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<2006年9月24日(日)><br /><br /> この日は8時30分のホテル出発でしたが、5時半にAU携帯の目覚ましをかけ、早朝の散歩を楽しみました。しかし、五台山の銀路山荘付近に散歩道らしいものは無く、自動車道路ばかりでした。早々に散歩を切り上げました。木々は黄葉し、それだけは見応えがありました。(ウィキペディア)<br /><br /><五台山のホテル><br /> 今回の旅行で、一番心配されたのが、五台山のホテルの設備でした。観光地としては、古くから有名ですが、海外からの観光客受け入れが遅れているようでした。そんなことで、ホテル紹介は省略です。予想していたレベルで、大きくそれを下回ることもありませんでした。<br /><br /><五台山・菩薩頂><br /> 先にインターネットに紹介されていた中国語のホームページから紹介します。上海、香港などに支店を持つ旅行社のようです。手元のガイドブックより、かなり詳しく載っていました。その文章の一部です。<br /> 「在五台山靈鷲峰上,相傳菩薩頂為文殊居處,故又名真容院,亦稱文殊寺。創建于北魏■;代重修,明永樂以後,蒙藏教徒進駐五台山,大喇嘛居于菩薩頂,于是菩薩頂成了五台山■;廟之首。清康熙、乾隆二帝幾次朝拜五台山,在菩薩頂住宿,並撰寫碑文,在東院過廳和後院,有兩座漢白玉四■;柱碑,碑身四面分別刻有漢、蒙、滿、藏四種文字所書的碑文,均為康熙帝手書。現存建築多建于清代,建築形制、手法及雕刻藝術,多參照皇宮」<br /> 私は、漢文が読めませんので、単語の拾い読みで内容を想定してみました。「(菩薩頂は)五台山の峰にあり、文殊(菩薩)により、菩薩頂と呼ばれ、古名は「真容院」、あるいは「文殊寺」。創建は北魏、その後何度も修復され、明の永楽の時、五台山へチベット仏教が入り、「菩薩頂」となり、五台山の黄廟(ラマ寺院?)の最高位になった。清朝の康熙、乾隆の二帝の時、何度か五台山を参拝され、菩薩頂に泊まられた。その時の碑文が東院の後ろの後院にあり、(中略)漢、蒙古、満州及びチベット語で記されている。(後略)」といったところでしょうか。余り当てにならない勝手訳です。確かに四つの言葉で書かれた石碑がありました。<br /><br /><次のお寺へ、その前に休憩><br /> 菩薩頂から次の顕通寺に向かう途中で、小休止となりました。その中間地点に休憩所があり、お土産の品を売っていたからです。私も、ここで小さな買い物をしました。手首に着けるブレスレットです。地元で採れる木や木の実を使った品があったためです。<br /> 買い求めたのは、薄い茶色に濃い斑点が入ったものと、濃い茶色の品でした。手帳に書きとめた材料は、濃い斑点の品が「菩提樹」、濃い茶色が「六道樹」でした。ところが、六道樹の方は、汗ですぐに色落ちしてしまいました。色落ちした後に、薄く6本の筋が入っていましたから、材料そのものは違っていませんでした。<br /><br /><五台山・顕通寺><br /> 先にインターネットに紹介されていた中国語のホームページから紹介します。菩薩頂の説明と同じ出典です。<br /> 「是五台山規模最大、■;史最悠久的一座寺院,俗稱“祖寺”。全寺占地面積43700平方米,現有大小房屋400多間,大多為明、清時期的建築。它和洛陽的白馬寺同為中國最早的寺廟」(携程旅行)<br /> やはり、単語の拾い読みで、内容を推察してみます。「(顕通寺は、)五台山の中で最も古く、規模も最大、俗称を『祖寺』。敷地は4万3千平方メートル余、大小400の部屋数を持ち、その大部分は明と清朝時代に建築された。『它和洛陽』の白馬寺と同じ時代の、中国でも最も古い寺院です」と言ったところでしょうか。<br /> 手元のガイドブックには、国の重要文化財に指定されていることが記されていました。余り広く感じない境内ですが、これは建築物が密集しているためかも知れません。その境内に則天武后の無字碑がありました。西安の大きな無字碑と比べると、2回り以上小さいものです。西安では功績が書ききれずに無字碑になったとされますが、こちらは書ききれなかった罪過を示すようです。そのために小振りとなっています。<br /><br /><五台山塔院寺><br /> 塔院寺も、先に中国語で書かれた現地の案内文を紹介します。<br /> ■;有五台山的標志性建築一大白塔,塔高約50米,通體潔白,塔頂上懸有兩百多個銅鈴,聲音清脆悅耳。在白塔的東邊還有一座小白塔,相傳此塔■;藏有文殊菩薩顯聖時遺留的金發,所以又稱文殊發塔。藏經閣在大白塔北側,是一座木結構建築■;有用漢,蒙,藏多種文字所寫的經書兩萬多冊,其中宋至清乾隆年間兩千多冊經卷為善本」(携程旅行)<br /> 文字を拾うだけで、高さ50m、五台山のシンボル的建築である事や、塔頂に多数の堂鈴が懸かり、文殊菩薩が祀られていることなどが読み取れます。<br /> 他には、宋から清朝の乾隆帝の時代に蒐集された、漢、蒙古、チベット等の文字で記された蔵書が、万冊を超えること等が記されているようです。手元のガイドブックには、簡単なことか紹介されていませんでした。これ以外には、「4菩薩と釈迦像が祀ってある」ことや、「釈迦牟尼舎利塔」である事が紹介されているくらいでした。<br /> シンボルタワーは、遠くからでも良く見え、その周りには沢山の回転経がありました。その回転経を回しながら一回りして、見学を終えました。<br /><br /><雨の中を太原へ><br /> 見学には有難くないことですが、この地方では、恵みの雨に違いありません。五台山の見学を終えて、次の見学地、太原へ向かう途中で、弱い雨になりました。車の中ですから、この場合は見学には差し支えありません。むしろ、埃が落ちて好都合です。<br /> 大同市から太原へ向かった時に比べ、見渡せる範囲で、緑は大分増えてきました。しかし、肥沃と言うには離れ過ぎていました。作られている作物も、玉蜀黍、高粱、向日葵など、乾燥に強いものに限られていました。ジャガイモも栽培されているようですが、確認できませんでした。<br /> 太原での晩餐会に備えて、17時の到着を目指しましたが、高速インターを降りて、太原に着いた時、丁度その時間になりました。雨は何時しか止んでいました。<br /><br /><太原での晩餐会><br /> 太原での晩餐会は、泊まったホテルとは別のホテルで行われました。やはり、孫濱先生が旅行社の夕食をキャンセルして、主宰されたようです。最初は限られた少人数のご親戚との晩餐の予定だったようですが、大テーブル2つの大宴会になっていました。<br />そのホテルまでは、宴会に参加されないご親戚の方の車で送って頂きました。後からお聞きしたお話では、旅行社では予約し難い、この地区で格式の高いホテルのようでした。<br /> 出席されたご親戚の方は、80歳の女性の長老を筆頭に、4歳のお子さんから中学生の方まで、非常に幅広い年代の方々でした。立ち居振る舞いで、この地区で活躍されているご家族のようにお見受けしました。中学3年生の男の子は、1年生の時に日本訪問の経験をされていました。将来、大物に成長されるような雰囲気を持ったお子さんでした。<br /> 食事の後はロビーで記念撮影をし、お開きとなりました。80歳のご長老が、平遥の孫濱先生のご生家を、水先案内されることが決まりました。<br /><br /><br />  五台山、菩薩頂で<br /> 参道を下りつ拝む仏像は宗派混りし寺院の奥に<br /><br />  五台山、顕通寺で<br /> 西安の則天武后の大石碑対の無字碑も罪過記さず<br /><br />  五台山、塔院寺で<br /> 塔院の回転経を一回しご利益無くも罰は当らじ<br />

2006秋、中国旅行記10(8/17):9月24日(1):山西省、仏教の聖地の五台山

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旅人のくまさん

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<2006年9月24日(日)>

 この日は8時30分のホテル出発でしたが、5時半にAU携帯の目覚ましをかけ、早朝の散歩を楽しみました。しかし、五台山の銀路山荘付近に散歩道らしいものは無く、自動車道路ばかりでした。早々に散歩を切り上げました。木々は黄葉し、それだけは見応えがありました。(ウィキペディア)

<五台山のホテル>
 今回の旅行で、一番心配されたのが、五台山のホテルの設備でした。観光地としては、古くから有名ですが、海外からの観光客受け入れが遅れているようでした。そんなことで、ホテル紹介は省略です。予想していたレベルで、大きくそれを下回ることもありませんでした。

<五台山・菩薩頂>
 先にインターネットに紹介されていた中国語のホームページから紹介します。上海、香港などに支店を持つ旅行社のようです。手元のガイドブックより、かなり詳しく載っていました。その文章の一部です。
 「在五台山靈鷲峰上,相傳菩薩頂為文殊居處,故又名真容院,亦稱文殊寺。創建于北魏■;代重修,明永樂以後,蒙藏教徒進駐五台山,大喇嘛居于菩薩頂,于是菩薩頂成了五台山■;廟之首。清康熙、乾隆二帝幾次朝拜五台山,在菩薩頂住宿,並撰寫碑文,在東院過廳和後院,有兩座漢白玉四■;柱碑,碑身四面分別刻有漢、蒙、滿、藏四種文字所書的碑文,均為康熙帝手書。現存建築多建于清代,建築形制、手法及雕刻藝術,多參照皇宮」
 私は、漢文が読めませんので、単語の拾い読みで内容を想定してみました。「(菩薩頂は)五台山の峰にあり、文殊(菩薩)により、菩薩頂と呼ばれ、古名は「真容院」、あるいは「文殊寺」。創建は北魏、その後何度も修復され、明の永楽の時、五台山へチベット仏教が入り、「菩薩頂」となり、五台山の黄廟(ラマ寺院?)の最高位になった。清朝の康熙、乾隆の二帝の時、何度か五台山を参拝され、菩薩頂に泊まられた。その時の碑文が東院の後ろの後院にあり、(中略)漢、蒙古、満州及びチベット語で記されている。(後略)」といったところでしょうか。余り当てにならない勝手訳です。確かに四つの言葉で書かれた石碑がありました。

<次のお寺へ、その前に休憩>
 菩薩頂から次の顕通寺に向かう途中で、小休止となりました。その中間地点に休憩所があり、お土産の品を売っていたからです。私も、ここで小さな買い物をしました。手首に着けるブレスレットです。地元で採れる木や木の実を使った品があったためです。
 買い求めたのは、薄い茶色に濃い斑点が入ったものと、濃い茶色の品でした。手帳に書きとめた材料は、濃い斑点の品が「菩提樹」、濃い茶色が「六道樹」でした。ところが、六道樹の方は、汗ですぐに色落ちしてしまいました。色落ちした後に、薄く6本の筋が入っていましたから、材料そのものは違っていませんでした。

<五台山・顕通寺>
 先にインターネットに紹介されていた中国語のホームページから紹介します。菩薩頂の説明と同じ出典です。
 「是五台山規模最大、■;史最悠久的一座寺院,俗稱“祖寺”。全寺占地面積43700平方米,現有大小房屋400多間,大多為明、清時期的建築。它和洛陽的白馬寺同為中國最早的寺廟」(携程旅行)
 やはり、単語の拾い読みで、内容を推察してみます。「(顕通寺は、)五台山の中で最も古く、規模も最大、俗称を『祖寺』。敷地は4万3千平方メートル余、大小400の部屋数を持ち、その大部分は明と清朝時代に建築された。『它和洛陽』の白馬寺と同じ時代の、中国でも最も古い寺院です」と言ったところでしょうか。
 手元のガイドブックには、国の重要文化財に指定されていることが記されていました。余り広く感じない境内ですが、これは建築物が密集しているためかも知れません。その境内に則天武后の無字碑がありました。西安の大きな無字碑と比べると、2回り以上小さいものです。西安では功績が書ききれずに無字碑になったとされますが、こちらは書ききれなかった罪過を示すようです。そのために小振りとなっています。

<五台山塔院寺>
 塔院寺も、先に中国語で書かれた現地の案内文を紹介します。
 ■;有五台山的標志性建築一大白塔,塔高約50米,通體潔白,塔頂上懸有兩百多個銅鈴,聲音清脆悅耳。在白塔的東邊還有一座小白塔,相傳此塔■;藏有文殊菩薩顯聖時遺留的金發,所以又稱文殊發塔。藏經閣在大白塔北側,是一座木結構建築■;有用漢,蒙,藏多種文字所寫的經書兩萬多冊,其中宋至清乾隆年間兩千多冊經卷為善本」(携程旅行)
 文字を拾うだけで、高さ50m、五台山のシンボル的建築である事や、塔頂に多数の堂鈴が懸かり、文殊菩薩が祀られていることなどが読み取れます。
 他には、宋から清朝の乾隆帝の時代に蒐集された、漢、蒙古、チベット等の文字で記された蔵書が、万冊を超えること等が記されているようです。手元のガイドブックには、簡単なことか紹介されていませんでした。これ以外には、「4菩薩と釈迦像が祀ってある」ことや、「釈迦牟尼舎利塔」である事が紹介されているくらいでした。
 シンボルタワーは、遠くからでも良く見え、その周りには沢山の回転経がありました。その回転経を回しながら一回りして、見学を終えました。

<雨の中を太原へ>
 見学には有難くないことですが、この地方では、恵みの雨に違いありません。五台山の見学を終えて、次の見学地、太原へ向かう途中で、弱い雨になりました。車の中ですから、この場合は見学には差し支えありません。むしろ、埃が落ちて好都合です。
 大同市から太原へ向かった時に比べ、見渡せる範囲で、緑は大分増えてきました。しかし、肥沃と言うには離れ過ぎていました。作られている作物も、玉蜀黍、高粱、向日葵など、乾燥に強いものに限られていました。ジャガイモも栽培されているようですが、確認できませんでした。
 太原での晩餐会に備えて、17時の到着を目指しましたが、高速インターを降りて、太原に着いた時、丁度その時間になりました。雨は何時しか止んでいました。

<太原での晩餐会>
 太原での晩餐会は、泊まったホテルとは別のホテルで行われました。やはり、孫濱先生が旅行社の夕食をキャンセルして、主宰されたようです。最初は限られた少人数のご親戚との晩餐の予定だったようですが、大テーブル2つの大宴会になっていました。
そのホテルまでは、宴会に参加されないご親戚の方の車で送って頂きました。後からお聞きしたお話では、旅行社では予約し難い、この地区で格式の高いホテルのようでした。
 出席されたご親戚の方は、80歳の女性の長老を筆頭に、4歳のお子さんから中学生の方まで、非常に幅広い年代の方々でした。立ち居振る舞いで、この地区で活躍されているご家族のようにお見受けしました。中学3年生の男の子は、1年生の時に日本訪問の経験をされていました。将来、大物に成長されるような雰囲気を持ったお子さんでした。
 食事の後はロビーで記念撮影をし、お開きとなりました。80歳のご長老が、平遥の孫濱先生のご生家を、水先案内されることが決まりました。


  五台山、菩薩頂で
 参道を下りつ拝む仏像は宗派混りし寺院の奥に

  五台山、顕通寺で
 西安の則天武后の大石碑対の無字碑も罪過記さず

  五台山、塔院寺で
 塔院の回転経を一回しご利益無くも罰は当らじ

同行者
その他
交通手段
観光バス
航空会社
中国国際航空
  • 昨晩、五台山のホテルへ到着した時は、すっかり日が落ちていました。翌朝に早く起きて、ホテルや付近を撮影しました。泊まった銀都山荘です。

    昨晩、五台山のホテルへ到着した時は、すっかり日が落ちていました。翌朝に早く起きて、ホテルや付近を撮影しました。泊まった銀都山荘です。

  • 銀都山荘の入口です。今回の旅行で、ホテル設備では一番心配な五台山でした。お湯の出も悪く、予想通りでしたが、予想以下ではありませんでした。

    銀都山荘の入口です。今回の旅行で、ホテル設備では一番心配な五台山でした。お湯の出も悪く、予想通りでしたが、予想以下ではありませんでした。

  • 昨晩遅く、宿を探して走った時、殆ど明かりが無くて、運転手さんも気を遣われていたようです。今朝の景色を見て、その様子が分かりました。付近に民家やホテル等は見当たりませんでした。

    昨晩遅く、宿を探して走った時、殆ど明かりが無くて、運転手さんも気を遣われていたようです。今朝の景色を見て、その様子が分かりました。付近に民家やホテル等は見当たりませんでした。

  • 付近に被写体になり様なものは、余り見かけませんでした。車道を歩きますと、たまに通る車にはねられそうでしたから、近場だけを散策しました。僅かばかりのコスモスの花です。

    付近に被写体になり様なものは、余り見かけませんでした。車道を歩きますと、たまに通る車にはねられそうでしたから、近場だけを散策しました。僅かばかりのコスモスの花です。

  • そんな理由で、最後の一枚です。少しだけ黄葉が始まった並木と、その背後の山です。この舗装された通りを歩くのを敬遠しました。

    そんな理由で、最後の一枚です。少しだけ黄葉が始まった並木と、その背後の山です。この舗装された通りを歩くのを敬遠しました。

  • ホテルは満員でした。五台山では、これでも設備がいいホテルだったようです。欧米客も大勢宿泊していました。

    ホテルは満員でした。五台山では、これでも設備がいいホテルだったようです。欧米客も大勢宿泊していました。

  • 付近の散策の後、1階の食堂で朝食を摂りました。バイキング方式でしたが、席を確保するのが一苦労でした。玄関横の飾り塀です。出発間際の撮影です。

    付近の散策の後、1階の食堂で朝食を摂りました。バイキング方式でしたが、席を確保するのが一苦労でした。玄関横の飾り塀です。出発間際の撮影です。

  • 五台山では1泊だけですから、荷物を纏めての出発です。相当の冷え込みを覚悟しましたが、これは予想外れで、大したことはありませんでした。

    五台山では1泊だけですから、荷物を纏めての出発です。相当の冷え込みを覚悟しましたが、これは予想外れで、大したことはありませんでした。

  • 長い階段を登るのは大変ですから、最初に一番高いところまで車で登り、下りながら見学するコースを選びました。最初の見学のお寺、菩薩頂です。

    長い階段を登るのは大変ですから、最初に一番高いところまで車で登り、下りながら見学するコースを選びました。最初の見学のお寺、菩薩頂です。

  • 最初は仏教のお寺だったようですが、後年、チベット仏教(ラマ教)が入り、その後は2つの宗教が共存するお寺となったようです。外壁の装飾です。

    最初は仏教のお寺だったようですが、後年、チベット仏教(ラマ教)が入り、その後は2つの宗教が共存するお寺となったようです。外壁の装飾です。

  • 境内に咲いていた花です。真っ赤なダリアです。ダリアはキク科の植物で別名をテンジクボタン(天竺牡丹)と言います。お寺に相応しい花です。<br />

    境内に咲いていた花です。真っ赤なダリアです。ダリアはキク科の植物で別名をテンジクボタン(天竺牡丹)と言います。お寺に相応しい花です。

  • 建物の間の通り道です。全て石畳になっていました。菩薩頂は、次第と混み合い始めました。

    建物の間の通り道です。全て石畳になっていました。菩薩頂は、次第と混み合い始めました。

  • 厨房にあった大釜の1つです。おそらく千人単位での煮炊きが出来る大きさでしょう。現地ガイドさんが説明してくれたかも知れませんが、記憶にはありません。

    厨房にあった大釜の1つです。おそらく千人単位での煮炊きが出来る大きさでしょう。現地ガイドさんが説明してくれたかも知れませんが、記憶にはありません。

  • 詳しいことは分かりませんが、木魚の1種のようです。今の木魚は座布団の上に置いて、棒で叩くとポクポクと柔らかい音を出します。

    詳しいことは分かりませんが、木魚の1種のようです。今の木魚は座布団の上に置いて、棒で叩くとポクポクと柔らかい音を出します。

  • 楊先生とミミさんがポーズをとられた所へもう二人やってきました。ポーズが決まる前にまずは1枚撮影です。

    楊先生とミミさんがポーズをとられた所へもう二人やってきました。ポーズが決まる前にまずは1枚撮影です。

  • 手造り旅行記では割愛した写真が続きます。2頭の龍が描かれた飾りです。6つの部分に分けて製作された焼物のようです。

    手造り旅行記では割愛した写真が続きます。2頭の龍が描かれた飾りです。6つの部分に分けて製作された焼物のようです。

  • 屋根の上の飾りのアップです。ラマ教の時代に乗せられた飾りでしょう。色彩そのものが、チベット仏教の世界です。

    屋根の上の飾りのアップです。ラマ教の時代に乗せられた飾りでしょう。色彩そのものが、チベット仏教の世界です。

  • 「T」を4つ組み合わせた面白い文様です。中心に「卍」が浮かびあがったようにも見えます。バックの青色の花の文様と言い、稚拙な感じがしますが、表現を変えれば、おおらかな造りです。

    「T」を4つ組み合わせた面白い文様です。中心に「卍」が浮かびあがったようにも見えます。バックの青色の花の文様と言い、稚拙な感じがしますが、表現を変えれば、おおらかな造りです。

  • 大文殊殿の立派な額がかかっています。仏教の文殊菩薩が安置されているのでしょう。屋根の中央に乗っている飾りは、明らかにチベット仏教の影響です。

    大文殊殿の立派な額がかかっています。仏教の文殊菩薩が安置されているのでしょう。屋根の中央に乗っている飾りは、明らかにチベット仏教の影響です。

  • 1回まわすと、1回お経を読んだことになる、便利なドラムです。これが置いてあるのは、チベット仏教のお寺である事の証左です。

    1回まわすと、1回お経を読んだことになる、便利なドラムです。これが置いてあるのは、チベット仏教のお寺である事の証左です。

  • 軒先の造作のアップです。先端が龍の顔をした支え木が中心にあります。雨に濡れる部分は、龍のお面が被せてあるようです。

    軒先の造作のアップです。先端が龍の顔をした支え木が中心にあります。雨に濡れる部分は、龍のお面が被せてあるようです。

  • 屋根の先端を下からのアップです。リズミカルな木組みと、極彩色がうまくマッチしているようです。

    屋根の先端を下からのアップです。リズミカルな木組みと、極彩色がうまくマッチしているようです。

  • 高さが60センチほどの鐘です。こんな形で吊り下げてあるのは、初めて見ました。錆具合から見ますと、普段、撞かれてはいないようです。

    高さが60センチほどの鐘です。こんな形で吊り下げてあるのは、初めて見ました。錆具合から見ますと、普段、撞かれてはいないようです。

  • 独特の屋根の曲線と飾りです。屋根瓦はオレンジ色で、垂木の先端も同じ色に彩色されています。横壁には極彩色の模様も描かれています。

    独特の屋根の曲線と飾りです。屋根瓦はオレンジ色で、垂木の先端も同じ色に彩色されています。横壁には極彩色の模様も描かれています。

  • 目立たない場所でしたが、いかにも信心深そうにお線香を上げる人達がいました。地元か、近隣の方々の風にも見えます。

    目立たない場所でしたが、いかにも信心深そうにお線香を上げる人達がいました。地元か、近隣の方々の風にも見えます。

  • 石碑が林立していました。近寄って文字を読んだわけではありませんが、漢字、蒙古文字、チベット文字、満州文字等が記されているようです。

    石碑が林立していました。近寄って文字を読んだわけではありませんが、漢字、蒙古文字、チベット文字、満州文字等が記されているようです。

  • 少し線香の煙に霞んだ大雄宝殿の4文字です。お堂の中は、参拝の方で人いきれになっていました。

    少し線香の煙に霞んだ大雄宝殿の4文字です。お堂の中は、参拝の方で人いきれになっていました。

  • 大雄宝殿の軒下辺りの光景です。青色を基調にしていますが、赤、緑、黄色等の極彩色も使われています。

    大雄宝殿の軒下辺りの光景です。青色を基調にしていますが、赤、緑、黄色等の極彩色も使われています。

  • 3層の楼閣を模した線香立てです。蝋燭立の方だったかも知れません。このお寺の格式を感じさせる立派な造りです。

    3層の楼閣を模した線香立てです。蝋燭立の方だったかも知れません。このお寺の格式を感じさせる立派な造りです。

  • 大雄宝殿から次の場所へ向かう途中の門です。普通の参拝コースですと、この門を潜ってから、大雄宝殿にお参りすることになります。

    大雄宝殿から次の場所へ向かう途中の門です。普通の参拝コースですと、この門を潜ってから、大雄宝殿にお参りすることになります。

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2006秋、中国旅行記10

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