2005/04/22 - 2005/04/27
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旅人のくまさんさん
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<2005年4月27日(水)>
昨晩ガイドさんから聞いていた今朝のスケジュールです。朝が早いので、最初はレストランを使わずに弁当を用意する手筈でしたが、徐さんが頑張って、早くレストイランを開けてもらうことになりました。その予定です。「食事は6:30分から2階のレストランで、モーニングコールも6:30分、出発は8:00分ロビー集合」でした。その予定通り。照明を抑えた中でレストランの準備がされていました。
<桂林から広州へ>
慌しい朝の準備を終えて、予定通り6時半にはホテルを出発しました。桂林の飛行場から広州へ向けて飛び立つ飛行便の時間の都合のためでした。早くチェックインを済ませるため、荷物の方を先に空港へ送り、パスポートも、食事前に全員が徐さんに預けました。
予定通りの時間にホテルを車で出発し、桂林飛行場へ向かいました。そのバスの中で陸さんが話してくれた桂林事情です。
「共稼ぎが多く、ほとんど外食です。イへの値段は500万元ほど、日本円に直すと6500万円ほどです。平方メータ当たり、4000元程度が相場です」
「不動産は国有で、農家は2、30年の期間で使用契約を結びます。前回は1999年に契約されましたから、次の契約は2030年になります」
「農家の場合、以前は物納でしたが、今は税金としてお金で納めています」
「今の中国で心配なことが健康保険です。働き手が病気をすれば、家族だけでなく、親戚まで貧乏になって仕舞います」
「ゴルフ場の会員権は1万元ほどです。プレー代の方は数百元といったところです」
等の話しをお聞きしている内に、桂林飛行場に到着しました。
<西漢南越汪墓博物館見学>
西漢南越王墓博物館見学は土砂降りの中でした。女性の現地ガイドさんは、最初に、
「これ位の雨は、広州では小雨と言っています」
と、話されていましたが、雷も鳴り始めた大雨に、
「広州でも小雨ではありません。大雨です」
と、訂正が入りました。自己紹介された広州の現地ガイドさんのことを記しておきます。お名前は段さん、ロシアとの国境近くのご出身です。ハルビン近くで、15分で国境に達するウスリ湖の近くだそうです。
「私は28歳になります。結婚したばかりで、お互いに仕事が忙しく、まだ新婚旅行には行っていません」
「サーズ問題が発生した時は、完全に仕事が無くなりました。それで4ヶ月の間で6kgも体重が増えてしまいました。今でも完全には元に戻っていません。この間に小さな旅行会社は潰れてしまいました。幸い私の会社は大丈夫でした」
「ダイエット法は色々試しましたが、どれも効果が上がりませんでした。痩せる石鹸、痩せるお茶、痩せるクリームなどでした」
と、綺麗な日本語で話してくれました。肝心の王墓ですが、若い男性の案内員の方が、引率しながら日本語で説明してくれました。第二代王の未盗掘の墳墓で、多くの副葬品が発掘されました。2千年以上も前の墳墓です。見事な金印を始め、千点以上もの発掘があったとされます。墳墓を中心に、博物館が建設されていました。初代王の墳墓は現在も未発見です。
1つだけ書き添えますと、現地で入手した日本語版の博物館紹介のパンフレットは、日本語が不正確で、余り出来がいいものではありませんでした。内容の面でも、写真は申し分ありませんが、表現に少し物足りなさが残りました。例えば、第二代王の時代が2000年以上前とあるだけですが、もう少し具体的な数字が欲しいところです。現地の説明員の方からお聞きした話では、紀元前350年と言った数字もありました。
<段さんが紹介してくれた広州>
次は段さんが紹介してくれた広東省の州都、広州のことです。箇条書きで記しておきます。
?人口は1千万人、地元の人の割合は、半分の5百万人。外来人口が半分、流動人口とも言っている。
?商業都市で、年平均気温は31.8度C。昨年は38.9度Cの高温日があり、39人が熱中死。中国全土ではトルファンの気温が一番高く、50度Cに達する。
?亜熱帯気候で、パイナップル、パパイア、ライチ等、200種類以上の豊富な果物。
?一年中緑が絶えず、花城の別名がある。
?サラリーマンの平均給与は月給6万円。エリートだと10万円ほど。レストランの皿荒いなどの職種は1万円。
?野菜は豊富で、100グラム当たり10円程度。
?マンションの値段は800万円程度で、内装無し。内装代は最低80万円程度。
?タクシーの初乗り料金は7元、冷房バスが2元、冷房無しだと1元。
?ホンダのフィットは130万円程度、国産車だと70万円くらいだが、故障が多い。
?車関係の仕事は、アフリカ出身の黒人が多い。理由は分からない。
?農村部の昼休みは3時間で、昼寝をする。都心部では長い昼休みはとらない。
?農家は借家を持って、裕福な人が多い。
?朝は3元のパンか、5元の麺類。昼は弁当が多い。
?駅付近は治安が良くない。
?年2回、貿易会が開かれている。
?1978年、小平さんの解放政策の1番目の都市に選ばれた。
などの話しでした。私はバスの前の方の席でメモを取っていました。かなり丁寧な内容でした。
<中山紀念堂見学>
中山紀念堂見学の時も相変わらず強い雨が降っていました。ほとんどの人がバッグに傘を仕舞っていましたので、ありあわせの傘で、バスと紀念堂の間をピストン往復となりました。
中山は孫文の号です。日本では、孫文と教えられていますから、余り知られていない呼び方です。国民党の創設者として、中国本土だけでなく、台湾でもいまだ尊敬されている偉人です。
つい最近、台湾の国民党の党首の連戦さんが、国民党党首としては、戦後始めて中国訪問を果たし、中国要人との会談に臨まれました。このことは、日本でも大きく報道されました。
国民党と中国共産党との関係は複雑です。第二次大戦を挟んで、紆余曲折がありました。私が理解し、解説できるレベルのものではありません。その中でも、よく知られた出来事がいくつかあります。その1つが、国共合作です。毛沢東と蒋介石が手を結んだ抗日運動です。日本が敗戦国になった後、最終的に国民党も大陸を逃れ、台湾に拠点を置くことになったことも、よく知られたアジア現代史の1コマです。
昨年3月の台湾旅行で、台湾化の実情も垣間見てきました。総統選挙、国会選挙の最中でしたから、台湾政治が見えやすくなっていた時期です。
孫文に対し、台湾では国民党の創設者として尊敬され、中国本土では辛亥革命などを指導した革命家として評価されているようです。評価される側面が違っていても、中国本土と台湾とで、共通する偉人を持つことは、好ましいことだと思っています。
それにしても、最近起きた仙台での出来事には胸が痛みます。日本にも共通する偉人である魯迅の記念館での事件でした。中国要人が植樹された樹が傷つけられたことは、中日両国の心ある人達、深くを傷つけてしまったことは疑いがありません。
<帰国>
S.P.先生ご夫妻、徐さんご夫妻とは、合流した時と同じように、飛行場でお別れしました。セントレア行きの日本航空662便は、少し遅れて出発しましたが、平穏なフライトで無事に名古屋に到着しました。座席はかなり空いていました。ざっと、3割位だったようです。機内食は控えて、ボルドーワインを楽しみながらの空の旅でした。
空港にはEnちゃんを出迎えのOgさんと、久しぶりにお会いしました。私の場合は、往きと同じように金山まで名鉄電車で行き、そこからは地下鉄です。幸い電車も座ることが出来ました。
旅の終りに
楽さの後に寄来る寂さよ堪て綴りぬ旅の想出
読返し文の拙さ恥入も忍て亦の旅を願いぬ
中日の思い違(たが)えるこの時に小さき絆紡ぎ弥増せ
<謝辞>
今まで一番美しかったし自然景観景色を見たのが、2002年10月の黄龍、九寨溝の旅行でした。今回の龍背棚田は、景観としてはそれには及ばないかも知れませんが、人と自然とで作り出した景観としては、今までで一番のものでした。
1000m近い山の田植え時は遅く、棚田にはまだ水が張ってありませんでしたが、田植え時、秋の実り、積雪の時期など手元の写真集でも見ることができました。四季折々の見事な棚田の風景でした。
こんな素晴しい旅行が出来たのも、Enさん、Ogさんのお骨折りに負うところが大でした。記して心よりお礼を申し上げます。そのOgさんが、お仕事の都合でご一緒できなかったことが、誠に残念でした。中国旅行常連のYaさんご夫妻も、今回はご一緒できませんでしたが、次の機会を楽しみとさせて頂きます。
S.P.先生と奥様のYa先生、Haさんご夫妻、K.M.さん、Yaさんご夫妻と徐亮さんとは、黄龍、九寨溝の旅行に続いてご一緒させて頂きました。楽しい旅行を共有できましたことを、心から厚くお礼申し上げます。
今回始めてご一緒させて頂いたSoさんご夫妻、Doさんご夫妻、徐さんのご両親にも、記して心からお礼を申し上げます。
また、旅行の最中、色々とお骨折り頂いた桂林の陸さんをはじめ現地で案内して頂いた方にも厚くお礼を申し上げます。他にも記してお礼を申し上げるべき方が多くありますが、重ねてお礼を申し上げることで、非礼をお許しください。本当に皆様方、有難うございました。 謝謝 非常感謝
- 交通手段
- 観光バス
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旅行最後の27日となりました。桂林を出発し、広州で観光した後、午後の便で帰国する予定です。桂林空港への到着です。
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待合室からの光景です。私達が登場する機材のようでした。中型機のようです。
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桂林空港の待合室です。余り広くありませんから、結構混み合ってきました。
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出発ロビーにあったお店です。桂林特産などの文字が見えます。
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桂林空港の待合室での光景です。旅行も帰りに立ち寄る広州見学だけとなりました。
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待合室の光景が続きます。Haさんご夫妻です。何度か中国旅行をご一緒させて頂きました。
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予定通りに桂林空港を飛立ち、広州空港へ到着しました。国内線ですから、手続きも簡単でした。広州のバスの中で予定を説明される徐さんです。
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1983年に未盗掘で発見された、西漢南越王の墳墓です。発掘場所が博物館にされていました。ピラミッドのガラス造りの下が、その中心地です。
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墳墓の周りは都市化されていました。良くぞこんな街中で、未盗掘の墳墓が見つかったものです。
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西漢南越王博物館の日本語パンフレットも用意してありました。最大規模クラスの彩色石室で、千点余りの出土品があったことなどが記されていました。
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日本語説明員による博物館の概要などの説明に聴き入る皆さん方です。展示品はレプリカが多く使用されていました。
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広州近隣で発掘された遺跡の紹介のようです。発掘場所が写真で紹介してありました。
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説明をお聞きした部屋から、ガラス窓越に眺めた墳墓を覆う温室のよな外観を持つ展示館です。
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展示された墳墓の横断図面から判断しますと、上部の土の部分が除去されていて、石室部分が直接見学出来るように整備されていました。
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持参の傘はバスの中に置いてきましたから、博物館の備付の傘をお借りしました。傘をお返ししての見学です。
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日本語の説明員の方の説明をお聞きした後での、発掘現場の見学です。下の方に石室の入口が見えます。
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出入口の上には前室、主棺室、更に后蔵室と続いていることが記されていました。
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発掘された石室を、熱心に見入る皆さん方です。この展示館は、「20世紀世界建築優秀建築賞」を受賞した建築物です。
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前室の名札の下には石室の入口があります。東耳室、王棺室、西側室、東側室などの文字も見えます。殉死があった時代の王墓です。
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墳墓に関する地形図です。大きく蛇行する川が描かれています。濃く塗られた部分は、清代の広州城郭図のようです。
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西漢南越王の第二代王の墳墓だとの説明がありました。未盗掘のまま発見されたようです。初代王の墓は未発見ともお聞きしました。
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見学を終えての帰りです。もう一度、傘をお借りしました。止みそうにない本降りでした。
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広州は雨に見舞われて、慌しい見学でした。多分、これからも訪れる機会があるでしょう。
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博物館でチャーターバスを待つ時の写真だったようです。次の見学先は、中山祈念堂です。
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Myちゃんに中山紀念堂のパンフレットをかざして貰って孫文の胸像の前での記念撮影です。中日では、似ていて少し違う「紀念」と「記念」です。
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生憎の雨で、孫文の像は背後からの撮影となりました。日本では「孫文」と習いますが、「孫中山」の呼び方のほうが一般的なようです。
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中山紀念堂の見学を終えて、昼食のレストランへ向かうバスの中での光景です。Vサインが揃いました。
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この日の昼食です。最後の食事になりました。中々風格もあり、洒落たお店でした。
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食事を終えての一こまです。後は来るまで広州国際空港へ向かうだけとなりました。
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紅い提灯が丁度いい高さにありましたから、同じロビーで、最後の記念撮影です。お疲れ様でした。
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