教美術として知られます。

    ピントが合いませんでしたが、レプリカではなく、オリジナルの像のようでした。ガンダーラ芸術の影響が感じられました。ガンダーラは、紀元前6〜11世紀に現在のアフガニスタン東部からパキスタン北西部存在した王国です。1世紀〜5世紀に仏教を信奉したクシャーナ朝のもとで最盛期を迎えたとされます。昔習った世界史では、クシャーン朝と覚えていました。紀元前2世紀頃、匈奴に追われた遊牧民族が中央アジアのバクトリアに定住し、大月氏と呼ばればれ、クシャーナ朝の起源となったとする説もあるようです。ガンダーラ芸術は、ギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様々な美術様式を取り入れた仏教美術として知られます。

  • 火焔山景区の博物館を見学した後、次は展望台への移動です。火焔地獄が待っていました。

    火焔山景区の博物館を見学した後、次は展望台への移動です。火焔地獄が待っていました。

  • 火焔山が見渡せる展望台に上る階段の光景です。木陰などがありませんから、長居は出来ませんでした。

    火焔山が見渡せる展望台に上る階段の光景です。木陰などがありませんから、長居は出来ませんでした。

  • 同じ展望台への階段光景です。通路に沿った壁に西遊記を主題にしたレリーフ像がありました。この後纏めて紹介します。

    同じ展望台への階段光景です。通路に沿った壁に西遊記を主題にしたレリーフ像がありました。この後纏めて紹介します。

この旅行記のタグ

7いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

中国で使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
中国最安 273円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

中国の料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP