2008/10/14 - 2008/10/21
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旅人のくまさんさん
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午前中は、トプカプ宮殿の中からボスポラス海峡を眺めましたが、午後はクルージングで欧州側とアジア側の見学です。潮風を受けながらの見学は、丘の上からの眺めとは、一味違った感興がありました。(ウィキペディア、旅行ガイド・トルコ)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 船
- 旅行の手配内容
- その他
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ボスポラス海峡のクルージングの紹介です。観光船の発着地点は、旧市街にあるEMİNÖNÜ(エミノニュ)と紹介されていました。イスタンブール名物サバサンド屋台船が並ぶ隣です。観光用のフェリーによるクルージングです。往路はヨーロッパ側に沿ってボスポラス海峡を北上し、復路は左手にアジアサイドを見ながら南下することになります。(同上)
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ボスポラス海峡の中に設けられた、噴水の光景です。噴水の飛沫により、虹が生じていました。かつての韓国旅行では、漢江(はんがん)で似たような光景を目にしましたが、漢江は海水ではなく、淡水でした。一人旅行の漢江でも、現地でクルージングを申し込んで見学しました。(同上)
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ボスポラス海峡の噴水に生じた虹のズームアップ光景です。漢江の噴水は、虹を見せるのが一番の目的でしたが、この噴水も虹を見せる目的のようにも見えました。カナダのナイアガラの滝でも、大型の虹を目にしましたが、人工の虹ではなく、自然に発生した虹でした。(同上)
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『クラゲ』のようですが、少し変わった姿をしていました。『クラゲ(水母、海月、水月、蚱)』は、刺胞動物門に属する動物のうち、淡水または海水中に生息し浮遊生活をする種の総称です。体がゼラチン質で、触手により捕食生活をしています。『くらげ』の語源は、目がないように見えることから『暗気』に由来するとの説、あるいは丸い入れ物『輪笥(くるげ)』に由来するとの説など、諸説あります。(同上)
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イチオシ
一高い塔は、新市街のカラキョイ地区にある石造りの塔の『ガラタ塔』です。新市街のシンボルタワーです。9階立てで、高さは66.9メートル、イスタンブールの街を一望でき、人気の観光名所となっています。完成したのは、1348年とされますから、今から660年ほど前のことになります。(同上)
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ガラタ塔を背景に、ボスポラス海峡を航行する観光船の光景です。向かう先は黒海がある方向になります。ガラタ塔は、14世紀頃にジェノバ商人によって物見塔として建造され、その後改修を繰り返しながら時代ごとにさまざまな役割を果たしてきました。オスマン帝国時代は牢獄や火の見櫓として使われていましたが、2020年からは最上階とその下の階は博物館として一般公開されています。(同上)
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写真撮影の順番を入れ替えて、ガラタ塔が見える光景が続きます。ガラタ塔は小高い丘の上に建っていて、約51mの高さにある展望デッキからはイスタンブールの美しい街並みや雄大なボスポラス海峡を360度見渡せる絶景スポットとしても人気のようです。遠くからでも目立つ三角帽子の特徴的な外観で、各種メディアでイスタンブールが紹介される際には被写体としてよく使われるようです。(同上)
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話題を変えて、ボスポラス海峡の海流についての紹介です。『黒海とエーゲ海を結ぶ通路はボスポラス海峡で長さは南北約30キロメートル、幅は最も狭い箇所で698メートル、最も広い地点で3700メートル。水深は36メートルから124メートルです』また、『ここでは潮汐はなく、ボスポラス海峡は常に北から南への海流の流れがあるようです』との解説がありました。(同上、ヤフー知恵袋)
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ボスポラス海峡の海流についての紹介の続きです。『つまり、黒海の周辺各国から流れ込む河川の水は全てボスポラス海峡を通って地中海まで流れ出るのです。特に、春先の雪解けの季節には海峡の潮の流れが速まるらしく、潮の速さは平均で時速10km程度になるようです』、とも解説されていました。納得できる説明でした。(同上、ヤフー知恵袋)
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旧市街方面の光景です。中央奥のやや右手に見える塔は、『正義の塔』とも呼ばれている『ティワンの塔』です。すでに紹介した、トプカプ宮殿の中で一際高い物見の塔(監視塔)です。海添いの手前に見えているのは、旧市街の北面の港湾施設になるようです。『エミノニュ地区』に位置します。(同上)
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同じく、旧市街方面の光景になります。中央付近に見える高い塔は、『正義の塔』とも呼ばれている『ティワンの塔』です。トプカプ宮殿の北側の守りの一部は、自然の崖が担っているように見えました。その崖の下は、現在はフェリーの桟橋になっているようでした。(同上)
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中央奥の左寄りに見えているのは、この後紹介する『スレイマニエ・ジャミイ(モスク)』です。オスマン帝国時代の宮廷建築家頭で、トルコ史上最高の建築家と呼ばれる『ミマール・スィナン(Mimar Sinan:1489~1588年)』が設計、1550年に着工し、7年の歳月をかけて完成したモスクです。盛期オスマン帝国の建築家、土木技術者で、アナトリア半島のカイセリ近郊で生まれました。(同上)
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細くて長い尖塔が2本見えるモスクの光景です。オスマン建築(トルコ建築)の最高作の一つと称される『スレイマニエ・ジャミイ(モスク)』です。オスマン帝国の第10代君主『スレイマン1世(在位:1520~1566年)』の命により、当時の宮廷建築家頭で、トルコ史上最高の建築家と呼ばれる『ミマール・スィナン』が設計、1550年に着工し1557年に完成しました。(同上)
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イチオシ
『スレイマニエ・ジャミイ(モスク)』のズームアップ光景です。『主礼拝堂(トルコ語 : ジャミイ: cami)』の建物は、前後59m、左右58mで、直径27.5m、頂点の高さは地上53mに達します。大ドームを中心としたドーム群と4本の長いミナレットを持ちます。大モスクの立ち並ぶイスタンブール旧市街の中でも、ひときわ大きく、丘の頂上よりやや北側の斜面に位置するため、旧市街北の金角湾方面から見て、特に印象に残るモスクの一つとされます。旧市街の丘の上にあります。(同上)
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ボスポラス海峡で停泊中の船の紹介と、トルコの国際関係の極簡単な紹介です。
『トルコの国際関係(その1):総論(東西関係の中での立ち位置):
〇トルコはイスラム教国(ただし政教分離主義)ですが、西側諸国としての立場。
〇孤高の権威主義国家との評価。NATOに加盟。
〇中央条約機構(CENTO)に加盟、西側の対ソ連の最前線の役割。(同上) -
『トルコの国際関係(その2):アメリカとの関係:
〇2003年のイラク戦争や、様々な問題でしばしば反米の動きが起こるも修復。
〇第二次世界大戦後は、マーシャルプランを受入れて親米主義。
〇アメリカがオブザーバーの中央条約機構(CENTO)に加盟。
〇アメリカ加盟(主導)のNATOに加盟。(同上) -
『トルコの国際関係(その2):ソビエト(ロシア)との関係:
〇16世紀以降、露土戦争や第一次世界大戦など歴史的に対立。
〇ロシアからパイプラインを引くなどの経済交流は活発。
〇ロシアから武器の購入や原発の設置などのやりとりも。(同上) -
『トルコの国際関係(その2):近隣国、日本との関係:
〇ブルガリア、ギリシャ、キプロスに関しては歴史的な領土争い、人民交換といったことを繰り返し、良好な関係ではない。アルメニアやシリアとも対立関係。
〇中国とは正常。日本とは緊密。(同上) -
推測ですが、浚渫工事の黒いポールや赤いクレーン、それに作業船らしい舟の光景です。これも、勝手な推測に過ぎません。海の交通要所ですから、石油や天然ガスなどの地下資源の採掘現場ではないようです。トルコの地下資源には、石炭や褐炭、クロム鉱石などの他、ボロン鉱石のコレマナイトや、建築資材となる大理石などもあります。(同上、東京コンサルティング)
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褐炭は、大規模な露天掘り可能な埋蔵量があり、国産エネルギーとしての活用が期待されていますが、その一方で、二酸化炭素の処理が課題です。ステンレス原料となるクロム鉱石やガラス原料となるコレマナイトは世界でも有数の埋蔵量を誇り、重要な輸出資源となっています。また、大理石の産地としても世界的に有名で、世界各国へ輸出されています。(同上、東京コンサルティング)
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原油、天然ガスなどの地下資源はまだ大規模には発見されていません。実はトルコは、第一次世界大戦で敗戦した1923年に、ローザンヌ条約を結んでいます。この条約により連合国は原則として賠償請求権を放棄し、その代償として『今後100年間は、トルコ国内の地下資源を採掘しない』という条約です。このローザンヌ条項による石油生産と石油輸出が2023年から可能となります。(同上、東京コンサルティング)
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アジアサイドの光景になるようです。岸辺の写真の右寄りに、標識のような白いポールが見えますが、この白いポールは、帰路に近くを通りましたので、大写しで、撮影できました。照明施設はないようでしたから、灯台施設ではないようでした。山の上には、送電鉄塔や電波塔らしい姿がありました。(同上)
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中央に見えるのが、新市街のトプハーネ地区にある『ヌスレテェイエ・モスク』です。オスマン帝国時代に建てられたモスクは、ヨーロッパ側の旧市街に数多く残っていますが、ヌスレティエ・モスクは、新市街に建てられた規模の大きなオスマン帝国時代のモスクです。ヌスレティエ・モスクは、西洋風の外観がイスラム寺院に施された、バロック様式とオスマン建築の融合が見事な建築として知られています。ネット写真で確認しましたが、内装は、西洋の宮殿を思わせる華麗さです。ヌスレティエは『勝利』を意味するトルコ語です。和訳では、『勝利のモスク』と呼ばれています。(同上)
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ボスポラス海峡沿いのトプハーネ地区にある『ヌスレテェイエ・モスク(勝利のモスク)』の紹介の続きです。そのモスクの周りの光景です。この地区は、『ビザンツ帝国時代(395~1453年)』には多くのアポロン神殿があり、『オスマン帝国時代(1299頃~1922年)』には工業地区として栄えました。(同上)
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前方にボスポラス海峡を横断する架け橋が見える光景です。推測になりますが、南側から眺めた『ボスポラス大橋(第一大橋)になるようです。その前提で推定すれば、左手が新市街、右手がアジアサイドになります。この辺りはボスポラス海峡の南の出入口にあたり、随分と広い海の光景に見えます。(同上)
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イチオシ
『ドルマパフチエ・モスク』の光景です。このモスクは、アルメニア人建築家のガラベト・バルヤンとその息子であるニゴオス・バルヤンによって設計されました。バロック建築、かつ新古典主義建築のモスクです。1853年、アブデュルメジト1世の母宮のベズミ・アーレム・ヴァーリデ・スルタンの命によって建設が開始され、1855年、ドルマバフチェ宮殿の南にモスクが完成しました。(同上)
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左手奥に見えている細長い建物は、新市街の観光スポットの『タクシム広場』の目印になる建物です。イスタンブール新市街にあり、近代的なエリアの中心地となっている場所です。イスタンブールの目抜き通りであるイスティクラル通りの起点であり、トラム(路面電車)やメトロ(地下鉄)の駅もある、公共交通機関のハブでもあります。(同上)
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街路樹らしい紅葉の木々があった、ボスポラス海峡の岸辺の光景です。新市街地区の東端になり、南北に走るボスポラス海峡から見れば、西岸になります。川ではありませんが、西岸と呼びたくなります。マルマラ海側を川下に例えますと、右岸とも呼べるかも知れません。タクシム広場は、中央にモニュメントがあり、周りにはケバブの屋台等が並んでいるようです。(同上)
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かつてに、ボスポラス海峡の右岸(西岸)と呼んでしまった、岸壁近くのズームアップ光景です。青と白の筋が入った、テントを張ったお店がありました。簡易なレストランといった光景でした。タクシム広場の海寄りの区域は、『ベイオール地区』と呼ばれ、19世紀のオスマン帝国時代は外国人居住地として栄えた場所で、その名残で、レトロな繁華街が広がっているようです。(同上)
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ヨーロッパ側の新市街光景か、アジアサイドの光景か、判断がつかなくなってしまった1枚です。アジアサイドの光景であれば、『クズ塔(乙女の島)』が見える方向のようですが、その姿は見当たらないようです。あるいは、小さくて見落としたのかも知れません。そんな事情で、家屋が密集した、ヨーロッパ側の新市街光景になるようです。小高い山の上に鉄塔が並んでいました。(同上)
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