しょうちゃんさんへのコメント一覧(7ページ)全248件
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お立ち寄りと投票ありがとうございました。
しょうちゃんさん
度々のお立ち寄りと投票ありがとうございました。
ドイツ大好き、古城ホテル好きで、古城巡りをしています。
そこで出会った伝説・民話にも拘っていますが、ご興味を持って頂きありがとうございました。
これからも宜しくお願い致します。
jijidaruma2014年02月17日00時23分返信するRE: ドイツ
jijidarumaさん 今日は
学生時代に少しドイツ語を習ったことがあり、ドイツ語圏へは比較的行きやすい国です。まだ、ツアーを利用したことはありませんが、これからは何回か分けてでかけたい、と思っております(昨年から、杖が必要になったので)。とくにツアーの最後は個人旅行できるツアーを利用するつもりです。なぜなら、個人としていきたい所(歴史的に)には大多数のツアーは女性向きにセッティングされているからです。たとえば、モンサン・ミッシェルにいく途中にアロンマンシュ・レバン(連合軍が上陸した海岸)の博物館になぜ訪れないのでしょうか、ね!(昔、カーンの平和記念館からガイデッドを利用した)。では2014年02月18日11時31分 返信する -
ドレスデンは大変に美しいところですね
こんにちは
私の旅行記にいらしてくれて、投票もいただいて本当にありがとうございます。
数年前ベルリンに行った時ドレスデンとマイセンにも寄りました。見るものすべてがすばらしく、ドイツのパワーを目のあたりにした..ような旅でした。なんとかベルリンは旅行記にしたのですが、写真映りの良いほうのドレスデン/マイセンはHDDに膨大な写真が眠ったままです。
歴史的地区のドレスデンの建築物と、破壊された歴史に驚きを隠せませんでした。
軍事史博物館による余裕がなかった前回の旅行ですが、次があるなら寄ってみたいと思います。
又ぜひand Relaxのページにも遊びに来てください。RE: ドレスデン
メールありがとう。ドレスデンは、あなたの指摘するように美しい町です。それは、ザクセン公国には、銀を産出したこと、さらに欧州において初めて陶磁器の開発に成功し、輸出に貢献したことにより財力が豊かだったからです。その北方に位置するプロイセン(1700年代人口200万)は農業国で土地もやせた国だったからです。フリードリッヒ一世の時代は王とは認められないくらいの小国(領主)でした。
歴史的地区のドレスデンの建築物と、破壊された歴史に驚きを隠せませんでした。英国空軍主導による空襲は軍事的価値の低い目標でしたが、東方から迫り来るソ連軍に対するデモンストレーションでした。その後、英国議会でも問題となりました。なお、東欧(東プロイセン、シュレージェン、バルト諸国,チェコなど)からのドイツ系避難民1000万人以上が避難する途中命を落としています。ユダヤ人ばかりの慰霊碑ばかり建てるのは不公平だ、という意見がドイツ国内にあります。歴史は、戦勝国による歴史です。
なお、エックスには、1992年夏2ヶ月ほど滞在していました。2013年12月28日12時30分 返信する -
ありがとうございました!
昨日、登録したばかりのフォートラベル初心者です。
ヘタクソな旅行記ですが、読んでいただいて嬉しいです。
ありがとうございました!
2013年12月22日12時58分返信するRE: ポーランド
拝復 メールありがとうございます。ポーランドには、たしか1995年の7月だったかに仕事で出かけました。仕事の合間(内緒で)にどうしても一度は行きたかったアウシュビッツ(中学生の時に「夜と霧」と言う翻訳本を読む)を訪れました。ポーランドに国費留学した友人が、あそこは観光地されてしまってねー、と言われました。しかし訪問する価値はあります。ワルシャワの王宮前広場にある「歴史博物館」も訪れる価値がありますが、ガイドブックには載っていませんね。今度行くときは、ワルシャワ蜂起博物館(最近オープン)を訪れたいと思っています。
なお、今年7月ベルリンに出かけるときに、ヘルシンキ・バンター空港を使用しました。東欧に行くときは利用しやすいフライトです。では2013年12月22日20時52分 返信する -
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しょうちゃんさん投票ありがとうございます
軍事史博物館、実は私も行きたかったのです、衛生博物館も
ここは軍事を賞賛するものではなく、戦争の悲惨さを訴えている博物館と聞きました。
私がハンガリーの同じ名前の博物館に行ったのですが、普通に戦争の勝者をたたえるもので、「戦争は勝ったものの歴史」という感じでした。
ここはやはりドイツだけあって、真実とその悲惨さを表していると聞きました。
ドレスデンはもっと見に行けばよかったかなと、後悔しています
まずはお礼までRE: 軍事歴史博物館ブダぺシュト
takogutiさんへ
> 軍事史博物館(>私がハンガリーの同じ名前の博物館)には私も仕事の合間に出かけました。ハンガリーは枢軸国として最後まで第3帝国に協力しました。1945年1月ドナウ河を挟んで戦闘が行われました。ヒトラーは東部戦線の機械化部隊をハンガリーの方面(バラトン湖の戦い)に差し向けました。冬の天候と同地区(湿地帯)の行動に大きな制約を受けたドイツ軍は最初有利に戦況を進めましたが、やがて進軍が困難になり第2ウクライナ軍に敗退しました。その後、ソ連軍の占領下傀儡政府による統治が行われたので、「博物館」は戦争の勝者をたたえるものになっています。歴史とは、敗者からみたほうがよりリアリテイがあるのが普通です。勝者の歴史には嘘(都合の悪いことは伏せる)が含まれています(例、南京事件、日本側は4.5万から5万前半)。それに、「正しい歴史認識…」なんていうお嬢さんがいますが、起こった出来事は一つでも時代時代によって解釈が変る、と「戦後ヨーロッパ史上」トニー・ジャット(歴史家)が言っています。大きく言えば人間の世界には唯一の正解はありません。 ケースメソッド教育の専門家より2013年11月22日22時13分 返信する -
ありがとうございます。
しょうちゃんさん
初めまして、こんばんは。
アルデンヌ旅行記に投票して下さり、ありがとうございます。
ほとんど写真だけですが・・・。
ぼちぼちとではありますが、続きも載せますので、よろしかったらまた見て下さい。
2013年10月29日19時32分返信する -
ありがとうございました。
おはようございます。
今回「(8)ドイツでビーアビッテ!の旅」の帰国編によってようやく2012年の旅行記が完結出来たところですが、早速訪問し投票まで頂きましてありがとうございました。
お恥ずかしいですが、1年掛かりでドイツから帰国することが出来ました。最終回(帰国編)は、提供する記事が無くて困って困って、苦し紛れの交通記(録)になってしまいましたけど。
今は次の出国のチャンスを静かに待っているところです。これからもよろしくお願い致します。2013年09月24日06時30分返信するRE: ドイツ旅行
nammosa21さん ドイツ旅行記楽しく拝見しました。旅行満喫したようですね。また、ドイツに行きたくなったのではないでしょうか?
小生仕事(4日)でベルリン(2回目)に滞在していました。残りはライプチッヒ、ドレスデン、ポツダムに体調不良ながらでかけました(糖尿病)。それでも、もう一度ベルリンおよびその周辺に出かけるつもりです(一カ所滞在型)。何回かに分けて出かける方が、見たいところを自分のペースで見学できます(ツアーはまだ利用したことがない)。最近は杖を持ってでかけるので、そのうちツアーを使うかもしれません。では2013年09月25日11時15分 返信する -
ご訪問とご投票ありがとうございました
>しょうちゃんさん
ご訪問ご投票ありがとうございました
私も時々訪問させて頂きます。
今後ともよろしく、まずはお礼まで
by Terry513
2013年09月13日16時18分返信する -
投票お礼
しょうちゃんさん
私のドイツ・フィンランドの旅行記に投票いただき有難うございました。また、貴重なご指摘を頂きましたので、旅行記訂正しておきました。
確かに「donation」と地元の人は言っていました。募金は「raising funds」ですね。今後共よろしくお願いします。2013年09月07日13時59分返信するRE: 池内「消えた国ーー」の意見を求めます
メール有り難うございます。
ドイツ文学者池内さんの「消えた国 追われた人々」に
質問1 p254に「国境のオーデル川を越えると、最初の町がシュチェチンである。」という文言です。
おかしいとは思いませんか? みすず書房経由で問い合わせしましたが、返事がありません。
追:募金は「raising funds」です。なお、長崎・広島原爆投下に関する北アメリカのプロテスタント教会は、募金を募り、贖罪の意味で日本にICUを設立しました(当初広島を予定)。最初の学長は、同志社大学の学長で政治亡命した人(湯浅)です。2013年09月07日20時16分 返信する


