はちのすけさんのクチコミ(142ページ)全3,564件
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投稿日 2019年03月10日
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投稿日 2019年03月07日
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投稿日 2019年03月07日
総合評価:3.0
江戸時代末期の1848年に建築された土蔵で、石川門や三十間長屋と同様に江戸時代からの現存建物だ。国の重要文化財に指定されている。もともと武具を保管していたが、明治以降は陸軍が別の用途に転用していた。ただ、基本構造は変わっていないという。現地の説明版によると、城郭内に残っている土蔵としては国内最大級の遺構だという。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2019年03月07日
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投稿日 2019年03月07日
総合評価:3.5
長らくこの門が金沢城の正門だと思い込んでいた。大手門に石垣以外の遺構が残っていないことや兼六園から続いて観光するルート上に位置するからだろう。兼六園側から見た風景は金沢観光を代表する「絵」の一つだ。もともと金沢城のからめ手門で、重要文化財に指定されている。張り瓦が品の字なのがいい。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年03月07日
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投稿日 2019年03月03日
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投稿日 2019年03月03日
総合評価:3.0
二の丸から三の丸に接続するのが、二の丸の正門だ。一の門、それに続く石垣で囲まれた桝形、櫓など戦闘用も兼ねた施設で構成されているが、そのうち一の門の名称が橋爪門だ。平成27年に完成した再建建築物だが、この門が完成したことで、三の丸の景観が蘇ったとされる。新しいので歴史を感じるエイジングはないが、大きな木造建築物だけに貫禄がある。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年03月03日
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投稿日 2019年03月03日
総合評価:4.0
犀川から金沢市に流れる約11キロの用水路だが、途中がすごい。犀川から兼六園の霞ケ池に注ぎ、そこから金沢城の白鳥掘に下がり、内堀に上がり、二の丸にまで上がり、再び内堀、大手掘を経て市中に流れていく。ここの水流の上がり下がりはサイフォンの原理および逆サイフォンの原理を応用したというが、江戸時代でここまでできるのかと驚いてしまう。担当技師は小松の町人、板屋兵四郎という人だ。身分に関係なく天才を見いだして抜擢した殿様もすごいが。用水の水は農地をも潤し、加賀百万石のコメを生産したのだ。辰巳用水は兼六園やその周辺市役所近くなどそこここで見えるが、国の文化財に指定されている。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2019年03月03日
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投稿日 2019年03月03日
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投稿日 2019年03月03日
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投稿日 2019年02月28日
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投稿日 2019年02月28日
総合評価:3.0
兼六園の名は、名庭に必要な六つの要素を備えている、という意味だ。さらに六勝は二つずつ三対の要素で構成される。そのうち一つの対が「眺望」と「水泉」だ。水が流れる低いところは眺望がよくないというのが通り相場だが、兼六園ではそれを両立させている。それを立証しているのが、この眺望台だ。唐崎松近くにあり、卯辰山を背景とする金沢市内を展望できる。この庭を造った人々はこの眺望を得るためにまずこの地を選び、さらに「眺望」と「水泉」を両立するために辰巳用水による水の調達に知恵を絞り、技術を尽くした。そんな感じがしてならない。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年02月28日
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投稿日 2019年02月28日
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投稿日 2019年02月28日
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投稿日 2019年02月28日
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投稿日 2019年02月24日




























