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アヤソフィア博物館の次は、新市街にあるトルコ軍事博物館を見学しました。その博物館では、トルコ軍楽隊による演奏も聴きました。モーツアルトのトルコ行進曲付のピアノ・ソナタ第11番(イ長調K.331番)を連想させるトルコの音楽です。(ウィキペディア、旅行ガイド・トルコ)

2008秋、トルコ旅行記2(32/47):10月19日(5):イスタンブール、新市街、軍事博物館、青銅大砲、戦闘機

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2008/10/14 - 2008/10/21

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旅行記グループ 2008秋、トルコ旅行記2(下巻)

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旅人のくまさん

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アヤソフィア博物館の次は、新市街にあるトルコ軍事博物館を見学しました。その博物館では、トルコ軍楽隊による演奏も聴きました。モーツアルトのトルコ行進曲付のピアノ・ソナタ第11番(イ長調K.331番)を連想させるトルコの音楽です。(ウィキペディア、旅行ガイド・トルコ)

同行者
一人旅
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
その他
  • 金角湾に掛かるガラタ橋か、その付近の光景だったようです。アヤソフィアの見学を終えて、次の軍事博物館の見学に向かう途中の光景です。『金角湾(きんかくわん:土: Altın Boynuz、英: Golden Horn)』は、いずれも『金の角』の意味です。トルコ・イスタンブールにある湾で、トルコ語の通称は『ハリチュ(Haliç:ハリチ』で、『入り江』の意味とされます。(同上)

    金角湾に掛かるガラタ橋か、その付近の光景だったようです。アヤソフィアの見学を終えて、次の軍事博物館の見学に向かう途中の光景です。『金角湾(きんかくわん:土: Altın Boynuz、英: Golden Horn)』は、いずれも『金の角』の意味です。トルコ・イスタンブールにある湾で、トルコ語の通称は『ハリチュ(Haliç:ハリチ』で、『入り江』の意味とされます。(同上)

  • 『金角湾(きんかくわん)』の周りの市街光景です。ギリシャ神話で『牝牛の渡渉』を意味する、ボスポラス海峡からヨーロッパ大陸に牛の『角』のように切り込んだ東西に細長い湾です。この海峡の西南のマルマラ海への出口に位置する天然の良港になっています。(同上)

    『金角湾(きんかくわん)』の周りの市街光景です。ギリシャ神話で『牝牛の渡渉』を意味する、ボスポラス海峡からヨーロッパ大陸に牛の『角』のように切り込んだ東西に細長い湾です。この海峡の西南のマルマラ海への出口に位置する天然の良港になっています。(同上)

  • 金角湾の南は、古代ギリシャのビュザンティオンの跡地であるイスタンブール旧市街で、北は東ローマ帝国とオスマン帝国の時代に西欧人の商人、使節の居留地だったガラタの町があります。古くから渡し舟で往来されていましたが、1836年に南岸の旧市街エミノニュ地区と北岸のガラタ地区の間に跳ね橋のガラタ橋が建設され、北岸の新市街として発展してきました。(同上)

    金角湾の南は、古代ギリシャのビュザンティオンの跡地であるイスタンブール旧市街で、北は東ローマ帝国とオスマン帝国の時代に西欧人の商人、使節の居留地だったガラタの町があります。古くから渡し舟で往来されていましたが、1836年に南岸の旧市街エミノニュ地区と北岸のガラタ地区の間に跳ね橋のガラタ橋が建設され、北岸の新市街として発展してきました。(同上)

  • 『イスタンブール軍事博物館』の紹介です。この軍事博物館は、イスタンブールのハルビエ地区のクムフリエ通りに位置します。54.000m?の面積に建てられた18.600m?の建物の複合体です。 オスマン帝国の将校を養成するために、広範囲に広がるメクテビ・ハルビエビルが設立され、1862年に建てられたのが始まりです。アブドゥルハミドによって建てられた校舎は、1936年まで学校として使用され、1964年まで軍団本部として使用されました。(同上)

    イチオシ

    『イスタンブール軍事博物館』の紹介です。この軍事博物館は、イスタンブールのハルビエ地区のクムフリエ通りに位置します。54.000m?の面積に建てられた18.600m?の建物の複合体です。 オスマン帝国の将校を養成するために、広範囲に広がるメクテビ・ハルビエビルが設立され、1862年に建てられたのが始まりです。アブドゥルハミドによって建てられた校舎は、1936年まで学校として使用され、1964年まで軍団本部として使用されました。(同上)

  • かつての校舎の建物南部は、Harbiye Army Houseが建設されるまで軍の家として機能していました。 1964年に本館を軍事博物館として使用することが決定され、1966年には建築家の教授によって復元されました。 Nezih Eldem博士によって開始され、1991年に終了しました。 創業以来、建物は機能的・空間的に変化していて、学校から美術館に変わるまで、内外装はさまざまな変化を遂げてきました。この博物館(Harbiye Military Museum)は、イスタンブールのŞişli地区にあります。 博物館はヴァリコナシュ通りにあります。(同上)<br />*写真は、重たい軍事品を腰の上にのせて運ぶ光景のようです。

    かつての校舎の建物南部は、Harbiye Army Houseが建設されるまで軍の家として機能していました。 1964年に本館を軍事博物館として使用することが決定され、1966年には建築家の教授によって復元されました。 Nezih Eldem博士によって開始され、1991年に終了しました。 創業以来、建物は機能的・空間的に変化していて、学校から美術館に変わるまで、内外装はさまざまな変化を遂げてきました。この博物館(Harbiye Military Museum)は、イスタンブールのŞişli地区にあります。 博物館はヴァリコナシュ通りにあります。(同上)
    *写真は、重たい軍事品を腰の上にのせて運ぶ光景のようです。

  • こちらは青銅製の大型の大砲と、その砲弾の展示のようです。砲弾の大きさに驚かせられます。その背後に見える建物は、推測ですがかつてのオスマン帝国の将校を養成するための校舎かも知れません。(同上)

    こちらは青銅製の大型の大砲と、その砲弾の展示のようです。砲弾の大きさに驚かせられます。その背後に見える建物は、推測ですがかつてのオスマン帝国の将校を養成するための校舎かも知れません。(同上)

  • 名前:『ユッカ』<br />分類:リュウゼツラン科イトラン属(ユッカ属)<br />分布:中米から北米にかけて広く自生。<br />その他:日本の公園などでよく見かける植物です。

    名前:『ユッカ』
    分類:リュウゼツラン科イトラン属(ユッカ属)
    分布:中米から北米にかけて広く自生。
    その他:日本の公園などでよく見かける植物です。

  • 名前:『シクラメン』<br />分類:サクラソウ科シクラメン属<br />分布:地中海沿岸などに自生。<br />その他:和名は、カガリビバナ(篝火花)や、ブタノマンジュウ(豚の饅頭)などです。ブタノマンジュウは、英名の和訳とされます。同上)

    名前:『シクラメン』
    分類:サクラソウ科シクラメン属
    分布:地中海沿岸などに自生。
    その他:和名は、カガリビバナ(篝火花)や、ブタノマンジュウ(豚の饅頭)などです。ブタノマンジュウは、英名の和訳とされます。同上)

  • 名前:『セイヨウアジサイ(西洋紫陽花)』<br />分類:アジサイ科アジサイ属<br />分布:日本の原種・ガクアジサイから改良した園芸品種です。<br />その他:日本に自生するガクアジサイに対し、ホンアジサイとも呼ばれます。鎖国時代に来日したドイツ人医師で博物学者のシーボルトに所縁の植物です。

    名前:『セイヨウアジサイ(西洋紫陽花)』
    分類:アジサイ科アジサイ属
    分布:日本の原種・ガクアジサイから改良した園芸品種です。
    その他:日本に自生するガクアジサイに対し、ホンアジサイとも呼ばれます。鎖国時代に来日したドイツ人医師で博物学者のシーボルトに所縁の植物です。

  • トルコ語表示の『軍事博物館(Askeri Muzesi)』の標識の光景です。世界最強といわれたオスマン・トルコ軍の武器や武具をはじめ、膨大な軍事コレクションを展示する博物館です。15世紀、オスマン帝国第7代スルタンの『メフメット2世(1432~1481年)』が、オスマン・トルコ軍の輝かしい歴史とイスタンブール征服の証として、貴重な兵器や武器をアヤイリニ教会に保管したのが始まりとされます。1993年に現在の建物にコレクションが移され、一般公開されました。(同上)

    イチオシ

    トルコ語表示の『軍事博物館(Askeri Muzesi)』の標識の光景です。世界最強といわれたオスマン・トルコ軍の武器や武具をはじめ、膨大な軍事コレクションを展示する博物館です。15世紀、オスマン帝国第7代スルタンの『メフメット2世(1432~1481年)』が、オスマン・トルコ軍の輝かしい歴史とイスタンブール征服の証として、貴重な兵器や武器をアヤイリニ教会に保管したのが始まりとされます。1993年に現在の建物にコレクションが移され、一般公開されました。(同上)

  • メフメット2世は、日本では戦国時代の織田信長(1532~1582年)によく例えられますが、信長が日本史に名を残したのに対し、メフメット2世は、世界史にその名を残しました。メフメト2世(在位: 1444~1446年、1451~1481年)は、コンスタンティノープル(イスタンブール)を攻略して東ローマ帝国を滅ぼし、オスマン帝国の版図を大幅に広げ、『征服者(ファーティフ:Fatih)』と呼ばれました。(同上)

    メフメット2世は、日本では戦国時代の織田信長(1532~1582年)によく例えられますが、信長が日本史に名を残したのに対し、メフメット2世は、世界史にその名を残しました。メフメト2世(在位: 1444~1446年、1451~1481年)は、コンスタンティノープル(イスタンブール)を攻略して東ローマ帝国を滅ぼし、オスマン帝国の版図を大幅に広げ、『征服者(ファーティフ:Fatih)』と呼ばれました。(同上)

  • トルコ軍事博物館は、もともとは聖アイリーン教会(アギアイリーネ)に開設された後、オスマン帝国陸軍士官学校の敷地に移転しました。軍事博物館には、1000年に亘るトルコ軍事力が展示されています。トルコの初代大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクは、軍学校時代にここで学び、彼の展示室があります。(同上)<br />*写真は、自重で撓んだ様に見える青銅砲です。クリープ変形のようです。

    トルコ軍事博物館は、もともとは聖アイリーン教会(アギアイリーネ)に開設された後、オスマン帝国陸軍士官学校の敷地に移転しました。軍事博物館には、1000年に亘るトルコ軍事力が展示されています。トルコの初代大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクは、軍学校時代にここで学び、彼の展示室があります。(同上)
    *写真は、自重で撓んだ様に見える青銅砲です。クリープ変形のようです。

  • 14世紀から19世紀の初頭まで存在した、オスマン帝国の常備歩兵軍は『イェニチェリ』と呼ばれました。その『イェニチェリ』の紹介です。トルコ語で『イェニ』は『新しい』、『チェリ』は『兵隊』を意味します。スプーンをシンボルにしていたことで知られ、常備軍団カプクルの中核をなし、火器で武装した最精鋭の軍隊でした。(同上)

    14世紀から19世紀の初頭まで存在した、オスマン帝国の常備歩兵軍は『イェニチェリ』と呼ばれました。その『イェニチェリ』の紹介です。トルコ語で『イェニ』は『新しい』、『チェリ』は『兵隊』を意味します。スプーンをシンボルにしていたことで知られ、常備軍団カプクルの中核をなし、火器で武装した最精鋭の軍隊でした。(同上)

  • 『イェニチェリ』は、オスマン帝国が拡大する過程で、従来の騎射を主戦術とするトルコ系軽騎兵の軍事力に頼らない、君主の直属兵力として創設されました。創設時期については諸説ありますが、14世紀後半のオスマン帝国第3代皇帝の『ムラト1世(在位:1360年頃~1389年)』の治世とするのが、最も有力な説とされます。(同上)

    『イェニチェリ』は、オスマン帝国が拡大する過程で、従来の騎射を主戦術とするトルコ系軽騎兵の軍事力に頼らない、君主の直属兵力として創設されました。創設時期については諸説ありますが、14世紀後半のオスマン帝国第3代皇帝の『ムラト1世(在位:1360年頃~1389年)』の治世とするのが、最も有力な説とされます。(同上)

  • イェニチェリ発足の当初は、キリスト教徒の戦争捕虜からなる奴隷軍でしたが、15世紀に領内のキリスト教徒の子弟から優秀な青少年を徴集し、イスラーム教に改宗させてイェニチェリなどに採用する、デヴシルメ制度が考案され、定期的な人材供給が行われるようになりました。(同上)

    イェニチェリ発足の当初は、キリスト教徒の戦争捕虜からなる奴隷軍でしたが、15世紀に領内のキリスト教徒の子弟から優秀な青少年を徴集し、イスラーム教に改宗させてイェニチェリなどに採用する、デヴシルメ制度が考案され、定期的な人材供給が行われるようになりました。(同上)

  • イェニチェリは、長官であるイェニチェリ・アアス(Yeniçeri Ağası)以下部隊ごとに分かれて強い規律を持ち、16世紀までのオスマン帝国の軍事的拡大に大いに貢献しましした。同じ頃に、ヨーロッパで銃が普及し始めるといち早くこれを取り入れ、組織的に運用したことも大きい、とされます。以上が、草創期のイェニチェリの紹介です。(同上)

    イチオシ

    イェニチェリは、長官であるイェニチェリ・アアス(Yeniçeri Ağası)以下部隊ごとに分かれて強い規律を持ち、16世紀までのオスマン帝国の軍事的拡大に大いに貢献しましした。同じ頃に、ヨーロッパで銃が普及し始めるといち早くこれを取り入れ、組織的に運用したことも大きい、とされます。以上が、草創期のイェニチェリの紹介です。(同上)

  • この軍事博物館の目玉として、軍楽隊の演奏(メフテル)があります。その昔、この楽隊の音を聞くなり、敵陣が恐れおののいたといわれるイェニチェリ軍楽隊の演奏です。1993年の博物館の開館とともに復活され、毎日15~16時の間に二回行われています。赤いケープを着て剣をまとい、カイゼル髭を蓄えた軍楽隊は、時間になると館横からラッパの音を鳴り響かせながら登場し、外の広場で20分ほどの演奏を行います。(同上)

    この軍事博物館の目玉として、軍楽隊の演奏(メフテル)があります。その昔、この楽隊の音を聞くなり、敵陣が恐れおののいたといわれるイェニチェリ軍楽隊の演奏です。1993年の博物館の開館とともに復活され、毎日15~16時の間に二回行われています。赤いケープを着て剣をまとい、カイゼル髭を蓄えた軍楽隊は、時間になると館横からラッパの音を鳴り響かせながら登場し、外の広場で20分ほどの演奏を行います。(同上)

  • イェニチェリ軍楽隊の演奏は、軍楽隊の中でもエリートのみが団員になれるということもあり、その演奏は一流との折り紙付きです。外国から演奏旅行に呼ばれることも多々あるようです。時々、演奏が休みの場合もあるようですが、昨年の旅行の時に見学しました。観て、聴いて、感慨を覚える演奏です。(同上)

    イェニチェリ軍楽隊の演奏は、軍楽隊の中でもエリートのみが団員になれるということもあり、その演奏は一流との折り紙付きです。外国から演奏旅行に呼ばれることも多々あるようです。時々、演奏が休みの場合もあるようですが、昨年の旅行の時に見学しました。観て、聴いて、感慨を覚える演奏です。(同上)

  • 展示館は、陸軍学校を再利用したもので、細かく分けられた22の部屋に、テーマに沿って展示されています。1階ではオスマン・トルコ帝国時代の輝かしい軍事史を紹介したコーナーがあり、一番の見所は、コスンタンティノープルの陥落を描いたジオラマです。コンスタンティノープルが防衛のため金角湾に沈めた鎖などが展示してあります。(同上)

    展示館は、陸軍学校を再利用したもので、細かく分けられた22の部屋に、テーマに沿って展示されています。1階ではオスマン・トルコ帝国時代の輝かしい軍事史を紹介したコーナーがあり、一番の見所は、コスンタンティノープルの陥落を描いたジオラマです。コンスタンティノープルが防衛のため金角湾に沈めた鎖などが展示してあります。(同上)

  • ジオラマで解説された、コンスタンティノープルの陥落の紹介です。陸上をテオドジウスの城壁で囲み、金閣湾の入り口に鎖を沈めることで、オスマン・トルコ帝国の侵入を防いだコンスタンティノープルでしたが、オスマン帝国軍は北側の外陸から、油を塗った丸太を敷き詰めて、60隻もの艦隊を金角湾まで運び、ついにコンスタンティノープルを陥落させました。いわゆる『オスマン艦隊の山越え』が、ジオラマや展示物でわかりやすく解説されています。(同上)<br />*写真は、筒の長い、遠距離法のようです。長距離の砲弾を飛ばせる角度で展示されていましたが、対空砲ではないようです。

    ジオラマで解説された、コンスタンティノープルの陥落の紹介です。陸上をテオドジウスの城壁で囲み、金閣湾の入り口に鎖を沈めることで、オスマン・トルコ帝国の侵入を防いだコンスタンティノープルでしたが、オスマン帝国軍は北側の外陸から、油を塗った丸太を敷き詰めて、60隻もの艦隊を金角湾まで運び、ついにコンスタンティノープルを陥落させました。いわゆる『オスマン艦隊の山越え』が、ジオラマや展示物でわかりやすく解説されています。(同上)
    *写真は、筒の長い、遠距離法のようです。長距離の砲弾を飛ばせる角度で展示されていましたが、対空砲ではないようです。

  • 展示館の二階には、第一次大戦の際に起こったトルコの独立戦争で使用された武具や兵器、実戦で使用したテントなどが展示してあり、また、ここを卒業したアタチュルク初代大統領に関する部屋もあります。(同上)<br />

    展示館の二階には、第一次大戦の際に起こったトルコの独立戦争で使用された武具や兵器、実戦で使用したテントなどが展示してあり、また、ここを卒業したアタチュルク初代大統領に関する部屋もあります。(同上)

  • 二つ並んではためく、赤いトルコ国旗の光景です。トルコの国旗は、赤地に白の三日月と五芒星を配したデザインです。『新月旗』または『月星章旗』と呼ばれます。元はタンジマートの改革により1844年に公式に定められたオスマン帝国の国旗(1844~1923年)であり、ほぼ同じデザインです。1844年に公式国旗を採用されるまで、オスマン帝国には単一の国旗は存在しませんでした。(同上)

    二つ並んではためく、赤いトルコ国旗の光景です。トルコの国旗は、赤地に白の三日月と五芒星を配したデザインです。『新月旗』または『月星章旗』と呼ばれます。元はタンジマートの改革により1844年に公式に定められたオスマン帝国の国旗(1844~1923年)であり、ほぼ同じデザインです。1844年に公式国旗を採用されるまで、オスマン帝国には単一の国旗は存在しませんでした。(同上)

  • ミサイルが装着できる戦闘機のようです。トルコ空軍は、第二次世界大戦後、西アジア(アナトリア半島)とヨーロッパ(トラキア)に領土を持つトルコ共和国は、比較的早い時期からの北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、東西冷戦でソビエト連邦と対峙する最前線に置かれた国家として、集団的自衛権を基本とする安全保障体制を整備してきました。(同上)

    ミサイルが装着できる戦闘機のようです。トルコ空軍は、第二次世界大戦後、西アジア(アナトリア半島)とヨーロッパ(トラキア)に領土を持つトルコ共和国は、比較的早い時期からの北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、東西冷戦でソビエト連邦と対峙する最前線に置かれた国家として、集団的自衛権を基本とする安全保障体制を整備してきました。(同上)

  • トルコ空軍は、実戦も度々経験しています。キプロス島のトルコ系住民を保護するため、1970年代にキプロス紛争に介入してキプロス島への空襲や兵員空輸を行いました。現在、トルコ空軍の固定翼戦力は、防空戦力の主力としてF-16ファイティングファルコン戦闘機を200機強、F-4ファントム戦闘機を170機ほどを、日々のスクランブル発進に使用しているようです。(同上)

    トルコ空軍は、実戦も度々経験しています。キプロス島のトルコ系住民を保護するため、1970年代にキプロス紛争に介入してキプロス島への空襲や兵員空輸を行いました。現在、トルコ空軍の固定翼戦力は、防空戦力の主力としてF-16ファイティングファルコン戦闘機を200機強、F-4ファントム戦闘機を170機ほどを、日々のスクランブル発進に使用しているようです。(同上)

  • 名前:『ハイマツ(這松)』(推定)<br />分類:マツ科マツ属<br />分布:シベリア東部などの寒冷地が原産。<br />その他:日本国内では北海道から中部地方の高山帯に分布します。マツ科の植物のようですが、別種かもしれません。

    名前:『ハイマツ(這松)』(推定)
    分類:マツ科マツ属
    分布:シベリア東部などの寒冷地が原産。
    その他:日本国内では北海道から中部地方の高山帯に分布します。マツ科の植物のようですが、別種かもしれません。

  • 名前:『バラ(薔薇)』<br />分類:バラ科バラ属<br />分布:北半球の温帯域に広く自生、園芸品種も多数。<br />その他:チベット周辺、中国雲南省からミャンマーにかけてが主産地とされます。

    名前:『バラ(薔薇)』
    分類:バラ科バラ属
    分布:北半球の温帯域に広く自生、園芸品種も多数。
    その他:チベット周辺、中国雲南省からミャンマーにかけてが主産地とされます。

  • 名前:『バラ(薔薇)』<br />分類:バラ科バラ属<br />分布:北半球の温帯域に広く自生、園芸品種も多数。<br />その他:やや朱色が入ったような赤バラです。こちらも品種は分かりません。

    名前:『バラ(薔薇)』
    分類:バラ科バラ属
    分布:北半球の温帯域に広く自生、園芸品種も多数。
    その他:やや朱色が入ったような赤バラです。こちらも品種は分かりません。

  • 名前:『マリー・ゴールド』(推定)<br />分類:キク科コウオウソウ属(マンジュギク属)<br />分布:アメリカ大陸の熱帯と温帯に約50種が分布。<br />その他:名前の意味は、「聖母マリアの黄金の花」です。

    名前:『マリー・ゴールド』(推定)
    分類:キク科コウオウソウ属(マンジュギク属)
    分布:アメリカ大陸の熱帯と温帯に約50種が分布。
    その他:名前の意味は、「聖母マリアの黄金の花」です。

  • 名前:『セイヨウアジサイ(西洋紫陽花)』<br />分類:アジサイ科アジサイ属<br />分布:日本の額アジサイが原種、西洋で品種改良。<br />その他:右側の赤い花は、ベゴニア当たりのようです。

    名前:『セイヨウアジサイ(西洋紫陽花)』
    分類:アジサイ科アジサイ属
    分布:日本の額アジサイが原種、西洋で品種改良。
    その他:右側の赤い花は、ベゴニア当たりのようです。

  • 名前:『ユッカ』<br />分類:リュウゼツラン科イトラン属(ユッカ属)<br />分布:中米から北米にかけて広く自生。<br />その他:17~18世紀に原産地の北米から各地へ移植され、観賞用に多くの品種が開発されました。

    名前:『ユッカ』
    分類:リュウゼツラン科イトラン属(ユッカ属)
    分布:中米から北米にかけて広く自生。
    その他:17~18世紀に原産地の北米から各地へ移植され、観賞用に多くの品種が開発されました。

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