クリスさんへのコメント一覧全104件
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獅子が守る
クリスさん、
今晩は。
山中深く、ロマネスクのサン・ロマン・デ・モロソの庵を見るために、此処まで行くのかと、少々驚きました。
ロマネスクの文様は時代と共に摩耗も激しく、写真でも定かでない部分もありますが、実に素朴感があって興味深いですね。
さらに聖ユリアナとは何者か?と、検索してみました。聖女と言わずに、聖人のように表現するのは何か意味があるのでしょうか?(聖女エリザベートの事績はドイツ各地で見かけます)
また、「左右に2頭の獅子が、教会を守るように階段の手前に置かれています」の写真を拝見。
なにやら日本の神社の狛犬を連想しました。文化は伝播すると聞きますが、これもその一つなのですかね。
たいへん勉強になりました。
それではまた。
jijidarumaRe: 獅子が守る
jijidarumaさん、書き込みありがとうございます。ニコメディアのジュリアナの件ですが、San,Santaで男女の違いはあきらかですので聖女と書くのがよろしいのでしょうけれど、ジェンダーの議論を踏まえると聖女の表記にこだわる必要はないのかと思います。私の旅行記でも表記が揺れていますのでお許しください。名前についてもユリア、ユリアナ、ジュリアナと国によって呼び方に違いが出るのも他の聖人と同様、日本では統一する事が難しい問題かと認識(論点が少しずれるかも)しています。
ニコメディアのジュリアナは東方正教会やオランダ等で人気のある聖人だと認識しています。ドイツでは少数ですけれど彼女を守護聖人とする教会が存在しています。
狛犬の件仁王像もそうですが、面白いことに口の開け閉めも含めで、東西での共通性が伺える問題です。おそらく起源は同じ所から来ている可能性がありますが、謎につつまれ正解はいまだに見つかっていませんね。2025年02月13日08時42分 返信する -
ドイツワイン街道とワインの門
クリスさん、
今晩は。
素晴らしいレンタカーの旅をされてますね。
2010年ドイツの秋ではドイツワイン街道を南に走りました。
この時はドイツの南西部・ラインラント・プファルツ州 & ザールラント州を巡りましたから、Alzeyアルツァイからドイツワイン街道の北のスタート地点の町Bockenheimボッケンハイムに至り、そこから南下しました。
イギリス国王リチャード獅子心王を幽閉していたというTrifelsトリフェルス城などを見て、フランスの国境にも近い、小さなワイン村 Dörrenbachデーレンバッハで昼食を終え、独仏国境を目指しました。
本編にも出てまいりますSchweigen-Rechtenbachシュヴァイゲン・レヒテンバッハというワイン村であり、独仏国境の町でした。
こんな言葉が記憶にあります。
*Das Deutsche Weintor, offen nach beiden Seiten: zur Pfalz und zum Elsass.(ドイツワインの門はどちらの側にも門を開いている。その一つはプファルツであり、もう一方はエルザス(アルザス)である)
仏側から見た門の壁には威圧するかのような大きな鷲の姿がある。そこにはナチスの象徴であるHakenkreuzハーケンクロイツがついていたと云うが、今は無い。
その昔に訪れた頃は勿論、フランスとの国境線が引かれ、厳重とは言わないまでも、国境は管理されていた。
今は周辺がきれいになり、隣町に行くような形で、国境を越える。
仏側の隣町Wissembourgヴィサンブールは、かつてWeissenburgヴァイセンブルクと呼んだ14~17世紀の間は帝国自由都市でした。ワイン街道沿いの町の名が、この町のKloster Weissenburg ヴァイセンブルク僧院の古い文献によく出てくると云う。
私共もちょっと往復!と国境を越え、ヴァイセンブルクの町に行ってみた。
やはり住宅、道路の様子をみると、ドイツに軍配が上がる。
以上のようなわけで、結局ヴァイセンブルクの町はサラッと見ただけに終わりました。今回、クリスさんの本編でこの町の様子がよく分かりましたし、大変魅力的であるのが理解できました。
もう行くチャンスもないでしょうね。
ありがとうございました。
それではまた。
jijidaruma
RE: ドイツワイン街道とワインの門
いいねと書き込み、ありがとうございます。
まずお断りを、昔のブログは消えてしまいましたので古い物は残っていないのです。
Alzeyは交通の要衝ですのでわかります。私の場合はマインツから下ってWorms、LorschやMichelstadtへの旅行経路としての認識でしょうか。この旅行記のヴァイセンブルクへの時も通過しています。
旅行記を拝見しようと思い探しましたが、全部見ていると大変そうなので先にレスだけしておきます。後ほどゆっくり拝見させていただきます。
ヴァイセンブルクはエルザスでは歴知的に最もドイツ色の濃い町だと思います。フランス化への抵抗が最も強かった地域でしたので。
この町でフランスとドイツを比較するのは町民にとっては複雑な心境ではないかと思います。彼らにとってはエルザスこそが唯一のアイデンティティだと思います。
それでも、残念なのは昔に比べドイツ語の比重が落ちている事かな。宿の両親の会話はドイツ語でしたが、二人の娘さんたちの会話はフランス語でした。朝レセプションに座っていた母親に散歩に行きますとドイツ語で話したら驚かれました。
(ドイツワインの門はどちらの側にも門を開いている。その一つはプファルツであり、もう一方はエルザス(アルザス)である)というのは門の碑文として残されている言葉ではなかったかと記憶しています。
私個人としてこの文章は、プファルツワイン街道の終点でもなくアルザスワイン街道の始まりでもなく共通するワイン街道の中心だと認識しています。
貴殿のプロフィルを拝見しましたが小生は1953年生まれなので、小生より年長ですね。貴兄と書かれては恐れ多いです。2024年12月07日10時20分 返信する -
魅力的なタンパン
クリスさん
始まりましたね、クリスさんのディープなロマネスク旅。
とてもほっこりする可愛いタンパンですね。
Instagramで拝見した時からとても気になっていました。
4福音史家でなく捕虜かもというのも珍しいですし、7人の天使や左右の騎馬の図像、見たことがないです。ビルバオ近くなんですね。
予約された教会も楽しみにしています。
マリアンヌ -
ヴェズレー
ようやく私も知っている場所が出てきました。とは言うものの、行ったことはありませんが。以前、ブルゴーニュ地方を訪れたとき、ここにも立ち寄りたかったのですが、日程的に難しくて断念しました。ロマネスクの教会も有名ですが、ロマン・ロランの家があるので、いつか行けたら良いなと思っています。ただ、本当に交通の便が悪いですよね。 -
ルルドの泉
表紙の写真を見て「ルルド?」と思ったら、やはり「ルルドの泉」を再現したものだったのですね。グーグルマップで確認すると本当のルルドからは700㎞も離れた場所なので、何故ベルナデットさんがここに安置されているのか気になるところです。
ホテルは2つ星なのにバスタブも付いていて良いですね。 -
アルザスロマネスク街道
クリスさん こんにちは。
恥ずかしながらアルザスロマネスク街道の存在を知りませんでした。
ミーハーでリクヴィール、リボヴィレには行きましたが・・・
なかなか行けない貴重な教会の数々を見せていただき、ありがとうございます。
ロスハイムの聖ペテロとパウロの教会には、ずいぶん可愛い柱頭彫刻が残っていますね。なかでも21人の人頭って特異的ですね。
クロアチアの教会の外壁に頭が並んでいるのは見たことありますが。
続きも楽しませていただきます。
マリアンヌ
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サン・ベニーニュ大聖堂
サン・ベニーニュ大聖堂のクリプタは私も行ったはず、と調べてみたら、10年前の2013年でした。→
https://ameblo.jp/mieta-myargo/entry-12544928731.html?frm=theme
月日の経つのは早いものです。
確かにあのロマネスクの柱頭彫刻が見られないのは、クリスさんにとっては非常に残念だったと思います。
結構よいホテルに泊まっていますね。



