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早朝にトルファンに到着しました。朝食はホテルのレストランでのバイキングでした。トルファンでの最初の見学地は高昌故城です。かつて、三蔵法師が逗留したことがある高昌国の宮城址です。

2009夏、中国旅行記16(27/39:シルクロード):6月25日(1):トルファン、高昌故城、ロバの馬車で宮城地域へ

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2009/06/21 - 2009/06/27

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

早朝にトルファンに到着しました。朝食はホテルのレストランでのバイキングでした。トルファンでの最初の見学地は高昌故城です。かつて、三蔵法師が逗留したことがある高昌国の宮城址です。

交通手段
鉄道 観光バス
  • 夜行寝台列車で敦煌を出発し、早朝にトルファン(吐魯番)駅に到着しました。駅のプラットホームからの眺めです。

    夜行寝台列車で敦煌を出発し、早朝にトルファン(吐魯番)駅に到着しました。駅のプラットホームからの眺めです。

  • トルファン駅のプラットホームの光景です。この駅は、新疆ウイグル自治区トルファン市大河沿鎮に位置します。

    トルファン駅のプラットホームの光景です。この駅は、新疆ウイグル自治区トルファン市大河沿鎮に位置します。

  • 次の写真と少し前後します。駅を出て振り返った出入口方面の光景です。地下道を潜って外に出ました。

    次の写真と少し前後します。駅を出て振り返った出入口方面の光景です。地下道を潜って外に出ました。

  • プラットホームの端の方の光景です。通路の両脇に『出站請下地道』の文字がありました。地下道を潜って駅を出るようにとの案内でした。前方に『出站地道』の電光表示もありました。『站』は、駅の意味です。

    プラットホームの端の方の光景です。通路の両脇に『出站請下地道』の文字がありました。地下道を潜って駅を出るようにとの案内でした。前方に『出站地道』の電光表示もありました。『站』は、駅の意味です。

  • トルファン駅の駅舎光景です。駅は、トルファン市街とは、数十キロ離れていると、ウィキペディアに紹介されていました。約50年前の1960年の開業です。

    トルファン駅の駅舎光景です。駅は、トルファン市街とは、数十キロ離れていると、ウィキペディアに紹介されていました。約50年前の1960年の開業です。

  • 現地時刻は、早朝の6時45分当たりを指していました。時計塔には、『候車庁』らしい文字と大きなレリーフがありました。レリーフの題材は、たわわに実った葡萄と女性の像でした。

    現地時刻は、早朝の6時45分当たりを指していました。時計塔には、『候車庁』らしい文字と大きなレリーフがありました。レリーフの題材は、たわわに実った葡萄と女性の像でした。

  • 駅前付近の光景です。早朝ですから、通行人の姿などは疎らでした。駅から緩い登り坂になっていました。正面には『鉄路大厦』の大きな看板が付いた中層ビルがありました。前を歩くのは、同じ列車で到着した人達のようです。

    駅前付近の光景です。早朝ですから、通行人の姿などは疎らでした。駅から緩い登り坂になっていました。正面には『鉄路大厦』の大きな看板が付いた中層ビルがありました。前を歩くのは、同じ列車で到着した人達のようです。

  • トルファン駅に近いレストラン、宴賓楼です。ホテルの中のレストランのようでした。ここに立ち寄り、朝食を戴きました。

    トルファン駅に近いレストラン、宴賓楼です。ホテルの中のレストランのようでした。ここに立ち寄り、朝食を戴きました。

  • ホテルのレストランに立ち寄って戴いたこの日の朝食です。旅行計画書には、『包子とお粥』と紹介されていました。包子(パオズ)は、小麦粉の生地に具を入れて蒸した、点心料理の一種です。写真には包子は写っていません。

    ホテルのレストランに立ち寄って戴いたこの日の朝食です。旅行計画書には、『包子とお粥』と紹介されていました。包子(パオズ)は、小麦粉の生地に具を入れて蒸した、点心料理の一種です。写真には包子は写っていません。

  • 朝食に立ち寄ったホテルの玄関脇で咲いていたネムノキ(合歓の木)の花です。和名のネム、あるいはネブは、夜になると葉が閉じる就眠運動に由来します。

    朝食に立ち寄ったホテルの玄関脇で咲いていたネムノキ(合歓の木)の花です。和名のネム、あるいはネブは、夜になると葉が閉じる就眠運動に由来します。

  • 合歓の花のアップ光景です。漢字名の『合歓木』は、中国においてネムノキが夫婦円満の象徴とされていることからの呼び名とされます。

    合歓の花のアップ光景です。漢字名の『合歓木』は、中国においてネムノキが夫婦円満の象徴とされていることからの呼び名とされます。

  • ヒャクニチソウ(百日草)の花です。メキシコ原産のキク科ジニア属の植物です。暑い盛りに百日は持ちそうな、丈夫な花を咲かせることからの命名とされます。花の色には赤・紅・桃・黄・白など、多様な品種があります。

    ヒャクニチソウ(百日草)の花です。メキシコ原産のキク科ジニア属の植物です。暑い盛りに百日は持ちそうな、丈夫な花を咲かせることからの命名とされます。花の色には赤・紅・桃・黄・白など、多様な品種があります。

  • 黄色の花を咲かせたマリーゴールドです。マリーゴールドの呼び名は、キク科コウオウソウ属の内の草花の総称とされます。名前の由来は、『聖母マリアの黄金の花』です。

    黄色の花を咲かせたマリーゴールドです。マリーゴールドの呼び名は、キク科コウオウソウ属の内の草花の総称とされます。名前の由来は、『聖母マリアの黄金の花』です。

  • こちらはオレンジ色の花ですが、同じマリーゴールドです。花は綺麗ですが、葉には悪臭があります。

    こちらはオレンジ色の花ですが、同じマリーゴールドです。花は綺麗ですが、葉には悪臭があります。

  • 下向きに赤い花を咲かせたザクロ(石榴)の木です。ザクロ科ザクロ属の落葉小高木です。砂漠地帯では貴重な果実の1種です。

    下向きに赤い花を咲かせたザクロ(石榴)の木です。ザクロ科ザクロ属の落葉小高木です。砂漠地帯では貴重な果実の1種です。

  • ニチニチソウ(日々草)のピンク色の花です。キョウチクトウ科ニチニチソウ属の一年草です。ヒャクニチソウ(百日草)がキク科、センニチコウ(千日香)とも呼ばれるセンニチソウ(千日草)は、ヒユ科の植物です。

    ニチニチソウ(日々草)のピンク色の花です。キョウチクトウ科ニチニチソウ属の一年草です。ヒャクニチソウ(百日草)がキク科、センニチコウ(千日香)とも呼ばれるセンニチソウ(千日草)は、ヒユ科の植物です。

  • 朝食を終え、この日の最初の見学地、高昌故城に向かう途中、バスの中からの光景です。荒涼とした砂漠の中に建つ住居の光景です。

    朝食を終え、この日の最初の見学地、高昌故城に向かう途中、バスの中からの光景です。荒涼とした砂漠の中に建つ住居の光景です。

  • この辺りの住居は、三峡ダムの建設により移住を余儀なくされた人達のために用意されたようです。現在はゴーストタウン化したとお聞きした記憶があります。ウィキペディアには、『当初計画では84万人が移住対象だったが、2007年12月時点で140万人が強制移住を余儀なくされた』とあり、『2020年までに更に230万人が退去予定』とも紹介されていました。

    この辺りの住居は、三峡ダムの建設により移住を余儀なくされた人達のために用意されたようです。現在はゴーストタウン化したとお聞きした記憶があります。ウィキペディアには、『当初計画では84万人が移住対象だったが、2007年12月時点で140万人が強制移住を余儀なくされた』とあり、『2020年までに更に230万人が退去予定』とも紹介されていました。

  • 高昌故城の遺跡の一部が見えて来たようです。高昌国は、北朝時代の460年に成立し、唐時代の640年に滅びました。玄奘三蔵法師は629年年に密かに西安を立って、この地を経由してインドへと向かいました。後ほど紹介しますが、玄奘三蔵が逗留したとされる建物も残されていました。

    高昌故城の遺跡の一部が見えて来たようです。高昌国は、北朝時代の460年に成立し、唐時代の640年に滅びました。玄奘三蔵法師は629年年に密かに西安を立って、この地を経由してインドへと向かいました。後ほど紹介しますが、玄奘三蔵が逗留したとされる建物も残されていました。

  • 玄奘三蔵法師が立寄った時の高尚国の王は、熱心な仏教支援者であったため、手厚くもてなされました。玄奘も帰路に立ち寄ることを約束して天山北路を経てインドへと向かったとされます。しかし帰りに立寄った時には、既に高昌国は唐によって滅ぼされた後でした。

    玄奘三蔵法師が立寄った時の高尚国の王は、熱心な仏教支援者であったため、手厚くもてなされました。玄奘も帰路に立ち寄ることを約束して天山北路を経てインドへと向かったとされます。しかし帰りに立寄った時には、既に高昌国は唐によって滅ぼされた後でした。

  • 高昌故城見学の入口付近にやってきました。出入口付近から眺めた高昌故城の遺跡の光景です。これらは遺跡のほんの一部でした。

    高昌故城見学の入口付近にやってきました。出入口付近から眺めた高昌故城の遺跡の光景です。これらは遺跡のほんの一部でした。

  • お土産店の店先光景です。飲み物や電池等の日用品も売っていましたが、色彩豊かな帽子が目を引きました。

    お土産店の店先光景です。飲み物や電池等の日用品も売っていましたが、色彩豊かな帽子が目を引きました。

  • 色とりどりのトルファンの帽子のアップ光景です。ウイグル人は四季によって様々な帽子を使い分けるとされます。地域、形、材料や文様によって呼び方が変わり、その数は250種とのネット情報もありました。

    色とりどりのトルファンの帽子のアップ光景です。ウイグル人は四季によって様々な帽子を使い分けるとされます。地域、形、材料や文様によって呼び方が変わり、その数は250種とのネット情報もありました。

  • 同じく、高昌故城の入口付近に並ぶお土産店の光景です。驚いたことには、子供さん達が立派な発音で日本語の挨拶をされていたことです。

    同じく、高昌故城の入口付近に並ぶお土産店の光景です。驚いたことには、子供さん達が立派な発音で日本語の挨拶をされていたことです。

  • シルエットになった地元のお子さんの光景です。親を手伝って土産物を売るための日本語の勉強でしょうが、綺麗な発音には驚かされました。

    シルエットになった地元のお子さんの光景です。親を手伝って土産物を売るための日本語の勉強でしょうが、綺麗な発音には驚かされました。

  • バスを降りて、ここからはロバに乗って高昌故城の中心地の宮城区域に向かいます。故城全体の大きさは、南北1.6キロ、東西1.7キロあります。城内は、外城・内城・宮城の三つに分かれ、最盛期には人口3万人、僧侶3千人がいたとされます。

    バスを降りて、ここからはロバに乗って高昌故城の中心地の宮城区域に向かいます。故城全体の大きさは、南北1.6キロ、東西1.7キロあります。城内は、外城・内城・宮城の三つに分かれ、最盛期には人口3万人、僧侶3千人がいたとされます。

  • 10人くらいの単位で馬車に分乗し、宮城地域へと向かいました。歩けば30分はかかるようですが、ロバが引く馬車に乗って10分ほどの距離でした。

    10人くらいの単位で馬車に分乗し、宮城地域へと向かいました。歩けば30分はかかるようですが、ロバが引く馬車に乗って10分ほどの距離でした。

  • 馬車を引いていたのは、馬ではなく、一回り小さなロバでした。小型ですが、力は強く、記憶力も優れた家畜とされます。

    馬車を引いていたのは、馬ではなく、一回り小さなロバでした。小型ですが、力は強く、記憶力も優れた家畜とされます。

  • ウイグル帽を被った御者の方です。混み合う時期には馬車の取り合いとなるようですが、待ち時間もなく乗車することができました。

    ウイグル帽を被った御者の方です。混み合う時期には馬車の取り合いとなるようですが、待ち時間もなく乗車することができました。

  • 馬車の上からの撮影です。荷台に腰掛け、足を外向けに垂らしたスタイルでの乗車でした。

    馬車の上からの撮影です。荷台に腰掛け、足を外向けに垂らしたスタイルでの乗車でした。

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