マローズさんのクチコミ(5ページ)全143件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2016年05月17日
総合評価:3.5
西日本一高い所を走る山岳道路「UFOライン」(最高所は標高約1700m)沿いの標高約1400m地点にある唯一の一般観光客向き宿泊施設。背後には四国第五位の標高を誇る瓶ヶ森(1896.2m)があり、周辺の山々の登山基地としても利用されているが、ハイキング程度で登れる山が殆ど。
私はかつて、「れいほくネイチャーハント交流会」に参加した際、宿泊したので、宿泊料金には参加記念品等の料金も含まれ、12,000円だった。
この施設はカモ料理が有名なので、夕食には定番の鴨鍋が出たと思う。広間(宴会場)で交流会としての食事だった。
食堂(現在はカフェに改装されている模様)や土産物売り場も併設。
山の上の施設故、タオルや寝巻き、歯ブラシ等洗面用具を持参しなくてはならず、現在ではゴミも持ち帰らなければならないようになっている様子。
それでも雄大な山岳景観が心を癒してくれる。
因みに「UFOライン」はUFOの目撃談が多いことから名付けられた通称。しらさに宿泊時、運が良ければ夜空に現れるかも。- 旅行時期
- 1998年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- その他
- 1人1泊予算
- 12,500円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 3.5
- 接客対応:
- 4.0
- 食事・ドリンク:
- 4.0
-
投稿日 2016年05月13日
総合評価:5.0
三千メートル級峰の山頂の山小屋はどこでも混む。だから八ヶ岳では標高2,722m地点にある赤岳天望荘に宿泊した。それでも高所なので雄大な展望と雲海が広がる。
当日は6月の平日ということもあり、宿泊客は私の他には一人だけだった。その方とこたつに入り、その方が持参していたウイスキーを頂いた。その方は大部屋に泊まり、私は個室(当時は一万円未満だった)に泊まった。山小屋での個室は初めてだったが、快適だった。
食事や弁当の内容は覚えていないが、美味しかったと思う。- 旅行時期
- 1994年06月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 4.5
- 接客対応:
- 4.5
-
投稿日 2016年05月13日
総合評価:5.0
大阪から三千メートル級の山へ出かける際、交通の便と料金で言えば、八ヶ岳がいい。それは梅田を起点とした場合、バスを一回乗り換えただけで八ヶ岳の長野県側登山口近くの美濃戸口まで行けるから。
阪急梅田から阪急バス・アルペン諏訪号に乗って6時間弱で茅野市の茅野駅に着く。そこから路線バスで40分弱揺られ、美濃戸口バス停降車。後は林道を徒歩で美濃戸の各山小屋へ向かう。
私は一番奥の山小屋・美濃戸山荘へ泊ったが、ここは最悪だった。当時の山小屋主人は、客に対して「泊めさせてやる」という横柄な態度で、客に暴言を吐くこともあった。
現在は主人が代替わりしている可能性が高いので、嫌な思いをすることはないだろう(憶測)。
尚、今は梅田から複数のバス会社が高速バスを運行している模様。- 旅行時期
- 1994年06月
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 7月下旬から8月の期間以外の平日は少ない
-
投稿日 2016年05月10日
総合評価:3.5
17世紀後期に建設された愛媛県内最古の民家で、茅葺寄棟造の農家建築。この家の当主は隣接した家屋に居住しているが、その真鍋氏の先祖は平清盛の八男・平清房。清房は一の谷の戦いで平家が敗れた後、安徳帝を阿波の祖谷に潜幸させた。しかし屋島の戦いでも大敗した報を受けると、帝らを伊予に入国させ、切山に滞在させた。
一行は半年間滞在後、讃岐へと下り、乗船して長門彦島へと向かった。
清房は源氏に寝返った阿波の守護代・田内左衛門が帝の行く手を阻む可能性があるとの風聞を聞き、阿波入りしたが、逆に討たれてしまった。
因みに現在の真鍋家当主は、切山平家遺跡保存会事務局長。- 旅行時期
- 2013年05月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2016年05月03日
総合評価:5.0
今年で31回を迎える「しものせき海峡まつり」は、毎年5月2日から4日にかけて行われ、下関が一年で最も活況を呈する期間。
5月2日は赤間神宮で平家一門追悼祭や安徳帝参拝等の神事が執り行われる。3日が本祭的な日で、上臈(花魁)や源平武者の街中練り歩きや、何十隻もの漁船が源平の軍船に扮しての海上パレード(船合戦)等が開催される。
4日は巌流島でのイベントや赤間神宮で各種神事が行われる。
当方が見物した2010年時は、5月3日の最終催しで平家物語の屋外ミュージカルが開催されたが、その練習時、巨大モニター画面がいきなり真っ赤に染まるというハプニングが起こったという。しかし機材自体の故障ではなかった。主催者側は、これは舞台背後の関門海峡に眠る平家の御魂の仕業ではないかとの見解を示した。
因みに花魁の発祥は下関で、壇ノ浦の合戦時、死に切れなかった女官たちが生きていく術として花魁になったという。故に普通の女郎とは格が違う。- 旅行時期
- 2010年05月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 期間中、下関中心部は終日交通渋滞が起こるので、宿泊施設から徒歩で出かける方がよい。
- 催し物の規模:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 行列や船合戦の演者たちと見物客との一体感がある
-
投稿日 2016年05月03日
総合評価:4.0
「土佐の小京都」中村(四万十市の中心街)の歴史は、応仁2年(1468年)、前関白・一條教房公が応仁の乱を逃れ、自らの所領だった幡多荘(今の四万十市)に下向したことに始まる。そして現在の一條神社の建つ地周辺に中村御所を置いた。
次男の房家は在地領主となり、京都に倣った街づくりを行った。
平成4年、旧中村市は、教房公の入府を再現し、一條家ゆかりの京都の葵祭りになぞらえた土佐一條公家行列(藤祭り)を実施。以後、毎年の恒例行事となった。
行列は総勢190名。主役は土佐一條家二代房冬の正室・玉姫(伏見宮邦高親王の娘)で、その役は毎年公募によって選出される。
尚、当方が見物した年は、一條家第28代当主の子息が馬に乗って参列していた。- 旅行時期
- 2011年05月
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 催し物の規模:
- 3.5
- 雰囲気:
- 4.0
-
投稿日 2016年03月22日
-
投稿日 2016年04月28日
-
投稿日 2015年12月18日
総合評価:5.0
県外の一般観光客は、高知市一の絶景地を訪れることは殆どない。
高知市街地の南には東西に、標高200~300m超の「南嶺」と呼ばれる山脈が横たわっている。最高峰は烏帽子山で、主峰は鷲尾山だが、後者の山からの展望は今も昔も高知市一の絶景。いくつもの島を擁す浦戸湾から太平洋まで一望できる。その稜線は潮風が吹いていることから、夏場でも涼しい。
この山には、龍馬と姉の乙女が夜間登山をした伝承がある。
また、山頂には陸軍の対空砲台跡が残り、烏帽子山を結ぶ稜線等には塹壕も微かに残っている。
稜線の支尾根の突端にある筆山(ひつざん)は、高知城と城下の眺望が視界一杯に広がる。その上方にある皿ヶ峰は草地で、360度の展望を誇る。
西部には牧場やアスレチックもあり、子供から大人まで、行楽客から登山経験者まで、あらゆる世代が楽しめる山域となっている。- 旅行時期
- 2015年04月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 5.0
- 鷲尾山最短コースはバスの便が少ない
- 景観:
- 5.0
- 誰もが納得の高知市一の絶景
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 休日、鷲尾山頂は沢山ハイカーが訪れるが、座れる場所はある。
-
投稿日 2016年04月15日
総合評価:3.5
当時、H.I.Sサイトで予約するとシングル3,000円前後と激安だった。ネットにはないが、500円をプラスすると朝食が付く。
部屋は狭い和室だったが、ユニットバス・トイレは付いていた。しかし冷蔵庫はなかった。
問題はテレビ。最初、調子が良かったが、途中で映像が乱れ、主電源のオン・オフを行うと直る。しかしまた十数分すると映像が乱れる。その繰り返し。夜遅くはフロントに誰もいないと思う。
良い点としては、翌朝、チェックアウト後でも近くの観光地を探訪時、駐車させて貰えたこと。- 旅行時期
- 2012年04月
- 利用目的
- 観光
- 1人1泊予算
- 5,000円未満
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 4.0
- 風呂:
- 3.0
-
投稿日 2016年04月12日
総合評価:4.0
徳島市中心街の一角にあるにもかかわらず、シングルは三千円台。それでも冷蔵庫等は完備。10台分の無料駐車場あり。ネット予約では食事付きは選択できなかったように思う。繁華街に近く、コンビニは徒歩数十秒の所にあり便利。
- 旅行時期
- 2012年04月
-
投稿日 2016年03月18日
総合評価:3.0
近畿唯一の秘境(観光客にとっては)と言われる大杉谷唯一の山小屋。広い風呂があるのが嬉しい。談話室の雰囲気もいい。販売している地酒も美味しい。
ただ、大部屋寝室の天井が低く、梁に頭をぶつける客が続出。私も何度もぶつけた。
消灯後は真っ暗となり、懐中電灯がないとトイレにも行けない。
夕食の記憶はないが、当時の弁当は最悪、というのは宿泊客全員が口にしていた。おかずは卵焼きとたくあんと缶詰の赤貝だったと思う。皆、宮川貯水池の遊覧船(大杉バス停行)乗り場で文句をいいながら食べていた。現在、遊覧船は廃止されていると思うから、バス路線が延びているのだろう(?)。
尚、当時、風呂場でのシャンプーは禁止だったかどうか忘れたが、私はその頃、山小屋の浴場では自然に優しい原料の粉タイプのシャンプーを使っていた。そのシャンプーなら水を汚染することはない。- 旅行時期
- 1993年10月
- 利用目的
- 観光
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 2.0
- 風呂:
- 4.0
- 食事・ドリンク:
- 2.5
-
投稿日 2016年03月03日
-
投稿日 2016年02月24日
-
投稿日 2016年02月23日
-
投稿日 2016年02月23日
-
投稿日 2016年02月17日
総合評価:4.0
須崎市桑田山という地(山名ではない)の標高150m位から380mまでの斜面に、2月中旬から3月上旬にかけて、雪割り桜(椿寒桜)が約1,000本咲く。同時期には菜の花も咲くため、ピンクとイエローのコントラストを楽しむこともできる。ただ、平成からは温暖化が進んでいるため、雪を割って開花することは殆どない。
期間中の休日は田舎寿司や弁当、手作りクッキー等の販売、おでんその他の軽食も出る。
尚、現在(2016年2月17日時点)、この施設情報には複数の誤りがある。正しいアクセスとしては、吾桑駅から徒歩30分ほど。「徒歩で10分」というのは、桑田山臨時駐車場からの時間。高知自動車道を利用して行く際は、土佐市方面からと中土佐町方面からとでは降りるICが異なる。前者は須崎東ICで降り、後者は須崎西ICから降りることになる。
また、標高数値にも誤まりがある。「その他」欄には769mと記載されているが、これは桑田山上方の蟠蛇森山頂の標高。因みに、蟠蛇森の展望台からの眺望は須崎一の絶景。- 旅行時期
- 2013年03月
- アクセス:
- 3.0
- 車で高速を使って行く際、土佐市方面からと中土佐町方面からとでは降りるICが異なる
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.5
-
投稿日 2016年02月05日
総合評価:5.0
本家、天橋立の幅が最も狭い部分は20数メートルほどだが、「淡路橋立」こと、淡路国の淡路島東に浮かぶ全長約3kmの成ヶ島は、それより10メートルほども狭く、望見すると橋というよりまるで糸。水没しないのが不思議な位。しかし藩政時代前期までは島の北部と南部が淡路島と陸続きで、由良湾はラグーンだった。
約250種の植物が自生し、潮干狩りも人気だが、当方が訪れた時は貝毒が発生し、潮干狩りは禁止されていた。- 旅行時期
- 2008年04月
- アクセス:
- 3.5
- 無人島だが、一時間に一本ほどの定期船の便がある
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- GW期間の最初の方だったが、上陸者は皆無だった
-
投稿日 2016年02月05日
総合評価:4.0
漣痕とは「さざなみの痕」という意味。四千万年(昭和期の文献では2億年だった)ほど前の堆積した海底砂岩表面に刻まれた漣(さざなみ)の痕が化石となったもので、露出露頭では日本最大と言われる。高さ30メートルで地層が縦になっているが、これは地殻変動によるもの。
- 旅行時期
- 2012年02月
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
-
投稿日 2016年01月30日
総合評価:4.5
一般観光客の知る佐田岬の砲台跡は、昭和20年春に、二ヶ所設置された横穴式格納型砲台の一つ。もう一ヶ所は防波堤で岬と陸続きになった「真の四国最西端」御籠島にある。そこに展開していた部隊は重砲兵第18連隊だが、元々の部隊名は豊予要塞重砲連隊。大正15年11月、岬に露天の「豊予要塞佐田岬第一砲台」が整備されたことに始まる。昭和2年には東方の横峰山と正野谷西側に第二砲台施設が設置された。
佐田岬の遊歩道を燈台に向けて歩いていると、左手にコンクリート階段や小径が現れるが、それらを上がると半地下式の砲台観測所や第一砲台の砲座(4門)、地下弾薬壕に通じる砲弾揚げ降ろし穴がある。
岬のキャンプ場の売店(画像の外壁の店名部分は加工処理をしている)は横穴壕の発電室跡を利用したもので、椿山展望台下方には探照灯(サーチライト)格納壕、燈台西方下(当サイト地図の図示箇所)と御籠島南部には、それぞれ2門ずつの横穴式砲台壕が残る。但し、燈台西方と御籠島の砲台は断崖にあるため、探訪は容易ではない。- 旅行時期
- 2013年06月
- アクセス:
- 3.5
- 日本一長い半島の先にあるだけに遠い
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5



























































