tabi47さんのクチコミ(204ページ)全4,355件
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投稿日 2015年07月29日
総合評価:3.0
浅草寺に隣接する浅草神社の境内に、いろいろな石碑が集まる一角があり、そこにこの花塚の碑もあります。
花道「独流」の祖・笠翁齋乱鳥翁の碑。文化元年(1804年)建立。笠翁乱鳥は、享和三年(1803年)死去。悲しんだ弟子たちが、瓶に花を挿したが、衰える花を惜しんで地中に埋め塚とした…そうです。- 旅行時期
- 2015年06月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2015年07月29日
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投稿日 2015年07月29日
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投稿日 2015年07月29日
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投稿日 2015年07月29日
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投稿日 2015年07月28日
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投稿日 2015年07月28日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
総合評価:3.5
近年まで本堂の前に高さ5メートルの大きな石燈籠が安置されていたそうです。明治二十五年(1892年)に石工の酒井亀泉が奉納した石燈籠は、平成十六年(2004年)に経年劣化などによる倒壊のおそれにおり、撤去され、その一部が残されています。残された部分だけを見ても大きな燈籠だったんだなぁーとうかがうことができます。
亀泉さんの祖父が失職したおり、その妻が信心していた浅草寺にお参りし、夫の酒癖の悪さの許しを願い、子孫代々酒を断つ旨を誓ったそうです。この家訓を守り一家は石工として大成し、亀泉さんが報恩にと浅草寺にこの燈籠二基を奉納したそうです。- 旅行時期
- 2015年06月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
総合評価:3.5
浅草寺の境内にある「新奥山」というエリアに、この力石があります。江戸後期に酒屋や米屋の人足たちの間で、酒樽や米俵を曲芸のように持ち上げて、その力を競うことが流行したそうで、この力石は境内で行われた「力くらべ大会」で競い持ち上げられたものだそうです。
この石は、明治7年(1874年)熊次郎という男が持ち上げた百貫(約375キロ)ほどの力石であり、新門辰五郎(しんもんたつごろう)らがその記念として建てたそうです。
幕末の歴史の中で目にしたことのある名前、新門辰五郎さん、ここに登場ー。京都で山本角馬さんにいろいろ援助されてた方ですよねー。- 旅行時期
- 2015年06月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日
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投稿日 2015年07月26日







































