sanaboさんへのコメント一覧(32ページ)全1,949件
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杉原氏と大聖堂に感銘! (^^)
sanaboさん、こんにちは♪
毎日、暑い日が…って、もうお互い耳タコの日々でしょうから割愛いたしますね(爆)。
そんな中、事前に「観戦するにも気力・体力が要る…(←お気楽至極のテレビ観戦)」なんて、ぼやいていたワタクシめですが、なでしこジャパンのノルウエー戦に目が覚めました(笑)。
で、試合と並行して奮闘していた短時間の草取りで、本日は死に体でした(爆×2)。
いやー、現地は冬とはいえ、彼女たちの俊敏な動き、最後まで諦めないパワーが、つくづくまぶしい…って、ナニ独りでアツくなってるんでしょうか(大汗)。
とまあ、いつもの悪癖で前置きが長くなりまして…。m(_ _)m
今回は、タイトルで杉原千畝さんのお名前を見ただけで、ハッとしました。
彼の尊い行いは何度聞いても、胸打たれますね。
駅舎やホテルのプレート、記念館の内外観、財政難の件など、実際に訪れた方ならではの最新の情報に、氏への尊敬の念を新たにしました。
2000年の名誉回復は遅すぎる!と憤りを感じるほどですが、85年のイスラエル政府からの受賞のときはご存命だったのかしら?と気になってチェックしようとしたら、さすがsanaboさんの旅行記には、ちゃんと生没年の表記が。
よかった! と安堵すると同時に、受賞の翌年に亡くなったとわかり、私までウルウルしてしまいました。
実際に記念館に行くことはかなわないだけに、ここで紹介してくださって本当に感謝です。こちらの旅行記で多くの方の目に触れることで、財政難の支援の一助になるのでは、と。
それにしても、おっちょこちょいの私が、もし記念館を訪問していたら、うっかりスタンプを押しかけたかも? ^m^
恥ずかしながら、カウナスはまるで知らない地名でしたが、リトアニア第2の都市であること、白鳥と呼ばれる市庁舎の美しさ、そして「聖ペテロ&パウロ大聖堂」の内部の壮麗さなど、どれも学ぶことばかりでした。
最後の目的地を、少し面倒になって断念されたこと、sanaboさんにしては珍しいけれど、面倒なことをスグ諦めるワタクシめとしては、ちょっと親近感が増したり(←こういうタイプが友人を悪の道に引きずり込むのね・爆×3)
酷暑の夏は、戦争の愚かさを教えてくれる季節でもありますが、杉原氏同様、多くの人が平和を望み、困っている隣人がいたら助けたいと、ごく自然に思う善意の人であると信じたいですね。
最近は、悪いことばかりのニュースに慣れて正直、感覚がマヒしていましたが、周辺国のウクライナへの強い思いを旅行記を通して伝えてくださって感謝です。(^^)
レイジーガーデナーRE: 杉原氏と大聖堂に感銘! (^^)
レイジーガーデナーさん、こんにちは〜
ほんとに今年の夏は例年以上に耳タコですよね(笑)
そんな中、なでしこジャパンの応援でヒートアップ!
おまけに暑い中、草取りもなさったなんてレイジーガーデナー改め
アイアンウーマン・ガーデナーさんだわぁ。
蚊の総攻撃に遭いませんでしたか?
お疲れのところ、コメントをお寄せ下さりありがとうございました^^
杉原千畝氏に関しては、政府の意向に反してビザを発給したということしか知らなかったのですが、記念館を訪れ、苦渋の決断に至る経緯やその後の人生などを知ることができ、深く感銘を受けました。
コロナ渦の記念館の閉館、そしてその後も来館者の大部分を占めていた日本人観光客がヨーロッパに戻って来ていない現状を思うと、経営難なのもわかる気がします。記念館を訪れた岸田総理ご一行はポケットマネーから少し支援されたのかしら?と気になった(入館料5ユーロしか支払わなかった)私でした(^^ゞ
85年のイスラエルでの授賞式は、ご本人に代わり息子さんが出席されたそうですよ。でもご存命のうちで本当によかったですね。
日本政府からの謝罪と名誉回復ももっと早かったならよかったのですけど…
> 恥ずかしながら、カウナスはまるで知らない地名でした
杉原記念館のことがなければ私だって知りませんでしたし、実際に訪れるまではもっと小さな田舎町だと思っていたくらいです。
> 最後の目的地を、少し面倒になって断念されたこと、
あの時、カウナス城を見たからトゥラカイ城はもういいかな(←全然違うのに)と思ってしまったことを、今になって凄く後悔しています(>_<)
> 酷暑の夏は、戦争の愚かさを教えてくれる季節でもありますが、杉原氏同様、多くの人が平和を望み、困っている隣人がいたら助けたいと、ごく自然に思う善意の人であると信じたいですね。
ほんとにそうですね。私もそうありたいと思いますけど、杉原氏のように省内での自分の立場や出世を顧みず、もしかしたら家族にも危害が及ぶかもしれない決断を見ず知らずの人々のために下す勇気や信念があるとは到底思えません。そう思うと改めて杉原氏の功績の偉大さを感じます。
なでしこジャパン、頑張ってますね! 今大会は会場が南半球で本当によかったです。
アイアンウーマンへの変身は短時間でほどほどになさってくださいね♡
ありがとうございました^^
夏季だけ南半球で暮らしたいsanaboより
2023年08月07日14時32分 返信する -
杉原千畝氏の足跡を訪ねて♪
sanaboさん、お暑うございます。
この暑さ、まさに災害級ですね。早く夏が過ぎ去って欲しいと思う毎日です。
ヴィリニュスからカウナスは列車で1時間20分くらいなんですね。
2階建ての立派な列車ですね☆
駅から「杉原記念館」まで徒歩15分は、結構ありますね。山登りのような道が
あったり、きちんと着くまで一人じゃ、やっぱり不安ですよね。
杉原千畝氏の勇気ある行動には、本当に頭が下がります。オランダ領事の
ヤン・ズワルテンダイク氏のことは初めて知りました。
何とか無事に日本へ帰ってきたら、冷たい反応でずい分とご苦労されたこと
でしょう。名誉回復までずい分と時間がかかりましたね。海外での評価が先とは
悲しいです。
観光客が以前のように、たくさん「杉原記念館」へ戻ることを祈ります。
カウナス旧市街は青空に映えて素敵な街並みですね。外観からは想像できない
「聖ペテロ&パウロ大聖堂」の内部の豪華絢爛さ。バルト三国の教会はきれいな
ところが多い気がします。行ったことないけどね。
トゥラカイですが、仮に行けたとしてゆっくり見るお時間あったのでしょうか?
まぁ、無理は禁物です。この旅行記で杉原千畝さんのことを、分かりやすく説明
してくださって、さすがだと感心しきりです。
まだ続く、初夏のバルト三国を楽しみにしています。この頃は、まだちょうど
良い気候だったのかしら?
今から地獄の水やりに行ってきます。暑さと蚊との戦い。お互いに暑さにめげずに
頑張りましょう。
cheriko330RE: 杉原千畝氏の足跡を訪ねて♪
cherikoさん、おはようございます。
ほんとに毎日災害級の暑さですね(>_<)
杉原記念館は実は物凄く行きたかったわけでもなかったのだけど、やはり日本人としては行くべきかなという気持ちで出かけたのでした。
映画も観てなかったので当時の詳しい状況なども知らずにいたので、記念館のビデオを観て物凄く心を打たれました。
帰国後の杉原氏に対する外務省の対応も冷たかったけれど、ユダヤ人からお金を貰ってるのだろうという周囲の誹謗中傷などもあったそうでとても気の毒に思いました。
時間はかかったけれど、外務省からの謝罪と名誉回復がなされて本当に良かったです。
> 観光客が以前のように、たくさん「杉原記念館」へ戻ることを祈ります。
本当に! 日本人観光客自体がまだまだヨーロッパに戻って来ていない様子でした。
カウナスは思っていた以上に大きな綺麗な街で、住みやすそうでしたよ。
「聖ペテロ&パウロ大聖堂」もあんなに内部が煌びやかだとは知らなかったのでビックリでした。
トクラカイ城は元々中に入るつもりはなく、湖畔に建つ情景だけ見たかったのだけど、それだけのために時間をかけていくのが面倒になってしまい、今になってちょっと後悔しています(T_T)
> この頃は、まだちょうど良い気候だったのかしら?
バルト三国と言ってもリトアニアは内陸国のためか、夏場は結構気温が上がるので敢えてこの時期を選んだのですけど、この後のリガでは寒くて震えました。
> 今から地獄の水やりに行ってきます。暑さと蚊との戦い。
ですよね〜! 2、3日前、Tシャツの上から背中を7〜8ヶ所も蚊に刺されました。腕も刺されまくり( ;∀;) 虫よけスプレーは面倒なのと臭いも嫌なので放置してるの。早く猛暑からも蚊からも解放されたいわ〜 cherikoさん、根性で頑張りましょうね!!
sanabo2023年08月05日12時17分 返信する -
センポさん
こんにちは、sanaboさん!
毎日暑すぎて、さっきまで液体化しておりました^^;;;
カウナスの「杉原記念館」、中を見せて頂きありがとうございます!
実は、私、中に入って見学していないんです。
(そんなツアーもあるんですね。びっくりだ! ← ひとごとみたいだ・・・)
カウナスは通ったんですが、「杉原記念館」の前を通っただけで、バスの中から、建物に掲げてあるプレートを素早く激写しただけで、バスを降りることすらできませんでした。(住宅街だからバスは停めれませんと言われた)
そしてカウナスにある『日本通り』というなんてことない普通の通りを通過しました。(今もこの名前、残ってるのかな?)
杉原氏の『ちうね』という名前は、(おそらく外国人には発音しづらいので)『センポ』と呼ばれていたと以前に聞き、以後私も『センポさん』と呼んでいます(いえ、友達ではないですが・・・・。
で、本名の『ちうね』さんの呼び名を忘れてしまうことも。本末転倒ともいう)
パスポートには打ってはいけない、実際に使用されていたという日本領事館のスタンプ、どんなものなのかsanaboさん、(パスポート以外に)押していないんですか?
見てみたかったです。
>Lentvaris駅前にタクシーはいないというのでタクシー会社の電話番号を検索したも
>のの、次第に面倒になり結局トゥラカイ行きを断念してしまいました。
sanaboさん、以前はスマホはWifiのみ使用だと記憶しておりますが、今回の旅行にはSIM or eSIM を利用されたのでしょうか?
それともまさか、リトアニアの列車にはフリーのWifiが飛んでいるとか!?
頭の中で??がいっぱい湧いて、クルクル回っております。(暑さのためでもある)
トゥラカイ城、中はそんなたいしたことない( ← 個人の意見です)
ここは湖に浮かぶお城の姿が映えるんです。
じゃばらぽん'sRE: センポさん
じゃばらぽん'sさん、こんばんは〜
いつも愉快なコメントをありがとうございま〜す♪
お返事が遅くなってごめんなさいね。
今年は7月から猛暑だったから液体化してる時間が長くて、ぽん'sさんが人間に戻る方法を忘れてしまわないか心配しています。
ぽん'sさんはカウナスの「杉原記念館」前を通過する(!)ツアーだったのね〜@@ フィーコさんの時(2017年12月)は観光バスが何台も路駐してたそうだけど、ぽん'sさんがいらしたのはもっと前ですよね? その後、OKになったのかしら…
「日本通り」のことはどこにも載ってなかったけど、今もあるのかわからないわ〜
外国人には「ちうね」が発音しにくいから訓読みの「せんぽ」と呼ばれていたそうですね。のちに、彼に助けられたユダヤ人が日本の外務省に問い合わせたところ、スギハラセンポという外交官がいた事実はないとの回答だったとか。明らかに杉原千畝氏のことだと解るのに酷いわ〜。
> パスポートには打ってはいけない、実際に使用されていたという日本領事館のスタンプ、どんなものなのかsanaboさん、(パスポート以外に)押していないんですか?
> 見てみたかったです。
ぽん'sさんのような好奇心が欠如していて、全然そんなこと考えなかったの。で、旅行記作成時に記念館でいただいたパンフにスタンプを押すページがあったことを発見しました〜(^^ゞ
> sanaboさん、以前はスマホはWifiのみ使用だと記憶しておりますが、今回の旅行にはSIM or eSIM を利用されたのでしょうか?
今まではほとんどホテルのWifiで十分だったけど、今回はヴィリニュスやリガ、ヘルシンキでもトラムやバスを利用するつもりだったので、Googleの乗り換え案内が使えるように一番面倒でないキャリアの国際ローミングを予約して行きました。SIMを使わなかった理由がほかにもあったのだけど、それに関しては次のシャウレイ編に書きますね。多分今後はeSIMにすると思うわ〜。
> トゥラカイ城、中はそんなたいしたことない( ← 個人の意見です)
> ここは湖に浮かぶお城の姿が映えるんです。
そうですよね、私も湖畔に建つ情景を見たかったので、もともと中に入るつもりはなかったの。
ぽん'sさんのツアー、杉原記念館とトゥラカイ城の両方は時間的に無理だったのかしら…
ぽん'sさん、そろそろ固まるお時間ですか? おやすみなさい(#^.^#)
sanabo2023年08月03日21時34分 返信する -
カウナス☆
sanaboさんへ
こんばんニャ~☆
杉原記念館を興味深く拝見しました。
オランダ領事が協力していたのは驚きました。
それに最終目的地がカリブ海だとは...
てっきり敦賀経由でアメリカへ行かれるのだろうと。
そうそう、敦賀の資料館(敦賀ムゼウム)で杉原千畝さんの肉声を聞きました。
もう忘れましたが。
また竹下元首相が早稲田(東京専門学校)の先輩・杉原氏の功績を称えたニュースを
昨日のように思い出しました。
興味深い旅行記をありがとうございました。
バモス
RE: カウナス☆
バモスさん、こんばんニャ〜
いつもありがとうございます♪
> オランダ領事が協力していたのは驚きました。
杉原千畝さん以外にも人知れず尽力された方々がいらしたのですね^^
> それに最終目的地がカリブ海だとは...
> てっきり敦賀経由でアメリカへ行かれるのだろうと。
バモスさんが思ってらしたように、アメリカ行きのビザを手に入れて
アメリカへ渡った人たちも沢山いらしたようですよ。
> そうそう、敦賀の資料館(敦賀ムゼウム)で杉原千畝さんの肉声を聞きました。
どんなお声で、何を話されていたのかしらん?
> もう忘れましたが。
あはは、そうですよね〜(´艸`*)
> また竹下元首相が早稲田(東京専門学校)の先輩・杉原氏の功績を称えたニュースを
> 昨日のように思い出しました。
その様なこともあったのですね。
そういえば、杉原千畝さんは息子さんの大先輩ですね。
まだまだ続く猛暑の日々、熱中症に気をつけて元気でニャ〜(=^・^=)
sanabo
2023年08月01日23時31分 返信する -
命のビザ
sanaboさん おはようございます。
杉原畝のことは日本の良心として、我々日本人としての誇りを与えてくれています。
その記念館においでになったのですね。しかし、日本人観光客がすくなくなって、経営難になっているなんて悲しいことです。
私は最近になって、2万人ものユダヤ人を救った日本軍人がいたことを知りました。
「 満州のハルビン特務機関長だった樋口季一郎は、ナチスの迫害からソ満国境の地まで逃げてきたユダヤ人難民に対し、特別ビザの発給を実現させた。ドイツと日本の目を気にして、ユダヤ人難民の入国を拒んでいた満州国外交部に対し、樋口がビザ発給のための指示を与えたのである。このビザにより、多くのユダヤ人が生きながらえることができた。」このように言われています。
日独伊3国同盟の中、ナチスに忖度して入国を拒否していた軍部の意向を無視して、独断で、ユダヤ人難民を助けたのです。上官であった東条英機は樋口の行為を支持し、責任は私がとると言ったそうです。戦争犯罪人として糾弾された悪人東条英機の2面性を見た思いです。
この事実も日本人として誇りに思えますね。多くの人々に知ってもらいたい出来事です。心が豊かになる旅行記をありがとうございました。
pedaruいつもありがとうございます。
pedaruさん、
大変ご無沙汰しております。
カウナス旅行記をご覧下さり、コメントもお寄せ下さいまして
どうもありがとうございました。
pedaruさんが教えて下さった樋口季一郎氏のことは初めて知りましたが、当時満州においてもそのような働きかけによりユダヤ人難民を救った日本人がいらしたのですね。当時の状況を考えると容易いことではなかったでしょうに…。
またその上官が東条英機であり、責任は私がとると言ったという事実にも驚かされました。人間だれしも様々な側面を持っていると思いますし、同じ判断、同じ行為が時代により異なる評価を受けたりもしますが、多くのユダヤ人の命が救われたのは本当に幸いなことでしたね。
実は旅行記に書こうか迷い結局省いてしまったのですが、杉原千畝氏のビザで入国したユダヤ人難民のために尽力したヘブライ文化研究者の小辻節三という方がいらしたことを知りました。
苦難の末に日本へ辿り着いたものの、行き先国が決まらなかったりチケットを入手できなかったりで通過ビザの滞在期間が切れ欧州へ強制送還されるユダヤ人難民を救うため、外務大臣や所轄の警察と交渉しビザ延長のために奔走されたのだそうです。
当時の日本では小辻節三は危険思想だとみなされ、スパイ容疑で厳しい取り調べや拷問を受けたこともあったとか。
74歳で亡くなった時、イスラエルやニューヨークの新聞は大きく報じたそうですが、日本ではほとんど報道もされなかったそうです。ご遺体はご本人のご希望に沿いイスラエルに運ばれ(当時イスラエルの空港は中東戦争のため閉鎖中でしたが、かつて杉原ビザで訪日したユダヤ人難民の一人であったバルハフティク宗教大臣の命で一時的に空港閉鎖が解かれ)助けられた多くのユダヤ人たちにより迎え入れられ、今もかの地で永久の眠りに就かれているそうです。
旅行記に書ききれなかったことをpedaruさんへのお返事にずらずらと書いてしまい、お許しくださいね。私自身、小辻節三氏のことを心に留めておきたかったので、この場をお借りしてしまいました。
まだまだ猛暑の日々が続きそうですので、ご無理をなさらずご自愛くださいませね。
sanabo
2023年07月30日22時46分 返信する -
玄関がきれいになってる
sanaboさん こんばんは♪
杉原千畝記念館へ行かれたのですね。
カウナスの駅からの道、まほうのべるさんが
ここであっているのか?と恐々山道を行かれてたのを思い出しました。
私はツアーだからバスで。
あの前の道路にバス路駐、何台も。
ご近所さん、クレーム入れたくても・・・
でしょうね。
玄関、私が行った時工事中?写真を見るどで勝手口から入りました。ずいぶんきれいになってますね。
コロナで日本ツアー(日本だけでなく)が来れなくなって、財政難 わかります。
あのお土産コーナーには職員さん(ボランティア?)をはじめ女子高校生もお手伝いに何人もいらして、あの部屋いっぱいに入場者があふれ「どうせ寄付するならお買物しましょ」って地元産蜂蜜が何種類もあり、味見しながら大量買いしてました。(バスだから重さは大丈夫笑)商品山盛りでしたよ。
旧市街地の多分ビリニュス通りにあるチョコレート屋さんの商品も置いてありました。
拡大してみたけどチョコらしいものは?
ここ、トイレの案内がなかったのですが
私、到着時と出発時2回もお借りしちゃいました(小声で)
聖ペテロ&パウロ大聖堂では結婚式が執り行われていて、パイプオルガンが奏られて。
わー素敵~
新郎新婦が退場されたので祭壇へ行ってみたいと思ったら照明が落とされほぼ真っ暗。
冬の寒い雨降りの日だったのでした。
フィーコRE: 玄関がきれいになってる
フィーコさん、こんにちは〜
フィーコさんは(観光バスの)Door to(記念館の)Doorで杉原記念館へいらしたのね。
あの閑静な住宅街に観光バスがしょっちゅう出入りしたら、確かに近隣のご迷惑かもね^^; 今はご近所さんはホッとされてるのかしら…
年間2万人以上の来訪者があったということで、コロナ前の入場料が4ユーロだったとして月に100万円くらいの収入があり、光熱費や諸経費、スタッフのお給料を払ってもカウナスの物価を考えたら十分ペイしてたと思うけど、コロナ後日本人旅行者自体がヨーロッパに戻ってきていないし、本当に今は経営難なのだと思います。
それにフィーコさんのコメントを読んだら、蜂蜜やチョコの売り上げもかなりありそうでしたね。私が行った時は絵葉書や記念バッジ、書籍くらいしか並んでいなかったし、そもそもあのお部屋に誰もいなくて、勝手に品物を持っていかれないか心配したくらいでした。
記念館のおトイレ、私もお借りしました。フィーコさんと同じおトイレを使えて光栄だわ(´艸`*)
> 聖ペテロ&パウロ大聖堂では結婚式が執り行われていて、パイプオルガンが奏られて。
わあ、素敵〜☆彡 私はコインブラ大学のチャペルを見学してる時、お葬式があるからと追い出され、外に出たら霊柩車が停まっていました。←って、何自慢だー!?(爆)
sanabo2023年07月30日16時39分 返信する -
こんばんは
sanaboさん、こんばんは~!
杉原千畝氏の映画は、残念ながら見損なってしまったものの本当に厳しい時代に、命を削ってまでビザを発給した凄い人ですね。
そして時代は変わったものの、現在もロシアによるウクライナ侵攻・・・ご本人が生きていたら、どのように思ったでしょう。
今も残されたビザのサンプルを拝見すると、その重みを感じました。
本国に逆らってまで人道的立場で行動し、本当に多くの人が救われましたね。
今だからこそ、大手を振って頷けますが、当時はなかなかできることではなかったはずです。
旧市庁舎、白鳥の名にふさわしく美し過ぎます。
そしてそれと対比するように「聖ペテロ&パウロ大聖堂」は外見は地味ですね。
ただ、中に入るとその落差が大きいだけに吃驚しました。
旧市庁舎の内部と誤解してしまいそうです。
そして不思議な壁画・・・面白いですね。
大きなパイプを燻らせているようなウォールアート。
大きすぎるパイプ?
帆船の帆にも見えなくないですが・・・。
丸い眼鏡に全身ピンクと、一度見たら忘れられませんね。汗
それにしても、タクシーに乗る予定が大きく変わってしまいましたね。
これは現地に行かないとわかりませんね。
sanaboさん、かなり残念だったことでしょう。
お気持ちわかります。
リガには気持ちを切り替えて行かれたのでしょうか・・・。
次回も楽しみにしてます。
noel
いつもありがとうございます。
noelさん、こんにちは
毎日本当に暑いですね〜(>_<) お変わりありませんか?
カウナス編をご覧下さり、コメントもいつも本当にありがとうございます♪
私も杉原千畝氏の映画は見ていなくて詳しい事情や状況を知らなかっただけに、記念館のビデオを観たら感極まってしまいました。ユダヤの人々が置かれた困難な状況や、外務省での立場や出世を顧みず一人の人間として下した判断の重みがひしひしと伝わってきました。
平和な時代に生きる私たちにとってロシアのウクライナ侵攻はショッキングな出来事でしたけど、杉原氏がリトアニアにいた頃はいろんな国が攻めたり攻められたりで国境線も絶えず塗り替えられていたのですよね。
あのウォールアートは私がネットで見た時と比べて、かなり風化してボロボロになっていました^^; noelさん、しっかり観察して下さってありがとう^^ ほんと、パイプのようにも帆船の帆のようにも見えますよね。あの男性は実在の人がモデルなのかとか杉原記念館の人に聞いてみようと思っていて、すっかり忘れていました。
> リガには気持ちを切り替えて行かれたのでしょうか・・・。
トゥラカイ城は元々内部見学をするつもりはなくて湖畔に建つ美しい情景を見たかったのですが、それだけのためにわざわざタクシーを呼んで行くのもなんだし、カウナス城を見たし、もういいかなってあの時思ってしまったのでした。列車の中で、ヴィリニュスに戻ってからバスでトゥラカイまで往復するための時刻表を検索したら、予定していたイタリアンにも行けなくなりそうでしたし…。でもそのイタリアンもヴィリニュス編で書いた通り、満席で取りやめたのですけど。
というわけで、リガには気持ちを切り替えて行ったのですが、今になってちょっと後悔していま〜す(^^ゞ
お互い、元気で猛暑を乗り切りましょうね。ありがとうございました。
sanabo2023年07月30日15時23分 返信する -
杉原記念館
sanaboさん
こんにちは♪
杉原千畝さんの功績は一言で表せないくらいですね。
《自らの保身に走ることなくユダヤの人々に寄り添った勇気ある行動に、同じ日本人として大変誇らしく感じ》ホントにその通りだと思います。
ひょっとしたら自らの命の危険すらあったかもしれないと思うと、今の日本に同じような事が出来る政治家や官僚がいらっしゃるのかしら。まあ自分も含めてですが、平和慣れしてますからね。
記念館の詳しい説明、有難うございました。
改めて胸が熱くなりました。
カウナスの旧市庁舎、優雅で白鳥みたいですね♪
聖ペテロ&パウロ大聖堂のパイプオルガン、立派ですね。
続きを楽しみにしています。
ユーユ
RE: 杉原記念館
ユーユさん、こんばんは〜
連日の猛暑、凄いですね〜! お変わりありませんか?
今回、記念館を訪ね杉原千畝さんの功績を詳しく知ることができ、同じ日本人として本当に誇らしく感じました。
特に最後に観たビデオで感激し、ウルウルしながらスタッフにご挨拶して記念館を後にしたのでした〜。
苦渋の決断を下されたご本人もだけど、それを支えた奥様も偉かったですよね。
カウナスはもっと小さな田舎町だと思っていたらリトアニア第二の都市だそうで、活気があって綺麗で住みやすそうな街でした。
「聖ペテロ&パウロ大聖堂」は内部があれほど壮麗だとは知らなかったので、中に入ってびっくりでした!
当分続きそうなこの猛暑、ユーユさんもお気をつけてお元気でね♡
ありがとうございました^^
sanabo2023年07月29日22時09分 返信する -
良く分かりました^^v
sanaboさん
午前中いつものウオーキング♪頭から汗ダラダラでした^^;
お昼を食べて復活^^
杉原千畝の居宅、内部が良く分かりました。
外からしか見られなくて、無造作に置かれた折り紙の数々が雑然と置かれていた窓際の机が執務室のあの机だったんだ!と分りました。
あの時(2013年4月14日・日曜日)は全く開館する気配も無く
仕方なく周りをウロウロ、お庭にもまわりましたが人の気配が皆無でした。
なのでこうして内部が詳細に分り、嬉しいです。家族のお写真も綺麗に飾ってあるんですね。パスポートに押したあのスタンプは見たかったです。
最近といっても1,2年前くらいかしら、テレビで映画「杉原千畝」を観ましたよ。
それにしても杉原氏は素晴らしい人格の持ち主でいらしたのだと改めて畏敬の念を抱きますね。仰るように今のこの時代に彼のような気骨のある人材、特に政治家はいるのでしょうか?
「聖ペテロ・パウロ大聖堂」こちらも工事中で祭壇手前の二か所に鉄骨が組まれ幕がかかっていましたが、日曜日だったせいもありミサ中で、大勢の信者でギュウギュウでした。sanaboさんのお写真のお陰で工事中だったのは説教壇のようだと分りました。
自分の写真を見返すと祭壇の磔刑のキリストの足元にしゃれこうべと蛇が写ってる!こういう祭壇って初めてでした。sanaboさんご覧になった?
「ライスヴェス通り」の並木道の緑が綺麗ですね、4月だと未だ枯れ枝状態で気温も低く(この年4月1日には大雪が降りました@@)暖まりたくてお店に飛び込みました。その時の写真を見返すと雪の塊が道路に残ってますもの!
私たちもトラカイ城は取り止めてヴィリュニュス市内散策に切り替えちゃいました。
私たちはバス往復をしたのできっとsanaboさんが撮られたバスターミナルを使ったのでしょう。当時は未だユーロではなくLt(リタス)でした。10年って色々あるのね‥。
次はシャウレイですね
「十字架の丘」は思い入れがある場所なのでとても楽しみです!
ニコニコRE: 良く分かりました^^v
ニコニコさん、こんにちは〜
今日もウォーキングにいらしたのですね、偉いわ〜☆
ニコニコさんたちを拒絶した(?)「記念館」内部をご覧いただけてよかったです。建物の周囲をグルグル巡られたり、窓から中を覗き込んだりされたご様子が目に浮かぶようです(´艸`*) きっと私も同じことしてたと思いますよ。記念館の鍵を預かってる人がアクシデントに出くわしたのか、本当に何だったのでしょうね!?
> パスポートに押したあのスタンプは見たかったです。
ニコニコさんのパスポートをお預かりして、あのスタンプを押してくればよかったかしらん(爆) あんな注意書きがあるなんて、本当にパスポートに押す人がいるのでしょうか? 帰国後に、いただいたパンフにスタンプを押すスペースがあることに初めて気づきました^^;
> 最近といっても1,2年前くらいかしら、テレビで映画「杉原千畝」を観ましたよ。
私、まだ観てないのです。ドロミティさんのお返事にも書きましたけど、お写真のお顔が脳裏に焼き付いているので、唐沢寿明さんとイメージが違う気がして〜。でも機会があれば観てみたいなー。
「聖ペテロ・パウロ大聖堂」は工事中だったのですね。というか、ニコニコさんが来ることが分かったけどミサがあるから鍵をかけられなくて、幕をかけたのかも〜(大爆)
> 自分の写真を見返すと祭壇の磔刑のキリストの足元にしゃれこうべと蛇が写ってる!こういう祭壇って初めてでした。sanaboさんご覧になった?
見てないです〜。そもそも祭壇のそばまで行ってないみたい。←信仰心の差ですね^^;
「ライスヴェス通り」の並木道も歩かれたのですね。旅行前、3月頃からちょこちょこ気温をチェックしてましたけど、4月頃はまだ寒かったですよね。5月半ば頃から急に気温が上がり始めた気がします。
> 私たちもトラカイ城は取り止めてヴィリュニュス市内散策に切り替えちゃいました。
そうだったのですね〜。私は今になってちょっと後悔…。あの時はカウナス城を見たからいいかなって思ってしまったけど、全然違うっ!
リタスは初めて聞きました。リトアニアだからリタスなのかな?
「十字架の丘」は祈りの場、ニコニコさんにとって思い入れのある場所なのですね。懐かしんでいただけたらと思いますが、また首を長ーくしてお待ちくださいね〜
ありがとうございました^^
sanabo
2023年07月29日16時43分 返信する -
こんにちは!
杉原千畝さんが命のビザを発行したのは知ってましたが、カウナスという街にいたんですね。
ソ連にビリニュスが支配されて臨時の首都が置かれていたそうで、あの時代の複雑な歴史が背景にあったんですね。
カウナスの街がとても綺麗なので、驚きました。
白鳥と称えられる市庁舎や聖ペテロ&パウロ大聖堂も素敵です。
ドイツ騎士団から守るために作られたカウナウ城も気になります。
sanaboさんの丁寧な解説で、すごく行きたくなりました(笑)
ムギーいつもありがとうございます♪
Mugieさん、こんにちは〜
平和な時代にロシアがウクライナに侵攻して驚いたけれど、杉原千畝氏がリトアニア領事代理だった頃は本当に大変な時代でしたね。当時ヴィリニュス地方はポーランドに編入されていて(そのためカウナスが臨時の首都に)、その後ソ連がポーランドに侵攻しヴィリニュスがリトアニアに返還されたものの、その9か月後に今度はソ連がリトアニアに侵攻し、リトアニアは独立を失ったのだとか。そのような歴史があるから、バルトの国々は今のウクライナの状況は他人事ではないのでしょうね。ウクライナ支援額もGDP比ではバルト三国とポーランドがアメリカを超え断トツで上位4位を占めているのが分かる気がします。
カウナスはもっと小さな田舎町をイメージしていたら活気ある綺麗な街で、ヴィリニュスよりもカウナスが好きと言う人も結構いるようですよ。
猛暑の日々、Mugieさんも体調に気をつけてお過ごしくださいね!
sanabo2023年07月29日15時12分 返信する



