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元カニ族さんのトラベラーページ

元カニ族さんへのコメント一覧(3ページ)全48件

元カニ族さんの掲示板にコメントを書く

  • 曲でしか知らなかった地名

    戦前の曲で有りながら、何度となく聞いたチャタヌガ・チューチュー♪
    実際に駅まで足を運ばれたんですね(*^o^*)
    テネシー州からは全く未知の世界なので、懐かしむ事は出来ませんが、また違った楽しみが有ります☆

    旅行と話は違いますが、白人がインディアンに加えた迫害はとんでもないモノだったのに、世界的に誰も何も言わないのはおかしいと常々思いますが、世界的にも、白人のしでかした事を責められない図式はこの先も変わらないままなのでしょうか?
    オバマ大統領が殺されずに任期を終了しようとしてるのは画期的では有りますが‥。

    アトランタでは何を見るのかな?
    2015年09月01日11時18分返信する 関連旅行記

    RE: 曲でしか知らなかった地名


    PHOPHOCHANGさん

    アメリカで虐待した先住民インデアンの問題、アメリカに限らずオーストラリアのアボリジン、中南米で破壊したインカ・マヤ文明、それに英国の奴隷商人が暗躍した黒人の奴隷問題。現代でもドイツや日本人捕虜を厳しい環境で働かせたソ連。これらに比べれば日本の帝国主義(?)などはチッポケナ問題に過ぎないと思います。

    日本がいつまでも謝罪、謝罪と云われるのは単に敗戦国というだけでなく、日本人のお人よしのせいでしょうか。

    イギリスの大英帝国博物館には、世界中から略奪してきた財宝が保管・展示されています。ここは入館料は無料です。当然でしょう。略奪してきた財宝を、お金を取って見せることになれば、世界中から非難されるでしょう。
    ビートルズの故郷リバプールはかって奴隷貿易で栄えた港街です。
    世界中、いたるところに光と影があります。

    そして、21世紀になってますます混乱する中東問題。
    「世界平和」とは何か、まったく分からなくなってきました。

    元カニ族
    2015年09月01日18時22分 返信する

    RE: 曲でしか知らなかった地名



    PHOPHOCHANGさん

    「チャタヌガ・チューチュー♪」を私は知りませんでしたので、早速調べました。

    この曲が世に出たのが、1941年5月。私が生まれたのは1941年4月ですから、ほぼ同じ時に生まれた曲です。
    ゆかりの深いこの曲、この旅行記の冒頭に飾らせていただきました。

    教えて頂き、ありがとうございました。

    元カニ族
    2015年09月01日23時43分 返信する

    RE: RE: 曲でしか知らなかった地名

    チャタヌガ・チューチュー♪お役に立てたなら光栄です(*^^*)

    頂戴したお返事も、自分が常々思っておりました事を代弁していただいており、とても心強く思いました。
    先日の安倍首相の「子孫が謝らなくてよいように」は、もう繰り返し謝る必要は無いのだと言おうとしているのだと解釈しております。
    政治的な話題は此処ではタブーかと思いますが、大変有り難いご意見を拝聴させていただけたので、御礼まで☆




    >
    > PHOPHOCHANGさん
    >
    > アメリカで虐待した先住民インデアンの問題、アメリカに限らずオーストラリアのアボリジン、中南米で破壊したインカ・マヤ文明、それに英国の奴隷商人が暗躍した黒人の奴隷問題。現代でもドイツや日本人捕虜を厳しい環境で働かせたソ連。これらに比べれば日本の帝国主義(?)などはチッポケナ問題に過ぎないと思います。
    >
    > 日本がいつまでも謝罪、謝罪と云われるのは単に敗戦国というだけでなく、日本人のお人よしのせいでしょうか。
    >
    > イギリスの大英帝国博物館には、世界中から略奪してきた財宝が保管・展示されています。ここは入館料は無料です。当然でしょう。略奪してきた財宝を、お金を取って見せることになれば、世界中から非難されるでしょう。
    > ビートルズの故郷リバプールはかって奴隷貿易で栄えた港街です。
    > 世界中、いたるところに光と影があります。
    >
    > そして、21世紀になってますます混乱する中東問題。
    > 「世界平和」とは何か、まったく分からなくなってきました。
    >
    > 元カニ族
    2015年09月02日00時17分 返信する
  • 初めて見ました

    メンフィスは通過した事しかないので、グレースランドは大変参考になりました。
    中学生でしたが、コンサートの映画を何度も見に行ったクチです。

    そんな中で一番興味を惹かれたのはお祖母さんの家でした。義祖母が一人で住んでいた家にそっくりでした。
    昔の南部の家は皆あんな感じだったのですね。懐かしかったです。

    次はどちらかな?
    2015年08月28日17時57分返信する 関連旅行記

    RE: 初めて見ました

    PHOPHOCHANGさん

    エリビスがグレースランドに住んだ20年を、私の過去に重ねて見ると、丁度高校入学から、大学時代を経て、会社に入り、フイリピン駐在、帰国、結婚、長男誕生、オーストラリア駐在、次男誕生、帰国、住まいの土地探し、そして住宅竣工までの20年間になります。

    いろいろなことがあった私の人生の超多忙な時期でした。元々、音痴で音楽に興味のなかった私は、この間エルビスには全く無関心でした。ビートルズもしかりです。
    今回の旅行で、グレースランドを訪問して、初めてエルビスの世界的な人気を実感しました。これも今回の旅行の収穫ですね。

    アメリカ大陸横断は、次はナッシュビル、そしてストーンマウンテン、アトランタ・・・ワシントン、ニューヨークとまだまだ続いて行きます。
    お付き合いよろしくお願いします。

    元カニ族
    2015年08月28日23時37分 返信する
  • 待ってました!

    クレオール&ケイジャン料理いかがでしたか?
    自分にとってはアメリカ料理として大好きな部類の一つです。
    義母の作ってくれたガンボは今でも思い出の味です。

    2015年08月24日10時46分返信する 関連旅行記

    RE: 待ってました!

    PHOPHOCHANGさん

    長らくお待たせしてしまいました?!
    これから、また旅行記を再開しますので、よろしくお願いします。

    旅行の案内書には「クレオール&ケイジャン料理」を食べたことになっています。また写真のテーブルは、料理が出てくる前で、食べ物が何も写っていません。
    食べ物に関心の薄い私は、正直なところ、何を食べたのか?残念ながら記憶に残っていません。
    PHOPHOCHANGさんお気に入りの素晴らしい料理だったはずですが、思い出せなくて残念です。

    私に残っている海外、国内旅行の写真には、宿泊したホテルや食事の写真はよほどのことがないかぎり、まったくありません。
    4トラの皆さんの旅行記には、ホテルや食べ物の情報が多いのに驚いています。私にも撮ろうと思えば、撮る機会は多々あったはずですが、関心がなく撮らなかったのが残念です。

    元カニ族
    2015年08月24日18時19分 返信する
  • 「囲碁全国大会観戦記」を拝見しました。

    元カニ族様

    「小・中学校囲碁全国団体戦前項大会観戦記」を拝見しました。お孫さんが石川県から上京し、大会に参加されたそうですが、私はこのような大会の様子は初めてで、大変興味を覚えました。

    それにしてもこの暑い時期に全国から参加者が集まり、熱戦を繰り広げて、大変なものでしたね。私は全然囲碁将棋をやりませんので分かりませんし、このような大会があるのさえ知りませんでした。

    海外にいると、囲碁将棋等知っているといいのに時々思うことがあります。教えてほしいと頼まれても、全く分かりません。元カニ族さんはおやりになりますか。

    では、これで失礼します。

    Tamegai

    2015年08月06日18時42分返信する 関連旅行記

    RE: 「囲碁全国大会観戦記」を拝見しました。


    Tamegaiさま

    ご覧いただきありがとうございます。

    私は、パプア・ニューギニアの最初の駐在2年間のあいだ、夜は未開国でやることがないので、日本棋院の通信教育を受けました。中級まで進み「6級」を取りました。
    帰国後、実際に対局しましたが、性格的に「争いを好まない」私には向いていないことがわかり、囲碁はギブ・アップしました。
    しかし、息子には手ほどきだけはしておきました。

    それが、息子から、孫へとつながり、孫はプロの指導を受けるようになり、昨年末「初段」を取りました。

    ちなみに、2回目のパプア・ニューギニアの駐在3年間は、ハレー彗星の観測と、当時出始めた、ポケット・コンピュータを持ち込み(まだパソコンのない時代)、BASIC言語で、プログラミングを独習しました。
    帰国後、力試しにマイコン認定2級、第二種情報処理技術者の試験を受けて合格しました。

    性格的に囲碁より、この方が向いていたのでしょう。

    海外でも私のように「通信教育」で囲碁を独習することはできます。
    入門、中級、上級 と三段階ありました。
    ご参考まで、

    元カニ族
    2015年08月06日22時38分 返信する
  • 景色の変化が

    凄いですよね、1つの国の中なのに。

    自分はオークアレイのプランテーションハウスは知りませんでしたが、もう少し北部のミシシッピ州に入ったナッチェスで何棟か見学した事が有ります。

    米は目から鱗でした。ジャンバラヤは南部の料理でしたね。カリフォルニア米以外はパラパラで、当時の義母に手巻き寿司を作ってご馳走しようとして失敗した事が有ります。
    が、南部の、特にクレオール料理は大好きでした。召し上がられましたか?
    フランスが入植した所は他の欧米諸国とは一味違うのが面白いです。

    次はニューオリンズだから、フレンチクォーターでジャズかな?
    2015年08月02日00時24分返信する 関連旅行記

    RE: 景色の変化が


    PHOPHOCHANGさん

    この地域の広大な「田園風景」と、どこまでも続く「バイユー」には感激しました。

    旅行の日程表を見返してみると、確かに昼食は「クレオール料理」になっています。しかし食べ物にまったく疎い私は、どんなものを食べたか、まったく記憶に残っていません。

    コメの生産量をもう少し詳しく見てみると、長粒米、中粒米、短粒米に分け統計がとられています。日本の米に似ているのは、中・短粒米と思われますので、これはカリホルニア州で多く生産されています。カリホルニアのコメは美味しくて「カリホルニアコシヒカリ」もあるとか聞いています。

    「風と共に去りぬ」に関連して、アトランタあたりで「南北戦争」について書く予定です。

    次はニューオリンズで、フレンチクォーターでジャズなど書きます。

    元カニ族
    2015年08月02日22時55分 返信する
  • すみません、続きです

    ルイジアナ州は何処をご覧になったのでしょう?南部のプランテーション?

    次もまた楽しみです♪

    2015年07月30日21時51分返信する 関連旅行記

    RE: すみません、続きです



    PHOPHOCHANGさん

    早速ご覧いただきありがとうございます。

    会社に入った1年目は「合板」のアメリカ向け輸出の手伝いをしました。この時"HOUSTON"向けもありましたが、どうして「ヒューストン」と読むのか不思議に思っていました。合板輸出は1年だけで、その後は念願の「南洋材」の輸入に変わりました。

    ヒューストンでは、やはり化学関係のお仕事をされていたのでしょうか?
    ヒューストンの街はバスの窓から見ただけですが、どこまで行っても続く工場群、さすがアメリカですね。

    ルイジアナ州では、レイクチャールスを出発して、広大な湿地帯(ベイユー)に驚き、バトンルージュから「オークアレイプランテイション」(風と共に去りぬの世界ですね)をみて、ニューオリンズに向かいました。

    次回もよろしく

    元カニ族
    2015年07月30日23時52分 返信する
  • 懐かしい!

    地面からニョキニョキ生えているような高層ビル。まさしくヒューストンですね。自分もこういう感じでダウンタウンが見える南部に住んで居ました。

    ディズニーが手がけた宇宙センターなんて物が在るのですね、ビックリです。
    それとヒューストン港の発展にも驚きました。全米最大級なんですか?
    ヒューストン港なんて誰も口にした事無かったですね、って遠い昔ですから、変わって当たり前ですね。

    ルイジアナ州は何処をごら
    2015年07月30日21時49分返信する 関連旅行記
  • 泊まりたいねと話してました

    毎度の事ながら、アメリカ大陸で暮らしていたのが30年近く前なので、思い出も全てその当時のモノなのですが、サン・アントニオは例外的に大好きな街でした(自分はアメリカは観光するには良いけれど、暮らすには差別的で気に入らなかったのです)。
    ヒューストンから車で日帰り何度かしました。お金が有ったら、リバーウォーク沿いのホテルに泊まってみたいねと言う会話を何度もしました。懐かしいです。
    ヒューストンは白人カウボーイの田舎町でしたが、サン・アントニオは当時ですら市長がヒスパニックで、マイノリティが暮らしやすい街でした。だから、治安も良かったのです。今はどうなのかな?
    歴史有る街の方が治安は良いと思うPHOですが?


    次はヒューストンですね、こちらも楽しみです♪
    2015年07月28日10時09分返信する 関連旅行記

    RE: 泊まりたいねと話してました

    PHOPHOCHANGさん

    サンアントニオについて、実際にアメリカで生活された方からの、生きたコメント、非常に有益で、有り難く思います。

    歴史と、治安の問題は、悩ましい問題ですね。
    アメリカの銃社会における、治安の問題は私にはわかりませんが・・・

    途上国(後進国)の独立後の治安の悪化の問題を見る(実際に私は某国で体験していますが)と、これは禁句でしょうけれど、「植民地時代の方が、街は美しく、治安が良かった」事は確かでしょう。

    さて、ヒューストンはバスの窓から見ただけで、素通りして、ジョンソン宇宙センターに行きました。

    私の旅行記を、他の人の旅行記と比べると、ホテルや食べ物の写真や記述はまったくありません。会社時代にドサ周りをしてきた私は、ホテルは寝るだけ、食べ物はのどを通れば十分という旅行をしたからでしょう。未開地でのどを通らないものを時間が来れば食べなければならない「ああ・・また飯か・・・」と言いながら、食べました。
    で、ホテルや食べ物には、興味がありませんし、また記憶に残っていません。

    しかし、歴史や産業、社会問題には、興味があり、そういったものを織り込んだ旅行記を書いていきたいと思っています。

    元カニ族
    2015年07月28日23時27分 返信する
  • 映画は見た事無いのですが

    曲は聞いた事が有ります。

    自分が行ったのは30年近く前なので、評判として聞かされていた『見てガッカリする観光地(高知のはりまや橋とか)』とは思えなかった記憶だけ残っています。

    サン・アントニオの街はいかがでしたか?
    続きを楽しみにしております。

    2015年07月26日02時43分返信する 関連旅行記

    RE: 映画は見た事無いのですが


    PHOPHOCHANGさん

    この映画は、学生時代に名画座で見ました。びっしりと砦を囲んだメキシコ軍を相手に、最後の一兵まで戦う映画は、西部劇というより、日本軍の「玉砕の島」の物語を見るような気になりました。
    また、心に残る「主題歌」はいつまでも心に残っていました。
    そして、アメリカから帰ってからDVDを借りてきて、見直しました。

    テキサス州は、アメリカの中にあって、特異な歴史をたどってきたように思います。(アメリカ大陸横断をして初めて言えることですが)メキシコから独立を勝ち取り、後にアメリカ合衆国に入りました(自発的にかどうかはわかりませんが)。泥を固めたようなサンタフェの住宅も、アメリカ的ではありませんでした。

    映画「ジャイアンツ」もテキサスの豊富な石油資源を題材にした映画です。
    前の旅行記に映画の一部を追加しました。

    正直「アラモ砦」は、映画を見て予想していたものよりは、小規模でしたが、テキサス州の歴史が凝縮していると思います。歴史が浅く、史跡の少ないアメリカでは貴重な史跡だと思います。

    現役時代、東南アジアを相手にしてきた私は、アメリカ大陸を横断して、ようやくアメリカを身近に感じることが出来るようになりました。
    大きな成果を得ることが出来たと思っています。

    元カニ族

    2015年07月26日11時00分 返信する
  • ジョン・ウェインと云えば

    元カニ族さま、こんにちは。


    旅行記を拝見させて頂きました。

    ジョン・ウェインと云えば、西部劇か戦争映画の俳優としてはアメリカではビカイチ的存在でした。
    特に、映画幌馬車は今見ても色褪せた感じが無く、あんな濃い演技をする俳優が、現在のアメリカでは皆無となってしまった事に、寧ろ奇異な感すらします。



    横浜臨海公園
    2015年07月10日16時35分返信する 関連旅行記

    RE: ジョン・ウェインと云えば


    横浜臨海公園さん

    今回の、モニュメント・バレー観光と、帰国後の調べで、西部劇が、マカロニ―ウエスタンにとって代わられ、その後まったく復活しない理由が、単に時代の変化だけでないことを知りました。

    私にとっては、大きな収穫でした。

    元カニ族
    2015年07月11日11時16分 返信する

元カニ族さん

元カニ族さん 写真

4国・地域渡航

9都道府県訪問

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元カニ族さんにとって旅行とは

50~60年前の私の学生時代、ザックをかついで、全国を旅行して回る若者達がいました。彼らを「カニ族」といいました。私もカニ族になって、全国を旅行して各地の社会を見ようとしました。北は北海道、利尻・礼文・知床半島から南は奄美大島・徳之島・沖永良部まで歩きました。旅行は当時の私にとって社会を知る勉強でした。
上のプロフィール写真は、1961年7月、私がカニ族となって最初に北海道旅行した時の礼文島での姿です。当時のザックはキスリングザックといい横に長く、後ろから見た歩く姿がカニのように見えたので、カニ族と呼ばれたました。
当時、海外旅行は夢のまた夢でした。

海外に行きたくて、貿易商社に就職し、ようやく海外出張、海外駐在などで海外に行くことが出来ました。会社時代、旅行は国内・海外を含め、仕事の一環で、自由な海外旅行は、休暇が取れず不可能でした。

退職して何度か自由な海外旅行をしましたが、現在の老いたカニ族は、体力的にも限られた小さな旅行しかできません。しかしその旅行を歴史的、文化的、社会的に色づけして、内容の濃い旅行にすることはできます。「元カニ族」の精神を忘れずに、老いてもカニ族を続けようと思っています。加えて旅行で歩くことが健康の維持に役立てばしめたものです。

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

北海道 知床半島

大好きな理由

学生時代、羅臼から定期船に乗って、知床岬まで往復しました。
定期船は知床半島で夏の間、昆布採りの人々に物資を輸送、人の往来のための船でした。定期船が洋上で停まり、陸に向かってマイクで「〇〇さん!お客さんです」、「〇〇さん!荷物が届いています」などというと、陸から小舟が近づいてきて、荷物の受け渡し、人の乗り降りがありました。
往時の知床半島の厳しい景色と、のどかな人々の生活が、今も脳裏に焼き付いています。

行ってみたい場所

現在4の国と地域に訪問しています

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