2008/12/18 - 2008/12/22
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旅人のくまさんさん
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赤嵌楼見学の続きです。赤嵌楼のかつての主、鄭成功の生まれ故郷の長崎県の平戸市では、今でも盛大に聖誕祭が開催されているようです。台南からは鄭氏宗親会や、平戸と姉妹都市の中国福建省南安市等からも参加されているようです。日本・中国と台湾を結ぶ大切な絆です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- その他
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1942年4月から台南市の日本統治時代、最後の市長を務めた羽鳥又男氏の胸像です。激化する戦争の中、財政難の中で軍の反対を押し切り、赤嵌楼や孔子廟を始め、台南の史跡の修復と保存に尽力したことで、今も市民に敬愛されている方です。
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普城稜堡残跡のタイトルの説明看板です。オランダが統治していた時代、約300年前の煉瓦造りの建築遺跡です。
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強固なレンガ造りの遺構です。オランダが支配していた時代、要塞としての機能を持った造りのようです。
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レンガの接着の素材は石灰、砂糖、餅米で出来ていて、非常にしっかりしているようです。この工法は、この地方の伝統的な方法のようです。
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煉瓦の間の接着剤の強度が窺い知れる断面です。写真撮影に夢中で、現地ガイドさんが説明されていた断片だけか耳に入りませんでした。
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青竹を模した桟木を使った通風窓です。斜め方向からも面白い眺めでした。ハープを思わせる曲線です。
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お遊びの一枚です。軒下の瓦のシルエットと、三角形の樹木が目前に見えました。
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一見、枯れてしまったような色をした竹です。説明書があり、それには金絲竹の品種名や学術名が記されていました。
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金絲竹の周りは、中国風庭園として造作されていました。中国庭園等で大切にされている奇石でしょうか。
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赤嵌楼は複合遺跡化していました。後方の壁の上に、先程見学したオランダ時代のレンガ遺跡がありました。
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壁に立てかけられた石碑の数々です。オランダ統治時代からのものが並んでいるようです。かなり風化していました。
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大きく反り返った屋根の飾りです。この造形は船を連想させます。それを意識したデザインと見受けました。
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立派な彫刻を施した大きな石碑です。文の末尾の年号は乾隆53年と記されています。乾隆帝は清の第6代皇帝です。1788年のことになります。
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その屋根飾りは文昌閣の上にありました。日本統治時代最後の台南市長の羽鳥又男氏の胸像は、この建物の中にありました。赤嵌楼等の史跡の修復・保存に尽力された方です。
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一番手前の丸い礎石は、かつて、オランダ時代の建物を支えていたものでしょうか。横に穴が開いた四角い方は柵用に使われた物に見えます。いずれも私の推測です。
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説明書きに『福木』と記されていました。『ふくぎ』と読むようです。オトギリソウ科の植物です。沖縄でも育ち、真っ直ぐに生える幹が丈夫で、防風林や屋敷林として用いられるようです。
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斜めから眺めた海神廟です。1886年に建築された文昌閣の隣に建ちます。海神廟の建物は、1875年の建築とされます。
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泉水の掃除が済んで、水量が増してきたようです。その傍らで緋鯉を眺める親子とご年配の方が居ました。ご家族のように見えます。
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緋鯉だけのアップです。錦鯉かも知れません。昨年のTV特別番組で、ハワイでの錦鯉飼育とアメリカ本土での鑑賞ブームを報道していました。台湾も錦鯉の成育には適しているかも知れません。
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入場する時も撮影したガジュマルの樹です。傘を差した休憩所は、幾つもありました。喫茶店かも知れません。
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鄭成功の前で降伏をするオランダ人の像です。バックに赤嵌楼が見えます。オランダ統治時代は、この地の以前の建物が、プロビデンシア城と呼ばれていました。
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その像のアップです。鄭成功の横には武器を持った従臣がいます。服従を示すのでしょうか、オランダ人は手を後ろで組んでいます。
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ベンガラ色の塀には、煉瓦で作った風通しの窓がありました。歴史と風情を感じる一帯の光景です。
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赤嵌楼の名に相応しいベンガラ色の高い塀です。扉には、上下に留め具が付いた、面白い形の閂(かんぬき)がありました。
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ベンガラ色の塗料が剥げかけている一角もありました。同じ塀でも年代が異なっているようです。こちらは全面に通風窓がありました。
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赤嵌楼の縁起を記した看板です。右手が漢文、左が英文です。起源が1653年と記されているようです。鄭成功の名前も見えます。
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中国庭園に不可欠の奇石です。中国本土で産出する大湖石が有名ですが、それが運ばれたものかも知れません。周りには草花が咲いていました。
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説明を聞きながらの見学を終えて、少しだけ自由時間になりました。その時の撮影です。高く聳える椰子の樹です。好天でした。
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傘が並んでいた場所とは別の場所です。こちらにも大きなガジュマルがありました。名札には、漢字で榕樹と記されていました。
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最後に赤嵌楼の全景写真を撮って見学はお終いです。近松門左衛門の国姓爺物語に描かれた鄭成功を、再認識する機会となりました。
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