パッピーさんへのコメント一覧全25件
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はじめまして
パッピーさん、こんにちは。
いつも楽しい記事を拝見しています。
横浜美術館に蒙古襲来絵詞があるのを初めて知りました。
見たいけど、このためだけに入館料を払うのは躊躇いますね。
私も子供の頃から蒙古襲来に興味があり、福岡市内にある防塁や、対馬、壱岐へ行ったりしました。
さらにモンゴルやベトナムにまで足を伸ばして来ました。
神風の話はともかく、歴史的な大事件なのに学校ではほんのちょっとだけ、お孫さんの興味が続くことに期待しています。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FUKUJIRO拝Re: はじめまして
FUKUJIRO様
初めまして。
コメント有難うございます。
私は島が好きで 壱岐、対馬に
一度はと思いながら未だに
実現していません。
11年前に夫と五島列島を
訪れた時 次は壱岐、対馬の
つもりだったのですが。
夫はそれ以後免許返納となり、
パッピーは免許を持っていない
ので 足踏み状態です。
その内T君が蒙古襲来の足跡を
見たいと言ってくれれば 家族旅行で
訪問が可能になるかもしれません。
8月に家族で福岡1泊の予定があるので
時間が許せば元寇防塁を見てこようと
思っています。
来年の夏に蒙古に行こうか?
FUKUJIROさんの詳しいブログ
を読ませて戴きましたが、
ツアーが苦手なのでどうしようかな。
いつも 近場にあるのに知らずにいた
場所を掘り下げて下さりとても為になります。
今後も沢山勉強させて戴きますので
宜しくお願いします。
パッピー2026年07月10日15時02分 返信する -
四国っていいですよね~
パッピーさん
旅行記、楽しみながら、参考にしながら読ませてもらっています。
昨年度は、4度四国に訪れる機会があり、堪能しました。
在所、名古屋からは車で行くのが便利で、香川、徳島、高知に行ってきました。
愛媛にも3度行きました。
魚介類が美味しく、野菜も美味しい。
鯛めしは、地域で異なる。
また行きたいと思っています。
歴史おたくなので、グレナダ・コルドバには行きたいと思ってます。
その際は、ぜひいろいろ教えてください。
定年前夫婦(再来年度いよいよ定年です)2026年06月06日22時33分返信するRE: 四国っていいですよね~
定年前夫婦さん
コメントありがとうございます。
度々のご訪問、いいね!感謝しています。
定年後はご夫婦の旅ますます満喫できそうで楽しみですね。
本当に四国っていいです。
四国は東京郊外からですと、少しハードルが高く、
何度も候補には上がるも没でした。
今回味をしめたので 次回はもっとノンビリ訪れたいと思っています。
行く前はグルメもと食事処を調べて行くのですが、
いざ出掛けると歩きすぎて疲れ、食はいいやと断念してしまいます。
グラナダ、コルドバには云十年前にツアーで行ったので
今回はサクッとのつもりが訪れてみると
歴史を知らなくても楽しくて、こちらも再訪したくなります。
グラナダの旅も仕上げなくては。
旅行記を仕上げない内に 次の旅、
過去の旅の思い出と脳内旅行が始まります。
今後とも宜しくお願いします。
パッピー2026年06月07日10時01分 返信するRE: RE: 四国っていいですよね~
パッピーさん
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
フォートラには、認知症予防に思い出す訓練を兼ねて、投稿しています。
覚えている練習、思い出す練習がこれからどんどん必要になってくる歳になりました。
一昨年にバルセロナに行ったので、グレナダ・コルドバはもう少し先になりそうです。
ツアコンさんはいろいろな国に行きたいと言うので・・・2026年06月07日16時59分 返信するRE: RE: RE: 四国っていいですよね~
定年前夫婦①②さん
奥様がツアコンさんですか?
私も60代の頃は一度で数カ国
回ると充実感がありました。
元気な内ですので様々な国を
お楽しみ下さい。
パッピー2026年06月08日06時42分 返信する -
聞き覚えが
あれ?Alcala Realって覚えてる町の名前だったので、自分のサイトで確認したら、やっぱり2024年4月に宿泊してました。
じゃぁ見たことある写真があるかとじっくり見させて貰いましたが、残念ながら一枚もありませんでした。
と言うのも、Alcala Realではひとつも観光しなかったのです。
ちょっと勿体なかったですね。 -
チケット
たくさん写真を撮りましたね。
2024、グラナダの友達の家に2晩お世話になりましたが、アランブラはチケットが取れないと最初から諦めてました。
せめて宮殿が良く見える外の公園で紙パックワインを飲みました。
まぁ分相応かなと思いました。トホホ
グラナダの後はコルドバに3泊しましたが、私も無料のメスキータに二度入りました。
コルドバには以前も訪れていましたが、無料なら何度でも入ります。笑
RE: チケット
おくさん
コメント有難うございます。今まで気付かず失礼しました。
グラナダにお友達がいらっしゃるなんて素敵ですね。
シーズン中はアルハンブラのチケットとるの大変そうですよね。
私もツアーで以前に行ったし、高いので迷いました。
再訪して良かったとは思いますが、その値打ちがあるかなは なんとも言えません。
デジカメでも同じくらいの写真撮りました。それを眺めると懐かしいので コスパは高いとも言えます。
コルドバ2泊して無料観光に2日通いました。1日目はスマホ写真(既にアップ済)2日目はコンデジで撮りながら観光。無料観光は本当に嬉しいです。
パッピー
2026年03月09日16時18分 返信する -
たーいへん
アクシデントあると大変ですよね。
私なら頭真っ白になりそうですが、上手に乗り切れましたね。
エティハドは以前は座席指定が自由にできましたが、2024に乗ったら有料になってました。
マドリッドのカウンターで帰りの座席を見せてもらうと三列の真ん中。
それは嫌なので通路側に替えてもらうだけで7000円も掛かりました。
高いけどトイレに自由に行きたいので払いましたが、搭乗して最初の私の席を見ると空席でした。
両側の人から千円ずつ貰いたいようでした。
2025はカタールで、まだ無料で座席指定ができました。
次もカタールにします。
RE: たーいへん
おくさん
こちらにも書き込んで戴いたのに気づかず失礼しました。
私も真っ白でした。スマホを使うのが下手なので。ですが そんな時火事場の馬鹿力が出るようです。
5,6月にスペイン再訪したいと思っていたら、中東が大変なことになりました。ので暫くは国内旅行かな?
私は勿体ないので、真ん中の席で我慢して通路側の人や、窓際の人が立つ時にトイレ移動です。
戦争終結して 心置きなくスペインに行きたいものです。
パッピー
2026年03月09日16時32分 返信するRe: たーいへん
こちらにも返信ありがとうございます。
バーさん一人旅と言ってますが、私もじーさん一人旅です。
私の方が年上の気がしますが、どうなんでしょう?笑
今年は腰痛が治らないし相変わらずの円安で航空券も高いしと考えてましたが、戦争で諦めが付きました。
なので、来月からスペイン語講座に申込みました。
例年、スペイン行くと3ヶ月弱行きっぱなしなのですが、講座は4月から年末まで週1で教室があるので、今まで受講できませんでした。
まぁ習っても身に付かないのですが。トホホ2026年03月09日20時00分 返信する -
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行った所がいっぱい
こんにちは。最初の写真、すぐオビエドのカテドラルと気付きました。
観光で行くにはオビエドは珍しいんじゃないですか?
私も今年オビエドに行ってきましたが、ざんねんながらカテドラルはどこも開いてませんでした。
私は5月13出発でカタールでしたが行きはマドリッドまでカタールで、帰りはイベリアとの共同運航でドーハまでイベリア、成田まではカタールでした。共同運航便は初めてだったので、先が読めなくて緊張しましたが、案ずるより何とかでした。
マドリッド空港のイベリアカウンターでドーハ乗り換えのカタール便まで発券して貰えました。おまけに、ドーハからは3列独占の幸運に恵まれてしまいました。
人生三度目の幸運でした。
サラマンカ、サンチャゴ・デ・コンポステラ、オビエド、サンティリャーナ・デル・マル。その他にも私が訪れた所がいっぱいでした。
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江戸城(皇居)は、いつでも行けると思っていたけど、まだ皇居の中を見たことが無い。
パッピーさん、
今晩は。いつもおたちよりありがとうございました。
さて、掲題の兄の回想です。
【叔母と兄の回想・・・聞き書き】
【叔父の49日法要(2010年4月29日)の際に叔母から聞いた話と、我が家のゆかりの人々と称する私の一文を読んだ札幌の兄からの電話(5月31日)の聞き書き(纏め)】
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2)札幌の兄からの電話:
叔母から聞いた話を、私が纏めて札幌の兄に送った所、叔母の話に触発され、思わぬことに兄から次のような思い出話を聞くことになった。
戦後の価値観の様変わりもあって、兄は今まで他に話すことはなかったと言う。
A)幼少の皇太子(現上皇さま)と遊ぶ。
これも戦前の事だが、ある時、兄は母に連れられて、皇居に上がり、香淳皇后(こうじゅんこうごう・昭和天皇の皇后。久邇宮家(聖心女子大のキャンパスに名残の建物がある)の出で旧名は良子女王ながこじょおう、1903年3月6日~2000年6月16日・97歳で崩御)の前で、幼少の皇太子と遊んだと言う。
当時の皇太子、つまり上皇さまは兄の2歳上(昭和8年生まれ)だが、どうも皇太子の遊び友達にしたいという目論見?があったのだそうだが・・。
母から何と言われていたのか、兄ももう記憶が無いと言う。
年齢からすれば学齢期以前のことだろうから、母が退官(昭和7年)して数年過ぎた頃の話だろうか、こうした事を聞くと、亡くなった母は上からの信用もあり、可愛がられていた・・・と推測される。
B)大学卒業を目前にしたころ、皇居の女官長からの連絡で皇居に伺った。
もうひとつ兄の回想がある。私も初めて聞いて大いに驚いた話である。
戦後、兄が明治大学を卒業する段になった時、宮内庁から青梅の実家に電話があり、女官長が兄に会いたいと言っている・・と連絡があった。
その事情が分からぬままに、指定された日時に兄は一人で皇居に向かい、坂下門で面会の手続きをすると、皇宮警察官がお話は聞いております・・と言って、奥(おく・御所の裏手にあったとか)に案内してくれたそうだ。
兄は女官長との話の内容をもう覚えていないとの事だが、帰りにはお土産に恩寵の煙草と干菓子(ひがし)を頂いたと言う。
ここでも推測するばかりだが、女官長には母が仕え、母の亡くなった後も息子の事を気にかけてくださったようである。
女官長の名前はうろ覚えだが、兄は昭和10年生まれだから大学を出る頃は昭和33年か、34年であろう。
御所の生活の写真が残っている。昭和3年8月那須の御用邸にて皆さまとの集合写真がある。そこには竹屋志計子(しげこ)女官長心得(後に女官長、子爵家)、皇后宮大夫河井彌八、万里小路(までのこうじ)ソデ女官(伯爵家)、高木御用掛けなどと一緒に母の姿も見える。
母の御所生活の時期は、竹屋志計子(1876年~1950年)が皇后宮女官長(昭和5年・1930年~昭和13年・1938年)を務めたが、兄が呼ばれたころはもう退官していた。
うろ覚えながら、この女官長を徳川祥子(とくがわさちこ)女官長と兄は言っていたが、女官長に就任された年を調べてみると、1969年(昭和44年)5月20日であるので、兄がお会いした時はまだ女官長ではなかったと思われる。
しかも、彼女は昭和10年(1935年)4月26日、19歳のとき北白川宮永久王(ながひさおう)と結婚し、北白川宮永久王妃祥子(きたしらかわのみや ながひさおう おうひさちこ)となっているし、戦後に皇籍離脱した後に女官となっているようなので、母との接点が無いと思われる。
平成改元後も皇太后宮女官長として香淳皇后に(~1989年1月11日)長く仕えた。兄の徳川義寛(尾張藩分家・とくがわよしひろ)侍従長と共に皇室に深いかかわりを持った方である。
もう一方は保科武子(ほしなたけこ)女官長である。昭和13年から42年まで女官長であったと言う事なので、時期的には合うのだが、この方も母との接点が見当たらない。13年以前から女官であったならば、母の退職前に接点があったかもしれない。調べてみるすべもなく、よく分からなかった。母の日記に戻らざるを得ないようだ。
(2010.06.06.聞き書き編集)
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江戸城(皇居)は、いつでも行けると思っていたけど、まだ皇居の中を見たことが無い。
≪江戸城(皇居)は、いつでも行けると思っていたけど、まだ皇居の中を見たことが無い≫
ALLONS AU 江戸城のシリーズを一気に拝見しました。
大変興味深く、様々な城門があり、その中に入ると広大な皇居は迷路のように思えてくるほどです。
パッピーさんはいつものように、健脚(少々歩き過ぎかと心配ですが)で、驚くほどの好奇心を示して歩き回りましたね。そして、私はとりわけ富士見櫓とか、百人廊下、紅葉山などの景観をとても興味深く拝見しました。
先ほど、21歳の誕生日を迎えた孫娘(長女宅の長女で我が家の孫のうち2番目の年長)から誕生日祝いのお礼の電話がありました。パッピーさんの皇居参観のシリーズの事を話し、行きたかったのだよと申しましたら、興味深く聞いてくれました。
スピーカーで聞いていた娘が、早速秋の紅葉の通り抜け参観記事を添付して、一緒に行こうと誘ってくれました(笑)。
実は「江戸城(皇居)はパッピーさんのように、いつでも行けると思っていたけど、皇居の城門の中を見たことが無いのです。ただ、皇居というと、ドイツ第1回駐在から帰国(1979年夏)した際に家族と訪れた二重橋前広場で、社宅(柏市)の鍵を落としてきた思い出があるだけなのです(苦笑)。
一度は参観にと思っている内に、足腰が衰えてしまい、もう無理かもしれません。
三十数年の会社生活は海外(ドイツ・香港の12年)と5年の大阪単身生活を除けば、東京勤務でした。それも大手町でしたから、パレスホテル、二重橋、日比谷公園・公会堂、大手門、坂下門、和田倉噴水公園 、警視庁(当時はドイツ駐在には私自身の無犯罪証明書!が必要で、2度ほどこの建物に入った)といった名前も身近で知っていました。
思えば、身近なのにいつでも行けると思っていたら、もう無理とは・・・情けないことです。
皇居が身近であったのは、他にも理由がありました。
もう昔々の事ですが、後述したように私は赤ん坊の頃、皇居内に勿論母と兄弟と共に入ったことがありました。
叔母と兄の回想に驚いて、その聞き書きを纏めたことがありました。
それを家族史・自分史の1編として記録に残してあります。
2部に分けて、御披露しますので、ご興味あればご一読ください。
jijidaruma
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【叔母と兄の回想・・・聞き書き】
【叔父の49日法要(2010年4月29日)の際に叔母から聞いた話と、我が家のゆかりの人々と称する私の一文を読んだ札幌の兄からの電話(5月31日)の聞き書き(纏め)】
1)叔母から聞いた話:
亡くなった母は戦前の結婚前に年長の従姉であった*萩原タケ(ハギワラタケ)女史の推挙で、御所に上り7年2ヶ月間(大正14年3月(1925年:満17歳)~昭和7年5月(1932年:満24歳)務めた。
大正天皇・昭和天皇と其々の皇后に仕えた。東宮御所と皇居(御所)である。
*萩原タケ女史は日本赤十字病院看護婦監督を長く務め、大正9年(1920年)、第1回フローレンス・ナイチンゲール記章を受賞した。ICN(国際看護婦協会)名誉副会長。
明治6年(1873年)生まれ~昭和11年(1936年)死去;享年63歳、日本赤十字社は盛大な病院葬をもって永年の功績に報いた。
タケ女史は明治43年(1910年)の日本赤十字病院看護婦監督就任から、昭和11年(1936年) 日赤病院にて死去するまで、28年間を監督として2700人あまりの看護婦の養成・指導にあたった。
墓はあきる野市(旧五日市町)小和田の名刹広徳寺境内にある。また、あきる野市役所五日市出張所玄関前には「萩原タケ女史 人道のために国家のために」と題した胸像が建てられている。
(引用:あきる野市デジタルアーカイブ;あきる野市ゆかりの人々より)
叔父(母の一番下の弟、東京高等師範=>東京教育大(現筑波大)出身で、都立北多摩高の理科の教師、後に東海大学菅生高の副校長を務めた)の通夜の席で叔母が昔を回想して、こんな事を言っていました。
戦前のことですが、皇后陛下の誕生日にかつての女官(母は女儒(にょじゅ)という資格を得ていた、戦前の御所における下級女官である)を招待したそうです。
退官(昭和7年5月)後のある日、皇居に招かれた母は、母の父(私の母方の祖父)を一緒に連れて行ったと言います。
生まれて初めて皇居を訪れた祖父は、皇居内の通路に敷かれた、立派な絨毯(じゅうたん)を見て、おもわず履物を脱いで、足袋になったそうだ。
しかも会見の場に通された祖父は絨毯の上に正座をしたと言う。
亡くなった母は大変困ったらしい。
今では笑い話だが明治生まれの平民(祖父は米と塩の専売業)であった人間が、戦前に皇居に招かれて、恐懼(きょうく:おそれ、かしこまること)している様子に、当時の人にとって、たいへん得難い体験の重みを感じさせるものである。
また、同じように皇后陛下の誕生日に招待され、江戸褄を着た母にまだ二十歳前であった叔母(一番したの妹)も付き添って、子供三人(兄、姉、私)の子守役で皇居に上がったと・・・。
東京駅から迎えの車で皇居に入り、控室で叔母は専ら子守をしていたと言っていました。
*江戸褄(えどづま)とは、女物紋付の模様のおき方のことである。総模様、裾(すそ)模様に対し、着物の上前衿(えり)下あたりから前身ごろまたは後裾の部分にかけて斜めに模様をおいたもの。現在は江戸褄模様も裾模様も共に留袖となり、礼装として用いるようになった。
以上は戦前の御所、天皇家の家族的な様子が良く分かるような話である。
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次のエピソードは次回に。
RE: 江戸城(皇居)は、いつでも行けると思っていたけど、まだ皇居の中を見たことが無い。
jijidarumaさん、
お早うございます。
江戸城シリーズ全部読んで下さり
有難うございます。
そしてコメントも有難うございます。
2度目の皇居散策は気付かない内に
34,816歩も歩いてしまった。
確かに歩きすぎでした。
この頃は外出できるだけで
ワクワクしていたので。
今はいつでも出掛けられるので
その気になれません。
スペイン旅行で毎日2万歩以上
歩いていたら、帰国後 羽田空港で転倒した
ので以後自重しています。
歩き出すとアドレナリン全開
してしまいます。
紅葉の皇居も良いでしょうね。
お孫さんの助けをかりて
是非お出かけ下さい。
jijidarumaさんのように
流れるようには筆が進まないし
適切なコメントも出来ませんが
お許し下さい。
お母さまがかって女官であったので
jijidarumaさんが 赤ちゃんの頃
皇后陛下のお誕生日に
招待されたエピソード。
絵本や、子供向け伝記を読み パッピーが
憧れ、崇拝した フローレンス・ナイチンゲールの
第1回記章を受賞されたICN名誉副会長さんが
ご親戚である事。興味深い話です。
思い入れの強い皇居訪問が叶いますよう
祈っております。
パッピー2025年11月13日10時43分 返信する



