2008/10/14 - 2008/10/21
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旅人のくまさんさん
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トプカプ宮殿紹介の締め括りです。宮殿から眺めるボスフォラス海峡も見飽きませんでした。ダーダネルス海峡とボスポラス海峡とで『トルコ海峡』を構成していますので、少し詳しく紹介しておきました(ウィキペディア、オスマン帝国400年の歴史:by Atsumi)。(ウィキペディア、旅行ガイド・トルコ)
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- 観光バス
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- その他
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トプカプ宮殿の中庭で撮影した建物光景です。3本並んだ細い尖塔が主役の写真です。推測ですが、ハレムの中にある尖塔かも知れません。ジオラマ展示で紹介したハレムにの模型に、たくさんの尖塔がありました。右手の建物には、ステンドグラス風の窓が見えていました。(同上)
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トプカプ宮殿の中庭の庭木になるようです。自由に枝を伸ばしたように見えますが、それなりに舟艇もされているかもしれません。10月の時点で青々としていますから、常緑樹のようですが、樹種までは特定できませんでした。もし、ハレムの中から眺められる樹木でしたら、随分と癒しになったかもしれません。(同上)
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トプカプ宮殿の第二中庭にある『ティワンの塔』の光景です。『正義の塔』とも呼ばれています。正義の塔は、イスタンブールのあらゆる場所から見ることができる塔で、オスマン王家の威厳を示す高さで作られたものです。この場で行われる国政会議の正義と公正さを示すものでしたが、町中で起きる暴動や異変を感知するという役割も担っていました。(同上)
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軒の下から眺めた、屋根飾りが付いたドーム屋根の光景です。撮影した場所を覚えていませんが、『ティワンの塔』の近くの建物だったかも知れません。屋根飾りはイスラーム建築に使われるデザインのように見えました。飾りの先端にある、三日月のようなシンボルなどです。(同上)
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中央に飾りが乗った、ドーム屋根のズームアップ光景です。ドーム屋根にしては、随分と武骨な造りのように見えました。なめらかな曲線ではなく、平板を継ぎ足した外観がそのまま残されていました。円形ではなく、楕円形の屋根だったかも知れません。(同上)
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イチオシ
ここからは、トプカプ宮殿の第四庭園から眺めた、ボスポラス海峡の光景です。この方角の光景は、推測になりますが、マルマラ海に面した、ボスポラス海峡の南端付近の光景になるようです。マルマラ海は、トルコのアジア側と ヨーロッパ側の間にある内海です。北の黒海とは ボスポラス海峡、南のエーゲ海(地中海)とは、ダーダネルス海峡を通じて繋がっています。(同上)
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同じく、トプカプ宮殿の第四庭園から眺めた、ボスポラス海峡の南端付近の光景です。その先のマルマラ海(Sea of Marmara)は、トルコのヨーロッパ側とアジア側を地理的に隔てている、四方全てトルコに囲まれた内海です。北東のボスポラス海峡で黒海と、南西のダーダネルス海峡でエーゲ海と繋がる交通の要衝です。周辺にはイスタンブール、ブルサ、エディルネなど多くの街が存在します。(同上)
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この後、クルージング予定のボスポラス海峡についての説明です。ボスポラス海峡は、トルコのヨーロッパ部分(オクシデント:Occident)と、アジア部分(オリエント:Orient)を隔てる海峡です。両岸にはトルコ最大の都市イスタンブールの街があります。ボスポラスは『牝牛の渡渉』という意味で、ギリシャ神話に登場します。(同上)
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ギリシャ神話では、ゼウスが妻ヘラを欺くため、不倫相手のイオを牝牛の姿へ変えますが、ヘラはそれを見破り、恐ろしいアブ(虻)を放ちました。そのためイオは世界中を逃げ回ることになり、牛の姿のままこの海峡を泳いで渡ったとされます。トルコ語では「海峡の内」を意味するボアジチという名で呼ばれます。『イスタンブール海峡』の名でも知られます。(同上)
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ボスポラス海峡は、南北に細長く、北は黒海、南はマルマラ海で、マルマラ海とエーゲ海を繋ぐダーダネルス海峡とあわせて黒海と地中海を結ぶ海上交通や活動の要衝を成します。長さは南北約30キロ、幅は最も狭い箇所で698メートル、最も広い地点で3700メートル。水深は36メートルから124メートルです。両岸の全域は、イスタンブール市の行政区内です。(同上)
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ボスポラス海峡には、次の自動車専用の二つの橋が架かっています。
〇『7月15日殉教者の橋(1973年建設):全長1074m』、別名「ボアジチ大橋」、「第一ボスポラス橋」
〇『ファーティフ・スルタン・メフメト橋(1988年建設):全長1090m』、通称「第二ボスポラス橋」(追記)2016年に3本目の橋が架かりました。(同上) -
ボスポラス海峡には、次の海底トンネルが工事中です。
〇マルマライトンネル(2004年着工、2012年開通予定:鉄道用)
(追記)ボスポラス水道トンネル(2013年開通:鉄道用)、アブラシャトンネル(2016年開通:自動車用)、大イスタンブールトンネル(2020年開通予定:自動車2方向・電車用の3層)(同上) -
『ボスポラス海峡の歴史(その1)』:黒海洪水説:
〇紀元前数千年頃に、地中海の海面上昇で黒海とつながったとする仮説(黒海洪水説)があります。
〇先史時代の後氷期初期の時点で、それまで淡水湖だった黒海が地中海と連結し、海水による洪水が起こったとする仮説です。(1996年12月発表)(同上) -
『ボスポラス海峡の歴史(その2)』:地中海への航路を巡る争い
〇ロシア、ウクライナなど黒海に港を持つ国にとっては、地中海を通じて大西洋に船を出すためには必ず通航しなくてはならない要所(チョークポイント)です。
〇海峡の航行権を確保したいロシアと、それを阻止しようとするオスマン帝国やトルコ共和国、諸列強(英仏米)の間で長く駆け引きが続きました。(同上、続く) -
『ボスポラス海峡の歴史(その3)』:地中海への航路を巡る争い(続き)
〇現在は1936年に締結されたモントルー条約により、商船の自由航行と、通過できる軍艦の条件が定められています。
〇ソ連・ロシアの航空母艦「アドミラル・クズネツォフ」は、条約対応のため、ロシア海軍での艦種分類は「航空母艦」ではなく「重航空巡洋艦」です。(同上) -
『ボスポラス海峡の歴史(その4)』:地中海への航路を巡る争い(続き)
〇ボスポラス海峡沿いには、オスマン帝国がコンスタンティノポリス征服の足がかりとして築いたアナドル・ヒサル、ルメリ・ヒサルの両要塞や、ドルマバフチェ宮殿などのオスマン帝国の離宮、エジプト太守ムハンマド・アリー家を始めとするオスマン帝国の高官の別荘などの歴史的建造物が建ち並びます。(同上) -
イチオシ
『ボスポラス海峡の歴史(その5)』:イスタンブール運河計画:
〇イスタンブールの旧市街から黒海の出口までクルージングする定期観光船は、外国人観光客に人気が高いコースです。
〇過密になっている通航船舶を分散させるため、ボスポラス海峡の西側(ヨーロッパ寄り)に「イスタンブール運河」を建設する計画をトルコ政府が進めています。
〇一部はキュチュクチェクメジェ湖を利用し、全長45km、幅150m、水深25mを想定しています。
(追記)2011年にエルドアン首相(後に大統領)が提案しました。工期は7年、費用は750億トルコリラと見積もられています。巨額の費用、森林保護、ダムの破壊による水不足の危険性、黒海を巡る米露対立に巻き込まれることへの懸念から、計画に反対・批判も根強いようです。(同上) -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その1)』:概要
〇トルコ海峡は、トルコ北西部にある国際的に重要な水路です。この海峡はエーゲ海・地中海と黒海を結ぶ一連の国際航路を形成しています。
〇ダーダネルス海峡とボスポラス海峡で構成され、それらの海峡はマルマラ海の両端を通ります。海峡とマルマラ海は、トルコの主権領海の一部です。(同上) -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その2)』:概要(続き):
〇トルコ海峡はユーラシア大陸の西部に位置し、ヨーロッパ大陸とアジア大陸の境界であり、ヨーロッパの東トラキアとアジアのアナトリア半島を分ける境界線です。
〇国際通商・政治・戦争において戦略的に重要な役割を果たしてきたため、トルコ海峡はヨーロッパと世界の歴史において重要な役割を担ってきました。(同上) -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その3)』:地理:ボスポラス海峡:
〇ボスポラス海峡(イスタンブール海峡)は、マルマラ海と黒海を結ぶ全長約30km、幅わずか700mの海峡です。この海峡を有するイスタンブールは、二つの大陸に跨る街となっています。 吊橋(ボスポラス橋)と水中トンネルが横断しています。さらに横断路の計画が様々な段階で議論されています。(同上) -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その4)』:地理:ダーダネルス海峡:
〇ダーダネルス海峡(チャナッカレ海峡)は、地中海につながるエーゲ海と黒海につながるマルマラ海を結ぶ狭隘な海峡です。
〇ボスポラス海峡とともにヨーロッパとアジアの境界をなします。
*写真は、ボスポラス海峡を行き交う小船の光景です。 -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その5)』:海峡問題:
〇紀元前にトロイ戦争がエーゲ海の入り口近くで戦われて以来、海洋戦略上重要な地位を占めてきました。
〇オスマン帝国の衰退期には、「海峡問題」がヨーロッパとオスマン帝国の外交官を巻き込んだ課題となりました。(同上) -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その6)』:海峡問題(続き):
〇1841年7月13日、ヨーロッパ列強 ? ロシア、イギリス、フランス、オーストリア、プロイセン ? の間で5国海峡条約が取り交わされました。
〇その条約により、スルターンの同盟国を除くすべての軍艦の海峡航行を禁じる、オスマン帝国による「往古の支配」 再確立されました。(同上) -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その7)』:海峡問題(続き):
〇この条約は、ボスポラス海峡、マルマラ海、ダーダネルス海峡へのアクセスを扱う一連の協定の1つです。
〇この条約は、1833年に締結された秘密条約ウンキャル・スケレッシ条約(Unkiar Skelessi)から発展したものです。
〇オスマン帝国が一般戦争の場合に「黒海勢力」(すなわち、オスマン帝国とロシア帝国)の軍艦への海峡の独占的使用を保証した、秘密の1833年のから発展しました。(同上) -
『トルコ海峡とボスポラス海峡(その8)』:海峡問題(続き):
〇これらの関係を統制した近代的条約が、現在も効力を有している1936年のモントルー条約です。
〇この条約は、海峡に進入する軍艦の管理権をトルコ共和国に与えていますが、平時には民間船の自由通過を保証しています。(同上) -
この後は、バスポラス海峡のクルーズです。その桟橋に向かう途中、印象に残った建物などを振り返っての紹介です。かつてのトプカプ宮殿に住まった人達の食を賄った厨房の煙突光景です。個性的な外観をしていましたので、一度目にしたら忘れることはありません。(同上)
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イチオシ
謁見の間の背後にある、18世紀頃に造られた『図書館』の建物だったようです。一般公開はされていませんでした。1718年頃、皇帝アフメット三世によって建築されたため、『アフメット三世の図書館』と命名されました。(同上)
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『謁見の間(館)』の建物光景です。外観だけの見学でしたが、長く伸びた軒先と、イスラーム文様の外装が印象に残りました。この建物で、スルタンは政府高官や海外からの大使たちと謁見していました。(同上)
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『幸福の門のドーム屋根』です。宮殿の正門(皇帝の門)と外廷の正門(儀礼の門)を潜った先にあった内廷の門(幸福の門)です。この幸福の門の先には、ハレムや宝物殿があり、まさに宮殿の中心部でした。(同上)
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どこで撮影したのか、記憶に残っていない写真でしたが、立派な床の装飾と、面白い壁面の造りとイラスト風の装飾がありましたので、紹介しました。次は、昨年も経験したボスポラス海峡のクルージングです。(同上)
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