クリスさんへのコメント一覧(6ページ)全104件
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モンセギュール
こんにちは! あれぇ、また溜まってしまいましたが、でも私もやっとモンセギュールに到着です。
あれ、あの山上の城がそうなのかと思っていたのですが、17世紀の物ですか?
以前の城も内部に含まれているのでしょうか?
ずっとてっきりあの城がそうかと思っていたのでした。かなり古そうに見えますし・・。
と、あの慰霊碑はいつ頃の物なのでしょう? 異端として処刑されての地の慰霊碑というのは、やはりかなり後の物なのではないかと思いますが。
形としては素朴な古いイメージを受けますね。
佐藤賢一の「オクシタニア」は読んだことがありませんが、お勧めの作でしょうか?
私はクリスさんがモンセギュールに、というので、堀田善衛の「路上の人」を読み返し、カタリ派についてもまた改めて知ることがありましたが、当時の人々がああいう思想に傾いた、というのも大きな疑問です。
それだけ実際の世間やカトリック社会が、ああいう思想に傾くほど酷かったのか、とも思いますが・・。
でも、これは一読をお勧めします。
RE: モンセギュール
shinkaiさん書き込みありがとうございます。
カタリ派のモンセギュールの城は破却されてしまったので、当時の物はまったく残っていないという事です。
慰霊塔がいつの時代かはわかりませんでした。おそらくフランス革命より後の時代の物だと思います。
佐藤賢一の「オクシタニア」は長編ですがお薦めします。小説として面白い。いろいろな出来事も知る事ができますし。
個人的な考えですが、カタリ派については教義の違いというより、オクシタニアにおける就任権闘争の様なものかと思います。
カタリ派が教皇庁にどうしても受け入れなかった争点は、
1.教会税として徴収する税金を教皇庁に納めず独自の資金としていた事
2.領主、司教等の任命権を勝手に行っていた事
の2点でしょうね。
トゥールーズ伯レイモン7世に使者を送り、この2点について勝手を行わないよう詰問しますが、答えは使者の暗殺でした。レイモン7世にすれば、教皇庁の任命権を受け入れれば、自分たちの任命権も否定されるとともにフランス王の格下に成り下がる事になる。それが承服できないという理由での軽挙妄動でしたが、イノケンティウス3世の怒りを買い鉾先がカタリ派に向けられた。異端の理由付けはその後の事です。
私としては、中央で成功した商社が、一地方の優良企業の地盤を奪い取るような紛争に見えます。
初期の教皇庁というのは、まだ自分達の教義もそれほど確固たる物はなく、宗教改革後に確立されていくんですね。中世の信仰、諸聖人信仰とか聖遺物信仰、男神であるはずのキリスト教が、なぜ聖母マリアを高く崇めたかも。これらはプロテスタントの批判によりカトリック内で再定義化されていく。
アッシジのフランチェスコは良い方に転びましたが、カタリ派は悪い方に転んだという言い方も出来るかな。
長くなりましたが、これもひとつの意見として聞いていただけたら。2017年12月14日18時20分 返信するRe: モンセギュール
こんにちは!
確かに仰る所の税収、任命権の問題もあったのかと思います。これが通らないと教皇庁の存在も意義も無くなりますものね。
未だに確固たる国家とか教皇庁の権限も曖昧だった時代なのですね。
はい、フランチェスコ派は確かに良い受け入れをされましたが、その結果はフランチェスコが亡くなると同時に、当初とはまるで別の宗派となり、教皇庁に同化して行きますものね。
ドメニコ会派などは自分たちが異端ではない事を証明するために、異端審議で大きな活躍をして見せたりで・・。
それにしても、モンセギュールは悲惨でした。
2017年12月17日15時52分 返信する -
フノラール
フノラールのお堂のたたずまいがいい感じですね。
中のフレスコ画、ネットで少し拝見しましたが、マンドルラのキリスト他素晴らしいですね。
ル・ブールの聖マリア教会の扉口も初めてみるタイプです。
頭がついてるのも面白いですが、聖家族のエジプト逃亡などの彫刻興味深いです。
次々と魅力的な教会を拝見できてうれしいです。
マリアンヌ -
ミルポワ
ここもオクシタニアで読んだ街ですね。
カタリ派がるシモン・ド・モンフォールによって陥落させられた地ですね。
大聖堂のアーチ構造が素敵です。
そして木組みの家と軒送りっていうんですか?素晴らしいです。
ノルマンディーなどでも木組みの家は見たことあるけどこんなのは無かった気がします。ホント柱頭のようで楽しいです。
貴重なものを見せて頂きありがとうございます。
マリアンヌ
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フォア城
クリスさんのアップが早くてなかなかついていっていません。
一目みてわぁフォアだ‼
オクシタニアで出て来たよな、詳細忘れてしまってるんですが…
アルビジョワ十字軍との攻防の地、私は行けそうもなく、拝見させて頂き、感動です。
ガストン・ド・フォワの所縁だったんですね。
カンブレー同盟戦争あたりは国や教皇が複雑にからみあって煩雑すぎてわかりにくいです。
マリアンヌ
RE: フォア城
マリアンヌさん、書き込みありがとうございます。
フォアのお城は若い時に一回見た事があるんです。あの当時はこの町がどんな町か良く知らずに通り過ぎただけなんですが、とても印象に残る姿で、帰ってから色々と調べなおして、この地の歴史を知った次第です。
アンドラ公国はこの領主とセオ・デ・ウルヘルの司教との共同統治という事でも、フォア伯がとても権力の強い領主だったことがわかりますね。
カンブレー同盟戦争は、教皇庁の権力志向と相手同士を互いに戦い合わせて漁夫の利を得ようとする姑息な政策で、コロコロと同盟相手が変わって行くので、ついて行けないですよね。この時代振り回された人たちはお気の毒だったと思います。
2017年12月12日17時56分 返信する -
サン・リジェール旧聖堂
入口の5重の尖塔アーチ、単純に煉瓦積みで、柱頭も粗雑な彫り、とクリスさんには悪印象の様ですが、はは、私は好きですね。 絵画的に言うと、煉瓦の一つ一つの色も減り具合も違っていて味わいがありますもの。
内陣の最初の写真を見た時、これは良い、と直感しましたが、最後まで読んでいて成る程間違っていなかったと思いました。
後陣からヴォールトにかけての古いフレスコ画が何とも言えない味わいを添えているのですね。キリスト像を囲んだ白い丸い形、マンドラの変形? と、下の細長い区画も良いハーモニーを添えているのだと思います。
馬蹄型アーチ、という呼び名も教えて頂きましたが、 なんとも原始的に近い、洞窟を掘った様な狭い奥行きの祭室になっているのですね。
そうなんですよね、本当に参拝されている方が居られると躊躇しますよね。
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サン=ゴーダンス
ここは先回ちょっと拝見した時にも柱頭装飾が素晴らしいと思ったのですが、やはりですね!
ですが、かなりの部分は修復されているのでしょう? 最初のタイトル写真にあるのも、新しく見えますね。
そして後陣からの写真が素晴らしいです。 教会見廊部分のスタイルは後期の物と折衷した感じですか、それがまた味わいを増している感じがします。
鐘楼がとても太いですが、これは何か鐘楼以外の使用方法があっての事でしょうか?
回廊は新しく修復再現されたものとの事ですが、美しいです。 やはり回廊があるのは気持ちが和らぎますね。
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サン=ベルトラン=ド=コマンジュ
ここはフランスの美しい村にも入っているとの事ですが、下から見た写真では、高台にある聖堂がまるでお城の様にも見える素敵な存在ですね。
町中の家並も素晴らしそうです。 南仏でもよく見たあの明るいグレイの窓の鎧戸が良いですねぇ。
確かに横から見る聖堂はゴシックの香りで、入り口も良いですが、仰る通り、回廊が素晴らしいですね。
中廊の柱、柱頭も柱下の彫像も素晴らしく、興味深いですが、4福音者の立像の柱など素晴らしいですね、初めて見ました。
参拝者を巡回させて参拝させるように、というのはやはり、サンティアーゴへの道順に当たるのもあるのでしょうね。
ロマネスク以降の様々な素晴らしい祭壇なども、やはり見るべきものの一つなのでしょう。
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ボソスト
こんにちは!
最初に、見るつもりで来たわけではない、と言われる、ははは、教会の姿が可愛くて素朴で良いですねぇ。
で、「清めの聖母教会」の後陣横からの写真がとても素晴らしいですね。 古い石板の屋根、そして石組、なんとも良い趣で、それにお勧めの入り口がやはり素晴らしいです。
半円部分、まぐさ石当たりの幾何学模様のかなり深い彫りと、人頭彫刻。 これだけでも何とも言えないロマネスクの趣がありますね。
内部も少し狭そうですが、半円アーチの上の線がいびつだったり、そのまま石組が見えていたり、素朴さがそのまま残っていて良いですね。
写真で拝見すると結構明るいように見えますが、実際にはもっと暗いのでしょう?
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ようやく追いつきました
クリスさんはアップが早いので、
ちょっと見ない間にこんなに旅行記が進行していました。
後陣と比べて、正面の方はロマネスク感(?)が乏しいですね。
入り口の半円アーチがかろうじてロマネスクらしいですが、
ロマネスク風の彫刻がないのが寂しいです。



