2008/03/20 - 2008/03/23
2099位(同エリア4378件中)
mingさん
「絨毯屋で軟禁?」、「今日サッカーあるらしいけど、一緒に行くか?」予想外な展開に乗ってみることにした。アジアとヨーロッパが交わるイスタンブールの見所は人かもしれない。
【生活費】12万円
【飛行機】18万円
【通貨単位】1トルコリラ=80円
【英語通用度】4人に3人
【旅程】7日間
3/18アテネ
3/19アテネ
3/20アテネ→イスタンブール
3/21イスタンブール
3/22イスタンブール
3/23帰国
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- オリンピック航空
PR
-
(1)『ペトロールホテル』
3/20の20:30にイスタンブールのアタテュルク空港に到着した。ネットで3泊以上の予約をすると、空港への送迎サービスがついた。空港よりワゴン車で1時間移動し、スルタンアフメッド駅の目の前にあるペトロールホテルに到着した。交通の便も良く、40ユーロ(=6000円)の値段の割りには良いホテルだった。予約がないと泊まれないとのことだった。
初日、2日目と雨だったが、3階の部屋の窓と4階の食堂からはブルーモスクが見え、イスタンブールの景色を満喫できた。 -
(2)『トラブル発生』
送迎バスの運転手が、両替はホテルでできると言っていたが、フロントで「日本円は両替できない。」と言われた。仕方がないので、外にあるATMでトルコリラを引き出すことにした。すると、20代後半くらいの知らない男性が親切に場所を案内してくれた。しかし同時に、
「今日パーティがあるから来ないか。」
と熱心に誘い始めた。まだチェックインをしてないと断るが、結構しつこく勧誘をする。フロントに戻り事情を話すと、フロントのお兄ちゃんが言うには、
「トルコに来たばかりの特に日本人の旅行者を狙い、新市街のバーへ連れて行き、50万円も100万円もカードから引き落とす」
というはかなりヤバいことが判明した。まぁ、とりあえず親切にしてもらったので、丁重に断り、事なきを得た。 -
(3)『チャイ』
2日目の朝、食堂でチャイとパンを食べた。チャイは紅茶のようなもので、角砂糖を2個ほど入れて飲む。他にアップルチャイもあり、これもまた甘かった。
後に色々おみやげ屋を廻ったが、ギュルハーネ駅からスィルケジ駅の間にあるお店が安かった。グランドバザールは値札がないので、論外だった。
相場は、チャイグラス(12個入り無地皿なし):6〜8トルコリラ、観光客向けのカラフルなグラスで1個5トルコリラもあったが好みでどうぞ。アップルチャイ(箱入り粉末):3〜4トルコリラ、ナッツの入ったおもちのお菓子(alibaba):3〜5トルコリラほどであった。 -
(4)『絨毯屋で危機一髪』
地下宮殿は行く予定ではなかったが、前夜友人になったトルコ人が案内してくれるので行くことになった。
30分ほどで出た後、友人の親戚の家に誘われたので、行ってみることにした。
2階に案内され30分ほどチャイを飲むと、絨毯を広げ始め、いつの間にか商談が始まった。「ヘレケの絨毯は日本で買うと100万円だが、50万円でいいよ。」とか、日本の有名な会社の名刺を見せ、「色んな社長さんが買っていくよ。」と上手な日本語で接客を続けた。
仕舞いには、「自分と家族の2枚で50万円でどうだ。」とディスカウントを始めた。買う気は全くないので、お話は丁重に聞き、12:00に「タイムアップだから帰るよ。」と無事店を脱出した。
ヘレケの絨毯が欲しい方は、ブルーモスクの東側の卸し屋に行ってみては。日本語がペラペラで、現地でも有名な人だった。 -
(5)『地元レストランのケバブ』
友人が戻り、「絨毯屋でピンチの時にどこに行っていたんだ。」と聞くと「母親が病気なんだ。」と訳の分からないことを言っていたが、とりあえず、観光を続けることにした。
路面電車(トラムヴァイ)沿いに西へ歩き、おいしい店があるからと、ユスフパシャの少し北東のケバブ屋に行った。お肉にピーマンやトマトを野菜で包んで食べた。アイラン(飲むヨーグルト)はシンプルな味でとても飲みやすかった。かなり美味で22トルコリラ(=1760円/2人分)だった。最初からおごるつもりではいたが、友人は「財布ないんだぁ〜。」とのリアクションには笑うしかなかった。 -
(6)『ボスポラス海峡』
案内してくれた友人は、午後から別の約束があるとのことで、別のところへ行ってしまった。その横の席に座っていたハサンという53歳のおじさんが、「新市街まで案内するよ。」ということでしばらく同行することになった。
その日は、船でアジア側へ行くつもりだったが、ハサンがどこからともなくアジア側でサッカーの試合があることを聞きつけ、「一緒に観ないかと誘われた。」せっかくなので、トルコリーグのサッカーを観ることにした。 -
(7)『アジア側』
エミノニュから20分ほどで、カドゥキョイに到着した。海を挟んで数十分で街の景色が一変した。雑然とした街の雰囲気は確かにアジアであった。
とりあえずサッカーのチケットを買うために、タクシーでスタジアムへ向かった。 -
(8)『フェネリウム外観』
スタジアムに到着したが、チケット代が120トルコリラ(=9600円)するそうだ。同行したハサンは熱烈なフェネルバフチェのファンであったが、自分はどちらでもよいため、「9600円は高すぎる。」と言った。昔イタリアでダフ屋のチケットを買った時でさえ、5000円だった。
「帰るか帰らないか」と口論になりかけたが、結局56トルコリラ(=4480円)のチケットがあることが判明した。
試合まで3時間ほどあったが、その間は何ごともなかったかのように、近くの喫茶店で2人でチャイを飲むことにした。 -
(9)『フェネルバフチェのチーム紹介』
フェネルバフチェは、ジーコが監督をしており、ロベルト・カルロスやアレックスといったブラジル人を集め、前年はリーグ優勝を成し遂げた。その頃は、トーナメントでスペインの強豪をまさかの逆転で倒し、クラブ創設以来最大の盛り上がりを見せていた。
イスタンブールには、アジア側のフェネルバフチェ、旧市街のガラタサライ、新市街のベジクタシュと大きなクラブが3つある。スタジアムの入口で、宿敵ガラタサライを6-0で倒したパネルを見つけた時は爆笑してしまった。 -
(10)『フェネルバフチェ観戦』
黄色のユニフォームのフェネルバフチェが3-0で勝利した。相変わらず個人頼みの戦術で、中央のアレックスにボールが渡るとチャンスになっていた。運良く3点とも目の前でゴールが決まり、ハサンも心地よくビールを飲んでいた。 -
(11)『ブルーモスク』
3日目は初の快晴となった。前日は絨毯売りやサッカーと、予定外のことで1日が終わってしまった。
それはそれで旅だと思うが、とりあえずブルーモスクへ向かうことにした。 -
(12)『ブルーモスク内』
ブルーモスクはドーム天井が高く、壁面にはイスラームのつた状のデザインで敷きつめらていた。ドーム内の空気はゆったりと流れ、とても神聖な雰囲気であった。 -
(13)『トプカプ宮殿』
入口から右奥の宝物館にある「スプーン屋のダイヤモンド」に30分ほど並んだ。げんこつ大のダイヤモンドは予想以上の大きさで、七色の光を放ち、とても美しかった。 -
(14)『トプカプ宮殿内』
約550年前の鎧や武具が展示され、なかなかリアルだった。塩野七生著「コンスタンティノープル陥落」の時代はこんな感じなのかとも思った。 -
(15)『新市街の風景』
天気が良かったので、トプカプ宮殿から線路沿いにエミノニュの港まで30分ほど歩いた。
途中でみやげ屋をのぞくが、店員が「弟が日本で働いているんだ。」とのフレーズをよく聞いた。不自然に思い、「日本のどこだ。」と聞くと、店員は「そうやって言うと、食いつきがいいんだ。」とのことだった。「・・・」もう言葉にならなかった。
2日間街を歩き、トルコ人は親日派といわれるが、自分の見る限り「???」というのが結論であった。 -
(16)『サバサンド』
10年前にヨーロッパを一緒に旅行した友人が、「トルコのサバサンドがおいしいよ。」と言っていたのを思い出した。
塩味のサバをパンではさんだシンプルな味だった。サバサンドがなくなったとの噂もあったが、エミノニュの港で売っていた。3トルコリラ(=240円)だった。軽食にはぴったりだった。 -
(17)『イスティクラール通り』
エミノニュからガラタ橋を渡り、坂を登ると唐突にイスティクラール通りが始った。左右にブティックなどが広がり、トルコらしからぬモスクのない風景が広がった。日本にある繁華街を想像すると少しガッカリしてしまう。
さらに奥に、ドルマバフチェ宮殿やアクメルケズ(ショッピングモール)があったが、交通の便が悪いため、自分は取りやめた。 -
(18)『ヴァレンス水道橋』
エミノニュで日本人のバックパッカーに出会い、イスティクラール通りからヴァレンス水道橋へと向かった。1週間ぶりの日本語に出会い、とても心がなごみ、1時間ほどぶらぶらと歩いた。
水道橋が大きいため、すぐ近くに見えてもなかなか辿り着かなかった。途中のアタテュルク橋から見たイスタンブールは、街の中にモスクが並び壮観な景色であった。 -
(19)『グランドバザール』
旅の最後にグランドバザールに立ち寄った。途中で道を聞く時は、「カパルチャルシュはどちら方向?」と言わないと通じなかった。現地の人に聞くと、「グランドバザールは値段が高い。」と口をそろえて言う。
屋根付で、モロッコにも同じようなアーケードがあった。活気があり、見世物としてはなかなかだった。 -
(20)『ペトロールの風景』
17:00に一旦ホテルに戻った。部屋の窓からの風景が気に入り、20枚ほど同じアングルの写真を撮った。2日間の滞在であったがイスタンブールは、ヨーロッパとも、アジアとも、イスラムとも異なる魅力を持った街であった。
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